Coolier - 新生・東方創想話

白黒嫌い

2026/08/11 02:34:31
最終更新
サイズ
61.84KB
ページ数
1
閲覧数
270
評価数
6/7
POINT
640
Rate
16.63

分類タグ

 正直に言えば、白黒はっきりつけるということはあまり好きでない。
 だからと言って私が持つ便利な能力を手放すつもりはないが。
 少し前に買った食材がまだ使えるか瞬時に分かるし、野菜や果物の食べごろの判断も簡単だ。他にも人物も含めて目的地まで方角を迷うこともなく飛んでいくことにも使える。あるいは、「話」をしようとしたときにスキマに逃げる癖がある妖怪に対しては、空間を白黒はっきりさせることで逃亡を阻止することすらできる。……もっともここ数十年は視認範囲に入る前に逃げられてしまうのだが。
 逆に言えば、こういったことでなければあまりしたくない。さらに誤解を恐れずに言えばうんざりしているまである。もちろん職を辞したいだとか職責をほっぽり出したいというような話ではない。むしろ逆だ。衆生を愛し、またその死後の行き先に関わるからこそ、白と黒というのにはうんざりさせられる。そこまできれいに分けられるならば、そもそも地獄が複数に分かれているということもないだろうに。
 そんなことを考えている私の目には、自宅の天井が映っている。
 いつもより早く目が覚めたこともあり、初めは散歩でもするかと考えたが、結局は布団の中から天井を眺めていた。起きなければならない時刻まで、まだ少し余裕がある。
 だから、起きないのだ。
 これは決して怠惰ではない。
 私的に使える時間を私的に使っているだけだ。
 誰に弁明しているのか、自分でもよく分からなかった。そもそも弁明する必要などないのではと自分自身に突っ込みを入れるが当然返事はない。
 カーテンの隙間からはうっすらと灰色の光が漏れている。白でも黒でもない。これでいいのにと思いかけたが、起きなければならない時間の接近を告げる色であることを考え、やはり憎らしくなった。
 薄暗いままもぞもぞと布団から這い出て畳むと、作務衣に近い寝間着からいつもの仕事着に着替え始める。白い中着に、肩章がついた青い上衣は……出る前に着る。堅苦しい。
 黒いスカートまで履くと、朝食の時間だ。とは言っても最低限に済ませる。白米に少しの味噌と微妙に残っていた里芋の煮ころがしが2口分。
 さっと食べ終えて食器を片付けた後、少し時間が空いたのでほうじ茶を入れることにした。自分の手で茶香炉を使い、茶葉を炒って淹れると格別な風味を感じる。尤も、気分的な問題かもしれないが。早速茶香炉に火を入れると、3分もしないうちに窓の方から聞き慣れた声がした。
「四季様起きてます?」
「起きてるけど何?」
 即答した。
「そうですか。じゃあ、よかった。カーテンが閉まってたのでてっきり寝てるのかと」
 声の主はそれだけ言うと遠ざかろうとした。しかし、ふと昨日の業務報告書にあった内容を思い出して声を掛けた。
「ちょっと待って、小町」
 足音が止まる。
「はい?」
「昨日の終業時の船の係留だけど、業務報告書で貴女の船の位置が悪いって苦情があったから気を付けて」
「えぇ、ちゃんと寄せて縄もきつく締めたはずなんですけどねえ」
「だからよ。『気を付けて』って」
「あー、ありがとうございます」
小町は往々にして楽な方に流される傾向がある。だが、あの娘はあの娘なりに仕事そのものにはプライドを持っている。その点に関しては疑っていない。ここで問題なのは庁内の職員という存在である。多くの職員が働く庁であるが、その分変わり者や厄介な者もいる。今回の件は妙に神経質な死神が上げてきた報告書であった。もちろんその死神のことをないがしろにするつもりではないが、どうしても社会的扱いというものは出てきてしまう。また、長い付き合いの小町とはそれを察し合えないほど距離があるわけではない。きっとのらりくらりとどうにかするだろう。
「じゃあ、お先に行ってますね」
 足音は遠ざかって行った。
 茶で一息ついてから、残りの着替えを済ませ始める。すると鏡の中にいつもの私が現れる。
 片側だけが少し長い緑の髪。青を基調として肩章がついた上衣。白い中着。仕事中に用いる悔悟棒。そして赤と白の紐飾りがついた冠。
 身支度とは不思議なものだ。
 衣服を一枚ずつ重ねていくうちに、私という一個人の上へ、役目が重なっていく。
 四季映姫。
 そして、ヤマザナドゥ。
 楽園の閻魔。
 生を終えた者の生を見、その善悪を量り、その後を決める者。鏡の中の私は、そういう顔をしていた。
 それを見て、私は少し眉を寄せる。出勤前からそんな顔をしている必要はない気もする。仕事は仕事であり、私生活は私生活だ。ひとまず、湯呑に残っていたぬるい茶を口に流し込むと時計を見た。少なくとも、あと二度は湯を沸かせる余裕がまだある。……もう一杯ぐらいなら。



 是非曲直庁の朝は、人間の役所と比べて比較的静かだ。けたたましく鳴り響き続ける電話もなければ、誰でもいいから話し相手を求めているという人間がとりあえずで押しかけて、大声で何刻も居座るということもない。そもそも生気のある人間が関わること自体かなり少ない。
 尤も、静かだから暇なのかといえば、決してそうではないが。
 死者が出ない日はない。人間も、妖怪も、獣も、たまに神も、そしてその他の命を持つ者は大体死ぬ。死は珍事ではない。
 廊下の角を曲がったところで、私の審判における、司命と司録の役割を持つ二人の書記官と出くわした。二人とも既に仕事の支度を整えている。
「おはようございます、ヤマザナドゥ」
「おはようございます」
「本日午前、三件を予定していましたが、一件は確認作業に時間が必要とのことで午後以降へ回されました」
「分かりました。では午前は二件ですね」
「はい。第一件が幻想郷の人間。第二件も同じく幻想郷の人間です」
「午後以降に回された分は?」
「外の世界より一件。生前は裁判官を務めていた者です」
「裁判官ですか」
「はい」
 司命が書類を一枚めくる。
「長く司法に携わり、相応の人数を裁いています」
「そうですか」
 それだけ答えた。
 特別なことではない。
 王も裁く。乞食も裁く。僧侶も裁く。盗人も裁く。裁判官も、死ねば裁かれる。衆生はみな裁かれる。そこに例外はない。
「午後の件についてですが、浄玻璃の鏡で確認が必要な項目がかなり多くなっているかと」
「時間を調整してください」
「承知いたしました」
「昼休みまで食い込ませないように」
 司録が一瞬こちらを見る。
「……そこは重要なのですね」
「当然です」
 仕事を正しく行うことと休息を正しく取ることは矛盾しない。人間は時折、自らを痛めつけることを勤勉さと取り違える。あれはよくない。心も身体も、使い潰してよい道具ではない。それは死者を見続ければ嫌でも分かることだ。
 ……そして何より庁の労働環境の問題もある。人手不足や休憩時間が取れない過酷な環境から、庁の各所で悲鳴が上がり続けているのは今に始まったことではない。だが、だからといってそれを良しとするのは非だ。少なくとも私や部下の周りにおいてそのような状況を蔓延させたくはない。
「第一件の準備はできています」
「始めましょうか」
 私は裁定の場へ向かった。
 扉の前で一度、立ち止まる。
 朝の抜けた空気はここまで。これより先は、一つの生涯を扱う場所である。
 長い者もいる。短い者もいる。立派な者もいる。褒められない者もいる。人間は一色ではない。妖怪も。神も。そして、裁く側とて同じである。
 私は扉を開けた。



 初老の男は、入ってきた時点ではひどく落ち着きがなかった。
 無理もない。死んでこれから地獄へ行くと宣告されるかもしれないと理解しながら冷静でいられる保証はどこにもない。
 余談ではあるが、このようなほかにも、己の死を未だに理解できていない者。理解していても認めたくない者。嘆く者。怒る者。何も話さない者。そしてすべてを悟ったような面持ちでいる者。死者のありようは様々である。……最後の場合については、そのほとんどは何も悟ってはいないが。
 さて、男は日に焼けていた。魂になった後も、生前の姿を強く残す者はいる。
 ごつごつとした手。厚い指。腕周りはかなりのものだ。顔には深い皺がある。
 服の胸元には、死ぬ間際についたのであろう血の跡が薄く残っていた。もちろん、それは実際の血ではない。死の記憶である。
 男は私を見た。次に左右を見る。司命。司録。そして後方に控える鬼。
「……ここは」
「貴方の死後を決める場所です」
 男の目が鋭くなる。
「……死後」
「まず、確認します」
 私は男を見る。
「名を」
 男は名乗った。
 幻想郷の人里やその周辺では珍しくない姓と名だった。
「貴方はその名を自分の名であると認めますか」
「ああ」
「貴方は自分が人間であったことを認めますか」
「……当たり前だ」
「人里の近くで猟師として生計を立てていた」
「ああ」
「そして、妖怪に殺された」
 男の頬が動いた。
「……そうだ」
「よろしい」
 私は視線を横へ移した。
「鏡を」
 浄玻璃の鏡をかざす。死者に反応して、鏡が輝いた。
 男が息を呑む。
 その一瞬後、私の目の前に彼の生が展開した。
 私はこの瞬間を何度経験しても、完全に慣れることはない。いや、正確には慣れたくない。
 一人の人生というものは、短くても重いからだ。
 鏡が輝く。

 赤子の泣き声。土間。母親の手。父の背中。
 冬の朝。
 初めて握った狩猟道具。獲物を追う足跡。雪。血。鹿の眼。死ぬ直前の獣の息。若い男が手を合わせる。
『山の恵みだ』
 父だろうか。傍らに立つ人物がそう言う。
『忘れるなよ。お前が偉いから取れた命じゃねえ』
 男は頷いていた。若かった。
 それから年月が流れる。
 男は猟師になった。鹿を撃った。猪を仕留めた。肉を捌いた。皮を剥いだ。骨を分けた。売った。食べた。生きた。
 一発撃つたび、死ぬものがある。一発撃たなければ、食えない日がある。生とは往々にしてそういうものだ。
 清くあるのは生き難い。何一つ奪わず生きられる者などほとんどいない。獣を食う。魚を食う。土地を削る。場所を奪う。
 生きるということそのものが、世界へ何らかの負債を生む。だからといって、生きた存在であったことを罪として裁くわけではない。負債があることと存在が悪であることは別だ。
 男は獲物へ手を合わせ続けていた。だが、ある時期それをやめていた。慣れ。疲れ。忙しさ。獣を肉としてしか見なくなった短い時期。
 鏡は隠さない。
 男が鹿の喉を裂きながら、明日の値段を考えている。猪を吊しながら、酒のことを考えている。命を奪った直後であることを忘れている。だが、それは長く続かなかった。
 ある冬。
 一頭の雌鹿。割いた腹の中に絶えた子がいた。
 男はそれを見て、長く黙っていた。翌朝から、また手を合わせるようになった。死後が怖かったからではない。祟りを恐れたからでもない。ただ、自分は奪って生きているのだということを、もう一度思い出したのだ。
 司録の筆は動き続けている。
 鏡は続いた。
 祭り。
 大鍋。男が仕留めた鹿の肉。
『今日は持ってけ。金はいらん』
『本当か?』
『祭りのときくらい腹いっぱい食え』
 笑う子供。礼を言う老人。男は満足そうだった。
 善意。確かにある。
『あの肉、誰が出してくれたんだ』
『林の近くに住む猟師だよ。ほら、あの――』
 男はそれを聞いていた。
 少し誇らしかった。自分の名が広まることを喜んでいた。
 商売にもなる。評判も上がる。善意と打算。両方がある。
 だから、両方を見る。
 善意が打算によって消えるわけではない。
 打算が善意によって消えるわけでもない。
 ある夏。
 乾いた銃声。
 獣ではない。妖怪だった。
 小柄な妖怪。弱かった。
 人を驚かせ、時折食べ物を盗む程度。
 男の銃弾が脳天を貫いた。
 妖怪は倒れた。男は恐る恐る近づく。死んでいる。
『……なんだ』
 驚き。次いで、奇妙な高揚。
『妖怪だって、撃てば死ぬじゃねえか』
 そこが分岐だった。
 初めは恐怖だった。妖怪は人間の敵。妖怪は恐ろしい。妖怪は人を襲う。
 だから撃った。
 幻想郷に生きる人間として、その認識自体を罪にはできない。
 妖怪は人を脅かす。時として害す。人間は妖怪を恐れる。退治する者もいる。それ自体が世界の構造の一部である。
 だが。
 二体目。
 三体目。
 男は探していた。勝てる相手を。
『あれならいける』
『こいつなら弾が通る』
 そして四体目。
 小柄な獲物を見つけた。
 人間の姿に近い。だが明らかに人間ではない。
『こいつも……』
 猟銃を構える。迷わない照準。だが照準から銃口が不自然な闇に飲まれる。妖怪の金色の髪が振り返ろうとする。
 男の顔から血の気が引いた。走った。開かない距離。転倒。手からこぼれ落ちた猟銃。叫び声。そして――。
 鏡が暗くなった。

 男は俯いていた。
「貴方は」
 男が顔を上げる。
「獣を殺したことについて、どう考えていますか」
「……仕方なかった」
「仕方がないかどうかを聞いているのではありません」
 私は静かに言う。
「どう考えているかを聞いています」
 男は口を閉じた。
 しばらくして。
「悪かったと思ってる」
「誰に対して」
「殺した獣にだ」
「なぜ?」
「俺は俺が生きるために殺した。あいつらに頼まれたわけじゃねえ。俺が猟師だったから仕方ねえなんて言うつもりはない。殺したのは俺だ」
「それでも、猟を続けましたね」
「ああ」
「矛盾しているとは?」
「してるだろうな」
「ではなぜ」
「言っただろう。生きるためだよ」
 男はぶっきらぼうに言った。
「俺はあれしか知らなかった。肉を取って、皮を売って、それで飯を食った。だからやった。悪いと思ってもやった」
「そうですか」
 私は頷いた。
「では、祭りで肉を振る舞ったことについて」
 男が少し戸惑う。
「あれが何だ」
「善いことをしたと思いますか」
「……腹空かせてる奴が食ったなら、そりゃ悪くはねえだろ」
「貴方自身の宣伝にもなった」
 男が目を逸らした。
「まあ……それはそうだ」
「認めますか」
「認める」
「それで結構です」
 私は書面へ目を落とす。
「善意も打算も功名心もあった。ならば善意は善意として、打算は打算、功名心は功名心として見ます」
「差し引きされねえのか」
「相反するものではありませんし、相反していたとしても単純に差し引きしたらいいというものではありません」
 男は黙った。
「善行は罪業への償いにはなりますが、その罪業がなかったことにはなりません。罪業もそれ以前の善行を消す墨ではない。それぞれが貴方の行いです」
「……じゃあ、俺はどうなる」
「まだすべての裁定が終わったわけではありません」
 私は男を見る。
「妖怪を殺したことについて」
 表情が変わった。先ほどとは違う。
「そりゃあ……」
「どう考えていますか」
「あいつらは妖怪だ」
「はい」
「人間を襲う」
「襲う者もいます」
「なら退治して何が悪い」
「退治していいか悪いかという前提で聞いていません」
 男の眉が動く。
「なら何だ」
「貴方は、自分の能力と責任の範囲を理解していなかった」
「妖怪には人格を持つ者がいます」
「妖怪と人を一緒にするな」
「一緒にはしていません」
 私は男の目を見る。
「だからこそ、妖怪の論理も、人間の論理も両方見ているのです」
「……」
「幻想郷において人間が妖怪を敵と認識する。それは構造上避けられない。私はその認識それ自体を罪とはしません」
 男の顔に、わずかに安堵が浮かぶ。
 私は続けた。
「しかし、貴方は一体を殺せた後、勝てそうな妖怪を探し始めた」
 安堵が消えた。
「退治できる分退治して何が悪い」
「あなたは獣を殺す時、死を見ていましたか」
 男の拳に力が入る。
「鹿にも猪にも、貴方は自分が何をしたか分かっていた。だから顧みた。弔った。それでも生きるために殺した」
 私は一呼吸置いた。
「妖怪にはそれをしなかった」
「人間の敵だ!何が悪い!」
 広い空間に声が響いた。
「敵であれば何故いいと言えるのでしょうか」
「敵であったから殺した。猟師であったから獣を殺した。兵士であったから人を撃った。命令されたから。規則だから。習慣だから」
 私はゆっくりと言った。
「立場は事情になります。しかし、立場はあなたの手を他者のものにはしません」
 男は何も言わない。
「あなたは獣に対してそれを知っていた」
「だからこそ分かるでしょう。妖怪に対して知らないふりをしたことが貴方の罪の一つです」
「……じゃあ人が食われるのはいいのか」
「それは今関係がないことです」
「ふざけるな!」
「ふざけてはいません」
 私は即答した。
「妖怪の人間への行為の是非は、妖怪が裁かれる際に見ます。あなたの裁定において、それをあなたの免罪符にはしない」
「妖怪の肩を持つのか!」
「肩を持つとは言っていません」
「人を食う化け物を撃った俺が地獄行きになるのか!」
「あなたは撃った後のことまで考えていましたか」
「妖怪を撃つという行いは、妖怪一体の命だけに終わらないことがある。先ほど言った通り、妖怪には人格を持つ者がいる。撃たれた妖怪の周囲へ憎悪を生み、その憎悪が保護下にない人里の外のほかの人間へ向かいかねない。」
「そんな先まで考えろってのか!」
「考えられる範囲で考えられた。しかし、あなたは何も考えなかった」
 男の唇が震える。
「撃てるから撃った」
「……」
「勝てるから殺した」
「……」
「あなたが向けた銃口は、妖怪だけに向いていたのではありません」
 男の目を見つめ直して言った。
「巡り巡って、未来の人間にも向いていた」
「……俺は」
「そして今なお、妖怪を殺したことそのものについて、あなたに悔悟はありません」
「当たり前だ!」
 男は机を叩いた。
「俺は人間だ!」
「はい」
「人間なら、人間の側に立つ!」
「はい」
「だったら!」
「人間の側に立つならば、人間として自身の行いを顧みなければなりません」
……ああ、この者はなんと自分本位であろうか。自利ではない。利己にすら届いていない。利他。さらに遠い。だが……それはこの者だけの問題ではない。この者がそれに至った縁起。それも大きな問題だ。学び考えなかったことはこの者の瑕疵だ。だが、そのようにした環境もまた善ではない。
もちろんだからと言ってこの者の罪が無くなるわけではないのだが。

 私は筆を取った。
「判決を作成します」
 男の顔が青ざめる。
 司録の筆が止まった。
 私は書面を司命へ渡した。
 司命が受け取り立ち上がる。声は平坦だった。
 それでよい。判決とは演説ではない。
「罪状を読み上げる」
 男が振り返る。
「生前における殺生。うち、生業として行われた獣類への殺生については、行為者自身がその罪業を認識し、悔悟の念を継続して有していたことを認め、今回の裁定における主要因から除外する」
 男の顔が揺れる。
「祭礼等における食料の無償提供については、他者への施与および救済として善行を認める」
 男の眉毛が震える。
「複数の妖怪に対する殺害について、反復し、かつその殺生への悔悟を有さず。さらに当該行為が人間への敵意を不必要に増大させうることについて顧みなかった罪業を認定する」
 男が後ずさる。
「行き先、等活地獄」
「待て!」
 司命は読み終えた。
「待て!納得できねえ!」
 男がこちらへ向き直る。
「俺が何をしたっていう――」
「判決は下りました」
「人間として戦ったんだぞ!」
「はい」
「だったら!」
「戦ったと自認することは裁定と関係ありません」
「ふざけんな!」
 鬼が近づく。男は暴れた。
「離せ!おい!閻魔!」
 腕を掴まれる。
「俺は悪人じゃねえ!」
 私は答えなかった。
 悪人か善人か。その問いに答えるため私はここにいるわけではない。
「おい!聞いてんのか!」
 男は引きずられながら叫んだ。
「俺は悪人じゃねえぞ!!」

 扉が閉じて静寂が訪れた。私は手元の書類を見る。自分本位だったとはいえ、確かに彼は人間基準で言えば悪人ではなかっただろう。だから何だというのだろうか。善人にも罪はある。悪人にも善行はある。死後の裁定で問うのは人間の物語上の役柄ではない。善人だったか。悪人だったか。被害者だったか。加害者だったか。英雄だったか。卑怯者だったか。そのような一言で一生を閉じるべきであろうか。否、否。
「次まで少し時間があります」
 司命が言った。
「お茶にしますか?」
「そうですね」
 司録がこちらを見る。
「相変わらず切り替えがお早いですね」
「切り替えなければ、次の死者へ失礼ですから」
 先ほどの男の人生を次の者の人生へ持ち込んではならない。それもまた、公平な裁きのためである。



 二人目は、小さかった。
 椅子へ座らせると足が床へ届かない。少年はしきりに辺りを見回していた。
 怖いのだろう。当然だ。だが泣いてはいなかった。泣くのを我慢している顔だった。
「名を」
 私はできるだけ普段と同じ声で言う。優しくしすぎる必要はない。怖がらせる必要もない。
 少年が名乗った。
「その名前が、自分の名前だと思いますか」
「うん」
「自分が死んだことは分かりますか」
 少し間があった。
「……うん」
「どうして死んだかは?」
「木から落ちた」
「そうですか」
 少年の手が膝の上で縮こまっている。
「鏡を見ます」
「鏡?」
「あなたがどう生きたかを確認するためのものです」
「嘘ついたら分かる?」
「分かります」
 少年は背筋を伸ばした。
「じゃあ、嘘つかない」
「良い心がけです」
 鏡が輝く。

 短い生だった。人間の人生として、あまりに短い。
 両親の顔を、本人はほとんど覚えていない。
 父。母。
 病か事故か。相次いで死んだ。幼い子だけが残った。
 叔父が抱き上げる。叔母が泣く。
『今日からここがお前の家だよ』
 少年には、その意味がよく分かっていなかった。
 だが、家になった。
 朝。少し多めの飯。叱られる。遊ぶ。転ぶ。泣く。叔母に膝を洗われる。叔父と薪を運ぶ。
 寝る。熱を出す。一晩中叔母がそばにいる。快復する。また遊ぶ。
 実の子ではない。そんな言葉に少年は耳を傾けなかった。叔父も叔母も意識させなかった。
 息子として育てられた。少年もまた親として慕った。
 家事を手伝う。水を汲む。箒をかける。洗濯物を運ぶ。
 頼まれたからやった日。褒められたくてやった日。何となくやった日。面倒で逃げた日。あとで怒られた日。
 どれも子供らしい。
 近所の者たちにも可愛がられた。友達と喧嘩をする。次の日には遊ぶ。菓子を半分にする。時々大きい方を自分で取る。謝る。また喧嘩する。

 白か黒か。
 そのような言葉をこの幼き魂に被せることは、一体どれほどの意味があるのだろうか。

 そして庭にある柿の木。何度も登っている。
『危ないからあまり高いところまで行っちゃ駄目よ』
『分かってるー!』
 分かっていない返事だった。
 次の日。登る。また叱られる。
『もう登らないの!』
『うん』
 また登る。子供とは、そういうところがある。
 危険というものは知識として理解することと、自らにも起こり得る現実として理解することが別だ。
 秋のある日。晴れていた。
 大きな柿の実が揺れている。
 少年が枝へ手をかける。一段、二段、高く、もっと高く。
 少年は初めて世界を見下ろした。そして無慈悲にも世界は少年を見上げた。
 実へ手を伸ばす。枝が折れた音。
 世界が途切れた。
 鏡が暗くなった。

「おばちゃん、泣いてた?」
「答えられません」
「おじちゃんも?」
「答えられません」
「……怒ってた?」
 私は少し考えて言った。
「どう思いますか?」
「……」
 少年の目に涙が溜まった。
「僕、言われてたんだ」
「木に登るなと?」
「うん」
「それでも登りましたね」
「うん」
「なぜですか?」
「……柿、取りたかった」
「それだけですか」
「高いところ登れるの、みんなに見せたかった」
 正直だった。
「怖くは?」
「ちょっと怖かった。でも、いつも大丈夫だったから」
「そうですか」
 無意識のうちに少し目線が下がっていたことに気付き、向き直す。
「自分が死んだことを、どう思いますか」
 少年はしばらく答えなかった。
「……ごめんなさいって」
「誰に?」
「おじちゃんとおばちゃん」
「他には?」
 少年は考えた。
「友達」
「他には」
「近所のばあちゃん」
「他には」
 困った顔になる。
 私は待った。
 やがて、少年は小さな声で言った。
「……僕」
 涙が少年の目から頬を伝い、一粒落ちた。
「僕も死にたくなかった」
「当然でしょうね」
「もっと遊びたかった」
「ええ」
「柿だって来年も食べたかった」
「そうでしょう」
「僕、馬鹿だった?」
 私はあえて即答しなかった。
「愚かなことをしました」
 少年がうつむく。
「しかし、愚かなことをした者が愚かな存在であるとは限りません」
 顔が上がる。
「あなたは言いつけを守らなかった。その結果、自分の命を失った。あなたを愛していた者たちを深く悲しませた」
 少年の肩が震える。
「これはよいことではありませんね?」
「うん」
「そして」
 私は少し声を和らげた。
「あなたは、もうそれが分かっている」
 少年の鼻を啜る音がした。
「ここへ来るまでずっと考えていたでしょう」
「……うん」
「もし戻れるなら、木に登らない?」
「絶対登らない」
「本当に?」
「……たぶん」
 私は思わず口元を緩めた。
 少年が不安そうにこちらを見る。
「いえ。その答えの方が信用できます」
「怒らない?」
「もう十分自分で怒ったでしょう」
 私は書面へ目を落とした。
 賽の河原、親より先に死んだ子が行く場所。
 だが、この子の実の両親は既に死んでいる。一般的な形式だけを見れば適用する根拠は薄い。
 しかし……そもそも、ここでの親とはなにか?親とは血なのか。あるいは育てた者か。あるいは自身が親と認めた者か。規定が答えることはない。答えてくれとも思わない。
 まず、この子は産みの親に対しては親不孝をする権利すらも剥奪されている。育ての親に対しては?ああ、そうだ。なんたる親不孝者か。それに叔父叔母が行った決断、この子供を育てる決意について、この子の親不孝を生んだ要因とすること。因果関係で言えばそれも一つの真実だろう。私以外の閻魔がこの場にいれば、そう解釈する者が出ても不思議ではない。
 だが私に言わせてもらえば、そこまでの「親」に関する逡巡は必要ない。
 簡単な話だ。この子供は「おじちゃんとおばちゃん」と言った。それだけでいい。
 そして、だからこそ見なければならない。この子を。この子の生を。叔父と叔母を。
 庁内の職員でも与えられた愛情に比して、家事の手伝い程度では釣り合わないと言う者がいるだろう。
 だが報恩とは、同じ重さを返して初めて成立するといえるのだろうか。子供に大人と同量の労働を求めることが公平か。
 そして何より愛されていた。
 愛されること自体が善行なのか。それは難しい問いでもある。
 何もしなくても愛される者はいる。どれほど尽くしても愛されない者もいる。ならば、愛されたことだけを功徳とするのは不公平だろう。
 しかし、誰からも愛されるような振る舞いを積み重ねていたこと。周囲へ喜びを与えていたこと。存在することで人の心に温かな場所を作っていたこと。それまで無視することは、この小さな存在に向き合うならばあまりにも不誠実ではないか。
 罪は。言いつけを破った。周囲を悲しませた。自分を死なせた。そのほか生きる上での罪。
 しかし、なによりも悔いている。しかも、ここにきて地獄を脅されたことで始めたわけではない。この場所へ来る間に既に悔いていた。

 ならば。

 私は筆を取った。
「判決を作成します」
 少年がびくりとする。
「僕、地獄?」
「司命」
 私は答えず書面を渡した。司命が受け取る。
「罪状および判決を読み上げる」
「生前において養育者の制止に従わず危険行為を反復し、結果として自己の生命を喪失させ、養育者および縁者らへ大きな悲嘆と損失を生じさせたことを罪業として認定する」
 少年の目が潤む。
「一方、生前、養育者への報恩行為とこの者が所属していた共同体における社会的道義の履行を多数認める」
 少年は瞬きもしない。
「そして、死後、自己の軽率な行為およびその結果について十分な悔悟が既に生じていることを認定する」
 一拍。
「以上より、現時点において地獄への送致を必要とせず。輪廻の機会が整うまで冥界にて待機を命ずる」
「……冥界?よくわからないけど地獄じゃないの?」
「はい」
「でも、僕悪いことした」
「しましたね」
 少年の顔が曇る。
「だからこそ悪いことを無かったことにはしません。反省したからといって枝が折れる前には戻れません」
「……うん」
「それでも、悔いることには意味があります」
「なんで?」
 私は少し考える。
「また次があるからです」
「次?」
 少年の目が大きくなる。
「いつ?」
「それはまだ分かりません」
「また人間?」
「それも分かりません」
「妖怪になる?」
「一つずつ尋ねても今は答えられません」
「虫は?」
「ありえます」
「ならかっこいいカブトムシがいいな」
「カメムシかもしれませんよ」
「ええー……」
 少年心底嫌そうな顔をした。
「生まれ変わった後、今の記憶をそのまま持っているとは限りません」
「じゃあ反省しても忘れちゃうじゃん」
「記憶だけが、その者のすべてではありません」
「難しい」
「今は難しくてよいのです」
「とにかく、あなたの生はここで一度終わりました。次はもう少し自分を大切にしなさい」
「……はい」
「返事だけではいけませんよ?それと……絶対に木に登るなとは言いません」
「いいの?」
「危険を理解して登りなさい」
 少年が少し笑った。
 扉が開くと鬼が入ってきた。先ほど猟師を連れていった者とは別の鬼だった。大柄で、強面で、角も立派だ。少年の顔が引きつる。
「怖い」
「そう言われてもなあ……」
 鬼が頭を掻いた。
「これでも今日は優しい顔してるんだぞ」
「嘘だ」
「ばれたか」
 よりにもよってこの場で嘘を付くとは大した部下だ。
 鬼はしゃがみ、大きな手を差し出した。
「冥界まで行くぞ。途中で迷うなよ」
 少年は私を見る。
「行ってよいですよ」
「……ありがとう」
「礼を言う相手ではありません」
「でも、ありがとう」
 少年は椅子から降りて鬼の手を握った。小さな手が、大きな手の指一本を掴んでいるように見えた。
「おじちゃんとおばちゃんに会える?」
 扉の前で少年が振り返った。
「いずれ彼らが死んだときに可能性はあります」
「死んでほしくないよ……でも会いたい」
「でしょうね」
 少年は困った顔をした。
「変なの」
「よく言われます。」
 鬼は笑いたかったが我慢した。
「早く連れていきなさい」
「へい」
 少年が手を振る。
 私は小さく手を上げた。
 扉が閉じ静かになった。手元にある、ほんの数枚の書類を見る。あの子の人生は、その程度の厚みに収まってしまう。生涯が短かったから。それでも短いから軽いわけではない。
 私は地蔵だった頃のことを思った。何世紀前だろうか。ある者は祈り、ある者は泣き、ある者は怒った。人は別れに理由を求めることがある。そうでなければ押しつぶされてしまう者もいる。何が悪かったのか、誰が悪かったのか。だが、その答えを求められないことは同じぐらい多い。
 ……今回は、枝が折れた。子供が落ちた。頭を打った。死んだ。
 責任の所在をどこかに見出すことは簡単だ。言いつけをもっと強くしていたらよかった。危ない枝を先に切ってしまっていればよかった。そしてなにより、言いつけをしっかり守っていればよかった。
 だがそれらを無理に見出して「悪」へ結びつける必要はない。あの子供の不注意は罪業として見る。少年の叔父と叔母が来たときには、彼らの不注意もまた量りなおさなければならないが。
 だが事故そのものを悪意へ作り替えてはならない。事故は事故であり、事件は事件である。
「ヤマザナドゥ」
 司録の声で我に返る。
「何ですか」
「お昼です」
「ああ、そうですね」
「嬉しそうですね」
「気のせいですよ」



 私は弁当を持参することがある。
 理由は幾つかある。
 一つ。自分で作ったものの方が味の調整がしやすい。
 二つ。庁内の食堂で食べる者たちは死んだ魚のような眼をしているものが多い。
 三つ。自身の執務室で弁当を食べる方が落ち着く。
 そして四つ目。私は料理が嫌いではない。
 今日の弁当は、炊いた米に胡麻を振り、卵焼き、青菜のおひたし、こんにゃくのピリ辛炒め、少量の漬物を詰めたものだった。
 派手さはない。
 だが昼食とは毎日食べるものだ。毎日食べるものに一々驚きは要らない。いや、仮に派手だとしても自分で用意するのだから驚くわけはないのでは?自分で自分に突っ込みつつ、蓋を開けて箸を取り卵焼きを一口食べた。
 悪くはない。少なくとも昨日よりうまくできた。十全とは言えないが及第点だ。
「四季様って、本当に自分で作ってるんですねえ」
 向かいから声がしたのに対して私は反射的に顔を上げる。
「あら小町。仕事は?」
「昼休みですよ!?」
「てっきり午前のうちに前倒しで休憩を使って、そのあとは休憩なしで働くつもりかなのかと思ってたけど」
「午前はちゃんとやりましたって」
「何人?」
 小町が固まる。
「いやー、食事中に仕事の話はやめません?」
「話をしてもしなくても状況は変わらないと思うけど?」
「仕事はしてましたよ!本当です」
「『仕事は』ね。何人?」
「いや、その……3人です……」
「小町」
「いや、本当に、結構三途の川幅が長くなって時間がかかりましてね?」
「長くなりそうな魂を選ぶからでしょ」
「はい……」
「分かっているならよろしい」
 小町は説教が一区切りしそうなことを感じ取り、風呂敷包みを広げて中の竹の皮を開いた。そこから少しいびつな形をした握り飯が顔を出した。
「いやあ。子供だったんでしょう、さっき」
「……それが?」
「あたいが乗せてきましたからね」
「道理で」
「無理に話を聞き出すとかしてないですからね」
 小町は握り飯を齧る。
「冥界行きで?」
「ただでさえ賽の河原勤務の鬼はみんなノイローゼ気味だし、これ以上子供を増やしてもね」
「そりゃよかった」
「よくないけど」
「地獄行きよりはいいでしょう」
「地獄が比較対象になってる時点でよくないのよ」
「あー……四季様、そういうとこですよ」
「何が?」
「誤解されがちなとこです」
 否定はしなかった。
 今度はこんにゃくを口に運ぶ。
 ふと先ほどの少年の顔が浮かんだ。彼はありがとうと言っていた。しかし私は救ったわけではない。救えなかった。
「浮かない顔ですね」
 小町が言った。
「そう見える?」
「ちょっと」
「聞かなくても理由は分かるでしょ」
「そりゃそうですが……やっぱり、今でもそういうの気にするんですねえ」
「私を何だと思っているの?」
「感情豊かな閻魔様?」
「豊かにさせてる主犯が一人思い浮かぶけど気のせいかしら」
「誰ですかね?」
 小町は笑った。
「まったくもう……」
 少しだけ気が抜けた。小町はこういうところがある。こちらが必要以上に張り詰めている時には、それとなく空気を緩めてくれる。
「話戻っちゃいますけど……」
「賽の河原とか、色々あるじゃないですか。親より先に死ぬのが親不孝だーなんて」
「ええ」
「今回の子の産みの親は生前──」
「小町」
「ああ、はい。すみません」
 卵焼きの残りを口へ運ぶ。
 親より先に死ぬ。それを罪とする。文化的なものだ。理屈は分かる。残された親を悲しませる。恩を返す前に死ぬ。生まれた順序と違える。だがそれを機械的に適用すれば、親に虐待されて死んだ子まで親不孝者になる。その後を考えればそうした親にとって「不孝」かもしれないが、そういう問題ではない。
 親を知らず育った子はどうする?赤子のときに取り違えられた場合は?人間の関係は規則が好むほど整然とはしていない。
「小町」
「はい?」
「親とは何だと思う?」
 小町は握り飯を持ったまま、しばらく固まった。
「昼飯食いながらする話ですか、それ」
「貴女が戻した話題でしょ」
「四季様が聞くと試験みたいで嫌なんですよねえ」
「は?」
「じゃあ……子供が親だと思う相手じゃないですか」
「ずいぶん単純ね」
「単純でいいじゃないですか」
「子が一方的に親と呼べば?」
「それだけじゃ足りないでしょうね」
「なら満たすには?」
「育てて、飯食わせて、叱って、心配して、それで子供の方もそいつを親だと思ったら、親でいいでしょう」
 昼食を終えて茶を飲み一息つく。
 今日の午前は二つの人生を見た。一つは長く、一つは短かった。午後にはまた一つ見る。それだけだ。毎日のことだ。ある者が生まれ、老い、患い、死ぬ。そして、こちら側へ来る。その一部を私が見て裁いて送り出す。この繰り返しだ。だからこそ、すべてを「いつものこと」にしてはならない。こちらにとっては百万件目でも、死者には一度きりだ。
 私は弁当箱を閉じた。
「では戻ろうかしら」
「もう?」
「午後の準備があるから」
「まだ休憩時間残ってますよ」
 私は時計を見た。確かにまだ一息つけるだけの時間はある。
「……まあ少しなら」
「そうしましょうよ」
 小町が私の執務室のソファで横になる。
「なんで私の部屋で私よりくつろいでるのよ」
「このソファがふかふかなのが悪いんですよ」
「残業で帰れないときの仮眠のために用意したから当然よ」
「すみません、すみません」
 仮眠用のタオルケットが丸めて枕にされていた。



 午後の審判。
 三人目の死者は老人だった。
 先ほどの猟師とは違う種類の年輪が顔に刻まれている。
 痩せていた。背筋は死後も伸びている。
 服装は死の床のものよりも前のものらしい。飾り気のない襟付きのシャツに、柄が入っていない黒いスーツ。羽織っていないにもかかわらず、どこか法服を思わせる端正さがあった。魂は時として、自らを最も自分らしかった姿へ寄せる。
 老人は椅子へ座り、私を見た。
 落ち着いている。驚きはある。恐れも。だが、それを表へ出さない環境に身を長く置いてきたことは一目瞭然だった。
「名を」
 私は尋ねた。
 老人が答える。
 外の世界らしい名だった。
「その名を、自らのものと認めますか」
「認めます」
「生前、人間であったことを認めますか」
「はい」
「裁判官として長く勤めていたことも」
 老人は一度、私の背後の部屋の装飾を見た。
「はい」
「よろしい」
「ここは、文字通り死者を裁く法廷と理解してよろしいのでしょうか」
「厳密には違いますが、理屈としては大きく逸れてはいません」
「あなたは裁判官で?」
「閻魔です」
 老人の目が僅かに変わった。
「……なるほど」
「何か」
「いえ。宗教上の概念に、死後実際に会うことになるとは思いませんでした」
「そうですか」
「私の信仰の有無や深さは判決へ影響しますか」
「信仰そのもので行き先を決めることはありません」
「安心しました」
「なぜです」
「特定の教義を知らなかったことを罪とされる裁判なら、公正とは考えにくいので」
 私は老人を見た。
 なるほど。
「では確認しましょう」
 鏡が現れる。
「浄玻璃の鏡です。あなたの生前を確認します」
「話としては知っていましたが本当にあるのですね。拒否権は?」
「ありません」
「そうですか」
「不服ですか」
「職業柄手続を確認しただけです」
「よろしい」
 鏡が光る。
 司録が筆を取る。
 老人の人生が始まった。

 暗い夜だった。
 幼い子供あるいは少年。
 廊下から二つの声。やがて怒鳴り声に。
 何かが倒れる音。少年は部屋を出る。
『お父さん?』
 薄暗い玄関。
 人影。男がいる。
 振り返った。一瞬見えた顔。外へ走る。
 認めたくなかった。床に倒れた父。血。
 少年の音もない叫び声。
 鏡は続けて映し出す。
 逮捕の知らせ。取調べ。
 裁判。幼い少年が証言台へ立っている。
『間違いありません。この人でした』
 被告人を睨む。
『間違いありません』
 弁護側が尋ねる。
『その時、廊下の灯りは点いていましたか?』
『……いいえ』
『玄関の灯りは』
『暗かったです。でも見ました』
『どれぐらいの時間見ましたか?』
『分かりません』
『あなたはその時、お父さんが倒れているのを見て動揺していたことはありませんか?』
『動揺してました。でも、この人です!』
 状況証拠のみ。物的証拠なし。
 目撃証言の信用性。合理的疑い。
 判決の日。無罪。
 少年は泣かなかった。
 ただ、被告人が法廷から出ていくのを見ていた。
 母が泣いている。
『どうして』
 少年は思った。
 それが始まりだった。
 法。裁判。裁く者。
 少年はよく勉強し成長した。
 最初は復讐だった。
 あのとき、父を殺した者を裁けなかった制度。
 自分が正しく使う。悪を逃さない。正しく罰する。
 そのために裁判官になるのだ。
 だが、学べば学ぶほど、法は単純ではなかった。
 なぜ物的証拠が重要なのか。
 なぜ疑いが残れば被告人にとって有利に判断するのか。
 なぜ目撃証言が絶対ではないのか。
 冤罪。国家権力。無実の者を罰する恐怖。
 少年は青年になり、ある日、図書館で一人泣いた。
『あの判決は……正しかった……』
 父を殺した者だったかもしれない。いや、絶対にそうだ。
 あのときの少年には確信があった。
 しかし、裁判に必要なのは少年の確信ではない。
 そのとき初めて理解した。自分は裁判を感情的な判断で見ていたと。
 そして青年は決めた。法を見る自分から私情を捨てる。
 自らの感情や立場ではなく。被害者への同情でもなく。
 被告人への嫌悪でもなく。法と証拠によって裁く。
 そして裁判官になった。
 長い年月。
 無罪判決。有罪判決。軽い刑。重い刑。
 ある男。人を殴った。法に従い刑を決めた。
 ある女。パンを盗んだ。事情があった。貧困。子供。
 しかし犯罪は犯罪。法の許す範囲で酌量した。
 ある少年。薬物。依存。家庭。更生の余地。養護施設。
 ある男。殺人未遂。執拗。計画的。反省なし。重刑。
 老人に近づくほど、判断は緻密になった。
 判例。法解釈。証拠。量刑。
 手続。司法の役割。公平。
 自宅。質素だった。豪奢な趣味はない。
 賄賂を持ちかけられた。即座に拒絶した。
 圧力を受けた。退けた。
 有力者の親族。関係ない。
 貧しい者。関係ない。
 人気のある被告。関係ない。
 世論。関係ない。
 法廷では皆を法の下同じに扱った。
 少なくとも、そうしようとした。
 そして弟子が増えた。
『先生のような裁判官になりたいです』
『私のようになる必要はない』
『なぜですか』
『君には君の歩んできた道がある。君の目は君の目だ』
 尊敬された。
 多くの法曹が彼の判決文を読んだ。
 公平無私。厳格。清廉。
 そして。ある裁判。
 複数の殺人。計画的。
 法律上の要件。
 判例。情状。
 すべてを検討した。
 中年になっていた男は口を開いた。
 主文後回し。
 その者に身寄りはなかった。
 配偶者も。子も。
 特別縁故者も認められなかった。
 裁判官は、その後も仕事を続ける。
 刑罰を言い渡し続ける。
 自由を奪う。財産を奪う。時には命を奪うことを命じる。
 もちろん彼一人で決めない、彼一人の独善ではない。
 検察がある。弁護がある。証拠がある。
 法がある。上級審がある。制度がある。
 だからこそ彼は自分一人の感情を排した。
 それが公平だと信じて歩みを進めた。
 そして老いた。
 退官。教える。読む。書く。
 家族。弟子。穏やかな晩年。
 病床。最期。大勢に囲まれている。
『先生』
『お父さん』
『ありがとうございました』
 老人は微笑む。
 鏡が暗くなった。

 私は老人を見た。
 見事な人生だった。
 ……人間社会の尺度で見るならば。
 誠実かつ勤勉。公平かつ清廉。
 彼は法を私物化しなかった。その私怨を裁判へ持ち込まなかった。自らの幼少期の傷すら、公平に見つめ直した。
 尊敬されて当然の人間だろう。だからこそだ。
「質問します」
「どうぞ」
「裁判官として人を裁いたことについて、どう考えていますか」
 老人は少しだけ目を丸くした。
「職責です」
「職責」
「はい」
「それ以外は」
 老人は考える。
「判決に伴う責任の重さを感じたことはあります」
「感じたことではなく、考えたことを聞いています」
「……適法かつ適正な裁判を行えていたかという意味ですか」
「違います」
「それでは他に何がありましょうか。」
「裁判官であることの罪です」
「裁判官であることを罪として認識するなら、司法制度は成立しません。それに特定の職業に就くことを罪として見るのは公平ではないと思いますが」
「そのような話はしていません」
「では何だというのですか」
「人を裁くという行為についての話です」
 老人の眉が僅かに動く。目の前の存在は、裁きというものは神の領域であるから、神の領域に手を出すなという話をしているのか。少なくとも老人にはそう思えた。
「貴方という一個人が、他者の自由を奪う判決を出した」
「法に基づきました」
「それは後で聞きます」
「……はい」
「どう考えますか」
 長い沈黙。
「必要な行為だったと考えます」
「死刑判決について」
 老人の目が鋭くなる。
「同じです」
「人を殺すよう命じました」
「私個人ではなく、裁判所ないし国家が法に基づき判決を下しました」
「質問を変えます」
 私は老人を見る。
「あの時貴方の判決がなければ、その者はその時点その場において死刑にならなかった」
「そうです」
「貴方は死刑判決を出した」
「はい」
「貴方はそれを命じた」
「制度上、判決を言い渡したのは私です」
「今は制度上の手続きの話をしていません」
 私は声を低くする。
「貴方が言った。貴方の口で」
「……そうです」
「貴方の判断で」
「判決に私が関わっていないとは言えませんから、否定はできません」
「貴方は人を死なせた」
「そのような表現をするのであれば、そうなります」
「表現ではありません」
「では、あなたは死刑判決を個人による殺人と同一視するのですか」
「同一とは言っていません」
「ならば」
「しかし、人の命を奪うことを決めた行為であるという点は同じです」
 老人の目に、初めて明確な反論の色が出た。
「私が判決を読まなかったとしても、判決は覆るものではありません。それに、死刑制度はその是非を別として、社会が合法的手続を経て刑罰として定めたものです」
「知っています」
「裁判官個人が勝手に殺したのではない」
「それも知っています」
「ならば」
「だからこそ聞いているのです。貴方は、制度の中での自身の手を見たことがありますか」
 老人が黙る。
「貴方は法に基づいていた」
「貴方は適正な手続に従っていた」
「貴方の行動は社会に必要なことだった」
「貴方は社会秩序に貢献していた」
「それらをすべて認めましょう」
 私は続けた。
「その上で貴方は人を裁いた。罰することを命じた」
 老人の目が細くなる。
「……私に、その行為を悔いよと?」
「はい」
「私が下した判決が誤判でなくとも?」
「はい」
「私の行いが違法でなくとも?」
「はい」
「私が見た被告が実際に罪を犯していても?」
「はい」
「それが社会に必要な刑罰であっても?」
「はい」
「それでは司法は成立しません」
「私は司法制度を見ているわけではありません」
「しかし!」
 老人の声が初めて大きくなった。
 だがすぐに抑える。
「失礼しました」
「構いません」
「人を裁く者が、判決のたびに『自分は罪を犯した』と考え続ける。それがあなたの考える正しさですか」
「正しさについての話はしていません」
「では何です」
「必要なことについてです」
「なぜ必要と?」
「他者を傷つける行いを、立場の中へ隠さないためです」
 老人は口を開きかけたが私は続ける。
「猟師が猟師であるから獣を殺す」
「兵士が兵士であるから人間を撃つ」
「執行人が執行人であるから首に縄をかける」
 老人はそれでも口を開いた。
「裁判官とは――」
「すべてが同じではありません」
 私は遮った。
「ですが、これらと形が違うという理由だけで、自らの手から結果が消えるわけでもない」
 老人は私を見ていた。
「貴方が職責を果たしたことは認めます」
「……」
「賄賂を受けなかったことも。私情を排したことも。法を学び続けたことも。弟子を導いたことも」
「それらは善行として見ます」
「ならばなぜ」
 私は淡々と言う。
「そして人を裁き、罰を命じたことは罪業として見ます」
 老人は理解できないという顔をした。
「両立するのですか」
「します」
「矛盾では」
「どこが」
「一つの職務が善行であり、同時に罪だと」
「貴方は一つの行為に一つの意味しか持たせられないのですか」
 老人は黙った。
「ある者は子を守った。そのために他人を殴った」
「正当防衛があります」
「人間の法では」
「……」
「私はその行為を見ます。事情も見ます。必要性も見ます。悔悟も見ます。そして結果も見る」
「あなたの裁定には基準がないのですか」
「あります」
「どこに」
「目の前に」
 老人が眉を寄せる。
「貴方です」
「死者本人が基準の一部です」
「それでは恣意的に成り得ます」
「はい」
 即答した。
 老人が目を見開く。
 司録は顔を上げずに筆だけを動かしている。
「だからこそ、鏡で見なければならない、渡される文字だけに逃げてはならない」
 さらに私は問う。
「貴方は死刑を言い渡した者のことを覚えていますね」
「覚えています」
「顔も、名も、年齢も」
「覚えています」
「その者が死んだ後、考えましたか」
「……考えました」
「何を」
「本当に判決が正しかったかどうかです」
「結果は」
「正しかったと判断しています」
「考えたのはそれだけですか」
「……」
 老人の顔が暗くなる。
「一人の人間が、自分の判断によって死んだことは」
「……」
「知っていたでしょう」
「……知っています」
「いいえ」
 私は首を振った。
「知識としてではありません」
「……」
「あなたは、知っていた」
 判決の日、老人は確かに見ていた。被告人の顔を。
 しかし目を逸らした。
 法へ。判例へ。制度へ。正しさへ。
「貴方は知っていたが、自らの手で瞼を覆った」
 老人の顔が強張る。
 私は筆を取り判決文を書き始める。
「被告人が人を殺した。だから死刑になった。それが人間社会の法において適切だったかどうかを、私は覆すつもりはありません。覆す権利もありません」
「まして死刑制度の是非について論じる気もありません」
「……」
「ですが、死刑囚に罪があったことと、貴方がその者の死を命じたことは、それぞれ別の事実です」
 筆先が紙を走る。
「他者の罪は、貴方の行いを無罪にはしない」
 老人が静か口を開く。
「では、あなたの論理では裁判官は皆地獄へ落ちる」
「いいえ、その者によりますね」
「私は法に忠実でした」
「だから何です」
 老人の顔に明確に怒りが走った。
「それを言うのですか」
「言います」
「法に従ったことを、『だから何だ』と」
「法に従ったことを罪として扱っているのではありません」
「では!」
「法に従ったから、自分自身は加害していないと思うことを問題にしています」
 老人は拳を強く握った。
「私は、そんなことは――」
「思っていない?」
「……」
「では悔いていますか?」
「何をです」
「人を傷つけたことを」
「私は――」
「自由を奪った」
「刑罰です」
「財産を奪った」
「法に基づく――」
「命を奪った」
「だから、それは!」
 ついに老人が立ち上がった。控えている鬼が一歩動く。
 私は目線で制した。
 老人は息を荒らげていた。
「それを私個人の殺人と扱うならば、社会そのものが成立しない!」
「座りなさい」
「あなたは人間が築いてきた社会を知らない!」
「社会についてはよく知っています。座りなさい」
 老人は憤慨した様子で私を睨んだが、やがて座った。


 私は筆を置いた。
 判決文ができた。
 人間社会から見れば、おそらく納得しがたいだろう。
 善良で、公正で、尊敬される裁判官。
 それを地獄へ送る。
 だが、私は人気投票をしているのではない。
「司命」
 判決文を渡す。
 司命が立つ。
「罪状および判決を読み上げる」
 老人はまっすぐ前を見た。
「生前、司法官として長期にわたり多数の人間を審理し、刑罰を命じた行為について、社会秩序維持および職務上の必要性、手続上の適正、公平無私な職務遂行を認める」
 老人の目は動かない。
「また、賄賂その他の不正を拒絶し、私益を目的として司法権を用いず、法学の研鑽および後進の育成に努めた点を善行として認定する」
 続く。
「一方、他者を裁き、自由、財産その他の権利を奪うことを命じた行為の罪業を認定する。また、死刑判決を通じて他者の生命を奪う因果へ直接関与した事実を重く認定する」
 老人の瞼が僅かに閉じられる。
「当該行為について、職責および社会における法的正当性は存在するものの、一個人の行いとして自ら顧みる悔悟が認められない」
 一拍おいて司命が言う。
「以上により」
 老人が目を開いた。
「行き先、等活地獄」
 読み上げが終わった。
 沈黙。
 鬼はすぐには動かなかった。
 老人もすぐには動かなかった。
 私は待った。
 やがて老人が口を開いた。
「……一つ、質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「等活地獄という行き先について」
「はい」
「それは、何らかの規定に基づいているのですか」
 私は老人の目を見る。
「地獄の種別を決める部分に限れば」
 老人の目が再び鋭くなった。その一言だけで彼は理解した。
「なるほど」
 つまり、地獄そのものへ行くか否か。罪をどこまで罪とするか。悔悟をどう量るか。
 そこには人間の法典のような条文体系はない。
「では」
 老人はゆっくりと立った。
 鬼が身構える。
 尤も、老人には暴れる気など毛頭もなかった。
 ただ立って私を見た。
「あなたは、人間と人間の法を軽く見ておられる」
「そう聞こえましたか」
「はい」
 先ほどまでの怒りとは違い声は静かだった。
 だが、その底にはそれを越えた炎があった。
「法とは、支配者が好き勝手に人を縛るためだけのものではない」
「知っています」
「いいえ」
 老人は首を振った。
「あなたは知らない。少なくとも、人間として知ってはいない」
 その通りだ。
 老人は続ける。
「人間は不完全です。嘘をつく。誤る。憎む。復讐する。愛する者を贔屓し、嫌いな者を重く罰したがる。群衆は時に激情で人を殺す」
「ええ」
「だから法を作った」
「……」
「人々の運命を一人の感情に任せないために。王の気分に任せないために。被害者の怒りだけに任せないために。そして、裁判官の善意にすら任せないために」
 声が強くなる。
「証拠を求める決まりを作った。訴えを起こす手続を定めた。弁護の権利を作った。上訴の仕組みを作った。前例を積み上げた。何百年、何千年も血を流し続けて失敗しながら」
 老人の目に何かが宿る。
「法とは、人類の営みの結晶です」
 表情を変えず私は聞いていた。
「私の父を殺した男は無罪になった」
 一瞬老人の輪郭がぶれ、少年の顔が重なったと思うと、次は青年の顔が重なった。
「私は子供でした。当時は間違いなくあいつだと思った。だが、あれだけの証拠、あれだけの証言で犯人だと決めて裁いてしまっていいはずなどない!どうしてたったあれだけで一人の人生を左右することが出来ましょうか!」

 ……ああ、やはり。

 老人は拳を強く握った。
「私が見たと言っただけで、犯人と決めて人を罰してよいなら法はいらない」
「その通りです」
「ならばなぜ!」
 声が響く。
「なぜ、その法に従って生きたことをあなたは罪とする!」
「いいえ、法に従って生きたことを罪とは――」
「同じことだ!」
 老人が初めて、裁判官ではなくなった。一人の人間の声だった。
「あなたは言った!私が人を死なせたと!」
「……」
「ではどうすればよかった!どう悔いればよかった!死刑判決を出すときに泣けばよかったのか!判決を下すときに被告人へ謝罪すればよかったのか!私は人を裁かなければよかったのか!」
「そして!悔いるということを知らない者であっても!悔いていないことを罪として地獄に落とすのか!」
「……」
「誰も裁かなければ誰が被害者の尊厳を守る!誰が加害者に更生機会を促す!」
 部屋の壁へ声が跳ね返る。
「そして誰が社会を守る!」
「……」
「あなたが神か仏かは知らない!だが人間より高い場所から人間の法を小さなもののように見る!」
「……」
「人間はあなたのように死んだ人間と話せない!」
 私は目線を老人の目から逸らさない。
「鏡もない!」
「……」
「だから証拠を見る!」
「……」
「だから規則を作る!」
「……」
「だから法律を変え続ける!」
 そして、老人は深呼吸をして言った。
「……人間の論理に基づいて人間を見る。それこそが公平ではないのですか」
 一瞬、静寂が訪れる。
 一拍おいて老人は息を整え低い声で言った。
「あなたは私を裁いた」
「……」
「では聞きたい」
「……」
「あなたは公平なのですか」
 目は逸らさない。
「規定もなく」
「……」
「あなた自身の考える善悪で」
「……」
「人一人を地獄へ送り」
「……」
「あなたは、自分が公平であると、何によって保証する」
 ただ司録の筆だけが動いていた。
 質問だった。それと同時に告発だった。
 私は悔悟棒へ目を落とした。白黒はっきりつける程度の能力。
 善悪を見抜く力。本質を量る力。
 裁き。
 それは、人間の裁判官から見ればどれほど傲慢に見えるのだろう。
 自分は見えるから、自分は分かるから。
 だから裁いてよい。人間にはそう見えてしまうだろう。
 それは果たして罪なのか。
 公平とは何なのか。
 公平であるか、その問い。
 問いに答えることの意味。
 そして私は口を開いた。
「私が『公平である』か」
 一度だけ瞬きする。
「これは、私が断ずるべきことではありません。そうでしょう?」
 静かに続けた。
「公平であると自認する者は、公平ですか?」
 老人が口を閉じる。
「私は自分自身が公平でありたいと願うことはできます」
「……」
「公平であろうと努めることもできる」
「……」
「ですが、自分で自分に『公平である』と判決を下した瞬間、全ては価値を失う」
 悔悟棒をゆっくりと机の端に置く。
「私は裁く側です。だからこそ、裁くことそのものの罪から逃れることはできません」
 老人の目線が僅かに揺れる。
「閻魔は他者を裁き続けます。そして、裁くという罪と罰を負い続ける。正当化できるものではありませんからね」
 老人は黙って聞いていた。
「私もまた罰を受け続けます」
「あなたが?」
「はい」
「どうして」
「裁いたために」
 この部屋に声が落ちる。
「他者の罪を量ったからといって、私が罪を負わないことなどあるわけがない」
 老人の唇が僅かに震えた。
「では……あなたも」
「貴方と同じです」
「同じ……」
「立場によって他者へ害を与える」
 私は言った。
「そして、立場を理由にそれを無かったことにはできない」
 老人は何も言わない。
「ある者は人を殴った。ある者はパンを盗んだ。ある者は薬物を使用した。そして、ある者は人を殺そうとした」
「それらは人間社会において、人間の法で裁かれるべき存在であった」
 私ははっきりと言った。
「間違いない事実でしょう」
 老人がゆっくりと目を見開く。
 予想外だったのだろう。
「私は人間の法が不要だとは一度も言っていません」
「では」
「あなたの生涯を否定してもいません」
「あなたは多くの人を守った」
「……」
「権力者の圧力を退けた」
「……」
「賄賂を拒んだ」
「……」
「無実である可能性を残す者を、怒りだけで有罪にはしなかった」
 少年時代の彼の父。あの事件が彼にそれを教えた。
「あなたの父を殺した者は、本当にあの男だったかもしれない。しかし、そうではなかったかもしれない」
「……はい」
「あなたはその苦しみを知っていたから、証拠を重んじた」
「はい」
「それは立派なことです」
「ならばなぜ……」
「立派であることと、罪がないことは別だからです」
老人の呼吸が震える。
「しかし、悔悟というものを知っている前提で裁くことはあなたの論理であって、それを適用することは公平であると言えるのですか」
一度深く瞼を閉じた。
「貴方は知っていた」
「……いいえ、知っていたが目を背けてしまった」
そして、瞼を開けて老人の目を見つめ直す
「……」
老人の左手が静かに震える。
「あなたが裁いた一人一人は、制度上の事件番号ではない」
「そんなことは――」
「分かっていた」
「……」
「分かっていたでしょう」
 私は静かに続ける。
「人を殴った者には、殴るまでの人生があった」
「……」
「パンを盗んだ者には、空腹と貧困があった」
「……」
「薬物へ溺れた者には、そこへ至る何かがあった」
「……」
「人を殺そうとした者にも、殺意を持つまでの生があった」
 老人は俯いた。
「事情があれば罪が消えるわけではありません」
「……」
「貧しければ何を盗んでもよいとは言いません」
「……」
「傷ついた者なら誰を傷つけても許されるわけではありません」
「……」
「だから人間は規則や法を作った。見つけた。作り直した。」
「……」
「その長い道のりは決して容易いものではなかった。法に名を遺したある者は、猜疑心と虚栄心から故地や周りの人間を滅ぼした。ある者は、大理石の神輿に乗せられたと認識しながらもそれを黙認し続けた。ある者は、欲の深さと自己認識の甘さから破滅した。ある者は、大いなる存在の名の元に人を焼き十年以上にわたる戦争を引き起こした。」
「人間は少しずつ学び気付いた。広く一定の基準を設ける必要性に。同じ行いには、可能な限り同じような判断を公正に与えなければならない。……そして人間はついに人間の名の元において縄を引くようになった」
「……」
「いつからでしょうか。人間がここまで傲慢になったのは。どうしてそこまでする必要があったのでしょうか。苦しみを背負いながら自らの名の元に自らを焼き続ける。昔は神々に背負わせていた重荷を、今では自分たちで背負い込んでいる。しかし、それも人間が選んだ道。私にそれを否定する権利はありません。」
 ああ本当に傲慢だ。なんと傲慢だろうか。救済を知りながら裁きを選んだ。蓮台を知りながら融銅の道を選んだ。その罪。その苦しみ。知っている。なぜかも。だが、ああ、人間はどうして。
「…………話が逸れてしまいましたね。人間は制度の中に情状酌量を盛り込んだ。その必要性は誰から見ても明らかでしょう。」
「……はい」
 老人が顔を上げる。
「しかし、貴方はそれで終えてしまった」
「……」
「制度が事情を考慮した」
「……」
「だから自分は、もうそれ以上見なくてよい」
「違う」
 小さな声だった。
「本当に?」
「私は……」
「判決の後、その者を考え続ければ苦しかったでしょう」
「……」
「死刑を言い渡した夜、眠れませんでしたね」
 老人は口を噤んだ。
 あの夜、何度も自分の顔を鏡で見た。誰にも悟らせなかった。家族にすら言わなかった。
 あの日のように暗かった。一人きりの部屋で机を前にしていた。
 薄暗い灯りに照らされた判決文の写し。脳裏から消えない被告人の顔。
 このとき彼は酒にも逃げなかった。ただ本を開き文字に目を通していた。だが何も読めていなかった。
 夜が明けた。彼は変わった。いや、変わりたかった。またとあの夜を繰り返さないために。
 そしてより強く法へ寄りかかった。
「あれは……」
「…………」
「………………」
「言葉にすることはできないでしょう」
「違う!」
 老人の声が震えた。
「私は!」
 だが言葉は続かない。
「貴方はそれでも法に生きようとした」
「……」
「毀損された法の峻厳を目の当たりにしながらも」
 老人の目に涙が浮かぶ。
「なぜなら」
 ここでようやく私は目線を少し逸らした。
「あまりにつらく、厳しい道のりであったでしょうから」
「……」
「一人を裁くたび、その人生まで背負っていては、貴方は裁判官を続けられなかった」
 老人の口元が震える。
「だから人格を切り離し、置き去りにしようとした。裁判官としての自分から一人の人間としての自分を」
「……」
「法廷では法だけを見る」
「……」
「感情を捨てる」
「……」
「私情を捨てる」
「……」
「その努力は見事でした」
 老人の涙が落ちた。
「ですが」
 私は続ける。
「捨ててはいけないものまで、一緒に捨てようとしてしまった」
「……何を」
「痛みです」
 老人の肩が震えた。
「自分が誰かを傷つけているという痛み」
「……」
「判決が正しくても」
「……」
「必要でも」
「……」
「それによって傷つく者がいると知る痛み」
「……」
「貴方はそれを弱さだと思った、思いたかった」
「……裁判官が」
 掠れた声。
「判決のたびに揺れていたら……公平ではいられない……」
「ええ、そうでしょう」
「ならば!」
「揺れないことと、感じないことは同じですか」
 老人が止まった。
「感じた上で、それでも判決を下す」
「……」
「それは、貴方が選ばなかった道です」
「そんなことをすれば」
 老人は震える声で言う。
「壊れる」
「ええ」
「壊れるでしょう」
「だから貴方は自分を守った」
「……」
「法のために」
「……」
「社会のために」
「……」
「そして、おそらく自分が裁判官であり続けるために」
 老人の涙が落ちる。
「それを卑怯とは言いません。人間には限界があります」
「……」
「しかし、限界があるから罪が罪でなくなるわけでもない」
「そして何より……貴方はそれでも貴方自身であり続けた。」
「……」
「先ほど貴方は言いました。『私の父を殺した男は無罪になった』と。あの証拠では裁けないと判じていたにもかかわらず。これこそ、貴方が捨てようとしても捨てられなかった貴方自身。痛み。そして貴方が一人の人間であり続けた証です」
 老人は顔を覆わなかった。姿勢も崩さない。ただ涙だけが流れていた。
「そう、貴方は少し己を大切にしなさすぎた」
 老人がこちらを見た。
 その顔に浮かんでいたものを言語化することは難しかった。
 少なくとも、死後の裁判官に期待外れだと怒る顔ではなかった。
 だが、悔悟とも違う。自らの判決を間違いだったと思ってはいない。法に生きた人生を後悔したわけでもない。ただ、長く閉じていた錠前がほんの少し緩んだような、そんな顔だった。
「……一つ」
「はい」
「私の判決は、ここで確定ですか」
「はい」
「等活地獄」
「ええ」
「私が今、悔悟していると言ったならば」
「それだけでは変わりません」
 老人が湿った目尻を僅かに下げた。
「お厳しい。言葉だけの反省を信じないということでしょうか?」
「私個人として信じるかではありません。貴方もそうだったでしょう」
「そうですね」
「それに……今貴方が抱いている感情を、私は急いで悔悟と名付けたくありません」
「なぜですか」
「名前をつければそこで固定化されてしまうからです。」
「後悔、罪悪感、反省、悔悟、その他。どれかに分類すれば、その形で概念が固まってしまう」
「しばらくそのまま持っていなさい」
「地獄で?」
「ええ」
「酷なことを」
「地獄ですから」
 老人がほんの少し笑った。
「罰が報復ではないことは知っているでしょう。貴方が苦しむこと自体を目的として地獄に送るのではない」
「では更生?」
「それだけでもありません」
「難しいですね」
「難しいことに直面した時、考えすぎないというのも一つの選択肢ですよ」
「人間の法も十分難しいと思うのですがね」
「ええ、人間の考えることですから。」
 老人は初めて穏やかな顔になった。
 鬼が静かに近づく。だが老人に対して急かすことはなかった。
「では、行きましょうか」
 老人は頷く。
 数歩進んで振り返った。
「閻魔殿」
「何でしょう」
「最後に……あなたは、本当に自分が公平かどうか考えたことがないのですか」
 私は少し頬に手を当てて考えた。
「そうですね……そもそも普段そのような発想に至りませんから」
「私は裁定が正しかったかどうかについては考えます。そしてその判断に責任を持とうとも努めています。しかし、自分自身が公平であるとは考えません。」
「もし仮に、自分が絶対に公平であると考え信じ始めれば……私は裁く資格を失う。あるいはそれ以上のものも失うでしょう」
 悔悟棒へ指を添える。ああ、今日は使わずに済んだ。そう思った。
 そして老人は長く私を見た。
「それならば……私が最初に抱いた印象よりは、ましな裁判所でした」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「判決には不服ですが」
「それも受け取っておきます」
 老人は鬼とともに扉へ向かった。その背中は最後まで伸びていた。

 やがて扉が閉じた。私は肩を回しつつ少し背を伸ばした。
 司録の筆が止まる。
「記録、終了しました」
「お疲れ様です」
 司命が書類をまとめる。
「次の裁定まで時間があります。休憩されますか?」
「……これ以外に午後の裁定の予定があるとは聞いていないのですが」
「てっきりお昼休みに確認されているかと」
「……」
 二人が仲良く退出する。無情にも重く固いドアノブをしっかり閉め切る音まで響いた。
 部屋に私だけがぽつんと取り残された。



 結局、午後はあれから三件の裁定があった。総合的に見れば少ない方である。里の人間を食べようとして始末された妖怪。しなる竹に打たれた働き盛りの人間の男。外の世界の最新医療の力をもってしてもかなわず、難病で命を落とした少女。今日は特に大きなイレギュラーはなかった。
 しかし、私は本来幻想郷担当であるのだから、外の死者もあてがわれることについて正直何とも言えない気持ちになる。もちろん、幻想郷の住人でなくても衆生を皆愛する気持ちに変わりはない。だが、判断基準というものについては、それぞれの地域の文化や社会などの違いを把握する必要が必ずある。午後のはじめに裁いた裁判官もそうだ。現代の外の社会の法は西洋の法の流れを汲んでいる。それを前提に生きた者であったから、相応の前提で臨まなければならなかった。仮にどこかをさまよっていた律令期の官僚の死者が顔を出し、裁くことになれば令義解や礼記などを前提とした裁定を行う必要が出る。……とここまで考えて思ったのだが、だからこそ案件を回してこられるのではないか。公正な裁きを心掛けようと人間の智に触れる。そうしたならば、「あいつならこの死者を裁ける」と判断される面もなきにあらずではなかろうか。何とも腹立たしい官僚機構の弊害か。
 とはいえ、学ぶことをやめるつもりも毛頭ない。常に衆生は変化するし、彼らから得るものも多い。そして何より、思考を巡らせるということは暇つぶしとしてあまりにも効果的だからだ。だがその分弊害もある。つい余計なことを考えてしまうことだ。今朝もそうだった。白か黒か。人間の裁判所であればそれは明確だろう。一つの行為や事例に対して白か黒かの裁定をする。だが私の場合はそうはいかない。そもそも見る内容が一つの行為や事例ではない上に、全ての罪業と善行を勘案してどういった行き先になるかを決める。それに、何の罪も犯さずに死を迎えることができる人間なんて一体どれぐらいいるのか。少なくとも私はまだそのような事例に出会えたことはない。だからこそ、白黒はっきりつけるなんて好まない。
 しかし、結局は役所仕事。白か黒かという裁定の結果を求められる。そこに私が衆生に抱く感情を入れ込むとなればそれこそ問題である。もちろん仕事として、死者の生前の行いに対して白黒はっきりつける。そしてそのイメージが幻想郷において定着していることも知っている。だが……それぞれの死者が歩んだ生や存在そのものについて、私は白も黒もつけない。そんなもので分けてしまうのはあまりにも不誠実だ。人間であれ、妖怪であれ、獣であれ、草木であれ、神であれ、その存在が歩んだ道のりを、どうして二つの色だけで判断しなければならないのだろうか?
 休日になると此岸に足を運び、説教をするのも根本は同じだ。地獄へ堕ちないようにとそれぞれに説教を行う。だがその内容の本質は大体いつも同じだ。「自らの行いを顧みよ。」顧みることができるならば、死後に地獄行きとなる可能性は大きく下がる。少なくとも私の裁定ではそうだ。逆を言えば、幻想郷の衆生はそのままでは三途の川を渡りきることすらできない者が多すぎる。その場合、ある意味では生の結果、因果応報であるのだろうが……それを放っておくのは私の性分には合わない。また地獄行きというのも、その生をひとつのものとして見た結果ではある。だが、生きとし生ける者が知った場合、あるいはそうでない者が知った場合でも、基本的にはこう扱われるだろう。「○○は地獄へ行った」と。当然地獄にも種類はある。それぞれの行いにより行き先は変わる。しかし、結局は「地獄行き」と黒く塗りつぶされてしまう。外の社会ではまず人間が地獄の様子を見ることはないためそのような心配はない。……もちろん篁卿のような例外はあるが。話を戻そう。外の世界と幻想郷の事情は異なる。幻想郷はあまりにも地獄に近すぎる。地獄へ行き暴れる人間や、地獄の外へ行き宴会をする霊や鬼などまで出る始末だ。話が伝わる可能性は十分に考えられる。もちろん衆生が地獄へ堕ちてほしくないというのは、これだけが理由ではないのだが。
 
 あれこれ考えつつ、単純な書類仕事を終えると終業時間をすっかり過ぎていた。人間の時間基準で言えば居酒屋の二軒目が終わり、それぞれ帰宅するというような頃合いだろうか。どうしようもない酒好きは三軒目に行くだろうが。ふと思えば夕食を食べていなかった。摂らなければ消滅の危機に陥るというものではなかろうが腹は減る。閻魔であるからにはしっかりと地獄の罰を受けられる体になっているためだろうか。いや、今そんなことはどうでもいい。結局は帰宅したら食事を摂り明日の弁当の用意をした上で寝て、また明日の勤務となるだけだろう。だが、そのことを同じ毎日の繰り返しとは思わない。向き合う魂の歩んできた道のりはすべて異なる。……かつて世界は多くの未知で溢れ、それを恐れていた人間たちがいた時代があった。今はどうだろう。未知は減った。そして未知を愛する人間が多くいる時代だ。ここに至るまでに二日として同じ日はあっただろうか?
 そそくさと片付けをして帰路に就いた。そして道中、また思いにふける。
 ……そういえばかつて、ある人間の叫びがあった。自分の生きる時代は未来への代償、犠牲であると。しかし、それでいて偉大な時代でもあると。そして明くる時代は幸福なものになるだろうと。その人間の人生は苦難が多かった。長かったとも言えなかった。けれども人間であることをやめず、希望を持ち続けていた。……だが、現実はその者の思った通りにはならなかった。その時代が訪れる前に大結界を完成させた幻想郷は、幸運にもあの時代の暴風雨から逃れられた。人間だけでなく妖怪たちの存続にも大きく寄与した。その道筋を作った例の妖怪や神たち。彼女らの罪業は計り知れない。一方で、積んでいる善行はおそらく彼女らが把握しているよりもはるかに多い。
 さて、叫び声をあげていたその人間についてだが、結果を踏まえて裁定するとなれば、妄語の罪で裁くべきだろうか?もちろんその者の地域の文化や社会、時代に合わせた価値観などを踏まえたうえでだ。役人としての模範解答は知っているが、それを用いるのはなしとして。

 ……ああ、これだから白黒なんか嫌になる。
 映姫の論理や発言、その他広範な東方の小ネタについてはできるだけ原作などの延長線に来るように努めた気があるかもしれません。
 この時期なので先週から構想を始めてこのキャラ選にしたのですが、ふと取り扱ったテーマの一つにも合う日があることに気付き、その日の投稿を目指してお盆休みが来るのもあって徹夜して進めて突貫作業しました。プロトタイプができたのは早かったのですが、推敲や書き直しを含めると結局間に合わなかったので、結局はただ無駄な徹夜をして精度や文章力、語彙力などを下げた馬鹿な人間が生まれただけになってしまったのですが……
参考東方原作:「東方花映塚」、『東方紫香花』「六十年ぶりに紫に香る花」、「東方文花帖」、「東方鬼形獣」その他
参考になったかもしれないその他:いろいろ

2026/08/16追加 ほんとうのあとがき
https://note.com/ohama_kagami/n/n9023ad7d7eec
凡海
https://x.com/ImikiOhshikochi
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.50簡易評価
1.100ふぺふぺ削除
映姫が外の世界の死者の裁判を行っているのがかなり新鮮でした
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
3.100東ノ目削除
三人目の裁判官に対する映姫の価値観は私は納得しませんでしたが、納得できなくてよかったと(映姫の視点では実に勝手なことなのでしょうが)思うこととしました。恐らくそれこそが人間ということなので。
面白かったです。
4.100南条削除
非常に面白かったです
あまりにも重いテーマで繰り広げられる一進一退の会話劇にハラハラしながら読みました
主文後回し。の緊迫感よ。
最後まで人生と向き合ったお話でした
5.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。神の視座を持つ映姫と人間の価値観で善良であり続ける三人目の会話が印象的でした。映姫はアンチテーゼを示し続けているのかなと、それによって矛盾を包括し続ける痛みを受け止めることが大切なのかなと、そんなふうに思いました。
6.100夏後冬前削除
まず現実の法体系に相反するものとしての立ち位置を持つ裁きの概念が一貫して描かれているのが見事でしたし、その観念と分割された人格を持つ映姫がブレなかったのが良かったです。