トラブルはいつも突然やってくる。
例えばお空がまちがってさとり様の大事な本をうっかり灰にしちゃったり。
例えばこいしさまがいつものように無意識なまま誰かの物を借りパクしちゃったり。
例えばお空が癇癪を起して旧地獄の鬼たちの家を炭にしちゃったり。
例えばお空が…エトセトラエトセトラ。
まあこれでおおむねわかると思うけど、あたいこと火焔猫燐が経験するトラブルってのは、大抵相棒であるお空が原因だったりするのさ。
ああでも、別に文句を言うつもりはないよ?
確かにお空はちょっと脳みそ足りなくて、そのくせ力だけは強い子だけどさ、本当はとても純粋でいい奴なんだ。
いくらトラブっても変わらず、数百年コンビを組んでるあたいが言うんだから間違いない。でなきゃとっくの昔にコンビ解消さ。
でもまあ、本当ならもうちょーっといろんなこと考えて、トラブらないように行動してくれればいいかなーなんて思わないこともないけど。
頼られるのは嫌いじゃないし、なにより一緒にいるとすごく楽しいから、このくらいどうってことないってのがまぎれもない本心。
……なん、だけど。
今回ばかりはさすがのあたいも頭を抱えるしかなかった。
なにしろ今回のトラブルは今までとは全く毛色が違うわけで。
「もー!どうしたのお燐!そんな後ろ向いてぶつぶつ言ってないでさ。
ほら!こっち見てよ!この子、すっごくかわいいでしょ!?」
ああ、あたいの後ろからあくまの声が聞こえる気がする。
「眼を背けるな、現実を見ろ」といっている気がするよう。
なんでこの子はほんと、何も考えず感覚だけで動いちゃうのかねぇ。
これじゃさすがのお燐さんも疲れてしまうよ。
とはいえ。
このままほっとくなんて到底出来やしない。
もしさとり様にばれたりなんかしたら、しばらくご飯はカリカリだけだ。
いつもは優しいさとり様だけど、怒ると陰湿でとても怖いのだ。
そんな目に遭うことだけは避けたい、あの笑ってない笑顔と無言で出てくる山盛りの猫まっしぐらは、このお燐の人生で最も恐ろしい。
よし、覚悟は決まった。あたいはゆっくりと肩越しにお空を振り返る。
お空の腕には、彼女の体ほどもある大きなものが抱えられていた。
ピンクのワンピースで身を包み、頭には特徴的なもちもちの兎の耳。
全身が心なしかぶるぶると震えているのは、できれば気のせいだと思いたいなぁ。
でも実際震えてるんだろうなぁ、あたいが同じ状況に陥ったら、やっぱり怖くて絶対に震えるとおもう。
もうここまで言えば分かるだろう?
お空は地上から妖怪兎の少女を誘拐してきやがったのさ。
そして経験上、お空が次にいう言葉もあたいはわかっている。
あの時と同じだ、あたいの子供のころのような黒い子猫を連れ帰ってきたとき、さとり様に向けた顔と。
だからあたいは言わなきゃいけないんだ、あの時のさとり様と全く同じことを、たとえそれがお空を傷つけるとわかっていてもね。
「ねえ!この子飼いたい!飼っていいでしょ、お燐!」
「駄目、もとのところに返してきなさい!」
「はあ、あの子も困ったものですね」
「すいません、さとり様。ご迷惑をおかけして」
「そうね。でもあなたの判断は正しかった」
ところ変わってここはさとり様の執務室。
あたいからの報告をさとり様は相変わらずちっさい体で「悪かったわね」…不釣り合いな大きい机に「悪かったわね」…向かい、ふんぞり返って聴いていた。
「悪かったわね、小さいのに調度品で見栄張って、ふんぞり返って偉そうで」
「あああもう!ややこしくなるんで余計な茶々入れないで下さいよさとり様!」
全く、こんなんだから他の人から嫌われちゃうんだよ!少しは自覚してるのかねぇ?
…いや、この人のことだから絶対わかっててやってるな。間違いなく。
もとい。
「とりあえずお空からこの子は引きはがしましたが、肝心のアイツは案の定膨れっ面で自室に引きこもってます」
あたいは横にしがみついてる小さな兎妖怪の頭をなでる。
あたいと一緒にいて幾分か安心したのか、体の震えは止まったけれど、依然辺りを見回したり何かある度にあたいにしがみついたりと恐怖は拭え切れていないようだ。
「それにしてもあの子、いつの間に地上の永遠亭になんて行ってたのかしら」
「さあ…正直、地上の奴らが来てから、あたいもお空の行動を完全に把握できなくなりましたから」
地上からやってくる奴も増えたしね。それはそれで面白いからいいんだけど、仕事が増えちまったのは頂けない。
と言っても、こうなったのはあたい達の責任なんでおとなしく享受するしかないんだけど。
「そうね。あのときは誰かさんがひた隠しにしたせいで、かえって面倒なことになったわね」
うへぇ。
「…ともかく、教えてくれてありがとう。さっそく先方に謝罪の手紙と品物を用意するから、準備が出来次第お使いに行ってくれるかしら。」
「はいはい何なりと。で、お空のことなんですが…」
「大丈夫、流石に追い打ちをかけるような真似は好きじゃないわ。あなたが戻るまでにしっかり宥めておきましょう」
「さっすが!じゃあお願いしますね」
「ええ。明朝にはできると思うから、それまでその子のことをよろしく頼みます」
そういうとさとり様はすぐに引き出しから手紙とインクを取り出し、文書をしたため始めた。
まがりなりにも彼岸からこの地霊殿を任されているお方だ、こうなった時の判断と行動は適切かつ迅速。
しかも本人は否定するが、あんな性格でもあたいたちペットを守ってくれている。
そういうところを表に出せば、好いてくれる人ももっと現れると思うんだけどねぇ。
「邪魔をするなら追い出しますよ、お燐」
はいはい。それじゃ、退散するとしますかね。
「ほら、おいで」
やっぱりさとり様が怖いのか、なおもしがみついて離れようとしない子兎妖怪を引っ張って部屋を後にした。
「やれやれ、それにしてもお空のやんちゃには困ったもんだよねぇ。」
あたいの部屋への道中。今日一日だけということもあり、幼い子供を一人にするのもどうかと思って、この子はあたいの部屋に泊めることにした。
どうせあたいには少し広すぎるくらいに思っていたくらいだし、人ひとり増えた方が逆に丁度いいかもね、なんて思ってたりもする。
「あんたも悪いね、こんなところに連れてきたりしてさ」
あたいは顔を後ろに向け、後ろをついてくる少女を肩越しに見つめる。
ようやくあたいから離れてくれたのはよかったんだけど、そのかわりまたおどおどびくびくと不安げに周りを見回しながらついてきている。
流石に怯えすぎじゃないかなぁ。いくら兎は臆病だと言っても、お空に連れ去られてからこれまで何もなかったんだから、いい加減少しは慣れてもいいと思うんだけど。
「ねえ、お嬢ちゃん」
そういえばこの子とあんま話してないよなーなんて思ったら、一気に聞きたいことが出てきた。
事情も聴かなきゃなと思っていたところだし。
「…な、何?」
あらら、やっぱ怯えてるねえ。声も上ずってるよ。
「大丈夫だよお嬢ちゃん、とって食うわけじゃないからさ。」
「…ほん、とう?」
「本当、本当。このお燐、こういう時は誓って嘘は言わないさ。さとり様の読心に晒されたって平気だよ」
「………」
まだ疑ってるみたいだね、仕方ないか。大丈夫だなんだなんて言われても、あたいはお空の友達だし、そんな奴にいきなり信じろって言われても無理な話ってもんさ。
「そういえば、お嬢ちゃんっていうのもなんか堅っ苦しいね。名前、なんていうんだい?」
「………」
「あたいは火焔猫燐って言うんだ、気軽にお燐って呼んでくれて構わないからね」
「………」
どうやら教えてくれなさそうだね。ちょっと残念。それならそれで、帰るまでそっとしておいてあげようかな。
「………シロ」
「うん?」
今のって、もしかして、
「…名前、シロ。私の、名前」
「…そうか!あんたシロって言うのか!短い間だけどよろしくね、シロちゃん!」
嬉しくって思わず肩を組んでしまう。
見れば名前の通り真っ白だった顔が今や真っ赤。
だけど嫌がってる様子はないし、少しは信用してくれたみたいだね、重畳重畳。
どんな短い間だとしても、せっかく一緒にいるんだから仲良くやらないとお互いにとってよろしくない。一歩前進、ってとこかな。
「じゃあさっそくだけどさ、いったい何があったのか教えてくれないかい?」
そんな感じであたいはシロちゃんから何があったのか、しばらく事情を聴き出していった。
外で遊んでいたところ、迷子になった上にお空に見つかって空から連れ去られた。
いろいろとあいまいなところはあったけど、簡単に言ってしまえばなんてことのない、単純な話だった。
お空は昔っからおどおどとしてたり、か弱い雰囲気を持ってる動物が好きだったからねえ、迷子だったこの子にも大方似たような雰囲気を感じたんだろう。
全く、弱った奴を狙えとでも、野生のカンが囁いているのかね。
で、だ。そんな感じでいろいろ話を聞いていると、さすがに居てもたってもいられなくなってきた。
現在時刻は深夜の日付が変わったころ。
最初はオドオドしっぱなしだったシロちゃんも、あたいと一緒ならいくらか安心できるようで、夕食もお風呂もしっかりとって、今はあたいのベッドでお休み中。
それであたいはもう一人の問題児、夕食にも姿を見せなかった拗ねっ子の部屋の前にやってきた。
コンコンとノック。いつもならまだ起きている時間のはずだ、不貞寝してなければいいんだけど。
「…誰?」
「お空、あたいだよ、お燐だよお燐」
「何の用?」
どうやらまだまだ不機嫌みたいだね。
いつもなら触らぬ神に祟りなし、火の中の栗に触れて火傷なんてしたくないから放っておくんだけど、あいにく今回は引くわけにはいかないんだ。
「お空。あの子は明日の朝に元居たところに帰してくるよ」
「…っ。そ、そう」
「でね。あんた、明日の朝、あの子が帰る前にちゃんと謝っておきな」
あたいがそう伝えた瞬間だった。
どたどたと大きな足音が聞こえたかと思うと、バン!とこれまた大きな音を立ててドアがあたいの鼻先を掠つつ開いた。危ない。
境の向こう側には、今にも泣き出しそうなお空の姿が。
しまった、少し見誤ったかも。
「なんで!?なんでお燐までそんなこというの!?私、何も悪くないのに!」
「お、お空」
あたいの危惧した通り、お空は大声であたいに怒鳴りつけてきた。
深夜なので静かな館にお空の声が響く。ほかのみんなが起きてきそうで少し怖いな…。
「あの子、不安そうだったもん!だからうちに連れて帰れば何とかしてくれると思って!お燐もいるし、さとり様やこいし様もいる、みんなだっている、だからあの子もきっと大丈夫だって思って、私、そう思ったから!」
ああ、やっぱりね。
あたいの思った通り、野生のカンがあんたに囁いていたんだね。
あの子は弱ってる、困ってるって、あんたのカンがあんた自身に教えてたんだ。
やっぱりあんたは良い奴だ。困ったことにトラブルメーカーでもあるけれど、それでもあんたはやっぱり良い奴だよ。
「…いいかいお空。落ち着いて聞いておくれ」
ひとしきり叫んで疲れたのか、肩で息をするお空の肩をつかんで、ゆっくり、ゆっくりと話しかける。
…でもね、やっぱりあんたは間違ってるんだ。
「例えばの話だ。お空、アンタが困ってるときに、見知らぬ妖怪に連れ去られて、ここで暮らそうなんて言われたら、怖いだろう?」
「…そんな奴、わたしのギガフレアで」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。どうだい?怖くないのかい?あたいたちと離れて暮らすって聞いて、いやじゃないのかい?」
「嫌だよそんなの!お燐たちと離れて暮らすなんて、そんなの絶対やだよ!」
「だろう?だけどねお空。今日のあんたは、その例え話の妖怪と同じことを、あの子に対してしたんだよ」
「…!そん、な。わたし、そんなこと…」
あたいの言葉によほど衝撃を受けたのだろう、お空は言葉を詰まらせうつむいてしまった。
あんたが良かれと思ってやったってこともわかってる。
あんたは自分が嫌なことを他人にするような奴じゃない、地底暮らしにはもったいないくらい純粋な奴だってことも。
だから、お空。あんたは馬鹿だけども、次に何をしなきゃいけないのか分からないほどのどうしようもない奴じゃないはずだよ。
「…明日、あの子に謝れるかい?」
しばらくの沈黙の後、あたいの言葉に、お空はゆっくりと、本当にゆっくりだけど、確かに肯いてくれた。
そんなお空の頭を静かに撫でてやると、嬉しそうな不満そうな、そんな微妙な顔をしながらもおとなしく従ったまま。
「よし、いい子だ」
「うにゅ…もうわたし子供じゃないよ…」
「何言ってんだい、子供みたいなことばかりしてるくせに」
まったく、体だけはあたいよりもでかいってのにねぇ。
胸とかお尻とかも…
あ、ちょっとイラッと来た。
「お、お燐?どうしたの、ちょっと乱暴だよ?」
「うっさい。おとなしくしてな」
なにはともあれ、これでこちら側の憂いは消えたわけだ。
これで後はシロちゃんを永遠亭まで届けて、あちらさんに謝るだけ。
一番肝心なことだけども、お空はこうして反省していることだし、後はあたいの仕事。
相棒を守るのはあたいにとって当然の仕事さ。
さて、いっちょやってやりますかね。
ついに永遠亭へ向かう時間が来た。
荷物よし、手紙よし、シロちゃんよし。
朝食も食べたし身だしなみも整えた。必要なものはバッグの中に入ってるし、シロちゃんもあたいにくっついて離れない。
ちなみにお空は朝食に顔を見せた。いつ謝るのかなーって思ったけど、その時はついに謝ることはなかった。
お空に限ってはないことだと思うけど、まさか怖気づいたわけじゃないよね?なんて不安に思ってたけど、出立の時ぎりぎりにやってきて、
「…あの、ごめんね。わたし、あなたのことわかってなかった。ごめんなさい」
確かに、シロちゃんの眼を見てしっかりと謝った。
肝心のシロちゃんはあたいから離れなかったけど、それでもお空のことはちゃんと見ていたし、きっと大丈夫でしょ。
そんなお空にあたいは行ってきますを告げて地霊殿を飛び出し、今は永遠亭を目指してひとっ飛びの最中だ。
地上の地理にはあまり詳しくないんだけど、そこはほら、背中にしがみついてるシロちゃんにナビゲートを頼んでいるから問題なし。
そもそも竹林に行くまで迷うことはないし、竹林に入ってしまえば後はこの子の庭みたいなものだから、さすがに空で迷うことはないだろうと踏んでいた。
かくして道中トラブルもなく、あたいは無事に永遠亭にたどり着いた。
まず、空から眺めてびっくりした。ずいぶんと立派な日本屋敷じゃないかい、星熊のお姉さんのお屋敷といい勝負だよ、これは。
そして驚くことがもう一つ。まるで最初から来ることがわかっていたかのように、銀髪の女の人が門前からあたいのことを見ていたんだ。
「あら、ようやく来ましたね。お待ちしてました、火焔猫燐さん」
「えっと…お姉さん、だれだい?」
「失礼、私は八意永琳。この屋敷で薬屋を営んでおります。その子のリーダーの保護者代わり、でもあるかしらね」
永琳と名乗った銀髪の女性はニコリと微笑んだ。さとり様とは違った笑みだ、形容するなら切れのあるといった感じだろう、カッコいいとさえ思わせるような、そんな微笑み。
「あ、あたいは、」
「大丈夫。大筋はさとりさんから聞いております。うちの子がお世話になったようですね」
なるほど、道理で。さとり様からすでに話が行っていたわけか。やはりお優しい方だ。
それならタイミングを見計らったかのような行動にも肯ける。
さて、さっきから背中のシロちゃんがおりたそうに身悶えしているので、おとなしくおろしてあげる。
するとすぐさま永琳さんのもとに駈け出して、その後ろに隠れてしまった。
一日でだいぶ仲良くなったと思ったんだけど、やっぱり元居た場所の主人の方がいいに決まってるよね、ちょっと残念。
「っと、そうだ、今回はうちの霊烏路空がとんだ迷惑をおかけしました。これ、さとり様からの親書とお詫びの品です、どうかお受け取りください」
「ふむ、確かに。今後、二度とないことを願っていますわ」
「そりゃあもう!お空の奴にはきつく言っておいたんで!」
「…どうやらそのようで。迅速な行動、こちらからも感謝します」
そう言うと永琳さんは今度は優しく微笑んだ。
よかった、意外と常識的な人で。幻想郷には地底の鬼たちを上回る自由人が多いからなぁ。山の巫女とか、山の巫女とか。
「じゃあ、あたいはこれで。ほんとすいませんでした」
「ええ、それじゃお気をつけて…あら?ちょっと待ってもらえるかしら」
あたいが帰ろうとしたとき、彼女から待ての声がかかった。
な、なんだろう。実はやっちゃいけないことをしたとか?いやいやそんなはずは、だって一緒にお風呂入ったり、同じベッドで寝たりしただけだよ?
「ほら、ちゃんと言ってあげなさい」
「………」
と、あたいが頭を抱えていると、今まで隠れていたシロちゃんが永琳さんの前に出てあたいの顔をキッと見つめてくる。
うわあ、やっぱ何かやっちゃったんだ。とりあえず何が来ても即謝罪の覚悟を決めて、
「あ、…ありがとう!お燐おねえちゃん!」
ああ、やっぱそうだよねごめんね今何を謝るべきか思い出してるからありがとうはもうちょっと待って、って、え?
「あ、ありがとう…って」
思わずきょとんをシロちゃんを見つめ返しちゃう。
彼女は恥ずかしいのか、再び永琳さんの後ろに隠れてしまった。今まで見た中で一番顔が紅かったかもしれない。
盾にされた永琳さんの方は…呆れたような、それでいて褒めるような、まるで母親のような優しい顔をシロちゃんに向けてる。
よし、頭が回ってきた。うん、なんてことはない、ただお礼を言われただけだね。
「いいってもんさ。あたいも良かれと思ってやったんだからね。
それじゃ、さよなら。縁があったらまたね」
ふわり、と。あたいは宙へと舞い上がりぐんぐんと上昇。
下を見ればぐんぐんと小さくなる永遠亭の門前で小さく手を振る永琳さんと、
「…あはは、結構元気な子だったんだね」
両手で腕一杯に手を振る、シロちゃんの姿があった。
…ちょっと、ほんのちょっとだけウルッと来たのはあたいだけの秘密だ。
お空が妖怪少女をさらった事件から一月と少したった。
あの後のお空の落ち込み様と言ったら、さすがに見るに堪えないものがあったけど、あたいとさとり様の慰めによって、割とすぐに立ち直ってくれた。
それでもやっぱり堪えたのか、珍しくあれから一度もミスらしいミスをしていない。
あたしとしちゃ厄介ごとがなくて嬉しいんだか、頼られることがなくて寂しいんだか、そんな微妙な心地を味わっていたんだよ。
でもね、その陰でこうも考えていたのさ。
もしかしたら、いつかそれまでためた分、でっかい反動が来るんじゃないかって、そんな危機感にも似た考えをね。
そして困ったことに…あたいのこういう予感はよく当たるんだ。お空が絡むことだと、特にね。
「ねえねえおりーん!見て見て!かわいいんだよこの子!」
だからだろうね、あたいはその声を聴いたとき、デジャビュのようなものを感じたんだよ。
ついひと月前にも、同じようなことがあったようなって。
ギギギと軋みをあげそうな首を無理やり反転してお空の声をたどる。
こちらに走り寄ってくるあいつが腕に抱えているのは、
いつかの焼き増しのような、女の子の姿。
「でもね、この子、困ってたみたいでね…あ!今回は大丈夫だよ!ちゃんと困ってるってことをこの子に確認したから!」
そうかい、注意したことを覚えてくれて、しかも守ってくれるだなんて、お燐お姉さんは嬉しいよ。
でもね、違うんだ。あの時あたいが言いたかったこととまだちょーっと、いやかなーりずれてるんだよ。
だからね、その…
「でね、今度こそ飼ってもいいよね!?お燐!」
「元居たところに返してきなさい!!」
なんでもむやみやたらに連れて帰るんじゃないよ!!おくううううぅぅぅ!!
例えばお空がまちがってさとり様の大事な本をうっかり灰にしちゃったり。
例えばこいしさまがいつものように無意識なまま誰かの物を借りパクしちゃったり。
例えばお空が癇癪を起して旧地獄の鬼たちの家を炭にしちゃったり。
例えばお空が…エトセトラエトセトラ。
まあこれでおおむねわかると思うけど、あたいこと火焔猫燐が経験するトラブルってのは、大抵相棒であるお空が原因だったりするのさ。
ああでも、別に文句を言うつもりはないよ?
確かにお空はちょっと脳みそ足りなくて、そのくせ力だけは強い子だけどさ、本当はとても純粋でいい奴なんだ。
いくらトラブっても変わらず、数百年コンビを組んでるあたいが言うんだから間違いない。でなきゃとっくの昔にコンビ解消さ。
でもまあ、本当ならもうちょーっといろんなこと考えて、トラブらないように行動してくれればいいかなーなんて思わないこともないけど。
頼られるのは嫌いじゃないし、なにより一緒にいるとすごく楽しいから、このくらいどうってことないってのがまぎれもない本心。
……なん、だけど。
今回ばかりはさすがのあたいも頭を抱えるしかなかった。
なにしろ今回のトラブルは今までとは全く毛色が違うわけで。
「もー!どうしたのお燐!そんな後ろ向いてぶつぶつ言ってないでさ。
ほら!こっち見てよ!この子、すっごくかわいいでしょ!?」
ああ、あたいの後ろからあくまの声が聞こえる気がする。
「眼を背けるな、現実を見ろ」といっている気がするよう。
なんでこの子はほんと、何も考えず感覚だけで動いちゃうのかねぇ。
これじゃさすがのお燐さんも疲れてしまうよ。
とはいえ。
このままほっとくなんて到底出来やしない。
もしさとり様にばれたりなんかしたら、しばらくご飯はカリカリだけだ。
いつもは優しいさとり様だけど、怒ると陰湿でとても怖いのだ。
そんな目に遭うことだけは避けたい、あの笑ってない笑顔と無言で出てくる山盛りの猫まっしぐらは、このお燐の人生で最も恐ろしい。
よし、覚悟は決まった。あたいはゆっくりと肩越しにお空を振り返る。
お空の腕には、彼女の体ほどもある大きなものが抱えられていた。
ピンクのワンピースで身を包み、頭には特徴的なもちもちの兎の耳。
全身が心なしかぶるぶると震えているのは、できれば気のせいだと思いたいなぁ。
でも実際震えてるんだろうなぁ、あたいが同じ状況に陥ったら、やっぱり怖くて絶対に震えるとおもう。
もうここまで言えば分かるだろう?
お空は地上から妖怪兎の少女を誘拐してきやがったのさ。
そして経験上、お空が次にいう言葉もあたいはわかっている。
あの時と同じだ、あたいの子供のころのような黒い子猫を連れ帰ってきたとき、さとり様に向けた顔と。
だからあたいは言わなきゃいけないんだ、あの時のさとり様と全く同じことを、たとえそれがお空を傷つけるとわかっていてもね。
「ねえ!この子飼いたい!飼っていいでしょ、お燐!」
「駄目、もとのところに返してきなさい!」
「はあ、あの子も困ったものですね」
「すいません、さとり様。ご迷惑をおかけして」
「そうね。でもあなたの判断は正しかった」
ところ変わってここはさとり様の執務室。
あたいからの報告をさとり様は相変わらずちっさい体で「悪かったわね」…不釣り合いな大きい机に「悪かったわね」…向かい、ふんぞり返って聴いていた。
「悪かったわね、小さいのに調度品で見栄張って、ふんぞり返って偉そうで」
「あああもう!ややこしくなるんで余計な茶々入れないで下さいよさとり様!」
全く、こんなんだから他の人から嫌われちゃうんだよ!少しは自覚してるのかねぇ?
…いや、この人のことだから絶対わかっててやってるな。間違いなく。
もとい。
「とりあえずお空からこの子は引きはがしましたが、肝心のアイツは案の定膨れっ面で自室に引きこもってます」
あたいは横にしがみついてる小さな兎妖怪の頭をなでる。
あたいと一緒にいて幾分か安心したのか、体の震えは止まったけれど、依然辺りを見回したり何かある度にあたいにしがみついたりと恐怖は拭え切れていないようだ。
「それにしてもあの子、いつの間に地上の永遠亭になんて行ってたのかしら」
「さあ…正直、地上の奴らが来てから、あたいもお空の行動を完全に把握できなくなりましたから」
地上からやってくる奴も増えたしね。それはそれで面白いからいいんだけど、仕事が増えちまったのは頂けない。
と言っても、こうなったのはあたい達の責任なんでおとなしく享受するしかないんだけど。
「そうね。あのときは誰かさんがひた隠しにしたせいで、かえって面倒なことになったわね」
うへぇ。
「…ともかく、教えてくれてありがとう。さっそく先方に謝罪の手紙と品物を用意するから、準備が出来次第お使いに行ってくれるかしら。」
「はいはい何なりと。で、お空のことなんですが…」
「大丈夫、流石に追い打ちをかけるような真似は好きじゃないわ。あなたが戻るまでにしっかり宥めておきましょう」
「さっすが!じゃあお願いしますね」
「ええ。明朝にはできると思うから、それまでその子のことをよろしく頼みます」
そういうとさとり様はすぐに引き出しから手紙とインクを取り出し、文書をしたため始めた。
まがりなりにも彼岸からこの地霊殿を任されているお方だ、こうなった時の判断と行動は適切かつ迅速。
しかも本人は否定するが、あんな性格でもあたいたちペットを守ってくれている。
そういうところを表に出せば、好いてくれる人ももっと現れると思うんだけどねぇ。
「邪魔をするなら追い出しますよ、お燐」
はいはい。それじゃ、退散するとしますかね。
「ほら、おいで」
やっぱりさとり様が怖いのか、なおもしがみついて離れようとしない子兎妖怪を引っ張って部屋を後にした。
「やれやれ、それにしてもお空のやんちゃには困ったもんだよねぇ。」
あたいの部屋への道中。今日一日だけということもあり、幼い子供を一人にするのもどうかと思って、この子はあたいの部屋に泊めることにした。
どうせあたいには少し広すぎるくらいに思っていたくらいだし、人ひとり増えた方が逆に丁度いいかもね、なんて思ってたりもする。
「あんたも悪いね、こんなところに連れてきたりしてさ」
あたいは顔を後ろに向け、後ろをついてくる少女を肩越しに見つめる。
ようやくあたいから離れてくれたのはよかったんだけど、そのかわりまたおどおどびくびくと不安げに周りを見回しながらついてきている。
流石に怯えすぎじゃないかなぁ。いくら兎は臆病だと言っても、お空に連れ去られてからこれまで何もなかったんだから、いい加減少しは慣れてもいいと思うんだけど。
「ねえ、お嬢ちゃん」
そういえばこの子とあんま話してないよなーなんて思ったら、一気に聞きたいことが出てきた。
事情も聴かなきゃなと思っていたところだし。
「…な、何?」
あらら、やっぱ怯えてるねえ。声も上ずってるよ。
「大丈夫だよお嬢ちゃん、とって食うわけじゃないからさ。」
「…ほん、とう?」
「本当、本当。このお燐、こういう時は誓って嘘は言わないさ。さとり様の読心に晒されたって平気だよ」
「………」
まだ疑ってるみたいだね、仕方ないか。大丈夫だなんだなんて言われても、あたいはお空の友達だし、そんな奴にいきなり信じろって言われても無理な話ってもんさ。
「そういえば、お嬢ちゃんっていうのもなんか堅っ苦しいね。名前、なんていうんだい?」
「………」
「あたいは火焔猫燐って言うんだ、気軽にお燐って呼んでくれて構わないからね」
「………」
どうやら教えてくれなさそうだね。ちょっと残念。それならそれで、帰るまでそっとしておいてあげようかな。
「………シロ」
「うん?」
今のって、もしかして、
「…名前、シロ。私の、名前」
「…そうか!あんたシロって言うのか!短い間だけどよろしくね、シロちゃん!」
嬉しくって思わず肩を組んでしまう。
見れば名前の通り真っ白だった顔が今や真っ赤。
だけど嫌がってる様子はないし、少しは信用してくれたみたいだね、重畳重畳。
どんな短い間だとしても、せっかく一緒にいるんだから仲良くやらないとお互いにとってよろしくない。一歩前進、ってとこかな。
「じゃあさっそくだけどさ、いったい何があったのか教えてくれないかい?」
そんな感じであたいはシロちゃんから何があったのか、しばらく事情を聴き出していった。
外で遊んでいたところ、迷子になった上にお空に見つかって空から連れ去られた。
いろいろとあいまいなところはあったけど、簡単に言ってしまえばなんてことのない、単純な話だった。
お空は昔っからおどおどとしてたり、か弱い雰囲気を持ってる動物が好きだったからねえ、迷子だったこの子にも大方似たような雰囲気を感じたんだろう。
全く、弱った奴を狙えとでも、野生のカンが囁いているのかね。
で、だ。そんな感じでいろいろ話を聞いていると、さすがに居てもたってもいられなくなってきた。
現在時刻は深夜の日付が変わったころ。
最初はオドオドしっぱなしだったシロちゃんも、あたいと一緒ならいくらか安心できるようで、夕食もお風呂もしっかりとって、今はあたいのベッドでお休み中。
それであたいはもう一人の問題児、夕食にも姿を見せなかった拗ねっ子の部屋の前にやってきた。
コンコンとノック。いつもならまだ起きている時間のはずだ、不貞寝してなければいいんだけど。
「…誰?」
「お空、あたいだよ、お燐だよお燐」
「何の用?」
どうやらまだまだ不機嫌みたいだね。
いつもなら触らぬ神に祟りなし、火の中の栗に触れて火傷なんてしたくないから放っておくんだけど、あいにく今回は引くわけにはいかないんだ。
「お空。あの子は明日の朝に元居たところに帰してくるよ」
「…っ。そ、そう」
「でね。あんた、明日の朝、あの子が帰る前にちゃんと謝っておきな」
あたいがそう伝えた瞬間だった。
どたどたと大きな足音が聞こえたかと思うと、バン!とこれまた大きな音を立ててドアがあたいの鼻先を掠つつ開いた。危ない。
境の向こう側には、今にも泣き出しそうなお空の姿が。
しまった、少し見誤ったかも。
「なんで!?なんでお燐までそんなこというの!?私、何も悪くないのに!」
「お、お空」
あたいの危惧した通り、お空は大声であたいに怒鳴りつけてきた。
深夜なので静かな館にお空の声が響く。ほかのみんなが起きてきそうで少し怖いな…。
「あの子、不安そうだったもん!だからうちに連れて帰れば何とかしてくれると思って!お燐もいるし、さとり様やこいし様もいる、みんなだっている、だからあの子もきっと大丈夫だって思って、私、そう思ったから!」
ああ、やっぱりね。
あたいの思った通り、野生のカンがあんたに囁いていたんだね。
あの子は弱ってる、困ってるって、あんたのカンがあんた自身に教えてたんだ。
やっぱりあんたは良い奴だ。困ったことにトラブルメーカーでもあるけれど、それでもあんたはやっぱり良い奴だよ。
「…いいかいお空。落ち着いて聞いておくれ」
ひとしきり叫んで疲れたのか、肩で息をするお空の肩をつかんで、ゆっくり、ゆっくりと話しかける。
…でもね、やっぱりあんたは間違ってるんだ。
「例えばの話だ。お空、アンタが困ってるときに、見知らぬ妖怪に連れ去られて、ここで暮らそうなんて言われたら、怖いだろう?」
「…そんな奴、わたしのギガフレアで」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ。どうだい?怖くないのかい?あたいたちと離れて暮らすって聞いて、いやじゃないのかい?」
「嫌だよそんなの!お燐たちと離れて暮らすなんて、そんなの絶対やだよ!」
「だろう?だけどねお空。今日のあんたは、その例え話の妖怪と同じことを、あの子に対してしたんだよ」
「…!そん、な。わたし、そんなこと…」
あたいの言葉によほど衝撃を受けたのだろう、お空は言葉を詰まらせうつむいてしまった。
あんたが良かれと思ってやったってこともわかってる。
あんたは自分が嫌なことを他人にするような奴じゃない、地底暮らしにはもったいないくらい純粋な奴だってことも。
だから、お空。あんたは馬鹿だけども、次に何をしなきゃいけないのか分からないほどのどうしようもない奴じゃないはずだよ。
「…明日、あの子に謝れるかい?」
しばらくの沈黙の後、あたいの言葉に、お空はゆっくりと、本当にゆっくりだけど、確かに肯いてくれた。
そんなお空の頭を静かに撫でてやると、嬉しそうな不満そうな、そんな微妙な顔をしながらもおとなしく従ったまま。
「よし、いい子だ」
「うにゅ…もうわたし子供じゃないよ…」
「何言ってんだい、子供みたいなことばかりしてるくせに」
まったく、体だけはあたいよりもでかいってのにねぇ。
胸とかお尻とかも…
あ、ちょっとイラッと来た。
「お、お燐?どうしたの、ちょっと乱暴だよ?」
「うっさい。おとなしくしてな」
なにはともあれ、これでこちら側の憂いは消えたわけだ。
これで後はシロちゃんを永遠亭まで届けて、あちらさんに謝るだけ。
一番肝心なことだけども、お空はこうして反省していることだし、後はあたいの仕事。
相棒を守るのはあたいにとって当然の仕事さ。
さて、いっちょやってやりますかね。
ついに永遠亭へ向かう時間が来た。
荷物よし、手紙よし、シロちゃんよし。
朝食も食べたし身だしなみも整えた。必要なものはバッグの中に入ってるし、シロちゃんもあたいにくっついて離れない。
ちなみにお空は朝食に顔を見せた。いつ謝るのかなーって思ったけど、その時はついに謝ることはなかった。
お空に限ってはないことだと思うけど、まさか怖気づいたわけじゃないよね?なんて不安に思ってたけど、出立の時ぎりぎりにやってきて、
「…あの、ごめんね。わたし、あなたのことわかってなかった。ごめんなさい」
確かに、シロちゃんの眼を見てしっかりと謝った。
肝心のシロちゃんはあたいから離れなかったけど、それでもお空のことはちゃんと見ていたし、きっと大丈夫でしょ。
そんなお空にあたいは行ってきますを告げて地霊殿を飛び出し、今は永遠亭を目指してひとっ飛びの最中だ。
地上の地理にはあまり詳しくないんだけど、そこはほら、背中にしがみついてるシロちゃんにナビゲートを頼んでいるから問題なし。
そもそも竹林に行くまで迷うことはないし、竹林に入ってしまえば後はこの子の庭みたいなものだから、さすがに空で迷うことはないだろうと踏んでいた。
かくして道中トラブルもなく、あたいは無事に永遠亭にたどり着いた。
まず、空から眺めてびっくりした。ずいぶんと立派な日本屋敷じゃないかい、星熊のお姉さんのお屋敷といい勝負だよ、これは。
そして驚くことがもう一つ。まるで最初から来ることがわかっていたかのように、銀髪の女の人が門前からあたいのことを見ていたんだ。
「あら、ようやく来ましたね。お待ちしてました、火焔猫燐さん」
「えっと…お姉さん、だれだい?」
「失礼、私は八意永琳。この屋敷で薬屋を営んでおります。その子のリーダーの保護者代わり、でもあるかしらね」
永琳と名乗った銀髪の女性はニコリと微笑んだ。さとり様とは違った笑みだ、形容するなら切れのあるといった感じだろう、カッコいいとさえ思わせるような、そんな微笑み。
「あ、あたいは、」
「大丈夫。大筋はさとりさんから聞いております。うちの子がお世話になったようですね」
なるほど、道理で。さとり様からすでに話が行っていたわけか。やはりお優しい方だ。
それならタイミングを見計らったかのような行動にも肯ける。
さて、さっきから背中のシロちゃんがおりたそうに身悶えしているので、おとなしくおろしてあげる。
するとすぐさま永琳さんのもとに駈け出して、その後ろに隠れてしまった。
一日でだいぶ仲良くなったと思ったんだけど、やっぱり元居た場所の主人の方がいいに決まってるよね、ちょっと残念。
「っと、そうだ、今回はうちの霊烏路空がとんだ迷惑をおかけしました。これ、さとり様からの親書とお詫びの品です、どうかお受け取りください」
「ふむ、確かに。今後、二度とないことを願っていますわ」
「そりゃあもう!お空の奴にはきつく言っておいたんで!」
「…どうやらそのようで。迅速な行動、こちらからも感謝します」
そう言うと永琳さんは今度は優しく微笑んだ。
よかった、意外と常識的な人で。幻想郷には地底の鬼たちを上回る自由人が多いからなぁ。山の巫女とか、山の巫女とか。
「じゃあ、あたいはこれで。ほんとすいませんでした」
「ええ、それじゃお気をつけて…あら?ちょっと待ってもらえるかしら」
あたいが帰ろうとしたとき、彼女から待ての声がかかった。
な、なんだろう。実はやっちゃいけないことをしたとか?いやいやそんなはずは、だって一緒にお風呂入ったり、同じベッドで寝たりしただけだよ?
「ほら、ちゃんと言ってあげなさい」
「………」
と、あたいが頭を抱えていると、今まで隠れていたシロちゃんが永琳さんの前に出てあたいの顔をキッと見つめてくる。
うわあ、やっぱ何かやっちゃったんだ。とりあえず何が来ても即謝罪の覚悟を決めて、
「あ、…ありがとう!お燐おねえちゃん!」
ああ、やっぱそうだよねごめんね今何を謝るべきか思い出してるからありがとうはもうちょっと待って、って、え?
「あ、ありがとう…って」
思わずきょとんをシロちゃんを見つめ返しちゃう。
彼女は恥ずかしいのか、再び永琳さんの後ろに隠れてしまった。今まで見た中で一番顔が紅かったかもしれない。
盾にされた永琳さんの方は…呆れたような、それでいて褒めるような、まるで母親のような優しい顔をシロちゃんに向けてる。
よし、頭が回ってきた。うん、なんてことはない、ただお礼を言われただけだね。
「いいってもんさ。あたいも良かれと思ってやったんだからね。
それじゃ、さよなら。縁があったらまたね」
ふわり、と。あたいは宙へと舞い上がりぐんぐんと上昇。
下を見ればぐんぐんと小さくなる永遠亭の門前で小さく手を振る永琳さんと、
「…あはは、結構元気な子だったんだね」
両手で腕一杯に手を振る、シロちゃんの姿があった。
…ちょっと、ほんのちょっとだけウルッと来たのはあたいだけの秘密だ。
お空が妖怪少女をさらった事件から一月と少したった。
あの後のお空の落ち込み様と言ったら、さすがに見るに堪えないものがあったけど、あたいとさとり様の慰めによって、割とすぐに立ち直ってくれた。
それでもやっぱり堪えたのか、珍しくあれから一度もミスらしいミスをしていない。
あたしとしちゃ厄介ごとがなくて嬉しいんだか、頼られることがなくて寂しいんだか、そんな微妙な心地を味わっていたんだよ。
でもね、その陰でこうも考えていたのさ。
もしかしたら、いつかそれまでためた分、でっかい反動が来るんじゃないかって、そんな危機感にも似た考えをね。
そして困ったことに…あたいのこういう予感はよく当たるんだ。お空が絡むことだと、特にね。
「ねえねえおりーん!見て見て!かわいいんだよこの子!」
だからだろうね、あたいはその声を聴いたとき、デジャビュのようなものを感じたんだよ。
ついひと月前にも、同じようなことがあったようなって。
ギギギと軋みをあげそうな首を無理やり反転してお空の声をたどる。
こちらに走り寄ってくるあいつが腕に抱えているのは、
いつかの焼き増しのような、女の子の姿。
「でもね、この子、困ってたみたいでね…あ!今回は大丈夫だよ!ちゃんと困ってるってことをこの子に確認したから!」
そうかい、注意したことを覚えてくれて、しかも守ってくれるだなんて、お燐お姉さんは嬉しいよ。
でもね、違うんだ。あの時あたいが言いたかったこととまだちょーっと、いやかなーりずれてるんだよ。
だからね、その…
「でね、今度こそ飼ってもいいよね!?お燐!」
「元居たところに返してきなさい!!」
なんでもむやみやたらに連れて帰るんじゃないよ!!おくううううぅぅぅ!!
最後につれてきた子は、今度は誰だったのかなー?
ほのぼのしつつ、楽しめました
あれ?お隣最近白髪ふえt(ピチューン
コメントを返させて頂きます。
>4
ほんとう、みんな、かわいいです。
>奇声を発する程度の能力さん
ほんとう、みんな、かわ(ry
>13
地霊殿はやっぱり暖かいイメージがあります。
最後の子は・・・さて
>14
実は一番家族してるんじゃないかな、と、地霊殿は。
楽しんでいただけたみたいで何よりです。
>冥さん
安定だなんて、そんなありがたい・・・
こいしちゃんもお燐ちゃんもあなたのベッドに居ますよ。
いつでも狙っています、あなたのアレを・・・(ニヤリ)
最後に皆様改めまして、感謝の意を。
よろしければ次回以降もおつきあいくださいませ。