Coolier - 新生・東方創想話

ホット+クールのあたいを求めなさい

2017/04/21 22:03:08
最終更新
サイズ
9.76KB
ページ数
1
閲覧数
2843
評価数
14/24
POINT
1710
Rate
13.88

分類タグ

 一回休みから覚めると、チルノちゃんが黒くなっていた。

 確かにここのところ、何かがおかしいなとは思っていた。湖の深い霧の隙間を縫うようにして、少しずつ陽の光が降りはじめていたのだから。夏の日差しがいくら強いものでも、この霧を貫くことがあるだなんて、私は想像したことがなかった。あと、夏といえば、変わったことがもう一つ。湖に遊びに来た友達が言っていたのだけれど、やけに元気なリリーを見かけたとか。次に会ったときに、もし夏の妖精になっていたらどうしようかな、と私は気掛かりだった。

 そんな真夏の天気が続いていたので、私たちは暑さを紛らわせたくて仕方が無かった。そうして弾幕ごっこをしているうちに一回休みになってしまったのが先日のこと。カレンダーが無いので、正確な日付は分からないけれども。

 しかし、今はそんなことよりも、チルノちゃんの変化が気がかりだった。どうしてそんなことになっているのか――そもそも、ほんとうに目の前にいるのはチルノちゃんなのだろうか。私は尋ねてみることにした。

「チルノちゃん、どうしたの?」
「あたいはあたいだよ」
「そうだけど、そうじゃなくて……なんとなく、黒いなあ、って」
「どう?」

 胸を張ってチルノちゃんはそう聞いてくる。

「クールだね」と私は答えた。正直、意図はまったく分からなかったけど、こういうときに求められる答えはたいてい決まっていた。

 それだというのに、今のチルノちゃんは満足した様子を見せない。やはり、チルノちゃんは変わってしまったのだろうか。それとも、私の方がおかしいのか。

 困惑する私を見て、チルノちゃんは不敵な笑みを浮かべると口を開いた。

「今の私は、ホットだよ!」

 私は反射的に頷いていた。確かに、今のチルノちゃんはホットだった。よく考えてみれば、黒くなる理由なんてそんなに無い。単に日に焼けたというだけの話なのだ。妖精が――しかも氷の妖精が日焼けするだなんて知らなかったけど、実際に見てしまったものは信じるしかない。

「ごめんね、ホットだね」と私は謝る。そして、友達の変化にちゃんと向き合えなかったことを恥じた。彼女の手が私の頭を撫でる。冷たい。やっぱりチルノちゃんは変わっていなかった。

「でも、クールだね」と私は笑う。今度は彼女も素直に笑った。

 それから辺りを見回してみると、いつの間にか多くの妖精たちが私たちを遠巻きに眺めていた。たぶん、私たちの声が聞こえたので集まってきたのだろう。

 霧に守られているとはいえ、湖のような開けた場所は普段の棲み処とするにはいくらか危険だが、一方で、遊び場としてはなかなか魅力的な所だった。だから、ほとりの森林に住む妖精たちは、大勢で集まってこちらにやってくるのが習慣になっていた。一匹では非力な妖精でも、皆が集まれば安心できるということである。もっとも、チルノちゃんがいるからという理由の方が大きい気もするのだけれど。

「皆もおいでー」と呼ぶと、彼女たちはいっせいにやって来た。それは湖に比べれば小さな輪だが、私にとっては十分すぎた。

 皆はこちらへ駆け寄るなり、驚いた表情を見せた。ついさっき、私が抱いた疑問を彼女たちも等しく感じたのだ。私はなんとなく安堵した。

「チルノちゃん、何か違わない?」
「黒い気がする」
「同じじゃない?」

 そうした疑問が口々に呟かれる。気持ちはよく分かるけれども、それを大勢でやられてもこちらとしては困るだけだ。

 このまま放っておくと日が暮れるまで続きそうだったので、私は本人に答えを促すことにした。チルノちゃんは頷いてから、高らかに宣言した。

「ホットで、クールなのよ!」

 すべての声が止んだ。しかし、それは一瞬のことだった。やはりこの答えでは何も分からなかったのだろう、むしろ余計に声が飛び交うようになった。

「私もクールになりたいなー」
「ホットじゃないの?」
「どっちでもいいよー」

 ああでもない、こうでもない――ついに私は耐え切れなくなって「たぶん、日に焼けたんじゃないかな」と言った。

「何それ」
「チルノちゃん焼けたの?」
「妖精も日焼けするの?」

 駄目だ。私の言葉ではこれを止めることはできない。

「チルノちゃん、どうしよう」と私は傍らの彼女を見た。彼女はただ黙って空を指した。分からない。

 またも意図を掴めず困っていると、一匹の妖精が控えめに言った。

「『太陽に近づけばいい』ということなのではないでしょうか。日焼けをするにはそれが一番でしょうし……」

 なるほどと思った。彼女は、服装から鑑みるにあの館から遊びに来た妖精メイドだった。もうその辺りまで騒ぎは伝わっているのだろうか。

 私は早速、みんなにこのことを知らせることにした。おしゃべりをするのは嫌いではなかったが、今の状況はおしゃべりと呼ぶには少し混乱しすぎている。人間の宴会より悪い。

 手を叩き、注意を集める。そして、私とその妖精メイドとで日焼けとその方法について説明をした。そうはいっても、結局は「太陽の近くに行こう」の一言で済む話なのだが。こんな簡単なことを結論するまでに、なかなか長い時間が経っていた。いつものことだが、大勢の妖精をちゃんと一つの目標に向かわせるというのは難しいことだと再認した。

 そしてようやく、どこまで高く行けるか、どこまで黒くなれるかの競争が始まった。

 競争のルールは簡単だった。とにかく上へ上へと飛んでいく、太陽を浴びる、一番黒くなった妖精が優勝。以上である。

 私は、いっせいに妖精たちが飛び立つのを見た。地上には、私とチルノちゃんだけが残された。私たちには役目があった。

 霧も空を全部覆っているわけではないので、ずっと高く飛んでいくと、どこかでそれは無くなってしまう。そのとき、強い太陽の光に晒されて、目を回してしまう妖精が少なくないのだ。そうした妖精たちを受け止めるのが私たちの役目だ。

「ごめんね」とチルノちゃんは言う。私も空へ行きたかっただろうに、という気遣いからそう謝ったのだろう。

「ううん。皆のためだもの」と私は答える。ほんとうは太陽が怖いのだということを、私は言い出せずにいた。

 落下してくる妖精が多いのは最初の方だけで、後はほとんど退屈だった。皆もう慣れてしまったのだろう。私たちはただ空を眺めていた。

 そうしてしばらくすると、一通り飛んだ妖精たちが次々と帰ってきた。例外なく彼女たちの肌は白かった。どれだけ飛べば、チルノちゃんくらい黒くなれるのだろうか。

「黒さ勝負は難しそうね」と私は言った。

「じゃあ、高さ勝負?」とチルノちゃんは首を傾げる。私は「そうするしかないわね」と頷いた。

 だが、ここで私たちは予期せぬ問題に直面してしまった。空に印は描けない。どちらがより高く飛べたか、誰も証明できないのだ。

 結果として起きたのは、不毛な争いだけだった。私の方が高く飛んだ、と妖精たちは口々に言い合った。なんとか決着を付けたくても、下から見上げていた私には判定できないことなので、私は困り果てた。

 すると突然、チルノちゃんが口を開いた。

「あたいが見るよ!」

 そして、妖精たちは再び太陽を目指して飛翔した。とうとうチルノちゃんも空へ行ってしまった。地上には私だけだ。しかし、皆が落ちてくる心配がもはや無い以上、私がここに残っている意味もさして無かった。

 空に浮かぶチルノちゃんたちの影を私は仰いだ。それらは見る間に小さくなっていく。気付けば私は手を伸ばしていた。届くはずもないのに。たとえ届いたとしても、太陽には触れられないというのに。でも、手を引っ込めるのは嫌だ、と思った。

 私は目を瞑る。手は伸ばしたまま、一度、二度と深呼吸をする。大丈夫、怖くない――いや、怖くても、みんながいるから大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 目を開けると、私は空に浮かんでいた。湖を振り返ることなく、ただ上だけを見て飛び上がる。チルノちゃんたちの影はもう遠ざかることはなかった。ならば、もう迷うことはない。私は全速力で太陽へ昇る。

 予想していなかったことに、皆は霧を抜けた先で待っていた。私が光で目を回さないように、彼女たちが影を作ってくれていたのだ。

「ありがとう」と頭を下げる。

「ううん、助けてもらったから」
「そうそう、おあいこだよ」

 見れば、確かに覚えのある顔の妖精たちがそこにいた。私の臆病も、ただ悪いだけのものではなかったのだ。

「それじゃ、今からが本番だからね」
「チルノちゃんより高く飛べたら、どうしよう」
「あたいは最強の氷だから負けないよ!」

 好きなことをそれぞれ宣言しながら私たちは笑い合う。ここから先は真剣勝負だ。

 そう思うと、なぜだか自分の気持ちが分からなくなった。太陽に焼けるのが怖いというのは変わらないが、同時に、負けたくないなとも私は思いはじめていた。でも、勝つためにはみんなより高く――つまり、自らが太陽と向き合わなければならない。難題だな、と思った。

 だが、勝負は私を待ってはくれない。答えを探している間にスタートの合図がした。私はもう悩むのをやめて、ただ飛び上がった。

 霧の向こうにここまで強い光があるだなんて知らなかったので、私は少なからず驚いた。みんなが平然と昇っていく空を、私は息を切らしながら飛んだ。考えてみれば、他の妖精たちはすでにこの高度を経験しているのだ。それに気が付くと私がいくらか遅れるのも当然な気がしてきて、冷静さを取り戻すことができた。要は、最後に一番高い空にいればいいのだ。

 私は落ち着いて、つねに皆より少し低い高度を飛んだ。頭上の影との距離を見て、自分のペースが乱れていないことを確かめる。それを繰り返しているうちに、強い日差しもあまり気にならなくなってきた。

 しかし、その一定を保つ距離に、不意に変化が生じた。先を行く妖精たちが弾けはじめたのだ。いかに妖精といえども、自然において太陽の光はあまりに強いものなので、それを近くで浴びつづければやがて限界を迎えるのは当然のことだった。

 それだというのに、私は太陽への恐怖を意識するどころか、その光景に半ば見惚れそうになっていた。だって、妖精たちが光の中をはらはらと散っていく様子は、今までに見たどんな景色よりも魅力的だったのだから。

 綺麗、と思わず声が漏れそうになるのを抑える。一回休みで済むこととはいえ、言っていいことと悪いことがあるような気がしたのだ。

 そうした眺めに心を引かれていることを表情に出さないよう努めながら、チルノちゃんの方を見遣る。すると、彼女も同じく仲間たちの散り行く様子を眺めていた。

 そして――

「綺麗だね」とチルノちゃんは言った。

 私は驚いて、言葉を失った。

 それから改めて辺りを見回した。太陽にきらめく光の粒子が舞っている。雪のようだ、と思ったけれども、きっと違う。これは生命の結晶だ。だから、火傷しそうなくらいに熱く燃えていて、とても受け止めることなんてできないのだろう。

 先を行く妖精たちが次々と散っていく。それがとても眩しくて、一つ一つの火花に私たちは目を細める。あとは私とチルノちゃんだけになった。チルノちゃんの一番近くにいたから、太陽に耐えることができたんだろう。

「ねえ、もっと速く飛ぼう?」
「もっと?」
「うん、もっと速く、高く」

 チルノちゃんは何かを迷うように黙ったが、それも一瞬のことで、すぐに答えた。

「わかった!」

 チルノちゃんの右手が私の手を掴まえる。怖い物知らずの速度にただ引かれ、みるみる太陽に近づいていく。判別できるのは掌だけだ。それ以外の全身は、太陽の火に燃えている。チルノちゃんの黒い顔も、もう眩しくて見ることができなかった。今の自分は果たして黒くなれているのだろうか。そうだったらいいな。でも、ひたすらに眩い光の中では何も分からない。

 そして、私も火になり、花となった。

 次に目が覚めたときには、「二番目だった」と言ってほしいな、と思った。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.430簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
新作楽しみですね
3.80怠惰流波削除
最初はなんだろう、と思っていましたが、締め方がとても綺麗でキラキラしていました。脂の乗ったネタ、ごちそうさまです。一足早い夏を予感しました。
4.80名前が無い程度の能力削除
行動原理が子供らしくてむずがゆくなりますね
5.90名前が無い程度の能力削除
軽い入り方から予想に反して、きれいな話で良かったです
6.100南条削除
面白かったです
散っていく妖精たちが儚くてよかったです
まさか日焼けしたチルノだけでここまで話を広げるとは
7.90名前が無い程度の能力削除
燃え上がる無鉄砲さが良いですね
8.90名前が無い程度の能力削除
綺麗な話でよかったです。
9.90名前が無い程度の能力削除
日焼けしたというだけでこんな海外の児童文学みたいな話が作れるとは…
凄いのは作者かチルノか
10.100名前が無い程度の能力削除
雰囲気がとてもステキでよかったです
11.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
12.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
14.100名前が無い程度の能力削除
 
16.100名前が無い程度の能力削除
チルノは恵まれてる。ある意味、霊夢とかよりも。
そんな気がしました。
20.100名前が無い程度の能力削除
 一回休みを厭わずに遊びに殉じる妖精たちが、切なく可愛らしいですね。
 太陽に挑んで日焼けするチルノさんの雄姿は、密かに参考になりました。
 今回も好かったです。