あ、いらっしゃいませ。
文化史跡「紅魔館」へようこそ!
初めまして、わたしが当館のガイドです。
ええと、見学ですか?
はい、入館料は300円になります。
……ええ、大体わたしがやってますよ。昔は門のところにモギリがいたんですけどね。もう結構長い間旅にでてまして。
いてもいなくても大体同じような感じの人でしたけど。
はい。
では、ご案内しますね。
……しかしお客様、こんな辺境までよく来られましたね。
博麗神社へ近いとはいっても、この周辺は見るものも少ないでしょうに。
幻想郷の近代化が急速に進んで、魔界やら地底やら、他の幻想世界との交流が盛んになってからは、各地の遺跡や構造物が競って観光客を呼び寄せはじめたでしょう?
ここは古くからあるってことで、中央政府から維持のための補助金なんかも一応は出てるんですが、まあなかなか人も来ないですよね。
お屋敷が広いので仕事はいっぱいあるんですけど、基本的に退屈です。クスクス。
……ああ、やっぱり博麗神社へ?
洩矢教の学術調査で。へえー。
それは大変ですね。
最寄りのバス停からも結構歩かないと駄目ですし、人間の方はこのへんは不便ですよね。
妖精や妖怪は基本的にふわふわ飛べますから。
この羽根?
ありがとうございます。綺麗でしょう? 自分でも気に入ってるんですよ。
……そうですね。
人間一人だと、この館を切り盛りするのはとっても大変でしょうね。
初代のメイド長は実質的に個人でいろいろやってたみたいですけれど。
何処から見ますか?
階段を上にあがれば、この屋敷の主の部屋へ行けます。結構遠いんですけど。
玉座っぽいところで、趣味がなんだか笑えます。
ちなみにこの館は今でもその吸血鬼の女の子のものなんですよ。
今はどこにいるのやら。
一応帰ってくる予定なのですが、永い間の不在で当人も忘れちゃってるのかもしれません。
その人が、明文化されたスペルカードルールに則って、初めて異変を起こしたんですよ。 そうしたところ、ここに博麗の巫女が退治しに来て、そういう訳でちょっとした遺跡になっちゃったわけです。
今では人間の子供でも登録すれば簡単にスペルカードを持てる時代になりましたけど、当時は初めて尽くしだったから、それはもう凄惨で。
ゲームなのか殺し合いなのか、力の加減が分からないままぶつかり合って、屋敷なんかもメチャクチャになったそうですよ。
文化遺産にするならそういう風に演出するべきなのかもしれませんけど、管理が難しいですからね。当時の再現とかいって蝋人形とか置くと気持ち悪いし、主が帰ってきた時に怒るかもしれないし。クスクス。
あとはそうですね、完璧に整えられた食卓や無駄に広い客間、人攫いにあった人間を加工する屠殺場とか……まあどうしてもね、人間と妖怪の歴史ですから、そういうこともありますよね。
その後、人間が強くなりすぎて妖怪の権利を主張しすぎる時代とか、変な状況もいっぱいあったみたいですけど。
人妖の混血が進んだ今では、過去の話です。
……そういうことにしておきましょうよ。
今だっていろいろありますし、問題を作り続けるのが思惟を持つ者すべての因果だとしても。神様に全部決められちゃうよりはいいじゃないですか。
ね。
……ごめんなさい、変な話しちゃいましたね。
いえいえ。こちらこそ。
あの階段を降りると、魔法図書館ですね。
持ち主の魔女があとになって、稗田家と合同で作った新図書館の方が今では有名ですけど、もともとはここがオリジナルなんですよ。
本の内容自体はデータ化が進んでいるから、検索すればおおよそ読むことは出来ますけど、やっぱり本は手にとって読まないとね。
それに、妖怪化した本とか、旧い自動防御魔法のシステムとかがまだ生きているので、手続きを踏めば面白い見物になると思います。
結構危ないですから、きちんとルールは守って頂かないといけないですよ。
一部異空間化してて、わりと出て来れなくなったりしますから。
……え、あ、あっちですか?
えっと、クスクス。
あっちはですね。
実は結構おすすめの場所なんです。
かなり歩いたりしますけど、それでもよければご案内しますよ。
お時間は大丈夫ですか?
この館、窓が少ないから時間がわかりにくいんですよね。
……ふう、やっと着きました。
普通の建物に換算すると地下4階ぐらいにはなるのかしら。
毎度思うのですけれど、静かな場所ですよね。
ささ、この扉ですよ。
中に入って入って。
真っ暗じゃないかって? クスクス。まぁ、少しお待ちくださいな。
行きますよー、いちにの、さん!
…………………。
とっても、綺麗な天使でしょう?
光の中に浮かびあがる黒い翼。
これは、幻灯です。
幻想郷でもあまりないと思います。
ここは「幻灯天使博物館」といいます。
紅魔館でも、比較的あたらしく整備された場所でして。
こんな風に、幾つもの幻灯を浮かび上がらせたりとか、昔この辺に住んでいた人間や妖怪たちの遺物を管理していたりするのです。
魔法使いたちの人形や、リボンや、扇子や。
妖精たちの住処の再現ミニチュアとか。
これなんか珍しいですよ。八卦炉といって、レーザーを出したり、お湯を沸かしたり、懐炉になったりする優れものです。今はもう使えませんけど。
壁に浮かんでる幻灯もね、ほら、こんな感じでスイッチ一つで何種類も切り替えたりできますけど、電化される前はひとつひとつ、魔法やら蝋燭やらで浮かび上がらせたりしてたんですよ。それはそれで、とっても風情があったんですけどね。
魔法やら幻術やらが平準化される前は、一人ひとりが特別な感じだったんですよね、幻想郷って。そういったものを感じられるいい場所だなって、私は思います。
……え、あ、これ?
周囲から浮いてますよねこれ。普通の黒板と机。
でも、これも大事な展示品ですよ。
そもそも。
ここは大昔、一人の女の子を幽閉してた場所なんです。
屋敷の主の妹で、ちょっとだけ気の触れちゃった悪魔でした。
なんでもかんでも破壊してしまう恐ろしい力を持っていて、姉からも若干疎まれていたんですね。
だからこんな、だだっぴろくて真っ暗で、何もない場所に閉じ込められて。
でも、女の子は悪魔でしたから、それが当たり前で、寂しいとか思わなかったんです。
何かの切欠でここに物が存在したとしても、すぐに壊してしまうし、それが壊れたとも思わなくて。
その子自身が壊れてしまっていましたからね。
そんな時間が数百年も続いていました。
ところがある日、ここにトンガリ帽子の魔法使いがやってきたそうです。
悪魔と魔法使いは壮絶な、文字通り血みどろの戦いをして。
結局、悪魔は負けてしまいました。
でも、そういう体験自体も初めてだったので、悪魔は逆に魔法使いに懐いてしまったそうで。
ぶっきらぼうだけど面倒見の良い魔法使いは、それから度々、ここを訪れるようになりました。
そのうち、退屈しのぎとばかりに、魔法使いは女の子にいろんなことを教え始めたんですよ。
この黒板と、学校机を持ち込んで。
常識的なことから、文字、魔法のこと、世界のこと。
時には魔法使いの知り合いを連れてきて、歴史や、宗教のことまで。
悪魔に教育なんて、変わっていると思いませんか?
クスクス。
でも、その魔法使いって、普段は巫山戯た非常識人なのに、物事に取り組み始めるとそれはもう、努力を惜しまない感じだったらしいんですよ。
女の子は見た目、幼い人間風だったけれど、悪魔は悪魔。
時にはめちゃくちゃに荒れて全部チャラにしちゃうこともあったらしいです。
周囲のものを全部粉微塵に壊しちゃったりとかね。
でも、魔法使いは辛抱強く耐え、教え続けました。
それが自分の修行だとでも思っていたのかもしれません。もしかしたら。
……そうですよ。さすがですね。
この幻灯も、魔法使いが持ち込んだものなんです。
女の子は闇の住人ですけれど、なんだかとっても喜んだみたいで、いろんな種類のものをせがんだそうです。
でも、悪魔のものはないんですよね。
だって、自分が吸血鬼でしょう?
自分より美しい悪魔なんて存在しないと思っていたのかもしれません。
クスクス。
高く遠く空を飛ぶことができない悪魔の子は、光の空を舞う影の天使にさぞ憧れたのでしょうね。
でも、やっぱりというか。
本能的に物を壊してしまう女の子にとって、物がなくなるっていうことはなかなか理解できなかったみたいで。
ようやくそれを悟れるようになったのは、長い時が流れて、魔法使いや、その他の人々がここを訪れなくなってきてから、みたいですね。
今だってそうですけど、多くの場合、人間と妖怪の時間の流れ方は違いますから。
その事実を知ってしまったのが、良かったのか、悪かったのかはわかりませんけれど。
闇の中の心が以前と代わってしまったのは事実みたいです。
……その、悪魔の女の子がその後どうなったか、ですか。
それはわかりません。
どんなに頑張ったって、悪魔は悪魔ですからね。
違う闇を求めて封印を壊し、何処かへ去ってしまったか。
或いは、巫女や魔法使いやシスターなんかに退治されてしまったのか。
……でも、そんな短い期間の素敵な記憶が、こうしてこの場所が残って繋がって。
わたしとお客様がここでお話できていることだけで、価値があるとは思いませんか。
そう思いますけどね、わたしは。
ああ、あの音? コツーンっていう。
時計が動いてるんですよ。
人間の目では暗くて見えないと思うんですけれど、天井の方に貼り付いた巨大な振り子時計がありまして。
変わってるんですけど、年だけ刻んでるんですよね。
今は650ぐらいを指しているのかな?
中途半端でしょう?
西暦でも皇紀でもないの。
誰があんなものを作ったんでしょうね。
ま、いってみれば、この館の鼓動みたいなものですよ。
多分。
うう、眩しい……。
博物館はとっても昏いから、いつも外に出ると外界の光が必要以上に辛く感じちゃうんですよね。
クスクス。
……あ、お時間ですか。結構長くいましたものね。
ああ本当だ、もう夕方です。
宿泊先とかは大丈夫ですか? そうですか。
ここには空き部屋とかも結構あるので、その気になれば泊まったりも出来ますよ。館の主はいい顔をしないでしょうけどね。
この懐中時計ですか? 古いけど、いいでしょう?
知人に譲り受けたものです。
とっても気に入ってるんですよ。
本当はもっと案内したい場所もあったんですけれど。
今度は是非、余裕を持ってお越しくださいな。
「銀のナイフの部屋」とか、とっても壮観ですよ。
……え? わたし?
外で?
またー、そんなことをいって。男の人はすぐそういうことをいうんだから。
嬉しいですけどね。クスクス。
でも、駄目ですよ。
わたし、調子に乗っちゃうと他のことが何も見えなくなっちゃうタイプなので。
ちょっとムキになるとお客様を殺しちゃうかも。
こうみえても、わたしだって人間以外の何かですから。
それに……わたし、ものすごい雨女なんですよね。
外で一緒にいたら、滝のような雨に降られちゃいますよ。
冗談じゃなく。クスクス。
……ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。
でも、わたしはきっと、ずっとここに居ますから。
また、お越しくださいね。
お待ちしています。
それでは。
引き続き、よい幻想郷の旅をお過ごしください。
いってらっしゃいませ。
最高にいい感じ。
幻想郷もいつかこんな感じになるのかもしれませんね
雰囲気かっこいいね。