私は、邪魔じゃないかい?
久しぶりに、夢を見た。
まだみすぼらしい姿だった頃の夢。
愛する人と出会った夢。
そして、信頼する部下と出会った夢。
「……ん、んんぅ?」
目が覚めた。
覚めたのは、いいのだけれども。
「ナズー、リン?」
いつも寝起きの悪い私を起こしにきてくれている部下が、来ていなかった。
自力で早起きできた、ということなのだろうか。
そうとわかれば、布団のなかでジッとしている法はないだろう。
いそいそと着替えながら、私の功績に驚く部下の顔を思い浮かべる。
『ご主人!? そうか、やはりご主人はやればできる人だね!』
「ふふ……」
今日は珍しく、彼女を喜ばせることができる。
確かに、そう思っていたのに。
「……どう見てもお昼ですね」
寝室を出た私を待っていたのは喜ぶ部下ではなく、南の空高く昇った太陽だった。
今日は説法も講釈も休みのはずだから、今の今まで寝かせてくれたということなのだろうか。
少々重くなった気がするその足で、井戸へ向かう。
さすがに顔も洗わずに白蓮たちに会うわけにもいかないだろう。
水の冷たさで、ダルさを吹き飛ばしていく。
「タオル、タオル……」
あれ、ないな。
目を閉ざしたまま手で空を探っていると、ふと布の感触がした。
「……ん」
「ああ、ありがとう」
今の声は、ナズーリンだろうか。
本当に、私にはもったいないくらいによくできた部下だ。
水気をしっかり拭き取ってから、目を開けるとそこにいつものように可愛らしくも頼もしい部下の姿が。
「あれ?」
いない。
からかわれているのだろうか。
(……首の運動、右・左・上)
いない。
不思議な心地で下を見ると、そこには知っているようで知らない誰かがいた。
「……」
そこには、ふてくされたような顔をした幼い妖怪がいた。
頭には、丸っこい大きな耳。
髪の毛はさらさらのネズミ色。
ネズミ、といえばナズーリン。
しかしいくらなんでもここまで小さかっただろうか。
(ナズーリンの手下の子なんだろうか)
ナズーリンの手下の中でも力の強いものが、人の形を成し得るようになったのか。
決して不自然ではない考えのはずだが、どうにも当たっている気がしない。
くりくりとした大きな目、そして尻尾から首元に視線を移す。
そこには、青いペンデュラムが、この少女の正体を確定させるだけの物証があった。
「な、ナズーリン、なんですか!?」
少女は見慣れた不機嫌そうな顔でゆっくりとうなずいた。
「ナズちゃん!?」
目の前の信じられない出来事にしばらく頭を悩ませた後、私はナズーリン(小)を白蓮の部屋に連れていくことにした。
やはり白蓮にとっても驚きだったようで、大きな声で少女の名前を呼んだのだが。
「!」
「ナズーリン?」
「ナズちゃん」
「や……」
私の後ろに隠れるナズーリン。
白蓮がまわりこもうとすると、今度は私の腰にしがみついてきた。
「驚かせちゃったのかしら?」
「まさか、精神まで退行しているのでしょうか?」
「……」
涙を目の端に浮かばせて、白蓮を睨みつけるナズーリン。
これが普段通りの彼女であれば別だが、何分小さいためか、迫力が皆無だ。
「私たちのことを忘れちゃってるのだとしても……」
もう一度ナズーリンの方へ手を伸ばす白蓮だが、彼女の尻尾にそれを阻まれてしまう。
そして、私の腰に加えられる力が一層強くなった。
「星ちゃんには懐いてるのね……」
その言葉に、懐かれることへの喜びよりも先に、白蓮の気持ちを感じ取ってしまう。
朴念仁と疑っている人も多いかもしれないが、私はそこまで鈍くない。
寂しい気持ちくらい理解できる。
多分、ナズーリンに嫌われたと思って落ち込んでしまったのだろう。
白蓮はかわいいものがお好きだから、きっと間違いなくナズーリンと遊びたいのだ。
「こら、ナズ」
彼女が元に戻るまでは、その名で呼ぶことにした。
以前から白蓮がナズちゃんと呼んでいたのが、私だって羨ましかったのだ。
加減しながら腰からナズを引き離し、抱き上げる。
「白蓮にごめんなさいしなさい」
「星ちゃん?」
「……」
ナズの目を見て、もう一度繰り返す。
「白蓮だってナズと遊びたかったのよ? ほら、ごめんなさいは?」
「あ、あら? そうだったのかしら……」
「……」
何故か一瞬変な目を向けられたが、気にせずにナズを降ろした。
もちろん、白蓮の方を向かせて。
「……ごめんなさい」
「いいのよ、ナズちゃんは悪くないの。 私が驚かせちゃったんだものね……ごめんなさいね」
伸ばした白蓮の腕は、ようやくその本来の目的を果たした。
頭を撫でられたナズは最初こそビクビクしていたものの、最後にはゆっくりと歩み寄っていき……。
「むう」
「うふふ……よしよし」
豊かな胸に顔を押しつけて、抱きしめられるがままとなった。
さすがは白蓮。
素晴らしきは彼女の母性。
ちょっとナズが羨ましい気もしたけれど、それよりも大事なことがある。
「えらいですよ、ナズ」
ここはきちんと褒めてあげるべきところだろう。
抱きしめられたままのナズの頭を、なるべく優しく撫でてやる。
痛くないか心配していたが、どうやら気持ちよさそうだ。
「……かわいいですね」
「そうね。 私や星ちゃんも、一輪と雲山、ぬえちゃんに村紗だってこんな頃があったのよね」
「もうそんな昔のことは思い出せませんよ」
「んぅ!」
「ああ、はいはい」
白蓮との会話に夢中になって、手が疎かになっていたのをナズに咎められてしまった。
再び満足そうにするナズに夢中になってしまいそうだが、今は我慢するべきだろう。
「でも、どうしてこんなことになっちゃったのかしら」
原因究明の方が先だろう。
「うーん、月の満ち欠けの影響に左右される種族ではありませんしね」
「ここ最近は戦いもなかったわよね」
「ええ、ですから力を蓄える必要もない……そうなると、後は」
誰かの計略か。
この幻想郷ならば、こんなことができる妖怪がいてもおかしくはない。
候補としては、妖怪の賢者の能力に永遠亭の薬、山の神々の神通力といったところか。
「また宝塔を使って、毘沙門天様にお伺いを立てることができたらいいんですが……」
残念ながら毘沙門天様は現在、たまりにたまった仕事を消化するためにカンヅメ中らしい。
おいたわしや。
「星ちゃん。 これはおそらく御仏のお導き……私たちに与えられた試練じゃないかしら」
「試練ですか」
ナズを元に戻すことが修行ということだろうか。
そのナズは、こちらに向かって手を伸ばしている。
飽きたのだろうか。
「私が封印から解放されて以来、命蓮寺は平和だったんだもの……はい」
「おごることなかれ、ということですね……っと」
「ん!」
白蓮に持ち上げてもらったナズを、また抱き上げる。
どうやら胸に圧迫されて苦しかったようだ。
ゆっくり深呼吸を繰り返し、今度は私の胸に頭をこすりつけてきた。
……か、かわいすぎる。
「……星ちゃん」
「白蓮……もうこのままでもいい気がしてきたんですけどどうしましょう!」
「ええ、ええ、そうよね……でも落ち着いて星ちゃん! これも試練の内なのよ……」
白蓮もそうだが、自分の頬がだらしなく下がってきている。
諸行無常の理を解せよ、ということなのだろうか。
「ほら、ナズ~、ボールがコロコロ~」
「む!」
「キャッチ! よくできました~!」
その後結局は白蓮と共に、ナズと夕方まで遊んでしまった。
この試練は、本当に手ごわいようだ。
夕飯時になって。
「……」
私たちを呼びにやってきたらしい一輪は、驚いたように口をあんぐりと開けていた。
後からやってきたぬえも、村紗も同様のリアクション。
一輪はまずナズを見て、彼女と手を繋ぐ私と白蓮を見て、最後にぬえと顔を合わせた。
そして。
「……隠し子?」
「そっか。 時間の問題だと思ってたけど……そっかぁ」
「ぬえちゃん、女の子同士じゃ子どもは生まれないわよ」
「性別を正体不明にすれば簡単よ!」
「星、私の聖に手を出しておいて認知しないとは何事ですか!?」
「どうすれば、寅と魔法使いから鼠が生まれるんでしょうね、村紗」
また人が急に増えたからか、それとも村紗の大声に驚いたのか、ナズは聖にしがみついて、顔を隠そうとする。
それを見て、また顔がニヤけそうになるのをこらえながら、ひとまず夕食にしようと、提案した。
「はい、あーん」
「あーん」
「ナズちゃん、おいしい?」
「ん! あー……」
どうやら白蓮は完全にナズの魅力の虜らしい。
卵焼きが気に入ったらしく、おかわりを催促するナズにまた食べさせてあげている。
私もあぐらを組んだ足の上にナズを載せているけれど、まだ自分を保てているはずだ。
「まあ、つまりどゆこと?」
いい加減に見飽きたといわんばかりに、ぬえが話の続きを促した。
「あ、ほらご飯粒ついてますよ」
「う?」
「ほっぺにおべんと付けてどこいくんですか~♪」
取ってあげて、それを食べる。
ああ、幸せ。
「話を聞けぇっ!」
二色の羽が勢いよく跳ね上がった。
「落ち着きなさい……。 姐さん、その子がナズーリンだっていうのはとりあえずわかりました」
聖をうらやましそうに見ていた雲山に手刀を入れつつも、淡々と一輪は続ける。
ああ、雲山が真っ二つになってしまった。
言外に、『姐さんはともかくアンタは無視したら殺す』と言われているような気がする。
「また、水蜜かぬえの仕業なのかしら?」
「違いますよ! 天"海"天命に誓って言えますよ!?」
震える村紗を一睨みして、ため息を吐く一輪。
「私も違うけど、なんか、たくましくなったっていうか……老けたね、一輪」
余計なことを言ってしまったぬえも、一睨み。
でも、確かにぬえの言いたいことはわかる気がする。
村紗はどんどん元気になっていくし、白蓮も心の底から笑うようになった。
一輪だって、変わっていくのだろう。
「……」
「?」
ふと、すぐ近くにあるナズの顔を見て、気にかかることが合った。
こんな事態になってからでは確かめようがないことなのだけれど。
千年以上前から、ナズーリンはほとんど変わっていなかったような、気がした。
「私が老けようがゴツくなろうが姐さんが美しければそれでいいわ……で、寅丸様。 ナズーリンをこのままにしておくつもりは、ないんでしょう?」
「それは、まあ……」
「まさか、可愛いからってそのままにしておくつもりじゃないですよね」
「それこそ、まさかですよ」
確かに今のナズは可愛い。
でもずっとこのままというわけにも行かない。
探し物をしてもらえないのは困るし、何より自分の大切な部下でもあるけれど。
それ以上に今のナズの方がいいだなんて、ナズーリンに失礼だろう。
「そうね。 ナズちゃんが可哀そうだもの」
ようやくナズの食事を終え、自分の食事に集中しだした白蓮も賛成のようだ。
「明日、命蓮寺はお休みにして、全員でナズちゃんを元に戻す方法を探してみましょう」
「わかりました」
「はーい」
「む?」
全員が、了解の意を示し、よくわからないままのナズは、不思議そうにしていた。
そんな中で、私は今朝見た夢を、思い出していた。
その後、頭を洗われるのを嫌がるナズを宥めたり、一緒に100数えたりと、慌ただしい湯浴みを終えるとすでに就寝時間になっていた。
さて、私はたまに白蓮と同じ部屋で寝ることがある。
「……別に、いやらしい意味じゃないですよ」
「星ちゃん?」
「ああ、いえ。 ナズの布団も出さなければなりませんね」
一応、白蓮用の布団は私の部屋にはある。
そう、布団は別々なのだ。
「それなんだけど、あの……あのね?」
舟を漕いだり、目を擦るナズを優しく撫でながら白蓮はなぜか恥ずかしそうに、こちらを見た。
そして、一息にこう言い切った。
「いっしょに寝なひ!?」
緊張しているのか、語尾が上がっていた。
そのことに気付いた白蓮の顔がさらに真っ赤になり、こちらも気恥ずかしくなってくる。
ナズは、そんな私たちを交互に見つめていた。
ロウソクの灯りを消して、私も布団に入る。
少々大きめのものだが、流石に三人入ると少々狭い。
「おやすみなさい、星ちゃん」
「お、おやすみ……」
ナズごと、白蓮に抱きしめられている。
体温こそダイレクトに伝わってこないが、ナズの身長の関係で、顔を横にすれば、目を閉じた白蓮の顔がすぐ近くにある。
長い、苦行の夜になりそうだ。
ナズの手前、我慢しなければならないだろう。
(ナズがいなくてもダメでしょう!? 白蓮は私のことを信頼してこのように無防備なお姿をしているのですよ!)
むしろ、ナズがいるおかげでそれほど我慢せずに済んでいるのかもしれない。
「ねえ、星ちゃん」
耳を澄まさなければ聞こえないほどの小声で、白蓮が語りかけてきた。
目は、閉じたままだった。
「白蓮?」
ナズの耳を避けるように、発声する。
起こしてしまっては可哀そうだ。
「今朝、ね。 ナズちゃんの夢を見たの」
「あなたもですか?」
もしかして、アレはこの件の前兆だったのだろうか。
「ちょうど、星ちゃんとお付き合いできるようになった次の日のことを、夢に見たの」
白蓮が、目を開いた。
「ナズちゃんはね、こう言うの。 『私は、邪魔じゃないか』って」
「ナズーリンが、そんなことを……」
白蓮は、原因が自分にあると、考えている。
彼女の頬を一筋、涙が流れ落ちていった。
「星ちゃん、私はとんでもない間違いを犯しちゃったのかしら」
きっと、白蓮は私と付き合い始めた頃からずっと、考えていたんだろう。
その度に、自分が正しいのだと、奮い立たせていたのか。
ああ、毘沙門天様。
あなた様のおっしゃる通り。
人は、儚い。
「白蓮」
「星ちゃ、ん……」
体ごと、白蓮に向けて今度は白蓮とナズを私が包み込む。
そして、口づける。
あなたとのつながりを確かめるために。
強く、あるために。
あなたは、何も間違っていないとは言ってあげられないけれど。
「でも、例え間違いだったとしても、私はあなたから離れたりはしませんよ」
きっと、命蓮寺の全員がそういうはずだ。
今はこうして眠っているナズーリンだって、そう言ってくれる。
白蓮は、私たちの光なのだから。
「星ちゃん……」
「さあ、今日はもう眠りましょう。 ナズーリンを元に戻してあげなければ」
「そうね……でも」
私の腕の中で、少し居心地悪そうに白蓮は顔を隠した。
「あと、もう一回だけ、いい? キス……」
喜んで。
今日から、あなたが私のご主人様です。
はい、よろしくお願いしますね、ナズーリン。
くれぐれも、毘沙門天様のお顔に泥を塗らないようにお願いします。
て、手厳しいですね。
ナズーリンナズーリン!
またなにかなくしたんですか?
聖に怒られてしまいます!
もう、仕方ないですね……。
ご主人様。 よろしかったのですか?
それが、白蓮の望みであれば。
しかし……。
ナズーリン。 もしも、私が人間を手にかけるようなことがあれば、私を殺してくれますか?
一体何を言い出すのですか!?
私は、弱かったから白蓮に逃げてくれ、などと言えなかった……。 ですが、あなたなら……。
ふざけるな! 私より強いくせに何を拗ねているんだ!?
ナズーリン……。
ご主人、ご飯ができたよ。
……要りません。
ダメだ。 食べる。
ナズーリン、どうしてあなたはまだこんな場所にいるのですか。
ああ、確かにこんな荒れた場所に用はないさ。
なら……。
だけれども、決めたんでね。
放っておけないご主人のそばに、ずっといるってね。
「あ……」
思い出した、と同時に目が覚めた。
今日こそは本当に、早く起きてしまったようだ。
「千年前からあなたは、少しずつ……」
まだ眠っている『ナズ』の頭を撫でる。
サラサラの髪が、心地よい。
「少しずつ、近いところにいたのですね」
大丈夫ですよ、ナズーリン。
私も、きっと強くなれたから。
白蓮もナズーリンも、きっと守り通しますから。
運命に引き離された二人が心待ちにしていた再会。しかし愛おしい彼女は子連れで現れたみたいな心境でしょうか。
でも好きな人の子なら同じだけ愛せますよね。邪魔だなんてことは絶対に思いません。
ナズちゃん育てたいです。
やっぱり星ナズより星白だよ。
それにしてもナズーリン可愛いな。
話自体は良かったです。子供は可愛いんだよ!