*初投稿です。どうか寛大な心でお読みくださいませ*
―――多分、それは運命だった。―――
「…はあ、疲れた~。」
永夜異変のあと、永遠亭の時が動き始めた。それはつまり、幻想郷に受け入れられたということ。それは別にいい。歓迎すべきことだ。でも…、
「だからって何で私が薬を売りに行かないといけないわけ…?」
『幻想郷に受け入れられたのだから、次は人里に受け入れてもらいましょう!!』
姫様が宣言したのが昨日の朝。それからあっという間に舞台は整えられて、気づいたときには永遠亭は診療所になっていた。私は販売担当だ。お陰で子供には尻尾を遊ばれるわ、里の男衆には好色そうな目で見られるわ、本当に散々だった。
「ったく、これだから下賤な地上の民は…。」
一人愚痴る。さて、次の注文先きは…、
「白玉楼…?聞いたことないわね。」
まあいいや、一先ず行ってみよう。
「すいませーん、お薬を売りにきましたー。」
「はーい。」
目の前に現れたのが、妖夢だった。
「すいません、今主の幽々子様が食事中でございまして、代わりに私が承ります。どういったご用件でしょうか…ってあれ?」
「あの~、薬を売りにきて…ってあれ?」
刹那、時間が停止した。そして、
「「な、何であなたがここに!?」」
見事に被った。
「ま、まさかまた何か企んでいるの!?もしそうなら…斬る!!」
「ちが、違います違います!!私はただお薬を売りにきただけです!!お願いだから斬らないで~!!」
「薬…?あぁ、ではあなたが幽々子様がおっしゃられていた永遠亭の売り子さんですか。お噂はかねがね伺っております。」
「…?あの、噂って何の噂ですか?」
「あれ、ご存知ないのですか?今度新しく竹林に出来た診療所には人を襲わない可愛いウサミミの妖怪がいるって。」
「か、可愛い!?」
「人里で噂になってたからどんな人なのかなーってワクワクしてたんですよ。そしたら…。」
「そ、そしたら…?」
「噂以上に可愛くてビックリしました♪」
「えええぇぇぇええ!?わ、私が可愛い…?」
「はい。しかもとびっきり!!」
「~~~~~!!」
「あ、あれ?どうされました?もしもーし?」
「あわわわわ……」
―――気づいたら、永遠亭だった。師匠の話では、妖夢が連れてきてくれたらしい。
「あとで白玉楼にお礼を持っていかなきゃね」
師匠はそう言って微笑んだ。あとお仕置きされた。
その後、私はお詫びに菓子折りを持っていった。妖夢は笑って
「全然気にしてないので大丈夫ですよ。」
と言ってくれた。眼を使ってみようかと思ったがやめた。嘘はついていなさそうだったし。
何より、その笑顔は、見てる人をホッとさせる様な、とても魅力的なそんな笑顔で、眼を使うことも忘れてしまったから。
―――それから、私が薬を売りに行くたびに妖夢が対応してくれた。いつ行っても妖夢しか見なかったので一度
「幽々子さんは普段何してるの?」
と聞いたら、大抵寝てるかご飯を食べてるか、もしくはゴロゴロしてるかのどれかだと言う。しかもその間館の管理とかは全て妖夢に任せているらしい。
「あなたも大変ね。」
と労うと、
「幽々子様は半霊使いが荒くて…。」
と愚痴られた。お互い主人には苦労しますね、と二人で語りあった。だからその日は帰るのが遅くなって、師匠にお仕置きされた。
―――そんな事があってから、妖夢とは急激に仲良くなった。用がなくても白玉楼に遊びに行くようになった。妖夢の方も、頻繁に永遠亭に来てくれた。朝早くに来て、夜遅くに帰る、みたいな事もしょっちゅうだった。
「『最近妖夢がかまってくれないわ~』って幽々子様がうるさいんですよ。」
「私も師匠に『この頃遊ぶばっかりで私の手伝いを全然しないからお仕置きね』って言われて焦っちゃった。」
「お、お仕置き!?」
そんな会話を続けているうちに、会うのは毎日となり、泊まることも多くなって、周囲の目が(好奇心的な意味で)気になりだした頃…
「鈴仙さん…。 わ、私と、付き合ってください…!!」
―――妖夢から告白された。
「え、えええぇぇぇええ!?よ、妖夢、いきなり何を!?」
「やっぱり、お嫌ですか…?」
「い、いや、物凄く嬉しいけどさ、で、でも私たちってホラ、女同士じゃない?」
「そんなの関係ないですっ!!」
「!?」
「私は鈴仙さんのことが好きです!!とっても、とっても大好きなんです!!鈴仙さんは、私のことが嫌いなんですか!?」
「わ、私だって大好きよ?」
「じゃあ、それでいいじゃないですか!!思いあってる二人が恋人になるのは、いけない事なんですか!?私があなたを好きになるのは…
許されないことなんですか!?」
「妖夢…。」
…ック、グスッ
「!?」
「ヒグッ、わ、私じゃ、駄目、ですか?グス…、あな、あなたの、そばにいちゃ、いけないん、で、ですか…?」
妖夢が、泣いてる…?
あの、妖夢が…?
泣かしたのは、誰…?
泣かしたのは、私…。
彼女の真剣な気持ちから、逃げてばっかりだったから…。
私は、臆病者だ…。
私は、馬鹿だ…。
妖夢が、こんなにも私にとって大切な人だったことに、傷つけてから気づくなんて…
…私は、大馬鹿だ…!!
「…ごめんなさい、妖夢…。私は逃げていたわ。あなたの気持ちからも、自分の気持ちからも。」
「グスッ、鈴仙さん…?」
あなたと一緒なら、暗い過去も乗り越えられる。
あなたと一緒なら、明るい現在を信じられる。
あなたと一緒なら、幸せな未来を創り出せる。
「妖夢、私は…、あなたのことが…、」
いつも一途で、努力家で、時々ドジッ子で、思い込みが激しくて…。
そして、優しい
そんなあなたが、
「…大好きです。」
―――それから、私たちは正式にカップルとなった。カップルになったからといって二人の生活が変わるわけではなく、せいぜいデートの時間と回数が増えたことと、私が白玉楼に住むことになったことぐらいである。でも、いやだからこそ、私たちは幸せだった。平凡で、代わり映えのない大切な日々。
「…妖夢。」
「はい。何ですか?」
「私、今すっごく幸せ。」
「…私もですよ。」
だからこそ、思う。
ドウシテコウナッタ?
(…よし、いない、よね?)
「何処に行こうとしてるんですか、鈴仙さん?」
「ヒッ!!」
「ど・こ・に・行くんですか?」
「え、えっと、永遠亭に…。」
「永遠亭ですか?もしかしてお体の調子でも優れないんですか?」
「いや、あの、お仕事…。」
「あぁ、そういうことですか。それなら別に大丈夫ですよ。」
「な、何が…?」
「今日は仕事行かなくてもいいです。っていうか永遠に行かなくてもいいです。」
「…何、したの?」
「燃やしました。綺麗サッパリ。」
「嫌ああああああ!!」
「? どうしました?」
「どうしました?じゃないわよ!!あぁもう行ってきます!!」
「あ、鈴仙さん!?何処に行くんですか!?」
「永遠亭に決まってるでしょ!!」
皆、無事でいてね…!!
「逃がしません!!」
「うわ、追いかけてきた!!」
【永遠亭】
「うわぁ…」
そこには元永遠亭、現焼け野原があった。
「と、とにかく皆を探さなきゃ!!」
師匠や姫様は兎も角、てゐの安否が心配!!あと他の兎たち!!
「…あ、いた。お~い、鈴仙や~い。」
っと、この声は、
「てゐ!!」
良かった、生きてる!!
「大丈夫!?無事なの!?」
「これが無事に見える?」
「うっ…。」
服はボロボロ、髪はチリチリ。まるでドリフだ。
「しかし、あんたの彼女は日に日に過激になってきてるねぇ。」
「うん…。付き合い始めはこんな子じゃなかったのにね…。てゐ、本当にゴメンね。迷惑ばっかりかけて。」
「いいよいいよ、あんたが幸せならそれが一番…うわ」
「? どうしたのてゐ…」
シャキン!!
突如首筋に冷たい刃が当てられた。
「…なんで、私以外の女と喋ってるんですか?」
「エット、ヨウムサン?」
目が座ってますよ~?
(て・ゐ・た・す・け・て)
口パクで伝える。
(む・り・♪)
口パクで返される。つーかむっちゃ良い笑顔だなお前。
「鈴仙さん?これ以上他の女とイチャイチャするつもりなら…」
コロシマスヨ?
「助けてえええええ!!」
「はい、そこまで。」
「!?」
「し、師匠!!」
「…永琳さん、私の邪魔をするならあなたと言えども容赦はしませんよ?」
「おぉ怖い怖い。ていうか妖夢、あなたの心配は取り越し苦労だと思うわよ?だってこの前うどんげったら患者さんに凄い勢いで惚けてたもの。『妖夢が可愛い過ぎて困ってるんですーーーーーっ!!』って。」
「ちょ、師匠!?何で知っているんですか!?」
「れ、鈴仙さんがそこまで私のことを…。ポッ」
「あとうどんげ、姫様も他の兎たちも無事だし今日は帰りなさい。こんな状況じゃ永遠亭は暫く臨時休業だし、復興したら伝えるわ。」
「え、いいんですか?」
「いいんです!!さあ鈴仙さん、帰りましょう!!」
「え、ちょっと待って妖夢!!」
最近、妖夢が変だ。
私が仕事に行こうとしただけで斬りかかってきたり、他の人と喋っているだけで斬りかかってくる。それどころか近頃は放火やスペカ、ひどい時には人里で私をナンパしてきた奴とその家族をまとめて皆殺ししようとしたことも…。(流石にそれは全力で止めたけど。)愛してくれてるのは分かるんだけど、これはちょっと、『異常』だ。
「一体いつからこうなったんだろう…。」
一人ぼやく。自分の部屋にいる時は私の数少ないプライベートタイムだ。
「何がですか?」
…さよなら、プライベートタイム。ていうか私さっきまで一人だったよね?
「ううん、何でもないの。ちょっと昔を思い出してただけだから。」
そう言ってから、ふと思い出す。
「そういえば前もこんなことあったよね。急に私の部屋に妖夢が訪ねてきたの。覚えてる?」
「えぇ、あれは確か鈴仙さんが白玉楼に住むことになってからすぐのことでしたね。」
「そうそう。何も言わずに入ってきたから何事かと思えば、『お、お喋りしませんか!?』だったんだもん。あれは笑ったなー。」
「え、そんなこと言いました?」
他愛もない会話を続ける。そういえば、妖夢がおかしくなったのって、あの日からだったような…。
「いや~、楽しかったな~。」
「…迷惑ですか?」
「…え?」
「私が今までやってきたことは、迷惑ですか?」
「妖夢、何を…」
「例えば今日、永遠亭を燃やしました。昨日鈴仙さんに話しかけてきた童は鈴仙さんが去ったあとその場で何回もビンタしました。一昨日あなたに色目を使った酒屋のどら息子は今白玉楼で働いてます。」
「よ、妖夢?」
「勿論いけない事だということは百も承知してます。でも、止められないんです。あなたのことを思うと、どうしても止められない。私だけを見て欲しい。私だけに喋って欲しい。私のそばにずっといて欲しい。」
「…。」
「鈴仙さん、私のやったことは迷惑ですか?私の存在は、私の気持ちは、」
迷惑ですか?
「そ、そんなことない!!」
思わず大声が出る。
「妖夢の存在が、ましてや気持ちが迷惑だなんて、そんなのあり得ない!!よ、妖夢は私を馬鹿にしてるの!?私はあなたがいいの!!他の誰でもない、あなたが好きなの!!そりゃ確かに妖夢はやり過ぎだと思う。だけど!!どうしてそれがあなたを嫌う理由になるの!?いくら私でも怒るわよ!!」
「…ありがとうございます鈴仙さん。私も、覚悟を決めました。」
もう帰りますね。そう言って立ち上がり、襖に手をかけ振り返った。
「…よ、妖夢?」
「絶対に、諦めません。」
狂気を孕んだ瞳でそう告げ、そのまま出ていった。
「…何を?」
一人取り残された私は、ただ茫然とするしかなかった。
-----------------------------------------
鈴仙さんと別れた後、私は幽々子様の部屋の前にいた。おそらくあのことで話があるのだろう。
「失礼します。」
「どうぞ~。」
「すいません、遅くなりました。」
「兎ちゃんとお話していたんでしょ~?」
…何でもお見通し、という訳ですね。
「はい、その通りです。申し訳ありませんでした。」
「別にいいわよ~。兎ちゃんも関係ある…というよりあの子とあなたの問題なのだし?」
「やはり、話したいこととはそれでしたか。」
「勿論。それで、どうするのかしら~?」
「…覚悟を、決めました。」
「あら、じゃあ」
「私は、鈴仙さんだけを愛しています。未来永劫、この気持ちは変わりません。」
「…やっぱり、そっちを取るのね。」
「はい。申し訳ございません。」
「いいのかしら?あなたの選んだ道は妖怪の山を行くより険しき道よ?」
「彼女と一緒なら、例えどんな悪路でも絶対に登り切れます。」
「…それが、妖忌を裏切ることになっても?」
「…はい。」
私の気持ちは、変わらない。
「…困ったわね。こっちは良くても向こうが何というか…。」
「その時は、私がこの剣で!!」
「何を言ってるの?身の程を知りなさいこの愚か者。」
「!!」
「あなたごときの腕でどうにか出来る相手じゃないのはあなた自身が一番分かっているでしょう?」
「ですが…。」
「…一つ、方法がないこともないけどね~。」
「!! そ、それはどんな方法なんですか!?」
「知りたい?」
「はい!!」
「…妖夢、 を なさい。」
「え?」
「どう?これなら全ていっぺんに解決。夢のようなアイデアでしょ~?」
ただし夢は夢でも悪夢だけどね。と幽々子様が嘯く。
確かに、そうすれば向こうも諦めざるをえない。でも…、
「…当然、あなたにはここを出ていってもらうわ。」
そう、そんなことをすれば私は白玉楼を捨てなければいけない。それだけじゃない。剣も、祖父も、幽々子様も、そして自分も…。本当に何もかもを捨てて鈴仙さんと二人で生きていかねばならない。
「さあ、どうするのかしら~?別に返事は今日中というわけではないんだし、しばらくなら待つわよ~?」
「私は…。」
私は…。
ワタシハ、ドウスレバイイノ?
-----------------------------------------
その日の夕方、私が夕食を作っていたときだった。
「兎ちゃん、ちょっといいかしら~?」
「あ、幽々子さん。どうされました?今日のお夕飯は肉じゃがと親子丼、おつゆは大根のすまし汁ですよ?」
「あら、美味しそう。…ってそうじゃないわよ~。」
「え?違うんですか?てっきりお腹が空かれたのかと…。」
「違うわよ~。いやお腹は減ってるけどそうじゃなくてね。ちょっと話がしたいの。今いいかしら~?」
「はい、大丈夫ですけど…?ちなみに何の話なんですか?」
「妖夢のこと~。…それから、あなたたちの今後についても、ね。」
「…え?」
ままままさか破局!?何で!?あ、もしかして最近の妖夢の過激な行動のせい!?じゃあ私永遠亭に強制出戻り!?もしくは幽々子さん直々に強制あの世行き!?どちらにしらもう二度と妖夢に会えなくなるの!?そんなの、そんなの嫌だ!!
「嫌です!!私は絶対妖夢と別れません!!」
「…はい?」
「い、い、いくら幽々子さんでも人の恋路を裂こうなんて最低です!!見損ないました!!」
「…あの、兎ちゃん?何か勘違いしてない?私は別にあなたと妖夢の仲を裂こうとなんてしてないわよ~?」
「…へ?」
「ほんっとおおおおおおおおおおおおに、すみませんでした!!!」
数分後、そこには清々しいぐらい美しい土下座をした私がいた。
「いえ、別にいいわよ~。元はと言えば私がややこしい言い方したのがいけなかったのだし。」
あぁ、何とお優しい方なんでしょうか幽々子さん!!まさに天使、いや神様の域だわ!!
「ところで今日はうな重と焼き鳥と枝豆と冷奴と唐揚げと鮎の塩焼きが食べたいわ~。あ、あとラーメンもいいわね~。」
「…今日既にご飯作っちゃったんですけど…」
「勿論それも食べるわよ?」
…よし、話を変えよう。
「えっと、それで話というのは…?」
「あ、そうそう。妖夢のことなんだけどね~?」
「妖夢…?あ、もしかして最近の…。」
「ん~、そうじゃなくてね~?実はあの子、あなたに隠していることがあるの~。」
「妖夢が、私に…?」
「えぇ。…と、その前に確認したいことがあるのだけど~。」
「はあ、何ですか?」
「妖夢の種族は半人半霊。そしてその祖父、魂魄妖忌も半人半霊。ここまでは当然知っているわよね~?」
「勿論。」
「それじゃあここでクエスチョン!!妖夢の父上の種族はなんでしょ~か?」
「は?妖夢のお父様?」
何でここで急に妖夢のお父様が出てくるんだろう?
「ほらほら、早くしないとどんどん時間がなくなってくるわよ~?」
「え!?えっとえっと…。」
妖夢のお祖父様、妖忌さんが半人半霊。そして妖夢も半人半霊。それなら普通に考えて…、
「は、半人半霊?」
「大正解~。凄いわ、一発で当てちゃうなんてね~。」
「あ、ありがとうございます。」
「続いて第二問!!半人半霊が半人半霊の子を成すためには、誰と結ばれればいいのしょうか~?」
一瞬、時が停止した。
「…それは、どういうことですか?」
「どうって、言葉通りの意味よ?さあ、早く答えなさい?」
半人半霊が半人半霊の子を成すためには?そんなの、そんなの…。
一つに、決まっている。
「…半人半霊、ですよね?」
「そう、正解よ~。」
「つまり、幽々子さんのお話っていうのは…、」
考えたくない。考えたくない。考えたくない。考えたくない。考えたくない。
「えぇ。」
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
「妖夢には…、」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ
「…彼女には、許嫁がいるの。お互い顔も知らないんだけど。」
何かが 崩れて いった
「嘘…。」
耳が受けとるのを拒否する。脳がその情報を否定する。眼が見ることを放棄する。
それでも、口は勝手に動いた。
「嘘…。だって、妖夢はそんなこと一度も…。」
「彼女自身知らなかったの。知ったのはつい最近よ。そう…あなたが白玉楼に引っ越した日に、私から話したわ。」
「そんな…、だって…、」
わけの分からない感情が胸を駆け巡る。身体中を蝕む。世界が、真っ暗になった。
コノキモチハ ナ二 ?
「…でもね、妖夢は諦めなかったわ。」
「…え?」
「あの子はね、どうにかしてあなたと一緒になる方法を探そうとしてたわ。誰よりも不安なはずなのに、その気持ちをあなたに隠して…。そのせいで少しいきすぎた行動をとってたみたいだけど。」
「妖夢…。」
「…実は、一つだけあるの。その夢のような方法が。妖夢は今、それを試そうとしている。」
「あ、あるんですか!?そんな方法!!」
「えぇ。…ねえ兎ちゃん、いいえ鈴仙ちゃん。妖夢をよろしくね。真面目で、真っ直ぐで、不器用で…とっても優しいあの子を、支えてあげてね。」
「妖夢は、今どこに?」
「西行桜にいるはずよ。」
「…行ってきます。」
幽々子さんの返事も聞かずに飛び出した。靴を履くのもまどろっこしくて、そのまま外へ、妖夢の元へ。一人で戦っているあの子の元へと。
「…妖夢。」
口から漏れたのは、愛しい人の名前。
「妖夢。妖夢。妖夢!!妖夢ーーーーーーっ!!」
何度も叫ぶ。この声が、あの子に届くように。
「妖夢ーーーーーーーーっ!!」
この思いが、あの子に伝わるように。
「よおおおおおむうううううううううううう!!」
空には満月が、まるで私たちを見守るかのように、浮かんでいた。
-----------------------------------------
「…ふう。」
西行桜の下で、一人佇む。すべきことは分かっている。でも、身体が動かない。
「何をやってるのよ、私は…。」
これは自分で決めたことだ。なのに、未だに迷っている。
「だから私はいつまで経っても未熟者なんだ…。」
自虐するかのように俯く。でも、そこには何も写されてない。真っ黒な地面があるだけ…、真っ黒?
「待って、月はどこ?」
慌てて空を見上げる。するとそこには
ーーー満開の桜が咲き誇っていたーーー
「嘘…。何で…?」
我が目を疑う。何回も自分の目を擦ってみる。でも、桜は依然としてそこに咲いていた。
「どうして西行桜が…、!!」
この桜、生気がない!!つまりこの桜は…、
「ゆ、幽霊!?」
心臓が、氷の手に掴まれたように、冷たく縮みあがる。
「あわわわわ…。」
身体がガクガク震える。血の気が一気に引いていく。もう何もする気が起きない。大人しく部屋に帰ろう。そう思ったその時、
ザワ…、ザワ…
「!!」
桜が、月の光を浴びて、幽雅に舞っていた。
「綺麗…。」
思わず見とれた。この世のものとは思えない美しさに息をするのも忘れ、じっと見つめてしまった。
「幽々子様…。」
幽々子様が見守ってくださっている。理由もなくそう思った。これは、幽々子様から私への最後の手向けだ。
「幽々子様…。最後の最後まで妖夢は未熟な従者でした。本当に申し訳ございませんでした。最初で最後の我が儘、どうかお許しください。」
すっと、白楼剣を構える。もう、迷いはなかった。
「魂魄妖夢、参るーーー!!」
「妖夢ーーーーーーーーーー!!」
喉を枯らしながら叫ぶ。目の前には巨大な老楼、西行桜。
「妖夢、一体どこに…。」
気持ちばかりが焦って妖夢を見つけられない。その時
「!!、いた!!」
白楼剣を構えた妖夢を見つけた。
「良かった、間に合っ…」
次の瞬間、
妖夢が、己の半霊を白楼剣で斬り裂いた。
「…え?」
あまりの出来事に思考が追い付かない。
「えぇ?」
やっと追い付いたときには、
「あ…、」
もう、何もかもが遅かった。
「嫌ああああああああああああ!!妖夢うううううううううううう!?」
慌てて駆け寄り抱き上げる。妖夢は、半霊を斬った瞬間音もなく地に倒れていた。目を閉じ、浅く荒い呼吸を繰り返す妖夢に不安ばかりが募る。
その時、僅かに妖夢の口が動いた。
「…鈴仙さん…?」
「妖夢!!あなた何でこんなことを!?」
「フフ…。やりましたよ鈴仙さん…。これで私は半人半霊じゃなくなりました…。やっとあなたと結ばれます…。」
「!!」
魂魄家の者だけが使える、迷いを断つ刀、白楼剣。この刀で幽霊を斬ると、その霊は成仏してしまう。だから、妖夢は半霊を斬った。理論上は正しい。でも、それをやるとなると別問題だ。半霊を斬ったって半人半霊から人になるわけではない。半人は半人のままだ。
「どうして…どうしてここまで…。」
「…あなたが、好きだから。それ以外に理由なんてありませんよ。」
「妖夢…。」
「鈴仙さん…。」
妖夢が、閉じていた目を開いた。
ナンダ コレハ ?
妖夢の眼は、真っ赤に染まっていた。
「つまり、妖夢がおかしくなった原因は…」
妖夢を狂わせたのは…
「私…?」
あまりのショックに、目の前が真っ暗になった。でも、
「私の能力でおかしくなったのなら、私の能力で治せるーーー、!!」
ふと、気づいた。確かに私の能力を使えば元の真面目で優しい妖夢に戻る。そして…、
現実を、自分がしたことを知ってしまう。
今はまだいい。恋愛という脳内麻薬のお陰で善悪の区別がついてないから。
じゃあ、もしもその麻薬が切れたら?
ただでさえ不安定な状態の妖夢が、剣を捨て、主を捨て、自分すらも捨てたことを知ったら?
彼女は、それに耐えられるの?
「…れい、せんさん…。」
「妖夢…。」
私が、妖夢を狂わせた。
それなら、これは私の責任。
「いいわ、妖夢。一緒にどこまでも…。堕ちていきましょ?」
そう言って、妖夢を抱き締めた。
臆病者だと罵られてもいい。
大馬鹿だと蔑まれてもいい。
それでも私は、妖夢を守りたいーーー!!
「鈴仙さん…?」
「大丈夫。幻想郷は全てを受け入れてくれる。」
そっとくちづける。それは甘くて、切なくて、とても危険なキス。
「愛してます、鈴仙さん。」
「愛してるわ、妖夢。」
サア、イッショニクルイマショ?
了
―――多分、それは運命だった。―――
「…はあ、疲れた~。」
永夜異変のあと、永遠亭の時が動き始めた。それはつまり、幻想郷に受け入れられたということ。それは別にいい。歓迎すべきことだ。でも…、
「だからって何で私が薬を売りに行かないといけないわけ…?」
『幻想郷に受け入れられたのだから、次は人里に受け入れてもらいましょう!!』
姫様が宣言したのが昨日の朝。それからあっという間に舞台は整えられて、気づいたときには永遠亭は診療所になっていた。私は販売担当だ。お陰で子供には尻尾を遊ばれるわ、里の男衆には好色そうな目で見られるわ、本当に散々だった。
「ったく、これだから下賤な地上の民は…。」
一人愚痴る。さて、次の注文先きは…、
「白玉楼…?聞いたことないわね。」
まあいいや、一先ず行ってみよう。
「すいませーん、お薬を売りにきましたー。」
「はーい。」
目の前に現れたのが、妖夢だった。
「すいません、今主の幽々子様が食事中でございまして、代わりに私が承ります。どういったご用件でしょうか…ってあれ?」
「あの~、薬を売りにきて…ってあれ?」
刹那、時間が停止した。そして、
「「な、何であなたがここに!?」」
見事に被った。
「ま、まさかまた何か企んでいるの!?もしそうなら…斬る!!」
「ちが、違います違います!!私はただお薬を売りにきただけです!!お願いだから斬らないで~!!」
「薬…?あぁ、ではあなたが幽々子様がおっしゃられていた永遠亭の売り子さんですか。お噂はかねがね伺っております。」
「…?あの、噂って何の噂ですか?」
「あれ、ご存知ないのですか?今度新しく竹林に出来た診療所には人を襲わない可愛いウサミミの妖怪がいるって。」
「か、可愛い!?」
「人里で噂になってたからどんな人なのかなーってワクワクしてたんですよ。そしたら…。」
「そ、そしたら…?」
「噂以上に可愛くてビックリしました♪」
「えええぇぇぇええ!?わ、私が可愛い…?」
「はい。しかもとびっきり!!」
「~~~~~!!」
「あ、あれ?どうされました?もしもーし?」
「あわわわわ……」
―――気づいたら、永遠亭だった。師匠の話では、妖夢が連れてきてくれたらしい。
「あとで白玉楼にお礼を持っていかなきゃね」
師匠はそう言って微笑んだ。あとお仕置きされた。
その後、私はお詫びに菓子折りを持っていった。妖夢は笑って
「全然気にしてないので大丈夫ですよ。」
と言ってくれた。眼を使ってみようかと思ったがやめた。嘘はついていなさそうだったし。
何より、その笑顔は、見てる人をホッとさせる様な、とても魅力的なそんな笑顔で、眼を使うことも忘れてしまったから。
―――それから、私が薬を売りに行くたびに妖夢が対応してくれた。いつ行っても妖夢しか見なかったので一度
「幽々子さんは普段何してるの?」
と聞いたら、大抵寝てるかご飯を食べてるか、もしくはゴロゴロしてるかのどれかだと言う。しかもその間館の管理とかは全て妖夢に任せているらしい。
「あなたも大変ね。」
と労うと、
「幽々子様は半霊使いが荒くて…。」
と愚痴られた。お互い主人には苦労しますね、と二人で語りあった。だからその日は帰るのが遅くなって、師匠にお仕置きされた。
―――そんな事があってから、妖夢とは急激に仲良くなった。用がなくても白玉楼に遊びに行くようになった。妖夢の方も、頻繁に永遠亭に来てくれた。朝早くに来て、夜遅くに帰る、みたいな事もしょっちゅうだった。
「『最近妖夢がかまってくれないわ~』って幽々子様がうるさいんですよ。」
「私も師匠に『この頃遊ぶばっかりで私の手伝いを全然しないからお仕置きね』って言われて焦っちゃった。」
「お、お仕置き!?」
そんな会話を続けているうちに、会うのは毎日となり、泊まることも多くなって、周囲の目が(好奇心的な意味で)気になりだした頃…
「鈴仙さん…。 わ、私と、付き合ってください…!!」
―――妖夢から告白された。
「え、えええぇぇぇええ!?よ、妖夢、いきなり何を!?」
「やっぱり、お嫌ですか…?」
「い、いや、物凄く嬉しいけどさ、で、でも私たちってホラ、女同士じゃない?」
「そんなの関係ないですっ!!」
「!?」
「私は鈴仙さんのことが好きです!!とっても、とっても大好きなんです!!鈴仙さんは、私のことが嫌いなんですか!?」
「わ、私だって大好きよ?」
「じゃあ、それでいいじゃないですか!!思いあってる二人が恋人になるのは、いけない事なんですか!?私があなたを好きになるのは…
許されないことなんですか!?」
「妖夢…。」
…ック、グスッ
「!?」
「ヒグッ、わ、私じゃ、駄目、ですか?グス…、あな、あなたの、そばにいちゃ、いけないん、で、ですか…?」
妖夢が、泣いてる…?
あの、妖夢が…?
泣かしたのは、誰…?
泣かしたのは、私…。
彼女の真剣な気持ちから、逃げてばっかりだったから…。
私は、臆病者だ…。
私は、馬鹿だ…。
妖夢が、こんなにも私にとって大切な人だったことに、傷つけてから気づくなんて…
…私は、大馬鹿だ…!!
「…ごめんなさい、妖夢…。私は逃げていたわ。あなたの気持ちからも、自分の気持ちからも。」
「グスッ、鈴仙さん…?」
あなたと一緒なら、暗い過去も乗り越えられる。
あなたと一緒なら、明るい現在を信じられる。
あなたと一緒なら、幸せな未来を創り出せる。
「妖夢、私は…、あなたのことが…、」
いつも一途で、努力家で、時々ドジッ子で、思い込みが激しくて…。
そして、優しい
そんなあなたが、
「…大好きです。」
―――それから、私たちは正式にカップルとなった。カップルになったからといって二人の生活が変わるわけではなく、せいぜいデートの時間と回数が増えたことと、私が白玉楼に住むことになったことぐらいである。でも、いやだからこそ、私たちは幸せだった。平凡で、代わり映えのない大切な日々。
「…妖夢。」
「はい。何ですか?」
「私、今すっごく幸せ。」
「…私もですよ。」
だからこそ、思う。
ドウシテコウナッタ?
(…よし、いない、よね?)
「何処に行こうとしてるんですか、鈴仙さん?」
「ヒッ!!」
「ど・こ・に・行くんですか?」
「え、えっと、永遠亭に…。」
「永遠亭ですか?もしかしてお体の調子でも優れないんですか?」
「いや、あの、お仕事…。」
「あぁ、そういうことですか。それなら別に大丈夫ですよ。」
「な、何が…?」
「今日は仕事行かなくてもいいです。っていうか永遠に行かなくてもいいです。」
「…何、したの?」
「燃やしました。綺麗サッパリ。」
「嫌ああああああ!!」
「? どうしました?」
「どうしました?じゃないわよ!!あぁもう行ってきます!!」
「あ、鈴仙さん!?何処に行くんですか!?」
「永遠亭に決まってるでしょ!!」
皆、無事でいてね…!!
「逃がしません!!」
「うわ、追いかけてきた!!」
【永遠亭】
「うわぁ…」
そこには元永遠亭、現焼け野原があった。
「と、とにかく皆を探さなきゃ!!」
師匠や姫様は兎も角、てゐの安否が心配!!あと他の兎たち!!
「…あ、いた。お~い、鈴仙や~い。」
っと、この声は、
「てゐ!!」
良かった、生きてる!!
「大丈夫!?無事なの!?」
「これが無事に見える?」
「うっ…。」
服はボロボロ、髪はチリチリ。まるでドリフだ。
「しかし、あんたの彼女は日に日に過激になってきてるねぇ。」
「うん…。付き合い始めはこんな子じゃなかったのにね…。てゐ、本当にゴメンね。迷惑ばっかりかけて。」
「いいよいいよ、あんたが幸せならそれが一番…うわ」
「? どうしたのてゐ…」
シャキン!!
突如首筋に冷たい刃が当てられた。
「…なんで、私以外の女と喋ってるんですか?」
「エット、ヨウムサン?」
目が座ってますよ~?
(て・ゐ・た・す・け・て)
口パクで伝える。
(む・り・♪)
口パクで返される。つーかむっちゃ良い笑顔だなお前。
「鈴仙さん?これ以上他の女とイチャイチャするつもりなら…」
コロシマスヨ?
「助けてえええええ!!」
「はい、そこまで。」
「!?」
「し、師匠!!」
「…永琳さん、私の邪魔をするならあなたと言えども容赦はしませんよ?」
「おぉ怖い怖い。ていうか妖夢、あなたの心配は取り越し苦労だと思うわよ?だってこの前うどんげったら患者さんに凄い勢いで惚けてたもの。『妖夢が可愛い過ぎて困ってるんですーーーーーっ!!』って。」
「ちょ、師匠!?何で知っているんですか!?」
「れ、鈴仙さんがそこまで私のことを…。ポッ」
「あとうどんげ、姫様も他の兎たちも無事だし今日は帰りなさい。こんな状況じゃ永遠亭は暫く臨時休業だし、復興したら伝えるわ。」
「え、いいんですか?」
「いいんです!!さあ鈴仙さん、帰りましょう!!」
「え、ちょっと待って妖夢!!」
最近、妖夢が変だ。
私が仕事に行こうとしただけで斬りかかってきたり、他の人と喋っているだけで斬りかかってくる。それどころか近頃は放火やスペカ、ひどい時には人里で私をナンパしてきた奴とその家族をまとめて皆殺ししようとしたことも…。(流石にそれは全力で止めたけど。)愛してくれてるのは分かるんだけど、これはちょっと、『異常』だ。
「一体いつからこうなったんだろう…。」
一人ぼやく。自分の部屋にいる時は私の数少ないプライベートタイムだ。
「何がですか?」
…さよなら、プライベートタイム。ていうか私さっきまで一人だったよね?
「ううん、何でもないの。ちょっと昔を思い出してただけだから。」
そう言ってから、ふと思い出す。
「そういえば前もこんなことあったよね。急に私の部屋に妖夢が訪ねてきたの。覚えてる?」
「えぇ、あれは確か鈴仙さんが白玉楼に住むことになってからすぐのことでしたね。」
「そうそう。何も言わずに入ってきたから何事かと思えば、『お、お喋りしませんか!?』だったんだもん。あれは笑ったなー。」
「え、そんなこと言いました?」
他愛もない会話を続ける。そういえば、妖夢がおかしくなったのって、あの日からだったような…。
「いや~、楽しかったな~。」
「…迷惑ですか?」
「…え?」
「私が今までやってきたことは、迷惑ですか?」
「妖夢、何を…」
「例えば今日、永遠亭を燃やしました。昨日鈴仙さんに話しかけてきた童は鈴仙さんが去ったあとその場で何回もビンタしました。一昨日あなたに色目を使った酒屋のどら息子は今白玉楼で働いてます。」
「よ、妖夢?」
「勿論いけない事だということは百も承知してます。でも、止められないんです。あなたのことを思うと、どうしても止められない。私だけを見て欲しい。私だけに喋って欲しい。私のそばにずっといて欲しい。」
「…。」
「鈴仙さん、私のやったことは迷惑ですか?私の存在は、私の気持ちは、」
迷惑ですか?
「そ、そんなことない!!」
思わず大声が出る。
「妖夢の存在が、ましてや気持ちが迷惑だなんて、そんなのあり得ない!!よ、妖夢は私を馬鹿にしてるの!?私はあなたがいいの!!他の誰でもない、あなたが好きなの!!そりゃ確かに妖夢はやり過ぎだと思う。だけど!!どうしてそれがあなたを嫌う理由になるの!?いくら私でも怒るわよ!!」
「…ありがとうございます鈴仙さん。私も、覚悟を決めました。」
もう帰りますね。そう言って立ち上がり、襖に手をかけ振り返った。
「…よ、妖夢?」
「絶対に、諦めません。」
狂気を孕んだ瞳でそう告げ、そのまま出ていった。
「…何を?」
一人取り残された私は、ただ茫然とするしかなかった。
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鈴仙さんと別れた後、私は幽々子様の部屋の前にいた。おそらくあのことで話があるのだろう。
「失礼します。」
「どうぞ~。」
「すいません、遅くなりました。」
「兎ちゃんとお話していたんでしょ~?」
…何でもお見通し、という訳ですね。
「はい、その通りです。申し訳ありませんでした。」
「別にいいわよ~。兎ちゃんも関係ある…というよりあの子とあなたの問題なのだし?」
「やはり、話したいこととはそれでしたか。」
「勿論。それで、どうするのかしら~?」
「…覚悟を、決めました。」
「あら、じゃあ」
「私は、鈴仙さんだけを愛しています。未来永劫、この気持ちは変わりません。」
「…やっぱり、そっちを取るのね。」
「はい。申し訳ございません。」
「いいのかしら?あなたの選んだ道は妖怪の山を行くより険しき道よ?」
「彼女と一緒なら、例えどんな悪路でも絶対に登り切れます。」
「…それが、妖忌を裏切ることになっても?」
「…はい。」
私の気持ちは、変わらない。
「…困ったわね。こっちは良くても向こうが何というか…。」
「その時は、私がこの剣で!!」
「何を言ってるの?身の程を知りなさいこの愚か者。」
「!!」
「あなたごときの腕でどうにか出来る相手じゃないのはあなた自身が一番分かっているでしょう?」
「ですが…。」
「…一つ、方法がないこともないけどね~。」
「!! そ、それはどんな方法なんですか!?」
「知りたい?」
「はい!!」
「…妖夢、 を なさい。」
「え?」
「どう?これなら全ていっぺんに解決。夢のようなアイデアでしょ~?」
ただし夢は夢でも悪夢だけどね。と幽々子様が嘯く。
確かに、そうすれば向こうも諦めざるをえない。でも…、
「…当然、あなたにはここを出ていってもらうわ。」
そう、そんなことをすれば私は白玉楼を捨てなければいけない。それだけじゃない。剣も、祖父も、幽々子様も、そして自分も…。本当に何もかもを捨てて鈴仙さんと二人で生きていかねばならない。
「さあ、どうするのかしら~?別に返事は今日中というわけではないんだし、しばらくなら待つわよ~?」
「私は…。」
私は…。
ワタシハ、ドウスレバイイノ?
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その日の夕方、私が夕食を作っていたときだった。
「兎ちゃん、ちょっといいかしら~?」
「あ、幽々子さん。どうされました?今日のお夕飯は肉じゃがと親子丼、おつゆは大根のすまし汁ですよ?」
「あら、美味しそう。…ってそうじゃないわよ~。」
「え?違うんですか?てっきりお腹が空かれたのかと…。」
「違うわよ~。いやお腹は減ってるけどそうじゃなくてね。ちょっと話がしたいの。今いいかしら~?」
「はい、大丈夫ですけど…?ちなみに何の話なんですか?」
「妖夢のこと~。…それから、あなたたちの今後についても、ね。」
「…え?」
ままままさか破局!?何で!?あ、もしかして最近の妖夢の過激な行動のせい!?じゃあ私永遠亭に強制出戻り!?もしくは幽々子さん直々に強制あの世行き!?どちらにしらもう二度と妖夢に会えなくなるの!?そんなの、そんなの嫌だ!!
「嫌です!!私は絶対妖夢と別れません!!」
「…はい?」
「い、い、いくら幽々子さんでも人の恋路を裂こうなんて最低です!!見損ないました!!」
「…あの、兎ちゃん?何か勘違いしてない?私は別にあなたと妖夢の仲を裂こうとなんてしてないわよ~?」
「…へ?」
「ほんっとおおおおおおおおおおおおに、すみませんでした!!!」
数分後、そこには清々しいぐらい美しい土下座をした私がいた。
「いえ、別にいいわよ~。元はと言えば私がややこしい言い方したのがいけなかったのだし。」
あぁ、何とお優しい方なんでしょうか幽々子さん!!まさに天使、いや神様の域だわ!!
「ところで今日はうな重と焼き鳥と枝豆と冷奴と唐揚げと鮎の塩焼きが食べたいわ~。あ、あとラーメンもいいわね~。」
「…今日既にご飯作っちゃったんですけど…」
「勿論それも食べるわよ?」
…よし、話を変えよう。
「えっと、それで話というのは…?」
「あ、そうそう。妖夢のことなんだけどね~?」
「妖夢…?あ、もしかして最近の…。」
「ん~、そうじゃなくてね~?実はあの子、あなたに隠していることがあるの~。」
「妖夢が、私に…?」
「えぇ。…と、その前に確認したいことがあるのだけど~。」
「はあ、何ですか?」
「妖夢の種族は半人半霊。そしてその祖父、魂魄妖忌も半人半霊。ここまでは当然知っているわよね~?」
「勿論。」
「それじゃあここでクエスチョン!!妖夢の父上の種族はなんでしょ~か?」
「は?妖夢のお父様?」
何でここで急に妖夢のお父様が出てくるんだろう?
「ほらほら、早くしないとどんどん時間がなくなってくるわよ~?」
「え!?えっとえっと…。」
妖夢のお祖父様、妖忌さんが半人半霊。そして妖夢も半人半霊。それなら普通に考えて…、
「は、半人半霊?」
「大正解~。凄いわ、一発で当てちゃうなんてね~。」
「あ、ありがとうございます。」
「続いて第二問!!半人半霊が半人半霊の子を成すためには、誰と結ばれればいいのしょうか~?」
一瞬、時が停止した。
「…それは、どういうことですか?」
「どうって、言葉通りの意味よ?さあ、早く答えなさい?」
半人半霊が半人半霊の子を成すためには?そんなの、そんなの…。
一つに、決まっている。
「…半人半霊、ですよね?」
「そう、正解よ~。」
「つまり、幽々子さんのお話っていうのは…、」
考えたくない。考えたくない。考えたくない。考えたくない。考えたくない。
「えぇ。」
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
「妖夢には…、」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ
「…彼女には、許嫁がいるの。お互い顔も知らないんだけど。」
何かが 崩れて いった
「嘘…。」
耳が受けとるのを拒否する。脳がその情報を否定する。眼が見ることを放棄する。
それでも、口は勝手に動いた。
「嘘…。だって、妖夢はそんなこと一度も…。」
「彼女自身知らなかったの。知ったのはつい最近よ。そう…あなたが白玉楼に引っ越した日に、私から話したわ。」
「そんな…、だって…、」
わけの分からない感情が胸を駆け巡る。身体中を蝕む。世界が、真っ暗になった。
コノキモチハ ナ二 ?
「…でもね、妖夢は諦めなかったわ。」
「…え?」
「あの子はね、どうにかしてあなたと一緒になる方法を探そうとしてたわ。誰よりも不安なはずなのに、その気持ちをあなたに隠して…。そのせいで少しいきすぎた行動をとってたみたいだけど。」
「妖夢…。」
「…実は、一つだけあるの。その夢のような方法が。妖夢は今、それを試そうとしている。」
「あ、あるんですか!?そんな方法!!」
「えぇ。…ねえ兎ちゃん、いいえ鈴仙ちゃん。妖夢をよろしくね。真面目で、真っ直ぐで、不器用で…とっても優しいあの子を、支えてあげてね。」
「妖夢は、今どこに?」
「西行桜にいるはずよ。」
「…行ってきます。」
幽々子さんの返事も聞かずに飛び出した。靴を履くのもまどろっこしくて、そのまま外へ、妖夢の元へ。一人で戦っているあの子の元へと。
「…妖夢。」
口から漏れたのは、愛しい人の名前。
「妖夢。妖夢。妖夢!!妖夢ーーーーーーっ!!」
何度も叫ぶ。この声が、あの子に届くように。
「妖夢ーーーーーーーーっ!!」
この思いが、あの子に伝わるように。
「よおおおおおむうううううううううううう!!」
空には満月が、まるで私たちを見守るかのように、浮かんでいた。
-----------------------------------------
「…ふう。」
西行桜の下で、一人佇む。すべきことは分かっている。でも、身体が動かない。
「何をやってるのよ、私は…。」
これは自分で決めたことだ。なのに、未だに迷っている。
「だから私はいつまで経っても未熟者なんだ…。」
自虐するかのように俯く。でも、そこには何も写されてない。真っ黒な地面があるだけ…、真っ黒?
「待って、月はどこ?」
慌てて空を見上げる。するとそこには
ーーー満開の桜が咲き誇っていたーーー
「嘘…。何で…?」
我が目を疑う。何回も自分の目を擦ってみる。でも、桜は依然としてそこに咲いていた。
「どうして西行桜が…、!!」
この桜、生気がない!!つまりこの桜は…、
「ゆ、幽霊!?」
心臓が、氷の手に掴まれたように、冷たく縮みあがる。
「あわわわわ…。」
身体がガクガク震える。血の気が一気に引いていく。もう何もする気が起きない。大人しく部屋に帰ろう。そう思ったその時、
ザワ…、ザワ…
「!!」
桜が、月の光を浴びて、幽雅に舞っていた。
「綺麗…。」
思わず見とれた。この世のものとは思えない美しさに息をするのも忘れ、じっと見つめてしまった。
「幽々子様…。」
幽々子様が見守ってくださっている。理由もなくそう思った。これは、幽々子様から私への最後の手向けだ。
「幽々子様…。最後の最後まで妖夢は未熟な従者でした。本当に申し訳ございませんでした。最初で最後の我が儘、どうかお許しください。」
すっと、白楼剣を構える。もう、迷いはなかった。
「魂魄妖夢、参るーーー!!」
「妖夢ーーーーーーーーーー!!」
喉を枯らしながら叫ぶ。目の前には巨大な老楼、西行桜。
「妖夢、一体どこに…。」
気持ちばかりが焦って妖夢を見つけられない。その時
「!!、いた!!」
白楼剣を構えた妖夢を見つけた。
「良かった、間に合っ…」
次の瞬間、
妖夢が、己の半霊を白楼剣で斬り裂いた。
「…え?」
あまりの出来事に思考が追い付かない。
「えぇ?」
やっと追い付いたときには、
「あ…、」
もう、何もかもが遅かった。
「嫌ああああああああああああ!!妖夢うううううううううううう!?」
慌てて駆け寄り抱き上げる。妖夢は、半霊を斬った瞬間音もなく地に倒れていた。目を閉じ、浅く荒い呼吸を繰り返す妖夢に不安ばかりが募る。
その時、僅かに妖夢の口が動いた。
「…鈴仙さん…?」
「妖夢!!あなた何でこんなことを!?」
「フフ…。やりましたよ鈴仙さん…。これで私は半人半霊じゃなくなりました…。やっとあなたと結ばれます…。」
「!!」
魂魄家の者だけが使える、迷いを断つ刀、白楼剣。この刀で幽霊を斬ると、その霊は成仏してしまう。だから、妖夢は半霊を斬った。理論上は正しい。でも、それをやるとなると別問題だ。半霊を斬ったって半人半霊から人になるわけではない。半人は半人のままだ。
「どうして…どうしてここまで…。」
「…あなたが、好きだから。それ以外に理由なんてありませんよ。」
「妖夢…。」
「鈴仙さん…。」
妖夢が、閉じていた目を開いた。
ナンダ コレハ ?
妖夢の眼は、真っ赤に染まっていた。
「つまり、妖夢がおかしくなった原因は…」
妖夢を狂わせたのは…
「私…?」
あまりのショックに、目の前が真っ暗になった。でも、
「私の能力でおかしくなったのなら、私の能力で治せるーーー、!!」
ふと、気づいた。確かに私の能力を使えば元の真面目で優しい妖夢に戻る。そして…、
現実を、自分がしたことを知ってしまう。
今はまだいい。恋愛という脳内麻薬のお陰で善悪の区別がついてないから。
じゃあ、もしもその麻薬が切れたら?
ただでさえ不安定な状態の妖夢が、剣を捨て、主を捨て、自分すらも捨てたことを知ったら?
彼女は、それに耐えられるの?
「…れい、せんさん…。」
「妖夢…。」
私が、妖夢を狂わせた。
それなら、これは私の責任。
「いいわ、妖夢。一緒にどこまでも…。堕ちていきましょ?」
そう言って、妖夢を抱き締めた。
臆病者だと罵られてもいい。
大馬鹿だと蔑まれてもいい。
それでも私は、妖夢を守りたいーーー!!
「鈴仙さん…?」
「大丈夫。幻想郷は全てを受け入れてくれる。」
そっとくちづける。それは甘くて、切なくて、とても危険なキス。
「愛してます、鈴仙さん。」
「愛してるわ、妖夢。」
サア、イッショニクルイマショ?
了