まあ、とりあえずそのわざわざ作って来てくれたワイン、それ、置いて座りなさいよ……あ、持ってかないで後で飲むから。うん、ありがとう。
で。当然というか、アンタが言いたいことはわかるわ。でもまあ一旦落ち着いて。それはどっかに置いといて。そのワインが元々あった棚にでも仮に収めておけばいいわ。とりあえずちょっと話を聞きなさいよ。大丈夫、後でちゃんとアンタの疑問も聞くから。
紅美鈴って妖怪がいる。妖怪だけれど種族は誰も知らない。オウケイ? うん、問題ないわよね。ここまではそれこそ前提の話。なんなら、今更復唱する必要もない事項。で、見た目は咲夜よりちょっと上よね。やっぱり幻想郷の女性の中じゃあかなり背が大きいし、体つきも肉体派で固かったし。けれど若さに溢れてるから、咲夜と並んでても親だとは思わない。髪の毛の色から何から違うからどっちにしろそんなこと思う奴はいないと思うけど、年齢としてはそれくらい。
さっき言ったように肉体派だわ。私もよく遊んだものだけれど、彼女の力は本物。吸血鬼だって、自分でいうのもなんだが幻想郷でもかなり強い方なのよ? 外の世界でも生粋の、紛う事なき強者だわ。伊達にこんな妖怪まみれ何でもありな世界で一大勢力の主やってないわ、見た目こそキュートでプリティーな感じになってるけど、これもあれだから。相手を、こう、油断させて、隙を作る、みたいなアレだから。ハニートラップだから。何だっけ、そう、美鈴よ。負けるとは言わないわ。主がそう簡単に門番に負けてちゃ下剋上待った無しだわ。立場の逆転だとかそんな流れはちょっと前に散々やったからもう食傷なのよ。負けはしないけど、でも強いのよね。美鈴。そりゃあ、他の戦闘力トップランカーにも届かないでしょうよ。月に行った時のあの女、あんなのの足下にも及ばないわ。いや、私は本気出したら勝てるけどね。マジで。私の外の世界の知り合いに世界で五番目に強い人間いるから。ほら、私めちゃんこ強いから。
……ジョークよ。ぶっちゃけ月の住人とか、後はスキマとか桜色の亡霊とか、多分そんなのには追いつけない。あれは強者たるべくして強者っていう、ただひたすらに強いって存在だから。そういうのは実際いんのよ。強いから強い。私だってそっち側よ。で、美鈴はもう全くそんなんじゃない訳。気付いた時には最強だったーなんて、甘ったるい順風満帆じゃあない訳よ。何も特殊な技能を持ち合わせなかった。知らないってのは前提だけど、間違いなく、強者の種族じゃない。何かできるものがないかって、必死で探したんでしょうね。その結果が、彼女の拳法。あれを習得して、彼女はやっとのことで強くなれた。勿論身体能力も、彼女は鍛え上げていることでしょうよ。
何が言いたいかって顔ね。もう少しよ、待ちなさい。
つまり彼女は恵まれていないのよ。紅魔館での扱いや幻想郷での扱いが雑とか、そういう話じゃなくて。それも間違っちゃいないけど、それよりも先に、紅美鈴は、生まれ落ちた時に強かったわけじゃない。むしろ弱い存在だったわけ。今でこそ七色の美しい弾幕を張れる技能もある、素手での戦闘力だってかなり強い方の、幻想郷に溶け込む妖怪だって言って回ったとして、誰一人として否定できる者はいないでしょう? それが彼女の成長で、それは私みたいなぬるま湯の強さじゃない。努力と努力と更なる努力による、たった一人で只管に積み上げた紅美鈴だって存在なの。アンタはそういうところを、紅美鈴に見出せていたかしら?
……そんな泣きそうな顔しないでよ、貰っちゃうでしょう? けれどそれでいいの、間違いなく彼女はそれを悟られたいと思ってないわ。何かよくわからんけどちょっと強い中国の妖怪だ、そう思われて本望。だってそう思われるように動いてきたんだから。彼女はそう思われたかったのよ。
でも、アンタだって一つ気付いてたことが、あるはずなのよ。
しかしそれはアンタにとって別に取るに足ることじゃあなかった。そういうこともあるかもしれないとしか思わなかった。だってそうじゃない? 前提を疑うことになんて考えを馳せる事なんて無いわ。提ってものが前提たる所以は、そういうところじゃない。月の医者ならともかく、アンタなんて特にどっか抜けてる所があるし……当然、思いも寄らないわよね。
『紅美鈴は人間だ』なんて。
何度も言うように、気付かなくて当然なことなんだから気にしなくていいの。私みたいな吸血鬼は鼻が利くから、最初から不審ではあったけどね。だって妖怪を名乗る癖に妖怪の匂いがしないんだもの。緑の巫女ほどの人間臭さもなかったけどね。私なんかはすぐ人間だって勘がいったさ。人間のふりをする妖怪ってのはたまにいるけれど、その逆となると少なくとも私は聞いたことなかった。何を考えてそんな詐称をするに至ったのかはわからないわよ。そりゃあ何かがあったんでしょうけれど……本人以外は、知る由もないことなんだもの。
ん? ……ああ、美鈴の気を使うって能力? そりゃ、アンタ、人間が時を止めて奇跡を起こして魔法を使って空を飛ぶ世界線よ、ここは。それくらいそれこそ些細なことで、そういうこともあるだろうって片付けることよ。変なことじゃないわ。だってそんな能力持ってたとして、その程度の小手先の異色さを持ってたくらいで、人間風情が他の種族に敵うわけないないじゃない。だから、紅美鈴の本質はそんな能力にあるわけじゃなくて、自身で鍛え抜いた肉体の方にあるの。実際、能力よりも腕力が大幅に優れてるわ、美鈴は。
これくらいでいいかしらね。さて、ここからはアンタの疑問に答える、教えて! レミリア先生! のコーナー。キュートでプリティでまいっちんぐなレミリア先生が迷える子羊の脳味噌をかっ喰らってやるわ。
……ヴァンパイアジョークは黒さと赤さが売りなのよ。
さて、疑問を提示される前に答えを出してやろう。答えは簡単、三行半。戦力外通告、肩叩き。ま、そういうこと。
美鈴が人間ってことは飲み込めたわよね? てんねんメイドさくやちゃんでもその程度はわかってくれなきゃ、私も正直ここまでの喉の酷使を、さながらゲームがフリーズしたかの如く虚無感に呑み込まれることになってしまうわ。で、『今』を考えてみなさい。
ハイ、正解。紅霧異変から数えてちょうど二十五年。
咲夜は大きくなったわね。体の大きさはそんなに変わらないけれど、皺ができた。風格ができた。貫禄が出た。手捌きは更に瀟洒になった。美しさは……私は若々しい血の方が好きだが。アンタはこの二十五年で、そりゃあ成長した。アンタだけじゃない。奇跡を起こすのも魔法を使うのも空を飛ぶのも、みんな成長して、そして、山を超えた。人間ってのは本当に儚さの体現みたいな奴らね。つい昨日まで子供だったのに、いつの間にやらオバサマになってる。私がもう一回瞬いたら、もう土の下なのかもしれない。それを侘び寂びだっけ? 美しさとして捉える所が、私がこの東方の国を好きな理由の一つよ。
では、クイズを出してみましょう。紅美鈴は、アンタよりいくつ歳上でしょうか?
答えは私も知らないわ。私が美鈴のことを人間だって気付いてるってことは、本人には言ってないんだもの。私だってそれくらい気は使えるわ。でも推測は易いでしょう? つい昨日まで一緒にいたんだから。まあ、アンタより一回りは上でしょうし。つまりは、恐らくもう半世紀を過ぎてしまっているのよ。正直、もう美鈴は働けないわ。ぶっちゃけた話、アンタにもそれは伝わっていたと思うのだけれど。
アンタが十年後働けなくなるって訳じゃない。美鈴がメイドだったら、まだいろって言ってあげられる。けれど、門番なんだよ、あいつは。可哀想なことに肉体派で、肉体によって賃金を得ている。年を食えばレベルも下がってしまう。昨日まで働かせてたのは、私の判断が遅れたから。私だって冷酷無比な鬼じゃない、葛藤はしたわ。当然じゃない。アンタほどじゃないにしろ、私だってあいつには世話になったし感謝もしてるし思い入れも深いんだよ……アンタだってわかってくれるでしょう? てんねんメイドさくやちゃんは二十五年も前の話なんだから、さ。
……そうね、二十五年前のアンタならこういうことを言えば少しは恥ずかしがって動揺したものだけれど、こういう行動の端々にも時の流れを感じてしまってやっぱり辛さはあるわ。つまりそういうことよ、人間なんだから、正直アンタだって雑用をこなすのは少しずつ重労働になってきているはずなのよ。成長を超えればその先は下り坂。
悲しいことよね。紅魔館は大きな団体で、幻想郷の、間違いなく一端を握っている。この理想郷の発展や事件に、もしかしたら最も多く関わった集団かもしれない。だからこそ、体裁もだけれど、弱さや隙は作るわけにはいかないの。我々は自分ができる限りの最高の団体でなきゃいけない。もちろん、咲夜も美鈴も、当時は私たちのメイドと門番として最適だったの。けれど、美鈴は『最適』じゃなくなった。もっと若い門番を、肉体派を、人里から、あるいは外からでも、魔界からでも。美鈴の代わりである必要はなくて、私たちの門番を、雇わなきゃいけない。というか、実はもう探し終えてあるのよ。八雲紫の紹介で、もうすぐしたらこっちに到着して、早速仕事についてもらう手筈よ。手際がいいのが、少しばかり癪に障るというのは私とて同じよ。お誂え向きってほどじゃないにしても、戦闘力も高く、友好的で、なおかつ仁義のある……今度は、掛け値なしの、本物の妖怪。見つかったのよ。もう、言い訳がなくなっちゃったわけ。スキマも、もう少し気が利けばいいのに……と言いたいのは山々だけれど、さっき言った通り私たちは最高の団体であるべきなの。だからすぐに迎えることにしたわ。大丈夫よ、美鈴はそれでも十分に働き者。先立つものも、絶対働くまで不自由させないくらいに持たせた。美鈴のことは、心配しなくていいわ。
……アンタの気持ちは痛いほどわかるわよ。
私だって、本当なら、お払い箱になんてしたくなかったわ。けれど、仕方ないことなのよ。それはそれは、残酷なことだわ。怨むなら私を怨みなさい。私が勝手に、私の組織のために、私の利益を求めて、私のエゴのもと、私が采配したの。
まあ、落ち着いて。暫く自室で休むといいわ。アンタが、この館の中じゃ、あるいはこの結界の中じゃ、最も美鈴に入れ込んでたんだから、精神的なダメージだってアンタが一番大きいと思うわ。突然こんな話をして、アンタが立ち直れなくなって素晴らしい門番と共に完璧なメイドまで失うのは痛すぎる。何しろこっちも唐突な話だったんだ……ゆっくり、整理していてほしい。ワインくらい、自分で注げるからさ。私だって、二十五年で成長したんだ。暫くして、落ち着いて、瀟洒な十六夜咲夜に戻ったら、また私の元に来てくれ。
……うん、それじゃあ。
……
……
……なあ、美鈴?
本当に、これでよかったのか?
お前が掛け値なしに、言葉通り、『働けなく』なってから、四日だ。
お前が掛け値なしに、言葉通り、『人間じゃなく』なってから、丸一日だ。
今のお前は、亡骸、だもんなあ。
そんなに急な話があるかよ?
いきなり私の部屋を訪ねてきたと思ったら、自分は何やら病気に罹った、もうきっと先は長くない……なんて、言うんだから。相当無理してたんだろうな……顔色も人魂みたいに真っ青で、足もガタガタ震えてた。そんな状態まで、なんで我慢していたんだよ、お前は。なんで私は気付けなかったんだろうか、こんなのが主なんて、紅魔館の名は伊達だったのかもしれないな。申し訳ない……なんて、今更の懺悔を、誰も聞いてくれやしないだろうけど。神も仏もエトセトラも、私のことを見下し、侮蔑するだろう。むしろ、こんなになってしまっても断罪されないのが悔しくてたまらないよ。私がのうのうと生きて、目の前にあるワインが飲みたくてたまらないんだ。生の欲望を、素晴らしく輝く世界を、完膚なきまでに所持しているんだ。
勿論、すぐに咲夜を呼ぼうとしたな。けれどお前はそれを止めた。節くれだった、見ていて可愛そうになるほどの、きらびやかだった太陽の手で、だ。私はその時に何故だと問うた。お前のことを最も想い、慕い、愛していたのは十六夜咲夜、そんなことは誰でも知っている、この世界の誰もが認める、共通認識だったじゃないか。私の言葉は、その場にいた何人かの妖精メイドたちとともに、満場一致の意見だった。
しかし反対意見を上げた唯一の存在であるお前は、こう答えたんだ。
『私を最も想い、慕い、愛していた人間を、悲しませたくない。最後の我侭ですよ……どうか、どうか聞いてください』
私は弱いよ。どうしようもなく弱い。お前に比べたら、月がスッポンに落っこちたらひとたまりもないように、矮小で、脆弱だ。私が間違いなく胸を張れる主なら、無理矢理にでも咲夜を連れてくることができたんだ。でも、お前の願いを、私は、断れなかった。
たったの三日だった。お前は満足したのか? この世界に、この終焉に。
これからも、新しい門番を迎えて、問題なく紅魔館という組織は回り続ける。まるで、何も欠けたものなど無かったかのように、予定調和の針は進み続ける。集団は成り立ち続ける。
けれど、お前がいない紅魔館は、紅魔館と言えるのか? 完全じゃなくなった、私たちのエデンで根城だった此処は、まだ、紅魔館なのか?
私は、どうして、もっと強く、絶対的な存在じゃなかったんだ。
それこそ、こんな渇望なんて、後悔なんて、神も仏もエトセトラも、聞いてくれないんだろうけどさ」
で。当然というか、アンタが言いたいことはわかるわ。でもまあ一旦落ち着いて。それはどっかに置いといて。そのワインが元々あった棚にでも仮に収めておけばいいわ。とりあえずちょっと話を聞きなさいよ。大丈夫、後でちゃんとアンタの疑問も聞くから。
紅美鈴って妖怪がいる。妖怪だけれど種族は誰も知らない。オウケイ? うん、問題ないわよね。ここまではそれこそ前提の話。なんなら、今更復唱する必要もない事項。で、見た目は咲夜よりちょっと上よね。やっぱり幻想郷の女性の中じゃあかなり背が大きいし、体つきも肉体派で固かったし。けれど若さに溢れてるから、咲夜と並んでても親だとは思わない。髪の毛の色から何から違うからどっちにしろそんなこと思う奴はいないと思うけど、年齢としてはそれくらい。
さっき言ったように肉体派だわ。私もよく遊んだものだけれど、彼女の力は本物。吸血鬼だって、自分でいうのもなんだが幻想郷でもかなり強い方なのよ? 外の世界でも生粋の、紛う事なき強者だわ。伊達にこんな妖怪まみれ何でもありな世界で一大勢力の主やってないわ、見た目こそキュートでプリティーな感じになってるけど、これもあれだから。相手を、こう、油断させて、隙を作る、みたいなアレだから。ハニートラップだから。何だっけ、そう、美鈴よ。負けるとは言わないわ。主がそう簡単に門番に負けてちゃ下剋上待った無しだわ。立場の逆転だとかそんな流れはちょっと前に散々やったからもう食傷なのよ。負けはしないけど、でも強いのよね。美鈴。そりゃあ、他の戦闘力トップランカーにも届かないでしょうよ。月に行った時のあの女、あんなのの足下にも及ばないわ。いや、私は本気出したら勝てるけどね。マジで。私の外の世界の知り合いに世界で五番目に強い人間いるから。ほら、私めちゃんこ強いから。
……ジョークよ。ぶっちゃけ月の住人とか、後はスキマとか桜色の亡霊とか、多分そんなのには追いつけない。あれは強者たるべくして強者っていう、ただひたすらに強いって存在だから。そういうのは実際いんのよ。強いから強い。私だってそっち側よ。で、美鈴はもう全くそんなんじゃない訳。気付いた時には最強だったーなんて、甘ったるい順風満帆じゃあない訳よ。何も特殊な技能を持ち合わせなかった。知らないってのは前提だけど、間違いなく、強者の種族じゃない。何かできるものがないかって、必死で探したんでしょうね。その結果が、彼女の拳法。あれを習得して、彼女はやっとのことで強くなれた。勿論身体能力も、彼女は鍛え上げていることでしょうよ。
何が言いたいかって顔ね。もう少しよ、待ちなさい。
つまり彼女は恵まれていないのよ。紅魔館での扱いや幻想郷での扱いが雑とか、そういう話じゃなくて。それも間違っちゃいないけど、それよりも先に、紅美鈴は、生まれ落ちた時に強かったわけじゃない。むしろ弱い存在だったわけ。今でこそ七色の美しい弾幕を張れる技能もある、素手での戦闘力だってかなり強い方の、幻想郷に溶け込む妖怪だって言って回ったとして、誰一人として否定できる者はいないでしょう? それが彼女の成長で、それは私みたいなぬるま湯の強さじゃない。努力と努力と更なる努力による、たった一人で只管に積み上げた紅美鈴だって存在なの。アンタはそういうところを、紅美鈴に見出せていたかしら?
……そんな泣きそうな顔しないでよ、貰っちゃうでしょう? けれどそれでいいの、間違いなく彼女はそれを悟られたいと思ってないわ。何かよくわからんけどちょっと強い中国の妖怪だ、そう思われて本望。だってそう思われるように動いてきたんだから。彼女はそう思われたかったのよ。
でも、アンタだって一つ気付いてたことが、あるはずなのよ。
しかしそれはアンタにとって別に取るに足ることじゃあなかった。そういうこともあるかもしれないとしか思わなかった。だってそうじゃない? 前提を疑うことになんて考えを馳せる事なんて無いわ。提ってものが前提たる所以は、そういうところじゃない。月の医者ならともかく、アンタなんて特にどっか抜けてる所があるし……当然、思いも寄らないわよね。
『紅美鈴は人間だ』なんて。
何度も言うように、気付かなくて当然なことなんだから気にしなくていいの。私みたいな吸血鬼は鼻が利くから、最初から不審ではあったけどね。だって妖怪を名乗る癖に妖怪の匂いがしないんだもの。緑の巫女ほどの人間臭さもなかったけどね。私なんかはすぐ人間だって勘がいったさ。人間のふりをする妖怪ってのはたまにいるけれど、その逆となると少なくとも私は聞いたことなかった。何を考えてそんな詐称をするに至ったのかはわからないわよ。そりゃあ何かがあったんでしょうけれど……本人以外は、知る由もないことなんだもの。
ん? ……ああ、美鈴の気を使うって能力? そりゃ、アンタ、人間が時を止めて奇跡を起こして魔法を使って空を飛ぶ世界線よ、ここは。それくらいそれこそ些細なことで、そういうこともあるだろうって片付けることよ。変なことじゃないわ。だってそんな能力持ってたとして、その程度の小手先の異色さを持ってたくらいで、人間風情が他の種族に敵うわけないないじゃない。だから、紅美鈴の本質はそんな能力にあるわけじゃなくて、自身で鍛え抜いた肉体の方にあるの。実際、能力よりも腕力が大幅に優れてるわ、美鈴は。
これくらいでいいかしらね。さて、ここからはアンタの疑問に答える、教えて! レミリア先生! のコーナー。キュートでプリティでまいっちんぐなレミリア先生が迷える子羊の脳味噌をかっ喰らってやるわ。
……ヴァンパイアジョークは黒さと赤さが売りなのよ。
さて、疑問を提示される前に答えを出してやろう。答えは簡単、三行半。戦力外通告、肩叩き。ま、そういうこと。
美鈴が人間ってことは飲み込めたわよね? てんねんメイドさくやちゃんでもその程度はわかってくれなきゃ、私も正直ここまでの喉の酷使を、さながらゲームがフリーズしたかの如く虚無感に呑み込まれることになってしまうわ。で、『今』を考えてみなさい。
ハイ、正解。紅霧異変から数えてちょうど二十五年。
咲夜は大きくなったわね。体の大きさはそんなに変わらないけれど、皺ができた。風格ができた。貫禄が出た。手捌きは更に瀟洒になった。美しさは……私は若々しい血の方が好きだが。アンタはこの二十五年で、そりゃあ成長した。アンタだけじゃない。奇跡を起こすのも魔法を使うのも空を飛ぶのも、みんな成長して、そして、山を超えた。人間ってのは本当に儚さの体現みたいな奴らね。つい昨日まで子供だったのに、いつの間にやらオバサマになってる。私がもう一回瞬いたら、もう土の下なのかもしれない。それを侘び寂びだっけ? 美しさとして捉える所が、私がこの東方の国を好きな理由の一つよ。
では、クイズを出してみましょう。紅美鈴は、アンタよりいくつ歳上でしょうか?
答えは私も知らないわ。私が美鈴のことを人間だって気付いてるってことは、本人には言ってないんだもの。私だってそれくらい気は使えるわ。でも推測は易いでしょう? つい昨日まで一緒にいたんだから。まあ、アンタより一回りは上でしょうし。つまりは、恐らくもう半世紀を過ぎてしまっているのよ。正直、もう美鈴は働けないわ。ぶっちゃけた話、アンタにもそれは伝わっていたと思うのだけれど。
アンタが十年後働けなくなるって訳じゃない。美鈴がメイドだったら、まだいろって言ってあげられる。けれど、門番なんだよ、あいつは。可哀想なことに肉体派で、肉体によって賃金を得ている。年を食えばレベルも下がってしまう。昨日まで働かせてたのは、私の判断が遅れたから。私だって冷酷無比な鬼じゃない、葛藤はしたわ。当然じゃない。アンタほどじゃないにしろ、私だってあいつには世話になったし感謝もしてるし思い入れも深いんだよ……アンタだってわかってくれるでしょう? てんねんメイドさくやちゃんは二十五年も前の話なんだから、さ。
……そうね、二十五年前のアンタならこういうことを言えば少しは恥ずかしがって動揺したものだけれど、こういう行動の端々にも時の流れを感じてしまってやっぱり辛さはあるわ。つまりそういうことよ、人間なんだから、正直アンタだって雑用をこなすのは少しずつ重労働になってきているはずなのよ。成長を超えればその先は下り坂。
悲しいことよね。紅魔館は大きな団体で、幻想郷の、間違いなく一端を握っている。この理想郷の発展や事件に、もしかしたら最も多く関わった集団かもしれない。だからこそ、体裁もだけれど、弱さや隙は作るわけにはいかないの。我々は自分ができる限りの最高の団体でなきゃいけない。もちろん、咲夜も美鈴も、当時は私たちのメイドと門番として最適だったの。けれど、美鈴は『最適』じゃなくなった。もっと若い門番を、肉体派を、人里から、あるいは外からでも、魔界からでも。美鈴の代わりである必要はなくて、私たちの門番を、雇わなきゃいけない。というか、実はもう探し終えてあるのよ。八雲紫の紹介で、もうすぐしたらこっちに到着して、早速仕事についてもらう手筈よ。手際がいいのが、少しばかり癪に障るというのは私とて同じよ。お誂え向きってほどじゃないにしても、戦闘力も高く、友好的で、なおかつ仁義のある……今度は、掛け値なしの、本物の妖怪。見つかったのよ。もう、言い訳がなくなっちゃったわけ。スキマも、もう少し気が利けばいいのに……と言いたいのは山々だけれど、さっき言った通り私たちは最高の団体であるべきなの。だからすぐに迎えることにしたわ。大丈夫よ、美鈴はそれでも十分に働き者。先立つものも、絶対働くまで不自由させないくらいに持たせた。美鈴のことは、心配しなくていいわ。
……アンタの気持ちは痛いほどわかるわよ。
私だって、本当なら、お払い箱になんてしたくなかったわ。けれど、仕方ないことなのよ。それはそれは、残酷なことだわ。怨むなら私を怨みなさい。私が勝手に、私の組織のために、私の利益を求めて、私のエゴのもと、私が采配したの。
まあ、落ち着いて。暫く自室で休むといいわ。アンタが、この館の中じゃ、あるいはこの結界の中じゃ、最も美鈴に入れ込んでたんだから、精神的なダメージだってアンタが一番大きいと思うわ。突然こんな話をして、アンタが立ち直れなくなって素晴らしい門番と共に完璧なメイドまで失うのは痛すぎる。何しろこっちも唐突な話だったんだ……ゆっくり、整理していてほしい。ワインくらい、自分で注げるからさ。私だって、二十五年で成長したんだ。暫くして、落ち着いて、瀟洒な十六夜咲夜に戻ったら、また私の元に来てくれ。
……うん、それじゃあ。
……
……
……なあ、美鈴?
本当に、これでよかったのか?
お前が掛け値なしに、言葉通り、『働けなく』なってから、四日だ。
お前が掛け値なしに、言葉通り、『人間じゃなく』なってから、丸一日だ。
今のお前は、亡骸、だもんなあ。
そんなに急な話があるかよ?
いきなり私の部屋を訪ねてきたと思ったら、自分は何やら病気に罹った、もうきっと先は長くない……なんて、言うんだから。相当無理してたんだろうな……顔色も人魂みたいに真っ青で、足もガタガタ震えてた。そんな状態まで、なんで我慢していたんだよ、お前は。なんで私は気付けなかったんだろうか、こんなのが主なんて、紅魔館の名は伊達だったのかもしれないな。申し訳ない……なんて、今更の懺悔を、誰も聞いてくれやしないだろうけど。神も仏もエトセトラも、私のことを見下し、侮蔑するだろう。むしろ、こんなになってしまっても断罪されないのが悔しくてたまらないよ。私がのうのうと生きて、目の前にあるワインが飲みたくてたまらないんだ。生の欲望を、素晴らしく輝く世界を、完膚なきまでに所持しているんだ。
勿論、すぐに咲夜を呼ぼうとしたな。けれどお前はそれを止めた。節くれだった、見ていて可愛そうになるほどの、きらびやかだった太陽の手で、だ。私はその時に何故だと問うた。お前のことを最も想い、慕い、愛していたのは十六夜咲夜、そんなことは誰でも知っている、この世界の誰もが認める、共通認識だったじゃないか。私の言葉は、その場にいた何人かの妖精メイドたちとともに、満場一致の意見だった。
しかし反対意見を上げた唯一の存在であるお前は、こう答えたんだ。
『私を最も想い、慕い、愛していた人間を、悲しませたくない。最後の我侭ですよ……どうか、どうか聞いてください』
私は弱いよ。どうしようもなく弱い。お前に比べたら、月がスッポンに落っこちたらひとたまりもないように、矮小で、脆弱だ。私が間違いなく胸を張れる主なら、無理矢理にでも咲夜を連れてくることができたんだ。でも、お前の願いを、私は、断れなかった。
たったの三日だった。お前は満足したのか? この世界に、この終焉に。
これからも、新しい門番を迎えて、問題なく紅魔館という組織は回り続ける。まるで、何も欠けたものなど無かったかのように、予定調和の針は進み続ける。集団は成り立ち続ける。
けれど、お前がいない紅魔館は、紅魔館と言えるのか? 完全じゃなくなった、私たちのエデンで根城だった此処は、まだ、紅魔館なのか?
私は、どうして、もっと強く、絶対的な存在じゃなかったんだ。
それこそ、こんな渇望なんて、後悔なんて、神も仏もエトセトラも、聞いてくれないんだろうけどさ」
考えればレミリアより先に二人とも死ぬ可能性大ですし切ないですね
愛があるからこそ言葉が多い気がします 愛とは素朴で貴飾れ無いものだと思います