「子供を抱きたい」
永江衣玖は竜宮の使いの中でも随一の実力者であり、空気も読める女として有名であった。
加えて、実家が竜宮から浮遊1分という立地条件であるため、龍の一族とは昔から面識があった。いわゆる幼少から龍神とご近所づきあいをしていた極めて珍しい個体。ゆえに、誰もが憧れる龍神のお付きを命じられても、眉根一つ動かさず。
『え゛?』
配置が決まった瞬間、妙に嫌そうな声を上げたという伝説の竜宮の使い。
そしてその伝説は今尚継続中で、
「子供を抱きたい」
謁見の間に衣玖が足を踏み入れた途端、龍神が大きな椅子にどっしりと構えながらそう告げても表情を崩すことなく。
少々お待ち下さい、などと堂々龍神に右の手の平を向けながら、最近話題の陰陽玉型通信機を逆の手に持った。
龍神の命令が一番であるのに、いきなり別の誰かと通信を始めるなどとは本来許されることではないのだが、それが衣玖を生ける伝説にまで押し上げているというわけだ。
「……あの、こちら永江衣玖ですけれど。
龍神様がいきなり、年端もいかない子供と閨を共にしたいとか、とち狂ったことほざき始めたんですが……」
「ほほう」
しかも、敬うはずの龍神に対する言葉遣いが行方不明であった。
ただ、さすがに今のは龍神の逆鱗を掠めたのか、蓄えたひげを撫でつつ、通話を終えた衣玖に向けて鋭い瞳を向ける。
「いままでの働きから甘く見ておったが、そのようなおごった口振りが続くようであればこちらも考えねばならんぞ?」
「……そうでしたか。それはもうしわけございません」
衣玖が素直に頭を下げても、さすがにそれで引き下がる龍神ではない。
「して? 儂の言葉を遮って誰に通話を? 家族か? それとも、お前の良い相手か?」
すると、平静を保ったままの衣玖があっさりと。
「龍神様の奥方様ですが?」
「……」
そう答えたので、龍神は、うんうんっと頷く。
それからしばらく、どちらも口を開かない静寂が謁見の間を支配し。
「ちゃうねん」
耐えきれなくなった龍神が、椅子から立ち上がり、身振り手振りを入れつつ。衣玖に語り始める。
しかも妙に慌てた様子で。
「ち、違うぞ。儂と衣玖の間に大きな誤解がある! 儂はそういう抱きたいと言ったわけではなくてだな、こう、あれだ! 赤子をな? こう、な? わかるであろう?」
「ああ、そうでしたか。早合点してしまいました。龍神様のいつもの行動から推測した結果、また浮気癖が出たのかと思いまして。それでは少々失礼します。誤解を解きますので」
「うむ、早急にな」
龍神様が浮気して職務を放りだしたり行方不明になったりすると、竜宮の使い全員で捜索しなければならないため、衣玖は最近奥方とのホットラインを引いたというわけだ。
で、そのホットラインを使って、さきほどの誤解を解消する。
「あの、何度もすみません。永江衣玖ですが。さきほどの件で少々誤解がありまして。ええ、龍神様は新しく子供が欲しいとか。そういった内容で、ええ、はい。
あ、そうお伝えすればいいですか。はい、わかりました」
そして、にっこりと微笑みながら。龍神に向き直り。
「奥方様もがんばるとのことでしたよ」
幸せな家族計画がここに完成した。
しかし龍神は大慌てで首を左右に振る。
「いやいやいやいや、違うぞ。だから違うのだ衣玖」
「何が違うと?」
若い子を抱きたいわけでもなく。
自分の赤子を抱きたいわけでもない。
ならば何がしたいのだろう、何故ここに衣玖が呼び出される必要があったのかもわからず。衣玖が龍神に問いかけると。
「こう、な? 儂とあやつではなく、こう? それ以外の赤ん坊であってだな」
何か言いずらそうに、衣玖から目を背けたので。
衣玖は空気を読んで、なるほどと頷く。
「他の種族の赤ん坊というのもなかなか可愛らしいと思わんか? それでだ衣玖。
ん、衣玖?」
そして、とんっ、とんっと。
腰を引きながらバックステップし、入り口まで下がった。
「何の真似だ衣玖?」
「それ以上近づいたら、龍神様に襲われたと奥方様に言います」
「なんぞっ!?」
「近づかないで下さい。私、龍族とそういった関係になるつもりなどありませんので、そういったお戯れでしたら他の者でどうぞ」
警戒心をあらわにする衣玖を前に、龍神はいらだちを隠そうともせず。
びしっと衣玖を指差した。
「ええい、誤解するでない! 誰がおぬしと儂の子が欲しいと言うた!」
「……違うのですか?」
すると龍神は立ち上がって。
「龍神の子供は見慣れておるから、たまに他の子供を見て癒されたいというあれだ!」
「ああ、なるほど」
衣玖はようやく理解した。
ペット感覚なのだ。
人間が動物の赤ちゃんを見て、その仕草に癒されるのと同様に。龍神もそれを味わいたいという。
「まあ、そういったことでしたら。幼子を連れてきても構いませんが、親も一緒になるかも知れませんよ?」
「ふむ、それも仕方あるまい。特別に許す」
「そうですか。それでは……」
衣玖は一礼をして謁見の間から出ようとして、
「ああ、もちろん衣玖が結婚した後で子供を見せてくれても一向にかまわ――」
「……なにか、おっしゃいました?」
「ナンデモアリマセン!」
衣玖から立ち上る一瞬の殺気に、思わず身を引く龍神なのであった。
◇ ◇ ◇
「まったく、結婚、結婚と。こちらは耳にたこだというのに、龍神様までおっしゃるとは」
年齢的にもう他の竜宮の使いと結ばれても良い頃だ。
お見合い相手なら探してあげる。
そろそろ孫の顔が見たい。
等々。
実の母親からプレッシャーを与え続けられている衣玖は、その結婚というフレーズだけで嫌悪感を覚えるほどになってしまっていた。
「せめて、龍神様の実子のどなたかが子供を産んで見せれば、今回の気まぐれも解消されるとは思うのですが」
とにかく、衣玖は今回の事件が自分の母親の主張と同じ所にあると実感していた。
孫の顔が見ることができないから、他の種族で代用する。
そういったことなのだろう。
「う~む、お孫さんとか難しいですかね? 美鈴様?」
「……なんで私に言うの?」
「別に良いじゃないですか。のぞき見されている気配もありませんし」
「……じゃあ言うけど! 実家にはしばらく戻らないって言ったじゃない!」
昼下がりの紅魔館、そこで衣玖と激しい口論をしている者こそ。いろんな意味で有名な門番、紅美鈴。彼女が門の前にいるのは当たり前の光景であるのだが……、普段の彼女を知るものなら違和感を覚えるかも知れない。
ふだんは穏やかで、丁寧な口調であるはずの美鈴が、紅魔館にやってきた衣玖に対して声を荒げているのだから。
「しかし、貴女様が地上でのほほんとしているから、私にまでとばっちりがあるんです。なんとかしてください」
「どうにかなるわけ無いじゃない! あの馬鹿は死ななきゃなおらな――」
そして、その珍しい光景は簡単に、
「あら、随分と荒れた言葉使いじゃない。って、あら? 竜宮の使いじゃない」
「咲夜さんっ!?」
館の知り合いを呼び寄せてしまう。しかもナイフを握るという若干臨戦態勢で。おそらくは、
美鈴が声を荒げる = 敵が来た
そんな式が成り立つことが多いのだろう。だからとりあえず武装して見に来た。そういったところだろうか。
ただ美鈴はというと、咲夜が来てからうろたえっぱなし。余り不自然にしていると余計に疑われそうだと判断した衣玖は、こんにちは、とにこやかに挨拶をして。
「これはこれは失礼を。実はさきほど近くで弾幕勝負をしておりましたら、流れ弾がこちらの方に飛んでしまって」
息を吐くが如く、あっさりと嘘を吐いた。
「……そ、そうなんです! それが当たりそうになったから、こらーっ! って」
「ああ、そうだったのね。また異変か何かの兆候かと思ってしまったわ」
「申し訳ありません。要らぬ心配をお掛けしてしまいまして」
「構いませんわ、美鈴も怪我がないようですし。今後注意していただければ」
「……相変わらず、手際が良いというか何というか」
「……? 美鈴、何か言った?」
「い、いえ、何も」
美鈴は首を傾げつつ屋敷に入っていく咲夜を見送り、その姿が消えてからおもいっきり肩を落とした。
「あぶなかったぁ……」
「まったく、迂闊ですね」
「誰のせいよ、誰の!」
「あ~、そんないきり立っては、また咲夜さんが出てきてしまいますよ?」
「う、ぐ……」
言い合いでは勝てない。
そう判断した美鈴は、諦めたように目を伏せて尖った気を霧散させていく。
「で? その孫発言のためだけにここに来たわけじゃないんでしょ?」
「さすが美鈴様、鋭い。実はですね、龍神様がペット感覚で子供を愛でたいとおっしゃいまして」
「……え?」
「それで、こちらに外見だけは子供の妖怪がいたなーっと思い、お借り出来ないかと」
「…………レミリアお嬢様をっ!?」
「妹でも可」
「なんですとっ!?」
「むしろ両方でも」
「さ、三人同時っ!?」
衣玖は、はて? と首を傾げた。
目の前の美鈴の顔がみるみるうちに紅潮していくからだ。
ペットを眺めるようにして、気晴らしをする。
そういったことを伝えたのに、その赤みは顔どころか全身に広がっていき、
「美鈴、今度は一体何? って、何真っ赤になってるの?」
その変化を感じ取った咲夜が再び現れた。
「しゃ、しゃく、しゃくやしゃ!」
「落ち着きなさいって、まったくもう、何が――」
美鈴は、慌てて咲夜に耳打ちし、
「れみりゃあおじょぅちゃまとっ!?」
赤いのが伝染した。
しかも、カミカミもセットで。
さらにセットで。
「そんな羨ま……、いえ、そんな破廉恥なことは私が許しません!」
「え? ええ? ええええ~~~~~~っ!?」
ナイフ弾幕雨あられ。
衣玖は悲鳴を上げながら紅魔館から退散したのだった。
◇ ◇ ◇
「うーむ、まさかあっさり追い出されるとは、この竜宮の衣玖の目を持ってしても読めなかったですね」
追い出された後、衣玖は人里へ。
そこでも、駄目だと言われ、仕方なく子供っぽい妖怪探しの旅へと切り替えて、
「……あ、角が似てるからいけるかもしれない」
というわけで、角つきの小さい方を求めて神社まで来てみたが。
「ああ、萃香? いないわよ? また天界か地底で飲んでるんじゃない?」
「そうですか」
境内で掃除をしていた霊夢の言葉であっさり計画が駄目になった。
「萃香に何させようとしてたの? 力仕事?」
「いえ、ちょっと。外見がちょうどいいように思えたので、子供のように可愛がられて貰おうかなと」
可愛がる。
その言葉を衣玖が吐いた途端。
遊びに来ていたのだろうか。神社の隅で霊夢が掃除を終えるのを待っていた華扇が、てくてくと近づいてきて。
「鬼を可愛がるなんて、馬鹿げたことを言いますね。そんなことをすれば、その者がねじ切られるだけですよ?」
「きっと大丈夫ですよ。龍神様ですし」
「りゅ、りゅうじっ!?」
衣玖の口からとんでもない大物の名前が出てきて、華扇の声が詰まった。伝説と呼ばれたその存在なら萃香すらどうこうできると思ったのかも知れない。
けれど、衣玖は思うのだ。
――いっそのことねじ切ってくれると助かるのですが、あの部分を。
割と本気で、そう思うのだ。
そんな衣玖の内心など知るはずもない華扇は、落ち着かない様子で衣玖に近寄り。
「あ、あの、もしよろしければ龍神が萃香にどのようなことをするつもりなのか。それを教えていただくことは……」
「そうね、後からあいつがやってきとときに話をできるかもしれないし」
「そうですね。どのように、ですか」
衣玖はふむっと、唸る。
素直にペットとして、とかいうとさっきの二の舞。プライドの高い鬼のことだから、やはり考えるまでもない。
なので衣玖は、素直に、ペットに対して行われると思われることを伝えることにした。
「手で優しく撫で回したり」
「え……」
「顔ですりすりしたり」
「うぇ……」
「抱きしめたり? まあ、こんな可愛がり方だと思います」
「そ、そんなことをっ!」
華扇が何故か打ちひしがれたように四つん這いに倒れた。
霊夢は何かぴんときたようで、ふーんっと鼻を鳴らすくらいだというのに。
「まあ、無理だと思うわよ。あいつがじっとしてるとも思えないし、大量の酒で釣るならまだしも」
「なるほど、酒で釣る。霊夢さんさすがで――」
「ば、ばかものぉぉぉ! そ、そんなことを萃香にさせるなどと! 何を考えているのですか!」
「え?」
華扇が興奮しだしたので、衣玖は疑問の声をあげた。
「衣玖と言いましたか。そこまで龍神に可愛がられるものが必要ならば、私が代わりになります! それではいけませんか!」
何故か必死になる華扇に違和感を覚えながらも、衣玖は冷静にその外見を眺めて、顎に手を当てながら。
「いや……外見年齢的に、さすがにアウトかなと……」
「そういう趣味なのですかっ!?」
神妙な顔つきで告げると、華扇が目を丸くする。
華扇の中で龍神に妙な補正がついたようだ。
それが何かはわからないが、自分自身には何の問題もない。そう判断した衣玖は、特段困った様子もなく。
「わかりました。そこまで言うのなら萃香さんと交渉するのは諦めましょう。けれど、もしよろしければなのですが……、生まれたばかりの子供に心当たりがあれば教えていただきたいのですが」
「子供ねえ」
霊夢は竹箒に顎を乗せ、うーんっと唸り声を上げる。
「ええ、龍神様に会わせて、癒していただけるような」
「龍に子供っていうと、おもいっきり貢ぎ物に聞こえるから、人間相手には無理でしょうね」
「……そういわれればそうですね」
基本的なことを忘れていた衣玖は、困ったように顔をしかめる。
その土地を安定させてやる代わりに女子供を連れてこい。
龍にはそんな逸話が付きものであるから、人里の人間相手にもそういったことは難しいだろう。
となれば、やっぱり妖怪とかそう言った存在になるのだが。
「それに外見だけ子供でも、子供扱いされるのはイヤってやつ多そうだけどね」
「そのあたりは交渉次第かとは思ったのですが」
「そうねぇ、あっ、そうだ」
ぽんっと、霊夢が胸の前で手を叩いた。
明るい顔で、楽しそうに笑いながら。
「ちょうど良いヤツが居るから、そこにつれていってあげる」
おぼれる者は藁をも掴む。
疲れた様子の華扇を残し、衣玖は霊夢の後ろについて飛び立ったのだった。
「ういやつよのぅ」
「う~~」
なでなで
「かわいいのぅ、かわいいのぅ」
「うううう~~」
なでなでなでなで
竜宮城の謁見の間。
本来ならば奥の玉座にいるはずの龍神が、現在はそこよりかなり下座。衣玖が普段頭を下げている立ち位置まで移動しており、そこで小さな女の子の頭を愛おしそうに撫でていた。少女の前でしゃがみながら、おもいっきりだらしない顔をしているところを見ると、なかなか満足しているようだ。
一方、撫でられまくっているほうは、見た目無表情の秦こころという妖怪。
最近生まれ、妖怪の赤ん坊というべき存在であるのだが、あの龍神の前でなかなか肝の座っている。と、彼女のことを知らない者が、見ればそう映るかも知れないが、
「めちゃくちゃお面が暴れまくってますね」
「混乱しておるだけじゃな、あれは」
数秒たりとも同じ面で固定されず、くるくると。
あっという間に面の表情を切り替えるのだから、まさに混乱という言い方がしっくりくる。
直立不動で、衣玖と保護者役に連れてこられたマミゾウを見つめている顔からは、
『助けてっ』
無表情のはずなのに、そう訴えているようにも見えた。
そして、落ち着き払ったマミゾウとは別に、もう一人の保護者はというと。
「何をしているのです! こころが困っているではないですか! それにあの龍神の欲は危険すぎます! 特に女性にとって!」
「知ってます」
知ってても、連れてこないと聞かない龍神であるから仕方ない。諦めきった顔の衣玖を見て怒気を強めるのは、神子。しかしマミゾウはそんな神子の肩をぽんっと叩き。
「若い頃の苦労は買ってでもしろ、そういうじゃろ?」
「苦労とか言うレベルじゃありません!」
どうやら教育方針は大きく異なるらしい。
そんな夫婦(?)ゲンカをしばらく眺めていた衣玖であったが、そろそろよいかと龍神へと近づいていき、
「どうですか? 満足できました?」
「うむ、なかなかだ」
「お喜びいただけたようで、安心しました」
「しかし、衣玖や?」
「なんでしょう?」
一瞬だけ、こころを撫でる手を止めた龍神は、衣玖を真剣な顔で見つめ。
「ちょっと違くない?」
「ですよね~」
「これでは、抱っことか気軽にできぬではないか」
「勇気がいりますよね」
大きく見積もっても10代前半から中盤くらい。そんな少女をムキムキの大人が緩みきった顔でだっこする。
なぜだろう、犯罪臭しかしない。
「まあ、いいじゃないですか撫でてるだけで満足なら」
「可愛いは正義というからのぅ、しかし、こう、こうも可愛いとなぁ……」
いつもの龍神の気配。
そう衣玖が感じ取ったとき、マミゾウと言い争いをしていたはずの神子が
「こらー、こころから離れなさい!」
ターゲットを龍神に切り替えたということは、きっとそういうことなのだろう。欲ダダ漏れだし。
その変化にさすがのマミゾウも龍神へと向き直り。
「酷いことはせぬ。そういう約束であったはずじゃ」
目を尖らせ不機嫌そうに釘を刺す。
しかしこころを撫でるのを再開した龍神は不敵に微笑み、
「酷い事だとおもわせなければいいのだろう?」
清々しいほどに最悪である。
しかしこれが龍神なのだから仕方ない。
このまま、こころは龍神の毒牙に掛かってしまうのか!
色を好む書籍等ではそのような展開になるかもしれないが。
しかし、衣玖には最大の切り札があった。
「さあ、この娘を取り戻したくば、力づくで我を止めてみせるが――」
「はい、どうぞ。龍神様」
「む、なんだ衣玖。お前も逆らうか!」
「いえいえ、そんなつもりはございませんが、こちらをお渡ししておこうかなと。一応龍神様が撫で始めた頃から伝わっていると思っていただければ」
「伝わっている? なんだこの丸い――」
陰陽玉は、と言い掛けて。
龍神は知る。
その道具を持ったことのない龍神であったが、
表面に映し出された
『通話中』
その文字が、何故か竜神を震え上がらせた。
言い知れない恐怖が龍神を支配し始めた頃。
「……今夜を、お楽しみに♪ あ・な・た?」
ぷつっ、つー、つー、
「い、衣玖っ! 衣玖~~~っ!」
「マア、ナントイウコトデショウ」
「わざとらしすぎるっ!? 何でも良いからやつの誤解をとけ! 早急にっ!」
「わかりました。では、この方たちを地上に送り届けてから、奥方様に連絡しておきますね♪」
あっさりとこころを開放し、地上に安全に降りる確約まで取り付けた。
龍神に対するその手際の良さにマミゾウは目を丸くした。
「あの大物相手に、なかなかのやり手じゃな」
「ああ、単なる慣れですよ」
と、衣玖は自分で口に出した後で、大げさに肩を落とし、
「慣れるつもりなんてなかったんですけどねっ! あのお方がもう少し大人しければ……はぁ……」
永江衣玖、独身。
自分に春が来ないのは龍神のせいだと思い込みたいお年ごろであった。
永江衣玖は竜宮の使いの中でも随一の実力者であり、空気も読める女として有名であった。
加えて、実家が竜宮から浮遊1分という立地条件であるため、龍の一族とは昔から面識があった。いわゆる幼少から龍神とご近所づきあいをしていた極めて珍しい個体。ゆえに、誰もが憧れる龍神のお付きを命じられても、眉根一つ動かさず。
『え゛?』
配置が決まった瞬間、妙に嫌そうな声を上げたという伝説の竜宮の使い。
そしてその伝説は今尚継続中で、
「子供を抱きたい」
謁見の間に衣玖が足を踏み入れた途端、龍神が大きな椅子にどっしりと構えながらそう告げても表情を崩すことなく。
少々お待ち下さい、などと堂々龍神に右の手の平を向けながら、最近話題の陰陽玉型通信機を逆の手に持った。
龍神の命令が一番であるのに、いきなり別の誰かと通信を始めるなどとは本来許されることではないのだが、それが衣玖を生ける伝説にまで押し上げているというわけだ。
「……あの、こちら永江衣玖ですけれど。
龍神様がいきなり、年端もいかない子供と閨を共にしたいとか、とち狂ったことほざき始めたんですが……」
「ほほう」
しかも、敬うはずの龍神に対する言葉遣いが行方不明であった。
ただ、さすがに今のは龍神の逆鱗を掠めたのか、蓄えたひげを撫でつつ、通話を終えた衣玖に向けて鋭い瞳を向ける。
「いままでの働きから甘く見ておったが、そのようなおごった口振りが続くようであればこちらも考えねばならんぞ?」
「……そうでしたか。それはもうしわけございません」
衣玖が素直に頭を下げても、さすがにそれで引き下がる龍神ではない。
「して? 儂の言葉を遮って誰に通話を? 家族か? それとも、お前の良い相手か?」
すると、平静を保ったままの衣玖があっさりと。
「龍神様の奥方様ですが?」
「……」
そう答えたので、龍神は、うんうんっと頷く。
それからしばらく、どちらも口を開かない静寂が謁見の間を支配し。
「ちゃうねん」
耐えきれなくなった龍神が、椅子から立ち上がり、身振り手振りを入れつつ。衣玖に語り始める。
しかも妙に慌てた様子で。
「ち、違うぞ。儂と衣玖の間に大きな誤解がある! 儂はそういう抱きたいと言ったわけではなくてだな、こう、あれだ! 赤子をな? こう、な? わかるであろう?」
「ああ、そうでしたか。早合点してしまいました。龍神様のいつもの行動から推測した結果、また浮気癖が出たのかと思いまして。それでは少々失礼します。誤解を解きますので」
「うむ、早急にな」
龍神様が浮気して職務を放りだしたり行方不明になったりすると、竜宮の使い全員で捜索しなければならないため、衣玖は最近奥方とのホットラインを引いたというわけだ。
で、そのホットラインを使って、さきほどの誤解を解消する。
「あの、何度もすみません。永江衣玖ですが。さきほどの件で少々誤解がありまして。ええ、龍神様は新しく子供が欲しいとか。そういった内容で、ええ、はい。
あ、そうお伝えすればいいですか。はい、わかりました」
そして、にっこりと微笑みながら。龍神に向き直り。
「奥方様もがんばるとのことでしたよ」
幸せな家族計画がここに完成した。
しかし龍神は大慌てで首を左右に振る。
「いやいやいやいや、違うぞ。だから違うのだ衣玖」
「何が違うと?」
若い子を抱きたいわけでもなく。
自分の赤子を抱きたいわけでもない。
ならば何がしたいのだろう、何故ここに衣玖が呼び出される必要があったのかもわからず。衣玖が龍神に問いかけると。
「こう、な? 儂とあやつではなく、こう? それ以外の赤ん坊であってだな」
何か言いずらそうに、衣玖から目を背けたので。
衣玖は空気を読んで、なるほどと頷く。
「他の種族の赤ん坊というのもなかなか可愛らしいと思わんか? それでだ衣玖。
ん、衣玖?」
そして、とんっ、とんっと。
腰を引きながらバックステップし、入り口まで下がった。
「何の真似だ衣玖?」
「それ以上近づいたら、龍神様に襲われたと奥方様に言います」
「なんぞっ!?」
「近づかないで下さい。私、龍族とそういった関係になるつもりなどありませんので、そういったお戯れでしたら他の者でどうぞ」
警戒心をあらわにする衣玖を前に、龍神はいらだちを隠そうともせず。
びしっと衣玖を指差した。
「ええい、誤解するでない! 誰がおぬしと儂の子が欲しいと言うた!」
「……違うのですか?」
すると龍神は立ち上がって。
「龍神の子供は見慣れておるから、たまに他の子供を見て癒されたいというあれだ!」
「ああ、なるほど」
衣玖はようやく理解した。
ペット感覚なのだ。
人間が動物の赤ちゃんを見て、その仕草に癒されるのと同様に。龍神もそれを味わいたいという。
「まあ、そういったことでしたら。幼子を連れてきても構いませんが、親も一緒になるかも知れませんよ?」
「ふむ、それも仕方あるまい。特別に許す」
「そうですか。それでは……」
衣玖は一礼をして謁見の間から出ようとして、
「ああ、もちろん衣玖が結婚した後で子供を見せてくれても一向にかまわ――」
「……なにか、おっしゃいました?」
「ナンデモアリマセン!」
衣玖から立ち上る一瞬の殺気に、思わず身を引く龍神なのであった。
◇ ◇ ◇
「まったく、結婚、結婚と。こちらは耳にたこだというのに、龍神様までおっしゃるとは」
年齢的にもう他の竜宮の使いと結ばれても良い頃だ。
お見合い相手なら探してあげる。
そろそろ孫の顔が見たい。
等々。
実の母親からプレッシャーを与え続けられている衣玖は、その結婚というフレーズだけで嫌悪感を覚えるほどになってしまっていた。
「せめて、龍神様の実子のどなたかが子供を産んで見せれば、今回の気まぐれも解消されるとは思うのですが」
とにかく、衣玖は今回の事件が自分の母親の主張と同じ所にあると実感していた。
孫の顔が見ることができないから、他の種族で代用する。
そういったことなのだろう。
「う~む、お孫さんとか難しいですかね? 美鈴様?」
「……なんで私に言うの?」
「別に良いじゃないですか。のぞき見されている気配もありませんし」
「……じゃあ言うけど! 実家にはしばらく戻らないって言ったじゃない!」
昼下がりの紅魔館、そこで衣玖と激しい口論をしている者こそ。いろんな意味で有名な門番、紅美鈴。彼女が門の前にいるのは当たり前の光景であるのだが……、普段の彼女を知るものなら違和感を覚えるかも知れない。
ふだんは穏やかで、丁寧な口調であるはずの美鈴が、紅魔館にやってきた衣玖に対して声を荒げているのだから。
「しかし、貴女様が地上でのほほんとしているから、私にまでとばっちりがあるんです。なんとかしてください」
「どうにかなるわけ無いじゃない! あの馬鹿は死ななきゃなおらな――」
そして、その珍しい光景は簡単に、
「あら、随分と荒れた言葉使いじゃない。って、あら? 竜宮の使いじゃない」
「咲夜さんっ!?」
館の知り合いを呼び寄せてしまう。しかもナイフを握るという若干臨戦態勢で。おそらくは、
美鈴が声を荒げる = 敵が来た
そんな式が成り立つことが多いのだろう。だからとりあえず武装して見に来た。そういったところだろうか。
ただ美鈴はというと、咲夜が来てからうろたえっぱなし。余り不自然にしていると余計に疑われそうだと判断した衣玖は、こんにちは、とにこやかに挨拶をして。
「これはこれは失礼を。実はさきほど近くで弾幕勝負をしておりましたら、流れ弾がこちらの方に飛んでしまって」
息を吐くが如く、あっさりと嘘を吐いた。
「……そ、そうなんです! それが当たりそうになったから、こらーっ! って」
「ああ、そうだったのね。また異変か何かの兆候かと思ってしまったわ」
「申し訳ありません。要らぬ心配をお掛けしてしまいまして」
「構いませんわ、美鈴も怪我がないようですし。今後注意していただければ」
「……相変わらず、手際が良いというか何というか」
「……? 美鈴、何か言った?」
「い、いえ、何も」
美鈴は首を傾げつつ屋敷に入っていく咲夜を見送り、その姿が消えてからおもいっきり肩を落とした。
「あぶなかったぁ……」
「まったく、迂闊ですね」
「誰のせいよ、誰の!」
「あ~、そんないきり立っては、また咲夜さんが出てきてしまいますよ?」
「う、ぐ……」
言い合いでは勝てない。
そう判断した美鈴は、諦めたように目を伏せて尖った気を霧散させていく。
「で? その孫発言のためだけにここに来たわけじゃないんでしょ?」
「さすが美鈴様、鋭い。実はですね、龍神様がペット感覚で子供を愛でたいとおっしゃいまして」
「……え?」
「それで、こちらに外見だけは子供の妖怪がいたなーっと思い、お借り出来ないかと」
「…………レミリアお嬢様をっ!?」
「妹でも可」
「なんですとっ!?」
「むしろ両方でも」
「さ、三人同時っ!?」
衣玖は、はて? と首を傾げた。
目の前の美鈴の顔がみるみるうちに紅潮していくからだ。
ペットを眺めるようにして、気晴らしをする。
そういったことを伝えたのに、その赤みは顔どころか全身に広がっていき、
「美鈴、今度は一体何? って、何真っ赤になってるの?」
その変化を感じ取った咲夜が再び現れた。
「しゃ、しゃく、しゃくやしゃ!」
「落ち着きなさいって、まったくもう、何が――」
美鈴は、慌てて咲夜に耳打ちし、
「れみりゃあおじょぅちゃまとっ!?」
赤いのが伝染した。
しかも、カミカミもセットで。
さらにセットで。
「そんな羨ま……、いえ、そんな破廉恥なことは私が許しません!」
「え? ええ? ええええ~~~~~~っ!?」
ナイフ弾幕雨あられ。
衣玖は悲鳴を上げながら紅魔館から退散したのだった。
◇ ◇ ◇
「うーむ、まさかあっさり追い出されるとは、この竜宮の衣玖の目を持ってしても読めなかったですね」
追い出された後、衣玖は人里へ。
そこでも、駄目だと言われ、仕方なく子供っぽい妖怪探しの旅へと切り替えて、
「……あ、角が似てるからいけるかもしれない」
というわけで、角つきの小さい方を求めて神社まで来てみたが。
「ああ、萃香? いないわよ? また天界か地底で飲んでるんじゃない?」
「そうですか」
境内で掃除をしていた霊夢の言葉であっさり計画が駄目になった。
「萃香に何させようとしてたの? 力仕事?」
「いえ、ちょっと。外見がちょうどいいように思えたので、子供のように可愛がられて貰おうかなと」
可愛がる。
その言葉を衣玖が吐いた途端。
遊びに来ていたのだろうか。神社の隅で霊夢が掃除を終えるのを待っていた華扇が、てくてくと近づいてきて。
「鬼を可愛がるなんて、馬鹿げたことを言いますね。そんなことをすれば、その者がねじ切られるだけですよ?」
「きっと大丈夫ですよ。龍神様ですし」
「りゅ、りゅうじっ!?」
衣玖の口からとんでもない大物の名前が出てきて、華扇の声が詰まった。伝説と呼ばれたその存在なら萃香すらどうこうできると思ったのかも知れない。
けれど、衣玖は思うのだ。
――いっそのことねじ切ってくれると助かるのですが、あの部分を。
割と本気で、そう思うのだ。
そんな衣玖の内心など知るはずもない華扇は、落ち着かない様子で衣玖に近寄り。
「あ、あの、もしよろしければ龍神が萃香にどのようなことをするつもりなのか。それを教えていただくことは……」
「そうね、後からあいつがやってきとときに話をできるかもしれないし」
「そうですね。どのように、ですか」
衣玖はふむっと、唸る。
素直にペットとして、とかいうとさっきの二の舞。プライドの高い鬼のことだから、やはり考えるまでもない。
なので衣玖は、素直に、ペットに対して行われると思われることを伝えることにした。
「手で優しく撫で回したり」
「え……」
「顔ですりすりしたり」
「うぇ……」
「抱きしめたり? まあ、こんな可愛がり方だと思います」
「そ、そんなことをっ!」
華扇が何故か打ちひしがれたように四つん這いに倒れた。
霊夢は何かぴんときたようで、ふーんっと鼻を鳴らすくらいだというのに。
「まあ、無理だと思うわよ。あいつがじっとしてるとも思えないし、大量の酒で釣るならまだしも」
「なるほど、酒で釣る。霊夢さんさすがで――」
「ば、ばかものぉぉぉ! そ、そんなことを萃香にさせるなどと! 何を考えているのですか!」
「え?」
華扇が興奮しだしたので、衣玖は疑問の声をあげた。
「衣玖と言いましたか。そこまで龍神に可愛がられるものが必要ならば、私が代わりになります! それではいけませんか!」
何故か必死になる華扇に違和感を覚えながらも、衣玖は冷静にその外見を眺めて、顎に手を当てながら。
「いや……外見年齢的に、さすがにアウトかなと……」
「そういう趣味なのですかっ!?」
神妙な顔つきで告げると、華扇が目を丸くする。
華扇の中で龍神に妙な補正がついたようだ。
それが何かはわからないが、自分自身には何の問題もない。そう判断した衣玖は、特段困った様子もなく。
「わかりました。そこまで言うのなら萃香さんと交渉するのは諦めましょう。けれど、もしよろしければなのですが……、生まれたばかりの子供に心当たりがあれば教えていただきたいのですが」
「子供ねえ」
霊夢は竹箒に顎を乗せ、うーんっと唸り声を上げる。
「ええ、龍神様に会わせて、癒していただけるような」
「龍に子供っていうと、おもいっきり貢ぎ物に聞こえるから、人間相手には無理でしょうね」
「……そういわれればそうですね」
基本的なことを忘れていた衣玖は、困ったように顔をしかめる。
その土地を安定させてやる代わりに女子供を連れてこい。
龍にはそんな逸話が付きものであるから、人里の人間相手にもそういったことは難しいだろう。
となれば、やっぱり妖怪とかそう言った存在になるのだが。
「それに外見だけ子供でも、子供扱いされるのはイヤってやつ多そうだけどね」
「そのあたりは交渉次第かとは思ったのですが」
「そうねぇ、あっ、そうだ」
ぽんっと、霊夢が胸の前で手を叩いた。
明るい顔で、楽しそうに笑いながら。
「ちょうど良いヤツが居るから、そこにつれていってあげる」
おぼれる者は藁をも掴む。
疲れた様子の華扇を残し、衣玖は霊夢の後ろについて飛び立ったのだった。
「ういやつよのぅ」
「う~~」
なでなで
「かわいいのぅ、かわいいのぅ」
「うううう~~」
なでなでなでなで
竜宮城の謁見の間。
本来ならば奥の玉座にいるはずの龍神が、現在はそこよりかなり下座。衣玖が普段頭を下げている立ち位置まで移動しており、そこで小さな女の子の頭を愛おしそうに撫でていた。少女の前でしゃがみながら、おもいっきりだらしない顔をしているところを見ると、なかなか満足しているようだ。
一方、撫でられまくっているほうは、見た目無表情の秦こころという妖怪。
最近生まれ、妖怪の赤ん坊というべき存在であるのだが、あの龍神の前でなかなか肝の座っている。と、彼女のことを知らない者が、見ればそう映るかも知れないが、
「めちゃくちゃお面が暴れまくってますね」
「混乱しておるだけじゃな、あれは」
数秒たりとも同じ面で固定されず、くるくると。
あっという間に面の表情を切り替えるのだから、まさに混乱という言い方がしっくりくる。
直立不動で、衣玖と保護者役に連れてこられたマミゾウを見つめている顔からは、
『助けてっ』
無表情のはずなのに、そう訴えているようにも見えた。
そして、落ち着き払ったマミゾウとは別に、もう一人の保護者はというと。
「何をしているのです! こころが困っているではないですか! それにあの龍神の欲は危険すぎます! 特に女性にとって!」
「知ってます」
知ってても、連れてこないと聞かない龍神であるから仕方ない。諦めきった顔の衣玖を見て怒気を強めるのは、神子。しかしマミゾウはそんな神子の肩をぽんっと叩き。
「若い頃の苦労は買ってでもしろ、そういうじゃろ?」
「苦労とか言うレベルじゃありません!」
どうやら教育方針は大きく異なるらしい。
そんな夫婦(?)ゲンカをしばらく眺めていた衣玖であったが、そろそろよいかと龍神へと近づいていき、
「どうですか? 満足できました?」
「うむ、なかなかだ」
「お喜びいただけたようで、安心しました」
「しかし、衣玖や?」
「なんでしょう?」
一瞬だけ、こころを撫でる手を止めた龍神は、衣玖を真剣な顔で見つめ。
「ちょっと違くない?」
「ですよね~」
「これでは、抱っことか気軽にできぬではないか」
「勇気がいりますよね」
大きく見積もっても10代前半から中盤くらい。そんな少女をムキムキの大人が緩みきった顔でだっこする。
なぜだろう、犯罪臭しかしない。
「まあ、いいじゃないですか撫でてるだけで満足なら」
「可愛いは正義というからのぅ、しかし、こう、こうも可愛いとなぁ……」
いつもの龍神の気配。
そう衣玖が感じ取ったとき、マミゾウと言い争いをしていたはずの神子が
「こらー、こころから離れなさい!」
ターゲットを龍神に切り替えたということは、きっとそういうことなのだろう。欲ダダ漏れだし。
その変化にさすがのマミゾウも龍神へと向き直り。
「酷いことはせぬ。そういう約束であったはずじゃ」
目を尖らせ不機嫌そうに釘を刺す。
しかしこころを撫でるのを再開した龍神は不敵に微笑み、
「酷い事だとおもわせなければいいのだろう?」
清々しいほどに最悪である。
しかしこれが龍神なのだから仕方ない。
このまま、こころは龍神の毒牙に掛かってしまうのか!
色を好む書籍等ではそのような展開になるかもしれないが。
しかし、衣玖には最大の切り札があった。
「さあ、この娘を取り戻したくば、力づくで我を止めてみせるが――」
「はい、どうぞ。龍神様」
「む、なんだ衣玖。お前も逆らうか!」
「いえいえ、そんなつもりはございませんが、こちらをお渡ししておこうかなと。一応龍神様が撫で始めた頃から伝わっていると思っていただければ」
「伝わっている? なんだこの丸い――」
陰陽玉は、と言い掛けて。
龍神は知る。
その道具を持ったことのない龍神であったが、
表面に映し出された
『通話中』
その文字が、何故か竜神を震え上がらせた。
言い知れない恐怖が龍神を支配し始めた頃。
「……今夜を、お楽しみに♪ あ・な・た?」
ぷつっ、つー、つー、
「い、衣玖っ! 衣玖~~~っ!」
「マア、ナントイウコトデショウ」
「わざとらしすぎるっ!? 何でも良いからやつの誤解をとけ! 早急にっ!」
「わかりました。では、この方たちを地上に送り届けてから、奥方様に連絡しておきますね♪」
あっさりとこころを開放し、地上に安全に降りる確約まで取り付けた。
龍神に対するその手際の良さにマミゾウは目を丸くした。
「あの大物相手に、なかなかのやり手じゃな」
「ああ、単なる慣れですよ」
と、衣玖は自分で口に出した後で、大げさに肩を落とし、
「慣れるつもりなんてなかったんですけどねっ! あのお方がもう少し大人しければ……はぁ……」
永江衣玖、独身。
自分に春が来ないのは龍神のせいだと思い込みたいお年ごろであった。
心綺楼一輪ちゃんだとロリ度はともかく肝っ玉的に殴り飛ばしそうw
こいしは連れてきにくいし意識されないから、やっぱこころちゃんが適任か。
相変わらずイくさんからOL臭がする、お義父さん僕にイくさんを下さい
相変わらずこの龍神はだめだなあw
>「せめて、龍神様の実子のどなたかが子供を産んで見せれば、今回の気まぐれも解消されるとは思うのですが」
そういえばここの衣玖さんたしか出生がグレーだったような…
衣玖さんがお悩みのようなら、この私めがお相手に(お
というか龍神様が出てくるSSなんてレアいですね。いいのかなー、こんな役回りにしちゃって。