「今日のお昼は熱々のラーメンにしよう!」
夏日である。うだるような暑さである。
お昼前にメニューが何か見ておこうかと思って台所に顔を出した私に、ムラサがそんなことを言った。
今週の食事当番はムラサなのだ。
「あのねぇ……この暑いのにカレーばっか作ってみんなに文句言われてたのに、今度はラーメンて。どう考えても暑苦しさが増すだけでしょう」
「ふふん、わかってないねーいっちゃん。暑い時にこそ熱いものを食べるのが健康に良いんだよ!」
「私らみんな妖怪でしょ。健康気にしても仕方ないでしょ」
「気にしたら負けだよ!」
カレーにするのを諦めたのは珍しかったけど、ムラサは暑かろうが寒かろうがやっぱりムラサだった。
とりあえず暑苦しいからどや顔でひっついてくるのやめ……いや、ちょっと涼しい。幽霊って涼しい。やだ素敵じゃない。
仕方ないから涼をとるため、ひっつかせたままにしておく。涼をとるためなんだからそんな嬉しそうな顔するんじゃないの。全くもう。
「ムラサ。私暑いの」
「うん、暑いね!」
「暑い日は、涼しくなるような食べ物がいいの」
「でもラーメンおいしいよ?」
「うん美味しいわね。でも暑苦しいのヤなんだってば」
「いっちゃんの格好も大概暑苦しいと思うけどなぁ……」
「ほっときなさい。仏門に帰依する者としてみだりに露出なんてできないのよ」
「でもいっちゃんの露出ならちょっと見てみたいかも!」
馬鹿なこと言ってるムラサにでこピンをくれてやり、あう~なんて痛がるふりして上目遣いしてるのにうっかり萌えたりなんてしてない。してないわよほんとだもん。
……私だって脱げるもんなら脱ぎたいわよ。
あー駄目だ、暑さで脳がやられてるなコレ。
「そうだよいっちゃん、脱ごう! まずその頭巾を脱ごう!」
「こら、やめなさいってば、脱げるもんならとっくに脱いでるって何度言えば」
「いいややめないね。だっていっちゃんの髪綺麗なのに、隠してて勿体ないじゃん?」
「勿体無いとかそういう問題じゃないっつーに」
突然覆い被さってくるムラサに不意をつかれて、頭巾を奪われる。
ここぞとばかりに顔を寄せてくるムラサの息が後頭部に、後頭部にああやっぱ暑苦しいっ!
「いっちゃんうなじ白いっ。髪つやつやっ。そうか普段日光に晒さないからこんなに綺麗なのか……」
「いやだから私達妖怪でしょ? 外的要因で体が影響受けるってほとんど無いから。あんただって毎日毎日焼きまくってる筈なのに白いじゃない」
「えへん。幽霊ですから」
「別に威張ることじゃないでしょ……」
まあ仏門に帰依するものがどうのこうのなんて建前であって、暑いものは暑いのだ。
ムラサが脱がせてくれたのが良い言い訳になった。
どや顔のムラサから頭巾を取り返し、もう一度被ることはせず頭巾でポニーテールに括る。
「いっちゃんポニテもかわいい!」
「可愛くないわよ。暑いからね、まあ体調崩すよりは多少のクールビズの方がいいでしょ」
「ほんとはもっと早く脱ぎたかったんでしょー? 素直じゃないんだからもう、うりうり」
「う、うるさいわね、そんな訳ない……わよ」
思わず尻すぼみになる。うー、見抜かれてるなんて不覚……。
でもそろそろラーメンにするにしろ作り始めないとお腹を空かせたみんな、が――
「あっ、ナズーリン! 気付かれちゃいましたよ!?」
「落ち着いてご主人。別にやましいことをしてたわけじゃない。むしろ狼狽えるべきは向こうだと思うよ」
「そうね、馬に蹴られちゃうわね」
慌てる星に、肩をすくめつつ含み笑いするナズーリン。いつも通りの笑顔な聖が、台所を顔だけ出して覗き込んでいた。
いやいや待って待って、みなさんどこから見て……、
「そうねぇ、村紗が一輪にくっつき始めたあたりからだったような」
「以心伝心で嬉しいです姐さん! 結構最初の方から見てますね姐さん! 出来れば見ててほしくなかったです姐さん!」
そして私の突っ込み無双。
敬愛がつい溢れてしまった突っ込みを聖に入れて、
「そうだ、ポニーテール似合ってますよ。一輪」
「ご主人。脈絡がなさ過ぎだ。そういうのは二人っきりになれた時にさらっと言った方がいい」
「ええいうるさい! そういうのはムラサにいやなんでもない!」
凸凹コンビに突っ込みいれつつ勢いで口を滑らせかけ、ああなんで流れる汗が心地良いのかしらー?
とノリノリでムラサにも突っ込もうとしたその時。
「ところで船長。一輪もだが、君たち――冷やし中華って知らないのかい?」
ナズーリンの言葉に、疑問符を浮かべて固まった。
◇◆◇◆◇◆
「美味っしーーーー!!!!」
「最っ高ぉーーーー!!!!」
少し遅れてしまった昼食。ムラサと二人、思わずばっちりなタイミングで叫んでしまう。
なんだこれ。こんなラーメンがあったのか……ラーメンにこんな可能性が秘められてたなんて。
「冷やし中華なんて久しぶりですね。暑い日には冷やし中華が美味しいです」
「ほらご主人、食べこぼししてるよ」
「あっ、すいません……」
「冷やし中華くらいでそんなにはしゃいで…………そこが可愛くもあるんだけど」
「ナズーリンも料理できたのねぇ。凄く美味しいわ」
「ありがとう聖。他のみんなにも今度教えよう」
静かな感動に打ち震える私の後ろから聞こえる他のみんなの声。
結局、件の「冷やし中華」とやらを私もムラサも知らず、ナズーリンが昼食を作ってくれたのだった。
「ねぇいっちゃん」
「……なに?」
「美味しいね!」
「うん」
「えへへ」
やれやれだ。にこにこしちゃってまー、そんなに見つめられても私の分はあげないよ。
でも正直な話、これでもかってくらい美味しそうに冷やし中華を食べるムラサは、率直に言って可愛い。
本人には言わないけどね。
これだけ嬉しそうな顔で食べて貰えるんだったら、今度は私が作ってあげてもいいかもしれない、なんて。
「暑いわねぇ……」
「暑いですねー」
「暑くて仕方ないよ」
何故か私に集中する視線。え、なんでそんなに生暖かいの。
「暑くてもさー?」
ムラサが下から覗き込んでくる。だから上目遣いやめなさいってば。
「こうやってみんなで美味しいご飯食べられれば、幸せだよねー」
「……そうね」
あーもう可愛いなーくそ、ええいしょうがない。
「私の分も食べる?」
「ほんと!? いっちゃんお腹空かない?」
「夏バテ気味だからいいの」
「ええ、じゃちゃんと食べないと駄目だよ!」
「いいから。貰っときなさい」
「でもさー」
聖が、星が、ナズーリンが。いちゃこらする二人を見てお腹一杯だという風に箸を置いた。
「村紗、お腹が空いているのなら私の分を食べなさい? 一輪はちゃんと一人前食べて」
「いいえ聖、私もちょっとお腹一杯なので私の分を手伝って貰いたいのですが」
「二人ともいつもどんぶり飯で食べるくせに何を言ってるんだい。私の分をわけてあげよう」
雲山が物言いたげに皆を見つめているのには、誰も反応してくれなかった。
この時の悔しさをバネに、雲山が声を出せるように努力して変身し、一輪に変わるツッコミ役として活躍するのはもう少し先の話。
夏日である。うだるような暑さである。
お昼前にメニューが何か見ておこうかと思って台所に顔を出した私に、ムラサがそんなことを言った。
今週の食事当番はムラサなのだ。
「あのねぇ……この暑いのにカレーばっか作ってみんなに文句言われてたのに、今度はラーメンて。どう考えても暑苦しさが増すだけでしょう」
「ふふん、わかってないねーいっちゃん。暑い時にこそ熱いものを食べるのが健康に良いんだよ!」
「私らみんな妖怪でしょ。健康気にしても仕方ないでしょ」
「気にしたら負けだよ!」
カレーにするのを諦めたのは珍しかったけど、ムラサは暑かろうが寒かろうがやっぱりムラサだった。
とりあえず暑苦しいからどや顔でひっついてくるのやめ……いや、ちょっと涼しい。幽霊って涼しい。やだ素敵じゃない。
仕方ないから涼をとるため、ひっつかせたままにしておく。涼をとるためなんだからそんな嬉しそうな顔するんじゃないの。全くもう。
「ムラサ。私暑いの」
「うん、暑いね!」
「暑い日は、涼しくなるような食べ物がいいの」
「でもラーメンおいしいよ?」
「うん美味しいわね。でも暑苦しいのヤなんだってば」
「いっちゃんの格好も大概暑苦しいと思うけどなぁ……」
「ほっときなさい。仏門に帰依する者としてみだりに露出なんてできないのよ」
「でもいっちゃんの露出ならちょっと見てみたいかも!」
馬鹿なこと言ってるムラサにでこピンをくれてやり、あう~なんて痛がるふりして上目遣いしてるのにうっかり萌えたりなんてしてない。してないわよほんとだもん。
……私だって脱げるもんなら脱ぎたいわよ。
あー駄目だ、暑さで脳がやられてるなコレ。
「そうだよいっちゃん、脱ごう! まずその頭巾を脱ごう!」
「こら、やめなさいってば、脱げるもんならとっくに脱いでるって何度言えば」
「いいややめないね。だっていっちゃんの髪綺麗なのに、隠してて勿体ないじゃん?」
「勿体無いとかそういう問題じゃないっつーに」
突然覆い被さってくるムラサに不意をつかれて、頭巾を奪われる。
ここぞとばかりに顔を寄せてくるムラサの息が後頭部に、後頭部にああやっぱ暑苦しいっ!
「いっちゃんうなじ白いっ。髪つやつやっ。そうか普段日光に晒さないからこんなに綺麗なのか……」
「いやだから私達妖怪でしょ? 外的要因で体が影響受けるってほとんど無いから。あんただって毎日毎日焼きまくってる筈なのに白いじゃない」
「えへん。幽霊ですから」
「別に威張ることじゃないでしょ……」
まあ仏門に帰依するものがどうのこうのなんて建前であって、暑いものは暑いのだ。
ムラサが脱がせてくれたのが良い言い訳になった。
どや顔のムラサから頭巾を取り返し、もう一度被ることはせず頭巾でポニーテールに括る。
「いっちゃんポニテもかわいい!」
「可愛くないわよ。暑いからね、まあ体調崩すよりは多少のクールビズの方がいいでしょ」
「ほんとはもっと早く脱ぎたかったんでしょー? 素直じゃないんだからもう、うりうり」
「う、うるさいわね、そんな訳ない……わよ」
思わず尻すぼみになる。うー、見抜かれてるなんて不覚……。
でもそろそろラーメンにするにしろ作り始めないとお腹を空かせたみんな、が――
「あっ、ナズーリン! 気付かれちゃいましたよ!?」
「落ち着いてご主人。別にやましいことをしてたわけじゃない。むしろ狼狽えるべきは向こうだと思うよ」
「そうね、馬に蹴られちゃうわね」
慌てる星に、肩をすくめつつ含み笑いするナズーリン。いつも通りの笑顔な聖が、台所を顔だけ出して覗き込んでいた。
いやいや待って待って、みなさんどこから見て……、
「そうねぇ、村紗が一輪にくっつき始めたあたりからだったような」
「以心伝心で嬉しいです姐さん! 結構最初の方から見てますね姐さん! 出来れば見ててほしくなかったです姐さん!」
そして私の突っ込み無双。
敬愛がつい溢れてしまった突っ込みを聖に入れて、
「そうだ、ポニーテール似合ってますよ。一輪」
「ご主人。脈絡がなさ過ぎだ。そういうのは二人っきりになれた時にさらっと言った方がいい」
「ええいうるさい! そういうのはムラサにいやなんでもない!」
凸凹コンビに突っ込みいれつつ勢いで口を滑らせかけ、ああなんで流れる汗が心地良いのかしらー?
とノリノリでムラサにも突っ込もうとしたその時。
「ところで船長。一輪もだが、君たち――冷やし中華って知らないのかい?」
ナズーリンの言葉に、疑問符を浮かべて固まった。
◇◆◇◆◇◆
「美味っしーーーー!!!!」
「最っ高ぉーーーー!!!!」
少し遅れてしまった昼食。ムラサと二人、思わずばっちりなタイミングで叫んでしまう。
なんだこれ。こんなラーメンがあったのか……ラーメンにこんな可能性が秘められてたなんて。
「冷やし中華なんて久しぶりですね。暑い日には冷やし中華が美味しいです」
「ほらご主人、食べこぼししてるよ」
「あっ、すいません……」
「冷やし中華くらいでそんなにはしゃいで…………そこが可愛くもあるんだけど」
「ナズーリンも料理できたのねぇ。凄く美味しいわ」
「ありがとう聖。他のみんなにも今度教えよう」
静かな感動に打ち震える私の後ろから聞こえる他のみんなの声。
結局、件の「冷やし中華」とやらを私もムラサも知らず、ナズーリンが昼食を作ってくれたのだった。
「ねぇいっちゃん」
「……なに?」
「美味しいね!」
「うん」
「えへへ」
やれやれだ。にこにこしちゃってまー、そんなに見つめられても私の分はあげないよ。
でも正直な話、これでもかってくらい美味しそうに冷やし中華を食べるムラサは、率直に言って可愛い。
本人には言わないけどね。
これだけ嬉しそうな顔で食べて貰えるんだったら、今度は私が作ってあげてもいいかもしれない、なんて。
「暑いわねぇ……」
「暑いですねー」
「暑くて仕方ないよ」
何故か私に集中する視線。え、なんでそんなに生暖かいの。
「暑くてもさー?」
ムラサが下から覗き込んでくる。だから上目遣いやめなさいってば。
「こうやってみんなで美味しいご飯食べられれば、幸せだよねー」
「……そうね」
あーもう可愛いなーくそ、ええいしょうがない。
「私の分も食べる?」
「ほんと!? いっちゃんお腹空かない?」
「夏バテ気味だからいいの」
「ええ、じゃちゃんと食べないと駄目だよ!」
「いいから。貰っときなさい」
「でもさー」
聖が、星が、ナズーリンが。いちゃこらする二人を見てお腹一杯だという風に箸を置いた。
「村紗、お腹が空いているのなら私の分を食べなさい? 一輪はちゃんと一人前食べて」
「いいえ聖、私もちょっとお腹一杯なので私の分を手伝って貰いたいのですが」
「二人ともいつもどんぶり飯で食べるくせに何を言ってるんだい。私の分をわけてあげよう」
雲山が物言いたげに皆を見つめているのには、誰も反応してくれなかった。
この時の悔しさをバネに、雲山が声を出せるように努力して変身し、一輪に変わるツッコミ役として活躍するのはもう少し先の話。
多分一番あついのは、船長の面の皮。
どっちが姉かって、そりゃぁ…
こんな二人もよいものね。
そしてそつのないナズーに惚れる。
ナズーリンかっこいいです
そして村一もいいものだ、うん
頑張れ雲山
雲山がんばれ。多分報われないけど超がんばれ。
やっぱり夏は村紗と一輪の季節やね
俺の近所の店には冷やし中華はあったけど置いてなかった
そして雲山のツッコミがすげえ気になる。
むらいちよりも何よりも、最後の微笑ましい情景が一番美しかったです。
あとは、ぎゃりりぃっ、と音がしそうなほどのオチに負けました。
おいしい冷やし中華ごちそうさまです。