「…………ほんっとうに読めませんね、これ」
ぱたんと本を机に置いて、阿求がそんな言葉をこうぽつり。
うん。色々と言いたいことはあるんだけど。例えばなんでそんな読めない本を借りてくるんだろう、とか。
その本は結局なんなのか、とか。
貸本屋なんかに入り浸って、帰って来ては本の前で唸って頭を傾げて、こっちのこと無視するな、とか。
その本は危なくないのか、とか。
とか、とか、とか。
ねぇ、阿求。その本、そんなに大事かな?
「……えっと、こちらなんて見て、どうしました?」
「なぁんにも」
そりゃあ、こんなにもずっと見てたら、気付くだろうけど、こっちがなんで見てたかなんてのは教えてあげない。
「ミスティア」
「なに?」
「膝、空いてますけど」
使います?なんて。
「使いません。阿求のなんか」
「ミスティア。使いなさい」
「……なんで命令調」
「いいから。ほら、こちらに来て、お眠りなさいな」
なんか釈然としないけど、膝まで向かう。
膝で一歩二歩三歩と。
「ちょっと前なら私がされる側だったんですけどね」
「してほしいなら何時、なんでもない」
「もしかして、拗ねてます?最近これに掛かり切りだから」
拗ねてますよ、悪かったですね。
「拗ねてないよ、子供じゃあるまいし」
そんな風に、口と心で言葉を変えて。
「本当、素直じゃない」
「うるさい」
ぽふん、なんて風に膝に頭を。
今日はこんな寒いのに、阿求の膝は温かくて、そこいらの猫が眠りたがる理由がわかる。
「子守歌でも歌いましょうか」
「どんなの?私の聞いたことないやつ?」
「カナリアが歌ったり」
「眠くないから、いいや」
こうやってるだけで、なんだが拗ねてたのが馬鹿らしくなってくる。
でも、うん、全部、阿求が悪いんだし。
「……阿求は、私といるの、楽しい?」
「なんです、それ。藪から棒に」
「そうやって本読んでたり、たまに来る、れーむとか、まりさとか、こーりんどうのとか」
「小鈴とか?」
うん。鈴奈のとこのとかも。
「みんなと話してる時の方が楽しそうだし」
「いつもは、楽しそうじゃありませんか?」
「そんなことはないけどさ」
でも、
「うん」
「……まあ、たしかに楽しくはありますけど」
やっぱり。
「でも、それは私からするとお祭とか、そういったのと同じで、そもそもあまり人が来ないこんな家に、私を訪ねて来る人がいる。そんな小さなことが嬉しかったり、楽しかったりして」
「人なら、たくさん来るじゃん」
「来ませんよ、私には。稗田の家に出向いているだけで、稗田阿求という個人はだぁれも見てませんから」
「でも、それでも彼等からしたら阿求に会いに来てるんだよ」
目の前にいる人があって、その奥に家があるんだから。
「そういう言い方は、訪ねて来る人に失礼だよ、阿求」
「ですけど」
「……なにか理由を付ければいいんだよ。理由を作ればいいんだよ。阿求に会いたくなって、会わなきゃいけなくなる」
簡単には出来ないけど。
「まあ、私はここにいるだろうし、」
「嫉妬しても仕方がないと」
「してない」
「はいはい」
ミスティアはやさしいですね。なんて言いながら、頭を撫でて来て。
「あたま、なでない」
「でも気持ちいいでしょう?何時もしてもらっているから、お返しに」
「他意は?」
「たまにはこうやってみたかった。それだけですよ?」
どうだか。
「ミスティアは、いてくれるんですもんね」
「他にはなんにもできないけどね」
これっぽっちも。手持ちぶたさに掃除して、料理してなんて、そこらのお手伝いさんでも出来ることだし。私は、いることぐらい。
「ミスティア」
「うん」
「ごめんなさい」
「ありがとう、じゃないんだ」
だって。
だって、と、阿求が言葉を続ける。
「私がいなかったら、どこにだって行けるじゃないですか。私なんて、ただの足枷で」
「なら、阿求をどこかにさらっちゃおうか」
「……良いですね、それも」
「…………阿求。膝枕、交代。今度は私がしてあげるから」
起き上がって、正座。ぱんぱんと膝の上をはたいて綺麗にして、準備完了。
「ほら」
「嫌です」
「膝、使いなさい」
「あなたも大概頑固ですよね、」
本当。
「そうじゃなきゃ、阿求と一緒になんていられないと思うよ」
やっと、私の膝に横なってくれた。顔見たらすごい嫌そうだけど。
「暗に私のこと悪く言ってませんか、それ」
ああ、言われたことが嫌だったのか。
「わかりやすく言ってもいいけど。例えば頑固で分からず屋で鬱屈しててさびしんぼ」
「ミスティアだって同じでしょう?」
そりゃね。似てるから。
「悪い方に考え過ぎ」
「でも、基本は悪い方が正しいですし。良い予感よりも悪い予感が当たりますし、良いことよりも悪いことの方が多い」
「……鈴奈んところの小娘にあてられちゃったか。元気だしね」
「羨ましいですよね」
阿求は体も弱いしね。前よりは元気だけど。ああいうの、本当に羨ましいんだろうなって。
そう言うと、嫌がるだろうから言わないけどさ。
「阿求は阿求のままがいいな。私は阿求だから好きだよ」
「それはどうも」
「うん。昔もだけど、今はそれ以上に笑ってて、楽しそうで、あー、んと」
ちょっと、嫌かも。
きっと、その理由が私じゃないのが。
「またそういう顔をする」
「むかしっからだよ」
「そういう嘘をつくところが昔からですね」
「ばれたか」
隠す気もないけど。
「実際、ちょっと、ううん。きっとすごい嫌なんだと思う。阿求がこう身長とかは私を越えちゃって、見た目も大人になってって、どんどん遠くに行っちゃいそうで」
「行きませんよ、私は」
「うん。わかってるんだけどね。でも、すごい心配だったり、そんな阿求と触れていく人に嫉妬しちゃったり、あー、なんだろ。色々考え過ぎて、言葉がおかしくなってきた」
「大丈夫。私の場所は、ここですから」
さらり、と、阿求が膝を撫でた。
そう言ってくれるだろうな、とは思ってた。
そう言ってくれるようなことを言ってるの自分にも気付いてて。
ずるい。私は、本当ずるい。
阿求はやさしいから、私のすることを最後には全部許してくれるけど、
「ミスティ。そこはちょっと違いますよ。ミスティアだから、許せてるのであって」
「……こころでも読めるのかな」
「貴方に限っては、顔を見ればそれなりに」
すごいね。私も、阿求のならそれなりにはわかるけど。
「もう一度言いますよ。私の場所は、ここなんです。だから、ミスティアもここにいなさい。いなくなるとしたら、私じゃなくて貴方なんだから」
「いなくならないよ」
「どうだか」
「うん。ごめん。少し安心した。本当に、いなくならないし、阿求だっておんなじ。うん、うん。そうだよね。うん」
そう、信じとこう。今は、それでいいや。
「なんでそう疑り深いんですかね、ミスティは。泣きそうになるぐらいなら考えなければいいのに」
「心配なんだよ。だって、阿求は人間だから、すぐいなくなっちゃうし」
「そんなには長生きしませんしね、妖怪よりは」
「でしょ?」
ほんのちょっと。ほんのちょっとの時間しか一緒にいれないんだから。
「でも、そんな長く、阿求がいてくれるって言うんだから、」
それだけで、すごい、うれしいから。
「死んじゃうまで、考えないどこう。もう」
どうせ、考えないと考えたのも、いつかは忘れるんだろうけど。
ああ、そうだ、
「やっぱりさ。その時には、攫っちゃおうかな、あきゅ」
「ええ、どうぞ連れ去ってくださいな、夜雀の方」
「どこにいきたい?」
「どこへでも。ミスティなら、私の脚ではいけないところなんてすぐでしょうしね」
ぱたんと本を机に置いて、阿求がそんな言葉をこうぽつり。
うん。色々と言いたいことはあるんだけど。例えばなんでそんな読めない本を借りてくるんだろう、とか。
その本は結局なんなのか、とか。
貸本屋なんかに入り浸って、帰って来ては本の前で唸って頭を傾げて、こっちのこと無視するな、とか。
その本は危なくないのか、とか。
とか、とか、とか。
ねぇ、阿求。その本、そんなに大事かな?
「……えっと、こちらなんて見て、どうしました?」
「なぁんにも」
そりゃあ、こんなにもずっと見てたら、気付くだろうけど、こっちがなんで見てたかなんてのは教えてあげない。
「ミスティア」
「なに?」
「膝、空いてますけど」
使います?なんて。
「使いません。阿求のなんか」
「ミスティア。使いなさい」
「……なんで命令調」
「いいから。ほら、こちらに来て、お眠りなさいな」
なんか釈然としないけど、膝まで向かう。
膝で一歩二歩三歩と。
「ちょっと前なら私がされる側だったんですけどね」
「してほしいなら何時、なんでもない」
「もしかして、拗ねてます?最近これに掛かり切りだから」
拗ねてますよ、悪かったですね。
「拗ねてないよ、子供じゃあるまいし」
そんな風に、口と心で言葉を変えて。
「本当、素直じゃない」
「うるさい」
ぽふん、なんて風に膝に頭を。
今日はこんな寒いのに、阿求の膝は温かくて、そこいらの猫が眠りたがる理由がわかる。
「子守歌でも歌いましょうか」
「どんなの?私の聞いたことないやつ?」
「カナリアが歌ったり」
「眠くないから、いいや」
こうやってるだけで、なんだが拗ねてたのが馬鹿らしくなってくる。
でも、うん、全部、阿求が悪いんだし。
「……阿求は、私といるの、楽しい?」
「なんです、それ。藪から棒に」
「そうやって本読んでたり、たまに来る、れーむとか、まりさとか、こーりんどうのとか」
「小鈴とか?」
うん。鈴奈のとこのとかも。
「みんなと話してる時の方が楽しそうだし」
「いつもは、楽しそうじゃありませんか?」
「そんなことはないけどさ」
でも、
「うん」
「……まあ、たしかに楽しくはありますけど」
やっぱり。
「でも、それは私からするとお祭とか、そういったのと同じで、そもそもあまり人が来ないこんな家に、私を訪ねて来る人がいる。そんな小さなことが嬉しかったり、楽しかったりして」
「人なら、たくさん来るじゃん」
「来ませんよ、私には。稗田の家に出向いているだけで、稗田阿求という個人はだぁれも見てませんから」
「でも、それでも彼等からしたら阿求に会いに来てるんだよ」
目の前にいる人があって、その奥に家があるんだから。
「そういう言い方は、訪ねて来る人に失礼だよ、阿求」
「ですけど」
「……なにか理由を付ければいいんだよ。理由を作ればいいんだよ。阿求に会いたくなって、会わなきゃいけなくなる」
簡単には出来ないけど。
「まあ、私はここにいるだろうし、」
「嫉妬しても仕方がないと」
「してない」
「はいはい」
ミスティアはやさしいですね。なんて言いながら、頭を撫でて来て。
「あたま、なでない」
「でも気持ちいいでしょう?何時もしてもらっているから、お返しに」
「他意は?」
「たまにはこうやってみたかった。それだけですよ?」
どうだか。
「ミスティアは、いてくれるんですもんね」
「他にはなんにもできないけどね」
これっぽっちも。手持ちぶたさに掃除して、料理してなんて、そこらのお手伝いさんでも出来ることだし。私は、いることぐらい。
「ミスティア」
「うん」
「ごめんなさい」
「ありがとう、じゃないんだ」
だって。
だって、と、阿求が言葉を続ける。
「私がいなかったら、どこにだって行けるじゃないですか。私なんて、ただの足枷で」
「なら、阿求をどこかにさらっちゃおうか」
「……良いですね、それも」
「…………阿求。膝枕、交代。今度は私がしてあげるから」
起き上がって、正座。ぱんぱんと膝の上をはたいて綺麗にして、準備完了。
「ほら」
「嫌です」
「膝、使いなさい」
「あなたも大概頑固ですよね、」
本当。
「そうじゃなきゃ、阿求と一緒になんていられないと思うよ」
やっと、私の膝に横なってくれた。顔見たらすごい嫌そうだけど。
「暗に私のこと悪く言ってませんか、それ」
ああ、言われたことが嫌だったのか。
「わかりやすく言ってもいいけど。例えば頑固で分からず屋で鬱屈しててさびしんぼ」
「ミスティアだって同じでしょう?」
そりゃね。似てるから。
「悪い方に考え過ぎ」
「でも、基本は悪い方が正しいですし。良い予感よりも悪い予感が当たりますし、良いことよりも悪いことの方が多い」
「……鈴奈んところの小娘にあてられちゃったか。元気だしね」
「羨ましいですよね」
阿求は体も弱いしね。前よりは元気だけど。ああいうの、本当に羨ましいんだろうなって。
そう言うと、嫌がるだろうから言わないけどさ。
「阿求は阿求のままがいいな。私は阿求だから好きだよ」
「それはどうも」
「うん。昔もだけど、今はそれ以上に笑ってて、楽しそうで、あー、んと」
ちょっと、嫌かも。
きっと、その理由が私じゃないのが。
「またそういう顔をする」
「むかしっからだよ」
「そういう嘘をつくところが昔からですね」
「ばれたか」
隠す気もないけど。
「実際、ちょっと、ううん。きっとすごい嫌なんだと思う。阿求がこう身長とかは私を越えちゃって、見た目も大人になってって、どんどん遠くに行っちゃいそうで」
「行きませんよ、私は」
「うん。わかってるんだけどね。でも、すごい心配だったり、そんな阿求と触れていく人に嫉妬しちゃったり、あー、なんだろ。色々考え過ぎて、言葉がおかしくなってきた」
「大丈夫。私の場所は、ここですから」
さらり、と、阿求が膝を撫でた。
そう言ってくれるだろうな、とは思ってた。
そう言ってくれるようなことを言ってるの自分にも気付いてて。
ずるい。私は、本当ずるい。
阿求はやさしいから、私のすることを最後には全部許してくれるけど、
「ミスティ。そこはちょっと違いますよ。ミスティアだから、許せてるのであって」
「……こころでも読めるのかな」
「貴方に限っては、顔を見ればそれなりに」
すごいね。私も、阿求のならそれなりにはわかるけど。
「もう一度言いますよ。私の場所は、ここなんです。だから、ミスティアもここにいなさい。いなくなるとしたら、私じゃなくて貴方なんだから」
「いなくならないよ」
「どうだか」
「うん。ごめん。少し安心した。本当に、いなくならないし、阿求だっておんなじ。うん、うん。そうだよね。うん」
そう、信じとこう。今は、それでいいや。
「なんでそう疑り深いんですかね、ミスティは。泣きそうになるぐらいなら考えなければいいのに」
「心配なんだよ。だって、阿求は人間だから、すぐいなくなっちゃうし」
「そんなには長生きしませんしね、妖怪よりは」
「でしょ?」
ほんのちょっと。ほんのちょっとの時間しか一緒にいれないんだから。
「でも、そんな長く、阿求がいてくれるって言うんだから、」
それだけで、すごい、うれしいから。
「死んじゃうまで、考えないどこう。もう」
どうせ、考えないと考えたのも、いつかは忘れるんだろうけど。
ああ、そうだ、
「やっぱりさ。その時には、攫っちゃおうかな、あきゅ」
「ええ、どうぞ連れ去ってくださいな、夜雀の方」
「どこにいきたい?」
「どこへでも。ミスティなら、私の脚ではいけないところなんてすぐでしょうしね」
友人ならともかく、(年長の)妖怪に対してさん付けしないのはおかしい。
違和感がありすぎて評価できない。
誤字発見
>「膝、開いてますけど」
開いてるではなく、空いてるかと