Coolier - 新生・東方創想話

ドリンクバーは必須です

2013/02/27 16:43:37
最終更新
サイズ
21.64KB
ページ数
1
閲覧数
2426
評価数
6/18
POINT
890
Rate
9.63

分類タグ

「学生証お持ちでしたら確認の為お預かりしてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。メリーあなた今日持ってきてるわよね。貸してちょうだい」

こういうパーティグッズを置いてる店って珍しい。

アフロ、馬やピエロの被り物、マラカス、タンバリン。はたまたどこかで見た様なコスプレグッズ。結構な種類が置いてあるから見ていて面白い。
しかし、貸し出し自由と書かれてはいるものの、どうにも使っている人は少ないみたい。
あまり人気が無いように思える。でもだいぶ使い古されてる。被り物にいたってはよれよれ所の話じゃない。
私がこれを使って馬鹿騒ぎするのは……ん。ないわね。断じてない。絶対ない。ある訳ない。
自分のその姿を想像するだけで寒気を感じてしまう。

カウンター横に置かれている盛り上げグッズコーナーをじっとメリーは眺めてる。


「おーいメリーさーん。聞こえてる?学生証貸してよ」
「あらごめんなさい蓮子。ぼっとしてたわ。学生証よね」

自分とメリーの学生証が手元に並ぶ。
しかし私の学生証は見る度に酷い。写真写りってどうやったら良くなるのだろう。
肌の艶も良くなくて眠そうだ。栄養不足と言われても仕方ない顔だ。写真取る時はばっちり決めた筈なんだけど。
変わってメリーの方は非常に美人に写ってる。いかにも証明写真の見本ですって感じ。
何よこの違い。もしかしたらメリー、少し加工したのを使ってるんじゃないかしら。


「お預かり致します。……はい。ありがとうございます。学生様二名ですね。
 通常の一時間毎のコースとフリータイムがございますがどちらになさいますか?」
「メリーどっちがいい?」
「ん~。蓮子に任せるわ」

どうしようか。
フリータイムが一番妥当みたいだが、歌いこんでしまって帰りが遅くなる可能性があるわね。
ここは区切りを持たせた方がいいか。

「じゃあ通常のコースの二時間で」
「はい。かしこまりました。通常のコース二時間ですね。機種は如何なさいますか」

機種?最近は機種なんて選べる様になってるのか。
なるほど科学が進歩している様にカラオケ屋も進歩しているという訳ね。
まあただ単に私達がそんなにカラオケに行ってないだけだけど。

「じゃあこれで」
「分りました。こちらの機種ですね」

名前が面白いからそれにした。
はっきり言ってカラオケの機種の違いなんか分らないからどれでもいい。
メリーはそういう細かいのが好きそうだが決めるのは私だ。

「フードやドリンクバーは如何なさいますか」
「ドリンクは必須よ蓮子」
「もちろんよメリー。フードで食べたいの何かある?」

ふんふん。なるほど。いつもの喫茶店に置いてあるメニューではないので何だか新鮮。
ファミレスともまた違うのも面白いわ。あっ、やっぱりパーティフードなんてのがあるのね。
わさび入りとか辛い奴とか。蓮子に食べさせたらどういう反応をするのかしら。面白そう。
けどまあ無難な物を選びましょう。別な機会でいいわ。

「んーポテト&;ナゲットでいいんじゃないかしら」
「じゃそれを一つとドリンクバー二つお願いします」
「はい。かしこまりました。ではマイクをお渡しします。お客様の部屋番号は××号です。
 あちらの廊下を渡っていただいてつきあたりにございます」
「あ、わかりました」
「ドリンクバーのグラスはあちらにございますのでどうぞご利用くださいませ」


少し前の話になる


「ねえメリー。私達って学生だけど学生らしい事をしていないと思うの」


「は?」

うんたら論だかなんやらの定義をレポートに写していたメリーの手は止まる。
「いや『は?』じゃなくてね。メリーさん」
「今まさに課題をやっている私達が学生じゃなければなんなの?」
「言い方が悪かったわ。学生らしい娯楽を享受出来ていないと思うの」
「カッコつけはやめなさいよ。要は遊びに行きたいって言いたいんでしょ」
「ふふん。ご名答よメリー」

な~にがふふんよ。
朝早くから『課題が終わらないんですよぉ! 助けて下さいメリーさぁん!』って電話越しに泣きついた事を忘れてるのかしら。
この自慢げにしてる顔をつねってやろうか。いや、つねろう。何かむかつく。


自慢顔を晒してる蓮子の両頬を素早く掴みぐいっと引っ張る。


「いひゃ! いひゃいです、めりーしゃん! すいまふぇん! ゆるひえ!」
「人に課題を任せっぱなしで自分は遊びに行きたいと? 随分とお偉いのですねぇ蓮子さんは!? それは終わってから言う事でなくて!?」
「ひょーひにのりましふぁ! かんべんしてくだふぁい!」

うん。すっきりしたわ。満足満足。
これでレポートの続きをするモチベーションが上がったわ。ゆったりと自分の席に座る。
やりきった気がする。清々しい。一方で顔を抑えながら蓮子は自分の席に戻る。少しは反省した様だ。


「メリーさんすげえ痛かった。ヒリヒリする」
「痛くしたのよ。蓮子さん。あなたの期待に応えられる様頑張ったわ。さ、ふざけてないで課題の続きを頑張りましょ」


まああと少しと言えば少しの量だ。赤くなってるかもしれない頬を擦りながらレポートとにらめっこする。
メリーは手加減なしでやるのよ。ほんと。冗談ってのを分ってないわ。ユーモアが足りないのよ。
あ。ほんと痛い。あの見た目でどっからあんな力が出るのか本当に不思議だわ。メリー七不思議の一つと言ってもいいわ。



--------数時間後--------



「メリー」
「なあに。蓮子」
「記念すべき瞬間をメリーは目撃する事になるわ」
「課題終わったのね。おめでと。思ったより早かったじゃない」

あっさりと返した。蓮子は褒めるとすぐに調子に乗るタイプだから。
そもそも半分以上を私がやったんだから誇らしげな顔をするのはやめてほしい。
まあ私はそんな顔はしませんけど。蓮子にいじられるのがオチだからね。

「どーしてメリーさんはもーちょっとさー褒めてくれないのよー。私頑張ったのよー?」
「人に大部分任せといてそんな事が言えるとは。さすが秘封倶楽部の部長様だわ」
「全っ然尊敬が伝わってこないわね。部長は敬うものよメリー」
「それもそうね蓮子」
「あ。すいません。あの、ごく自然に頬に手を掛けないで下さい。もう反省してますから。ほんと。お願いします」
「残念だわ」

話題を変えないといつまた頬をつねられるか分ったものじゃないわ。

残念だわって言いつつファイティングポーズ崩してないもの。まだやる気だわ。

「ねえメリー。ようやく終わったのだから言っていいわよね。遊びに行きましょうよ」
「いいわよ。何処へ行く? たまには違う場所へ行ってみたいわね。それに考えてみると私達あんまり何処かで遊ぶって事少ないと思うのよ。いつも同じ場所しか行っていないわ」
「それは間違いないわね。いつも境界探しか、喫茶店だものね。学生である私達が学生らしく遊んでいないのは由々しき事態だわ」
「学生の本分は学問なのよ? 蓮子さん」
「だから学びに行くんじゃないメリー。学ぶ事ができるのは学び舎だけではないのは知ってるでしょ」
「まあ正論であり、屁理屈でもあると言った所かしらね」
「よ~し決めた。学び舎が大好きで仕方ないメリーさんの為に校歌が好きなだけ歌える場所に連れて行ってあげる」
「あら本当? そんな素敵な場所に連れて行ってくれるの? それは嬉しいわね。蓮子のおごりでしょ?」


「カラオケ! カラオケよメリー! 私達秘封倶楽部の美声を全国ランキングに響かせてやろうじゃない! ……え、おごり?」


「それくらいしてくれても悪くない筈だけど?」

にこっと顔を向けるメリー。言葉ではなく心でわかる様な深い威圧感を持った微笑だ。冷たい笑顔だ……。
ここで間違った選択をしてしまうと泣き寝入りする程のトラウマを負わされかねないわ。
けど手伝って貰った分は何かで返そうと思っていたし、ちょうどいいかもね。
なにか恩を受ければそれを返すって基本を忘れる愚か者じゃありませんよ。私は。

「あ、当たり前じゃない……さあ決まったのなら善は急げ、時は金なりよ。メリー。さっそく行きましょう」


そうして今。秘封倶楽部は説明し慣れた店員からマイクを受け取り××号室に向かっているのであった。

「ん。ちょっと部屋タバコ臭いわね」
「しょうがないわよメリー。空気清浄機の力にも限界があるし。染み付いた臭いまでは取れないわ。22世紀になったら変わるかもね」

二人共ちょっと苦手な臭いが残る部屋に入る。慣れない空気だがまあ仕方ない。
けどこれもカラオケ屋らしいといえばらしい。喫煙、禁煙の区切りが未だにない店というのも今の時代珍しいだろう。
そこまで明るくならない部屋の照明、大きい薄型テレビの存在感がなんともいい雰囲気を作り出している。この店でしか作れない空間と言っていい。
これから歌うんだ! といった気分に自然とさせてくれる不思議な空間だ。科学は進歩しているがこの魅力を解明する事は無粋だろう。

「へーあの分厚い本がなくなってる。それにリモコンも。全部あの機械で十分って事かしら。久しぶりに来たとはいえなんだか時代を感じるわ」
「それって随分前じゃない? 確か。最後にカラオケ屋に来たのっていつか覚えてる?」
「ええと、最後に行ったのが……いつだったかしら? 思い出せないわ。けどその位前な気がする」
「んーそれなら仕方ないわね。実際私も2、3年振りだし。けどその時にはもう本やリモコンは無かったから私以上にメリーは久しぶりの様ね」
「そうね。私はあの時のままだと思っていたから、なんだかちょっと寂しい気もするわ」

椅子に座り一呼吸。メリーはあの機械に興味しんしんの顔で手に取っていじくってる。
まあ当たり前か。本人が何年振りに来たか分ってない位に久しぶりなんだものね。
横目でメリーの顔を見る。心なしか嬉しそうだ。うんうん。誘ってみてよかったわ。
やっぱりメリーはこうでなくちゃあ。

「さあて、どっちから先に歌う? というか何を歌おうかしら」
「歌いたい曲を入れたもん勝ちよ。それとも最初に歌うのが蓮子は恥ずかしいのかしら」
「メリーは相変わらず一言多いと思うのよ」
「蓮子に言われたくはないわ」

しかし改めて見ると曲の数が膨大だ。こんなにも曲が多いと自分が歌いたい曲を探すのにも一苦労するわ。メリーが歌っている時にゆっくり探そうかしら。

けどさっきあんな事を言われた手前もあるし、万一それをやるとメリーに笑われる気がする。
悔しい。それは悔しいわ。『あらあらやっぱり蓮子さんは恥ずかしかったのね』とか言わせたくないわ。
これが一番妥当な曲かしら。歌詞も覚えているし。これにしましょ。

「じゃあメリーさんのご要望通り私が最初に歌ってあげましょう。お手本にしても構わないわよ?」

意気揚々とマイクを握り蓮子は言った。どっからその自信が沸いてくるのか一度聞いてみたいわ。
イントロが流れ出す。蓮子もそれに乗る様に立ち上がる。
なんだかやたらポップなイントロね。それに聞き覚えがある様な気がするわ。なんの曲だっけか。
映像が流れると同時にタイトルが表示される。……あ、なるほどね。うん。蓮子らしい


「ふふん。どうでしたかしらメリーさん私の歌声は? 聞き惚れてしまったのではなくて?」
「まー。うん。そうね。良かったとは思うわ」
「でしょう? 流石のメリーも認めざる終えないわね」
「そうね。人の選曲に文句は言わないわ。好きな歌を歌うのがカラオケだものね」
「何よお。そのちょっと棘のある言い方は? 私がアニメの曲を歌うのがおかしいっての?」

「そうじゃないわ。あまりに蓮子が生き生きした表情で歌っていたから可愛いらしいなあと思ってね。子供みたいな顔だったもの」

メリーが微笑む。私はなんだか顔が赤くなる。先手を打ったつもりだが勝負にすらなっていなかったみたいだ。
どうしても敵わないなあ。メリーには。こういう事恥ずかしげもなく言うんだもの。
そんなの言われたら誰だって照れるに決まっているじゃないか。
だんだんと恥ずかしくなってきた。思わず帽子を顔で隠しながらボスンと音を立てて席に戻る。

「あーもうその話はいいわよ。やめやめ。そんな事より次はメリーでしょ? もう入れたの?」

蓮子らしい下手な話題な変え方だ。
しかしそれが蓮子の魅力の一つであろう。それでこそ蓮子である。

「あらあら照れちゃって」
「うるさいなあ。早く歌いなさいよ」

やはり恥ずかしいのかぶっきらぼうに返す。すっかり調子を乱されてしまった様だ。
少しはにかみ顔になりながら、必死に歌詞を目で追って歌っている。何事もそつなくこなすメリーでもやはりブランクには勝てないのだろうか。
その姿はどことなく開放されきっている様子だ。いや、別に抑えてるモノはないんだろうけど。『開放されてる』よりも『はっちゃけてる』の方が近いわね。
なんだかんだ小言を漏らすわりにちゃっかり楽しむタイプなんだから。色々とずるい気もしないでもない。
……にしても噛みながらとはいえ、かなり上手い。こっそり練習でもやっているんじゃないのかと疑いたくなる。
なんか、メリーに勝てない部分が多い気がしてきた。さっきまで自慢げな顔をしていた自分が尚更恥ずかしく思えてくる。




やっぱり堂々と大声を出して歌えるってのはいい事だ。何かしらスカッとする。
何曲か歌い終えた蓮子は持ってきたメロンソーダを飲んで少し休憩する。そういえばメロンソーダを飲む事自体久しぶりだ。
ちょっとメロン味とは呼びがたい独特の味がちょうどいい。しつこい炭酸もそう悪くない。
歌って乾いた喉を回復させて、一呼吸つく。

「……ここまでとは思ってなかったわ」

何がここまでか。答えは簡単。目の前で一小節ごとに昭和のアイドルみたいなポーズをしてるメリーの事だ。
もう止められない勢いのはっちゃけっぷりだ。蓮子は最初、いつもの調子でまあ普通に楽しむんだろうなとは思っていた。だがその予想を一段超してしまった。

そのポーズを決める度に笑いそうになるが顔を伏せながら今も必死に堪えてる。歌い始めてから大体、三曲目あたりから何が原因か知らないがアイドルメリーになっていた。

まあ久しぶりに歌ったんだからテンションが高いのは当たり前か。と最初は見ていたがもう勢いが止まらなくなった。呆気にとられるしかない。
普段の姿からのギャップが凄すぎる。おしとやかなメリーさんは今輝けるアイドル状態になっている訳だ。
そう考えるだけで噴出しそうになる。そもそもポーズがなんというか、アイドルポーズと言えない位、その、ダサい。

アイドルは舌出しながらポーズなんて決めないし、ストレッチみたいなポーズもしないわよメリー! と言ってやりたい。
しかし何かに満ち溢れた顔でやってるのだからそのツッコミ一つすら入れずらい。

いっそ我慢しないで笑い転げたいが、後がどうなるか恐ろしいのでひたすら我慢している状態だ。
やり遂げた様な爽やかな顔で「次、蓮子の番でしょ」って言われる時が一番危ない。もう顔を限界までに膨らませて我慢するしかない。
一挙一動が十分な威力すぎる。曲の終わりに近づき今正に締めのポーズを決めようとしている瞬間だ。

「大変遅くなりまして申し訳ございません。ポテト&ナゲットをお持ちいたしました」

そう言いながら店員が勢い良く扉を開け入ってきた。そして一瞬の内に一秒が一分と思える様な沈黙が場を支配した。

メリーは締めのポーズを堂々と決めたまま止まっている。一ミリも動かない。蛇女に睨まれた如く動かない。……この場合は蛇女は店員さんか。


「机の上に置かせていただきますね。あと伝票もご一緒させてもらいます」

沈黙を破る店員の一声。素早く机に置いて早々に扉の前に立つ。

「それではごゆっくりお楽しみください。失礼しました」

怖いくらいの無表情で店員は去って行った。そりゃあもうすごい速さで。

残されたメリーはというと最後のキメポーズをしたまま固まってる。いや少しは動いている。若干ぷるぷると小刻みに震え、僅かに口を動かし何か呟いている。

顔は漫画を見事に再現したかの様に真っ赤だ。現代医学では顔が赤くなる理由ははっきりしていないらしいが、この場合理由なんて考える
必要もない。

よほど、なんていうか、その、あれだったんだろう。気持ちは分らないでもない。恐らく自分の場合でもそうなる。
が、あのメリーが。才色兼備であるメリーさんが。考えるだけで笑ってしまうのに。まさかこんなメリーが見れる日が来るとは。

私はそんな光景を目の当たりにしてとうとう我慢を切らしてしまった。我慢できる訳がない。
腹を抱えて今まで溜め込んできた笑いを全部吐き出した。マイクを通していなくても部屋に響く程に。
いけない、笑いすぎて涙が出てきた。よじれるほどに腹が痛い。こんな風に笑ったのはいつ振りだろうか。とにかく笑った。
少しでも笑いを抑えようとして机の上に顔を伏せるがやっぱりダメだ。耐えられる訳がない。机を叩きながらひたすらに笑う。

長い時間そうやって笑っていたが何となく急に肌寒い空気を感じた。蓮子はすっかり笑いで緩んでいた口元を戻す。

「……ねえ蓮子。ちょっとこっちを向いてくれないかしら?」

どうやら当たって欲しくない予感が当たったみたいだ。その一声が蓮子を我に返す。
優しさの中に不気味を感じる声が耳元で聞こえる。顔を上げてはならないと蓮子の本能がそう叫んでいる。

「大丈夫だから、ね」

何故だろうか。大丈夫という言葉は安心を感じさせるのだが、今は恐怖を感じてしまっている。気のせいであって欲しい。
いっその事このまま顔を伏せていたい。が、その希望は恐らく敵わないだろう。

「どうしたの蓮子。具合でも悪いの?」

こんな質問をされたら嫌でも返事をしなければならない。抗ってられる時間はもうなくなった。残酷なまでに短かった……。

いやいや今感じたのは全部、私の思い過ごしなのよ! メリーはただ『今のちょっと恥ずかしかったわね』って笑うだけよ!
きっとそうよね! 何もないわ! うん……大丈夫よ……絶対。いや、多分

覚悟を決め、恐る恐る顔を上げる。その僅かな間に数分前の自分を後悔する。

「いや、大丈夫ですよ? メリーさん」

思わず声が裏返ってしまった蓮子がこう返す。
メリーは私に思った以上に顔を近づけていた。少しギョッとした。

「そう。それなら良かったわ。蓮子」

素敵な凍てつく笑顔を見せる。笑っている様で笑っていない。その表情から察するに残念ながら私の思い過ごしではないみたいだ。
無意識の内に小刻みに震えている。メリーとはまったく違う理由で。今度は私が体を震わせる番になるとは、ああなんて皮肉な事でしょうか。

「あらあら、どうしたの蓮子」

肩にポンっと手を置かれる。ビクリと思わず体が跳ね上がる。手は軽いのだが色々な意味で重い。
そしてメリーは笑顔を崩さずこう囁く。

「どうやら説明はいらないみたいで安心したわ……」

「……ははは。どういたしまして……メリー」

笑い声が響いていた部屋が、悲鳴が響く部屋に変わった瞬間の少し前の会話であったのだった。



伝票とマイクを抱えながらメリーは部屋から出る。何気なく書かれてる来店時間に目をやった。
二時間前か。文字で見ると尚更あっという間に感じる。人間の時間の解釈とは不思議なものだ。

この二時間の間に色々と失った気がする。いや失ったんだろう。確実に。
感想を言えば楽しかった。それだけは確かなのだが。その楽しんだ自分が問題だった。思わず自分にため息をつく。

自分を見失うとはあの事を言うんだろうか。多分。あの空間の自分は恐らく別人なんだと思いたい。

「あそこに居たのは自分じゃありません。そう。違う人なんです」

言い訳にすらなっていないのだがそうやって自分を納得させる。そうするしか他ない。ああ、情けない。
そう自分に言い聞かせながら歩くメリーの隣で頬を擦る蓮子はどこかしら哀愁を漂わせている。少しやり過ぎてしまっただろうか。
カウンターが見えてきたのでマイクと伝票をうつろ気になっている蓮子に渡し、ふと二時間前に眺めていたパーティグッズに目をやる。

『絶対にないわね。寒気がする』
『そうね。今でもそう思っているわ。けどそう言って自分で酷評していた癖に見事に馬鹿騒ぎしてしまったのが二時間後の私よ』

過去の自分に伝えられるのであればそう言いたい。今恥ずかしい気持ちでいっぱいになっているとも付け加えて。
実に馬鹿らしい妄想だ。けど今はそれに浸らせて欲しい。自分を少しぐらい慰めたっていいじゃないか。
二時間前とは全く違う意味でパーティグッズを眺める事になるなんて思いもよらなかったわ。しかもこんな気分でなんて。また、ため息が出そうになる。
気が付けば会計を済ませた蓮子が出入り口の前で呼んでいる。少しぼーっとしていた様だ。

そういえばこんな光景もあったわよね。ついさっきの事だけど懐かしい感じがする。時間の魔力というやつか。

いつまでも待たせ続ける訳にもいかないので蓮子の元へ合流し店を後にする。


外の夜風が歌い終わった後の熱を冷ますのにちょうどいい。仕事帰りも多いのか道路がやや混雑している。人通りも多く見える。これから食事にでも行くのだろうか。
街にそれほど近くない場所だけれど十分に活気に溢れた街並みだ。いつもの活動はこんなに華やかな場所ではないので新鮮に感じる。

「どうだったかしらメリー。私が言う学生らしい学生の娯楽は?」

振り向きながら蓮子は言う。まだ頬は赤いままだが無邪気に笑っている。
「素直に言えば楽しかったわ。一部分は除くけれどね。こういう事もたまには悪くないんじゃないかしら」

「その一部分が私にはとても魅力的だったわよ? メリーさん」

「どうやらまだ反省していない様ね。蓮子さん?」
「まあまあそんな顔しないでよ。冗談よ。冗談。ああいうメリーが見れて嬉しかったわ」


……これも蓮子の魅力の一つだ。なんだか妙な安心を覚えられる笑顔を持っている。そして結局許してしまうのよね私は。


しかしこれからもこんな感じで、今日の自分を蓮子のにやにやした表情で『そうそうあの時メリーってば……』と言われるのか。
それは、嫌だ。が、まあどう見てもはっちゃけすぎた自分のせいだし、蓮子の思い出の一つとなったらしいので良しとしておこう。
あまりにしつこく言ってきたらその度つねればいい訳だし。


「私はテンションが限界突破したメリーを見れた事と、頬が千切れる位に引っ張られた事を味わえた今日を忘れないわ!」
「ずいぶんと嫌味に言うのね」
「気のせいよ。ただ、こうやってまた二人でどこかに行きたいとは思っているわ。本当に楽しかったもの」
「そうね。また機会があれば是非他の所にも行ってみたいわね。例えば……そうね動物園とか?」
「なんだか可愛らしい所を選ぶのねメリーは。でも決定ね。たまには秘封倶楽部の活動としてじゃなく、二人が行きたい所に行きましょうよ」
「大賛成よ。われらが秘封倶楽部の部長さん。たまにはいい事言うのじゃないの」
「『たまには』じゃなくて『いつも』じゃなくて?」


また、ふふんと自慢げな表情を見せる蓮子だがそれを無視して歩き続ける。
そういえばカラオケをするという目標は達成したがその後の事は考えていなかった。そのまま帰るのか、それとも夕飯でも食べるのか。
少し先に見える歩道の信号が赤になった。立ち止まったついでに、誘ってくれた本人にでも予定を聞いてみるか。

「ねえ蓮子これからどうする?」
「そうねえ~。このまま帰るってのも何だか味気ないからあそこのビデオ屋にでも寄っていかない?」

信号を渡ったすぐ先に見えるビデオ屋を指差しながら蓮子は続ける。

「観たいと思ってた映画がレンタル開始になったそうだから行きたいと思ってたし。メリーも観たいのを借りて私の家で観ましょうよ」
「あ、それはいいわね。でも夕飯はどうする?どこかで食べていく?」
「この辺にスーパーが確かあった筈だから、そこで軽く食材を買って帰りましょう。私の自慢の手料理を振舞ってあげるわ」
「あら頼もしい。味は大丈夫なんでしょうね?」
「相変わらず失礼な事をさらりと言うのねえ。傷ついちゃうじゃないの。まあ安心しなさいな、心配するだけ無駄ってやつよ。」


少し夜風が寒く感じ始めた。薄い服を着てこなくて正解だ。まだこの時季は温度の変化を見極めるのは難しい。
軽く寒さで身震いしてしまった。風邪を引かないように気をつけねば。

「ねえ蓮子が借りたい映画ってどんなのなの?」

信号がまだ変わらないので何となく質問してみた。

「ん~とね。報われないヒーローが主人公の映画と、クッキーに殺人者の魂が乗り移ったっていう話の映画ね」
「最初のはなんだか面白そうだけど、最後のはどことなくB級ぽいわね……」
「そういうのがあってこそ映画じゃない。そのB級さを味わうのも醍醐味だと思うわ。いい映画ばかりじゃ詰まらないじゃない」
「まあ蓮子のB級好きは今に始まった事じゃないからね。どっからそんなマイナーな情報を仕入れてくるのか不思議だわ」
「好きな事には全力で取り込むのが私の姿勢よ。愛すべきB級映画達も例外じゃないわ」
「ありがちな台詞になるけど、その熱意を少しでも課題にも向けるべきだと思うわ」
「残念だけどそれは私が一番知っているのよメリー。それが出来たら苦労はしないって事もね。」
「またありがちな台詞で返すけど、自慢する事じゃないわよ」


信号が青に変わる。二人は話込んでいたからか周りより少し出遅れてしまったみたいだ。赤に変わらぬ内に歩道を渡り切り、ビデオ屋へと向かう。そんなに距離もない。

蓮子は帽子を被り直しながらメリーの顔を見る。本当に誘ってみてよかった。いつもとは違う秘封倶楽部に満足してくれたみたいだ。


「ねえメリー」

「なあに蓮子」

「……これからもよろしくね。秘封倶楽部と一人の友人として」

「何を変な事を言ってるんだか。当たり前じゃないの。部長としてのあなたと、友人としてのあなた。どちらも頼りにしてるわ」


またもやメリーお得意の不意打ちに思わず顔を赤くする。照れ隠しのため被り直した帽子をワザとらしく深く被り直す。


「それにもし私が居なくなったら誰が課題の手伝いをしてあげるのかしら?」

「メリーはホントに揚げ足取るのが上手なんだから……」

「ははは。可愛いわよ蓮子」

「あーもうわかったから! 先にビデオ屋に行ってるからね!」

そそくさとビデオ屋に入っていく蓮子を後ろからゆっくりと追いかける。

本当に照れ隠しが下手なんだから。くすりと笑う。




そしてメリーも少なからず思うのであった。願わくばずっとこのままの二人でいられる様に、と。
初めまして。おいもさんと申します。初投稿の緊張で臓物ぶちまけて死にそうになっています。
秘封の二人が好きなので、二人がこういう関係だったらいいなあと思って書きました。
いかんせん未熟なため、至らない点も多々あると思いますが、よろしければアドバイスなどしていただけたら幸いです。

*追記です
コメントと評価本当にありがとうございます!
まだまだ力不足の自分にとって参考になる意見ばかりで大変嬉しいかぎりです。
教えていただいた事を次に生かせる様頑張ります!
おいもさん
[email protected]
http://twitter.com/poalo1
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.470簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
なんとも女子大生らしい、良い秘封でした。
ただ、地の文の視点の乱れがとても気になりました。蓮子とメリーの視点を行ったり来たり、それだけでなく稀に三人称も混じっていたので…。

それと個人の感覚に左右されそうな事なんですが、
二人の生きる世界は、地球のテラフォーミングをしようとしていたり一般人が月面ツアーに行ける位には近未来なので、
蓮子の「22世紀になったら変わるかもね」という台詞に少し違和感を覚えました。本当に個人的な事ではありますが…。
長々と失礼しました。次の作品も楽しみにしてます。
3.90名前が無い程度の能力削除
秘封の二人が楽しそうでなにより。メリーがとっても可愛かったです!
視点がコロコロ変わっていたので若干混乱してしまいました。
5.50名前が無い程度の能力削除
視点の移動は……意図されてなのかもしれませんが、さすがに気になります。
そのたび「これどっち?」と確認するので、話に集中できないのです。

オケ屋の店員は大概の痴態はスルーする、みごとなスキルをお持ちですよね(笑
二人の雰囲気はよかった。メリーにつねられたい。
9.60名前が無い程度の能力削除
秘封+現代+日常の3コンボでは仕方のない事かもしれませんが、この話を東方でする意味が分からなかったです。
この話では境界の話もない上に、幻想郷に想いを馳せる描写もありません。
これではオリジナルで出した方が、百合ちゅっちゅを楽しめてよかったのではないかと思ってしまいます。

視点移動に関しては、もしかしたら作者さんは小説をあまり読まない方なのではないでしょうか?
漫画や映像作品では絵がメインなので、視点をあまり気にする必要はありません。
ですが、小説は文字のみで伝えなければならないため、視点は必要以上に気にする必要があります。
『ここの行動はこの人が行ってる』。これを読者に伝えるため、やりすぎなくらい丁寧な描写を心がけてはいかがでしょう。
13.100名前が無い程度の能力削除
ほほえましい…楽しく読ませてもらいました。
16.603削除
カラオケ屋にちょっと前まで本があったとか、秘封の時代から考えるとあり得ないような気もしますね。
視点も妙なところで変わったりと、あと一歩足りない感。