Coolier - 新生・東方創想話

桜の下でいつまでも(中)

2009/04/28 03:27:06
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 ――たをりこし花の色香はうすくともあはれみたまひ心ばかりは
 




 
 






 5.御阿礼の子
 
 阿求は普段より早く目覚めると、着替えと食事をそそくさと済ませ、赤いぽっくり下駄を突っ掛けると、意気揚々と稗田の邸を飛び出した。
 暫く歩き、里の大通りに出ると朝市がやっていた。
 新鮮な肉や野菜、果物に嗜好品などが露天に所狭しと並べられている。
 それらを興味深げに、しかし早足で通り過ぎる阿求に、顔見知りの人間が声を掛ける。
 阿求も笑顔で応え、挨拶をする。
 人里の何でもない様な牧歌的な光景――。
 阿求は大通りを途中で折れ、裏道に入った。
 ここにも何軒かの店が軒を並べている。
 表通り程の騒がしさや派手さは無いものの、やはり里の生活には必要不可欠な物を売っているお店。
 金物屋、服屋、酒屋――そして茶屋。
 茶屋だけが全ての窓には雨戸が降り、玄関口はぴたりと閉じられ、他とは違う雰囲気を放っている。
 此処だけ生活感というものが全く感じられない。
 阿求は茶屋の前に立ち、遠慮がちに玄関を叩いた。
 返事無し。反応無し。
 溜息一つ吐いて、阿求は裏庭の方へと廻った。
 これが以前であれば――、と阿求は思う。
 阿求の来店に気付いた鈴が店の奥から飛び出して来て、あの無邪気な笑みを浮かべているに違いないのだ。
 ――阿求お姉ちゃん!
 その顔は、阿求の記憶の中では一枚の写真の様に鮮明で、今でもはっきりと思い出せる。
「阿求お姉ちゃん、今日は何買いに来たの?」
 気付けば、鈴が目の前に立っていた。普段通りの屈託のない笑顔で。手を伸ばせば、すぐ届くその場所に。
 ――幻だ。
 阿求はそう思った。
 これは阿求の人並み外れた記憶が生み出した白昼夢なのだ。そうであって欲しいという無意識の欲求が生み出した、よく出来た嘘なのだ。
 実際、ゆっくりと眼を瞑り、再び開くと、そこには誰の姿も無く、閉ざされた茶屋が建っているだけだった。
 胸にぽっかりと穴が空いた様な消失感を覚えた。
 鈴はいない。
 今はもういない。
 ――鈴ちゃん、本当に死んでしまったんだ。
 今更――本当に今更の様にそれを実感した。
 ――でも、人間はそもそもどうやって他人の死を知るのだろう。
 心臓が止まっているだとか、息をしていないだとか、そういう状態を情報として知り、『心臓が止まれば死ぬ』という知識や常識と照らし合わせて、他人の死を認識するのだろうか。
 成程、阿求は鈴の遺体を通夜で既に見ている。慥かにあの時、あの娘は死んでいた。少なくとも、阿求の頭はそう判断した。
 しかし、今の今まで心の何処かではその現実を完全に受け入れていた訳ではなかったのだろう。
 だからこうして、独りで彼女が生活していた場所を訪れて、鈴が不在であるという事を実感し、初めて鈴の死を本当に了解出来たのだ。
 在るものは在ると証明する事はできる。しかし、無いものを無いと証明するのは難しい。なら、在るものが無くなった事を認識するのも難しいのだろう。少なくとも、人間の感覚では。
 過ぎ去った時間だけが、故人は慥かに去った事を教えてくれる。
 阿求は袖元で眼を拭い、水っぽくなった鼻を一つ鳴らした。
 気を取り直し、勝手口より庭に入る。
 母屋は庭側なら何処か開いているのではないかと期待していたが、やはり無駄だった。
 家の住人はまだ寝ているのかもしれない。
 仕方なく、阿求は勝手に『現場検証』をやらせて貰う事にした。
 手始めに、母屋の周囲を調べて、扉や窓の位置を調べる。
 この場合、建物が閉め切られているのは僥倖だと阿求は思った。事件があった当時のシチュエーションに限りなく近いだろうからだ。
 ぐるりと母屋の周りを回って、人くらいの大きさのものが出入りできる個所が無い事を確認する。
「うーん、見事に閉まってますね」
 いやそれだけでは無い。事件当夜は雪が降り積もっていて、しかも雪の上に何の痕跡も残っていなかったというのだから、建物の内と外は、やはり壁と雪の二重の障壁で隔絶されていた事になる。
 だがそれでも、建物自体は何らかの方法を使えば、外からでも開ける事が出来る筈だ、と阿求は確信していた。
 何故なら、母屋は完全に密閉された空間では無い。人の出入りを前提として、扉や窓が多く配置されている。その全てを完全に塞ぐことは難しいだろう。それに、人間サイズのものが出入りする事を制限できたとしても、糸の様な細いものまで遮る事はできまい。
「やっぱり糸なのかな――」
 一応、テグスは持参してきている。だから、実地検分は出来ない事は無い。
 ――でも、もっと別の方法が――。
 阿求は記憶を遡行させ、通夜の夜の事を思い出そうとする。
 普通の人間なら数日も経つとあやふやになる記憶も、阿求の求聞持の能力であれば不可能ではない。阿求の記憶は、写真を並べたアルバムの様なものだ。参照したい記憶を絵として引っぱり出しさえすればいい。
 ――そう、あの夜は、この庭に手押し車があった。
 あの通夜の夜にあって、今無いもの。それを記憶の中の情景と見比べ、阿求は見つけ出した。
 ――この手押し車は、稗田家の庭でも見た。
 あの死体の神隠しを奉公人から聞いた朝だ。あの日、惣七は庭仕事をしに、稗田の邸へと来ていた。
 だから、手押し車は十中八九、庭師の惣七のものだろう。
 ――手押し車の荷台には大きな桶がある。人が入るくらいの。人が入るくらいか――。
 阿求は頭に浮かんだ考えを膨らませ、肉付けしていく。
 ――片付けの途中で、鈴ちゃんの遺体を母屋の外に移動させることは可能だろうか。そう、例えば、手押し車の桶の中に――。
 阿求には当夜の詳しい状況は分からないが、それくらいの隙ならあったのではないかという気はした。茶屋の中の二人が内側から施錠して、雪が降り積もってしまう前に、幼い娘の体を抱いて、そこからそこに運ぶだけの事だ。やってやれない事は無いだろう。死体は何処か遠くへ消えた訳では無く、庭に放置されていた手押し車の中に置いておく。そうして一旦隠しておいて、朝騒ぎが起こる。その後のどさくさに紛れて手押し車ごと外に運び出せば、一応、事件の状況とは矛盾しない様に思える。
 ――と、なると。事件現場にいた人間が俄然怪しくなる。特に、手押し車の持ち主である惣七さんが疑わしいか――。
 手押し車に死体を積んで、盗んで行くとは――。
 まるで慧音の語っていた火車の様だ、と阿求は思った。
 ――そう云えば、徳次郎は一貫して妖怪の仕業だ――キャシャの仕業だと云っていたんでしたっけ――。
 だったら――。
 ――徳次郎さんは知っていた?惣七さんが鈴ちゃんの遺体を持って行った事を。火車というのはそれのメタファなの?でも何故、そんな事を――。
 知っていたのなら、何故告発をしないのか。出来ない理由があるのか。出来ないから、火車の仕業だと暗に示しているのか――。
 ――だけど、仮に鈴ちゃんの遺体を移動させたのだとしたら、夜の内に、御両親のどちらかが棺の傍に寄れば気付く筈。施錠する前に移動させたのなら、一晩中、二人が気付かない事が前提になる。それでは余りに偶然に頼った計画になってしまう。
 計画――。
 ――でも、そんなものは本当にあったのだろうか。雪が降ったのも偶然だし、通夜が遅くなって三人が泊まって行ったのも偶然だった筈。それとも何処かに作為があったのだろうか。
 一箇所だけ開いていた窓――。
 ――何故、その窓だけ開いていたんだろう?他は全部施錠してたのに。寒い冬の夜なら尚更だ。そこだけ閉めてないのは逆におかしい――。
 窓を使って、死体を外に運び出す方法――。
 ――例えば、遺体の足首に紐を括り付け、外から引っ張り出す。子供大きさなら明り取り窓でも通るし、そんなに重くないから出来ない事はなさそう。何より、この方法なら、内側から施錠された後でも、外から死体を運び出せる。犯人はただ、母屋を出る前に、予め遺体の足に紐を付けて、窓を開けておくだけで良い。
 でも――。
「莫迦莫迦しい――」
 溜め息混じりに自分を戒める。
 全ては阿求の行き過ぎた想像に過ぎない。
 おまけにこの事件が妖怪の仕業だとすれば、阿求の考える『現実的な』方法など意味を成さなくなる。それこそ考えるだけ時間の無駄だ。
 ――でも、何か慥かな事実が知りたい。何でもいいから、解決に繋がりそうな事を。
 次々と、様々な可能性が脳裏を過っては消えて行く。ただひたすら泥沼に浸かりながら前進しているような、そんな途方も無い徒労感を覚える。
 ――少なくとも、窓から遺体を引っ張り出したという可能性についてなら、慥かめる方法はあるかもしれない。
 跡を調べればいい。紐の様なものを使ったのだとしたら、窓枠部分に跡が残っている可能性は高い。
 ただ、それをやるには母屋の中に入るしかない。
 が、相も変わらず全ての出入り口は閉め切られている。
 ――こうなれば何としてでも中に入れて貰って――。
 阿求は意を決し、庭に面した雨戸の傍に寄ると、思いっきり叩こうと思った。
 その時――。
 にゃお。
 黒い塊が阿求の足に擦り寄って来た。
 阿求は、ひゃあと悲鳴を上げる。
「ね、猫――」
 黒猫だった。
 ――この猫は鈴ちゃんが飼っていた子か。
 以前、茶葉を買いに来た時、何度か見た事がある。
 猫の方も阿求に見覚えがあるらしく、人見知りもせずに阿求に擦り寄って来た。
 阿求はしゃがみ込み、その背をそっと撫でる。屋敷でも猫を飼っているので馴れたものである。
「慧音さんは、火車は猫の姿をしていると云っていましたが――真逆、お前の仕業じゃないでしょうね」
 なおー、と猫はかぶりを振る。
「ふむ。本当ですか?案外、お前も妖怪が化けてるんじゃ――。これは慥かめないといけませんね」
 と、阿求は猫を仰向けにして、脇腹をくすぐってやった。
 黒猫は阿求の暴挙に、嬌声を上げて形ばかりの抵抗をする。
「なんだお前、男の子だったんですか――可愛い顔をしているからてっきり女の子かと――」
「阿求様?」
 突如、後ろから声を掛けられ、ひゃっと阿求が悲鳴を小さく上げて立ち上がる。
 いつの間にか、女が立っていた。茶屋の住人、鈴の母親の静だ。外行きの格好をしている。
「し、静さん――?いや、これはですね――」
 しどろもどろになる阿求。
 黒猫は阿求の魔の手から逃れると一目散へと逃げ出した。
「すいません、朝市に行っていて、今帰って来た処なんですよ。若しかして、紅茶の葉を買いに来たのですか?」
 静は、阿求が庭に勝手に入っていた事など何も気に留めていない様子でそう云った。
「茶葉?慥かに最近、買っていませんが――いや、そうじゃなくてですね。私は――」
 消えた鈴ちゃんの遺体――その事件の現場検証をしに来たのだとは、流石に阿求でも云えなかった。
 阿求の沈黙をどう捉えたのか、静はそうですかと頷いた。
「鈴子の御悔みを云いに来て頂けたのですか?今朝も早くから慧音さんもいらして下さいました。それに、通夜の時に手伝って下さった方――佐馬介さんでしたっけ?あの人も先程、来て頂いて――。でも、皆さんの気持ちは嬉しいですが――ほら、あの子は死んだ訳じゃありませんから」
「死んだんじゃないって――何を」
「天人になったのですよ。あの子は。天人になって、天界に行った――。ただ、それだけですから」
「静さん?」
「羽化登仙と云うのだそうですよ。生前、良い事をした人が天に行けると。鈴は良い子だったから、きっと天に――」
 静はそんな事を、まるで歌う様に云った。
 ――噂で聞いた通りだ。
 阿求は、静の尋常では無い様子に気圧されながら思った。
 ――静さんは本当に、鈴ちゃんが天に昇ったと考えているんだ。でも――。
 慧音の弁を借りるならば、幼子はその純粋さ故に、天界に呼ばれる事は無いと云う。その理屈は阿求にも分かるし、事実そうなのだろうとも思う。
 しかし、それを今の状態の静に説明した処で意味は無いだろう。
 理屈では無いのだ。死んだ娘は、ただ居なくなったのではなく、自分の手の届かない処で今も幸せに過ごしているという幻想を静は信じている。
 そして、その幻想を抱き続けている限りは、少なくとも彼女は幸せなのだ。
 ――でも、なんて危うい幸せなんだろう。
 静は死人を、自分の認識の中だけでも生者として祀り上げようとしている。
 が、それは、鈴はただ死んだのでは無く、天人になった。だから、遺体は消えてしまった――という事が根拠となっている。
 だとすれば――。
 ――遺体が出てくれば、静さんの幻想は打ち砕かれる。
 消えた死体を見つける事が、必ずしも良い事では無いと慧音が云っていたのを思い出す。
 今の静は歪んでいるが、幸福ではあるのだ。
「そう云えば、もうじき由子さんの命日でしたね」
 静は阿求の思い詰めた表情など気にも留めず、そんな事を云った。
「由子さん?」
 それは阿求には心当たりの無い名前だった。
「ほら、去年の今頃。丁度、桜が咲くかどうかって頃だったでしょう。あの人が亡くなったのは」
 一年前の春――。
 葬儀はあった様な気がする。しかし、果たして阿求は参加したのだろうか。記憶に無いと云う事は、阿求は参加していない筈だが――。
「さっきの羽化登仙の話、教えてくれたのは由子さんなんですよ。あの人も実は、うちのお店によく茶葉を買いに来てくれていて――。とても不思議な方でしたよ。あんなに若かったのに、凄く物知りで、頭も良くて――。きっと、由子さんも天人になったのですよ。いい人でしたから。きっとあっちの世界で鈴と楽しく――。ねぇ、どんな素敵な場所なのでしょうね、天界と云うのは――」
 どうやら静の思う『いい人』は皆天界に行けるらしい。
「その――由子さんってどなたなのですか」
 阿求は防衛線を張る。これ以上、好き勝手に静のペースで話されては阿求まで現実を見失いそうだった。
「知らないのですか?阿求様は稗田家の当主なのに」
 静は怪訝な表情で阿求を見た。しかし、すぐに納得顔で呟いた。
「無理もありませんか。阿求様が生まれる前の話ですものね」
「どういう事ですか?詳しくお話を――」
「ところで阿求様。うちの人を見ませんでしたか?」
 静は阿求の言葉を無視し、ころりと話題を変えた。
 阿求はちらりと母屋の方を見る。中で、まだ寝ている訳では無いのか。
「徳次郎さんですか?いえ、私は全然」
 静は眉間に皺を寄せ、怒りを堪えた表情になると低い声で云った。
「あの人、帰って来ないのですよ。昨晩から姿を消して。こんなのここ最近、ずっとですよ。一日中、家をあけて、あちこちで怪しい買い物をしたり、山で雑草を集めて来たり!挙句には夕方から出歩いて、一晩戻って来ないなんてのもしばしばで全く――」
 阿求は唇を噛んだ、
 何やら夫婦で揉めているらしいが、それは阿求の知る処では無い。阿求がしたいのは、茶屋の中に入って例の窓枠を調べる事だ。しかし今の静の様子ではとてもではないが頼めそうに無い。なんて事だろう。小説の探偵ならとっくに現場検証を始めて、既にそれらしい証拠物でも見つけている事だろう。現実は中々巧くいかないものだ。どうしようかと阿求が算段していると、静の小言を打ち消す様な大きな声と共に、図体まで大きな人間が庭へと転がり込んで来た。
「――大変ですッ!!静さんッ!」
 闖入者は良寛だった。
 良寛は、恐らく、此処までずっと走って来たのだろう。履物や、袈裟の裾は泥で汚れ、顔中汗だらけになっている。
 まるで猟師に追われた手負いの熊の様な風情だが、その顔は正真正銘の恐怖に歪んでいる。
 大変な事が起きたのだと、阿求は悟った。
 息も荒く坊主はぬっと二人の前に進み出た。口は一文字に結び、動揺を押し隠そうとしているが、それは成功していない。
「あ、阿求様、大変な事になりましたぞ」
 錆びを含んだ苦々しい声だった。
 そして、静へと向きなおると、震え、わななく声で伝えた。
「と、徳次郎さんが――徳次郎さんが――」
 
 
 
 6.蓬莱の妹紅
 
「やぁ慧音」
 妹紅は出来うる限り、努めて明るい調子でそう云った。
 妹紅は今、昨夜起きた事に自分自身が思いの外、動揺している事を自覚していた。
 何にでも鋭い友人は、些細な態度や言葉遣いから妹紅の動揺を読み取り、心配し、或いは励ましさえしてくれるだろう。
 無論、それは嬉しい事ではある。
 だが、今日、慧音宅を訪れたのは慰めて欲しい訳では無く、あくまでも妹紅の見たあの現象――恐らくは、里の事件とは無関係では無い――の相談なのだ。
「やぁ妹紅」
 狭くて、埃と紙の香りに囲まれた書斎に、何時も通りの位置に鎮座していた慧音は低く小さな声でそう云った。
 おや、と妹紅は思う。
 普段から真面目で、中々取っつき難い処もある慧音であるが、決して陰気な性質では無い。その慧音の挨拶に何時もの快活さが無いのは意外だった。
 微妙に悄然としている。それは普段、深く親交のある妹紅だからこそ気付く程度の程で、普通ならばまず見逃すだろう。
 ――これは何かあったかな。
 よく見れば、徹夜でもしたのか、慧音の眼の下には薄い隈が見える。
「どうしたんだい、妹紅。眼の下に隈が出来ている。徹夜でもしたのかい?」
 慧音も妹紅の顔を見て同じ事を考えたらしく、そう云った。
「徹夜――というか、理由があって夜更かししたんだけど、家に帰ってからも中々寝れなくて――」
 あの後、住処に帰って、煎餅蒲団に潜り込んだ後も、妹紅の気分は落ち着かず、結局、悶々として朝まで過ごす羽目になったのだ。
「慧音こそどうしたの?疲れてるみたいだけど」
「ああ、古い寺の書庫整理をしていたら、いつの間にか夜が明けていた。目当てのものは寺じゃ見つからなかったし、困ったものだよ――。ま、それは兎も角として、客に茶の一杯も出さないと云うのも失礼な話だ。少し待っていてくれ」
 早々に慧音は立ち去り、妹紅は一人書斎に取り残される。
 黴臭い古書が雑然と積まれている一角を適当に整理し、座る処を作った妹紅は、胡坐を掻いてそこに落ち着いた。
 妹紅は慧音の家が――取り分け、この書斎が好きだった。古今東西の膨大な書物に埋もれた部屋。妹紅の生きて来た時間など、刹那に等しいと感じられる不思議な空間。
 妹紅は呆っとしながら、視界に入る本の題を適当に眼で追っていく。平綴じの和書が殆どだ。ジャンルとしては、歴史そのものを書いたものは勿論、地理学、民族学等の本も目立つ。歴史と一言に云っても、その裾野は様々な分野に広がっており、相応の知識が必要なのだろう。
 やがて、妹紅の視線は、文机の上に無造作に置かれている一冊の上に止まった。
 これも至って普通の和綴じ本だが、表紙に題は書かれていない。光で変色した紙の具合から、かなり古いものではないかとは推察できる。
 置かれている場所から、慧音が先程まで読んでいた本に違いない。
「――何読んでたんだろ」
 何気なく、本に手を伸ばす。
 と――。
「妹紅ッ!」
 小さいが、鋭い慧音の声。
 妹紅は一瞬、竦み、背後を見る。慧音が書斎の入り口で、盆に湯呑と急須を乗せて立っていた。
「御免。触っちゃ駄目だった?」
「いや――」
 と、慧音はバツが悪そうな顔をした。
「お茶が入ったんだ。それを教えようと思ってな――驚かせたのなら謝る」
 妹紅はそれ以上は追及はせず、注がれたお茶を黙って飲んだ。
「あ、美味しい」
 一口飲んで、その甘露に驚く。慧音も一口含んだが、しかしこちらは納得出来ない顔で呟いた。
「おかしい。もっと美味しい筈なんだが。あの男と同じ茶葉と水を使っているのに、私が淹れるといまいちだ」
「あの男?」
「どうしようもない半人前の坊主の事だ。妹紅も行ったのだろう?あの男の寺へ。佐馬介という男の依頼だった筈だ――。今日来たのは、その相談かい?」
 むむ、と妹紅は眉を寄せる。
「何だ――知ってたんだ」
「驚く様な事じゃないさ。昨日、坊主と阿求が来た。二人も里での事件に関心があるらしく、話を持ち掛けられたという次第さ。そこで大体の話は聞いた。それで妹紅――」
 慧音がじっと妹紅を見据える。
「何があったんだ。あの寺の裏山で――」
 染み入る様な声だった。
 妹紅は、眼を瞑り、暫し押し黙った。
 そして、たっぷりの沈黙の後、にやりと不敵な笑みを見せて云った。
「昔、私が殺した男と、私の父親だった男に会った」
 慧音が僅かに目を細める。妹紅の真意を見透かす様に。
 妹紅はその視線を感じながら、ゆっくりと昨夜起こった事を淡々と話し出す。
 慧音は茶を啜りながら、それを無言で聞き、長い話を全て聞き終わってから成程と相槌を打った。
「――随分と奇妙な体験をしたもんだね」
 妹紅は両手を広げ、わざとらしく肩を竦めた。
「奇妙も奇妙。長年生きて来たけど、あんな経験は初めてだったよ。頭がどうにかなりそうだった――。夢を見てたのか、過去に迷い込んだのか――狐に化かされたって感じ」
「妹紅の話に出て来たのは、恐らく、養和年間の飢饉の事かな。ざっと九百年程前の出来事だ」
「今更思い出すなんて、私でも意外だったんだけど――まぁあの光景はトラウマもんだね」
「それで――香の香りは慥かにしたんだな?」
「うん。どういう種類のものかまでははっきりしないけどね」
「ふむ。それで、その後、森の中で謎の光を追い掛けたが、逃げられた――」
「そして、あの訳の分からない幻。気が付くと、周りが鴉と死体だらけだった。昔、迷い込んだ化野で見たのと同じ。それで――あの男が出て来て――それから――」
 ――父様だ。
 妹紅にとって一番堪えたのはそのイメージだった。千年の時を経ても尚、父親の事を考えると心の奥底がざわつく。
「それらは――妹紅にとって思いつく限りの悪夢と云う訳か」
 慧音が云う。
 だが、むしろ父親に関しては、あれ以上は望めない甘美な夢だと妹紅は思った。
 もう一度、あの人に会えるという考えは、それが決して果たせないと分かっているからこそ、妹紅を酷く魅了する。
 ――未練がましいったらありゃしない。こんな体になってしまったって云うのに。
 しかし妹紅はあえてその事は口にせず、軽く惚けた。
「――やっぱり、あの香の所為じゃないかな。意識に作用して幻覚を見せる香ってあるんでしょ?」
「探せばありそうだ。まぁ仮に、その所為だとして――最後に鳥の妖怪か」
「あれも幻覚だったのかな。今こうして慧音の家でお茶啜りながら思い返すと、そうとしか思えないんだけど」
 慧音は慎重な面持ちで頷くと、コツコツと文机を指先で叩いた。
「――妹紅は、灯りの正体は何だと思う?」
「人だと思う」
 妹紅は素直に思った事を口にした。
「手灯りみたいだったから。里で噂になってる幽霊の正体。人間なんじゃないのかな――。遠目から見れば、ゆらゆら揺れてて幽霊に見えない事も無いし」
「灯りの主を捕まえられなかったのが悔やまれるな――。それにしても女の顔をした怪鳥とはね。やれやれ――偶然とは重なるものだな。丁度、昨日も阿求達とこの妖怪の話をした処なんだ」
 慧音は積まれた古書の山から、無造作に一冊を選ぶと妹紅の前に置いた。
 うげ、と妹紅が顔を引く。
「そ、それって――慧音が超お気に入りの――」
 慧音は僅かにほくそ笑む。
「そうだ。鳥山石燕の手による妖怪本の金字塔。これはその中の今昔画図続百鬼――明の巻」
 慧音は神妙な手つきで表紙を捲ると、一発で目的の頁を探し当て、妹紅の前に差し出した。どうやら何処に何が書かれているか、完全に憶えているらしい。
 一色刷りの灰色をした頁の上には、一匹の怪鳥が描かれている。
 鱗を生やした翼と体。長く伸びた尾は蛇の様であり、舌を突き出した顔は人のそれを思わせる。
 背景には建物の屋根。そして、渦巻く様に描かれた雲。
「これが――?」
「そう、以津真天さ。『いつまでいつまでと鳴けし怪鳥。広有退治せしこと、太平記に委し』。書いてある様に、元は『太平記』に出てくる妖怪だ」
 いつまで――。
 妹紅の見たあの怪鳥もそんな風に鳴いていた気がする。
「『太平記』――ね。読んだことある様な、無い様な――。で、こいつはどんな悪さをするの?」
 何も、と慧音が首を振る。
「特に悪さはしない。ただ、以津真天は鳴くだけだ。いつまでいつまで、と」
「だから以津真天?そりゃ余りに安易過ぎると云うか――」
「そう云うな。名付けたのは石燕が最初だが、実際、コイツはそうとしか呼べない代物でね――。先ず、姿からして鳥と蛇を混ぜた様な如何にもありそうな姿だし、出てくる場所も紫宸殿の上空で在り来たりだ。おまけに、武将によって弓で退治とされるとお馴染みのパターンで幕切れとなっている。まるでコイツは――」
「『平家物語』の鵺だ」
 妹紅の呟きに、嬉しそうに慧音が笑う。
「そうだ。ヌエなんだよ、コイツは。ヌエ退治の話は幾つかバリエーションがあって、時代や場所や登場人物の微妙な差はあっても、その基本的なパターンは変わらない。つまり、夜毎に建物の上空に、黒雲と共に怪鳥が出て来て、その不気味な鳴き声で人々を恐怖に陥れる。『その声雲に響き、眠りを驚かす。聞く人皆、忌み恐れずという事無し』――という訳さ。そして、最後は弓矢の達人によって退治されるのも同じだね。だから――」
 ほら、と慧音は『今昔画図続百鬼』の以津真天が書かれた隣の頁を指差す。
「真隣の頁が『鵺』だ」
「あ、ホントだ――と云うか、この二匹睨み合ってる?鏡合わせみたいに」
「或いはね。著者の石燕は当然、『太平記』の怪鳥が、『平家物語』の鵺退治のバリエーションだと知っていた筈だ。だからこういう構図を取ったという可能性は十分ある」
 へぇ、と妹紅が感心の声を上げる。
「『平家物語』で鵺を退治した武将は源頼政だったよね。『太平記』は――」
「隠岐次郎左衛門広有だ。しかし、誰が退治したかなんて事は、この際は置いておこう。幾つもあるヌエ話では、妖怪退治の勇者は、その時代に合った相応しい人間が選ばれるようになっているからね。むしろ問題の焦点は、以津真天と名付けられた怪鳥が何を象徴しているかって事だろう」
「象徴?」
「沢山あるヌエ話の中で、何故『太平記』の怪鳥だけが以津真天なんて名付けられ、特別視されているかって事さ」
 妹紅は腕組みし、ううんと唸った。
「――やっぱり声じゃない?いつまでいつまでって鳴き声」
「正解」
 慧音が再び深い笑みを浮かべる。
「本家本元の鵺もそうなんだが、ヌエと云うのは基本的に声の妖怪なんだな。深夜、しかも黒雲が出て来て姿がはっきりと見えない。そんな中で奇怪な鳴き声だけがするという正体不明さが、この妖怪の不気味な処だ」
 ふむふむと妹紅が相槌を打つ。
「分かる気はするよ。正体が分かっちゃうと、逆に怖く無いもんね。頭が猿で、手足が虎、尻尾が蛇――って、まぁ怖い事は怖いんだけど、ちゃんとした実態がある分、脅威じゃないよね。人間にとっては形の無い、分けの分からない、あやふやな物の方が怖いと思うよ」
「そういう事だ。そして、以津真天はその鳴き声の意味不明さが、より怪鳥の正体不明さを助長している」
「いつまでいつまで――か。いつまでって『何時まで』って事でしょ?普通は、突然、何時までなんて聞かれても困るよねぇ」
「そうだね。実際、『太平記』の以津真天に限れば、あれは『何時まで』という意味で鳴いているのだと云われている。時の執権者、後醍醐天皇の建武の新政を皮肉った訳だよ。何時まで政権を握り続けられるのかってね」
「だから紫宸殿の上に現れたのか――」
「そう。でも『太平記』自体、半分は創作されたものだから、本当に以津真天が紫宸殿の上空に出現したとは限らない。以津真天の話自体は全部作者による創作かもしれない」
「以津真天って妖怪は空想の産物って事?」
「いや、そうじゃないんだ」
 慧音が苦笑いした。
「阿求も同じ勘違いをしていたけどね。以津真天という妖怪は、恐らく現実に存在する。ただ、それは『太平記』に出てくるものとは少し違うだけさ。或いは、『太平記』が書かれる以前から、いつまでいつまでと鳴く怪鳥は知られていて、そこからヒントを得て『太平記』に登場させたという可能性もあるかもしれない。いずれにせよ、証拠は無いから、誰にも証明は出来ないだろうけどね――。いいかい、妹紅。以津真天という怪鳥の伝説や伝承は、何も『太平記』だけに伝えられているものじゃない。民間伝承として、あちこちに残っているんだ。その中では、以津真天は死体を食うと云われている」
「――死体を食べる」
 妹紅が眉を顰める。
 そうさ、と慧音は神妙に頷く。
「猛禽は死肉を好む。地獄の底には沢山の鴉がいて、放り込まれた死体を啄ばむそうじゃないか。以津真天も丁度、死体に集る烏の様に、死体が溢れる場所に出るとも云う。飢饉に襲われた村や戦場等にね――」
 妹紅は当然、昨夜見た夢を――昔々に見た化野の光景を思い出した。じわりと手に汗を掻いているのを感じ、服の裾でそっと拭う。
「慧音、それって里の事件と関係あるんじゃないの?死体が消えたって――食べられたんじゃ」
「いや、その可能性は低いと思う」
 慧音がきっぱりと云った。
「あそこの御山には、寺を起点として、四方に結界が張り巡らされている。だから、あの山には妖怪が入ってくる事は出来ない」
 妹紅は昨夜感じた、寺の異様な程に澄み切った空気を思い出す。
「そうか!外から入れないって事は、内から外にも出れないのか」
「丁度、ぴたりと蓋を閉じた匣の様なものだからね。だから、妹紅が見た怪鳥は、里の事件とは無関係だろう。それに例え、外に出られたとしても、わざわざ里にまで行って、死体を漁る様なそんな妖怪じゃないんだ、以津真天は」
 慧音は顎を撫でながら、いいかい妹紅、と教師の声色で云った。
「人の魂というのは死後、あの世に行き、転生の輪に加わる訳だが、時として何らかのアクシデントが起き、それが出来ない事がある。つまり、成仏し損ねるんだな。すると怨霊になったり自縛霊になって、この世に残り続ける。霊と云うのは気質だからね。色んなものに変化するんだ。さらに、ある種の共通点を持った死人の気質――この場合、自分の死体が野晒しにされるのを悔み、恨む気持ちだね――が多く集まれば、妖怪に化けるというのは在り得る事で、実際にそうなってしまったのが以津真天だ。妖怪と成り果て、いつまで私の体を放置しておくのだ、と恨めしく鳴く訳だね。肉が腐り、腐臭を放って、体が崩れさる様を人目に曝すのは恥ずかしい、そして悔しい訳だ。しかし、誰もが死体なんて厭がり、触れようともせず、弔ってくれない。仕方がないから、以津真天は自分で自分の死体を食べ、片付けようとするんだ」
 ふぅん、と妹紅が幾分か沈んだ声で云った。
「普通の妖怪が、人の死体を好むのとは事情が違うんだ」
「少し違うね――。妖怪が人を襲い、餌にする事は事実としてある。或いは、只の快楽から人を殺す事もあるだろう。そんなのに理由は無いんだ。本来の妖怪とはそういうもの。人とは相容れない危険な存在だからだ――。だが、以津真天はまた別だ。そうしなければならない理由があるから、そうしているだけなのさ。それに以津真天にはこういう民間伝承も残っている――。戦場で仲間を見捨てて、逃げ伸びた男が居た。その男は、生まれ故郷に帰り、暫くそこで暮らしていたが、ある日、奇妙な声を聞いた。毎夜毎夜、いつまでいつまでと不気味な声が聞こえる。男はすぐに悟った。あれは、自分が見捨てた仲間達の怨み声なのだと。男が数年ぶりに自分が逃げ出した古戦場に戻り、そこで死んだ仲間達を弔ってやった。すると、その場所に生えていた一本の樹から、大きな鳥が飛び去って天に消えた。男は仲間達が成仏してくれたのだと思い、事実、不気味な声が聞こえる事は二度と無かった」
「以津真天が、男に自分達を供養してくれって催促に来たんだ」
「それが真っ当な理解の仕方だろう。だがこういう解釈もある。以津真天なんてのは、最初からいなかったんだ。いつまでいつまでという奇怪な呼び声も、男の心の底にあった疾しさが起こした幻聴だった。男は戦場に戻り、自分の過去を清算する事によって、その疾しさから解放される事が出来た。大きな鳥が飛び去って消えた云々というのは偶然だろう。単なる符号だ」
 妹紅が座ったまま、前につんのめる。
「け、慧音、そりゃ余りにあんまりな解釈じゃないかなぁ。それだと、私が見た怪鳥は――」
「私が云いたいのは、以津真天とは実態のある妖怪であると同時に、人の心の境界線上に現れるかもしれない現象の名だという事だ」
「むーん、どういう事?」
「ただ死体が沢山捨てられていた、というだけじゃ駄目なんだよ。恨む気持ちが沢山集まった処で、それはやっぱり曖昧模糊とした気質に過ぎない。それが寄り集まり、形を持った一匹の妖怪になるには、依り代が必要なんだ。つまり、凄惨な光景を眼にし、共感できる心を持った者。それを見て心が揺さぶられる様な主体が存在しなければ、以津真天もまた存在できない。何故なら、以津真天は訴える為に現れるからだ。自分達の声を聞いて欲しいとね。ある意味、外の世界で『妖怪』が発生する時の仕組みに似ているな。人の心に憑くという点は――。しかしだからこそ、皮肉な事にいつまでいつまでという鳴き声も、聞く側がどう感じ、どう解釈するかによって大きく意味が違ってくる。聞く者の聞きたい通りにしか聞こえないんだな、以津真天の声は――。ふふっ、面白い妖怪じゃないか」
「私はちっとも面白くないよ。慧音が何を云いたいのかさっぱり分からないし――」
「――以津真天現れる処に、死体ありだよ、妹紅」
「そりゃ私が見たのは墓場だから、死体なんて幾らでも――」
「違う。寺の墓に埋められているのは、ちゃんと葬儀が為されている。そんなのが化ける筈は無いんだ」
「化ける筈は無いのに、化けて出たって事は――化ける理由の在る死体が、あの山に――ある?」
「そうそう、やっぱり妹紅は賢いな。そこまでいけば事件の謎は解けたも同然だろう」
 慧音はそう云うと、湯呑にたっぷりと茶を注ぎ、一息に飲んでからほっと息を吐いた。
 妹紅はその様子を見て、慎重な口振りで友人に質問した。
「慧音――あの――もしかして、今度の事件、殆ど謎は解けてる?」
 うん、と慧音は鷹揚に頷いた。
「本筋はね、大体掴めている。幾つか分からない点もあるが、追々分かるだろうさ」
「な――ッ」
 なんでもっと早く云ってくれないのかと喉まで出掛かった言葉は、驚きの余り言葉にすらならず、妹紅はただ口を慌ただしくパクつかせる事しか出来なかった。
 慧音は妹紅の非難の視線を感じつつ、少ししゅんとして云った。
「そうは云うがな、妹紅。私だって事件の本当の姿に気付いたのは、昨夜だよ」
「昨日の夜?そういや慧音は寺で何かしてたって――」
「だから本だよ。本を探していた」
 慧音は険しい顔をした。
 どうして、と妹紅は当然の事を聞く。
「事件と少し関係あるかもしれない、とそう思ったんだ――。それであの寺に行って書庫を慥かめさせて貰った。すると不思議な事に無いんだ。本が――」
「無いって――探し漏らしたんじゃないの?古い寺の書庫だと、結構な数の書籍があるんじゃないの?」
「漢籍、僧籍併せてざっと五千冊近く。それが狭い書庫の中にぎっしりと収められている。私は書庫の目録と照らし合わせながら、全部調べたんだ」
 そりゃ徹夜になるな、と妹紅は思った。
「――ところが目的の一冊だけどこにも無いんだ。十年前に、私が書庫を整理した時には慥かにあったのにだ」
「十年前?」
「ああ、あの寺の前の管主だった人――良寛の父親だ――に頼まれて、編纂作業を行った。寺の歴史のだよ――。冗談の様な話だが、あの寺の来歴を、生まれた時から寺に住んでいる管主本人すら知らなかったんだ。あの寺は知ってる者からは『桜寺』なんて呼ばれるが、無論、それは本当の名前じゃない。尤も、歴史が軽んじられている幻想郷では、無理もない事かもしれないがね――。幻想郷の歴史を集めている私にとっても、編纂の依頼は渡りに船だったから、二の返事で引き受けたんだ。実際、収穫は想像以上のものだった。幻と云われる様な書物や、新たな発見。驚きの連続だったが、極め付きがあの一冊の本だった――」
「その本が――無い?」
「恐らくは、誰かが持って行ったんだ」
「その本には何が書かれていたの?」
「本に書かれた内容は――人目に触れさせない方が良いものだ。だから私は先代の管主と相談し、あの本は内容共々、歴史の闇に葬り去る事にした。とは云え、歴史的に価値は高い文献だ。燃やす訳にもいかないし、結局は寺の書庫に収めたままにする事にした。なに、あんな襤褸寺の、僧籍ばかりで何の面白みも無い処を荒らす人間がいるなんて思いもしなかったからね。だが、誰かが偶然見つけてしまったのだろう。あの本の内容に気付いて――持ち出した」
「誰が――」
 と、妹紅は聞いてからすぐに、莫迦な事を聞いたものだと思い返した。
 本の内容は分からないが、慧音の口振りから危なっかしいものだとは推測できる。
 そして、その本は今度の事件に関係しているかもしれないものなのだ。
 それを誰かが取って行ったという事は――。
「寺から最初に本を持ち出した人物――そいつがこの事件の黒幕だ」
 慧音は云い切った。
 ――人間の仕業か。
 予想は十分にしていたとは云え、慧音の口から直接聞くと、また違った衝撃があった。
「――犯人、捕まえるの?」
「無理だな」
 慧音は素っ気なく答える。
「先ず、証拠が無い。そもそも、この事件の黒幕を裁くだけの法を幻想郷は持ち合わせていないと私は思っている。かと云って、無視も出来ない――。私が恐れるのは、里の誰かがひょんな事で真相に気付くんじゃないかという事さ。人の死体を、人が盗って行ったという事が露見すれば里は大変な事になるぞ」
 慥かに、妖怪の仕業というのなら、それはまだ許容の範囲内なのだろう。
 しかし禁忌を冒したのが他でも無い人だとしたら――人里はどうなってしまうのだろう。狭いコミュニティの中で、助け合わなければ立ち行かないというのに、そこに罅が入れば、例えそれが小さいものだったとしても、段々と時間を経る事に致命的な疵になったりはしないだろうか。
 ――だとしたら四方八方を同時に、巧く納めなければならない。
 現状の人と妖怪との関係を壊さず、しかも人と人との間にしこりが残らないようにする。
 それは途方も無く難しい事の様に思える。
「どうするのさ、慧音――そんな無茶な事を――」
「事件が起きる前の、白紙の状態に戻すんだ。その為にこれまで起こった事は、全て無かった事にする」
 慧音は妹紅を見据え、いいかい、と顔を寄せて云った。
 
「この世には、無かった事にしてしまった方がいい歴史もあるんだよ」
 
 妹紅は慧音の真摯な表情に気圧され、顎を引いた。
「出来るの?ホントに――?」
「出来る、出来ないの問題じゃない。やるしかないんだ」
 屹然と答える慧音の姿に、妹紅はふぅと息を吐き、やれやれと首を振った。
「あのね――正直云ってね、私には慧音がそこまで真剣になる程の事件じゃないと思うんだ。幻想郷自体の危機って云うんなら、巫女やらその他大勢が出て来てわらわら解決するんだろうけど、今度のはそうでもないみたいだし。というかあの辺の連中はノーマークだよね?だって、眼に付く被害と云えば、女の子の遺体が一つ消えただけ――。大変っちゃ大変だけど、妖怪だらけの幻想郷じゃそこまで大袈裟だとも思えない。まぁ里で起こった事だし、ナイーブな問題なんだろうけど――。う-ん、でもそれは横に置いておくとして、とりあえずさ」
 妹紅はがしがしと頭を掻くと、照れ臭そうに云った。
「――私に何か手伝える事は?」
 慧音はくすくすと笑いを漏らす。
「ここで本当ならば『君を危険に巻き込みたくは無い。深く関わらない方がいいだろう』なんて云いたい処なんだがな、今や君も立派な関係者だ。見て見ぬ振りという事もできまい。それに正直、私一人では手が回りきらない。助力の申し出には素直に感謝するよ。ありがとう――妹紅」
「何の。困った時はお互い様」
「うん――。とりあえずはこれ以上、被害が及ばぬ様に手を打たないといけないな。先ず初めに、阿求に話を持って行くとしよう。彼女にも手伝って貰う」
 ええッ、と一転して妹紅が難色を示す。
「何か問題でも?」
「だって慧音ぇ、あの子の所為で私は『健康マニアの焼き鳥屋』にされっちゃったんだよ!?」
 慧音が破顔する。
「文句は直接、会って本人に云うといいさ。それに『健康マニアの焼き鳥屋』というのは見事な表現じゃないかな。妹紅にぴったりだ。私も自分の歴史書にそう書き残そうかな」
「ああっ、慧音まで」
「それに個人的にはね。前々から、妹紅と阿求にはもっと仲良くなって欲しいと思っていたのさ」
 不可解な笑みを漏らす慧音。
 ふと、たんたんと玄関扉を打ち鳴らす音がした。
 おや、と慧音が首を傾げる。
「来客かな。誰だろう――」
 慧音さーん、阿求ですー、と外から声がする。
「噂をすれば何とやらだ。阿求がやって来たぞ。しかし、どうしたんだ。あんなに急いて――」
 慧音は最後の一杯を飲み干すと、楚々とした所作で立ち上がり、玄関へと向かった。
「ああ、ホント噂をすれば何とやらだ」
 やれやれと妹紅も立ち上がり、後を追う。
 妹紅が玄関に着いた時、既に扉は開けられ、慧音と阿求が話し込んでいた。
 二人の顔には尋常では無い緊張が見られる。
「――何か、あった?」
 遠慮がちに妹紅が尋ねると、強張った顔で慧音が振り向き、ああとぶっきら棒に云った。
「やられたよ。一足遅かったようだ」
「何が?」
「徳次郎さんが亡くなった。首を吊ったそうだ」
 
 
 7.桜寺の良寛
 
 良寛は朝早く目覚めると、日課である朝行を普段通りに淡々とこなした。
 本堂の戸を全て開け、換気し、読経を行う。
 その後、庫裏へ行き、朝食を取る。
 腹の膨れた処で、掃除をする。箒で掃き、雑巾掛け。寺自体はそんなに大きくないが、小坊主もおらず、独りで全てをしなければいけない良寛の手には余る。結局、順繰りに決めた場所を掃除していくしかない。だから、今日掃除する場所は、前にしてから一週間ほど間隔が開いており、埃が見事に溜まっていた。
 その様子を見て良寛は苦笑する。
 人の住まない家屋はすぐに荒れ果てると云うが、良寛が一人でせっせと掃除していてもこの様だ。
 寺は良寛の追いつけぬ速度で、老い、朽ち、滅びようとしている。
 ――なにしろ古い寺だからな。
 戸は摩耗し、床板は擦り減り、天井の雨漏りは年々酷くなっている。
 ――拙僧が死ねば、廃屋になって、すぐにでも森の一部と化すか。
 寺の裏に広がる桜の森は、良寛が幼い頃よりも広く深くなっている。成長しているのだ。
 一方の寺と云えば、良寛だけが唯一の住人で、後継者もいない。
 数十年後には森に飲まれて、消え去る運命にある。
 ――いや、今も似たようなものだな。
 良寛は再び苦い笑いを浮かべる。
 だが、今はこんな有様でも昔々は多くの修行者を抱えていたらしい。
 昔、この寺は幻想郷に相応しい存在だったと聞く。つまりは、退魔加持祈祷の類を教える修行場だったのだそうだ。
 しかし、外との間に結界が張られ、幻想郷が今の形となり、妖怪達と一応の折り合いがついた時から、退魔法は無用の長物と化した。平和になったのだから、武器は要らぬと云う事なのだろう。良寛自身も先代から退魔法の類は全く教えられていない。
 寺の衰退はたぶんその辺りに理由があるのかもしれない。
 ――元々、名も無い寺のなれの果て。私の代まで残せただけでも上々だろうな。
 本尊の薬師如来の埃を叩き落とした処で目途を付けると、本堂の縁側に腰掛け、懐より煙管を取り出し、火を付けた。
 春の訪れの気配のする日差しは暖かく、蕾を付けた桜の枝を透かして見る太陽は優しい。
「もう春なのか」
 自然と、由子の事が思い出された。
 一年前、熱病が原因でこの世を去った娘だ。
 彼女の命日が近い――。
 ざらりと無精髭を撫でながら、良寛は思う。
「慥かあの子は春に生まれたのだったな――」
 春に生まれ、春に逝った。
 だからか、桜の樹は良寛の中で由子と重なる。
 由子との付き合いは長い。いや今なら、長かった、と云うべきだろうか。
 由子は佐馬介の妹だった。二人の家は、この寺から割と近い場所で、農家をやっていた。
 当時、惣七もこの辺りに住んでいた。
 子供の頃、三人はいつも一緒に遊んでいた。子供はいつも遊び場に飢えている。三人が選んだ格好の遊び場というのが、この寺だった。
 十年以上も前の話だ。
 良寛はまだ一人前とは認められておらず、父親の元で厳しい修行に明け暮れていた。
 その修行の合間合間に、三人の遊びの相手をしている内に、矢鱈と懐かれてしまった。
 その時の腐れ縁は今も続いている。
「由子が惣七と結婚すると云った時は驚いたものだが――」
 同時に、幼馴染同士、お似合いだと良寛は嬉しく思った事を憶えている。
 お前が義弟になるなんて、と佐馬介も照れながらも喜んでいた。
 皆が幸せだった。
 なのに――。
「由子の母親も体が丈夫ではなかった。宿命みたいなもんだったのだろうが――」
 それでも遣り切れない事には変わりない。
 一年は早いな、と良寛は思う。
 妻の死に取り乱した惣七も、妹も急逝に打ちのめされた佐馬介も、少しずつ立ち直り、以前と同じ暮らしができる程度まで快復している。
 そして、良寛もまた、以前ほどには由子の事を思っても胸が痛まなくなってきた。
 身を切り裂く程の絶望や悲しみも、馴れてしまっては日常の一部と化す。それは人にとって自然な事なのだろうが、同時に抵抗も感じていた。このまま死者の事を完全に忘れてしまうのではないかという漠然とした恐れがあった。
「――久々に墓参りにでも行くとするか」
 自身の憂いに見切りを付ける様に、大儀そうに良寛は立ち上がると、墓の方へと歩き出した。
 由子の墓の場所は、幾度となく通った道だから眼を瞑っても辿り着けるくらい知悉していた。
 足場の悪い斜面、のたうつ様に地面に生えた桜の根に気を付けながら歩き、森の中にある広場を突っ切る。
 広場の中央には一本だけ大きな桜が立っている。
 枯れた桜。しかし春になった時、見せる美しさはこの森の中でも一番だろう。
 生前、由子が最も気に入っていた桜でもある。
 しかし――。
 視界の隅に見慣れぬ物を捕えて、良寛は歩みを止めた。
 一枚の茣蓙が地面に落ちている。
「何だ――これは」
 指で摘みあげ、しげしげと見詰める。
 一見、何の変哲も無い只の茣蓙に見えるが、しかし、鼻を近付けると微かに香の匂いがする。
 何処かのせっかちな人間が、今の時期から花見の場所取りの為に、ここに置いていったのだとでも云うのだろうか。
 その想像は良寛を愉快にさせた。
「十中八九、墓参りをした人の忘れ物だろう。どれ――預かっておくか」
 再び歩き出そうとした処で、ふいに風が吹き、在り得ないものが視界に入った。
 ぎょっとして良寛は身を竦ませる。
 何かが――丁度、桜の樹を挟んだ裏側にある様だ。
 緩く風が吹く度に、それが動き、僅かだけ樹の背後から出て、良寛の視界に入る。
 ――何だこれは。
 土気色をした棒――。
 ――いや、これは人の足かッ。
 慌てて、樹の背後に回る。
 そして惨状を目にし、良寛は気を呑み、絶句した。
 太い枝に縄を掛け、そこに首を括った人間がぶら下がっていた――。
 それが、風に吹かれて、ゆらゆらと揺れている。
 縄が枝に食い込み、ぎちぎちという音が聞こえた。
「ああ――なんて事だ――これは」
 胃の腑が締め付けられ、眩暈を覚えた。
「徳次郎さん――」
 ぶら下がっていたのは茶屋の主人だった。
 ――自殺、か。
 ―――何故だ。
 何故?
 いや、分かり切っている事だ。
 この男は、自分の不注意で娘を亡くしたのだ。少なくとも、本人はそう思い込んでいた。
 だから。
 だから、責任を感じ、首を括って――。
 ――やはり救えなかった。
 良寛の心の中に暗いものが湧き上がった。
 転生だ、極楽だと云った所で、そんなのは言葉に過ぎず、幾ら真言を唱えて、あの世へ送ってやった等と云った所で、結局、そんなものでは娘を失った男一人の悲しみを癒してやれはしなかったという訳だ。
 ――だが、何故だ。
 良寛は徳次郎の死に顔を見る。
 鬱血して膨れ上がり、赤黒くなった顔――。
 首を吊った拍子に骨でも折れたのか奇妙な角度に曲がった首――。
 この上なく醜く、惨たらしい筈なのに、その口元は安らかに笑っていて――。
「徳次郎さん――どうしてアンタは――そんなに幸せそうなんだ」
 死人は答えない。風に揺られて、縄が軋んだ音を立てるだけだった。
 噎せる死臭。良寛は耐えられず、地面に手を付いて嘔吐した。
 そして気付く――。
 徳次郎がぶら下がっている下辺り――足跡が付いている。
 裸足の人の足跡。ただし、小さい。大人では無い。恐らくは子供――それも幼児の。
 足跡は森の奥の方へと消えている。
 ぞっと悪寒が良寛の背を撫でた。
 立ち上がり、良寛は逃げる様に駆け出す。
 ――静さんに知らせねば――それに慧音先生にもッ!
 見慣れた森の景色が一変して、全く見知らぬ場所の様に思えた。
 山の外は小春日和で晴れ渡っているのに、森の中は天蓋を樹に覆われて薄暗い。
 何処かで鳥の鳴き声がする。
 いつまでいつまで、とそんな風に鳴いている様に聞こえる。
 幻聴に過ぎないと思い込みながらも、良寛はその声のおぞましさに耳を押さえずにはいられなかった。
 何故なら声が、何だか自分が知っている人のものに余りにも似ている気がしたから――。
 
 
 
 8.輪廻の凶鳥
 
 阿求の報せを聞いた慧音の決断は素早いものだった。
 先ず、茶屋に向かい、ショックから呆然としたままの静の様子を見ていた良寛と合流した。
「通夜は寺で行う」
 断固とした口調で慧音が云った。
 場合が場合だけに里の中では出来ない、というのがその理由だった。
 その理屈は妹紅にも理解出来た。娘の鈴の仏様は行方不明、しかもその後、すぐに父親である徳次郎が変死となれば、里でそれ相応の噂が立つのは分かり切っている。その状態で、里の中で通夜を行うのは、遺族からすればいい気分では無いだろうし、里の人間にしても不気味な感は拭えないだろう。
 何より――、と妹紅は思った。慧音は、徳次郎の通夜でも何か起こると考えているのかもしれない。再び里で事件が起きるのは絶対に避けなくてはならない事だろう。だからこそ、舞台を里から離れた山の寺へと移したのだろう。或いは、舞台を移す事自体が、慧音が犯人に仕掛けた罠なのかもしれない。
 承知した良寛は、佐馬介と惣七、馴染みの二人を引き連れ、一足先に寺に帰る事になった。
 三人だけでは人手不足でしょう、と阿求が稗田家の人間を増援として寺に向かわせる事を提案し、これもすぐに採用された。
 その間にも、噂は里中に広がり、野次馬が早速何人も茶屋の方へと押しかけて来ていた。
 阿求の言により、静は稗田家の屋敷で匿われる事になった。
 慧音が稗田家の人間を引き連れ、寺へと移動すると、屋敷に残ったのは留守番が何人かと、阿求と妹紅だけになった。
「で、私は何をすればいいの?」
 妹紅が阿求に聞いた。
 殆ど出番無しで、皆についてあちこち歩き回っていただけの妹紅の表情は不貞腐れている。
 元より里に知り合いなんて慧音くらいしかいない。慧音が妹紅を放って寺に行ってしまった後、知人と呼べるような存在はこの場所にはいなかった。
 周囲は妹紅の知らない人間ばかりで、何だこいつと繁々と眺めてくる事はあっても、話し掛けてくる事も無い。
 一応、慧音に手伝うと云ってしまった手前、帰る訳にも行かず、さりとて為すべき事も見つからず、またそれを教えてくれる人間もいない。
 お前は要らないんだと遠回しに云われたような、お決まりの、慣れ切った疎外感。
 腐るなというのは無理な話だと妹紅は思った。
 しかし、阿求はそういう妹紅の心持を十分に理解しているといった感じで云った。
「勿論、妹紅さんには妹紅さんのお仕事がありますよ」
 いつの間にか、阿求はすっかりと出かける準備を整えていた。山の寒さを考慮してか、手袋とマフラーをしている。手には長い布包みの棒を持っていて、それを大儀そうに妹紅に手渡した。
「何これ」
 妹紅は当惑の表情を浮かべる。
「弓です。怪鳥退治には弓が相場と決まっています」
 当たり前でしょう、と云わんばかりに阿求は云った。
「それじゃ早く行くとしましょう。慧音さんばっかりにいい恰好させられませんからね」
「行くって――アンタも一緒に?」
「アンタじゃなくて、阿求で結構です、妹紅さん」
 そう云い捨てると、さっさと玄関に向かう阿求。
 妹紅は慌てて弓を引っ掴むと、肩に担いで後を追った。
「アン――いや、阿求。危なくない?通夜だから真夜中になる。あの寺の山は――」
「だからこそです。出るのでしょう?以津真天が。私もよく知らない妖怪です。縁起の新たな一頁の為にも、阿礼の子としても見過ごせません」
「だからって阿求が前線に出る事ないでしょ」
「何故です?皆さんみたいに戦闘向きじゃないから?邪魔だと?」
「そう云うんじゃあない」
「じゃあどういうのですか。いいですか。鈴ちゃんは私の知り合いでした。彼女の遺体が消えた事件は、妹紅さんも十分に御存知でしょう?あの山と里の事件は、きっと何処かで繋がっています。無視はできません」
 私はこの事件の結末を知りたいのです――、と阿求は強い口調で云った。
 妹紅は溜め息を吐く。
「気持ちは分からないでもないけど――でも、やっぱり危険だ」
「妹紅さんが付いてくれます」
 は?と妹紅はあんぐりと口を開ける。
「私が危険だと云うのなら、妹紅さんは当然守って下さいますよね。竹林で迷った人を助けてあげるみたいに――。だって、妹紅さん『いい人』だから」
 阿求は自信に満ちた表情でそう云った。
「ば――莫迦、何を――」
「宜しいでしょう?妹紅さん」
 ころりと阿求が笑いながら、手を差し出した。
「エスコートして下さい、私を。あの寺へ」
「も、もう勝手にしなよ!」
 妹紅は顔が紅潮するのを感じ、それを見られるのが厭で阿求より先に屋敷を出た。
 ――なんて事だろう!
 はあっ、と大きな溜め息を吐いた。
 自分のペースが乱されている。何十年も生きて無い様な子供相手に、だ。
 ――阿求は変な奴だ。おまけに、嗚呼、あの子はたぶん――。
 妹紅の事を好もしく思っているらしい――。
 きっと竹林での妹紅の活躍に尾鰭が付いて里で吹聴されているからなのだろう。その所為で、阿求は妹紅に妙な親近感を覚えているに違いないのだ。
 妹紅の初対面の人間に対するぶっきら棒ともいえる態度は、その実、妹紅が周囲に対して張り巡らせている防波堤でもある。頼むから、不用意に私の中に入って来ないでくれと云う、妹紅の無言の嘆願なのだ。過去、それを物ともせずに妹紅に接して来た人間はいる。例えば慧音だ。慧音は、鬱陶しがる妹紅の態度にめげる事も無く、また媚もせず、ただひたすら自分が正しいと思うやり方で妹紅に接して来た。そして、気が付くと今の様に、無二の親友となっていた。しかし誰もが、慧音の様に妹紅と付き合える訳では無い。妹紅のこの千年を思えば、それこそ稀有な例外と云えるだろう。
 だと云うのに――。
 阿求は絶妙の距離感で、妹紅の懐に潜り込んでくる。心の防波堤を高くすればするほど、別のルートからひょいと回ってくる感じだ。それに加えて、妹紅は未だに稗田阿求と云う人物の事を掴み兼ねていた。阿求には成熟した大人の面と、子供っぽさの抜けきれない二面性がある様だった。その二つがくるくると入れ替わり、立ち替わりして妹紅を当惑させるのだ。
 阿求がもっと厭な奴だったらいいのに、と妹紅は思った。だったらこちらも存分に嫌う事が出来る。しかし実際の処、阿求はたぶん――いい奴なのだろう。変な人間だが、いい子だ。だからこそ余計に妹紅は、阿求との距離が取りづらかった。
 それにしても、ずっと年下の娘一人とのコミュニケーション方法について考えあぐねるなんてどうかしている。
 これではまるで――。
「――私が社会不適合者みたいじゃん」
 思わず、空を仰いで顔を押さえた。
 
 
 稗田家の屋敷を出た二人は、山にある寺を徒歩で目指していた。
 徒歩で寺を目指す事を提案したのは阿求だった。
 阿求自身が飛べないという事もあるが、途中の移動時間をゆっくりと情報交換に充てた方がいいだろうという判断だった。
 ――それに早くに寺に着いても、通夜の準備の手伝いをさせられるだけですよ?
 その言葉に対し、実に尤もだ、と妹紅は思った。
 ――にしても、やっぱり困った。
 と妹紅はそう思い、どぎまぎしながら、右横に並んで歩く少女の横顔を盗み見た。
 まだ幼さの残るあどけない顔立ちと、それに似合わぬ落ち着いた物腰。浅葱色の着物を洒脱に着こなし、赤い鼻緒の下駄履きを突っ掛けている。そして何が楽しいのか、陽気な足取りでぽっくりぽっくり下駄を鳴らしながら、妹紅から付かず離れずの距離で歩いている。
 先程からまるで会話が続かない。
 天気の話をして、景色の話をして、明日の天気の話をして、はぁ、とか、そう、とか相槌を二三打っただけで、終りである。
 これならば、まだ付き合いだけは長い怨敵、竹林に住む憎いあんちくしょうと肩を並べて歩いていた方がマシ――少なくとも気は遣わないで済む分だけマシだろうと、そんな事さえ思う。
 しかし当の阿求は、そんな妹紅の葛藤などに気付く筈も無く、相も変わらず何処か嬉しそうにニコニコと笑いながら、妹紅の隣を歩いていた。
 延々と無言で歩き続け、山から流れてくる小川の横に作られた畦道を行く途中で、ふいに阿求が切り出した。
「そう云えば――密室の境界条件について、幾つか新しく分かった事があります。結論から云いますと、天井付近にある一箇所だけ開いていた小窓。その枠や桟には一切傷痕や、細工をした後はありませんでした」
「慥かめたの?」
 事件の話ならまだ二人の間で可能だろう。妹紅は内心安堵しつつ、歩く速度を落とすと、阿求に並んだ。
「はい。どさくさに紛れて茶屋に上がらせて貰い、慥かめました。あと、事件が起こった当夜、その窓だけが開いていた理由も分かりました。静さんが、鈴ちゃんの仏様を手元に置いておきたくて、でも時間が経つと痛むでしょう?だから、わざと部屋が冷える様に開けていたそうです」
「何それ?死体冷やすなら、雪の中にでも突っ込んで置けばいいのに――って、これは失言だったかな」
 と、阿求の横顔を見て、妹紅は頭を下げる。
「いえ、お構いなく。実際、私もそう思いました。部屋の小窓を開けたくらいで、遺体の腐敗速度が遅くなるとは思えませんから。重要なのは、むしろ、そこまでして鈴ちゃんの亡骸を手元に置いて置きたいほど、静さんは切羽詰まってたって事ですよ」
「と、同時に、まともな判断能力も無かった訳だ――。分からないでも無いけどね。一人娘が死んで、混乱してるってのは」
「いずれにせよ、密室に関しては振り出しに戻った感じです」
「慧音は人間の仕業だって断言してた。妖怪の仕業じゃないなら、必ず何処かに抜け道はある筈だよ」
「そうなると――やはり怪しいのは通夜の手伝いに来ていた三方でしょうか。良寛和尚、惣七さん、それから佐馬介さん――」
「佐馬介さんが犯人だとは思えないなぁ。そもそも私に、夜の森へ行く様に依頼したのは佐馬介さん自身なんだし。じゃあ残った二人が怪しいのかと云うと、そうでもないよね。三人はほとんど一緒だったみたいだし、誰かが抜け駆けすれば必ずばれる」
「最悪の仮定は、三人共に共犯と云う可能性ですが――良寛和尚の様子を顧みるに、その可能性はまず無さそうなんですよね」
 ふむ、と妹紅は曖昧に相槌を打つ。
 会話はそこで途切れてしまった。再び、間の持たない、居心地の悪い状態になる。
 そうして暫く歩いた後、また急に阿求が口を開く。
「水を渡りまた水を渡り――ってそんな感じですよね」
 阿求は目の前に広がる田圃と水路を指差した。
「何それ?」
「『水を渡り復た水を渡り、花を看環た花を看る、春風江上の路覚えず君が家に到る』――古い漢詩です。こんな春の陽気にぴったりの詩ではないでしょうか」
 慥かに、昨日までの寒さは何処へやら、暖かい陽気に恵まれたこの牧歌的な幻想郷の風景には似つかわしい詩の様に思えた。しかし、余りにも暢気過ぎないかと妹紅は呆れる。
「こんな天気が良くて、今からお通夜って雰囲気じゃあないよねぇ」
 ええ、と阿求は一転して神妙な顔つきになると頷いた。
「どうして徳次郎さんは自殺したんでしょね。生きていれば、良い事はあった筈なのに――。あの人、首を吊って亡くなられましたが、どうも薬まで用意していたみたいなんです」
「薬?」
「はい。薬屋の方が云っていました。鈴ちゃんが亡くなってから程なくして、徳次郎さんが砒霜を買いに来たと。尋常じゃなく思い詰めた様子なので、薬屋さんは売り渋ったのですが、徳次郎さんは鼠退治に使うのだと。店に鼠が出て、売り物の茶葉が齧られて商売にならないと、そう云ったそうです。それで断るに断れなくて、売ってしまったそうなのですが――」
「でも、結局は砒霜じゃなくて、縄を使った訳だ。それもわざわざ山の中にまで行って――」
 徳次郎の遺体が見付かったのは、妹紅があの夜に居た、まさにあの場所――あの桜の樹の下だ。
 時間的にもそんなに離れてはいない。恐らくは、妹紅が引き揚げた後に、首を吊ったのだろう。
 ――あの直後に首を吊っただなんてぞっとしない。
 ――と云うか、あの場所にいたのか――。
 灯りの主の正体――。
 ――徳次郎さんか。
 毎夜毎夜、死に場所を求めて彷徨っていたというのだろうか。
 ――真逆、私に見つかりそうになったのが切っ掛けって事は――。
 無いとは云い切れないかもしれない。何だか自分が、自殺の後押しをしたみたいで妹紅の気分は悪くなった。
 阿求も暫くの間、真剣な面持ちで俯いていたが、やがて顔を上げると妹紅へと向き直り、微かに笑った。
「先程の漢詩――『尋胡隠君』は、春の風景の中、友人の家を訪ねる詩だと云われますが、実はもう一つ解釈があって、死出の旅路を詠ったものだとも云われています」
「ああ、水を渡りってのが、アッチとコッチを隔てる河を渡るって事ね」
「そうです。春の幻想的な風景の中、知らずに知らずの内に、気付いたらあの世に来ていたなんて素敵じゃないですか」
「素敵――?そうかな」
「そうです。私も死ぬ時は、そんな風に春風台頭の中、泰然として逝きたいなと、そう思っていますから」
「へぇ」
 妹紅は少し辟易した。人生の中でも最も華やかであろう年頃の少女の云う科白では無い。
 ――やっぱり変な奴だ。
 しかし阿求は、そんな妹紅の混乱さえ愉しむ様に不思議な笑みを浮かべた。
 
 
 夕刻も近付く頃、二人は山の麓に着いた。
 そこから森へと分け入り、冥界寺を思わせる長い石畳を登った先に、山門が口を開けて待っていた。
 境内に入ると、先ず古色蒼然とした本堂が眼に入る。そこからシンメトリーに伸びた回廊。その先に繋がっている庫裏。
 方々に植えられているのは見渡す限り桜の樹。春の訪れを今かと待ち受け、どの蕾も今にも咲きそうな程大きくなっている。
 先の夜に此の山を訪れた際、妹紅は境内に足を踏み入れてはいない。
 阿求にもまた記憶にある限りは初めての場所だった。
 夜に備えてか、本堂の前の中庭に大きな篝火が用意されている。
「二人とも待っていたよ」
 本堂の前で慧音は二人を出迎えた。
「通夜の準備は殆ど終わった。稗田家の使用人の方々のお陰でな。阿求にも改めて礼を云いたい」
「お気遣いなく。困った時はお互い様です。それより慧音さん、これからどうするつもりなのでしょうか?」
「夜を待つ。二人は庫裏の方へ行って、夕食を取り、仮眠しておく方がいいだろう。今夜起こる出来事に立ち会いたければの話だが」
「そうさせて頂きます。でも通夜の方はどうするのですか?」
「後は良寛が一人でやる。通夜への参加は自由だ。焼香を上げたければ、もう少ししてから本堂へ行くといい」
「他の里の人達は?」
「一応、里には此処でやる事は伝えてあるが――正直、人が来るとは思えないな。そも徳次郎さんの奥さんからして、来るに来られない様な状態だ」
「――と云うか慧音は、人払いをしたくてこの場所を選んだんでしょう?」
 妹紅の言葉に、慧音は肯定とも否定とも取れる、薄い笑みを浮かべた。
「私は先に眠らせて貰うよ。二人も後は好きにするといい。時間がくれば私が教えに行くから」
 
 
 しかし、妹紅は寝ろと云われても、気持ちは普段より昂り、寝る事に集中しようとすると返って意識は冴えわたり、いよいよ眠れなくなった。
 隣では慧音がすやすやと寝息を立てている。
 阿求は夕食の後、書庫の方へと物色をしに行ったまま帰って来ていない。
 妹紅は弓矢を手に取ると、庫裏の中の宛がわれた部屋をそっと抜け出し、本堂に繋がっている回廊の途中で腰を下ろした。
 外は少しばかり肌寒いが、昨夜ほどには冷え込んではいなかった。
 夜の帳はすっかりと落ち、宙天には少しばかり欠けた月が煌々と輝いている。
 空を仰ぎ見て、妹紅は大きく息を吸う。
 ――もうすぐ満月か。
 何時の時代、何処の場所から見ても、この月の輝きだけは変わりはしない。
 そんな当たり前の事が、妹紅を酷く安心させる。
 本堂の前に置かれた篝火は盛大に燃えていて、本堂の壁を暗闇の中で赤く染めているのが見え、そして耳を澄ませば、良寛の唱える真言が遠くに聞こえた。
 ――まだ通夜は終わって無いのかな。
 しかしそもそも、通夜とは文字通りに夜を徹して行う事なので、後は良寛のやる気と体力次第だろう。
 ――でも、焼香を上げに来る人はいないみたいだ。
 稗田家の使用人達は、焼香を上げるとすぐに屋敷へと戻った筈だ。妹紅と阿求が焼香を上げている最中にも誰も訪れなかった。その後、誰かが来た事はあっても、既に姿は見えない。場所が辺鄙過ぎるから仕方の無い事だろう。
 今や、寺に残っているのは妹紅と阿求に慧音。それに管主の良寛と、その手伝いの佐馬介と惣七だけだ。
 ――佐馬介さんと惣七さんは何処だろう。
 二人の姿は見えない。それが少し、気掛かりだった。
 あの二人には注意しなければいけない、と妹紅は感じていた。事件の当夜にいた人物であるし、何より慧音も帰れとは云わなかった。それは二人も、事件の関係者だと認めているという事に違いなかった。或いは、容疑者か。
 妹紅は布包みを解くと、弓を点検し始めた。まず握りを慥かめ、自分の手に合うかを見る、次に何度か弦を引き、しなりを慥かめた。漆を塗られただけの黒い本体は、装飾性に欠け、無骨だったが、実用には何ら問題は無さそうだった。次に矢籠から矢を取り出し、一本ずつ検分した。箆は曲がっていないか、鏃は確りと付いているか。
 気が済むまで点検した妹紅は、いよいよ弓に矢を番えると、弦を引き絞り、そのままの姿勢でぴたりと止めた。
 弓矢を手にするのは本当に久しぶりだったが、手にしっくりと馴染む。
 これぞ昔取った杵柄だと妹紅は思った。人間、時間と努力さえあれば大抵の事は出来る様になるものである。
 しかし、こんなもので怪鳥を射落とせるかと云われれば、多少不安ではあった。
「というか、普通に考えて無理っしょ。私は源頼朝でも無けりゃ那須与一でもないってーの」
 ふーむ、と暫し考えた後、ポケットから呪符を取り出し、鏃の根元に括り付けた。
「これで多少はマシかな」
「何がです?」
 突然、背後から声を掛けられ、妹紅は腰を浮かした。
「うわっ、吃驚した」
「すいません。驚かすつもりで声を掛けました」
 澄まし顔で現れたのは阿求だった。
「寝ようかと部屋に行ったら、妹紅さんいないし、何処に行ったのかと探しましたよ」
 と、顔を寄せて、妹紅の手元を覗き込んだ。
「それで――何をしてらっしゃるんです?」
「ちょっとした工作。矢に符を括りつけてみた。これならどんな怪鳥でも焼き鳥だね」
「でも、当たらなければ意味が無いでしょう?」
 むぅと妹紅は眉根を寄せる。
「やってみなきゃ分かんないよ」
 むすっとする妹紅の何が可笑しいのか、着物の裾で口元を押さえながら、阿求はふふふと笑った。
 阿求は回廊に腰を下ろし、足だけ外に垂らすと、子供の様に――いや、実際に子供なのだが――ぶらぶらと足を振った。
「妹紅さん、私の事嫌いですか?」
 そうして突然、爆弾を投げ掛ける。
「――別にそんな事は無いよ」
 妹紅は少し言葉に詰まったが、何とかそう答える。視線は、手にした弓に落としたままだ。
「嘘。ずっと私を避けようとしています。私が気に障る様な事をしましたか?」
 阿求の追及は止まらない。妹紅はううんと否定する。
「阿求は悪くない。苦手なだけだよ」
「私が、苦手、ですか」
「違う。人間全般が苦手なんだ、私は」
「慧音さんとはあんなに仲がいいのに」
「慧音は――そうだね、結構付き合いが長いから」
「長く付き合えば、私も慧音さんみたいに、妹紅さんとお話しできる様になるんでしょうか?」
「そんなの私に聞かれても――。時間が経たなきゃ分からないよ」
 困りました、と阿求は本当に心底困り果てたような声で云った。
「『長く付き合う』というのはどのくらいの長さなのでしょう?一か月?一年?それとも十年?」
「百年経っても分かり合えず、千年経ってようやく認められる相手もいる」
 妹紅は竹林に住む憎いあんちくしょうを思い浮かべて云った。
「百年に、千年だなんて、それはもう私には理解の及ばない話です」
 阿求は首を傾げて可愛く云った。
「十年先ですら私には曖昧なのに」
 妹紅は頷く。
「そうだね。普通の人間にとっては、それが正常だよ。十年どころか、明日も分からない儚い命ってのが人間だもの」
「ああ、そういう一般論じゃなくってですね」
 苦笑を浮かべながら阿求が云う。
「私の場合は、三十歳まではたぶん生きられないんですよ。御阿礼の子ですから。短命なんですよ。下手すれば、もうすぐにでも死にます」
「はぁッ!?」
「あれれ?知らなかったんですか」
 阿求は例の不可解な笑みを浮かべた。
 
 
 阿求の話は要約すれば、御阿礼の子というのは生まれ付き体が弱く、短命で、だから自分もまた遠からず死ぬ事になるだろうという内容だった。
「転生の弊害だとか、求聞持の能力の所為だとか色々云われていますが、原因は分かりません。歴代の阿礼の子は、皆三十手前で亡くなっています。私もその程度しか生きられないでしょう」
 しらっとした顔で阿求はそう云った。
 妹紅は上の空で相槌を打ちつつ、最後まで口を挟まずに阿求の話を聞いていた。
 そして、漸く話が終わった後、そうなんだ、と惚けた返事を一言だけした。
「その話、嘘じゃないよね」
「ええ、勿論。有名な話なので知っている人も多いですよ」
 少なくとも妹紅は知らなかった。慧音なら知っていただろう。妹紅が知らなかったのは、それだけ阿求と接点が無かったからに違いなく、彼女と普段から付き合いのある人間にとっては周知の事なのかもしれない。
 ――しかし、この子がね。
 妹紅は横眼に阿求の姿を窺いながら思った。話の通りなら、二十年後には阿求は確実にこの世を去っている。それどころか、十年も怪しいかも知れないと云う。十年と云えば、妹紅にとっては長い時ではない。誰にとっても、明日というのは寝て覚めればすぐにやって来る様に、妹紅にとって、十年後の世界というのは手を伸ばせばすぐに届く近い未来なのだ。
 阿求の告白は、正直、信じられないという思いがした。傍目からはそうは見えないからだ。
 しかし、妹紅とて一見しただけで千年以上を生きている様には見えないだろう。つまりはお互い様だ。
 だが同時に、阿求の歳以上に洗練された物腰を思えば、何とは無く納得のいく話でもあった。早くに死ぬから――早く大人にならなければならないという彼女なりの意識が働いているのかもしれない。或いは、稗田家の当主という立場がそうさせているのかもしれない。いずれにせよ、この子は普通の人間とは違う、重い物を背負って生きているのだ。
 妹紅の心の中を占めていたのは、こんな重要そうな話を――何故この状況下で、何故この私にするのか、という戸惑いである。
 と、同時に不思議な憤りもあった。それはたぶん、阿求が不意打ちの様に、自信に関わる重大な話を一方的にした所為に違いなかった。妹紅にすれば、何だか無理やり重い物を背負わされたという感じがしないでもない。
 妹紅は髪を掻き、大袈裟に溜息を一つすると同時に、そんなもやもやとしたを持ちを吐き出した。
 思う事は唯一つ。
 何はともあれ、そういう運命に生まれたのなら――そういう風に生きるしかない、という事だった。
 妹紅がそうであった様に、どんなに滅茶苦茶な宿命でも、結局はそれを受け入れるしかないのだ。そういう自分自身を。
 そして、阿求はたぶん、そんな自分自身を認めている筈だと妹紅は思った。
 阿求が眼を細めて笑う。
「何か御感想は?」
「んー、特には」
「可哀想だとか、慰めたり、頑張れって励ましたりとか――」
「しないよ。だって、阿求はそんなもの要らないでしょ?」
 妹紅は少し不貞腐れた様な顔をして、阿求に云った。
「だって、阿求。そんなに弱くないでしょ?見てて分かるもの」
 阿求は眼を見開いて絶句した。そして、暫くの間、妹紅の顔をマジマジと眺めていたが、やがて、凄いと一言漏らした。
「慧音さんと全く同じ事云ってる」
「慧音と?」
「そうです。慧音さんに以前、全く同じ事を云われました。阿求は弱くないだろう、って。寿命が短いだとか、そんな運命に生まれた処で阿求は負けないだろうって」
 着物の裾で口を押さえて、くすくすと笑う。
「あぁ、可笑しい。御阿礼の子が長く生きられないというのは、稗田の人間とって重大な事で、厭でも意識せざるをえない事なんです。そもそも、御阿礼の子は幻想郷縁起を執筆する為だけに生まれてきます。転生後も記憶を引き継ぐ為に、死ぬ前から準備をし、死後も閻魔様に奉仕するという契約してまでです。何故、そこまでするか分かりますか?」
「さぁ――どうして?」
「人を妖怪等の天敵から守る為です。と云っても、御阿礼の子に妖怪を調伏する様な特殊な能力があるかと云えば、そうではありません。御阿礼の子は、幻想郷という土地に住まう魑魅魍魎、百鬼夜行を成す妖怪達について調べ、纏め上げ、知識として人に与えます。正しい知識により人を導き、助ける、というのが私の――そして『私達』の使命なのです。博麗の巫女が幻想郷のバランサーとして幻想郷全体に奉仕する様に、御阿礼の子は人間が生み出した、人間の為のシステム――人が生き残る為の智慧なのでしょう。だから、御阿礼の子というのは、単なる個人の領域を逸脱しています。人を守る為の公共の存在ですからね。だから、稗田家の人間にとって、御阿礼の子を輩出する事は、誉れであると同時に、後ろめたい事でもある」
「――人身御供みたいなもんか」
「そういう見方も出来るでしょう。百年毎に生まれて来る子供一人の人生を台無しにして、代わりに里全体に貢献するという訳ですから。だから、私の一族は、私という人間を――稗田阿求という人間をとても大事にします。当主として、崇め奉り、大きな権限を与えてくれます。でも、私、本当云うとそんなのちっとも嬉しくありません」
 阿求は不敵とも云える笑みを浮かべた。
「阿一より数えて九代目。こんな生き方、止めようと思えばいつでも止められたのです。それを今まで続けて来たのは、他でもない歴代の御阿礼の子――そして『私』の意思なんです。だから、私、舐めんじゃねーよ、って思うんです」
 阿求の口調の変化に、妹紅は眼をしばたかせた。
 阿求はくすくすと笑う。
「私、強いんです。周囲が思っている以上に、自分が思っている以上に――。だから、同情なんてされてくはないし、慰められたり、応援されるのなんて真っ平御免です。そんな私の気持ちは、普通の人には中々分かって貰えません。なのに、慧音さんや妹紅さんには分かってしまうんですね――阿求は弱くないだろ、って。何故でしょう?長く生きているから?それとも人間じゃないから?」
「私は人間だよ」
 妹紅は憮然として云った。
「それに慧音も人間――半分だけだけどね」
「ふふ、別に人間かどうかなんてどうでもいいじゃないですか。それにきっと、御阿礼の子も普通の人間に比べれば、ずっとあやかしに近い存在ですよ。慧音さんも、妹紅さんも、私も。皆、危うい境界上にいるんです。その気になれば、何時でも『向こう側』へ渡れる様な場所に――」
 ほう、と妹紅は息を吐いた。
「――だから、私に話したの?」
「そうです。妹紅さんは死なないから――」」
「死なない人間になら――早くに死んでしまうという人間の気持ちは分かると思った訳だ」
 事実、妹紅には阿求の気持ちが何となく分かった。分かってしまった。
 死なないという事で疎外され、迫害される事も。
 早くに死んでしまう特別な子として大事にされ、神聖視される事も。
 周囲の人間には理解できない孤独さを孕んでいるという意味では同じだ。
「本当は機会があれば、もっと早くにこうして妹紅さんと話したかったんですけどね」
 阿求は夜空を見ながら呟く。
「慧音さんから妹紅さんの存在を聞いた時、私とても驚きました。永遠を生きるなんて、なんて哀しい事なんだろうって。どうしてそれで心が平気なんだろうって。でも、結局はたぶん私と同じなんだと思いました。寂しいけど、辛いけど、それが宿命なら受け入れるしかない。それを否定したら、今の自分自身まで立ち行かなくなっちゃいますから。ですから、妹紅さん――」
 阿求は今にも泣きそうな顔をして、妹紅を見詰めた。
「話して頂けませんか、貴方の事も」
「いいけど――長くて詰まらない話だよ」
 厭だ、とは妹紅は云えなかった。
 阿求の話の中に、妹紅が自身の似姿を見出した様に、妹紅の存在は阿求にとって、これから生きて行くのに必要な心の糧となるのだろうと云う予感があった。
 妹紅は空を見上げながら、滔々と語り出す。星と月の明かりで酔いそうな気分だった。
「昔々――、千年以上前の事。『ある事』が切っ掛けで、私は老いも死にもしなくなった」
 ある事――父親への愛情が変な風にねじ曲がり、結果的に罪を犯し、不老不死という罰を与えられた。
 その詳細は黙して語らず、しかし、自分の心境だけは素直に語った。
「その――生き続けるというのは、結構、辛い。親しい人が皆、自分より早く死んで寂しい思いをしなきゃいけないし」
 阿求は無言で頷いている。妹紅は淡々と続ける。
「それに、普通の人間みたいに暮らす事はできない。歳を取らない、死なないってのは異常だからね。きっと不老不死に対するやっかみや、嫉妬もあるんだろうけど、やっぱり単純に気味悪いんだと思う。白い眼で見られるのはまだしも、石投げられたり――私は妖怪じゃないっての――でもやっぱり周囲はそう思ってくれない訳。だから普通の人間達の世界で生きていこうと思ったら、人並みの生活は諦めて、あちこちを転々としつつ、殆どその日暮らしでやって行くしかなかった。だから、この千年はほぼ放浪生活だったよ」
「千年は――長いです」
「どうかな――。長いと思ったのは最初の百年くらいで、後はもう時間の間隔がおかしくなって来てたからね。時々、自分が本当に生きているのか、それともずっと昔に死んでいて、ずっと覚めない夢でも見てるんじゃないかと思う時があった。酷いもんだよ」
「――心が折れたりはしなかったんですか」
「うーん、たぶん、何度も折れそうになったと思うよ。でも、死にたくても死ねないし――それにほら、辛いと余計に生きてるって実感が湧くじゃん。寒いとかお腹減ったとか痛いとか。そうすると厭でも、慥かに生きてるのを感じてしまう。ああ、ズタボロになっても私ちゃんと生きてるんだって――」
「生の実感ですか」
「たぶん、それだよ。永遠だからこそ、一瞬一瞬を大切にしたい。ああ今慥かに私は生きてるなって、些細な事が凄く新鮮に感じられたりする、そんな感覚の大切さは誰よりも分かっているつもりだよ。月が奇麗だな、花が綺麗だな――。今日はあの人とこんな事を話せて嬉しかったな――とか。だからある意味では、この忌々しい永遠の命にも感謝している――尤も、そう思える様になったのは最近になってからだけどね」
 阿求は少し考え込むそぶりを見せた後、真摯な口調で云った。
「私も妹紅さんと同じ――少なくとも似た事を考えていると思います。私は長く生きられないからこそ、今の一瞬を大切にしたいと思うし、生きている事の感触をもっと味わいたいと思う。だから、長くは持たない忌々しい体だけど、同時に感謝もしているんです。勿論、普通の生き方ができるならばそれに越した事はないんですがね」
 それきり二人は押し黙った。
 薄暗闇の中、僅かな距離を隔ててお互いの吐息を感じる。
 それはつまり、二人とも生きているという事だ。
 片や、永遠に続く命。
 片や、約束された薄命。
 少しばかり運命の采配が違っていれば、普通の人間として生きられたかも知れない二人だ。
 しかし、そうはならなかったし、だからこそこうやって出会えた二人でもある。
 そして、正反対の運命だからこそ、曇りのない眼ではっきりと相手の姿を捉える事が出来た。
 一片の誤解もなく、相手の立場、感情というのを我が事の様に感じる事が出来た。
 不思議な共感――。
 本来なら交わる筈のないモノが交差したという感触――。
 大切なモノを共有できたという奇妙な慥信――。
「やっぱり可笑しい」
 やがて、阿求が小声で笑った。
「こんな時って、何で私って生きてるんだっけ?ってそんな気分になりません?」
 妹紅も笑って頷いた。
「うん。生きてるとか死んでるとか、あれこれ考えるのがバカバカしくなるよ。そんな事に一々悩まなくたって私はちゃんと生きてるのに」
「だけど、そう考えられる事自体、今、こうして生きているからでしょう」
「慥かに、死人は自分が死んでる事には悩まなさそうだ」
「死ねば、死ぬ事の不安から解放されますからね。だけど、輪廻の輪に入っている限り、いつかは生を受け、再び死の不安と直面しなければならなくなる。三界の狂人は狂うせる事を知らず、四生の盲者は盲なる事を識らず、生の始まりに暗く、死の終りに冥し――私達は結局、訳も分からないまま生まれて、理由も分からずに死んで、終わりのないリーインカネイションを繰り返すだけなのかもしれません」
「閻魔様の裁判制度やあの世という場所も、早い話、転生っていう大きなシステムに必要な装置だからあるんだよね?だったら転生って何なんだろう。生まれ変わるって事に何か意味はあるのかな」
「人の求める様な意味なんて無いと思いますよ」
 阿求は淡々とした声で云った。
「仮にあったとしても、人間の尺度で測れるような理由ではないと思います」
 と、阿求は境内から見える桜の樹を指差して云った。
「例えばですね、桜は毎年、春になると花を咲かせます。そして、すぐに散ってしまう。散って落ちた花びらは、やがて土に還り、樹の養分となる事もあるでしょう。つまり、循環している訳です。もし、一枚一枚の花びらを人とするなら――どうですか?」
「咲いては散り、咲いては散り、か。樹にとっては大事な事だけど、散って行くだけの花びらにとってそこに何か意味はあるのか云えば――無いだろうねぇ。ただ、それはそういう風になってるってだけで――ふん、人間の魂の輪廻もそれと同じか」
「恐らくはそうです。輪廻というシステムの理屈は説明できても、結局、その存在理由に答える事はできません」
「私達の存在に必然性は無く、ただ、そこにあるだけ――か。虚しいと云えば虚しいけど」
「一切は空なり、とお釈迦様も仰っています」
「結局、生きている事は、虚無と紙一重なのかな」
 かつて目撃した、累々と積み上げられた死体の風景を思い浮かべながら、妹紅は云った。
 あの圧倒的な虚無というのは何も特別なモノではなく、日常から薄皮一枚隔てた場所に常に存在し、それを見た者を深淵に引きずり込もうと口を開けて待ち構えているのかもしれない。要は、それに気付くか否か、或いは、見ても見ぬ振りをできるかどうかという事だろう。
「――もう今夜はそろそろ寝ようか。大分寒くなって来た」
 ふっと息を吐くと、気恥ずかしさを隠す様に、ぶっきら棒な声で妹紅が云った。
「そうしましょうか。風邪なんて御免ですからね」
「私は引かないから平気だけどね。忌々しい体だけど、こういう時だけは便利だ」
「羨ましい」
「そう思うなら私の肝でも食べてみる?病気にならない体になるらしいよ。その代わり、死ね無くなるけど」
「でも、そうすれば面倒な転生もしなくても済みますね」
 阿求は可愛く笑うと、考えておきます、と冗談めかして云った。
 妹紅も釣られて笑う。心の中がぽっかりと暖かい。良い気分で眠れそうだった。
 
 
 良寛は、真言を微かに響く声で、疾く、何度も繰り返し唱えている。
 ――帰命不空光明遍照大印相摩尼宝珠蓮華焔光転大誓願。
 深夜を回ったが、通夜はまだ続いている。
 元より弔い客も殆ど姿を見せない、形だけの儀式ではあった。
 しかし良寛にとっては、大凡初めて、本気の通夜であった。
 ――徳次郎さん、何故あんたは死んだ――。
 蝋燭の炎がちろちろと燃え、徳次郎の遺骸と、本堂の中心に居座る薬師如来とを陰影濃く照らし出している。
 若しかしたら、救えたのではないかと良寛は思う。
 鈴の通夜を執り行った夜――もう少しでも坊主らしい事でも云えていたら。
 ――しかし、拙僧に何が云えたと云うのだ。
 時間が経てば娘を亡くした痛みも忘れる事は出来る。だから明るく前を向いて生きろとでも諭せと云うのか。
 ――無駄だ。
 明日の事も考えられない程に打ちのめされるからこそ絶望なのだ。
 それを、医者が薬を処方する様に、言葉で慰めて恢復させられると安易に信じられる程、良寛は若くは無かった。
 ――死人を生き返らせる事などは――出来ますでしょうか。
 あの夜、徳次郎はそう云っていた。徳次郎にとって、鈴の蘇生こそが唯一絶望から救われる手段だったに違いない。
 しかし、死者の蘇生など不可能であるからこそ徳次郎は、自ら命を儚み死ななければならなかったのだろう。
 ――死人を蘇らせる事が出来るのならば。そんな術が本当にこの寺に伝わっているのなら。
 ぐっと、良寛の内に黒い想いが渦巻いた。
 ――拙僧がやっておる。
 しかし、死人が蘇った処で、以前の日常が戻って来るとも良寛には思えなかった。
 死人は死んだ時点で、この世と切れている。葬儀をし、社会的にもその死が認められた人間を、再び蘇らせた処で、再び人間の社会に復帰できるとは思えなかった。周囲からは忌み嫌われるだろう。里の中で生きて行く事は出来まい。何処か遠くで隠れて住むしかないだろう。
 ――だから、徳次郎さんは死んだのか。
 鈴が帰って来ても、以前の生活は戻って来ない。だから――。
 ――分からん。
 良寛は只管、経を唱え続ける。唱え続ける事しか出来なかった。
 
 
「――妹紅――妹紅」
 暗闇の中、耳元で自分の名前が囁かれている。
 頬に僅かに感じる吐息。人の気配。畳の、体重の掛かった場所が小さくみしみしと音を立てている。
「慧音――?」
「静かに。阿求が起きる」
 真っ暗闇の中、慧音の囁き声がした。
「そろそろ頃合いだ。森へ行こう」
 衣ずれの音がし、障子がゆっくりと開いて行く。
 妹紅は音を出来るだけ立てない様に、細心の注意を払って布団を抜け出すと、枕元に置いてあった弓矢を手に、室内を出た。
 やたらと床板が軋む庫裡を、泥棒のように抜き足差し足で抜け出し、漸くほっと息が付けたのは本堂裏の森に入ってからだった。
「阿求、置いて来てよかったの?」
 前を悠々と歩く慧音に尋ねる。
 慧音は振り返りもせず、いいんだよ、と答えた。
「この先に待ち受けているモノを阿求に見せる訳にはいかない。皮肉なものだが、この場合、一度見たものを忘れられないという彼女の能力は諸刃の剣だ。彼女は怒るだろうけど、仕方がない。後で謝るしかないな」
「んー、以津真天退治じゃないの?」
「それは追々――。先にすべきは鈴の仏様を取り戻して、きちんと供養してやる事だ」
「鈴ちゃんの遺体がこの森の何処かに?」
「そうだ」
「茶屋で消えた遺体は、この森に運ばれてたって事?どうして?」
「この森は世間からは離れ、おまけに人も妖怪も近寄らないと来ている。犯人にとっては絶好の隠し場所だったのさ」
「ふぅん。それで――遺体は何処にあるのか分かってるの?」
 いいや、と慧音は首を振る。
「分からない」
「分からない?」
「分からないが、向こうから見つけてくれるさ。その為にわざわざこの山で通夜をしたんだ。何をしているのかと、興味心から必ず現れる筈だ。たぶん、この辺に居る」
「犯人が?」
「さてね――もうすぐ厭でも分かる。それで妹紅、一つ忠告しておくが――これから眼にするモノについては深く考えない方がいい。同情したり、理解しようとしても無駄だ。私達に出来る事は一つしかない。すなわち、速やかに本来あるべき姿に返してやる事だけだ」
「――大袈裟だよ」
「かもしれないね。でも、出来れば、その役目は妹紅の力でやって欲しいんだ。焼いてやるのが一番いいからね」
「それなら大丈夫。さっき矢に符を巻き付けておいたから」
「そうか。でも、無理だと思ったのなら構わず云って欲しい――私が、やろう」
 月光は冴え渡り、桜の古樹のごつごつとした肌を克明に照らし出している。あの夜、妹紅が右往左往して何とか切り抜けた森の木々は、しかし今夜は逆に、妹紅を受け入れるかの様に、整然と列を成して並んでいるかの様に思えた。慧音の長く伸びた後ろ髪も光を浴びて、きらきらと輝いている。その後ろ姿を追いながら、妹紅は奇妙な感覚を味わっていた。
 ――こういう場所を知っている気がする。
 既視感というやつだろうか。付き出た枝のアーチを潜りぬけながら、妹紅が感じていたのは懐かしさだった。
 桜の森――。
 春に満開になったら、よく一緒に歩いた――。
 ――よく一緒に?
 ――誰と?
「なあ妹紅」
 ふいに慧音の声がした。
「人と妖怪の境目というのは何なのだろうな」
 相変わらず見えるのは背中だけで、慧音の表情は窺いしれない。
 妹紅は少し不安になる。
「――慧音?」
 慧音は、そんな妹紅の心配など見透かしたかの様に軽く苦笑する。
「ふと思っただけだよ。こうやって月明かりを浴びると、気分が昂ぶってくるのが自分でも分かる。そして、そんな時、私は自分の中に流れる人のモノでは無い存在を強く自覚するんだ。私は人と妖怪の狭間に立っている。しかし、その厳密な境目が何処にあるのかは私自身にも分からない」
「阿求がさっき云ってた。慧音も私も、それに阿求本人も、普通の人間よりはずっとあやかしに近い存在だって。その気になれば、いつだって『向こう側』へ飛び越えて行けるんだって」
「そうだろうな。だがそれは普通の人も同じだと思う。その気になればいつだって『向こう側』へと足を踏み出せるんだ。この事件の犯人もきっとそうやって、越えてはいけない一線を越えてしまったんだろうさ」
「犯人ね――結局、そいつは誰なの?慧音は知ってるんでしょう?」
 それはね、と慧音は悲しそうな声で云った。
「徳次郎さんだよ。茶屋の事件の犯人は」
 
 
 阿求は、慧音と妹紅が出て行ったのを確認してから布団から飛び出した。
「真逆、二人して私を置いて行くなんて」
 自分の非力さはよく知っている。妖怪退治に付いて行っても出来る事は無く、下手をすれば足手纏いに成りかねない。
 しかし、こうもあっさりと置いて行かれるとは思わなかった。隣で見学くらいはさせてくれると思っていたのだが、どうもそう甘くは無いらしい。
 阿求は防寒対策をすると、庫裏の外へと出た。やはり夜の山は寒い。余り長い間、外にいると風邪を引きそうだ。だけど置いて行かれて、蚊帳の外というのも気に食わない。
 ――森に行こうと慧音さんは云っていた。
 本堂裏に広がる森を見遣る。月が出ていても、そこだけは薄暗い。森の中に、しかも一人で乗り込んで行くのは気が引けた。だが余り迷っていると、先に行った二人から完全に置いていかれてしまう。二人を尾行して、何とかしても今夜起こる事を見届けなければならない。
 阿求は震える体に活を入れると、森の中へと足を踏み入れた。
 月の光の当たる場所だけが白っぽく、影になった部分は完全な闇に覆われていて、白と黒のコントラストが際立っている。
 それはまるで御伽噺に出てくる影絵の世界の様。
 ――二人は何処だろう。
 阿求は早足で駆けるが、足元は走り難い事この上ない下駄履きで、速度が出ない。何より、人並み以下の阿求自身の体力が枷となり、追走は困難を極めていた。ぜぇぜぇと息を切らせながら、歩くよりは少しマシな程度の速度で暗い森を行く。
 右を見ても、左を見ても、桜の老木ばかり。天才的な記憶力を持ってしても、現在の位置の把握は難しく、暫くしてからあっさり道に迷った事に気付いた。
「ど、どうしましょう――」
 本当を云えば、途中から少し変だとは思っていたのだ。何時まで経っても二人に追い付けない処か、二人が歩いた跡さえ見つからないというのは。どうやら途中から、全く見当違いの脇道に逸れてしまったらしい。
 ここは一旦引き返すべきだと思ったが、後ろを振り返った途端、阿求は呻き声を漏らした。
 ――帰り道が分からない。
 目の前には、ただ暗闇だけが広がっている。
 それでようやく自分がどれほど深く森に足を踏み入れてしまったのか気付いた。
 今更――本当に今更、怖くなる。
 ――落ち着いて。冷静にならないと駄目だ。
 休憩も兼ねて、木の根元にしゃがみ込みながら、阿求は思案した。
 最悪、傾斜のきつい方向を目指して歩けば、いつかは頂上に辿り着く。そこからならば下る道を見つける事も可能だろう。或いは、下手に動かず、このまま待っていれば誰かが迎えに来てくれるかもしれない。しかし、いずれにせよ、今夜起こる事をこの眼で慥かめる事は出来なくなるだろう。それでは、折角、事件に首を突っ込んだ意味が無い。
 ――でも、本当にそうなんでしょうか?
 しんと静まった闇のなか、冷たい風が頬を撫でる。その中で、阿求はじっと動かずにいた。そうすると、体の境界線が消えて、闇に溶け込んで行くような錯覚を覚えた。
 ――私は一体、何がしたかったんだろう。
 死体の神隠しだ何だのと云って、騒いでいたのが段々莫迦らしくなってくる。
 要するに、自分は羨ましかったのだ、と阿求は思った。
 巫女や魔女やその他大勢が、やれ異変だ何だのと『事件』に立ち向かい、解決していくのを噂に聞きながら、何時しか事件そのものよりも、事件を解決する彼女達の方にばかり気を取られていた。
 観察者では無く、物事の主体として事件に関われたら――。
 そんな子供っぽい思いがいつの間にか、心の中に芽生えていたのだろう。そして、それが死体の神隠しという自分でも参加できそうな事件を前にして、ついに堪え切れなくなったのだ。
 ――何だか、鈴ちゃんには悪い事をしたかもしれない。
 消えた仏様が、知人だったというのを、自分が事件に関わる為の云い訳にしてはいなかっただろうか。
 それによって事件の本質を見落としてはいなかっただろうか。
 果たして、自分は一体、この事件の終りに何をみるつもりだったのだろう――?
 じゃりっ。
 黙考を引き裂く様に、人が土を踏む音がする。
 ぎょっとして阿求は顔を上げ、森の木々の間を窺う。
 暗くて、よく見えない――。
 でも、何かが動いているような気配がする。
 阿求は唾を飲み込む。
 慧音と妹紅では無い。二人分の足音では無いし、あれはもっと小柄で小さな――。
 阿求はそっと立ち上がり、音のした方向を見た。
 遠く、老木と老木の隙間を縫って、ひらひらと白い布が揺れているのが見えた。
 布――むしろ、帯か。
 それもたぶん、経帷子か何かだ――。
 阿求は肌が泡立つのを感じる。
 ――追いかけましょうか。
 この期に及んで、まだ阿求の中には好奇心が残っていたらしい。
 堪え切れず、我慢できず、阿求はゆっくりと、何かが去って行った方向へと歩き出した。
 不思議と今度は迷いそうに無い。むしろ、何かに導かれているかの様な妙な気配があった。
 やがて、大きな広場が見えてくる。その中央には一際大きな桜の樹――。
 ――そうか、ここが妹紅さんの云っていた場所か。
 そして、徳次郎さんが首を吊った場所だ。
 阿求は暫しの間、自分がその場所に立っている意味を考えた。
 きっと此の場所では、生者も死者も大した区別は無い。或いは、その境界が激しく揺らいでいる。きっと、そんな特別な場所なのだ――。
 根拠の無い、そんな予感が脳裏に閃いた。
 ――以津真天。
 しかし桜の樹を見上げても、妹紅が見たという怪鳥の姿は無い。
 そして、その代わりに――。
 桜の根元に、一人の女の子が立っていた。
 白い経帷子を身に纏って――。
 阿求は首を傾げ、自分でも意識せぬままにその名を呼んだ。
「――鈴ちゃん?」
 女の子が振り返る。
 阿求は大きく眼を見開き。
 絶叫した――。
 
 
「徳次郎さんが犯人って――ッ。自分の娘の死体を盗んだの!?」
 妹紅は自分の顔が引き攣るのを感じた。
「どうして!?」
 慧音は歩みを止め、振り返ると、無表情に云った。
「自分の娘の死体だから、だ。いいかい、妹紅。茶屋の密室の境界条件は、突き詰めれば、外にいた人間には死体には指一本触れられないという証明にしかならない。それを額面通りに受け入れて考えるならば、犯人は徳次郎さんでしかあり得ない。静さんが共犯という可能性もあるが、その後の行動から顧みるに彼女はシロだ。何せ娘が天人になったと本気で信じていたのだからな」
「で、でも良寛さん達が踏み込んだ時には、鈴ちゃんの死体は消えてて――」
「一時的に隠されていたのさ。徳次郎さんがやったんだ。死体は母屋の外に出たとは限らない。天井裏、押し入れの中、床の下――何処でも良いんだ。ほとぼりが冷めてから、改めて死体を運び出せばいいだけの話だ」
「それが――密室のからくり」
「からくりなんて大層なもんじゃない。文字通りの密室であれば、外から内に入る事は出来ないんだ。それが普通なんだ。なのに、外部犯の存在を仮定したりするから奇妙な状態になるんだ」
「だけど――徳次郎さんは死んだ。でも、それって本当に自殺だったの?真逆、誰かに殺されたんじゃ――」
「落ち着け、妹紅。そうじゃないんだ。これはそんなに複雑な事件じゃない。茶屋の事件の犯人は徳次郎さん、そして彼は自殺した。これでもうこの事件は幕なんだ」
「だったら私達が今している事は――」
「云ったろう。鈴の供養をしてやる事だ。そうでないと事態はもっと悪くなる」
「以津真天は死体のある処に現れる――。あの以津真天は鈴ちゃんの遺体が生み出した?」
「違う。あの怪鳥は――」
 叫び声が木霊した。
 慧音と妹紅が顔を見合わせる。
「今のって――」
「阿求だ。しまったッ!」
「何であの子が森に」
「詮議は後だ。急げ妹紅!!」
 慧音が走る。妹紅も後に続き、肩に掛けた弓を落とさない様に走る。
「阿求――くそっ、慧音、阿求は何処!?」
「こっちだ!」
 森を突っ切り、大きく拓けた場所にまろび出た。
「慧音、此処――ッ」
 正面、大きな桜が佇んでいる。他でもない、妹紅が妙な幻覚を見た場所だ。
 その樹の下、阿求ともう一人――妹紅には、兵児帯の着物を着た、背の低い――小さな女の子に見える。
 が、近付くにつれて、それが人ではない事が分かった。
 じわりと妹紅の背中に冷たい汗が広がる。
 遠目にも分かる。四肢は慥かに付いている。頭もある。だから、ヒトガタには違いない。
 だけども、その肌色はくすみ、黒とも緑とも付かない形容し難い色をしていて、髪も蓬髪で針金みたいだった。おまけに、体の構成が何所かちぐはぐで、よく見てみると腕が左右で長さが異なっている。例えるなら、壊れた人形を無理やり直したような感じだった。一言で云うなら――おぞましい。人間の美的感覚にそぐわず、誰もが嫌悪感を覚えずにいられない様な存在だった。
 その異形が、一歩、阿求へと足を踏み出すのが見えた。
 阿求がもう一度悲鳴を上げて、後ろに下がり、途中で扱けて尻餅をつく。
 ――ちくしょう。この女の子は――。
 ――これを退治しろって――慧音はなんて事を――。
「妹紅やれるかッ!?」
 慧音の力強い声。妹紅はそれで、自分が立ち尽くしたままになっていたのだと気付いた。
 思わず慧音に説明を求めたくなる。どうなってるんだ、と。
 しかし、どんな言葉を聞いても、この場のこの現実は変わらないだろう。
 カッと頭の中が熱くなる。浮かんで来るもやもやとした気持ちを捩じ伏せ、転んだ阿求を見る。
「――やれる」
 慧音が頷き、阿求に向かって走り出す。しかし、その距離は遠く、目算でも軽く二十間は離れている。
 途中、人に似た何かが――人だった何かが気付いた。駆けてくる慧音の方へと振り向く。
 遅い。妹紅は自分の一挙手一投足がとてつもなく遅く感じる。苛立ちを感じながら矢を取り出すと、弓に番えた。
 考えるな。同情するな。理解しようとするな――あれは人間じゃない。
 妹紅は躊躇も無く弦を引くと――息を調え――撃った。
 ひょう、と風を切る音がする。
 矢は虚空を一瞬にして渡ると、走る慧音を一瞬で追い越し、少女だったモノの薄い胸板を貫いた。
 と同時に、矢に巻き付けられた符が発火し、異形の少女を体内から焼いた。ついで、炎は舐める様に経帷子を燃やし、全身を覆い尽くす。
 少女が燃える。燃える火柱となる。それでも倒れない。不思議そうに炎に包まれる自分の体を見詰めている。
「――あ゛ぎゅう゛お゛ねぇぢゃん゛」
 ぞっとする耳を覆いたくなるような、壊れた鈴の様な音。
 少女が燃える手を、阿求に伸ばそうとする。
「あぁッ――鈴ちゃんッ!!」
 阿求もまた手を伸ばし、それに触れようとする。
 そこに阿求の元へと駆け寄った慧音が、彼女を抱き竦め、守る様にその場から引き離そうとした。
「やぁ、やめて!慧音さんッ、鈴ちゃんが――」
 阿求がもがき、抵抗する。
「見るな、阿求ッ!鈴じゃない、鈴はもう死んだんだ」
 慧音が阿求の眼を覆う。体を呈して、炎から守ろうとする。
 ごぉう、と火柱が大きく爆ぜた。横に倒れ、暫くの間、もぞもぞと動き続けたが、やがて止まり、そのまま動かなくなった。
 妹紅は弓を捨て、阿求に駆け寄る。
「阿求ッ!!」
 慧音の腕の中で、阿求は小さくなって震えていた。燃え盛る炎に赤々と照らされた横顔には、行く筋もの涙の跡が見える。
「ああ、妹紅さん――私」
 妹紅は阿求の横へと座り、その手を握ってやった。
「怪我は?怖くなかった?」
 いやいやと阿求は首を振る。見開いた大きな両の眼は妹紅を見ていなかった。
「ああ、違うんです、そんなつもりは無かった――私はあの子に――ああッ、ごめんなさいごめんなさい、鈴ちゃん」
 阿求は地面に顔を伏せ、大声で泣き始めた。
 これまでの大人びた阿求からは信じられない、突如として年相応の子供に戻ってしまったかの様だった。
 妹紅は掛ける言葉も見つからず、ただ阿求の背中をさすってやるしか出来ない。
「妹紅、彼女を頼む」
 慧音は二人の傍を離れると、白い煙を立ち昇らせながら、既に殆どが焼けて灰になった少女に近付いた。
「さっきのそれが――鈴ちゃん?」
 妹紅が聞く。
 そうだ、と慧音が陰鬱な声で云う。
「人の魂は三魂七魄で出来ているという。三魂は天に昇った後も、七魄は暫くの間、死体の中に残るそうだ。もしこの時、三魂を吹き込んでやれば死体はどうなるのか――」
「蘇る?」
「そう。それが古今東西に伝わる『死人を蘇らせる術』の基本だ」
 慧音はやがて灰の中から、白い物体を取り出してきた。そして、懐から取り出した白布で丁寧で拭いてやる。
 淡い月光に照らされて、白い物体が艶々と光る。
 妹紅はぎょっとしながらも、それに目線が吸い込まれた。阿求も泣きじゃくりながら、ジッとその物体を見詰めた。
 それは白い――人の骨だった。
「鈴の仏様だ。ようやくこれで本当に葬儀が出来るな。徳次郎さんも浮かばれよう」
 慧音は殆ど灰になった骨を掻き集め、白布で包むと、大切に掻き抱きながら呟いた。
 一連の騒動の事の発端になった仏様が漸く見つかったのだと妹紅も理解した。肩の荷が降りた様で自然と、はぁ、と気の抜けた溜息が出た。
「これにて一件落着?」
「ああ、一先ず今夜の一幕は終わりだ。当面の目的であった、鈴の仏様も取り返せたし、里の人間からすればこれで仕舞という事でも構わないのかも知れないが――しかし、この茶番にはもう一幕ある」
 慧音は立ち上がると、鋭い視線を桜の樹の上へと向けた。
 妹紅と阿求の視線もそれを辿る。
「――で、出た」
 妹紅が上ずった声を上げる。
 同時に、ひっ、と阿求が小さく体を震わした。
 極彩色の羽根で彩られた二枚の翼。
 同じ色をした長く後ろに垂れた尾羽。
 細く長く、鱗に覆われた蛇の様な体。
 そして――人の顔。
 以津真天が、そこにいた。
 何時からそこに居たのか――あの夜と同じ様に、悲しそうな顔でこちらをじっと睥睨している。
「あれが以津真天か――。成る程、思った通りの『顔』をしている」
 慧音は不敵に笑った。
「顔?」
 首を傾げた妹紅の傍で、阿求が身を震わせた。
「さ、西行寺――幽々子」
「はぁ!?西行寺幽々子ぉ!?」
 最初見た時からずっと誰かに似ているという気はしていた。
 云われてみれば、あの怪鳥の顔はどこぞの亡霊嬢によく似ている。顔の輪郭から――目元まで。
「な、何で、西行寺幽々子の顔を――」
 しかし慧音は静かに、違うよ、と云った。
「あれはね――由子さんだ」
「ゆうこ――?」
 怪鳥が羽根を広げて、夜へと飛び立つ。
 妹紅が素早く反応し、落ちた弓矢に手を伸ばそうとしたが、慧音が押し留めた。
 怪鳥はあの夜と同じ様に、上空を旋回すると、響く声で高らかに歌った。
「いつまで――いつまで」
 怪鳥は優雅とも云える動きで、そのまま何処ともなく去って行く。
 空が遠くで白み始めていた。
 残された者の耳朶に残る女の声。
 いつまでいつまで――。
*どうして本編よりあとがきを書く方が楽しいのでしょう。

オリキャラとか出てきますけど、何気に名前には元ネタがあります。
ネタばれになるので伏せておきますが、分かった人はによによ出来るかも知れません。
桐生
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コメント



0.610簡易評価
1.無評価名前が無い程度の能力削除
初顔合わせの時の描写が無いためか、妹紅と阿求の触れ合いがちょっと唐突かな、と。
良い対比の二人だとは思うのですが、ちょっと「言わされている」感じが。

誤字脱字等
・春風台頭→春風駘蕩    ・自信に関わる→自身   
・死なないから――」」→」が一つ余分

あっきゅんは新本格の読み過ぎだと思うんだ。