「俺、早苗さんに告白しようかと思ってるんだ」
真剣な滝彦の言葉に、敏之は言葉を失った。しかと見開かれた眼には曇りが一切無く、彼の本気が伺える。しかして、その内容は現実として受け入れるにはあまりにも幻想的すぎた。ここが幻想郷であったとしても、だ。
農作業で鍛えられた両肩を掴み、しっかりしろと揺さぶる。滝彦はそれを煩わしそうに払い、胸を張って答えた。
「俺は真剣だ。今日、これから早苗さんの所へ行って告白する!」
「今日だと!?」
東風谷早苗の住居は妖怪の山の神社にある。危険度は言うに及ばず、その険しさも到底普通の人間が入り込めるようなレベルではなかった。少なくとも、空が飛べるぐらいでないと鼻歌混じりのハイキングは出来ない。
里を出発し、今日中に神社へ行くなど正気の沙汰とは思えなかった。自然と、敏之の言葉にも力が入る。
「馬鹿も休み休み言えよ! 神社までどれだけ距離があると思ってるんだ!」
「距離なんて、愛の前じゃ無いも同然!」
死神あたりが聞いたなら、もうそれでいいよ、と呆れそうな力説だ。十人中十人が、無視してもおかしくない。
一般人と同じように馬鹿な、と鼻で笑えたらどれほど良かったか。滝彦の背後に燃え上がる炎を見なければ、敏之も無視することができただろうに。
こいつ、半端じゃない。
妖怪の山に行って、生きて帰ってこれたものは少ない。まさしく、命がけの告白となるだろう。にも関わらず、滝彦の顔には後悔や恐怖の色は無い。
成功する光景しか、その目には浮かんでいないのだろう。
それが現実となれば人は彼を英雄と呼び、幻想となれば大馬鹿と呼ぶ。
果たして、滝彦はそのどちらになるのか。
「わかった。お前の熱意には負けたよ。行け」
「敏之、悪いな」
「なあに、悪友をもったが運の尽きってな。その代わり、俺も立ち会わせて貰うぜ。こんな面白い見せ物、最後まで見なくちゃ損だ」
滝彦とは、子供の頃からの親友だった。だから、一度言い出したらきかない事も、それを実現させてきた事も知っている。
ならば、せめて自分はそれを最後まで見てやろうではないか。玉砕するにしろ、看取る者は必要だ。
それに……。
敏之は頭に浮かんだ考えを振り払う。今はただ、見守っていればいいことだ。
「苦しい旅になるぞ」
滝彦の声音には、普段のお茶らけた色は全くない。だからこそ、答える敏之の声も自然と真剣なものになった。
「わかってる。お前こそ、早苗さんに告白する前に力つきるなよ」
「当然だ」
力強い笑みを交わし、いざ行かんと里を後にしようとする二人。
「待てよ、二人とも」
背後から掛けられた声に、二人は聞き覚えがあった。振り返るまでもなく、それが誰のものか分かる。
「築地……」
「早苗さんに告白すると聞いて、黙ってる俺じゃないぜ、滝彦」
滝彦と築地はことある毎に突っかかり、何かと張り合っている。それこそ食事の速さから割った瓦の枚数まで、競える事は何だって競ってきた。
東風谷早苗に対する恋情も、今ではそのうちの一つである。どちらが、より早苗に相応しいか。この頃の二人は、顔を見合わせるたびにそんな論争を繰り広げていた。
「遊びじゃないんだぞ、わかってるのか?」
「勿論だとも。それよりも、抜け駆けしようなんざ姑息だと思わないか? ええ?」
「恋は早い者勝ちだ!」
「その通り。だから、俺も行くと行ってるんだよ」
「くっ、勝手にしろ!」
「言われなくとも」
互いに睨みあいながら、それでも二人は足を妖怪の山の方へと向けた。
試練は山だけでなく、隣人にもあるようだ。敏之は軽い溜息をつきつつも、いつものことだと諦めた。
近頃の猛暑は目に余るものがあり、守矢神社でもその対策に頭を悩ませていた。
五時間にも及ぶ侃々諤々の会議の結果、三人は満場一致でビニールのプールを使用するに至ったのだ。そうと決まれば行動は早く、決定から僅か三十分で全ての支度は整った。
守矢の境内には円形のビニールプールが置かれ、引っ張ってきたホースから出た水が並々と注がれていく。眩しい日差しが水面に反射し、さながらそこだけ湖のようでもあった。あまりにも小さすぎる湖だが。
「でも、これだと三人じゃ狭いですね」
「別に一気に入る必要もないだろ。交代制で入ればいい」
確かに、と頷く早苗。
暑苦しい巫女の格好から解き放たれた彼女は、今や清楚な白のビキニに身を包んでいる。腰には淡い水色のパレオを巻き、時折、恥ずかしそうにそれを押さえていた。それなら腋全開の巫女服も恥ずかしがってもおかしくないのだが、あれはあれで耐性が付いているらしい。
芸術的な角度のなで肩から、流れるように伸びた細い手足。布きれで覆われることのないそれは、まるで日光を跳ね返すように淡く光っていた。ビキニからこぼれた、ほどよい大きさの胸も締まった手足を引き立たせている。名のある芸術家が見たならば、額縁に収めたい衝動に駆られたことだろう。
対する神奈子はいつもの格好に、麦わら帽子。片手では団扇をパタパタと仰ぎ、だらしなく服をはだけさせていた。駅前で将棋を指してるおっさんと大差ない。
「八坂様は入らないんですか?」
「早苗が先に入るといいよ。そもそも、私はビニールプールって年じゃないからね」
年の事を言い出すのなら、ネーム入りスク水を着てはしゃいでる神様はどうなるのだろう。いや、似合ってはいるが。
「二人で存分に遊ぶといいさ。私はここで見てるから」
「はぁ……」
まるっきり、付き添いの母親ですね。思わずそんな言葉が口から出そうになる。
押しとどめたのは、ある意味ファインプレーと言っても過言ではない。
自らへの賞賛と歓喜の声に包まれながら、早苗はビニール製のプールを満喫することにした。そう、私たちの夏は始まったばかりだ。
妖怪の山と言えば、屹立した山々で有名だ。だが、それは人間が考えるようなレベルではない。それこそ、仙人がつま先だけで瞑想にふけっていそうなほど、厳しい山が連なっている。
気候とて容赦ない。山の天気は変わりやすいを体言するかのように、ころころと目まぐるしく天気が変わるのだ。
晴れていたかと思えば、大雨が降り、雷が鳴る。さすがに雪は降らないものの、ごく稀に槍が降るらしい。
人間が妖怪の山に近づきたがらないのは、なにも妖怪の住処だからではない。この厳しい自然環境にもあった。
「うぉぉぉぉぉ!」
轟々と唸る突風が、三人の身体を崖の下へと引きずり込もうと張り切っている。僅か数十センチしか無い足場も、今となっては頼みの綱だ。岩肌にへばりつきながら、三人は少しずつ神社へと近づいていった。
時折煌めく雷光は、惨めな格好の滝彦達を嘲笑っているかのようだった。
「ほ、本当に神社はこんなところにあるのかよ!」
怒鳴るような築地の声は、なにも風の音が邪魔しているだけではないのだろう。滝彦は横へ流れる汗を拭き、良い笑顔で答えた。
「ああ、俺は見た! 早苗さんがこっちの方角へ飛んでいく姿を!」
地面の上こそ自然との戦場だが、そこそこ離れれば普通の陽気が顔を覗かせている。もっとも、それを満喫するには飛行というスキルが必要不可欠なのだが、当然の如く滝彦達は空を飛べなかった。
「だからきっといるはずだ! そして、笑顔で俺を待ってるんだ!」
「馬鹿いうな! 待ってるのは俺だ!」
危機的状況はかくも人間の精神を混乱させるのか、はたまた最初からこうだったのか。醜い言い合いを繰り広げながらも、しっかりと歩は進めていた。
「ふふふ、見えるぞ! 両手を広げた早苗さんの姿が!」
恍惚の笑顔で、ヤモリのように壁にへばりつきながら歩く滝彦。何かを言い返そうとした築地だったが、その口から漏れだしたのは予期せぬ悲鳴だった。
足下の岩が崩れ、築地の身体が宙に躍り出る。
「築地!」
咄嗟に手を伸ばす敏之。遅れて、滝彦も築地の手を掴み取った。
「ぐぅっ……!」
整った環境下でなら、そのまま引き上げることもできただろう。しかし、ここは妖怪の山。不安定な足場に、吹きすさぶ突風の渦。
並はずれた筋力でも持ってない限り、築地を引き上げることは難しい。農業だけではそんな力がつくわけなかった。
それでも、二人は何とか引き上げようと力を込める。
「馬鹿野郎……この手を離せ! このままじゃ、二人とも落ちちまうぞ!」
「馬鹿はお前だ! 決着もつけずに、勝手にリタイヤしようとすんな!」
「滝彦……」
「お前にはまだ、早苗さんにふられるっていう大事な役目があんだよ!」
憎まれ口を叩かれながらも、築地は淡い笑みを浮かべた。
そして、いきなり右手を揺さぶる。衝撃で、敏之は手を離してしまった。
「築地! 何してんだ!」
今や、その手を掴むのは滝彦だけ。だが築地は恐れることなく、残った右手で滝彦の手を掴んだ。
「マトモにやりあったら俺が勝つのは目に見えてる。だから、今回だけは譲ってやるぜ。……頑張れよ」
そして、滝彦の手も離される。
物理法則に従って、築地の身体は崖の下へと落下していった。
風の音に混じり、滝彦と敏之の叫び声が聞こえる。
涙を浮かべながら、その場に崩れ落ちる敏之。だが、滝彦が膝を屈することはなかった。それどころか敏之の肩を掴み、無理矢理立たせる気概も見せる。
「しっかりしろ! あいつの分も、俺たちはしっかりしなきゃいけないんだ!」
「……滝彦」
「行くぞ! 早苗さんの所へ!」
涙を拭き、敏之は答える。
「おう!」
神社までは、まだまだ長い道のりが続いていた。
プールの後は眠くなる。幻想郷だろうと外の世界だろうと、これは万物共通の法則だったらしい。
はしゃぐだけはしゃいだ早苗と諏訪子は、水着姿のまま縁側で横になっていた。さすがにこれでは風邪をひく。タオルケットこそ掛けはしたが、そろそろ起こして着替えさせるべきか、神奈子は迷っていた。
蝉の声が、二人の微かな寝息を掻き消す。
「こんな小さなプールでよくもまあ、これだけはしゃげるもんだよ。年の差かね……いや、それは違うか」
年だけでは説明がつかないことは、諏訪子の寝息が証明していた。だとすると、精神年齢か。はたまた、諏訪子が特別なだけか。
結論づけたところで、行動に変わりはない。
神奈子は泳げなかった。
ビニールのプールに入りたがらないほどに。
「ふふふ、あなた方が倒した椛は我々天狗の中でも一番の下っ端。本当の天狗の恐ろしさ、この風の射命丸文がお見せしましょう」
不適な笑みを浮かべる文に、二人は思わず後ずさりする。
身体中のあちこちには、先ほどの戦闘による切り傷が刻まれていた。敏之の機転と滝彦の根性で、何とか天狗をうち破ったのだと思った矢先。新たな天狗が、姿を現したのだ。
それも、もっと強力な天狗が。
「何の目的があって山に入ってきたのかは知りませんけど、これ以上の侵入は許しません!」
マフラーをたなびかせながら、ヤツデを突きつける文。どう足掻いたところで、何の能力も持たない二人には太刀打ちすら出来るわけがない。
引き返すことが、唯一の手段だ。
あれほど熱い思いに満ちていた滝彦も、ここにきて撤退の可能性を考えるようになっていた。
彼が引き返さなかったのは、ひとえに築地のおかげだろう。彼の死が無ければ、今頃は引き返してに違いない。
だが、それもここまでか。悔しそうに歯を噛みしめる滝彦の前に、敏之の背中があった。
「と、敏之?」
「ここは俺に任せて、お前は先に行け!」
何かのフラグが立ちそうな熱い台詞だった。
「無茶だ! 大体、お前は物見遊山でここまで来たんだろ!」
照れくさそうに鼻をこすり、口の端を歪める。
「悪いな、俺も本当は早苗さんが好きだったんだ」
衝撃の告白に、滝彦は息をのむ。だが、考えてみれば頷ける話だった。それだけの想いが無くば、こんな所までたどり着くことはできない。
「でもさ、告白する勇気がなくて何もしてこなかったんだ。今回のお前の告白だって、心のどこかでは失敗すると思ってた」
敏之の声は僅かに震えていた。
「なんでだろうな。今はお前の恋路を応援したい気持ちで一杯だよ」
それは本心か、滝彦を勇気づける為の偽りか。
敏之の仄かな恋心を察することのできなかった滝彦に、判断できるわけがない。
「告白すらできない哀れな男は、ここでお前の足止めをするのが精一杯だ」
力強く両手を広げ、滝彦を守るように立つ敏之。
「行け! 滝彦!」
胸にこみ上げる熱い何かを抑え、滝彦は走った。
振り返ることもなく、神社を目指して。
呆れたことに、目覚めたの諏訪子の第一声は「お腹すいた」という子供のようなものだった。
遊ぶだけ遊んで、疲れたら寝て、起きたら飯と。言葉だけでなく、よくよく考えれば行動も子供そのものだった。やはり精神年齢は、諏訪子の方が低いらしい。
頬を掻きながら、神奈子は早苗に尋ねる。
「そういや、材料は殆ど切らしてたみたいだけど?」
「ええ、痛みそうな食材ばかりでしたから処分したんです」
なるほど、と手を打つ。道理で、この季節に鍋をやったわけだ。
どんな我慢大会だよと神様達はツッコミを入れたものの、しっかりと鍋は空にしたが。
「今日も鍋は嫌だよ。暑いし」
諏訪子の訴えに、神奈子も賛同する。
真夏日に二日連続鍋なんてのは、最早我慢大会というより拷問に近い。
「大丈夫ですよ、あれは最後の手段ですから」
どうやら、食材が余ると再び鍋の可能性もあるらしい。
神奈子は誓った。もっと食べよう。
「じゃあさ、今日はどうすんの? これから買い出しに行くのは早苗も面倒でしょ?」
「う~ん、確かに」
後は神奈子の粥ぐらいだが、これだけの運動の後に粥というのは味気ない。
かといって、簡単な料理を作るほどの材料もない。
早苗は悩んだすえに、苦渋の決断を下した。
築地の死、そして敏之との別れ。
多くの挫折と悲劇を経験し、その果てに滝彦はたどり着いた。
守矢神社へと続く階段。
この階段の上には、現人神である早苗が巫女として働いている神社である。
そして、滝彦が目指した理想郷でもあった。
ここに、恋いこがれた早苗さんがいる。
逸る気持ちを動力に変えて、急な階段を二段飛ばしでかけのぼる。
息は苦しい。足も痛い。しかし、立ち止まるわけにはいかなかった。
散っていった仲間の為にも。己の胸の内を、全てぶつけるのだ。
どれだけ駆け上っただろうか。
気が付けば滝彦の目の前に、目指すべき神社の姿があった。
滝彦は、両手をあげて吠えた。
天国の築地と、敏之に届くように。
それは大きく、力強い雄叫びだった。
「早苗さん! 俺だ! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇ!」
空まで届く大声に答えたのは、神社へ遊びにきた河童のにとり。
「あ、ここの巫女なら神様と一緒に里までご飯を食べにいったよ」
滝彦は泣いた。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ!!」
いや、素晴らしかったです
滝彦、よく見てみろよ・・・
目の前にいる河童、超可愛いとは思わんか?
生きててよかったのぅよかったのぅ
温度差は激しすぎる
そう考えると一つの結論へ。
これは河童フラグの予感。
ただ、
>早苗さん! 俺だ! 結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇ!
それで誰か分るほど面識あるの?
>天狗にボコボコにされた
新しい目覚めのフラグですか?わかりません!
いや、ルールってわけじゃないから作者さんに任せるんだけど
なんとなく流れというか
早苗さんのマッタリ具合との対比もイイw
モブキャラまでオリキャラ扱いする意味はあるのか?
早苗に求婚しにいくのは立地条件的に至難だぜ……。
その点、美鈴に求婚する私は条件が良すぎました。間違いなく勝ち組。
だれにも渡さないさ!!
つまりこれは私にとって最大のハッピーエンドというわけですね。
>>28
里の人間について、名前があれば即オリキャラってな「流れ」は、今まで無かった様な。
コメントにコメント返してる人はなんなの
ぜひともコイン一個いれて再挑戦していただきたい。
あと神奈子さんゴールデンハンマーだったんですねwww
登山部で鍛えた我が足腰で妖怪の山を攻略してやるぜ!
そして、俺はオンバシラに貫かれにいくんだ
早苗さんのビキニええなぁwww
とりあえず椛に告白しに幻想郷に行ってきますね?
こちらも男らしく満点かフリーレスかしかないだろうwww
おもしろかったですぜ
・・・じゃ、諏訪子に求婚しに幻想郷いってくるわ
死ぬほどワロタwww
拍手
なんという心地よいバカどもだwww
期待通りにすかっと落ちていくお話は良いですね。
例え彼らが敗れても、きっと第二、第三の里人が……
画太郎の「ズコーー!!」って感じだったw