幻想郷には、外の世界から物が流れ着く場所がいくつか存在する。
例えば、外の世界と幻想郷の境界に存在するとされている博麗神社なんかが、その一つだ。
もちろん他のもその様な場所は在るが、その中でも特に異質で、特に多種多様な物が落ちている場所が有る。
それが、今僕が来ている此処、無縁塚である。
真っ赤な彼岸花が一面に広がるこの時期の無縁塚には、生きている者は人であれ妖怪であれ、容易に近づこうとはしない。
人間には彼岸花の毒が厳しく、妖怪にとっては来る理由が無いからである。
ただ、その中間である僕は、無縁塚に用事の有り、毒にも割と平気だ。
更にこの無縁塚は、僕が日々求めている『異なる世界』の道具が数多く落ちている。
冥界の道具、魔界の道具、更には外の世界の道具と、道具屋の僕にとっては正に宝の山の様なものである。
今年もまた同じ時期にこの場所へ訪れた僕は、いつもの様に無縁仏を弔おうと考えた。
もちろん、珍しい道具が目的ではない。
用事を済ませて、ついでに何か落ちてないか探しているだけだ。
当然、弔う時間の何倍もの時間が掛かってしまう。
今回は特におかしいと感じた事も無く、無事に用事を済ませる事が出来た。
『ついで』も十分に拾う事が出来た、この前の様に誰かが欲しがる物を拾えていれば、僕の生活もまた潤いが増すだろう。
出所が分からないけど、貴重そうな、面白い道具の数々を拾い集め、無縁塚から立ち去ろうと踵を返す。
いくら人妖だからとはいえ、彼岸花の毒で喜ぶなんて事は無い。
「……これは?」
その途中、一際彼岸花の密集している所に、花に隠れる様に落ちていた物に気が付いた。
戦利品の詰まった袋を置いて、花を掻き分けてその何かを手にとって確認してみる。
長さは約1メートルといった所か、鉄製の細長い円柱に、同じく鉄で作られた小さな飾り細工が取り付けられていてた。
円柱には片側にしか穴が無く、更にそれらが不思議な形をした木にくっついている。
こういった見た目に重きを置かない道具は、外の世界の道具である事が多い。
今までに僕が拾ってきた道具の中でも、外の世界の物の殆どは見た目こそシンプルだが、その中身は複雑に作られている。
では目の前の道具は、と言われてみれば、第一中身の様な物が存在していないように思えるほど、小さく、軽い。
しかし、僕の能力はその道具がとても意外な用途に使われている事を教えてくれた。
しかもその用途は、上手く使いこなす事が出来れば幻想郷への新しい風に成りえる、とても面白い可能性を秘めた物だった。
「早速持ち帰って、使い方を調べてみよう」
これは商品には出来ない。
そう決めつつ荷物を持ち、外の世界のあるという島の名を持つその道具を手に、僕は無縁塚を後にした。
幻想郷に新たな可能性が生まれた。
そう思うだけならば、どんな道具でもそう評価する事が出来るだろう。
例えば、日常の生活に使うような食器でも、使い方を間違えれば、それは新しい可能性だと言える。
しかし、その可能性には最も重要な価値が有り、それは『どれだけ影響を与える事が出来るか』という事である。
食器の新しい可能性で考えたとして、それが有用なものなら他人も使い始め、広まり、様々な影響を与え、『その物の価値』として記憶されるだろう。
だが、その使い方が極限定されたものであったり、全く役に立たないものであればその可能性は広まる事無く、価値を持たないまま忘れられる。
そうなれば、その食器の価値は元々付けられた『食事の役に立つ』という価値に収まってしまう。
人間は、そうして物の価値を決め、新たな可能性を生み出していく事で、発展していったのだ。
「…この本にも書いてなかったか、困った」
それは、今僕の目の前に置いてある道具にも、同じ事が言える。
今のままでは精々鈍器にしか使えない物でしかない。もしくは外見の装飾を利用して、店内に飾り付けるか。
だが、僕はその道具の『価値』の一片を見るという能力を持っている。
その能力が、この道具にはその価値が有るという事を僕に教えてくれている。
だから僕は、この道具に幻想郷での価値を付けてあげようと思い立った。
その為に、まずは知識から探し始める。
店に有る外の世界の本を有るだけ引っ張り出し、一つ一つに目を通し直す。
書き綴られた文章の中にこの道具と同じもの、特徴を捉えたもの、そういった説明が有る物は無いか、隅々まで読み漁った。
この問題の結果は分かっている、その答えこそがこの道具の用途だからだ。
つまり今僕がやっている事は、答えを教えられている計算式の途中を考えているようなものだろう。
途中の式が分からなければその計算式から得られる知識は無く、それは可能性の消滅にも繋がる。
道具の価値は、その道具の用途によってより貴重なものになるが、その使い方によっては急激に下がるのだ。
僕の持っているストーブは、その例をとても良く表しているだろう。
使い方さえ知っていれば冬でも暖かく過ごせるとても便利な道具だが、その使い方が難しい。
今の様に燃料が無くなってしまえば、ただの置物になってしまうからだ。
簡単に使いこなせない様では、道具としての価値はそれほど上がらないのである。
だから、この道具の様にシンプルな外見と、魅力的な用途を持ち合わせているとなれば、かなりの価値が有るに違いない。
確認し終えた本を閉じ、改めてその道具を手に取り、もう一度よく観察してみる。
どうやら装飾だと思い込んでいた部分は開閉出来る様になっているらしく、蓋を開けた状態で別の装飾具を引く事によって、穴が円柱と繋がる様だ。
つまり、この穴から何かを入れる事で、この道具は使える様になるという事だろうか。
残念ながら、今の僕にはそれ以上の事は分からなかった。
「やっぱり僕の知恵じゃ、知識には勝てないか」
僕はその道具をもう一度机に置き、また別の外の世界の本を探した。
ただし、今度からは新しい物ではなく、少し古めの本を中心にして、である。
この道具は、外の世界の物にしては些かシンプル過ぎる所が有る。
コンピューターやゲーム機の様な物が外の世界の日常に使われる道具であるなら、この道具もより精密で複雑な中身になっていてもおかしくない。
これはこれで一種の様式美とも言えるのだろうが、今の技術で作るものではないだろう。
「何読んでいるんだ? 香霖」
背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
振り返るまでも無く、その声と雰囲気で、霧雨魔理沙がこの店に来ていたと分かった。
「全く、何度言えば分かるんだ」
「別に構わないだろ? お客として来ている訳じゃないし」
「それが一番困るんだ。 ところで、今日は何か用でも有るのか?」
無いぜ、としれっと答える辺り、いつもの様に暇つぶしにでも来たのだろう。
その暇つぶしついでに色々持って行かれるので、お店としてはお引取り願いたいのではあるが。
「それで、何を読んでたんだ?」
「外の世界の古い本さ、何か役に立つ知識が無いかと思ってね」
「そうか――って、もしかしてそれの事か?」
「非売品だよ」
魔理沙が、机の横に立て掛けてあった『それ』を見つけて手に取る。
流石にこればかりは売る気は無いので、予め釘を刺しておかなければならない。
その程度で魔理沙に対して効果が有るかと言われれば、あまり無いのだが。
「これは外の世界の大事な資料なんだ、ツケでも渡せないよ」
「資料? 商品じゃなくてか?」
そう、この道具は外の世界の技術の一つであると共に、外の世界と幻想郷を繋げる資料の一つでもあるのだ。
『弾を撃つ道具』
僕の能力は、この道具の用途をそう教えてくれていたのだ。
「形を見ても素材を見ても、間違い無く外の世界の道具だと考えて良い。
これが外の世界の物だとすれば、外の世界にも弾を撃つ道具は有ったという事なんだ」
木と鉄で作られた、魔力を通さないが機能性を重視してあるそれは、外の世界の道具の特徴をよく表している。
つまりこれは、外の世界でも弾幕による決闘、もしくはそれに近いルールが有るという事になる。
これが古い道具であるからに、相当昔から存在していたのかもしれない。
「まだ決まった訳ではないけど、これがスペルカードルールの元祖という可能性も考えられる。
外の世界にも弾を撃ち合う決闘が有ったかもしれないんだ」
「魔法も使わないのに、弾幕?」
「そう、永遠亭のお姫様も道具を媒介に弾幕を放ってくると聞いた。
この道具は外の世界で、魔法や妖怪の力が無くても弾幕を放てる道具なんだろう」
「永遠亭のお姫様……あっ」
突然魔理沙は考え込み始め、何やらぶつぶつと呟いている。
もしかして、この道具が永遠亭のお姫様と関係しているのだろうか。
「…何処かで見た事有ると思ったら、月で見たんだ!」
「月だって!?」
「ああ、月だ。 微妙に形は違ってたけど、間違い無いぜ」
月、というのは恐らく、霊夢や魔理沙達が行ったと言われている、月の都の事だろう。
だが、月の都の技術は幻想郷と、或いは外の世界と比べても非常に高い筈である。
そんな所で、何故このような古い道具が使われているのだろうか。
少し悔しい気もしたが、魔理沙に聞きたい事が山ほど出来た。ちょっとくらいはツケの足しにされるかもしれない。
「私達が月に行った時、月に住んでる兎に会ったんだ。
私の記憶では、そいつらが似たような物を持ってたんだ」
「その兎は、その道具を何に使っていたんだい?」
「もちろん、弾幕を撃ってたぜ。
紅魔館の妖精メイド相手に互角だったから、そこまで強力とは言えないけどな」
やっぱり、僕の仮説は間違っていなかった。
恐らく、外の世界の技術が何らかの方法で月に伝わり、そこで広まったのだろう。
そこで月の兎達に扱える様に改良された物が、魔理沙が見た物ではないか。
「けど、あいつ等は妖力を使って弾幕を撃ってたから、外の世界と同じという訳にはいかないだろうな」
「それで良いんだよ。形が似ているという事は片方がもう片方に強く影響しているからで、同じ用途に使おうとしたからだ。
つまり、月で弾幕を撃つのに使われているのだとすれば、外の世界でも弾幕を撃つのに使われていたという事なんだ。
それも、魔力も妖力も無い外の世界らしい知恵でね」
魔理沙の話を聞いて、益々この道具を僕自身の手で使いこなしてみたくなった。
魔力や妖力も無い人間でも弾幕が撃てる様になれば、生活の幅がより広くなるだろう。
妖怪との決闘に勝てる事は無くとも、少なくとも決闘に持ち込む程度の安全は保障される。更に、人間でも決闘を楽しむことが出来る様になるのだ。
これこそが、この道具が幻想郷にもたらす 『新しい可能性』なのではないか。
「で、それはどうやって使うんだ?」
その結果を得る過程での最大の問題を、魔理沙に突きつけられた。
この幻想郷で手に入る道具の大半は、幻想郷に有る動力だけでは役に立つ事はそうそう無い。
だけど、ここまでシンプルな道具ならば、或いは出来る事も有るかもしれなかった。
「そうだな…まずは、幻想郷らしくない方法を探さないといけないな」
幻想郷の常識では、この道具は動かせるとは思えない。
よって、自らの力や能力に頼るという幻想郷的な考え方に縛られない、違う方向からの知識を得なければならないのだ。
それはつまり、外の世界に近い知識という事になる。
外の世界の知識だけなら香霖堂に有る書物だけでも相当な物になるが、これから得られる知識は抽象的な物が多い。
考え方だけでは、方程式は作れないのだ。
「――それなら、適任者を知ってるぜ」
不意に魔理沙が、そう僕に言い放った。
「…誰だい?」
魔理沙の笑顔が、この時は妙に裏が有るように見えた。 恐らく、先ほどの僕の予想は当たっていたのだろう。
店の商品の二つや三つは覚悟しつつ、魔理沙の提案を待つ。
「河童達さ。 あいつらはいつでも新しい道具の開発に全力をかけてる。
その技術を少し借りれば、こいつを動かせる様になるかもしれないぜ」
河童といえば、妖怪の山に住み、天狗と共に独自の文化と発展を築いている妖怪である。
その技術は幻想郷の中でも最先端で、この頃更に急激な技術の向上が有ったと新聞で知った。
様々な道具を使いこなす技術を持つ河童なら、こういった道具の知識も持っている可能性が高いだろう。
「なるほど……河童か。 でも、易々と人間の前に姿を現すなんて考え難い。
更に、仲間になってくれるとは思えないんだが」
「大丈夫さ、私には河童の友人が居る」
いつの間にか、魔理沙の友好関係はとても広がっていたらしい。
人間だけでなく妖怪、天人、果ては神様とも仲が良いと魔理沙は言っていたが…本当に顔の広さに驚かされる。
「ちょっと呼んで来るから、少し待っててくれ」
「分かった、頼むよ」
店から出て行こうとする魔理沙の背を見送り、僕は使えそうな物が無いかもう一度店内を隈なく探し始めた。
ふと振り返ってみると、今日の僕は少し人に頼り過ぎてる所が有った。
魔理沙は言わずもがな、これから魔理沙が連れて来る河童にも僕は頼ろうとしている。
人間であればこれが本来在るべき助け合いの姿なのだろうが、僕からすればあまり好ましい事では無い。
勿論、それも必要になる時は多分に有るし、悪い事だとは思わない。
ただ、物事を成し遂げた時に得られる達成感は、一人の時が最も輝いて記憶に残るのだ。
それが僕にとって価値の有る事ならば、尚更である。
そして僕の能力は、それを大きく助けてくれる。 これは自らの能力を生かして生活する妖怪ならではの考えでもある。
独占欲が強いのか単にそういった事が好きなのか、どちらにしろ道具屋に向いていないと言われても言い返す言葉は無いだろう。
だが、今はそれ以上にこの道具の可能性を知りたかった。 自分の関わる中で価値を高めたいと思った。
ある意味で、今日の僕は道具屋の店主なのだろう。 いや、普段から道具屋の店主ではあるのだが。
もう一回り店内を探し終えても、まだ魔理沙は帰って来なかった。
時間が有る内に、記憶も有る内に、僕は今日の出来事を日記という名の歴史書に書き留めておかなければならない。
これは僕の日課であり、今では僕の楽しみの一つでもあった。
少し客観的に物事を見つめてみれば、物事の新しい解釈は常に存在し続けている事が分かる。
それは自分で思いついたり、他人から教わったり、お互いの意見のぶつかり合いが生み出す事も有るからだ。
それを日記に書き留める事で、より様々な解釈を発見し、受け入れる事が出来るようになるのである。
今日はさらに、道具の価値についての新しい解釈を見つける事が出来た。
道具の用途や汎用性、他者に与える影響など、その価値を有り難がる者が居れば、即ちその道具に対する信仰の様なものとなる。
それが新しい用途と共に重用されれば、その道具に対する信仰も深まり、道具の価値は高まり続けるだろう。
ここまでが、今の僕の解釈である。
これから先、道具の価値についての別の解釈を見つける事が出来たのならば、今日の日記を思い出し、より内容が充実する事となる。
その為の一歩として、最初の解釈をここに書き留めた。
いつかまた新しい知識を持って、この一文を目にする事になるだろう。
「遅くなった。ちゃんと連れて来たぜ」
少し日が傾き始めた頃、漸く魔理沙が戻って来た。
魔理沙の傍らで縮こまっている少女が、魔理沙の言っていた河童の友人だろうか。
帽子を被っているものの背負った物は河童の甲羅であり、怯えた様子は河童の特徴そのものだ。
本にしか見た事は無いが、恐らくこの少女が河童なのだろう。
「こいつがさっき話した森近霖之助。 そんなに怖がらなくても大丈夫だ、香霖も河童みたいなもんだぜ」
「僕の何を見てそう思ったか是非聞かせてもらいたいね、魔理沙」
「妖怪に見えなかったりとか、道具が好きだとか、人の来ない場所に住んでるとか」
「そこは一応否定させてもらおうか、僕は道具屋の店主だ」
「大体合ってるだろ?」
確かに間違っているとは言い切れないのだが、何か面白くない。
だが、それで緊張気味だった河童の少女の表情が少し柔らかくなったのなら、結果的には良い事だ。
この少女は、河城にとりと言う名前らしい。
河童というだけあって普段は妖怪の山に有る川に住み、滅多な事では人前に姿を現さないのだが、
ちょっとした事から魔理沙と知り合い、最近では少しずつ人間にも慣れてきたそうだ。
外の世界の道具を模倣出来る河童の技術や知識を借りられるのならば、頼りになる事この上ない。
それに、にとりはとても良い子で、外の世界の知識を悪用する事も無いだろう。
「まず、これと同じ物を見た事は無いだろうか。 外の世界で使われていた道具だ」
安心を持って、僕はにとりの例の道具を手渡す。
その道具を持つなり、にとりは目の色を変えてその道具を隅々まで観察し始めた。
流石は幻想郷の技術者といった所か、いつの間にか工具を準備している辺り、分解もお手の物なんだろう。
勝手に商品、いや非売品だから僕の物を分解するのは止めて欲しいが。
だが、この道具に分解出来る様な所が殆ど無いという事は、僕も分かっている。
この道具は、『外観の構造だけで完成している』のだ。 流石の河童でも、中身が無い物までは分解出来ないだろう。
その事がにとりにも分かったのか、少しつまらなさそうにその道具を僕に手渡した。
「いや、見た事無いね。 外の世界から流れ着く物はこんなに単純な構造をしてないよ」
今やにとりの興味は、店内の他の商品の方に移り始めている。
技術を持つ者からすれば、この様に単純な道具は、コンピューターやゲーム機といった複雑な構造をしている物よりつまらなく見えるのかもしれない。
だから僕は、僕の能力が教えてくれたこの道具の面白い『価値』をにとりに伝えなければならない。
「この道具は『弾を撃つ』為の道具なんだ。 それも、魔力や妖力を使わずにね」
この道具の価値に興味を持ったのか、にとりは再びこの道具を手に取り、僕に様々な質問をして来た。
その一つ一つに答えながら、僕は僕なりの考察を持ってにとりに質問を返す。
外の世界における弾幕の扱いから幻想郷との関係、必要な技術などを、話が脱線しない程度に僕の考えを伝えた。
それに対して、にとりは技術者らしい感想を持って、僕の知識を彩ってくれる。
こうしたお互いの知識を高め合うの事こそが、議論を行う事の重要性や楽しさだ。
「つまり、魔力や妖力を使わずに、この道具から弾を撃てるようにするんだね」
「そう。そして恐らく、これも外の世界で使われていた道具の一つなんだが、それと組み合わせて使うんだろう」
お互い趣旨を伝えた所で、僕はさっき見つけた鉄製の小さな玉をいくつか取り出した。
親指の先程度の大きさの玉で、丁度円柱に開いた穴に収まる様になっている。 これが所謂『弾』なのだと思う。
小さくてもそれなりの重さは有り、筒に入れて振り回して飛ばしても、数メートル程度しか飛ばない弾だ。
これを、人間に扱える力で遠くまで飛ばせる様にしなければ、この道具の真の価値には辿り着けない。
人間の里にはその技術はまだ無い、だが幻想郷の最先端技術を持つ河童なら、或いは可能ではないか。
「この大きさで、とても強い力で物を押し出す……」
にとりは考え込み、水圧、空気圧といった聞き慣れない単語を小さく呟いている。
圧、というのは物を押し付ける力であり、物を押し出す力の事だ。 水や空気はその圧を作り出す為の素材だろうか。
こんな一つ事にも様々な選択肢を探せる辺り、山の技術力の高さが垣間見える気がした。
「……有った、小さな場所で物凄く大きな力を生み出す方法!」
そして、にとりは答えに辿り着いた。 表情には喜色が満ち、今にも飛び跳ねてしまいそうだ。
「核融合だよ。 超高温、超高圧の力を生み出す究極のエネルギー」
「核融合!?」
にとりの提案に真っ先に声を上げたのは、傍で話を聞いていた魔理沙だった。
核融合という言葉は話には聞いた事が有る。
山の神が用意した新しい力で、それにより妖怪の山の発展が進んだと言われている。
その力はあまりにも強大すぎるが故に普通の人には制御出来ず、とある妖怪に制御する力を与えてバランスを取っているらしい。
だが、そんな途轍もない力を外の世界の人間が使いこなせるのだろうか?
「あんなに熱いの使ったら、この道具どころか使う人も危ないじゃないか!?」
魔理沙も僕と同意見の様だ、珍しくも。
「太陽とおんなじ力なんだから、流石に核融合をそのままは使えないよ。
核融合は単なる物の例えで、要するにもっと規模を小さくした核融合、つまり爆発を起こせば良いんじゃないかな」
筒の部分を指差して、にとりは得意気に話していた。
目からウロコが落ちた様な気分だ。
にとりの意見ならば、この道具が外の世界の人間にも十分に扱える物だと十分に考えられる。
そしてその考えの通りなら、この不思議な形も、最低限に付けられた稼動部分も、全て納得がいく。
そう、これで全てのパズルのピースが一つに繋がり、この道具の『価値』という絵が出来上がったのだ。
「な、なあ……どうして爆発させれば弾が飛ぶんだ?」
魔理沙はまだ理由が分かっていないのか、僕とにとりを交互に見ながら説明を待っていた。
「魔理沙、これは君に渡したミニ八卦炉みたいな物なんだよ。
強大なエネルギーを一方に集中させて、爆発的な力を生み出す為の道具なんだ」
本来なら、爆発が起こる事によって発生する力はあっという間に広がり、すぐさま霧散してしまう。
この道具はその力を一点に集め、至近距離で作用させる事によって、強烈な推進力を発生させる為の構造をしているのだ。
撃ち出す弾は、魔理沙の持つミニ八卦炉が打ち出す光線の様なものだろう。
「それじゃあ、火薬を持って来ればそれを使える様になるんだな?」
言うが早いか、魔理沙を箒を手に店の外へ駆け出して行ってしまった。
後に残された僕とにとりは、この道具を肴に、外の世界について語り合った。
外の世界では、魔力や妖力が無くともこの様に知恵を使い、様々な力を自分の物にしていったのだろう。
その力が様々な道具を生み出し、価値を見つけ、更に別の力を次々と身に付けていく。
それこそが、外の世界の文化を形成していった、妖怪でも及びつかない人間の力なのではないか。
僕も河童も、外の世界の恩恵を受けているという事は同じである。
その事実を受け止め、より発展させていく事が出来れば、幻想郷の未来は安泰に向かっていくのではないか。
今日得た河童の知識も、これからの僕の活動に新しい風を吹かせてくれている。
河童の知識や思考を学んだ僕の知識は、より様々な可能性を僕に示してくれるだろう。
可能性は価値を見出し、価値は新たな風を呼び、風は可能性を作り出す。 この繰り返しこそが文化の発展となり、様々な力の要素となるのだ。
「持って来たぜ、火薬だ」
戻って来た魔理沙から手渡された袋を開けてみると、黒っぽい粉状の火薬が大量に入っていた。
危険物であるからもっと大事に運んで来て欲しかったが、期待に満ちた魔理沙の顔を見ていると、何も言えなくなってしまう。
何せ、僕もこれからの幻想郷の技術の発展と、新たな可能性の誕生の瞬間に関われるというのが、楽しみで仕方ないのだ。
「それで、この火薬をどう使うんだ?」
「まずは火薬と弾をこの筒の奥に入れて……火薬から先ね、その後に弾。
奥まで押し込んだら、この根元の部分に穴が有るでしょ。 ここに火種を入れるんだよ」
「すると、中で爆発が起こって弾が飛び出る…と。 小さなマスタースパークで弾を飛ばすって感じなのかな」
「まあ、そう考えて良いだろうね」
原理さえ見つけられれば、後は見た目の分かり易さが手伝って、使い方まですぐに理解できた。
中の弾が転がり落ちないように、少し上向きに持つ事がポイントらしい。
後はこれに火種を入れて金具を引けば、弾が撃ち出されるだろう。
「でも、これじゃ一発しか撃てないんじゃないか。 少し効率が悪い気がするぜ」
「これはまだ可能性を見つける段階の道具なんだろう、まだまだ改良出来る部分はたくさん有る。
魔理沙も始めから弾幕を撃つなんて出来なかったんじゃないか。 それと同じ事だよ」
「今も昔も私は一発のパワーだぜ」
「屁理屈だな」
「それじゃ、早速外の世界の弾幕ってのを見てみたいんだが」
全ての準備は整った。
僕と魔理沙とにとりは、その道具と火種を持って店の外に出て、十分離れた少し開けた場所に向かう。
「それじゃ、ここに撃ってみてくれよ」
撃つ準備をしている僕とにとりから数メートル程離れて、魔理沙が結構な大きさの鉄の板を体の前に構えて立っていた。
まさか、あの鉄の板に向かって撃てとでも言いたいのだろうか。
「魔理沙、そんな所に立ってたら危ないぞ」
「大丈夫だって、それは外の世界の決闘に使うものなんだろ?
精々凄く痛いだけだろうし、ちゃんと対策はしてあるからな。 それに外の世界の弾幕がどれくらい強いのか、試してみたい」
魔理沙が言うには、この鉄の板には魔法障壁がかかっているらしく、ちょっとした弾幕程度なら傷一つ付かないそうだ。
これを使って新しい弾幕の形を研究しているらしい、実績の有る品だ。
「それじゃ、一発凄いの頼むぜ、香霖」
「ああ、やってみるよ」
魔理沙の準備も僕達の準備も整い、お互いに構える。
これが幻想郷において初めてである、外の世界の決闘になる。
僕がこの道具で決闘を行う事で、この道具の価値が判明し、生活に影響を与えるのだ。
『人間でも決闘を行える』道具となれば、幻想郷での価値は非常に高くなるだろう。
そして人の手によって改良が加えられ、更なる可能性を呼び込んでいく。 それこそが幻想郷の発展にも繋がり、僕の今後の為の知恵になる。
僕は、慎重に筒の先を魔理沙の持つ板に狙いを定めて、
震える指を抑えて金具に指をかけ、少しずつ、引いた。
火薬の破裂する音と振動が、空気を激しく揺らした。
耳元での轟音は聴覚を麻痺させ、爆発の反動が身体を後方へと吹き飛ばし、そのまま地面に仰向けに寝転ばされる。
この道具を撃ってみて分かった事がまず一つ。
なるほど、これでは決闘にもなりはしない。
一発撃っただけでこれでは、二発目以降を撃つ暇も無いだろう、その前にゲームセットだ。
やはりこれは、まだ可能性の域を出ないのだろう。
魔理沙の方は大丈夫なのだろうか。
これほどの反動を受けるとなれば、弾の威力も凄まじいものになるはずだ。
まだ少し衝撃の残る身体を起こして、魔理沙の様子を見る。
「――――――」
そこには、目を逸らしたくなる様な姿が。
「見つけた」
隙間の妖怪、八雲紫は、常日頃持ち歩いている傘を差しもせず、僕を見ていた。
いや、睨み付けていたと言うべきだろうか。 どちらにしろ、思い当たる言葉が浮かばない程の殺意を持った視線を、僕に向けて飛ばしている。
それだけではない、もう一つ、更に一つ、何故かぽっかりと開いた穴から血を流している一つ、他にも同じ目が十、百、千、見渡す限り、あらゆる方向から。
見るだけで吐き気を催しそうな目だけの存在が、見た事も無い空間に隙間無く敷き詰められていて、その全てが例外無く僕に視線を落としていた。
「貴方、私の幻想郷に何をしたのかしら?」
そして彼女は、僕の知っている彼女とは全くの別人だった。
不吉な笑顔も余裕に溢れた仕草も姿を隠し、あらゆる理を威圧する様な鋭い眼を中心に、一部の隙も無く立っている。
これが本来の幻想郷の管理者、八雲紫の姿なのだろうか。
「貴方の行動を咎めるつもりは無いわよ。 けど、それをしっかりと見なさい」
八雲紫はそう言い放ち、手に持っていた何かを投げて寄越した。
僕に手に渡ったそれは、一見ただの穴の開いた鉄の板にしか見えない。
だが、僕はこの鉄の板を見た事が有る。
そうだ。
この穴の開いた板は、魔理沙が持っていた、魔法の練習用の鉄の板だ。
「貴方達の知識は、人間に絶大な力を与えました。 獣も妖怪も、神も、―――人間をも恐れなくなる程の力を」
途端に、手に持っていた熱い鉄の板が、途轍もなく恐ろしい物に見えた。
どうしてかは分からない、あの妖怪の仕業だろうか、それとも。
熱かった鉄の嫌な感触が、頬に当たる暖かい紙と手で軽く潰した筆記用具へと姿を変えた。
いや、それが現実なのだろう。 目を覚ました後の様な僕の意識は、はっきりと香霖堂内に在る。
「また夢か……」
不思議な夢を見る事はよく有るのだが、その前後は大抵ろくな事が起こらない。
その上何物かに監視されていて、いつでも弄ばれている様に思えて、嫌な気分になる。
だから出来るだけ夢の事は考えない事にしている、どうせ考えるならもっと楽しい事の方が精神衛生上よろしい。
日記を書く途中で眠ってしまっていたのか、書いていたはずのページには意味不明の言葉が書き綴られている。
真面目に日記を書く為にはその字を消さなければならないが、いくつか意味の有る言葉を見つけて、それを取り止めた。
僕がこの言葉を、無意識にでも日記に記す理由が有ったのかもしれないからだ。
無意識の行動には『妖精の迷路』と呼ばれるものが有るが、それと似たようなものだろう。
無意識の自分の知識を見るのは、滅多に出来ない事だ。
これもまた貴重な体験として、僕は文字列の中から言葉を捜し、ざっくりと纏めてみた。
その言葉の羅列を要約すれば、『善が見れば善、悪が見れば悪、その一つに違いは無し』といった内容だ。
随分と特徴的な文だが、無意識下の事は僕にも分からない。 もしかしたらこういう文も書けるのかもしれない。
そんな事よりも、何故このタイミングでこの言葉が出て来たのか、そっちを考える方が面白い。
この言葉自体は本でよく見かける様な内容で、文字通りの意味と解釈で捉えるだけでも十分な程度のものだ。
それだけでは面白くないので、同じ日の日記に書いてある『価値』と纏めて考えてみる事にしておく事にする。
同じ日に書いてあるという事に何か有る上に、不思議と違和感も無い。
そこまで纏めた所で、店の外から霊夢と魔理沙の声が聞こえてきた。 何か言い争っているのか、店の中まで声が聞こえてくるのだ。
きっと、ろくでもない事なのだろう。
とりあえずお茶と甘い物でも準備しておけば、暫くは黙ってくれるはずだ。 何の解決にもならないだろうが、糸口くらいにはなる。
書きかけだった日記を閉じて、机の中に他の日記と共にしまい込んでおく。
この続きは後で考えよう。 時間を掛けて眺めれば、何か見えてくるかもしれない。
「……寒いな、今日は」
眠っていた為身体が温かくなっていて気が付かなかったが、秋だというのに妙に夜が寒く感じた。
こう寒くては何も出来ないので、机を離れて季節外れのストーブを付ける。
一応確認しておいたが、これだけ燃料が有れば今年の冬くらいは越せるだろう。
「まったく、便利なものだ」
火の付いたストーブを見て、今年もまたいつも通りに働いてくれる事に、素直に感謝した。
霖之助の能力は他のとは異質ですからね。
そこへあの性格が加わってくるわけだから
ある意味、紫が監視するのは当然なのかもしれませんね
なんてのは無粋な突っ込みか。
って言うか、魔理沙死んだ!?
正直、にとりや香霖が銃を知らないという、この作品のキモの部分自体が違和感ありました。
大結界で外の世界と分けられたのは明治あたり。
火縄銃が日本全土に知れ渡ったったのは戦国時代。
例え幻想郷が田舎であっても長く生きて人間に追われてきた妖怪もいて、そういうコミュニティーの中の特に河童や知識欲の塊の香霖が、火薬を持って鉛を打ち出す道具を知らないってのは無理があるように感じました。
銃って形状やら材質は時代とともに変化しても、基本的構造は生み出されたころから変わってない道具ですし。
ただテーマを語るため取り上げた材料でかなりの違和感は感じましたが、扱いたかったテーマはわかったのでこの点数で。
話の流れはとても面白かったです。文章もよくできててぞくぞくしました。
私達は銃というのがどういうものか知ってるので、霖之助達にそれ以上はやめるんだという
思いが届かないというこのやるせなさがもどかしかったし、悲しかったです。
ですがやはり銃の存在を全く知らないというのに違和感があるのと、
銃を霖之助の能力でみた場合、「人を殺す道具」とかになると思うんですよ。
「弾を撃つ」っていうのは用途ではないですよね。
そこらへんでこの点数とさせていただきます。
が、他の方もおっしゃってるように霖之助やにとりが銃(それも火縄銃レベルかな)を知らないというのに違和感が…。
まぁ幻想郷の技術水準がどの程度進んでいるのか分かりませんし、そもそも紫が危険な技術に関する知識を意図的に消す位はしてそうですが(汗。
現実世界と幻想郷。合理的と非合理的。ユートピアとアンチユートピア
また新しい角度で東方を見ることができそうです。
おかしいとは思うけど
おもしろい
しかし文章の作り方や展開については上手く出来ていると思います。
紫怖い。
ということでifだけど他の道具でも十分有りうるからなあ、恐い
明治期に切り離された幻想郷なら、近代銃器術の一部や先込め式の大砲、火縄銃などの砲術などが残っていそうな気がする
技術制限や武器制限がなされている世界のようだが、花火がある世界で鉄砲術がわからないとは思えない
元々は戦がなくなり火薬の需要の低下が、花火の隆盛につながったのだし、かなり類似の知識はある
銃器の知識や基本理論は知っていそう
と言うかこの三人が萃まると嫌な予感しかしないのですが。
そして…………レジェンドオブマナ!
レジェンドオブマナッ!
ダナエさんと真珠姫とエレとヴァディスは私のダチ公!(落ち着け)
あとエスカデは私のサンドバッグ。
アルティマニアの『断崖の町ガト』のアーティファクトの『炎』の説明文ですね分かります。
しかし『獣王のメダル』で先に『ジャングル』を出して「ケーリュイケオン」をかっぱらって来るのが私のジャスティス(キリッ
にとりがまだ登場してない頃に
このお話がいい例ですね。