※ナズーリンが小さくなったお話の、続きの続きです。
いやはや、立派なもので。
「春は、桜ですか」
「おー」
地底では見ることのできなかった、桃色の雪。
ナズーリンも目を見開いて舞い散る花びらを見つめている。
普段クールな彼女からは想像できない姿だ。
「聖も早く来ればいいのに……あの虎め」
どーせ今頃、出先でイチャついてるのだろう。
あ、痛い痛い。
「むー」
「わかりましたから、ナズーリンのご主人さまのこと悪く言ったの謝るから蹴らないでください!」
「ん」
「何やってんのよ、アンタたちは……」
「……」
私の方を呆れた目で見る一輪と、雲山。
「いーから早くお弁当開けようよー」
花より団子な、ぬえ。
「色気より食い気ですか」
「む!」
「ナズーリンも食い気だもんね~」
そして私こと村紗水蜜と、小さくなったナズーリン。
我らがいるのは、命蓮寺から少し歩いたところにある桜の林。
ひっそりと花見をしたい人妖が集まる穴場らしい。
まだ幻想郷での日も浅い我らがどうしてそのような場所を知っているのか。
それは、きらきらとした花びらを鼻にのっけたナズーリンの功績だ。
聖と星と三人で散歩している時にたまたま見つけたらしい。
けもの道を通った入り組んだところにある辺り、ダウザーの能力のおかげだったのかもしれない。
「くちゅんっ」
「はい、ちーん」
「ん」
桃色が花に着陸すれば、くしゃみが出るのが伝統。
ナズーリンが鼻水を垂れて、ぬえがちり紙をその鼻に当てる。
ちーん!
チュー。
「キレイ!」
「ん!」
すっかりぬえもお姉さんが板についている。
いつの間にあそこまで仲良くなったのやら。
じゃれ付く二人から目を逸らして、大本命であったはずの桜を見る。
「まだまだ満開には遠いかもね……って何よ雲山」
同じく花を見上げた一輪が、頭巾を取りながらそういうのを聞いて、雲山がため息を吐いた。
まあ、どちらの気持ちもわからなくもないけれど。
「桜ってのはまだ満開じゃないまだ満開じゃないと思っている内に散ってしまうものらしいんですよね、雲山」
一輪の癖っ毛についた桜の花びらを取ってやりながら、傍らの入道に話しかける。
なにそれ、とでも言いたげな一輪と、何度も頷く雲山。
気のせいか、桜並木と雲山の色同士がどんどん近づいているような気がする。
その内に見えなくなるんじゃないだろうか。
「そうして毎日毎日変化する桜の儚さを楽しむべきなのに、たまに気にするだけなんてもったいないってことらしいです」
雲山男泣き。
まあ、今のはあのバカ虎の受け売りだったりするんだけれど。
彼女は色気も食い気も両方楽しむ性質らしい。
まさに毘沙門天様のお弟子らしい、と言ったところか。
「あー、果物もまだ大丈夫だと思ってる内に真っ黒になっちゃうのよねー」
「……一輪、発想が、いえなんでもないですよ」
発想がおば、げふんげふん。
睨まれたので訂正。
主婦じみてきた彼女は、以前ぬえが言っていたように、たくましくなってきたのかもしれない。
それこそ桜の儚さなんて関係ない、なんて言いきるほど。
「で、雲山はいつまで泣いてんのよ」
「……!」
……雲山が繊細過ぎて、そう見えるだけなのかもしれない。
さて、我らが聖白蓮と憎き寅丸星は現在、仕事で欠席している。
私たちも手伝おうとしたのだけれど、本当にすぐ終わるものなんだそうで。
「ナズちゃんたちは先にお花見楽しんでいてちょうだいね」
「お昼すぎまでには合流しようと思っています。 ナズ、良い子にしてるんですよ」
そう言い残して颯爽とどこかへ去っていった。
聖までもがナズーリン第一な辺り、すっかり染まりきってきたのか。
ナズーリンが小さいという異常な日常に。
「んむんむ」
その『異常』は、おにぎりを口いっぱいに頬張っている。
ああ、ほら詰まらせますよ、などと言いたくなる辺り私も聖のことをとやかく言えないのかもしれない。
変化する儚さ、といえば子どももそう。
お茶をすすりながら、観察してみる。
「んぐ」
あ、詰まらせた。
「ふぅ」
お茶を流し込んで息をついている彼女は、本当に小さな賢将だったのだろうか。
面影が最近なくなってきた気もする。
まあ、これも風流か。
「……結局のところ、どうしてナズーリンは小さくなったんでしょうか」
以前調べた時には何も見つからなかった。
こんなことができそうな奴全員と、聖が弾幕ごっこをしたのがつい二週間前のことだったか。
一度の敗北もなかった辺り、流石聖と言えばいいのか流石母と言えばいいのか、その日の夜は散々悩んだ覚えがある。
「あれ? 元からこうじゃなかったっけ?」
ぬえはもうダメなようだ。
「……すっかり元に戻すこと忘れていたわ」
一輪も一歩手前で踏みとどまったようだ。
もしかしたら彼女と同様、今はここにいない二人もすっかり忘れているのではないだろうか。
「くちゅんっ」
「あらあら」
……誰かが噂でもしてるんだろうか。
力の抜けたくしゃみで、白蓮に笑われてしまった。
あ、鼻水が。
「はい、星ちゃん」
「……う」
「ちーん♪」
ちり紙が鼻に当てられる。
自分で出来るのだけれども、白蓮の笑みは、ある意味有無を言わせてくれなかった。
ちーん。
ガオガオ。
「はい、キレイ!」
ああ、恥ずかしい。
毘沙門天の代理ともあろうものが……。
おいこら。
「桜を楽しむんじゃなかったんですか、雲山」
今やピンクを通り越してすっかり真っ赤になりつつある彼の足元には、数本の酒瓶。
どれもこれも度数の高いものばかりだ。
「……」
「花を肴に楽しんでますよ、だってさ」
「先ほどからあなたが一度でも花の感想を口にしたのを聞いていないんだけどね」
酒の感想なら一輪から嫌になるほど聞いたのに。
桜を見ているのは私と一輪ぐらいじゃないだろうか。
「アンタは姐さんがまだ来ないからでしょ……」
それもそうだけれど。
「にしても、聖は遅いなぁ」
依頼に手間取っているのか。
はたまた。
「バカ虎め、まさか私の目がないからといって聖にあだだだだだだだだ!」
「むぅ」
背中に激痛を走らせたのは、人里の鍛冶師に作らせたという、ミニサイズのダウジングロッドだった。
肉と肉の間に食い込んでものすごく痛い。
「殺す気ですか、ナズーリン……」
そんなかわいらしい顔でキョトンとされてもごまかされないよ。
私は覚りじゃないけれど、それくらいはわかる。
覚り、うわ。
「イヤな人を思い出した……」
人ではなく妖怪か。
一輪とぬえが私の方を不思議そうにして見ている。
不思議そうなのが、まだ幸いか。
古明地さとり、地霊殿、そして旧灼熱地獄の管理者。
心を見とおす第三の眼を持つ彼女は、まるで容赦がないのだ。
それ故に、地底で彼女を知る者のほとんどは彼女を苦手としている。
まあ、中にはもの好きな例外もいたが。
「ちょっと、飲み過ぎよ雲山」
「……」
「誰がおかんだ。 酒瓶取り上げるわよ」
ふと、雲山に少々痛い目を見てもらいたくなった。
まさに悪魔の思い付きだが、自分もダメージを受ける恐れがある。
いやまあ、ぬえや精神的に幼いナズーリンはともかくとして、聖が大変な目にあってるのに何を一人で盛り上がってるんだコラと言いたいわけ。
もしかしたら虎に剥かれてるかもしれないと考えた瞬間、恐れより怒りの方が勝った。
「雲山、雲山」
「?」
わざわざモノマネなどする必要はないだろう。
一言、名前を告げればいい。
酔いも吹き飛ぶだろう。
「さとり」
はぁい。
文字通りアルコール分が吹き飛んだらしい雲山の変色具合に喜ぶと同時に、背中に寒気が走った。
おかしいな、私に体温なんてないに等しいはずなのに。
「……っ!?」
汗だくになったような気分で、背後を振り返っても、誰もいない。
何か聞こえたような気がしたがやはり、気のせいだったのか。
「そ、そうですよね。 いくらなんでも出不精のあの方がこんな場所まで……」
「どうかしたの?」
「いやまあ、さとりが……」
「私にご用事なのね」
さとり、が正面に。
「お久しぶりですね、雲居一輪、雲居雲山」
一輪は雲山の中に文字通り雲隠れしようとしたけれど、これまた文字通り呼び止められる。
「封獣ぬえ、そして」
顔を青くしたぬえは逃げようにも、ナズーリンに手を握られているためできないようだ。
そして、私の番がやってきたようだ。
「そして、村紗水蜜」
どうして私の時だけ、ためたのか。
心臓に悪い。
「お、お久しぶりですね、地霊殿管理者殿……」
「それはまた随分、よそよそしいご挨拶ですね」
よそよそしいも何も。
「ああ、先ほど私の名前を使って雲山を驚かそうとしたので後ろめたいと、なるほど私は怒った聖白蓮にも匹敵するということですか」
「水蜜、アンタそんなこと考えてたのね……」
一輪の、まるで最低だと言わんばかりの視線が痛い。
「むしろ最低だとおっしゃっているようにしか見えませんが」
相も変わらず彼女の第三の目は絶好調のようだ。
とりあえず、不思議な色をしたさとりの目を見つめて、全力で上半身を傾けた。
「すいませんでしたぁっ!」
春の空
花見の席で
土下座かな
キャプテン・ムラサ
「別に名前を出すだけでも嫌がられるのはもう慣れてるからいいんですけどね。 傷つきますが」
「うう……」
聖にフられたギザギザハートにチクチクくる。
「おや、とうとう玉砕したんですか」
大船に乗ったつもりで、星から奪還しようとしたら『ごめんなさい』って言われただけだ。
多分まだフられてない!
「あきらめの悪さは、地底の頃と変わらないですね……」
私の決意を読み取ったさとりの顔は、何故か嬉しそうだった。
「そ、それでどうしてこんな場所に来たんでしょうか」
恐る恐るさとりに酌をする一輪がさとりに尋ねる。
ちなみに雲山は薄そうな肩を揉んでいる。
ものすごいビップ待遇だ。
「……あなた方の封印解除の申請は受理されたとはいえ、まだ私にはあなた方の監督責任があるそうで」
特に聖輦船で無理やり地底から脱出した私は、閻魔様にマークされていて、報告書を出すために様子を見に来たらしい。
私たちなんかのためにありがたい話である。
「別に、あなた方のためではなくお給料のためです。 そこのところを勘違いしないように」
「でもふぁ、お姉ちゃんふぁ、んぐ」
「あれ、こいしじゃん」
いつの間にか、さとりの妹君が勝手に弁当を食べていた。
知りあいらしいぬえはともかくとして、一輪は驚いて声も出ないようだ。
私は、まあ姉の登場の方がよっぽど心臓に悪かったし。
「おー」
ナズーリンも驚いた様子だ。
「あ、おチビちゃんも卵焼き食べる?」
「ん!」
「それ私たちのお弁当なんだけど……」
「いいじゃんいいじゃん、それで、お姉ちゃんも嘘なんかついてひどいよね」
「嘘?」
さとりが慌てた様子で妹君の口を塞ごうとするが、遅かった。
「村紗が冥界送りになるかもしれないって聞いて、長ーいお手紙を映姫さまに……」
「余計なことを言わないでくださいこいし!」
モガモガ、と続きは言葉にならなかった。
長いお手紙を閻魔様に出してどうなったのだろう。
「……あなたが鈍くて助かりました」
「なんですと」
「はあ……バカ蜜」
「朴念仁……」
一輪もぬえもどうしてため息つくの。
雲山はどうしてそんなに優しい目をしてるの。
「どうして空はこんなに青いんでしょうね、ナズーリン」
「う?」
そうですか、卵焼きおいしいのね。
「せめて旧都に送り返してもらえるように言っただけですよ」
「えー、嘘ばっかり」
妹気味を軽く睨むさとりの顔は、何故かトマトみたいだった。
酔いが回ってきたのだろうか。
「少し呑み過ぎなんじゃないですか、さとり」
「悪いですか」
「いえ、何も……」
うう、怖い。
どうにもさとりは苦手なのだけれど、たまに優しくしてくれるのがナゾだ。
「優しくされているという自覚はあるのに、なぜ……はあ」
「さとりさま、一発殴ってもいいですよ」
「そうだね。 お姉ちゃんを泣かす前に二、三発……」
「う?」
「ナズーリンは見ちゃだめだよ。 これから水蜜が十回ぶたれるところなんて教育に悪い」
「どうして徐々に増えてるの!?」
「あら? 随分人がいるのね」
苦しむ私の耳に届いたのは、天使の鐘にも勝る福音だった。
助けてマイ・マリア!
「聖ー……ゴフ」
「あら?」
抱きつこうとしたら、頬に強烈なインパクトを感じた。
この感触はにっくきあのバカ虎の得物か。
「……させませんよ」
「……帰ってこなくてよかったのに」
いっそもうこいつが封印されてしまえばいいのに。
そうすれば聖をたぶらかすものはもう誰もいないのに。
「お久しぶりですね、聖白蓮。 先日の宴会以来ですか」
「さとり様、来てくださったのですね」
「ごしゅじん」
「ナズ、良い子にしてましたか?」
さとりが聖に声をかけ、ナズーリンが星に飛びついたのを皮切りに、席の移動が始まった。
聖を時計の零時とするならば、順にバカ虎、ナズーリン、こいし、ぬえ、一輪と雲山。
そして、私の隣は。
「……なるほど。 結婚式の依頼ですか」
「そうなんですよー。 もしかしたら命蓮寺カップル第一号になってくださるかも」
なぜだ。
自然と聖の隣になるような位置に座ったのに。
どうして間にさとりが挟まっているんだろう。
「さとり様もご結婚の際はこちらでどうですか?」
「はあ、それは嬉しいのですが、相手がいませんね」
「地底には勇ましい殿方が多いと……」
悠々と世間話をしている間も、さとりの第三の眼はこちらを向いている。
監視任務のためなんだろうか。
「はあ……」
「さとり様?」
「ああ、いえ。 それとさとり、と呼び捨てで構いませんよ」
「じゃあ、さとりちゃんとお呼びしますね」
「う……ちゃん、ですか」
流石のさとりも聖は相手が悪いらしい。
さとりを困らせる人なんて、妹君以外では初めて見た気がする。
それにしてもちゃんだなんて……いだ、いだだだだ。
「聖は相変わらず可愛い、ですか」
私の脇腹をつねってきたさとりのその時の表情を表すならば、ムスッと、が最適だっただろう。
「あ、あの、さとり……?」
「なんでもないんですよ。 なんでも」
絶対何か怒ってますよね!?
心の中でそう抗議すると、つねる力がさらに強くなった。
「あの、白蓮。 もしかして」
「そうなのかしら」
「む?」
「ナズちゃんにはまだ早いかしらね?」
ウィンクする聖はすばらしい、などと思えばさらに力は増した。
「……ふん、だ」
拗ねたいのはこちらなんですが。
私の困惑をよそに宴はどんどん盛り上がっていく。
妹君とぬえが正体不明・無意識イリュージョンというのをやってみせたり、ナズーリンと星が全く同じくしゃみをして聖がころころと笑ったり。
一輪が酒でつぶれたり、聖がそれを膝枕してあげたり。
雲山をみんなで触ってみたり、聖がバカ虎と素で夫婦漫才を披露してみせたり。
その間、さとりは笑ったり心を読んだりしていたが、なぜか明らかに不機嫌そうにしていることが多かった。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
空が真っ赤に染まった頃、聖の号令で片づけが始まった。
ちなみに妹君は来た時同様、いつの間にかいなくなっていた。
「一輪、大丈夫ですか?」
「……頭痛い」
「いやあ、もうちょっとでこいしの首が飛ぶところだったよ……」
「おー……」
「ナズーリンは、うぷ。 雲山に乗るのが気に入ったみたいね」
みんな、楽しかった時を惜しむように話しながら、でも笑顔で片づけている。
空き瓶を片付けつつも、私はさとりが気になっていた。
彼女はちゃんと、楽しめたのだろうか。
「村紗」
「聖?」
私が両手いっぱいに抱えていた空き瓶をかっさらった聖はさとりの方をちらっと見て、また私の方を向いて笑った。
行ってきなさい、ということか。
「聖……ありがとうございます」
「いいの。 それよりも、ちゃんと気持ちを考えてあげないと南無三しちゃうわよ?」
なんだか最後に物騒なことを言われたような。
しかし気にせず、弁当箱を片付けながら桜を見ていた彼女に駆け寄った。
「さとり、手伝いますよ」
「え、ああ、ありがとうございます」
どうやら気配を読めなかったらしい。
なんだか、さとりの意表を突けたのが嬉しい。
「変わった趣味ですね……変態ですか?」
「あ、あはは」
自然と吐かれた毒を受け流して、苦笑する。
久しぶりに長い間話して、ようやくこれが彼女なりの照れ隠しだということを思い出した。
そう、彼女は心が読める故に、警戒心が強いだけなのだ。
「……今日は、楽しめましたか?」
「ええ、存分に。 なぜそのようなことを聞くのですか?」
「だって」
なんだか不機嫌な顔ばかりしていたし。
「……ああいう顔だっていうことにしておいてください」
「は、はあ?」
またため息をつかれた。
今日はとことん人にバカにされる日なのだろうか。
「村紗水蜜、私からも質問しましょう。 あなたは、まだ諦めていないのですか?」
聖を、ということなのだろう。
どういう意図で聞いたのかは、彼女の瞳から読み取ることはできなかったけれど。
「……彼女が幸せならば、別にいいんですけどね」
ただちょっと、認めたくないだけなんだ。
星の方が先に聖に会ったけれど、星は聖の恋人なのだけれど、聖を思う気持ちは絶対に負けない、と思えるから。
「難儀な方ですね、あなたも」
さとりには言われたくない。
「まあ、いよいよ無茶しすぎて聖白蓮に見捨てられたら、いつでも旧地獄に帰ってきてくださいな」
「それはない、と断言しましょう」
「ないんですか……」
さとりの呟きは、少し悲しそうだった。
ちょっと意地を張りすぎたかしら。
「えっと、でもたまにお茶を飲みに行くことなら、あるかもしれないので」
「……わかりました。 ぶぶ漬けを用意してますよ」
帰れと言いたいのか。
絶対に私のことが嫌いだとしか思えない。
「むしろ大好きだと言ったら、どうします?」
「え」
突然の言葉に、心臓が止まった。
元から止まってるのだけれども。
さとりの顔は、夕日のせいか赤くて、少し瞳がうるんでいた。
少しだけ。
そう、少しだけ可愛い、と思ってしまった。
「例えですよ? 何を緊張しているんですか」
やはり夕日のせいだった。
「……なんなんですか、もう」
心臓に悪いわ、理不尽だわ、いいところないんじゃないのか。
可愛いだなんて思って損したよ。
「まあ、確かに少々おふざけが過ぎましたが……」
そう言ってさとりが私のすぐ目の前に立ったのに、私は気付けなかった。
「あくまで、例えですよ?」
緊張から解放された私はため息をつこうとして、口をふさがれた。
驚愕に支配されている内に、口は自由を取り戻した。
「……冷たいですね、意外と」
「幽霊、ですから……」
思考が、言葉にならない。
冗談じゃ、なかったのか。
「お茶、待ってますから」
「あ、はい……」
「では、夕飯の支度があるのでお先に。 今日はありがとうございましたと、聖白蓮にもお伝えください」
それと、とさとりは立ち去りながら付け加えていった。
「あなたには負けません、とも」
振り返り際に彼女は、イタズラ好きな妹君のような笑顔を置いていった。
あんな笑顔、できたんだ。
というか私は、どうすればいいんだろう?
いやはや、立派なもので。
「春は、桜ですか」
「おー」
地底では見ることのできなかった、桃色の雪。
ナズーリンも目を見開いて舞い散る花びらを見つめている。
普段クールな彼女からは想像できない姿だ。
「聖も早く来ればいいのに……あの虎め」
どーせ今頃、出先でイチャついてるのだろう。
あ、痛い痛い。
「むー」
「わかりましたから、ナズーリンのご主人さまのこと悪く言ったの謝るから蹴らないでください!」
「ん」
「何やってんのよ、アンタたちは……」
「……」
私の方を呆れた目で見る一輪と、雲山。
「いーから早くお弁当開けようよー」
花より団子な、ぬえ。
「色気より食い気ですか」
「む!」
「ナズーリンも食い気だもんね~」
そして私こと村紗水蜜と、小さくなったナズーリン。
我らがいるのは、命蓮寺から少し歩いたところにある桜の林。
ひっそりと花見をしたい人妖が集まる穴場らしい。
まだ幻想郷での日も浅い我らがどうしてそのような場所を知っているのか。
それは、きらきらとした花びらを鼻にのっけたナズーリンの功績だ。
聖と星と三人で散歩している時にたまたま見つけたらしい。
けもの道を通った入り組んだところにある辺り、ダウザーの能力のおかげだったのかもしれない。
「くちゅんっ」
「はい、ちーん」
「ん」
桃色が花に着陸すれば、くしゃみが出るのが伝統。
ナズーリンが鼻水を垂れて、ぬえがちり紙をその鼻に当てる。
ちーん!
チュー。
「キレイ!」
「ん!」
すっかりぬえもお姉さんが板についている。
いつの間にあそこまで仲良くなったのやら。
じゃれ付く二人から目を逸らして、大本命であったはずの桜を見る。
「まだまだ満開には遠いかもね……って何よ雲山」
同じく花を見上げた一輪が、頭巾を取りながらそういうのを聞いて、雲山がため息を吐いた。
まあ、どちらの気持ちもわからなくもないけれど。
「桜ってのはまだ満開じゃないまだ満開じゃないと思っている内に散ってしまうものらしいんですよね、雲山」
一輪の癖っ毛についた桜の花びらを取ってやりながら、傍らの入道に話しかける。
なにそれ、とでも言いたげな一輪と、何度も頷く雲山。
気のせいか、桜並木と雲山の色同士がどんどん近づいているような気がする。
その内に見えなくなるんじゃないだろうか。
「そうして毎日毎日変化する桜の儚さを楽しむべきなのに、たまに気にするだけなんてもったいないってことらしいです」
雲山男泣き。
まあ、今のはあのバカ虎の受け売りだったりするんだけれど。
彼女は色気も食い気も両方楽しむ性質らしい。
まさに毘沙門天様のお弟子らしい、と言ったところか。
「あー、果物もまだ大丈夫だと思ってる内に真っ黒になっちゃうのよねー」
「……一輪、発想が、いえなんでもないですよ」
発想がおば、げふんげふん。
睨まれたので訂正。
主婦じみてきた彼女は、以前ぬえが言っていたように、たくましくなってきたのかもしれない。
それこそ桜の儚さなんて関係ない、なんて言いきるほど。
「で、雲山はいつまで泣いてんのよ」
「……!」
……雲山が繊細過ぎて、そう見えるだけなのかもしれない。
さて、我らが聖白蓮と憎き寅丸星は現在、仕事で欠席している。
私たちも手伝おうとしたのだけれど、本当にすぐ終わるものなんだそうで。
「ナズちゃんたちは先にお花見楽しんでいてちょうだいね」
「お昼すぎまでには合流しようと思っています。 ナズ、良い子にしてるんですよ」
そう言い残して颯爽とどこかへ去っていった。
聖までもがナズーリン第一な辺り、すっかり染まりきってきたのか。
ナズーリンが小さいという異常な日常に。
「んむんむ」
その『異常』は、おにぎりを口いっぱいに頬張っている。
ああ、ほら詰まらせますよ、などと言いたくなる辺り私も聖のことをとやかく言えないのかもしれない。
変化する儚さ、といえば子どももそう。
お茶をすすりながら、観察してみる。
「んぐ」
あ、詰まらせた。
「ふぅ」
お茶を流し込んで息をついている彼女は、本当に小さな賢将だったのだろうか。
面影が最近なくなってきた気もする。
まあ、これも風流か。
「……結局のところ、どうしてナズーリンは小さくなったんでしょうか」
以前調べた時には何も見つからなかった。
こんなことができそうな奴全員と、聖が弾幕ごっこをしたのがつい二週間前のことだったか。
一度の敗北もなかった辺り、流石聖と言えばいいのか流石母と言えばいいのか、その日の夜は散々悩んだ覚えがある。
「あれ? 元からこうじゃなかったっけ?」
ぬえはもうダメなようだ。
「……すっかり元に戻すこと忘れていたわ」
一輪も一歩手前で踏みとどまったようだ。
もしかしたら彼女と同様、今はここにいない二人もすっかり忘れているのではないだろうか。
「くちゅんっ」
「あらあら」
……誰かが噂でもしてるんだろうか。
力の抜けたくしゃみで、白蓮に笑われてしまった。
あ、鼻水が。
「はい、星ちゃん」
「……う」
「ちーん♪」
ちり紙が鼻に当てられる。
自分で出来るのだけれども、白蓮の笑みは、ある意味有無を言わせてくれなかった。
ちーん。
ガオガオ。
「はい、キレイ!」
ああ、恥ずかしい。
毘沙門天の代理ともあろうものが……。
おいこら。
「桜を楽しむんじゃなかったんですか、雲山」
今やピンクを通り越してすっかり真っ赤になりつつある彼の足元には、数本の酒瓶。
どれもこれも度数の高いものばかりだ。
「……」
「花を肴に楽しんでますよ、だってさ」
「先ほどからあなたが一度でも花の感想を口にしたのを聞いていないんだけどね」
酒の感想なら一輪から嫌になるほど聞いたのに。
桜を見ているのは私と一輪ぐらいじゃないだろうか。
「アンタは姐さんがまだ来ないからでしょ……」
それもそうだけれど。
「にしても、聖は遅いなぁ」
依頼に手間取っているのか。
はたまた。
「バカ虎め、まさか私の目がないからといって聖にあだだだだだだだだ!」
「むぅ」
背中に激痛を走らせたのは、人里の鍛冶師に作らせたという、ミニサイズのダウジングロッドだった。
肉と肉の間に食い込んでものすごく痛い。
「殺す気ですか、ナズーリン……」
そんなかわいらしい顔でキョトンとされてもごまかされないよ。
私は覚りじゃないけれど、それくらいはわかる。
覚り、うわ。
「イヤな人を思い出した……」
人ではなく妖怪か。
一輪とぬえが私の方を不思議そうにして見ている。
不思議そうなのが、まだ幸いか。
古明地さとり、地霊殿、そして旧灼熱地獄の管理者。
心を見とおす第三の眼を持つ彼女は、まるで容赦がないのだ。
それ故に、地底で彼女を知る者のほとんどは彼女を苦手としている。
まあ、中にはもの好きな例外もいたが。
「ちょっと、飲み過ぎよ雲山」
「……」
「誰がおかんだ。 酒瓶取り上げるわよ」
ふと、雲山に少々痛い目を見てもらいたくなった。
まさに悪魔の思い付きだが、自分もダメージを受ける恐れがある。
いやまあ、ぬえや精神的に幼いナズーリンはともかくとして、聖が大変な目にあってるのに何を一人で盛り上がってるんだコラと言いたいわけ。
もしかしたら虎に剥かれてるかもしれないと考えた瞬間、恐れより怒りの方が勝った。
「雲山、雲山」
「?」
わざわざモノマネなどする必要はないだろう。
一言、名前を告げればいい。
酔いも吹き飛ぶだろう。
「さとり」
はぁい。
文字通りアルコール分が吹き飛んだらしい雲山の変色具合に喜ぶと同時に、背中に寒気が走った。
おかしいな、私に体温なんてないに等しいはずなのに。
「……っ!?」
汗だくになったような気分で、背後を振り返っても、誰もいない。
何か聞こえたような気がしたがやはり、気のせいだったのか。
「そ、そうですよね。 いくらなんでも出不精のあの方がこんな場所まで……」
「どうかしたの?」
「いやまあ、さとりが……」
「私にご用事なのね」
さとり、が正面に。
「お久しぶりですね、雲居一輪、雲居雲山」
一輪は雲山の中に文字通り雲隠れしようとしたけれど、これまた文字通り呼び止められる。
「封獣ぬえ、そして」
顔を青くしたぬえは逃げようにも、ナズーリンに手を握られているためできないようだ。
そして、私の番がやってきたようだ。
「そして、村紗水蜜」
どうして私の時だけ、ためたのか。
心臓に悪い。
「お、お久しぶりですね、地霊殿管理者殿……」
「それはまた随分、よそよそしいご挨拶ですね」
よそよそしいも何も。
「ああ、先ほど私の名前を使って雲山を驚かそうとしたので後ろめたいと、なるほど私は怒った聖白蓮にも匹敵するということですか」
「水蜜、アンタそんなこと考えてたのね……」
一輪の、まるで最低だと言わんばかりの視線が痛い。
「むしろ最低だとおっしゃっているようにしか見えませんが」
相も変わらず彼女の第三の目は絶好調のようだ。
とりあえず、不思議な色をしたさとりの目を見つめて、全力で上半身を傾けた。
「すいませんでしたぁっ!」
春の空
花見の席で
土下座かな
キャプテン・ムラサ
「別に名前を出すだけでも嫌がられるのはもう慣れてるからいいんですけどね。 傷つきますが」
「うう……」
聖にフられたギザギザハートにチクチクくる。
「おや、とうとう玉砕したんですか」
大船に乗ったつもりで、星から奪還しようとしたら『ごめんなさい』って言われただけだ。
多分まだフられてない!
「あきらめの悪さは、地底の頃と変わらないですね……」
私の決意を読み取ったさとりの顔は、何故か嬉しそうだった。
「そ、それでどうしてこんな場所に来たんでしょうか」
恐る恐るさとりに酌をする一輪がさとりに尋ねる。
ちなみに雲山は薄そうな肩を揉んでいる。
ものすごいビップ待遇だ。
「……あなた方の封印解除の申請は受理されたとはいえ、まだ私にはあなた方の監督責任があるそうで」
特に聖輦船で無理やり地底から脱出した私は、閻魔様にマークされていて、報告書を出すために様子を見に来たらしい。
私たちなんかのためにありがたい話である。
「別に、あなた方のためではなくお給料のためです。 そこのところを勘違いしないように」
「でもふぁ、お姉ちゃんふぁ、んぐ」
「あれ、こいしじゃん」
いつの間にか、さとりの妹君が勝手に弁当を食べていた。
知りあいらしいぬえはともかくとして、一輪は驚いて声も出ないようだ。
私は、まあ姉の登場の方がよっぽど心臓に悪かったし。
「おー」
ナズーリンも驚いた様子だ。
「あ、おチビちゃんも卵焼き食べる?」
「ん!」
「それ私たちのお弁当なんだけど……」
「いいじゃんいいじゃん、それで、お姉ちゃんも嘘なんかついてひどいよね」
「嘘?」
さとりが慌てた様子で妹君の口を塞ごうとするが、遅かった。
「村紗が冥界送りになるかもしれないって聞いて、長ーいお手紙を映姫さまに……」
「余計なことを言わないでくださいこいし!」
モガモガ、と続きは言葉にならなかった。
長いお手紙を閻魔様に出してどうなったのだろう。
「……あなたが鈍くて助かりました」
「なんですと」
「はあ……バカ蜜」
「朴念仁……」
一輪もぬえもどうしてため息つくの。
雲山はどうしてそんなに優しい目をしてるの。
「どうして空はこんなに青いんでしょうね、ナズーリン」
「う?」
そうですか、卵焼きおいしいのね。
「せめて旧都に送り返してもらえるように言っただけですよ」
「えー、嘘ばっかり」
妹気味を軽く睨むさとりの顔は、何故かトマトみたいだった。
酔いが回ってきたのだろうか。
「少し呑み過ぎなんじゃないですか、さとり」
「悪いですか」
「いえ、何も……」
うう、怖い。
どうにもさとりは苦手なのだけれど、たまに優しくしてくれるのがナゾだ。
「優しくされているという自覚はあるのに、なぜ……はあ」
「さとりさま、一発殴ってもいいですよ」
「そうだね。 お姉ちゃんを泣かす前に二、三発……」
「う?」
「ナズーリンは見ちゃだめだよ。 これから水蜜が十回ぶたれるところなんて教育に悪い」
「どうして徐々に増えてるの!?」
「あら? 随分人がいるのね」
苦しむ私の耳に届いたのは、天使の鐘にも勝る福音だった。
助けてマイ・マリア!
「聖ー……ゴフ」
「あら?」
抱きつこうとしたら、頬に強烈なインパクトを感じた。
この感触はにっくきあのバカ虎の得物か。
「……させませんよ」
「……帰ってこなくてよかったのに」
いっそもうこいつが封印されてしまえばいいのに。
そうすれば聖をたぶらかすものはもう誰もいないのに。
「お久しぶりですね、聖白蓮。 先日の宴会以来ですか」
「さとり様、来てくださったのですね」
「ごしゅじん」
「ナズ、良い子にしてましたか?」
さとりが聖に声をかけ、ナズーリンが星に飛びついたのを皮切りに、席の移動が始まった。
聖を時計の零時とするならば、順にバカ虎、ナズーリン、こいし、ぬえ、一輪と雲山。
そして、私の隣は。
「……なるほど。 結婚式の依頼ですか」
「そうなんですよー。 もしかしたら命蓮寺カップル第一号になってくださるかも」
なぜだ。
自然と聖の隣になるような位置に座ったのに。
どうして間にさとりが挟まっているんだろう。
「さとり様もご結婚の際はこちらでどうですか?」
「はあ、それは嬉しいのですが、相手がいませんね」
「地底には勇ましい殿方が多いと……」
悠々と世間話をしている間も、さとりの第三の眼はこちらを向いている。
監視任務のためなんだろうか。
「はあ……」
「さとり様?」
「ああ、いえ。 それとさとり、と呼び捨てで構いませんよ」
「じゃあ、さとりちゃんとお呼びしますね」
「う……ちゃん、ですか」
流石のさとりも聖は相手が悪いらしい。
さとりを困らせる人なんて、妹君以外では初めて見た気がする。
それにしてもちゃんだなんて……いだ、いだだだだ。
「聖は相変わらず可愛い、ですか」
私の脇腹をつねってきたさとりのその時の表情を表すならば、ムスッと、が最適だっただろう。
「あ、あの、さとり……?」
「なんでもないんですよ。 なんでも」
絶対何か怒ってますよね!?
心の中でそう抗議すると、つねる力がさらに強くなった。
「あの、白蓮。 もしかして」
「そうなのかしら」
「む?」
「ナズちゃんにはまだ早いかしらね?」
ウィンクする聖はすばらしい、などと思えばさらに力は増した。
「……ふん、だ」
拗ねたいのはこちらなんですが。
私の困惑をよそに宴はどんどん盛り上がっていく。
妹君とぬえが正体不明・無意識イリュージョンというのをやってみせたり、ナズーリンと星が全く同じくしゃみをして聖がころころと笑ったり。
一輪が酒でつぶれたり、聖がそれを膝枕してあげたり。
雲山をみんなで触ってみたり、聖がバカ虎と素で夫婦漫才を披露してみせたり。
その間、さとりは笑ったり心を読んだりしていたが、なぜか明らかに不機嫌そうにしていることが多かった。
「さて、そろそろ帰りましょうか」
空が真っ赤に染まった頃、聖の号令で片づけが始まった。
ちなみに妹君は来た時同様、いつの間にかいなくなっていた。
「一輪、大丈夫ですか?」
「……頭痛い」
「いやあ、もうちょっとでこいしの首が飛ぶところだったよ……」
「おー……」
「ナズーリンは、うぷ。 雲山に乗るのが気に入ったみたいね」
みんな、楽しかった時を惜しむように話しながら、でも笑顔で片づけている。
空き瓶を片付けつつも、私はさとりが気になっていた。
彼女はちゃんと、楽しめたのだろうか。
「村紗」
「聖?」
私が両手いっぱいに抱えていた空き瓶をかっさらった聖はさとりの方をちらっと見て、また私の方を向いて笑った。
行ってきなさい、ということか。
「聖……ありがとうございます」
「いいの。 それよりも、ちゃんと気持ちを考えてあげないと南無三しちゃうわよ?」
なんだか最後に物騒なことを言われたような。
しかし気にせず、弁当箱を片付けながら桜を見ていた彼女に駆け寄った。
「さとり、手伝いますよ」
「え、ああ、ありがとうございます」
どうやら気配を読めなかったらしい。
なんだか、さとりの意表を突けたのが嬉しい。
「変わった趣味ですね……変態ですか?」
「あ、あはは」
自然と吐かれた毒を受け流して、苦笑する。
久しぶりに長い間話して、ようやくこれが彼女なりの照れ隠しだということを思い出した。
そう、彼女は心が読める故に、警戒心が強いだけなのだ。
「……今日は、楽しめましたか?」
「ええ、存分に。 なぜそのようなことを聞くのですか?」
「だって」
なんだか不機嫌な顔ばかりしていたし。
「……ああいう顔だっていうことにしておいてください」
「は、はあ?」
またため息をつかれた。
今日はとことん人にバカにされる日なのだろうか。
「村紗水蜜、私からも質問しましょう。 あなたは、まだ諦めていないのですか?」
聖を、ということなのだろう。
どういう意図で聞いたのかは、彼女の瞳から読み取ることはできなかったけれど。
「……彼女が幸せならば、別にいいんですけどね」
ただちょっと、認めたくないだけなんだ。
星の方が先に聖に会ったけれど、星は聖の恋人なのだけれど、聖を思う気持ちは絶対に負けない、と思えるから。
「難儀な方ですね、あなたも」
さとりには言われたくない。
「まあ、いよいよ無茶しすぎて聖白蓮に見捨てられたら、いつでも旧地獄に帰ってきてくださいな」
「それはない、と断言しましょう」
「ないんですか……」
さとりの呟きは、少し悲しそうだった。
ちょっと意地を張りすぎたかしら。
「えっと、でもたまにお茶を飲みに行くことなら、あるかもしれないので」
「……わかりました。 ぶぶ漬けを用意してますよ」
帰れと言いたいのか。
絶対に私のことが嫌いだとしか思えない。
「むしろ大好きだと言ったら、どうします?」
「え」
突然の言葉に、心臓が止まった。
元から止まってるのだけれども。
さとりの顔は、夕日のせいか赤くて、少し瞳がうるんでいた。
少しだけ。
そう、少しだけ可愛い、と思ってしまった。
「例えですよ? 何を緊張しているんですか」
やはり夕日のせいだった。
「……なんなんですか、もう」
心臓に悪いわ、理不尽だわ、いいところないんじゃないのか。
可愛いだなんて思って損したよ。
「まあ、確かに少々おふざけが過ぎましたが……」
そう言ってさとりが私のすぐ目の前に立ったのに、私は気付けなかった。
「あくまで、例えですよ?」
緊張から解放された私はため息をつこうとして、口をふさがれた。
驚愕に支配されている内に、口は自由を取り戻した。
「……冷たいですね、意外と」
「幽霊、ですから……」
思考が、言葉にならない。
冗談じゃ、なかったのか。
「お茶、待ってますから」
「あ、はい……」
「では、夕飯の支度があるのでお先に。 今日はありがとうございましたと、聖白蓮にもお伝えください」
それと、とさとりは立ち去りながら付け加えていった。
「あなたには負けません、とも」
振り返り際に彼女は、イタズラ好きな妹君のような笑顔を置いていった。
あんな笑顔、できたんだ。
というか私は、どうすればいいんだろう?
魅力は、お話の進め方次第でもっともっと増していくはずです。
次回は王道ではありますが、ちびナズが接着剤的な役割で二人をくっつけるようなシチュエーション
があればいいなぁ、と図々しく考えています。
個人的には、作者様がご自分のペースで創作を続けていかれればと。
でもそれがお花見宴会のグダグダ感を表してたのかも。
ぶぶ漬けを用意……遠回しにもう地獄なんかに来ないでくれと言ってるのか?
読んでて思わず笑みが零れてしまうような軽いタッチでとても良かったです
それぞれに愛嬌があって、何気ない仕草がとても愛らしい
村紗とさとりの間にある近くて遠いような微妙な距離感と言うか
心の揺れ動く描写が儚くて素敵です
しかしムラサはどうしてこうもドン☆カンなのかしら;ww