この物語は作品集81『夜雀異変』の続きです。
映季の台詞は『夜雀異変』で頂いたコメントを参考に作りました。
憂さ晴らしに鳥を殺し、報いとしてミスティア=ローレライにさらわれた少年は、彼女に抱きかかえられ、真夜中の森の奥深くへと連れ去られた。
「離しやがれ、俺をどこへ連れて行く気だ」
「じたばたするな、もうすぐよ」
森のある地点まで行くと、彼女は高度を落とし、1メートルほどの高さで少年を放り投げた。
地面に叩きつけられ、悪態をつく。
ミスティアは両手を腰に当てて彼を叱咤した。
「さっさと起きる! 人間たちへの呪いはもう解いた。その代わり、償いもかねてお前にはしばらく働いてもらうよ」
「しばらくっていつまでだよ」
「私が十分だと判断するまでよ」
「言うことを聞くと思うのか?」
「嫌ならここで逃がしてあげるわ。もっとも、真夜中の魔法の森で、弾幕も飛行も出来ないお前が、妖怪に食われず一人で帰れる自信があるならね」
「お前が食うんじゃないのかよ」
「いい事、この森には私よりもっと話の通じない、本能で生きる人食い妖怪がごまんといるのよ、気配を探ってごらん」
少年がじっと周囲を見渡すと、何か無数の視線を感じる、まとわりつく視線に冷や汗が浮かんだ。
「ねっ、奴らはあんたが私の餌だと思い込んでいるから手を出さない。自分で言うのもなんだけど、私はこの辺でも強い妖怪なのよ。もし私があんたを捨てると宣言したら、そうね、5秒もてば頑張ったほうかしら」
少年の顔からは最初の威勢が完全に消えていた。
「やっと置かれている立場を理解したわね、私とあんたの力関係は、かつてのあんたと……巣から落とされた雛鳥と同じよ。私の気まぐれで、あんたはこう、プチッと」
ミスティアは右足を上げて、踏みつけるしぐさを見せた。
「さあ、死にたくなかったら私の仕事を手伝いなさい」
ミスティアは少年いついてくるように言うと、飛ばずに歩き出した。
二人が去った後、少年を狙っていた人外がひそひそと話す。
「せっかくおどかしがいがありそうな人間を見つけたのに、行っちゃった」
「なんであいつ、私たちの気配を察知できたんだろう」
「サニーもスターもいい加減に道を探そうよ、私たちも迷子なんだから」
◆
少年はミスティアの隠れ家に連れて行かれた、数千年はあるかと思われる巨木をくりぬいたその隠れ家には、いくつかの部屋があり、大人の背丈ほどの高さにある入り口にはドアが取り付けられ、他の穴にはガラス戸がはまっていた。
少年は隣にある小さな掘っ立て小屋に住むように言われた。中には襲った人間のものだろうか、何種類かの衣類と、布団や毛布が散らばっていた。
そして、ミスティアの家と小屋の間に屋台が置いてあった。
「当面はここで暮らしなさい。私の家には指示があるとき以外入らないこと」
「わかったよ」
「早速だけど、仕込みは終えてあるから、屋台の手伝いをしなさい」
屋台を引くミスティアの後を押しながら、少年は逃げるチャンスが無いかと考えた。しかし、先ほども彼女が言ったように、真夜中の魔法の森で、たいした能力を持たない自分が闇雲に逃げてどうにかなるはずが無い。それに里の方向も分からないときている、ここは従わざるを得ないだろう。
ここの地理や危険に少しでも詳しくなり、いつの日か逃げてやる。そう思った。
ちょうちんに火をともし、店を開く。コンロに炭火をいれ、タレに漬けて串を通したヤツメウナギの切り身を焼く。しばらくして香ばしい匂いが漂う。
「お客さんが来たよ、これをつけて、お酌をして」
少年はしぶしぶエプロンを身につけ、客を待つ、入ってきたのは頭に二本の角を持った鬼の少女、伊吹萃香だった。
「いらっしゃい」
「おっ、新入りさんかい、よろしくな」 伊吹萃香が少年のほうを見て陽気に挨拶した。
「ど、どうも」
「こら、もっと愛想良くしなさい」 ミスティアが注意する。
少年が焼酎をグラスに注ぎ、萃香に手渡すと、鬼の少女は一気に飲み干し、ぷはぁーっと息を吐いた。
「やっぱりコレに限るねぇー」 見かけによらず、相当飲んべえのようだ。
「はい、ヤツメウナギお待ち」
「ありがと、ところでこいつはどこから攫ってきたんだ?」 少年を親指で指し、ミスティアに聞いた。
「ああ、この子はね、相当な前科者なんで、これ以上悪事を重ねて地獄に落ちないように管理してやってんの」
「へぇ、まあ頑張んなよ」 萃香は酒臭い息で少年を励ました。
少し悪くない気分がした。
◆
その日の営業が終わった後、ミスティアの家に屋台を引いて戻り、今日はもう寝るように言われた。
少年は周囲の地形を夜中こっそり調べようとしたが、疲れていてそのまま眠りこけてしまった。
次の日、朝起きてヤツメウナギの残りと米の飯で朝食を取った後、しばらくは自由にしていても良いといわれ、付近を散歩すると称して帰り道を探そうとした。だが、不思議な力が働いているのか、単に自分の方向感覚が狂っているせいか、いくら歩いても元の場所に戻ってきてしまう。その様を見ていたミスティアがにやりと笑った。
(あいつ、逃げようとしても無駄だと悟らせるために、わざと俺に自由を与えたのか、嫌な奴だ)
昼から生簀のヤツメウナギに餌をやる仕事を与えられた。少年は何で自分がこんな事をしなければならないのだ、とも思ったが、ミスティアが目を光らせているので逃げるわけにも行かなかった。
夜はまた屋台を引いて仕事の手伝いをする。少年は出来上がった料理を雑に皿に盛る。ミスティアは苦い顔をしたが、彼は気付かなかった。
客が焼いた八目鰻を持ち帰りたいと言ったので、包み紙にくるんで紐で縛るように少年は命令された。彼が適当に包んで渡そうとすると、ミスティアは彼にやり直すように命じた。
「もっと丁寧に包みなさいって言ってるでしょ、やり直して」
「どうせ包み紙は食べるときに捨てるだろ。別に機能が満たされてれば良いじゃないか」
「見かけも大事なのよ、些細なことが店のイメージを傷つけるの。あと、盛り付けももっと綺麗にしてよ」
「別に中身がしっかりしてりゃ同じじゃねえか」
「……わかった、今日の手伝いはもう良いわ、先に寝てなさい」
少年を自分の寝床に返した後、ミスティアは客と雑談を楽しむ。
「お客さんごめんなさいね、あいつ、しっかり教育しておくから」 ミスティアが苦笑いした。
「まあいいさ、でもちょっとした気遣いってのは大事だぜ」
魔理沙が徳利の酒をお猪口に入れ、くいっと飲み干した。
「あいつが魔理沙に弟子入りして、そんで一週間で追い出されて、逆切れして家に火をつけたってホント?」
「そうだ、憎たらしいというより、どこか哀れさを感じさせるヤツだったが、こんなところに居たんだな」
「あんまり怒ってないようね」
「まあな、放火以上の弾幕なんていくらでもあるし、ただだんだん悪事がエスカレートしやしないかと心配だったんだ。ここで更正するのも良いかもな」
「じゃあ、あんたも私のところで働いてみない?」
「こんな人徳者に働けと?」
「そうね、あんたじゃ徳が高すぎて私の手に負えないわ」 言い終わった後、二人とも笑う。
「あいつは、他人の身になって考える事を知らないのよね、まあ私ら妖怪も人のことは言えないけれど」
「いるよな、自分がカレー食べてるときにウ○コの話されてもなんともないからって、他のカレー食べてる人にウ○コの話を振っても何も感じないヤツ」
隣で新商品のカレーライスを食べていたアリスが口の中のものを吹いた。
◆
次の日、ミスティアは屋台を休んでパーティーを開くといった。鳥妖怪同士の親睦を深め、少年を仲間に紹介するのが目的らしい。少年は部屋を掃除するように言われたが、料理は自分ひとりでするので、手伝う必要は無いと告げられた。
(昨日のこと、まだ怒っているんだろうか)
少年は不安に感じたが、ミスティアはいつもと変わらぬ表情で料理の支度をする。
午前に招かれた鳥妖怪たちが彼女の家を訪れる。
「こいつが、夜雀屋台の新たな従業員です」
鳥妖怪たちが拍手をした、少年が簡単な自己紹介をした後、ミスティアが自ら作った料理を運ぶ。ここでも少年は給仕をしなくてもいいとミスティアに言われていた。
「今日はあんたのお披露目も兼ねてるんだからね」
不気味なくらい明るい笑顔でミスティアは配膳する。少年は嫌な予感がした。
案の定、料理は綺麗に盛り付けられていたが、少年の皿だけは違った。
魚料理も付け合せの野菜も米もスープも、丼にぐちゃぐちゃに入れられていた。
まるで犬の餌だ。
「あら、あんたの料理もみんなと全く同じよ。綺麗な手で調理したし、材料も味付けも同じだし、火も通ってるし、毒も無い。だから雑に盛り付けしたって問題ないわよね」
少年は何も言えなかった。黙ってスプーンで雑どころではない盛り付けの料理を食べる。
「うにゅ? どうして貴方のご飯だけ違うの?」 烏の妖怪が少年に尋ねる。
「それは……」
「気にしないで、彼はそれでいいのよ、中身さえしっかりしていれば関係ないそうだから」
ミスティアは冷たく言い切った。少年は涙が出そうになる。
その後、ミスティアが皆にプレゼントを渡した。彼女は少年にもプレゼントをあげると言い、包装がひどく雑な箱を渡された、他の鳥妖怪へのそれは綺麗な紙とリボンで丁寧にまとめられている。
「中身はしっかりしているし、包装紙は開けたら必要ないんでしょ? じゃあ問題なしよね」
またミスティアは冷たく言い放った。
パーティーが終わって。ミスティアは少年を呼んで少し説教をした。
「これで分かったでしょ、雑な対応をされるとどういう気持ちになるか」
少年はただ一言、ごめんなさいとしか言えなかった、ミスティアもそれ以上何も言わなかった。
その後、彼はより丁寧に仕事をするように心がけ、客からの評判も良くなった。
◆
営業終了後、少年はいつもどうり屋台をミスティアの家へ引いていく。
もう逃げることなど完全に忘れ、新たな生活に慣れつつあった。
その少年の顔を感慨深げに見つめながら、ミスティアは語る。
「やれば出来るじゃないの、今までよくがんばったわね」
「けっ、あんたが逃げられなくしているだけだろうが」
と悪態をつきつつ、いつも通りに片づけを始める少年。
「人間のあんたがいるってことで、人間のお客さんも増えたわ、ありがとうね」
「ど、どうも……」
少年は不思議な感覚にとらわれた。ありがとう、なんでもないその一言が心に広がっていく。
攫われて働かされているという状況なのに、悪い気分ではない。どうしてだろう。
これが、人との絆、というものなのだろうか。
「実は、寝ている間にあんたに幽霊を憑依させたのよ」
「ええっ?」
「今までのあんたより、ずっと頭が良くて、他人の気持ちにも配慮できて、優しく振舞える。そんな幽霊よ、これであんたもよそに出しても恥ずかしくない使い魔になったってわけ」
「でも、意識は俺のままだぞ」
「普段は気付かないけれど、幽霊は確実にあんたを変えている、それからね」
ミスティアは家の一角を指差した、そこには夕方出かけるときには無かった一台の真新しい屋台が置かれていた。
「河童に注文していた屋台が届いたわ、あんたは明日から、これを引いて二号店を担うのよ」
「本当か? でも、どう経営したらいいか……」
ミスティアは少年の手を握り、目を見つめて励ます。
「大丈夫、今まで教えたことを思い出すの。そして、うまくやれている自分を常に想像しなさい。そうすれば幽霊が貴方の気持ちにこたえて動きを補助してくれるはずよ」
「うまくやれている自分……」
今まで、自分にはろくな能力や価値が無いと思い込んでいた。やりたい事がうまく行かず、他人に当り散らしたときも、自分は強いのではなく、弱さの裏返しだとどこかで気付いていた。でも、もしかしたら、ここで自分の罪を償い、自分を変えられるかもしれない。この感情も幽霊とやらに取り付かれて、作られた心なのかもしれないが、少なくとも今自分がそう感じていることは確かだった。
「わかった、どこまで上手に出来るか分からないけど、やってみるよ」
「それでこそ私の使い魔よ」
◆
次の日。
言われたままに一人で新しい屋台を引き、コンロに炭火を入れて八目鰻を焼き、店を開く。
店の場所は従来と一緒で。ためしに
八目鰻の芳香に誘われ、やってきた客は、閻魔と死神だった。
当然自分の罪も丸分かりだろう。少年は緊張で口と手がこわばった。
「い、いらっしゃい」
「あれ、いつもの屋台の場所じゃないねえ」 死神が不思議そうな顔をした、意外と親しみやすそうな声だった。
「ええ、夜雀屋台の二号店です、僕が一応店主です」
「貴方が夜雀に攫われた……まあ、話は後にして、一杯頂きましょうか」
閻魔の前に出したコップに酒を注ぐが、手が震えてこぼしてしまう。閻魔の袖が濡れる。
「す、すみません」 謝ってあわててふき取る。
「それよりも、鰻が焦げてますよ」
「しまった」
見ると、客が来る前から焼いてあった八目鰻二切れが完全に焦げていた。
これでは客に出せない、自分のささいな失敗が悔しい。自分の低スペックが心底憎い。
「人里でも無用者、こっちでも役立たず、俺、生きてる価値あるのかな」 力なく笑う。
「おいおい、そんな事言わないでよ、酒がまずくなっちまう」 死神が諭す。
きっかけを待っていたらしい閻魔が口を開いた。
「そうです、貴方は以前、確かに馬鹿な事をしました、他人の気持ちを理解しようとせず、そのくせ他人に自分の気持ちが理解されないと逆恨み。最悪です」
「そうだよ、生きている必要の無い、無能で、最低で、弱い生き物を殺して憂さ晴らしするしか能の無い無用者なのに、それでも死ぬ度胸がねえから壁につけたハナクソみたくこの世にへばりついている。ああ、どうしてこんなダメ人間に生まれちまったんだろうな」
相手が死者を裁く者だという事を知りつつ、己の感情のままに少年はまくし立てた。
ぴしゃん。
閻魔が悔悟の棒をカウンターに叩きつけた。
「良く聞きなさい! 貴方は少し、自分を否定しすぎる」
「教えてくれよ、こんな俺になんの価値があるんだ!」 泣き崩れるように叫ぶ。
「自分を大事に出来ない者が、他者を大事に出来るはずが無い」
閻魔の迫力に、少年はたじろいだ。
「自殺がなぜ罪悪と見なされるか知ってますか? なぜなら自分自身もこの世に生まれたかけがえの無い命だからです、その命を奪う事は他者の命を奪うのと同じ事。同様に、自らを平気で否定するのは他者を平気で否定するのと同じ罪」
「自分を屑呼ばわりできるヤツは、他人も屑呼ばわりできるってことさ」 死神も閻魔の言葉を肯定する。
閻魔は少年が落ち着くのを待って、柔らかな口調で諭す。
「自分の価値に気付き、それを少しでも伸ばそうと心がけること、それが今の貴方にできる善行よ」
「まずはその第一歩として、八目鰻を焼きなおしておくれよ」
「は、はいっ」
急いで新しい八目鰻をコンロの上に乗せ、火加減を調節する。
ミスティアの言葉通り、うまくやれている自分を想像しながら懸命に手を動かし、出来上がった料理を二人に差し出す。
「やっと普通に飲める雰囲気になったねえ」
「すでに飲んでるでしょうが」
「まあ、あんたも肩肘張らず、気長に生きていきなよ。だいいち、屋台を任されるって事は、あんたの価値を認め、必要としているヤツがいるってことだろ」 死神が腕を伸ばし、少年の肩を叩く。
「あなたは少し肩肘を張りなさい」 閻魔が死神の頭を軽く叩いた。
「いってえなあ、はいはい善処しますよ。おっ、結構いけるじゃない」 死神が舌鼓を打った。
◆
店じまいの後、少年は屋台をミスティアの家に引いていく前に、自分の里へ寄った。
里はすっかり眠りについている。その通りを静かに歩く。
妖怪が絡んできたが、彼は動じない。
「ねえ、貴方は食べてもいい人類?」
「悪いけど、俺の命は夜雀様が予約済みでね」
「みすちーが唾つけてるの? じゃあ仕方ないな」
妖怪は名残惜しそうに去っていく。
かつて自分が虐げたツバメの巣があった場所に、野原で摘んだ花束を捧げていく。
こんな事をした所で罪が消えるわけはないと思う。でもそうせずには居られなかった。
少年は自問自答する。これは本当にツバメたちに申し訳ないと思ってしていることなのか。それとも、ただ自分が地獄に落とされたくないがため、また自分は償なったという実感を得たいがためという、エゴから来た行為ではないのかと。もし閻魔に説教された直後にこんな事をしているのを誰かに見られたら、見え透いたパフォーマンスだと誰もが思うだろう。いかなる動機であれ、突き詰めてみれば、単に自分がすっきりしたいがために行っている行為だと言える。その点ではあの時の自分と大差ないのかも知れない。
「少なくともこの行為で迷惑を被る者はいない、勘弁してくれよ」
天を見上げ、自分を見ているかもしれない閻魔か、なんらかの究極的存在にたいして、少年はそうつぶやいた。
彼を見張っていた上白沢慧音が、ほっとした表情で去っていく影を見送る。
(どうにかまともに生きることを覚えてくれたか、お前を導けなくてすまない。夜雀よ、感謝するぞ)
◆
少年とミスティアは烏天狗からの取材を受けることになった。天狗はまず彼の監督者であるミスティアにインタビューした後、彼にも何かの言葉を求めた。こんな機会はなく、また自分が恥ずかしい姿を晒してしまわないか不安で口がうまく動かない。
「さあ、何か言いなさいよ、今後の抱負とか」 ミスティアに急かされる。
やっとの思いで口が開いた。
「非常にヤりがイのあル仕事。こレからモ彼女と協力シ合って焼き鳥をナくしテいキたいデす」
更生させた上に生きる道まで指し示すなんて、なんというカリスマ先生みすちー。
妖怪が人間相手にこんな事をする必要が全くないだけに彼女の優しさが感じられました。
極々自然に一緒に居るマリアリに2828してしまったのは俺だけでいい
良い話だと思います。
みすちー
まじカリスマバード
カリスマ溢れるみすちーが非常によかったです