灰色の雲の下、破れた障子の家々が立ち並ぶマヨヒガ、打ち捨てられた民家の影にて一人の少女が煙の中、一本の細長い筒を咥えている。その光景を見て思い浮かぶものといえば、喫煙、或いは非行少女の社会に対するささやかな反抗。誰がどう見ても、想起せずにはいられなかったのはそれらの言葉だろう。
――ああ! 橙が煙草を吸っている!
マヨヒガにて、橙の非行を発見したのは八雲藍だった。最近マヨヒガに行ったきりなかなか帰ってこないことの増えた橙を心配し、藍は今日、マヨヒガに橙の様子を確認しにやってきた。そこで見てしまったのが、殆ど娘同然に愛してきた橙の非行とあっては、彼女の驚きは驚き以上に残忍な衝撃であったといえよう。
「おい! 橙!」
八雲藍は思わず橙に駆け寄った。橙の非行を問い正そうとしたのだ。しかし、藍の思考は事態の収束なぞを超越し、かつてもっともっと幼かった橙の姿が走馬灯のように駆け巡っていた。おかげで、藍に驚いた彼女がココアシガレットを噛み下し〝ようかいケムリ〟で汚れた指を服に拭う姿なぞ目に入らなかったほどだ。
「おい橙! おまえ、いまいったいなにを……い、いや、橙。えっと、そうだな、ええと」
突然の主人の大音声に思わず目を潤ませた橙の瞳に、藍は口を噤んだ。そして、藍の脳内に浮かんだ想念、それは。
――売った奴が悪い。
「……橙、急に大声で詰め寄って、悪かったよ。ごめんな。……それで、今日はどこに行ってきたんだ? 聞かせてくれたら、今日の晩ご飯は橙の好きなものにしよう」
「ほんと! えっとね、今日は香霖堂に行ってきたんだ。店主さんにいろんな駄菓子とか、おもちゃとか教えてもらって……そのくらい! 晩ご飯、シーチキンがいいな!」
「わかった。二トン買ってやる」
「やったー!」
……藍は橙の話を聞いて、橙に駆け寄った際、彼女が口に咥えてたソレを噛み下したことを思い出した。しかし、火の無いところに煙は立たない。藍は橙の周りに漂う煙を、火を見るよりも明確に記憶していた。
……。
深夜。
香霖堂の店主、森近霖之助は燃え盛る炎の中にて目を覚ました。三度ほど瞬きを繰り返し、状況を分析したところで、寝起きの頭が回るはずもなく、何一つ得られたものはなかった。
霖之助は無意識に、昨日のことを思い返す。記憶の中では可愛らしい少女が、ココアシガレットとようかいケムリに目を輝かせていた。
ようかいケムリの比では無い煙の中で、霖之助は一寸俯き、顔を上げ、正体不明の涙を、流した。
――ああ! 橙が煙草を吸っている!
マヨヒガにて、橙の非行を発見したのは八雲藍だった。最近マヨヒガに行ったきりなかなか帰ってこないことの増えた橙を心配し、藍は今日、マヨヒガに橙の様子を確認しにやってきた。そこで見てしまったのが、殆ど娘同然に愛してきた橙の非行とあっては、彼女の驚きは驚き以上に残忍な衝撃であったといえよう。
「おい! 橙!」
八雲藍は思わず橙に駆け寄った。橙の非行を問い正そうとしたのだ。しかし、藍の思考は事態の収束なぞを超越し、かつてもっともっと幼かった橙の姿が走馬灯のように駆け巡っていた。おかげで、藍に驚いた彼女がココアシガレットを噛み下し〝ようかいケムリ〟で汚れた指を服に拭う姿なぞ目に入らなかったほどだ。
「おい橙! おまえ、いまいったいなにを……い、いや、橙。えっと、そうだな、ええと」
突然の主人の大音声に思わず目を潤ませた橙の瞳に、藍は口を噤んだ。そして、藍の脳内に浮かんだ想念、それは。
――売った奴が悪い。
「……橙、急に大声で詰め寄って、悪かったよ。ごめんな。……それで、今日はどこに行ってきたんだ? 聞かせてくれたら、今日の晩ご飯は橙の好きなものにしよう」
「ほんと! えっとね、今日は香霖堂に行ってきたんだ。店主さんにいろんな駄菓子とか、おもちゃとか教えてもらって……そのくらい! 晩ご飯、シーチキンがいいな!」
「わかった。二トン買ってやる」
「やったー!」
……藍は橙の話を聞いて、橙に駆け寄った際、彼女が口に咥えてたソレを噛み下したことを思い出した。しかし、火の無いところに煙は立たない。藍は橙の周りに漂う煙を、火を見るよりも明確に記憶していた。
……。
深夜。
香霖堂の店主、森近霖之助は燃え盛る炎の中にて目を覚ました。三度ほど瞬きを繰り返し、状況を分析したところで、寝起きの頭が回るはずもなく、何一つ得られたものはなかった。
霖之助は無意識に、昨日のことを思い返す。記憶の中では可愛らしい少女が、ココアシガレットとようかいケムリに目を輝かせていた。
ようかいケムリの比では無い煙の中で、霖之助は一寸俯き、顔を上げ、正体不明の涙を、流した。