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今夜は満月らしい。
だというのに窓から見える空は月明かりも無く真っ暗だ。
雲が空全体を覆ってしまって月どころか星一つ見ることができない。
雨こそ降りそうにはないけど少し不快だ。
満月はこのレミリア・スカーレットの象徴とも言えるというのに、だ。
あの見た目が煙と殆ど変わらないものに満月が隠されていると考えるとどうしても苛立ちを覚えてしまう。
ああ、面倒臭いから運命を変えてあの忌々しい雲を消し去ってやろうか。
「どうぞ、ダージリンでございます」
「あら、気が利くじゃない」
「気分を落ち着かせるには紅茶は適任ですから」
気が付けばテーブルの上には湯気の立つカップ、横には私の忠実な僕たる咲夜が立っていた。
私の気を紛らわそうとしようと参上したのだろう、なんとも気が利く。
とにかく、折角出された紅茶だ、温かい内に頂いておこう。
……うん、味の濃さも丁度良いし熱すぎない。
全てにおいてパーフェクト、さすが咲夜だわ。
どうやら今回は貴重品とやらは入ってなさそうだからなおよろしい。
「というか良く私の気分が分かったな、何も言ってないのに」
「言わずとも主人の気持ちを察して行動するのが従者ですから」
「素晴らしい心がけで嬉しくはあるけど……うーん、まだいまいち気分がパッとしないわね」
確かに紅茶のお陰で少しだけ気分が落ち着いたけど、まだ気分が晴れるほどでもない。
こうも曇りの夜ではどうも散歩にも行く気にはなれない。
「どうも散歩行く気にもなれないし、何か暇を潰す良いものはないかしら?」
「そうですね、では本を読むのはどうでしょう。幸いこの館には様々な本が揃っていますし」
「ふむ、読書か」
多分、咲夜は我が友人、パチェの図書館の事を言っているのだろう。
本人がいわくにはあそこは書斎だと言うけど、他人から見れば図書館と呼んでも問題ないくらい広く、それだけに魔道書などの様々な本が置かれている。
なるほど、確かに外に出ないで暇を潰すには良さそうな提案だ。
少なくとも今夜を過ごすだけには充分なものだろう。
「なかなか良い案じゃない。それじゃ早速パチェのところに行ってくるわね」
「かしこまりました。後でお茶とお茶請けを持ってきます」
「おいしいのを頼むわよ」
頭を下げる咲夜に軽く手を振って応え、いざ行かんパチェの図書館がある地下へ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
地下へ続く深い階段をひたすら下っていく。
地下への道というとなんだか岩肌がむき出しでじめじめとしたイメージがあるけど、ここは威厳ある吸血鬼たる私の館、そんなイメージは許されない。
ちゃんと形を綺麗に整えて照明を灯して明るくして階段の幅も広くて開放的だ。
ううん、地下を歩いているとは思えない、清々しいものね。
このデザインを考えた咲夜は本当に優秀だ。
さて、そんな事を考えている内に図書館の入り口である扉にたどり着いていた。
この扉を開ければ無限に広がっているんじゃないかと思えるぐらい広大な図書館が存在する。
その中には私の友人である万年引き篭もりで本の虫、動かない大図書館ことパチュリー・ノーレッジがムスッとした顔で本を読んでいる事だろう。
そして私の姿を見るやいなや「私の書斎になんの要よ」とかジト目をさらに細めて不機嫌そうに問い掛けてくるだろう。
どうも気分が良い時以外は自分の図書館に入ってこられるのが不快らしく、私に対してもそんな態度を良く取る。
まったくもって恐れを知らない魔女だと常々思う。
しかしそっちの方が面白い。それぐらいでないと私の友を担う事なんてできないのだから。
ま、咲夜がお茶とお菓子を持ってくれば機嫌を直してくれるだろう。
あとはパチェから面白そうな本でも紹介してもらえば良いわね。
さあ、いい加減この分厚い鋼鉄の扉を開けて久しぶりにパチェの不機嫌顔でも拝むとしようかしら。
……分厚い鋼鉄の扉?
おかしい、確か図書館への扉はもっとエレガントな模様が施された木製の扉だったはず。
なんだこのでか過ぎて扉の天辺が頭上よりずっと高い扉は。
しかもなんか妙にムキムキマッチョで髭の生えたムサい男が両開きの扉に左右対称になるように彫りこまれてるし。
羽っぽいのも背中から生えてるしこれは天使か? このムサいのが天使なのか!?
ええい悪魔の館に天使なんか、てよりパチェはいつからこんな悪趣味になったんだ!
とりあえずこの悪趣味な扉を開けよう、って重っ! この扉重っ!
このやろ吸血鬼舐めるなどっせい!
おもいっきり力を入れようやく開いた扉の隙間からなんとか体を潜らせて内部へと潜りこむ。
後ろからズシンと轟音を立てて閉まる音が聞こえる。なんだあの扉は、私でも開くのが精一杯なくらい重いじゃないか。
パチェはいつからあんな悪趣味になったんだ? とりあえず文句の一つはつけてやらないといけない。
「ちょっとパチェ――」
図書館に入って早速パチェに文句を言おうと声を出した瞬間、体をに強風が駆け抜けた。
地下で風の通り道がないところで強風?
強風が吹いてきた方を見れば、異様の光景が広がっていた。
そこはまるでコロシアム。そう、まるでコロシアムのように本棚が円形になるように並べられて広がっている。
そしてそのコロシアムの中心で何者かが太くて長い物体、いや柱と言うべきか、それを両手で抱えて力強く振り回していた。
そいつの身長を遥かに超えた巨大な柱を振りぬく度に強風が巻き起こしている。
なんだあいつは。いつの間にパチェの図書館に忍び込んでこんな事をしているんだ。
てより肝心なパチェはどこいったんだ。
「1000! ふう、今日はこれでおしまいっと」
「1000!」の掛け声と共に振り切って目標を達成したらしいそいつは柱その場に突き立て、満足気に腕で汗を拭う動作をする。
そして私の存在に気付いたのか、こっちに振り向きズカズカとこっちに歩いてきた。
「あらレミィ、久しぶりじゃない」
「ひ、久しぶりって……」
でかい。遠くから見てたから分からなかったけどかなりでかい。190はあるだろうか。
それでいてすっごい体の盛り上がり。例えるなら80%とかドーピングできちゃうスープとかそのあたりを使ったような尋常じゃない筋肉のつき方だ。
というよりなんなんだこいつは、なれなれしい。私はこんなガチムチなやつと知り合いになった覚えはない。
しかもその服装がネグリジェっぽいとくるから凄く目に毒だ。
頭も三日月の形をしたブローチの付いたキャップ被っちゃってさ。これじゃまるで、いやそんなはずはない私が知ってるあいつはこんな姿をしているはずがない。
と、とにかく確認しておかないといけない。
「……パ、パチュリー……さん、でしょうか?」
「その通りよ、というよりどうしたのいきなり他人行儀になんかなって。いつも通りパチェって呼んで良いわよ」
そう言って目の前の筋肉が白く輝く歯を覗かせながら親指を立てながら爽やかに笑う。
いやまて落ち着くんだレミリア・スカーレット。これは相手の罠だ。
もけなんたろとツチノコぐらい違いがある姿だというのにパチェだとあからさまな嘘を言い張ってそうなのかもしれないと刷り込ませようする心理攻撃だ。
落ち着け、落ち着くんだ、こういう時は深呼吸だったか。ひっひふー、ひひっふー。違うこれはラマーズ法だ。
「ええい偽者め、見えきった嘘を言うからに。この私がそんな嘘なんかに――」
「あれどうしたんですかレミリアさん、そんなに大声出して」
振り向けばそこには一つのグラスを載せたトレイを持った小悪魔が不思議そうにこっちを見ていた。
くそ、今は偽パチェの化けの皮をはがそうとしている大事な時だというのにタイミングが悪い。
いや待てよ、小悪魔も確か図書館に住み着いてる輩の一人だったわね。
ならパチェの事も良く知っているはず。
こんな筋肉がパチェじゃないなんてビシッと一発で看破してくれるに違いない。
「おつかれさまですパチュリー様。どうぞ特製ぱっちゅんドリンクです」
「ありがとう小悪魔。やっぱり運動の後にはこれよね」
「にゃんですと!?」
私の思いも露知らず小悪魔は私の横を通り過ぎてあの筋肉をパチュリー様と呼びつつトレイに乗せてあったコップを手渡している。
馬鹿な、あのガチムチがパチェだと言うのか。
あの手渡されたドリンクを片手を腰に当てて男らしく飲んでいるのがパチェだと言うのか。
「ま、待ちなさいよ!」
「ん、レミィの飲みたかった? でも止めた方が良いと思うわよ。これにはにんにく成分とか大豆とか入ってるし」
「う、それはあまり飲みたくない、じゃなくて! 絶対これはおかしいじゃない!」
「おかしいって何が?」
「何がってパチェがよ! なんでそんなに筋肉馬鹿みたいな体になってるの! なんで変な物振り回してるの! なんでそんなええっと、とにかく色々とパチェじゃない!」
「ああ、そういう事ね。甘いわよレミィ、人は常に変わるものなのよ」
そんな事か、と呆れ気味に苦笑いしながら肩をすくめるパチェ(仮)。
いや変わると言ってもこれは変わりすぎだろ。
「分からないって顔をしてるわね、なら貴女の問いに順番に答えてあげる。実はね、私はとある場所の治安維持を任されているのよ」
「はぁ?」
「そこはネチョい話厳禁な全年齢対象の場でね、そこでネチョい話題を振ろうとする輩を止めるのが私の仕事なの」
「そんなの筋に……パチェがやる必要ないじゃない。てよりそれぐらいの事ならそんな体になる事ないじゃない」
「私も初めはそう思ったわ。でも続けていく内にその仕事にもやり甲斐を持ってきたのよ。だけど、最近では相手も言葉だけで止める事が難しくなってきたのよ」
「で、言葉でも分からないやつには力尽くで止めるために体を鍛えたと」
「さすがレミィ、物分りが速くて嬉しいわ」
「いやでもそんな身長まで変わるほど鍛えなくても良いじゃない、てよりどんな仕組みよ」
「なんだか鍛えてる内にそれ自体が楽しくなっちゃって。喘息も治ったし気分も晴々するしで良い気分よ。身長の変化はきっと人体の神秘ね」
体を鍛えて喘息回復なんてそんな簡単に治るものなのか。
あと人体の神秘って、それで身長伸びるって神秘にもほどがあるじゃないか。
てよりも両腕上げて上腕二頭筋を見せ付けるようなポージングとるな暑苦しい。
嫌だ。理由はなんとなく理解はしたけど、だからってパチェがこんな悪魔も裸足で逃げ出しそうなボディーをしたパチェなんて嫌だ。
むしろ私が逃げ出したい。
「駄目、やっぱり耐えられない。こんなのパチェじゃない!」
「まぁ待ってくださいよレミリアさん、存外今のパチュリー様も悪くないんですよ。ほら、あれを見てください」
頭痛がしてきて頭を抱えて座り込む私を小悪魔が私の肩に手を置いてもう片方の手が指差している。
その先を見てみると、パチェは別のポーズをとって私たちに背を向けていた。
「いいですか、まずはあの背筋を見てください。ダブルバイセップス・バックが魅せる広背筋から僧帽筋そして三角筋へと流れるしなやかな筋肉の躍動が実に見事です。筋肉と筋肉の間の彫りも深くて迫力満点、まさに肉体美の極みです」
「……どこの事を言ってるのサッパリ分からないわ」
「そして何よりあの二の腕! 山の如く盛り上がる上腕二頭筋、その大きさをさらに強調してくれる上腕三頭筋! 丸太の様に太くて硬いというのに力を抜くと本当に柔らかいんですよ。硬さと柔軟さを併せ持つ理想の肉体! ああ……見ているだけで私の胸はどきどきで一杯です。もしあのたくましい腕に抱かれたのならばどれだけ幸福になれるのでしょう」
散々己の筋肉に対する思いを語った後、パチェに抱かれる妄想でもしたのだろうかとろんと呆けた目でパチェを見ながら両手を抱えて身をくねらせている。
駄目だ、完全に筋肉の虜になってトリップしてる。
顔からしてやばくてこの場の状況を知らずに見た人は小悪魔は危ない人にしか見えないだろう。
ちくしょうこの図書館にはもはや筋肉魔女と筋肉好きな悪魔しかいないのか。
なんだか目が滲んできた。
誰か、誰でも良いこの悪夢のような状況を打破してくれる救世主は現れないか。
「お待たせしましたお嬢様。ハーブティーとクランベリーパイをお持ちしました」
「さ、咲夜ぁ!」
ああ、私は悪魔だけど今は神様に感謝する。本当に救世主がやって来てくれた。
嬉しさのあまりについトレイを持っているにも関わらず咲夜に飛びつく。
柔らかくて温かい、人の温もりがこんなに安心できるものだったなんて知らなかった。
「どうしたのですかそんなに怯えてしまって」
「だ、だってね、パチェが、パチェがぁ」
指差す方向には今でも得意気にポージングをとって筋肉を主張するマッスル・ノーレッジの姿がある。
パチェも小悪魔ももう駄目だけど、それでも咲夜なら、咲夜なら私の味方になってくれるはずだ。
だって咲夜は私の完璧で瀟洒なメイドなんだから。
「これはこれは、パチュリー様はますます筋肉の付き方が良くなられて、実に素敵ですわ」
ブルータス、お前もか。
「素敵って、咲夜どうにかしちゃったの!? だってあのパチェが、紫もやしが紫だいこんになってマッスルでガチムチで!」
「落ち着いてくださいお嬢様。確かにパチュリー様は以前に比べて大分たくましくなられました。しかしそれが悪い事でしょうか?」
「あ、う、それは……」
「むしろ持病だった喘息も治り健康になったのならご友人たるお嬢様にとっても喜ばしいものではないでしょうか」
「それは……確かにそうね」
咲夜の言う通りだ。
今のパチェは私の知っている紫もやしではない。身長がでかくてありえないくらい筋肉を全身に纏っても、なんか若干性格が変わった気がする。
でも喘息も治った上に明るくなった。
友人が元気になる、これは本当は私にとって喜ぶべき事態と言える。
そう思えばこんな事はとっても些細な事だったのかもしれない。
だと言うのに、私はパチェじゃないと非難して、勝手に慌てふためいて、なんて馬鹿なんだ。
どんなに姿が変わろうとパチェはパチェだ。そんな事にいまさら気付くなんて自分自身が恥ずかしい。
「私は、とんでもない間違いをしていたようね。パチェは私の友人だと言うのにね。ありがとう咲夜、貴女のお陰で大事な事を気付かされたわ」
「ありがとうございます」
「ところで、貴女はどうやってここに来たの? まさかあの馬鹿みたいに重い扉を開けて来たなんて事はないでしょうね」
「いえ、あれはパチュリー様専用の扉です。通常の扉はちゃんとその横に備え付けられてますので」
なんてこったい、そんなのがすぐ横にあったのか。
あのムサい男の絵にすっかり気を取られて気付かなかったわ。
なんだか凄い損をした気分だ。気付いていればあんな苦労はしなくて済んだだろうに。
思い出したらなんか無性に苛立ってきた。とりあえずあのムサい髭面を一発殴っておかないと気が済まん。
「マスタぁぁぁぁスパぁぁぁぁぁクぅ!」
図書館内に金属がぶつかり合うような轟音が響き渡り、扉がある方向から巨大な何かが飛んできた。
それは私達の目の前で落下し、そのまま勢いが納まらずもう一度跳ねて本棚の群れへと突っ込んでいった。
「な、なんだ、一体何が飛んできたんだ!」
本棚を破壊する激しい音を立て埃を巻き上げながらようやく静止したそれを凝視する。
しばらくして舞い散った埃が納まり姿を現したそれが見えてきた。
それはあの鋼鉄の扉だった。あの苛立つくらいにムサい男が描かれているから間違いない。
だけどおかしい。扉はひしゃげていて、その中央には例のムサい男の顔があって拳の形にへこんでいる。
一度しか触れてないけどあれは相当重くて硬いものだった。だというのにこれほどにへこませた上で吹っ飛ばすだなんて、一体何者だ。
「いや悪かった、軽く開くつもりだったんだがそいつの顔がムカついたからつい思いっきりぶん殴っちまった」
「その声は、またお前か魔理……沙?」
自分でも血の気が引いていくのが分かる。
この図書館に無理矢理入ってくるのはあの白黒魔法使いこと霧雨魔理沙しかいない。
男勝りな喋り方からも見なくても分かるくらいだ。
だから振り向いた先には例の白黒衣装の少女がいる、はずだった。
だというのに、目の前にいるやつは一体誰だ?
白黒でいかにも魔法使いといった雰囲気の衣装を隙間がないくらいにピチピチな状態で纏って服の上からでも筋肉の形が良く分かるほどマッスルで8頭身のやつは誰だ!?
「誰だお前ー!?」
「なんだ長生きしすぎて呆けちまったのか? みんなご存知、普通の魔法使いこと霧雨魔理沙様だぜ。ちょっと森のきのこを食べたらこんな体になっちまったがな」
信じたくない、けどあの特有のニカリと歯を覗かせる笑い方、声ともに私の知っている魔理沙のものだ。
でも体は見間違うほどに筋肉質、パチェと比べて見た目のインパクトが劣るけど驚きの盛り上がり具合だ。
どうしよう、なんだか眩暈がしてきた。
「大きくなったせいで服が窮屈だが、これなら行ける。今日はお前を蹴散らしてここの本を借りていくぜ」
「持っていかせないわ。所詮あんたのはきのこから得た一時的な状態に過ぎない。己の力で鍛え上げた私の体を負かす事なんて不可能よ」
「そんな事はやってみないと分からないさ」
なんだか気分が悪くなってきた私を余所にパチェと魔理沙は臨戦態勢に入る。
互いの体から目に見えるほどの気を発し、その気の放出が熱風を起こして辺りに吹き荒れる。
次の瞬間二人は体は弾かれたかのように飛び上がった。
速い。一瞬私の目でも気付かなかったくらいに速い。
魔理沙はまだ分かるけど、パチェってあんなに速かったかな。
「まずは私からいくぜ。見ろ、この重厚な大胸筋を!」
「甘いわね、そんなもの私の二の腕の敵ではないわ!」
先手を取ったのは魔理沙。
腹の辺りで両腕をしっかりと組み、斜め向きから胸を見せ付けるかのように体を突き出す。
一方のパチェは得意気な笑みを浮かべながら先ほど私にも見せていた腕を上げて上腕二頭筋が目立つような姿勢で迎え撃つ。
……あれ、スペルカード戦じゃないの?
「出ましたパチュリー様十八番のダブルバイセップス・フロントによる二の腕の強調! いつ見ても背筋がゾクゾクします! パチュリー様、そのたくましい腕で抱いてください!」
「え、何いきなり解説始めてるの小悪魔」
「でも魔理沙さんのサイドチェストも負けてないです! 全身の盛り上がり方はパチュリー様より控え目ですがなんという重厚にしてたくましい大胸筋なのでしょう。例えるならそれは広い背中の如く。たくましくも安心感を与えてくれます! ああ、パチュリー様も良いですが魔理沙さんの大胸筋にもうずくまってみたいです!」
「無視かよ」
小悪魔は繰り広げられる筋肉の見せ合いに早くも自分の世界に入り込んでしまった。
私には分からない専門用語を並べては二人の筋肉に酔いしれている。
「ち、やるな。だがそんな無駄に盛り上がった筋肉じゃこいつは表現できまい!」
「そんな貧相な筋肉の付き方ではこの厚みを出す事はできないでしょう!」
今のでは勝負がつかなかったのか二人は次の行動に移る。
魔理沙は両手を頭の後ろに回し、両足をぴったりと閉ざしてえびぞりになって服の上からでも分かる割れた腹筋を見せ付ける。
対してパチェは両腕を腰の辺りで繋ぎ、しっかりと脇を締めて対抗する。
「パチュリー様はサイドトライセップスによる上腕三頭筋の強調! 自慢の腕を二回連続で強調してきましたか! それにしてもなんという腕でしょう。まるで数千年もの長い時を得た樹木の如き太さ、感動ものです! もうその腕に抱きつきたくなっちゃいます!」
「おーい、あんたもそろそろ戻ってこーい」
「ああ、でも魔理沙さんのアドミナブル・アンド・サイも堪りません! 充分に引き締められた体から見える腹筋はあたかも名工が彫った木像のような繊細さ。触り心地もきっと素晴らしいものでしょう。一度で良いから抱き枕として一緒に寝てくれませんか!?」
「聞いちゃいねぇ」
もはや小悪魔の妄想は有頂天。
両手を頬に当てて顔を赤くし涎を垂らしながら虚ろな眼で二人に魅入ってとんでもない事を叫び始めている。
小悪魔ってこんなに筋肉中毒者だったんだ。英語で言うとマッスルジャンキー。
もう、なんだかわけが分からなくなってきた。
パチェはパチェって言ったけど、やっぱりあの筋肉を誇らしげに見せ付ける姿はあまりにも私の知ってるパチェとはかけ離れてる。
小悪魔はそんなパチェに変態なくらいゾッコンだし、なぜか魔理沙までビックリするほどマッスルバディ。
唯一心強く感じたのはずっと私を抱いてくれている咲夜だった。
既にお茶とお菓子は近くのテーブルに並べていて、何も言わずにしっかりと両手で私を抱いていてくれる。
この何かが狂ってしまった空間の中でも咲夜がいるから私は理性を保っていられた。
「これじゃ埒が開かないな、こうなったらスペルカードで一気にケリをつけてやるぜ!」
「奇遇ね、丁度私もそう思ってた頃よ」
「上等だ、いくぜ! 『邪筋 鍛えやすいマッスルスパーク』!」
「とっておきを見せてあげる! 『筋符 ビルダードラゴン』!」
でもそれも限界なのかもしれない。なんだか二人とも恐ろしく暑苦しそうなスペルカードを宣言している。
なんだよ鍛えやすいって。なんだよビルダードラゴンって。
二人の体が眩い光に包み込まれていく。その輝きはなんだか太陽にも似てるな。
もしかしたら本当にあれは太陽で、もうすぐ私は灰になっちゃうのかな。
でもそれもどうでも良くなってきた。
いっその事、一度死んでから転生してもっと正常な世界に生まれ変わるのも良いかな、なんて。
その時は周りに咲夜や美鈴やフラン、元通りのパチェや小悪魔がいたら良いなあ。
ああ、光がだんだん大きくなってきた。もうすぐ終わるのね。
最後の言葉としてはあれかもしれないけど、こんな変な事に最後まで付き合ってくれてありがとう、ごめんね、咲夜。
最後に二人の雄叫びが響きながら世界は白く塗り潰された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――ィ――レミ――レミィったら、起きなさいよ」
「んんぁー、まっするすぱぁくがぁ……あれ?」
「起きたかしら居眠り吸血鬼さん」
「パチェ?」
気付けば私はテーブルに座っていて、辺りは薄暗くて良く見えないけど大量の本が納められた本棚の行列、そして正面には不機嫌そうな表情をしたパチェが座っていた。
でもそのパチェはさっきまで見ていたパチェとは違う。
身長が低くてムサいくらいの筋肉もない。そう、私が良く知っている魔女パチュリー・ノーレッジがそこにいた。
「まったく、読書中に居眠りとはよくもやったものね。涎が垂れそうよ」
「え、ああごめん」
パチェに言われて口元を拭う。確かにもう少しで口から涎が垂れそうだった。
もし本にでも掛かったらパチェが酷く怒っていただろう、危なかった。
まだいまいちぼんやりとする頭を働かせながら手に持っていた本を凝視する。
開かれたページには丁度パンツ一丁の筋肉質なハゲ男が暑苦しい笑顔を作りながらポージングしている絵が描かれていた。
そうだ思い出した。
退屈だったから図書館で適当に取った本がこれだったのよね。内容は伝説のプロテインを求めて云々の話。
それで途中から活字のせいで眠くなってそのままコロッと寝入ってしまったのか。
つまり、今までの出来事は夢、だったという事か。
馬鹿らしい、私は夢にずっと翻弄されていたんだ。
そうだとも知らずにあんなに本気になっちゃって、我ながら恥ずかしい事をしてしまったものだ。
「どうしたのよ。いきなり笑い出したりして」
「いやね、ちょっと悪夢を見ただけだよ。スペルカード戦が筋肉の見せ合いだったり、魔理沙が驚くくらいマッスルボディーだったり、小悪魔が筋肉大好きっ子だったりしてね」
「おかしな夢ね」
「おかしな夢だったよ」
「でも安心しなさい。ここは筋肉の見せ合いもしないし白黒は普通の体型だし小悪魔も筋肉好きではないわ」
「そうよね、そんな変なわけないわよね」
お互いに馬鹿だなあとクスクス笑う。なんとも気分が良くて、心がすっきりとする。
やっぱりいつものパチェで少し安心した。
だけど次の瞬間笑っていたパチェの顔が険しくなり何もない明後日の方向を眺め始めた。
「むきゅきゅ、そこまでよレーダーが反応している。また誰かがそこまでよ行為をしようとしているわね……レミィ、悪いけど少し席を外すわよ」
「ああ、いつものあれね。分かったわ、いってらっしゃい」
「できるだけ早く済ませてくるわ」
椅子から立ち上がったパチェは少し離れた位置に立ち、軽く深呼吸をする。
「ハァァァァ、ハァ!」
気合を一つ入れるとパチェの体が数倍に膨れ上がりネグリジェみたいな服がピチピチになるくらいのマッスルボディーになった。
「それじゃ行って来るわ」
「ええ……行ってらっしゃい……」
私の返事をする頃にはパチェは飛び立って瞬く間に見えなくなってしまった。
どうせなら、あれも夢なら良かったのに。
最近のパチェは良く分からないが「そこまでよ」という仕事をするために色々なところに飛び回っているらしい。
そして凶暴なやつを相手にするために魔道書から得た知識で肉体強化の魔法を作り上げたのだ。
美しく戦う格闘家の技を参考にしたらしいけど、あれはどう見ても美しいとは言えない。
ともあれ、それが気に入ったのか、パチェは良くあれを使うようになった。
本当は私としては止めてもらいたいのだけど、あの姿はあまりにも怖いから言えずじまいになっている。
私のパチェはどこに行ってしまったのだろう。
あの喘息持ちでひ弱な日陰の少女はどこへ行ったのだろう。
また鉄板で角を補強して返り血の付いた本を持って「そこまでよ」と、はにかむあの淑やかなパチェに戻ってくれないだろうか。
叶う事困難な願いを馳せながら隣に置いてあった紅茶を手に取り口に運ぶ。
紅茶はすっかり冷たくなっていて、心なしかしょっぱく感じた。
というか中々に面白かったです。
あと伝説のプロテインって超○貴ですよね。
パチュリーの筋肉ムキムキか……。
だから肉体美を追求する事は、なんら不思議ではない。
嘘・・・だろ・・・そんなん・・・ありかよ!?
実際問題として、喘息の治療には運動して「皮膚を鍛える」のが
良いんだそうだ。体の外側の皮膚と、体内の粘膜は全部繋がってるからだって。
どうしてくれるんだ!
>煉獄 さん
ギャグを文章で表すのは結構難しいものです。
ギャグ物はあまり執筆経験がないのですが、面白いと思えたのなら幸いです。
やはり筋肉ムキムキなメンの先人といったら○ドンとサ○ソンですよね。
>まさかこんなところで ガチムチが見れるとは・・・・
マチョリー様はどのパッチュさんに潜んでいるのか分かりません、くれぐれもご注意を。
>根源的な欲求から強さを求めるのは当然の事。
>だから肉体美を追求する事は、なんら不思議ではない。
ゆえに彼女は少女としての可愛さを、捨てた……
>何・・・だと・・・!?
>嘘・・・だろ・・・そんなん・・・ありかよ!?
認めたくはないでしょう。しかし、これがそこまでよパチュリーの真の姿。
>紫もやしがダイコンかカブにまで成長したようですね。
>実際問題として、喘息の治療には運動して「皮膚を鍛える」のが
>良いんだそうだ。体の外側の皮膚と、体内の粘膜は全部繋がってるからだって。
脅威のバストアップに誰もが痺れる憧れる!
つまり普通に体を鍛えればパッチュさんでも喘息が治ると。
元気な事は良い事ですが、彼女の場合だと元気だとロイヤルフレア連射とかしてきそうだから今のままで良いです。
>そこまでよ!
ここまでよ!
>笑いが止まらない。
>どうしてくれるんだ!
その調子で笑って腹筋を鍛えれば小悪魔に抱き枕としての添い寝を希望されるかもしれませんよ?
>マチョリーさんのムキュムキュな胸板に挟まることができると聞いて
マチョリーさんに説明すればもしかしたら挟んでくれるかもしれません、命の保障はしませんが。
おかしすぐるwww
>おかしすぐるwww
ようこそ、筋肉の世界へ
>ダブルバイセップス・フロントの逆三角形に適うものはありませんね
人が単身で織り成す事ができる究極の逆三角形。これに匹敵するものはこの世界に殆どありません。