「蓮子、まだ目的地には着かないのかしら」
助手席から眠たそうな声がする。出発したころは私たちの真上で燦々と輝いていた太陽は、もう遠くの山々に沈みかけて、空は橙と紫の美しいグラデーションになっていた。
「あと少しよ」
そう返した自分も、いい終えてあくびをする。私は眠気を覚まそうと、車を路肩の砂利でできた駐車スペースに一旦止めて、外に出た。
「この車乗り心地も悪いし、がたがた揺れるし、さっきからずっと急カーブばっかり曲がってるし……気持ち悪くなってきちゃったわ」
私の親友、マエリベリー・ハーンは乗り物酔いをして、こんな車を購入した私を責めるような目をしてこちらを見ている。
今年の夏、私は遂に免許を取得し、車を購入した。このご時世、世の中はハイブリッドカーやら電気自動車や何やらが増えているが、私はそれには目もくれず、ある一台に決めた。
KPGC110型スカイライン、通称「ケンとメリーのスカイライン」。
ちょっと変えれば、「蓮子とメリーのスカイライン」。
もちろんメリーにはこんな理由でこの車に決めたなんて言えないから、中古車屋さんで一番安かったからこれにしたのよ。と説明した。
「これこそ安物買いの銭失いだわ、蓮子」
「この車の……この丸いテールランプが四つ並んでるところとか、白いボディがいいなあって思って、これにしたのよ」
「別に白いボディの車なら他にごまんとあるし、四つテールランプが並んでる車ならもっと新しいのがあるでしょ。もしかして蓮子、中古車屋の人に騙されたんじゃない?アクセル踏むと走りだして感動した人みたいに」
「あんまり文句言っていると、このまま置いてくわよ」
そそくさと車に乗って、エンジンキーを回す。
「ちょっと、待ちなさいよー!」
メリーは急いで車に飛び乗り、シートに座るとはあはあと喘いだ。
「そんなにあせらなくても、すぐにこのエンジン掛からないわよ」
十数回回したころ、ようやくマフラーから黒煙をぱんと吹き上げて、エンジンが始動した。
●
「ところで今日の何の調査に行くのよ」
「幽霊、それもすごく近代的な」
私宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは、二人だけで「秘封倶楽部」というサークルを結成した。世の中の奇妙なものを調査する、作った本人たちもよくわからない活動をするサークルである。
今回は私が東京の実家にメリーと一緒に帰省したついでに、某S県のS峠に現れる幽霊を調査しに行こうということになり、東京から高速道路をかっ飛ばして、ちょうど幽霊が出てきそうな時間帯にこの場所に到着することができた。
「近代的?幽霊は前世代的なものでしょ」
「出てくる場所が違うのよ。車のウィンドウでも、後部座席でもなく、これなの」
そういって私はこの旧車に似つかない、父の車からこっそりと拝借したカーナビゲーションシステムを指差す。
「この先に、今はもう封鎖されて、サーキットになっている昔の峠があるのよ。そこにその幽霊はいて、カーナビから男の声が突然聞こえてくるらしいわ」
「出現場所は変わっても、驚かし方は前と全く変わらないのね」
「新しく変わるのには時間が掛かるのよ。メリー」
この時代、かつて「峠」や「街道」と呼ばれていた古い山道は廃止され、すべて新しい道路が開通していた。そこで国は廃止されたそれらをサーキットとして解放し、近所迷惑な走り屋たちをそこに隔離しようと考えたのだ。
「絡まれたら頼むわね」
メリーが私を頼るような声で言う。
「大丈夫よ、何かあったらこの宇佐見蓮子様が命をかけて貴方を守ってあげるわ」
「ありがとう、蓮子ちゃん」
運転中の私に、メリーは軽いハグをした。
「私の運転を邪魔すると、下手したら谷底に真っ逆さまに落ちるわよ」
もう道路の幅はだいぶ狭くなっており、廃止された旧道に入っていた。ガードレールの下を覗くと、ぞくっとする。
「やめてよ、もっと離れたくなくなるじゃない」
メリーは到着するまで、ずっと私の左腕をつかんでいた。
●
ようやく私たち二人は、目的の林道との分岐点に到着した。既に空は真っ暗で外灯はなく、月の光だけがほんのりと二人を照らす。
「まもなく、目的地に到着します」
この空気に似つかわない合成された音声が、車内に響く。
「どうやらまだ幽霊さんは現れてないようね」
一回林道の入り口で車を止めた。
そこには錆びた立ち入り禁止の札が立っていて、いかにも「ここからはなにか出ますよ」ムードを存分に演出していた。
「邪魔だからどかすわよ、手伝って」
二人がかりで深く刺さった立て札を抜いて、また車をゆっくりと進め始めた。
「勝手に抜いて大丈夫だったのかしら」
「墓石を回してなんともなかったんだから大丈夫よ」
ばさっばさっと時々、ツタのはのようなものが時々当たる音がする。
「ちゃんと道を通ってるんでしょうね?」
頼りになるのは車のヘッドライトだけで、わだちもほとんど消えかけていたため、私自身も本当に正しい道を進んでいるのか判らなくなっていた。
「右です」
カーナビの指示通りに右に曲がる。これであと数百メートル進めば、問題の地点に到着するはずである……
「――止めて!」
突然メリーが大声で叫んだのに驚いて、思いっきりブレーキを踏んだ。
そしてよく前を見ると、私は愕然とした。
目の前はもう崖で、そのままカーナビの指示通りに進んでいたら、メリーに邪魔されなくても谷底に真っ逆さまだっただろう。もっとも今回は逆に、メリーの邪魔のおかげで落ちずにすんだわけだが。
「もしかして……もう……」
――死ねばよかったのに……
カーナビはさっきまでの声ではなく、掠れた男の声になっていた。
「きゃあああああああああああああああああ!」
突然すぎる幽霊の出現に、メリーは私に縋るように思い切り抱きついた。
「蓮子、助け……」
ふっとお互い我に返って、今の体勢を確認する。メリーが私に思い切り抱きついている……そして二人の顔は、もう触れてしまいそうなほど近くに……そして、メリーはさらに体を私のほうに倒し、二人の顔は密着して、お互いの唇が触れ合い……
(ちゅっ……べろっ…ちゅぱ……)
メリーの柔らかで上質な髪の毛が私の肌に触れ、そのやわらかな肉体が私を包んだ。
「あっ……」
メリーが口元に手を当てて、その澄んだ青い眼でずっと私を見つめる。ちょっぴり頬は赤くなって、息遣いが荒くなっている。
二人とも無言のまま、ずっと抱き合っていた。
「――あっどうもすいませんでした、失礼します。どうぞお幸せに」
男の声はその後、二度と聞こえることはなかった。
「さっ、帰りましょ」
さっきの道を引き返し、私は帰路につく。メリーは、もう疲れて眠っていた。
「寝顔も可愛いんだから」
髪の毛をさっと撫でると、くすぐったそうに少し笑った。
(こういう感じの心霊スポット巡りもいいわね……)
私は次に何処に行くか考えながら、ゆっくりと車を走らせて行った。
助手席から眠たそうな声がする。出発したころは私たちの真上で燦々と輝いていた太陽は、もう遠くの山々に沈みかけて、空は橙と紫の美しいグラデーションになっていた。
「あと少しよ」
そう返した自分も、いい終えてあくびをする。私は眠気を覚まそうと、車を路肩の砂利でできた駐車スペースに一旦止めて、外に出た。
「この車乗り心地も悪いし、がたがた揺れるし、さっきからずっと急カーブばっかり曲がってるし……気持ち悪くなってきちゃったわ」
私の親友、マエリベリー・ハーンは乗り物酔いをして、こんな車を購入した私を責めるような目をしてこちらを見ている。
今年の夏、私は遂に免許を取得し、車を購入した。このご時世、世の中はハイブリッドカーやら電気自動車や何やらが増えているが、私はそれには目もくれず、ある一台に決めた。
KPGC110型スカイライン、通称「ケンとメリーのスカイライン」。
ちょっと変えれば、「蓮子とメリーのスカイライン」。
もちろんメリーにはこんな理由でこの車に決めたなんて言えないから、中古車屋さんで一番安かったからこれにしたのよ。と説明した。
「これこそ安物買いの銭失いだわ、蓮子」
「この車の……この丸いテールランプが四つ並んでるところとか、白いボディがいいなあって思って、これにしたのよ」
「別に白いボディの車なら他にごまんとあるし、四つテールランプが並んでる車ならもっと新しいのがあるでしょ。もしかして蓮子、中古車屋の人に騙されたんじゃない?アクセル踏むと走りだして感動した人みたいに」
「あんまり文句言っていると、このまま置いてくわよ」
そそくさと車に乗って、エンジンキーを回す。
「ちょっと、待ちなさいよー!」
メリーは急いで車に飛び乗り、シートに座るとはあはあと喘いだ。
「そんなにあせらなくても、すぐにこのエンジン掛からないわよ」
十数回回したころ、ようやくマフラーから黒煙をぱんと吹き上げて、エンジンが始動した。
●
「ところで今日の何の調査に行くのよ」
「幽霊、それもすごく近代的な」
私宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは、二人だけで「秘封倶楽部」というサークルを結成した。世の中の奇妙なものを調査する、作った本人たちもよくわからない活動をするサークルである。
今回は私が東京の実家にメリーと一緒に帰省したついでに、某S県のS峠に現れる幽霊を調査しに行こうということになり、東京から高速道路をかっ飛ばして、ちょうど幽霊が出てきそうな時間帯にこの場所に到着することができた。
「近代的?幽霊は前世代的なものでしょ」
「出てくる場所が違うのよ。車のウィンドウでも、後部座席でもなく、これなの」
そういって私はこの旧車に似つかない、父の車からこっそりと拝借したカーナビゲーションシステムを指差す。
「この先に、今はもう封鎖されて、サーキットになっている昔の峠があるのよ。そこにその幽霊はいて、カーナビから男の声が突然聞こえてくるらしいわ」
「出現場所は変わっても、驚かし方は前と全く変わらないのね」
「新しく変わるのには時間が掛かるのよ。メリー」
この時代、かつて「峠」や「街道」と呼ばれていた古い山道は廃止され、すべて新しい道路が開通していた。そこで国は廃止されたそれらをサーキットとして解放し、近所迷惑な走り屋たちをそこに隔離しようと考えたのだ。
「絡まれたら頼むわね」
メリーが私を頼るような声で言う。
「大丈夫よ、何かあったらこの宇佐見蓮子様が命をかけて貴方を守ってあげるわ」
「ありがとう、蓮子ちゃん」
運転中の私に、メリーは軽いハグをした。
「私の運転を邪魔すると、下手したら谷底に真っ逆さまに落ちるわよ」
もう道路の幅はだいぶ狭くなっており、廃止された旧道に入っていた。ガードレールの下を覗くと、ぞくっとする。
「やめてよ、もっと離れたくなくなるじゃない」
メリーは到着するまで、ずっと私の左腕をつかんでいた。
●
ようやく私たち二人は、目的の林道との分岐点に到着した。既に空は真っ暗で外灯はなく、月の光だけがほんのりと二人を照らす。
「まもなく、目的地に到着します」
この空気に似つかわない合成された音声が、車内に響く。
「どうやらまだ幽霊さんは現れてないようね」
一回林道の入り口で車を止めた。
そこには錆びた立ち入り禁止の札が立っていて、いかにも「ここからはなにか出ますよ」ムードを存分に演出していた。
「邪魔だからどかすわよ、手伝って」
二人がかりで深く刺さった立て札を抜いて、また車をゆっくりと進め始めた。
「勝手に抜いて大丈夫だったのかしら」
「墓石を回してなんともなかったんだから大丈夫よ」
ばさっばさっと時々、ツタのはのようなものが時々当たる音がする。
「ちゃんと道を通ってるんでしょうね?」
頼りになるのは車のヘッドライトだけで、わだちもほとんど消えかけていたため、私自身も本当に正しい道を進んでいるのか判らなくなっていた。
「右です」
カーナビの指示通りに右に曲がる。これであと数百メートル進めば、問題の地点に到着するはずである……
「――止めて!」
突然メリーが大声で叫んだのに驚いて、思いっきりブレーキを踏んだ。
そしてよく前を見ると、私は愕然とした。
目の前はもう崖で、そのままカーナビの指示通りに進んでいたら、メリーに邪魔されなくても谷底に真っ逆さまだっただろう。もっとも今回は逆に、メリーの邪魔のおかげで落ちずにすんだわけだが。
「もしかして……もう……」
――死ねばよかったのに……
カーナビはさっきまでの声ではなく、掠れた男の声になっていた。
「きゃあああああああああああああああああ!」
突然すぎる幽霊の出現に、メリーは私に縋るように思い切り抱きついた。
「蓮子、助け……」
ふっとお互い我に返って、今の体勢を確認する。メリーが私に思い切り抱きついている……そして二人の顔は、もう触れてしまいそうなほど近くに……そして、メリーはさらに体を私のほうに倒し、二人の顔は密着して、お互いの唇が触れ合い……
(ちゅっ……べろっ…ちゅぱ……)
メリーの柔らかで上質な髪の毛が私の肌に触れ、そのやわらかな肉体が私を包んだ。
「あっ……」
メリーが口元に手を当てて、その澄んだ青い眼でずっと私を見つめる。ちょっぴり頬は赤くなって、息遣いが荒くなっている。
二人とも無言のまま、ずっと抱き合っていた。
「――あっどうもすいませんでした、失礼します。どうぞお幸せに」
男の声はその後、二度と聞こえることはなかった。
「さっ、帰りましょ」
さっきの道を引き返し、私は帰路につく。メリーは、もう疲れて眠っていた。
「寝顔も可愛いんだから」
髪の毛をさっと撫でると、くすぐったそうに少し笑った。
(こういう感じの心霊スポット巡りもいいわね……)
私は次に何処に行くか考えながら、ゆっくりと車を走らせて行った。
どうぞごゆっくり
そんな二人の心霊スポットプレイを題材にしたSSを、私は読みたい。
誰かに書いてもらえないかな(チラッ チラッ
幽霊のセリフで全て許せた
俺は死んでも二人の結婚式に参列するまでは霊になってこの世に残るぞぉ!
ただの百合ギャグかいw
そしてスカイラインはただの○ックスカーかい!
メリーかわいいよちゅっちゅっ。