春の日の博麗神社。
寝ぼけ眼を擦りながら襖を開ける霊夢、寝起きの眼に日の光は眩しく、思わず腕を掲げる。
朝の空に眼が慣れてきた頃、縁側に一人の少女が座っている事に気が付いた。
「んー……?」
朝の空気に澄み渡るような歌声、楽しげに流れるそれは霊夢の耳にも届き、心地良い朝を演出する。
直後、霊夢の顔が苛立ちに陰った。
「朝っぱらから歌うのやめなさいよ、ミスティア」
背後から強めに言われて、ミスティアは縁側に座った形のまま驚き跳ねた。
小気味良いリズムに合わせてはためいていた羽の伸び具合が、凄く驚いている様に見て取れる。
恐る恐る振り返るミスティア、霊夢は半ば呆れ気味に問い質す。
「それで、どうしてあんたが朝から神社に居るのよ」
普段、ミスティアの様な神社に縁の無い妖怪は、祭りのときでも無い限り神社に近付く事は無い。
しかし今、ミスティアは当たり前の様に神社に居座り、暢気に歌まで歌っている。
ほえ、と言わんばかりに首を傾げるミスティア。まるで、ミスティアが神社に居る理由を知らない方がおかしいと言わんばかりに。
「……退治されたいの?」
脅し半分に左手に札を構える霊夢。いつの間にかミスティアは霊夢の方を向いておらず、空を見上げてまた歌を歌っていた。
夜雀の歌は朝に聴いても意味は無いが、夜まで残ると面倒な事になる。その効果は霊夢もよく知っている。
本気で追っ払ってやろうと右手に針も構えるが、ミスティアは警戒すらもせず、楽しそうに歌い続けていた。
「……」
段々と、霊夢の戦意が削がれて行く光景だった。
笑顔で歌を紡ぎ、足をぱたぱた羽をぱたぱた、楽しそうに歌っている様子は無害な子供の様ですらあった。
流石に退治するのも気が引けてしまうが、かといって実害が無い訳でもない。
「ヤツメウナギ、ちゃんと食べさせてよね。もちろん只で」
それと一緒に、ミスティアが膝の上に持っている包みを見つけてしまった。
元々ここで歌うつもりだったのだろうか、あの中にはヤツメウナギでも入っているのだろうか。
適当な想像をしている内に退治する気が無くなってしまい、霊夢はお茶とお茶菓子を用意して自分も縁側に座り、夜雀の歌に聞き入った。
半刻ほどして、ミスティアは何処か不満そうに縁側を離れて、魔法の森の方へと飛び立って行った。
何故か途中からミスティアがちらちらと霊夢の様子を気にしていたのが引っ掛かるが、霊夢にとっては後に残された包みの方が重要だった。
立つ鳥跡を濁さずとは言うがこんな跡なら大歓迎だと、包みの中にヤツメウナギのお重を見つけて上機嫌に、霊夢は境内の掃除を始める。
「そういえば、結局何であいつは神社に居たんだろ」
ふとそんな事が頭を過ぎり、色々思い返してはみるものの、これといった理由らしき行動は霊夢の記憶に無い。
とりあえずうな重が手に入っただけでも満足らしく、鼻歌交じりに境内を掃き清める霊夢。
台所の戸棚に隠したお重を思い出し、また来て欲しいと巫女らしからぬ考えを持ちそうになって、すんでの所で振り払っていた。
お昼を済ませて縁側での一服に入ろうと、霊夢がお茶とお茶菓子をお盆に乗せて縁側に出ると、また何かが座っていた。
同じ様に腰掛けてはいるもののミスティアの様に歌っては居らず、静かに本を読んでいる、何処か朱鷺を思わせるような姿の妖怪。
霊夢が縁側に出てきても振り向きもしない辺り、本に夢中になっているのだろうか。
「…………」
あの背中に霊夢は見覚えが有った。たまたま見かけて退治して、本を貰った妖怪。
その時から香霖堂でよく見かけては、その度に霊夢に突っかかってくるのだが、神社で姿を見かけた事は一度も無かった。
とりあえず退治する、そう思って札を用意する。
「……」
何か気になるのか、床をとんとんと足で叩く霊夢。
明らかに朱鷺色の妖怪に聞こえるような音が響いたが、聞こえているのかいないのか、視線は変わらず文字を追い続けている。
それを確かめて、そろそろと足音を立てないように近付いて行く霊夢、その距離が一歩ずつ狭まっていく。
やがて、朱鷺色妖怪のすぐ後ろに霊夢の足が辿り着いた。しかし一向に霊夢の方を見ようとしない。
よほどの集中力なのかは霊夢には分からないし、結果が有る以上どうでも良い事でしかない。
ゆっくりと屈み込んだ霊夢の手が、朱鷺色妖怪の背中に伸びて、
さわさわ
その背から伸びている羽の、柔らかな羽毛をそっと撫でた。
途端、両者に緊張が走る。
ここまでされて気付かないはずが無い。抵抗される瞬間にこの場を脱するべく、最大限の警戒を以って続行。
指先に天国を感じながらも、心を修羅と化して襲い掛かるであろう時を待つ。
「……?」
しかし、霊夢の予想に反して、妖怪からの反撃は中々来なかった。
そのまま一撫で、二撫でと羽に触れてみても、攻撃的な反応は返って来ない。
それどころか、羽をふるふる震わせて小さく身悶える様は、羽を撫でられる事を喜んでいるかのようだった。
「……えい、えい」
ぐしぐしとやや強めに梳いてみても、ただ身じろぎしたりゆさゆさと羽を揺らすばかりで、視線は本を向いたままである。
時折くぐもった声が聞こえる以外は特に抵抗の意志も確認出来ず、なすがままにされるだけ。
もう少し思い切りやってやろうか、と霊夢が袖を捲くった所で、やっと我に返った。
妖怪相手に自分は何をやっていたのかと。
相手が無防備だったからだとか、時々はためく羽をなでなでしたかったからだとか、冷静になった霊夢の思考の中で言い訳が渦を巻く。
流石に相手の同意を得ないままというのは良い気持ちがしない、どうせ触るなら同意の上での方が気兼ねしなくて良い、霊夢はそう心に決め、立ち上がって朱鷺色の妖怪から離れようとした。
その最中、ぱたんと本が閉じられる様な音が霊夢の耳に届き、つい振り返ってみると、
「……ぁ」
妖怪は、じっと霊夢の方を見つめていた。
手にしていた本で口元を隠し、視線だけを霊夢に向けられるよう流し目で、心なしか頬が赤く見える。羽もまた、ばさばさと忙しなく羽ばたいている。
ある種の破壊力を秘めた弾幕が、霊夢の心の片隅を撃ち抜いた。様に感じられた。
「ぅぁ……」
小動物が人の姿を取り、飼い主に甘えるとしたらこの様な光景になるのだろう、そんな想像が過ぎり、霊夢の顔まで赤く染まる。
妖怪から離れようとしていた足が反対方向を向きそうになった所で、誘惑を振り切った意志が霊夢の足を戻す。
それから、妖怪の方を向かない様にして、早足でその場から逃げだす霊夢。
あのまま残っていれば、間違いなく霊夢の心は囚われていた。
それほどに愛くるしく、触りたい羽だった。
「あれ?」
ふと気が付いて、霊夢はじっと手を見る。
どうして羽を触っていたんだろう、と自分自身に問いかけた。
気が落ち着くのを待ってから、おそるおそる縁側の様子を見てみると、そこには既に朱鷺色の妖怪の姿は無く、変わりに白黒の妖怪が羽を休めていた。
それは霊夢もよく知る妖怪であり、霊夢にとって少し厄介な存在でもある。そんな白黒が、霊夢が居る事に気付いたか喜色を浮かべて振り向いた。
「ああ霊夢さん、こんにちは」
左手に文花帖、右手にペンを構えた射命丸文が、ずいと霊夢の目の前に身を乗り出してくる。
「どうですか? 最近何か面白い事とか、変わった事とか起こりませんでしたか?」
決まり文句を早口で捲くし立てて、目を輝かせながら文花帖を開く文。
いつもならここで何も無いと突っ返すのが決まりだが、今日は変わった事が起こっていた。それも二回も。
この事を文に伝えようかと考えて、二秒で止めた。
「何にも無かったわよ」
とりあえずいつもの返事を返して、霊夢は居間へと戻ろうと踵を返す。
その後ろで、文が不思議そうに唸っている。
「あやや……おかしいですねぇ」
「おかしい?」
文の言葉が引っ掛かり、足を止めて振り返る霊夢。
何か知っている。文の口振りはそういうものであり、何か有ったと確信していたからこそ不思議がっているのではないか。
「文、何か知ってるの?」
「百聞は一見にしかず、です。はい、これが最新の新聞です」
怪しそうに目を細める霊夢、対して文はニコニコと笑顔で、霊夢に向けて両手を突き出す。
素直な笑顔で新聞を向けてくる文に戸惑いながらも、霊夢は新聞を受け取って開く。
そして一面の見出しを見て、盛大に噴出した。
「ちょ、ちょっと文、これって……!」
その新聞にはとても目立つ大きさでこう書かれていた。
『妖怪の間で密かなブーム、博麗の巫女の羽繕い』
ギギギ、と軋む様な動きで霊夢の顔が文と記事とを行ったり来たりしている。
満面の笑みを浮かべる文、その穏やかさには霊夢をもってしても裏を読み取る事は出来なかった。
「はい。体験取材の名の下、素晴らしい記事が書けたと自負してます!」
グッと右手を握り締めて文は力説する。
見出しと共に載せられていた一枚の写真、それには擽ったそうに羽を揺らしている文と、蕩けた顔で夢中になって羽をいじっている霊夢が写っていた。
『……ねえ、文』
『何でしょう?』
『羽、触らせて』
ただ一度だけ味わった、文の羽の心地良さ。
その誘惑に負けたあの一瞬が、霊夢の知らない所で命運を分けていた。
「えっと……これあんたよね。誰が撮ったの?」
「それはですね、この時の為に応援を呼んだのです!」
そう文が声を上げると、それに合わせたかのように少し離れた木陰から人影が飛び出してきた。
文に良く似たシャツに長い茶色の髪が揺れる、文と同じ鴉天狗である姫海棠はたてが、ケータイカメラを手に意気揚々と霊夢の元へと駆け寄る。
「どうもー、花果子念報のはたてでーす!」
変に元気の有る登場と共に突きつけられるはたての新聞『花果子念報』。
それを受け取るまでも無く視界に入った見出しにも、文々。新聞と全く同じ言葉がでかでかと載っていた。
「あんた達ねぇ……」
既に幻想郷中に行き渡っているであろう、嘘とも言い切れない噂。
がっくりと項垂れる霊夢をよそに、鴉天狗たちは楽しそうに笑顔を振り撒いている。
「それじゃあやっぱり、さっきの妖怪はそうだったんですね?」
「知ってるじゃない」
「ええ。さっきすれ違いましたから」
平然と言ってのける文を殴り倒したくなる衝動をひたすらに堪えて、深い溜息を吐いた。
「それで、霊夢さん」
名前を呼ばれて、霊夢が顔を上げる。
「私達にも、お願いします」
何時の間にか霊夢に背中を向けている二人。霊夢に向けられた二対の羽はぱたぱたと緩やかに羽ばたいて、霊夢の手を待っている。
まるで、霊夢の事を誘っているかの様に。
「……」
霊夢の目の前で、柔らかそうな羽毛が、暖かそうな羽が、触って欲しそうに羽ばたいていた。
「うぐ……」
唸り声が、霊夢の口を突いて漏れる。
勝手な事を書いた天狗達には怒りを覚えている、しかし結果的には霊夢にとって良い事が起こる様になり、更にはこんな特典まで頂ける立場に在る。
怒るに怒れない歯がゆさも、目の前で揺れる誘惑に少しずつ削り取られていった。
「まったく、仕方ないわねぇ」
笑顔を隠しきれていないまま、霊夢は了承した。
「……はぁ」
それからというものの、毎日の様に妖怪がやってきては、霊夢の指に満足して帰って行く。
今まで以上に妖怪の寄り付く神社の姿に、流石の霊夢も溜息の回数が増えているのを実感している。
しかし、それ以上に霊夢自身がこの状況を悦んでいるのも、また事実である。
「ほら、ここが良いんでしょう」
本日の来訪者・霊烏路空の持つ一対の黒羽の、少し羽毛に潜り込んだところを指先で強めに梳くと、ぶるっと震えてうにゅと鳴く。
妖怪によっては毎日訪れる者もおり、この空もその中の一人。
霊夢の羽繕いをとても気に入ったのか、こうして一番気持ち良い所をマッサージして貰っては、うにゅうにゅ鳴いて喜ぶ。
霊夢自身も、ふかふかな羽に触りたい放題な現状を、悦んでいるのだ。
「はい、おしまい」
霊夢の手が離れて、空は少し名残惜しそうにしつつも、律儀に一礼をして地底へと帰っていった。
霊夢もまた、指先に残る柔らかな羽毛の暖かさを惜しみ、次に来る妖怪を待ち望んだ。
「……どうしよう」
期待を込めた眼差しを向ける封獣ぬえに、霊夢は嫌な汗を掻いていた。
寝ぼけ眼を擦りながら襖を開ける霊夢、寝起きの眼に日の光は眩しく、思わず腕を掲げる。
朝の空に眼が慣れてきた頃、縁側に一人の少女が座っている事に気が付いた。
「んー……?」
朝の空気に澄み渡るような歌声、楽しげに流れるそれは霊夢の耳にも届き、心地良い朝を演出する。
直後、霊夢の顔が苛立ちに陰った。
「朝っぱらから歌うのやめなさいよ、ミスティア」
背後から強めに言われて、ミスティアは縁側に座った形のまま驚き跳ねた。
小気味良いリズムに合わせてはためいていた羽の伸び具合が、凄く驚いている様に見て取れる。
恐る恐る振り返るミスティア、霊夢は半ば呆れ気味に問い質す。
「それで、どうしてあんたが朝から神社に居るのよ」
普段、ミスティアの様な神社に縁の無い妖怪は、祭りのときでも無い限り神社に近付く事は無い。
しかし今、ミスティアは当たり前の様に神社に居座り、暢気に歌まで歌っている。
ほえ、と言わんばかりに首を傾げるミスティア。まるで、ミスティアが神社に居る理由を知らない方がおかしいと言わんばかりに。
「……退治されたいの?」
脅し半分に左手に札を構える霊夢。いつの間にかミスティアは霊夢の方を向いておらず、空を見上げてまた歌を歌っていた。
夜雀の歌は朝に聴いても意味は無いが、夜まで残ると面倒な事になる。その効果は霊夢もよく知っている。
本気で追っ払ってやろうと右手に針も構えるが、ミスティアは警戒すらもせず、楽しそうに歌い続けていた。
「……」
段々と、霊夢の戦意が削がれて行く光景だった。
笑顔で歌を紡ぎ、足をぱたぱた羽をぱたぱた、楽しそうに歌っている様子は無害な子供の様ですらあった。
流石に退治するのも気が引けてしまうが、かといって実害が無い訳でもない。
「ヤツメウナギ、ちゃんと食べさせてよね。もちろん只で」
それと一緒に、ミスティアが膝の上に持っている包みを見つけてしまった。
元々ここで歌うつもりだったのだろうか、あの中にはヤツメウナギでも入っているのだろうか。
適当な想像をしている内に退治する気が無くなってしまい、霊夢はお茶とお茶菓子を用意して自分も縁側に座り、夜雀の歌に聞き入った。
半刻ほどして、ミスティアは何処か不満そうに縁側を離れて、魔法の森の方へと飛び立って行った。
何故か途中からミスティアがちらちらと霊夢の様子を気にしていたのが引っ掛かるが、霊夢にとっては後に残された包みの方が重要だった。
立つ鳥跡を濁さずとは言うがこんな跡なら大歓迎だと、包みの中にヤツメウナギのお重を見つけて上機嫌に、霊夢は境内の掃除を始める。
「そういえば、結局何であいつは神社に居たんだろ」
ふとそんな事が頭を過ぎり、色々思い返してはみるものの、これといった理由らしき行動は霊夢の記憶に無い。
とりあえずうな重が手に入っただけでも満足らしく、鼻歌交じりに境内を掃き清める霊夢。
台所の戸棚に隠したお重を思い出し、また来て欲しいと巫女らしからぬ考えを持ちそうになって、すんでの所で振り払っていた。
お昼を済ませて縁側での一服に入ろうと、霊夢がお茶とお茶菓子をお盆に乗せて縁側に出ると、また何かが座っていた。
同じ様に腰掛けてはいるもののミスティアの様に歌っては居らず、静かに本を読んでいる、何処か朱鷺を思わせるような姿の妖怪。
霊夢が縁側に出てきても振り向きもしない辺り、本に夢中になっているのだろうか。
「…………」
あの背中に霊夢は見覚えが有った。たまたま見かけて退治して、本を貰った妖怪。
その時から香霖堂でよく見かけては、その度に霊夢に突っかかってくるのだが、神社で姿を見かけた事は一度も無かった。
とりあえず退治する、そう思って札を用意する。
「……」
何か気になるのか、床をとんとんと足で叩く霊夢。
明らかに朱鷺色の妖怪に聞こえるような音が響いたが、聞こえているのかいないのか、視線は変わらず文字を追い続けている。
それを確かめて、そろそろと足音を立てないように近付いて行く霊夢、その距離が一歩ずつ狭まっていく。
やがて、朱鷺色妖怪のすぐ後ろに霊夢の足が辿り着いた。しかし一向に霊夢の方を見ようとしない。
よほどの集中力なのかは霊夢には分からないし、結果が有る以上どうでも良い事でしかない。
ゆっくりと屈み込んだ霊夢の手が、朱鷺色妖怪の背中に伸びて、
さわさわ
その背から伸びている羽の、柔らかな羽毛をそっと撫でた。
途端、両者に緊張が走る。
ここまでされて気付かないはずが無い。抵抗される瞬間にこの場を脱するべく、最大限の警戒を以って続行。
指先に天国を感じながらも、心を修羅と化して襲い掛かるであろう時を待つ。
「……?」
しかし、霊夢の予想に反して、妖怪からの反撃は中々来なかった。
そのまま一撫で、二撫でと羽に触れてみても、攻撃的な反応は返って来ない。
それどころか、羽をふるふる震わせて小さく身悶える様は、羽を撫でられる事を喜んでいるかのようだった。
「……えい、えい」
ぐしぐしとやや強めに梳いてみても、ただ身じろぎしたりゆさゆさと羽を揺らすばかりで、視線は本を向いたままである。
時折くぐもった声が聞こえる以外は特に抵抗の意志も確認出来ず、なすがままにされるだけ。
もう少し思い切りやってやろうか、と霊夢が袖を捲くった所で、やっと我に返った。
妖怪相手に自分は何をやっていたのかと。
相手が無防備だったからだとか、時々はためく羽をなでなでしたかったからだとか、冷静になった霊夢の思考の中で言い訳が渦を巻く。
流石に相手の同意を得ないままというのは良い気持ちがしない、どうせ触るなら同意の上での方が気兼ねしなくて良い、霊夢はそう心に決め、立ち上がって朱鷺色の妖怪から離れようとした。
その最中、ぱたんと本が閉じられる様な音が霊夢の耳に届き、つい振り返ってみると、
「……ぁ」
妖怪は、じっと霊夢の方を見つめていた。
手にしていた本で口元を隠し、視線だけを霊夢に向けられるよう流し目で、心なしか頬が赤く見える。羽もまた、ばさばさと忙しなく羽ばたいている。
ある種の破壊力を秘めた弾幕が、霊夢の心の片隅を撃ち抜いた。様に感じられた。
「ぅぁ……」
小動物が人の姿を取り、飼い主に甘えるとしたらこの様な光景になるのだろう、そんな想像が過ぎり、霊夢の顔まで赤く染まる。
妖怪から離れようとしていた足が反対方向を向きそうになった所で、誘惑を振り切った意志が霊夢の足を戻す。
それから、妖怪の方を向かない様にして、早足でその場から逃げだす霊夢。
あのまま残っていれば、間違いなく霊夢の心は囚われていた。
それほどに愛くるしく、触りたい羽だった。
「あれ?」
ふと気が付いて、霊夢はじっと手を見る。
どうして羽を触っていたんだろう、と自分自身に問いかけた。
気が落ち着くのを待ってから、おそるおそる縁側の様子を見てみると、そこには既に朱鷺色の妖怪の姿は無く、変わりに白黒の妖怪が羽を休めていた。
それは霊夢もよく知る妖怪であり、霊夢にとって少し厄介な存在でもある。そんな白黒が、霊夢が居る事に気付いたか喜色を浮かべて振り向いた。
「ああ霊夢さん、こんにちは」
左手に文花帖、右手にペンを構えた射命丸文が、ずいと霊夢の目の前に身を乗り出してくる。
「どうですか? 最近何か面白い事とか、変わった事とか起こりませんでしたか?」
決まり文句を早口で捲くし立てて、目を輝かせながら文花帖を開く文。
いつもならここで何も無いと突っ返すのが決まりだが、今日は変わった事が起こっていた。それも二回も。
この事を文に伝えようかと考えて、二秒で止めた。
「何にも無かったわよ」
とりあえずいつもの返事を返して、霊夢は居間へと戻ろうと踵を返す。
その後ろで、文が不思議そうに唸っている。
「あやや……おかしいですねぇ」
「おかしい?」
文の言葉が引っ掛かり、足を止めて振り返る霊夢。
何か知っている。文の口振りはそういうものであり、何か有ったと確信していたからこそ不思議がっているのではないか。
「文、何か知ってるの?」
「百聞は一見にしかず、です。はい、これが最新の新聞です」
怪しそうに目を細める霊夢、対して文はニコニコと笑顔で、霊夢に向けて両手を突き出す。
素直な笑顔で新聞を向けてくる文に戸惑いながらも、霊夢は新聞を受け取って開く。
そして一面の見出しを見て、盛大に噴出した。
「ちょ、ちょっと文、これって……!」
その新聞にはとても目立つ大きさでこう書かれていた。
『妖怪の間で密かなブーム、博麗の巫女の羽繕い』
ギギギ、と軋む様な動きで霊夢の顔が文と記事とを行ったり来たりしている。
満面の笑みを浮かべる文、その穏やかさには霊夢をもってしても裏を読み取る事は出来なかった。
「はい。体験取材の名の下、素晴らしい記事が書けたと自負してます!」
グッと右手を握り締めて文は力説する。
見出しと共に載せられていた一枚の写真、それには擽ったそうに羽を揺らしている文と、蕩けた顔で夢中になって羽をいじっている霊夢が写っていた。
『……ねえ、文』
『何でしょう?』
『羽、触らせて』
ただ一度だけ味わった、文の羽の心地良さ。
その誘惑に負けたあの一瞬が、霊夢の知らない所で命運を分けていた。
「えっと……これあんたよね。誰が撮ったの?」
「それはですね、この時の為に応援を呼んだのです!」
そう文が声を上げると、それに合わせたかのように少し離れた木陰から人影が飛び出してきた。
文に良く似たシャツに長い茶色の髪が揺れる、文と同じ鴉天狗である姫海棠はたてが、ケータイカメラを手に意気揚々と霊夢の元へと駆け寄る。
「どうもー、花果子念報のはたてでーす!」
変に元気の有る登場と共に突きつけられるはたての新聞『花果子念報』。
それを受け取るまでも無く視界に入った見出しにも、文々。新聞と全く同じ言葉がでかでかと載っていた。
「あんた達ねぇ……」
既に幻想郷中に行き渡っているであろう、嘘とも言い切れない噂。
がっくりと項垂れる霊夢をよそに、鴉天狗たちは楽しそうに笑顔を振り撒いている。
「それじゃあやっぱり、さっきの妖怪はそうだったんですね?」
「知ってるじゃない」
「ええ。さっきすれ違いましたから」
平然と言ってのける文を殴り倒したくなる衝動をひたすらに堪えて、深い溜息を吐いた。
「それで、霊夢さん」
名前を呼ばれて、霊夢が顔を上げる。
「私達にも、お願いします」
何時の間にか霊夢に背中を向けている二人。霊夢に向けられた二対の羽はぱたぱたと緩やかに羽ばたいて、霊夢の手を待っている。
まるで、霊夢の事を誘っているかの様に。
「……」
霊夢の目の前で、柔らかそうな羽毛が、暖かそうな羽が、触って欲しそうに羽ばたいていた。
「うぐ……」
唸り声が、霊夢の口を突いて漏れる。
勝手な事を書いた天狗達には怒りを覚えている、しかし結果的には霊夢にとって良い事が起こる様になり、更にはこんな特典まで頂ける立場に在る。
怒るに怒れない歯がゆさも、目の前で揺れる誘惑に少しずつ削り取られていった。
「まったく、仕方ないわねぇ」
笑顔を隠しきれていないまま、霊夢は了承した。
「……はぁ」
それからというものの、毎日の様に妖怪がやってきては、霊夢の指に満足して帰って行く。
今まで以上に妖怪の寄り付く神社の姿に、流石の霊夢も溜息の回数が増えているのを実感している。
しかし、それ以上に霊夢自身がこの状況を悦んでいるのも、また事実である。
「ほら、ここが良いんでしょう」
本日の来訪者・霊烏路空の持つ一対の黒羽の、少し羽毛に潜り込んだところを指先で強めに梳くと、ぶるっと震えてうにゅと鳴く。
妖怪によっては毎日訪れる者もおり、この空もその中の一人。
霊夢の羽繕いをとても気に入ったのか、こうして一番気持ち良い所をマッサージして貰っては、うにゅうにゅ鳴いて喜ぶ。
霊夢自身も、ふかふかな羽に触りたい放題な現状を、悦んでいるのだ。
「はい、おしまい」
霊夢の手が離れて、空は少し名残惜しそうにしつつも、律儀に一礼をして地底へと帰っていった。
霊夢もまた、指先に残る柔らかな羽毛の暖かさを惜しみ、次に来る妖怪を待ち望んだ。
「……どうしよう」
期待を込めた眼差しを向ける封獣ぬえに、霊夢は嫌な汗を掻いていた。
全く霊夢さんったらテクニシャン。
一体、何羽の妖怪を落としたのでしょうかっ
ああ、きっと手櫛も上手いんでしょうね。なんかわくわくしてきました。
羽触りたい…
朱鷺子かぁいいよ朱鷺子
ふふ、本の妖怪め……可愛いじゃないか
吸血鬼姉妹がアップを始めたようです。
おもわず顔がにやけてしまいました
まったく妬ましいw
羽っ娘は可愛いですよね!
もう羽のある子も尻尾のある子もみんなみんな霊夢さんに毛繕いしてもらえばいいよ!
これは、ぬえがどうなったか知りたいなぁw
毎日通う妖怪って空以外に誰がいるんだろうか・・・ 気になる・・・
紫『羽無い…尻尾もない…どうしよう……(;ω;)
ハァ、フランちゃんの羽をクリクリしたい。。。
朱鷺子にもってかれました本当にありがとうございます。
魔理沙・ 幽香「羽付なら私達もいるぜ!」
金を払ってでもモフりたい!
ああ、羽を触りたい……朱鷺子かわいいよ朱鷺子
幽々子様が博麗神社の前で待ち伏せを始めたようです
それにしても、よく訓練されたコメント欄だ…
ちょっと藍しゃまモフってくる
ぬえの羽をどうするのか気になるw
というかエロいですよ、この鳥たち。
愛さ霊夢・・・なんだろうか、コレはw
その内夜中に霊夢中心で身を寄せ合って寝てそうw
天然羽毛にくるまれて眠る幸せって、どんな感じなんだろう……
…霊夢羨ま……ハッ!?
みんなかわいくて悶えました。ミスティアも撫でてあげてよう!
ハッ!?
ぬえはまだしも、チルノがやって来たらどうするんだろう。
妖精組やら蝙蝠姉妹の羽とかはどうなんスか霊夢さん
サードアイとかどうすか霊夢さん
誤字報告
>「ヤツメウナギ、ちゃんと食べさせてよね。もちろん只で」
只→ただ
クレイモアになりますぜ。
羽でもふもふしたくなりましたw
只には無料と言う意味もありますので誤字ではないかと。
蝙蝠や水晶みたいな翼はどうなんだろう…
>>69
いいんだよ、タダ=只で
ロハって言うじゃない
もふもふ? すべすべ? ふかふか?
霊夢羨ま……ハッ!
しかし霊夢羨ま……ハッ!?
なんて和む神社なんだ
みすちーカワイソスwwww
新聞を紅魔館に届けなければ!
さてぬえ相手にはどうなるのか
……ハッ!?
霊夢羨ま……ハッ!?
ぬえの羽根って、どうやって繕えと?難題です。