Coolier - 新生・東方創想話

河童の川流れ

2012/10/08 23:08:35
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 その橋が流されたのは二月前の事だった。上流から突然の鉄砲水に襲われたらしい。川幅も狭い小さな川だ。橋とてそれほど丈夫には作られていない。その橋は、あっという間に崩壊し、土石流の一部となった。
 話はそれだけで終わらない。
 その時、ちょうど橋を渡っていた子供たちがいたのだ。寺子屋帰りの子供が五人。まさか崩れるとは思わず、談笑しながら橋を渡っていた。そして、突然崩壊した橋と共に、濁流へ飲まれていった。
 彼らの死体を発見したのは、下流の湖で漁をしている漁師だった。漁の為に仕掛けていた網に、子供の亡骸が引っ掛かっていたらしい。さらに、湖での捜索を開始した捜索隊は、その日の内に新たに二人の死体を発見した。また、その翌日には残り二人の死体も発見され、結局、全員死亡という結果となった。
 それは事故発生から丁度三日後の事。こうして、まだ十にも満たない子供たちの命が、一瞬にして消えていった。
 全員死亡の訃報を受けた寺子屋の教師、上白沢慧音は、すぐに川の整備工事を行うよう、村人を集めて話し合いの場を設けた。元々事故の多かった川でもある。今回の惨事を教訓とし、改善策を講じるべきだと強く主張した。さらに周辺住民からも同様の声が多く挙がり、また稗田家が資金援助を申し出たことから、すぐさま川の整備工事に着手する事が決定した。こうして工事は急ピッチで進められた。
 事故の原因は、川の上流にある自然のため池だった。事故前日からあった雨がその池に溜まり、それが遂に許容量を超えて溢れ出したのだ。二度と同じ事故を起こさない為に、今度の橋にはこれに耐え得るだけの強度を持たせねばならなかった。そして、その難しい工事計画の担当には、なんと慧音が自ら名乗りを上げた。
 それから慧音は、毎日のようにその工事に立ち会った。何か問題が起きれば積極的に意見を出し、例え増水しても耐えられるようにと、川幅を今より広くとるよう計画の変更もした。他の誰よりも真剣に工事に取り組み、他の誰よりも痛切に橋の完成を望んでいた。その姿はまるで、何かに取り憑かれているかの様だったと言う。
 ……事故の日、流された子供たちを寺子屋から送り出したのは、そこで教師をしていた慧音だった。
 それから間もなく、川に新たな橋が架かった。以前のような木で作られた橋ではなく、石造りの丈夫な橋だ。慧音の計画通り、周辺の川幅は広くなって流れが緩やかになった。もうそこにあるのは、子供の命を奪った悲しき川などではない。人が流されたことなど想像も出来ないほど安全な、誰もが安心して渡れる川だったのだ。
 

 
「――ようやく完成したみたいだな」

 私は、出来たばかりの橋をどこか寂しげに眺めていた一人の女に話しかけた。少し陰のある後ろ姿。その女こそ、橋の完成を誰よりも待ちわびていた慧音だった。

「……? おお、魔理沙か。どうだ、立派なものだろう?」
「ああ。あのくたびれた橋と比べたら大した進化だぜ」
「そうかもしれんな。……だがこれで、あんな事故は二度と起こらないさ」

 そう言って慧音は目を細め、再び目の前の橋をただ眺め続ける。その、神妙な面持ちの慧音が、何を思っていたのかは、私にも何となく分かった。

「あんまり気負うなよ。慧音のせいじゃないだろう?」
「仕方ない、そういう性分だ。だが確かに、大事な式典でこんな顔をされたら、神様も不服かもしれんな」
「……なんだって?」
「もう終わったよ。なかなか立派な式だったぞ」

 慧音はそう言って顎で人だかりの方を示す。そこには工事の関係者らしき人たちと、赤と白が目を引く独特の装束に身を包んだ若い巫女がいた。

「……って、霊夢じゃないか」
「今回の式典は霊夢が仕切っている。あれはあれで、ちゃんと巫女をしているって事だよ。少しは様になって来たんじゃないか?」

 成程。言われてみれば、どことなく動きがキビキビしていて、その顔も自信ありげだ。

「へっ、随分大人になりやがったぜ」
「そうだな。まあ、とりあえず挨拶でもしてやれ。霊夢の奴も緊張しっぱなしで疲れただろう」

 そう言って慧音は再び橋の方に顔を向けた。やはり色々と思うところがあるのだろう。私はそんな慧音を残し、言われた通りに霊夢の元へ向かう事にした。

「おーっす。格好良かったじゃないか、霊夢」
「……不吉、不吉だわ。せっかくの祭典なのに。不吉な白黒が居るわ」
「宗教差別は良くないぜ。まぁ、本当言うとさっき来たばかりで、霊夢の活躍は見てないんだけどな。……で、どうだった?」

 そう言うと霊夢は、もじもじしながら下を向いて目を逸らす。そして、ぼそっと小声で答えた。

「まあまあ、かな……?」

 えらく控えめな答えだ。霊夢らしくもない。何か悪いものでも食べたのか。少し怪訝に思いながらも、ふと視界の端に小さな祠が建っているのに気付く。まだ建ててから日が浅いのか、傷も汚れも無く新しい。

「――神様になったのよ、あの子たち」

 私の視線に気付いたのか、霊夢が言う。それは遠くを見る様な眼だった。

「どういう事だ?」
「あの子たち、まだ小さかったでしょう? その無念から闇に落ちてしまわない様に、祠を建てて御心をお静めするの。そして、この川の守り神として私たちを見守って下さるように、てね。まあ、当人達の本意では無かったでしょうけど……」

 そう言って霊夢は、眉をひそめて難しい顔になる。何か言いたそうで、でも言葉が見つからないといった顔だ。
 でも、そうか。考えてみればまだ小さい子供だ。やりたい事もあっただろう。やり残してきた事もあっただろう。未練は、沢山あっただろう。

「……悔しかっただろうな、やっぱり」
「魔理沙。机の上にお酒が置いてあるわ。それをお供えしてあげて。まだ、お酒の味も知らなかったと思うから」

 霊夢は、そこにある即席のテーブルを指して言った。成程、これは上等な酒だ。確かに、こんな旨い酒の味を知らずに逝くのは不幸だろう。

「ああ。そうしておくよ」

 ……そいつらに、たらふく酒を飲ませてやった後、私はその場を去ることにした。
 

 
「――ああ、魔女さんですね。近くで見るのは初めてです」

 しわがれた声がした。
 霊夢と別れた後、皆から少し離れた川上で、何をするでもなく、ぼんやりと空を見上げていた私は、その声の主に振り返った。そこには緑色の体に鳥のようなクチバシ、さらに水掻きと頭の上には皿のある一人の妖怪が立っていた。私の記憶が確かなら、それは『河童』と呼べる者に相違無かった。

「私も、こんなに分かりやすい河童は初めて見たぜ?」
「いやはや、これは失礼致しました。人と話す事は滅多に無いので。私はこの川に住んで居ました、見ての通りただの河童です」

 そう言って河童は、握手をしたいのか、片手を差し出す。当然、ぬめっている。

「私は普通の魔法使いの霧雨魔理沙だ。よろしくなんだぜ」

 私は河童の手を見なかったことにして、軽く自己紹介をした。幻想郷にもこんな分かりやすい河童がいたんだな、と新鮮な驚きを感じていた。

「アンタ、私の知っている河童とは違うけど。別系統か何か、か?」
「山の河童の事ですね? 遠い親戚です。ただ、私は力が弱いので上手く人には化けられないのです」

 ふむ。そういうものなのか。あまり興味をそそられない答えだった。というか、何たってこの河童は、こんなところでフラフラしているのだろう。河童は水辺の生き物じゃなかっただろうか。

「なぁアンタ、力が弱いのなら川の近くにいた方がいいんじゃないか」

 私は河童に思った疑問をぶつけてみた。そろそろ河童との会話に飽きていたのもある。

「いえ、私はもう、あの川を出るのです。これから別の住処を探そうと思っています」
「……引っ越しか。何でまた」

 そんな私の問いに、しかし河童は一時、言葉を詰まらせる。言いにくい事でもあったのだろうか。そして、何かを決意したような顔になった河童は、

「――工事、ですよ」

 短く、そう言った。

「川の環境が変わったのです。その変化に付いていけない者は、川から消えていくしかありません」

 河童は、先程までの柔和な表情を消し、急に無表情になった。今、この河童が何を思っているのか、私には判然としない。

「この川には、ここにしか生えない苔があります。大変珍しく、栄養価も高い苔です。この川にはそれを主食としている魚が住んでいました。そして私は、その魚を食べて生きていたのです。その魚でしか生きる事が出来ません。しかしそれも、気付いたときには工事で全滅していました」

 河童は丁寧な口調のままボソボソと呟いた。あくまで無表情で無感情を装っている様だった。怒っているのか、嘆いているのか。或いは呆れているのかもしれない。

「私はもうこの川では住めません。これから上流の方にあるという池に行こうと思っています。そこになら、まだその苔があると聞きました。ですが、そこが私を受け入れてくれるとは限りません。そこにある恵みにだって限りがあるのですから」

 それだけ言うと、河童は口を噤んだ。言いたい事は言ったのか、それ以上は何も言おうとはしなかった。互いに言葉が見つからず、しばらく嫌な沈黙が続いた。

「……すみません。つい長々と話してしまいました。貴女には関係の無いお話でしたよね。でも、聞いて欲しかったんです。誰かに話を聞いて欲しかったんです。有難うございます。これで、ようやくこの場所から発つ事が出来ます」

 それでは――、と河童はそれだけ言うと私に背を向けて歩きだした。どこか疲れきったような背中を、まるで私に見せ付ける様にしながら。陸での歩行は慣れていないのか、ひどく重い足取りの河童は、ふらふらと頼りない歩調で、それは、これから河童に降りかかるであろう受難を体現しているようでもあった。
 恐らく、もう二度と会う事もないだろう。話を聞くこともないだろう。でも、私はきっと、この目に焼き付いてしまったその光景を、しばらく忘れられそうになかった。
 ……あの河童は、直に死ぬのだろう。恨みの言葉でも呟きながら、たった一人で死ぬのだろう。既に河童の未来は決まっている。河童の死は決定されていた。だって、何故なら、河童の言う上流の池はもう――、
 ……もう無いのだ。危険だからと潰されてしまった。
 池を求めて辿り着いた時、しかし既に池は無いと知ったら、その時の悲しみはどれ程なのだろう。どれ程の絶望に襲われるのだろう。それでも私は、河童に事実を教えてやる事は出来ない。私には、私の口から絶望を告げてやるだけの勇気など、とても無かった。

「……」

 恐らく、河童も慧音たちに悪意が無かったことは知っている。当然、事件のことも知っていたのだろう。もしかすると、初めは陰ながら工事を応援していたのかも知れない。しかし、事情を知っていたからこそ誰にも話せずに、こうして関係の無い第三者に話を持ってきたのだろう。やり場のない感情を胸に抱いたまま、私のような人間が来るのを、ずっと待っていたのだろう。
 だが、だからといって私には何も出来ないのだ。ただ、話を聞いてやる以上のことは、何も。
 ……それとも、私に何が出来ることがあったのだろうか。河童はそれを期待していたのだろうか。
 分からない。何も分からなかった。
 でも、ただ一つだけ願う。ただ一つだけ祈る。
  『もう二度と、この川で子供が死ぬ事がないように』、と。
 それだけを願う。それだけを祈った。

「――ちっ、嫌な役回りだぜ……」

 川を流れる緩やかな風が吹いた。そしてその風は、私の言葉を飲み込んで、何処かへと流れていった。
 
 
読了有難うございます。

※10/11追記 皆様、コメント、評価有難うございました。
みすゞ
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コメント



0.310簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙は実に損な役回りですね
無常を感じます
10.100ge1431削除
人間が文明の力を手にすると、その分自然は破壊される。そして自然の中で暮らす妖怪は割を食う。どちらも良いとか悪いとか言い切れない、難しいことですね。面白かったです。
11.70名前が無い程度の能力削除
誰も悪くないのにね・・・