Coolier - 新生・東方創想話

ノーレッジ・ショー

2026/10/16 15:33:00
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※本作品はフィクションです。作中に登場する実在の企業・団体・商品・サービス等とは一切関係ありません。


―紅魔館、図書館。
二ヶ月にわたる魔法研究の缶詰生活を終え、久々に湯浴みを済ませた私はようやく人心地を取り戻していた。

濡れた髪を魔法で軽く乾かすと、書斎の安楽椅子にもたれ掛かり、お気に入りの本を開く。
湯上がりの火照った肌に図書館の冷気が心地よい。

「パチュリー様、紅茶が入りました。こうしてお顔を見るのも、お久しぶりですね」
「こあ、ありがとう。―そうね、研究に集中してずっと引き篭もっていたから…」
小悪魔がティーカップを卓上に置く。
ふと、小悪魔の髪が肩口で切り揃えられていることに気づいた。短い黒のケープも羽織っている。
「あら貴方、イメチェンしたのね」
「あ、気づいてくださいました?ちょっと短くしてみたんです。ケープは少し寒くなってきたので、お洒落も兼ねて」
小悪魔がその場でくるりと回る。
「ふぅん、中々似合ってるじゃない」
笑顔でそう呟きつつ、ティーカップを手にして一口含んだ。
「…うん、久々に飲む貴方の淹れた紅茶は格別ね」
何気ない素直な感想に、小悪魔はぱっと目を輝かせる。
「ありがとうございます!実はこちら、老舗紅茶ブランド『マ◯アージュ フレール』が誇る、
『アールグレイ・インペ◯アル』の茶葉を使っているんですよ!
厳選された春摘みのダージリンとベルガモットの爽やかな香りが絶妙に調和した、
贅沢なひとときを味わえるまさに極上の逸品です!」
私はカップを口元へ運ぶ手を止め、固まったまま小悪魔を凝視した。


tea


―しばしの沈黙。

「え、ええ…そう、ね…?」
…勢いに押されて、空気を読んでつい頷いてしまった。

一体、先程の台詞は何なのか。紅茶の宣伝のように聞こえたけれど…。
まさか、私をからかっているのだろうか。いや、小悪魔がそんな真似をするはずがない。
―考えていても仕方がない、この際本人に直接聞いてみよう。意を決して、口を開く。
「ねえ、こあ。今のは―」

その時、ドアが激しく開かれる音で図書館の静寂が破られた。
「パチュリー!スペルカードバトルしようぜ!」
―霧雨魔理沙だった。
「はあ…今、そんな気分じゃないんだけど…」
あからさまに気乗りしない風に溜息をつく。
「へぇ?じゃあ遠慮なく本を借りていくがいいんだな?」
「…ったく」

 ◆

色鮮やかな弾幕とレーザーが飛び交い、光の軌跡が薄暗い図書館を明るく照らす。
互いに弾幕の合間を縫うように避け、中々決着はつかない。が―

「ゴホッ…ゴホッ…!!」
喘息の発作が込み上げ、動きが硬直する。その一瞬の隙を魔理沙は見逃さなかった。
星型の魔法弾が目の前に迫り―まともに被弾した私は、本の散乱した床へ不時着した。

「くっ…」
床に膝をつき、悔しさを滲ませながら魔理沙を見上げる。
「へへっ!私の勝ちだな!」
「…調子に乗らないでよ。喘息の発作さえ起こらなければ―」
だが魔理沙は、私の言葉を遮るように朗々と言い放った。
「いや~、さすがは『◯キタ』の『ブロワU◯1102』だな!
ミニ八卦炉に溜まった頑固なススや埃が一瞬で吹き飛んで常に最高のパフォーマンスを維持できるし、
何より現場のハードな使用にも耐えるタフな設計が嬉しい一品だぜ!」
私は開いた口が塞がらなかった。
「…魔理沙、貴方何を言ってるの?」
「よし、じゃあ私はこれでお暇するぜ!じゃあな!」

魔理沙は本棚から手際よく二、三冊本を抜き取ると、箒に跨がって飛んで行ってしまった。
「待てー!逃がしませんよ!」
小悪魔が羽を羽ばたかせてその後を追う。

一人残された私は服の埃を払い、深く首を傾げた。
「一体、なんだっていうの…」

 ◆

―紅魔館、バルコニー。
満月の夜、私とレミリアはテラステーブルを挟んで向かい合って座っていた。
傍らには咲夜が静かに控えている。

「フフ…見なさい、パチェ。血に染まったかのような真紅の満月を。今宵こそ、我ら魔の眷属が真の力を解き放つ刻…」
「ええ…そうね…」

レミリアのいつもの厨二病めいた言動に、私は生返事を返した。
小悪魔と魔理沙のあの妙な台詞が頭から離れず、幾ら考えても疑問が積もるばかりで、完全に上の空だった。

咲夜が手際よくグラスにワインを注ぐ。私とレミリアはグラスを手に取り、カチンと軽い音を鳴らした。
一口含み、舌の上で転がす。
「うん、中々いけ―」
「この芳醇な味わいに、鼻に抜けるような円熟した香り…シャトー・ペ◯リュス。
フランスはボルドー地方の、黒粘土の特殊な土壌に恵まれた小さな畑から年間わずか約五万本しか生産されない幻の希少種。
絹のように滑らかな口当たりで、力強さとふくよかさを持ち、熟成に伴いトリュフや湿った土のような複雑な香りが漂い―」
「ちょ、ちょっと。ちょっと待ちなさい」

慌ててレミリアの口上を遮った。
「貴方、一体何を言ってるの」
レミリアはワイングラスを持ったまま、きょとんと目を丸くさせている。
「何って…何が?」
「なんでそんなわざとらしくワインの宣伝みたいな台詞を言ってるのよ」
レミリアは咲夜と顔を見合わせた。コイツは一体何を言ってるんだ、と言いたげな顔だ。
「だって、そういうもんでしょう?何しろ―」
「明らかに不自然でしょう!味だけならともかく、滔々とワインの産地に生産量まで語り始めるなんて!
こあも魔理沙も貴方も、一体どうしたっていうのよ!」

レミリアは戸惑いつつも、どこか憐れみの混ざった目で私を見つめてきた。
「…ねぇ、パチェ。貴方、研究明けで疲れてるのよ。今日はもう休んだほうが良いわ」
「お休みの際は『ブ◯インスリープ』の安眠枕をご使用ください。
抜群の通気性と3層9グラデーション構造の独自設計により、脳を冷やして最高の睡眠体験を…」
今度は咲夜までわざとらしい説明を始めた。

「あー、もう!それ以上言わないで!頭がおかしくなりそうだわ…!」
頭を抱え、私は逃げるようにバルコニーから空中へ飛び去った。

 ◆

紅魔館を飛び出した私は、夜空を切るように飛びながら一連の出来事について思考を巡らせていた。
唐突かつ不自然な商品広告。しかも、本人たちはそれがさも当たり前のように振る舞い、疑問にも思っていない。
ひとまず、この症状を『広告病』と名付けることにした。

そして、一つの結論に至る。
―これは、一種の異変ではないのか?

馬鹿馬鹿しい異変と一笑に付すのは簡単だ。
だが、幻想郷の実力者たちの認知を書き換え、操る―これは、相当強力な魔法または能力でなければ不可能だ。
そして、極めて危険な事象でもある。
今はまだ笑い話だが、例えば「敵と味方」や「善行と悪行」、更に言えばスペルカードルール自体の認知を書き換えてしまえば―
幻想郷は簡単に破滅へと陥るのだ。

それにしても…何故、私は無事なのだろうか。
罹患者たちとの相違点を考えると、真っ先に思い浮かぶのは種族差だ。
人間、悪魔、吸血鬼―だが、私は生粋の魔法使いだ。
魔法使いだけが持つ特殊な魔力が、広告病への免疫をもたらしたのだろうか。
となると―アリス・マーガトロイドならば無事かもしれない。

自分の仮説を証明するためにも、私はアリスの家へと方向転換した。

 ◆

「あらパチュリー。こんな時間にどうしたの?」
玄関先で出迎えてくれたアリスは、一瞬驚いた表情を浮かべた。

「ちょっと、貴方に相談があってね…」
「相談…?まあ、立ち話もなんだから入って」

小綺麗に整った室内の応接ソファーに案内される。アリスが淹れてくれた紅茶のティーカップから、ゆらゆらと湯気が立ち上っていた。
「どうぞ」
私はじっとアリスと紅茶を見比べた。
「…何よ」
「…この紅茶について、説明はしないの?」
アリスは片眉をひそめ、不審そうに私を見つめた。
「ただのアールグレイだけど…紅茶党の貴方なら、香りだけでそのくらい分かるでしょ」
その答えを聞き、私はあからさまに胸を撫でおろした。
「ええ、そうね。ありがとう、頂くわ」
よかった、アリスは無事のようだ。ほっとしつつ、紅茶に口をつける。
「そうそう、これ見てくれる?」
アリスが綺麗な布生地を手に身を乗り出してきた。
「この高級シルク生地、手芸専門店『ユ◯ワヤ』のものでね、肌触りと糸の通りやすさが段違いなの。
今ならなんと!会員登録すると常時10%オフの特典に加えポイントも―」
私は勢いよく紅茶を吹き出した。飛沫が紅い霧となって宙を舞う。
「きゃっ!?ちょ、あんた何してるのよ!」

「貴方も、既に…くっ!」
すっかり広告病に精神を蝕まれてしまった知人の姿に涙を呑み、私は再び夜空へと飛び去った。

 ◆

―一体、どうすればいいのか。
私は当てもなく夜空を飛びながら、考えていた。

アリスも罹患していたということは、発症の有無に魔法使いという種族は関係ないということだ。
では、何が要因なのだろうか。もっと根源的な、もしくは心理的な要素だろうか。

もはや、この幻想郷には私以外まともな人妖は残っていないのかもしれない。

「広告病に罹っていない人妖…」
ふと、思い浮かんだ顔があった。
「そうだ、フランなら…」
気が触れているフランドールであれば、広告病に侵されていないのではないか。

狂気とは、裏返せば純粋な心に他ならない。
広告といった、余計な異物が入り込む余地などないかもしれない。

藁にも縋る思いで、私は紅魔館へと引き返した―

 ◆

―紅魔館、地下室。
ノックをしてフランドールの部屋に足を踏み入れた瞬間、胸の奥が強烈に圧迫された。
狂気の笑みを浮かべ、フランドールは小さな手をかざし、握りしめる。
心臓を直接掴まれている―そう理解した時には、息さえ吸えなくなっていた。

「ぁッ…フラ…や、やめな…さ…」
胸を押さえて膝をつき、目端に涙を浮かべる私を見つめると、
フランドールは「あー?パチュリー?」と呟きあっけなく手を解いた。

床に崩れ落ち、激しく咳き込みながら必死に空気を吸い込む。冷や汗が背中を伝っていた。
「てっきりお姉様かと思っちゃった。ごめんなさい」
「相手がレミィだろうと…ぜぇ、ぜぇ…挨拶代わりに、軽々しく心臓を潰そうとするんじゃないわよ…」
悪びれもしない謝罪に、私は恨めしげに睨みつける。
荒い息を吐きながらも、私の視線はベッドに寝かされている、首の取れかかったテディベアへと注がれていた。

ようやく立ち上がり、息を整える。口内はからからに乾いていた。そして、慎重に言葉を紡ぐ。
「ねぇ、フラン…そのぬいぐるみ…どうやって手に入れたの?」
「…?なんでそんな事聞くの?お姉様がくれたものだけど」
フランドールは不審そうに首を傾げた。
「どのお店で買ったかは知ってる?」
「知ってるわけ無いでしょ。お姉様に聞きなさいよ」
「肌触りや質感、品質について、何か言いたいことはない?」
フランドールの笑みが、すっと消える。
「…ねえ、馬鹿にしてるの?もう一度、心臓をニギニギされたい?」
その言葉にヒヤリとするも、内心頷いた。
…これなら大丈夫そうだ。
私はこれまでに起きた事情を手短に説明した。

「へぇ…暫く引き篭もってる間に、今の幻想郷はそんなことになってたのね。私よりイカれてるじゃない!
―で、パチュリーはこの異変について目星は付いてるの?」
フランドールはベッドに腰掛け、脚をぱたぱたさせつつ試すように尋ねてくる。
「こういうのは、大抵八雲紫か摩多羅隠岐奈の仕業って相場が決まっているのよ。
隠岐奈は確か貴方のカレシだったわよね」
フランドールは露骨に嫌そうな表情を作った。
「いや、違うけど…え、何?もしかしてそんな噂になってるの?その…普通に迷惑なんだけど」
「…あら、そうだったの。隠岐奈がよく通ってるから、私はてっきり」
「まあ、それはともかく紫と隠岐奈が怪しいのは同意するわ」
そう言うと、フランドールはすぅっと息を吸い込んだ。
「おっきー!!来てー!!」

しん、と静まり返る。
「…犬じゃあるまいし。いくら何でも、仮にも幻想郷の賢者ともあろう者がそんな簡単に出てくるわけが―」
言い掛けた次の瞬間、何もない空間に突如として扉が現れ、勢いよく開かれた。

「ふ…私を呼んだかな?フラン」
余裕綽々といった体で現れた摩多羅隠岐奈だったが、私の姿を認めると一瞬眉をひそめた。

半ば呆れつつも私が事情を説明すると、隠岐奈は目を細めた。そして意味ありげににやりと笑い、腕を組む。
「ふむ、なるほど…私は関与していないから、紫がやったんだろうね」
「一体何のために?」
「大方予想はつくが…ま、それは本人に聞くといい。今は博麗神社にいるはずだから」
フランドールがベッドから立ち上がり、一歩前に出た。
「おっきー。なんで私とパチュリーは広告病に罹らなかったの?」
隠岐奈は顎に手を当てて考え込む。
「これはあくまで予想だが…貴方たちには『世間への関心』も『消費者としての欲』も、最初から存在しないだろう?」
フランドールが目をぱちくりさせる。
「純粋ゆえにモノに執着しないフランと、魔法以外に余計な興味を持たないパチュリー。
世俗から隔絶された二人には、そもそも『商品の宣伝』など成り立たない…といったところかもしれないね」
私は得心して頷いた。
フランドールが狂気ゆえに純粋だから広告病に罹らなかった…という見立ては概ね合っていたのかもしれない。

「ところでフラン…今度、人里の茶店に行こうじゃないか。
今、あの老舗和菓子店『と◯や』とコラボした秋の限定甘味が新発売されてね。
厳選された国産栗の豊かな風味が―」
「さ、パチュリーいこっか」
「ええ、そうね」
私たちは浮遊し、部屋を飛び立った。

 ◆

私たちは夜の空を博麗神社へ向けて一直線に飛んでいた。
もやのように白く薄い霧が漂っている。丁度ここは霧の湖上空のようだ。

ふと、先行していたフランドールが静止する。
行き過ぎてしまった私が旋回して隣へ戻ると、彼女は声をかけてきた。
「ねえ。私たち二人だけで紫と対決するつもり?それに、広告病を打ち破る秘策とかってないの?」
「…他に広告病に罹ってない奴の心当たりがないのよ。
秘策については…一つ考えがあるわ。広告自体を無意味にしてしまう秘策が、ね。私自身もダメージを被る、諸刃の剣だけど」
私はフランドールに秘策の内容を明かした。

「へぇ~、中々やるじゃない。それならいけるかもね…」
フランドールが私の説明を聞き、不敵に口元を歪める
「それと、一人いるじゃん。広告が通用しそうになくて、かつ大いに役立ちそうな奴が」

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、フランドールが私の顔を覗き込んできた。
しばらく思案を巡らせ―私の脳裏に、ある思い当たる顔が浮かぶ。

「もしかして…」
「そう、あいつよ。あいつにその秘策を―」

 ◆

―博麗神社。
私とフランドールは境内に降り立った。

縁側では八雲紫が静かにお茶を啜っている。
その奥の座敷には、博麗霊夢がだらしなく横になって眠っていた。

「八雲紫!広告病を感染拡大させたのは貴方ね?」
私の詰問に、紫の眉がぴくりと動く。
霊夢はその声によって目が覚めたのか、僅かに体を揺らした。

「…広告病?一体何を言っているの」
紫が理解できないという風に、困惑の表情を浮かべる。

「しらばっくれないで。皆がわざとらしく商品広告を口にする…明らかに普通じゃないわ。
―大方、貴方の『境界を操る能力』で『感想と広告』の境界でも狭めたんじゃないの?」
しん、と静まり返る。
紫がお茶を一口啜り、ふっと嘲笑する。

「…貴方、本気で言っているの?ふん…本の読みすぎでおかしくなったのかしら。
―いいわ。理解できるようになるまで、何度でも説明して差し上げましょう」
その小馬鹿にした物言いに、私はわずかに顔をしかめる。
「図書館に籠りっきりの貴方には、実感が沸かないのでしょうけどね。幻想郷の維持にはカネがかかるのよ」
紫がばさりと音を立てて扇子を開いた。
「ここ最近、大勢の妖怪が流入し続けたことで、結界の修繕費や環境維持費は嵩む一方。
それに、神社周りのインフラ維持費だって昨今の歴史的な円安や物価高騰の影響を直撃している。
…破綻は時間の問題だった」
聞き慣れない単語の羅列が頭の中で意味を結ばず、私は思わず瞬きを繰り返した。
紫は扇子を扇ぎながら続ける。

「一過性ではなく、継続性のある収入が必要だったわ。そこで幻想郷の日常を外の世界に中継することでサブスク収入を得ようとした。
けれど、それだけでは賄いきれない…だから広告収入で補填しようとした。それだけの話よ」
私はのどかな幻想郷らしからぬ生々しい経営事情と、何より収益構造の実態に言葉を失った。

「幻想郷の日常を、中継…?私たちを、見世物にしていたの!?」
私は体が震えるのを感じた。
皆の尊厳を踏みにじり、勝手に広告塔として利用した横暴さに、拳を固く握りしめる。
「私たちは見世物じゃないわ!今すぐ中継なんてやめて、皆を元に戻―」
言いかけた私を、フランドールが遮った。
「パチュリー、ちょっと待ってよ。このままでも面白いんじゃない?」
虚を突かれ、硬直する。

「フラン!?何を言ってるの…?」
「そもそも私、貴方に協力するなんて一言も言ってないからね」
その言葉に、これまでの一連の会話を思い返す。…確かに、明言はしていない。
「…裏切るつもり?」
「んー、さあね~?」
フランドールは人差し指を口元に当て、気を持たせるように首を傾げる。

「くっ…」
反射的にフランドールと距離を取り、魔導書を開く。
最悪だ。土壇場でこんな展開になるなんて。彼女が敵に回ったら、万が一にも勝ち目はない。

「―どうやら、一枚岩じゃないみたいね」
紫は扇子で口元を覆いつつ、その下で余裕の笑みを浮かべる。
その時、霊夢が眠そうに目をこすりながら体を起こした。

「ちょっと…さっきからあんたら、人様の神社の境内でごちゃごちゃとうるさいのよ…」
「霊夢、貴方に用はないわ」
「…あ?」
私のにべもない返事に、霊夢は眠気が覚めたのだろうか、舌打ちをしつつ御幣を引っ掴んで立ち上がった。
「ったく、どいつもこいつも…」
頭を掻きながら、不機嫌そうに睨みつける。
「何を揉めてるのか知らないけどね。ここからさっさと―」
「あのさー、パチュリーの言ったこと聞こえなかった?霊夢には用はないんだって。
だから~、引っ込んでてくれる?」
フランドールが霊夢を煽るように言い放つ。一瞬、にやりと口角を上げたのを私は見逃さなかった。
―まさか、この子は霊夢をわざと…。

苛立ちを隠そうともせず、霊夢が御幣を横に振るい、きっと睨みつけてくる。
「…パチュリー、フラン。今の私は機嫌が悪いのよ。
今すぐ引き返すなら許してあげるわ。けど、あくまで邪魔するなら―」
ナイフのように鋭く冷酷な眼差しが、私とフランドールを貫く。
「…容赦なく、あんたらを退治するわ」
本気で闘気を放つ霊夢の凄みに、私は思わず身を震わせた。
―ちらりとフランドールを見ると、頬を紅潮させ、スカートの裾をぎゅっと握りしめ熱い吐息を漏らしている。
「はぁ…そう、この目よ!霊夢はこの目じゃないと…!」
なんだか、勝手に歓喜しているようだった。

「霊夢、悪いけど―私は引くつもりはないわ」
私の意を決した言葉に、霊夢がふんと鼻を鳴らす。
「あっそう。いい度胸じゃない。だったら…」
霊夢が御幣を突き出し、左手で御札を構える。

「創業八十年、伊勢に店舗を構える老舗神具店『◯忠』が誇る、熟練の職人が削り出した特製御幣と!
伝統の製法で悪霊も妖怪も一網打尽にする『◯津和紙』の極上御札で!
博麗の巫女たるこの私―博麗霊夢が、相手になってやるわ!!」

その瞬間、場の空気全体が凍りついた。
紫は無表情で口元を扇子で隠している。フランドールはというと―


reimu


「…違う」
ぼそりと呟いた。俯いているので、その表情は伺い知れない。
「霊夢はそんなんじゃない!!」
叫んだ刹那、圧倒的な魔力がフランドールの全身から渦を巻いて迸った。

「パチュリー!このふざけた異変をぶっ飛ばすわよ!!」
フランがその手に魔力を収束させ、長大な灼熱の刃―レーヴァテインへと姿を変える。
そのまま大きく振りかぶり、霊夢目がけて勢いよく振り下ろした。
霊夢は間一髪で横っ飛びに回避したものの、直撃を受けた神社の屋根と縁側が豪快に粉砕される。

「ちょっと!神社を壊すんじゃないわよ!!こっちに来なさい!」
霊夢は誘導するように夜空へ飛び去り、フランがそれを猛追する。
私と紫も、二人を追うように上空へと舞い上がった。

 ◆

上空ではフランドールと霊夢が激しい弾幕戦を繰り広げている。
夜空に弾幕の曳光が尾を引き、色鮮やかに煌めく。

思わぬ霊夢の参戦によって、私は紫と一対一で対峙することになってしまった。
汗をにじませ、必死で紫と弾幕を撃ち合うが、互いに決め手には欠ける。

「埒が明かないわね…ならば、これならどうかしら?」
紫が呟き、扇子を音を立てて閉じると私の周囲に複数のスキマが出現し、中から無数の道路標識が飛び出してきた。
「くっ…!?」
それらは複雑に交差し、檻のように私を囲み、体の自由を完全に奪う。

「―そろそろ終わりにしましょうか」
余裕の笑みを浮かべた紫がパチンと指を鳴らした。
真正面に巨大なスキマが開く。

―まさか。
私は焦りを抑えつつ、口の中で高速で詠唱を紡ぐ。

まばゆい光が照らされ、耳をつんざく警笛音が響く。
―早く、詠唱を…!

「近畿日◯鉄道の16200系『◯の交響曲シンフォニー』…!
大阪阿部野橋駅と吉野駅を結ぶ、バーカウンターで贅沢な大人の旅行を楽しめる特急車両をその身で味わいなさい!」
その紫の宣言とともに、外の世界の巨大な鉄塊―無人の『電車』が、スキマから恐ろしい速度で突っ込んできた。


train


「日符『ロイヤルフレア』!!」
収束した魔力の粒子によって擬似太陽が現れ、衝突の寸前に電車の中央基部で大爆発を起こす。
一瞬、夜空が昼間のような明るさに包まれた。

車体中央部が超高温により溶解、蒸発する。
激しい爆風により胴体が真っ二つに引き裂かれ、破片と部品を撒き散らしながら、轟音と共に弾け飛んだ。
前半分は衝撃で回転しながら弧を描きつつ頭上すれすれに吹き飛び、後ろ半分は後方に自由落下していく。
だが―私はその爆風の余波と、飛び散る鋭い金属片を正面から受けてしまった。

咄嗟に何重にも張った魔法障壁が甲高い音を立てて軋み、次々に砕け散る。
「うぐッ…」
衝撃で息が詰まり、魔力がごっそり持っていかれるのを実感する。
身を拘束していた道路標識も、超高温の爆風により炭化し消し飛んでいた。
少し時間をおいて、地上から電車が墜落した重い衝撃音が響く。

「へぇ…身を顧みずに防ぐとは、中々やるわね。ではこれはどうかしら?
―魍魎『二重黒死蝶』!」
紫がばさりと扇子を開くと、背後にバツの字にスキマが開き、そこから無数の黒い蝶が雪崩となって押し寄せてくる。

「くっ…!火符『アグニレイディアンス』!!」
大量の火炎弾が闇夜を切り裂き、黒い蝶と激しく衝突して互いを相殺していく。
だが相殺しきれなかった黒い蝶が、容赦なく私に襲いかかり、肌を裂くような鋭い痛みが全身を駆け巡る。
私は痛みに耐え、肩で息を切りつつ、きっと紫を睨みつけた。
「随分と粘るのね。けれど、そろそろ限界でしょう」
やはり、正攻法では分が悪い。ならば―
「ふん…切り札というのは、最後まで取っておくものなのよ」
私は傷口を手で押さえつつ息を整え、すぅっと息を吸い込んだ。

「来なさい!チルノーッ!!」
叫びが響いたその時―

「遂にあたいの出番だな!」
その場に冷気が満ち、戦闘で火照った身体を冷やしてくれる。
高らかに宣言しつつ登場したチルノを見て、紫は呆気にとられた。

「フン…氷精が一人参戦したところで、状況は何も―」
チルノは胸を張り、目一杯の肺活量で叫んだ。

「紫の…■■■■は■■■■だー!!」
(※放送禁止用語のため、一部加工しております)

「なっ…!?」
紫の顔から一瞬で血の気が引いた。
「魔理沙は…アリスとパチュリーを■■■して■■■■~~!!」
チルノは遠慮なく下品で過激な言葉を叫び続けた。
その内容にピクリと反応しそうになったが、私は必死に無視を決め込む。
「や、やめなさい!」
「ふっ…どう?これならスポンサーも尻尾を巻いて逃げ出すわね」

慌てた紫が「破廉恥な…黙りなさい!」と叫ぶと、スキマをチルノに重ねて出現させる。
そのままスキマを閉じてその身体を両断しようとする、が―

「あはッ!やらせないよ!」
霊夢を振り切ったのか、横から飛び込んできたフランが、その拳を固く握りしめる。
「きゅっとして…ドカーン!」
瞬間、紫の胸が抉られ血煙が舞った。紫は即座に再生するが、その表情からは余裕が完全に消えている。

「後先考えずに行動するバカほど怖いものはないわね。
私にはおぞましくて口に出せないような言葉でも平気で叫ぶことができる…」
人差し指を紫に突きつける。
「コンプライアンスにうるさいこのご時世、放送事故でもう中継なんて不可能ね!」
言い放ち、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「わはは!正義は勝つ!やっぱあたいは最強だな!」
チルノはわけも分からず、腰に手を当て胸を張って勝利宣言する。

「貴方たち…一体、何のつもりなの。何が目的で、こんな事を…」
血を拭いながら、紫は忌々しそうに吐き捨てた。
「だから言ってるでしょう。今すぐ中継をやめて、皆の広告病を解きなさい!」
「―さっきから言ってる、広告病って何なのよ。それに、中継配信も商品宣伝も皆の同意の下に始めたものよ。
貴方だって、それは知って…いや、図書館に籠りすぎて、現実と虚構の区別がつかなくなったのかしらね…」
紫が目を伏せ、小さく首を振った。

脳を直接叩かれたような感覚に、声が出せず喉でつっかえる。
そして、時間をおいて紫の言葉がじわじわと脳内に浸透していった。

「…同意の、下?」
「そうよ。あれだけ何度も説明会を開催し、不参加者へも徹底周知するよう代表者たちに口を酸っぱくして申し伝えたでしょう。
忘れてしまったの?」
紫がじろりと私を睨みつける。

途中で戦いをやめ、私たちのやり取りを傍観していた霊夢が呆れたようにつぶやく。
「パチュリー、フラン。あんたら、もしかして何も知らなかったの?レミリアから聞いてない?」
私はフランドールと顔を見合わせた。お互いに首を横に振る。
「…聞いてないけど」

しん、と気まずい静寂が訪れる。

「その説明会っていつやったの?」
「一ヶ月ほど前よ」
フランドールの質問に紫が答える。

その頃私は魔法の研究に没頭し、研究室に閉じ籠もっていた。
フランドールが宙を見やり、記憶を手繰る。
「…一ヶ月前ならずっと部屋に籠ってたわね」

再びの静寂。
紫と霊夢の冷たい目線が私たちを突き刺した。

「―お姉様が伝え忘れてたんでしょうね」
フランドールがふっと嘲笑する。

―これまでの出来事を振り返ってみる。レミリアの困惑も、紫の呆れた物言いも、これで合点がいく。
では、私はただの勘違いであれほどの大立ち回りを演じていたのか―そう考えると、情けなさのあまり顔が熱くなった。

「ちょっと待ちなさい。じゃあチルノはどうして知りつつ協力してくれたのよ」
私はたまらず、話題を逸らすかのようにチルノに問いかける。
「何だかよく分からないけど、面白そうだからついて行ってやったんだぞ!感謝しろよな!わはは!」
腕を組んで哄笑するチルノを見て、私は頭を抱えた。―そうだ、こいつは底なしの馬鹿だった。

「…まあ、でもパチュリーの言うことは分かるわ。
誰だって、好き好んで日常を晒したり不自然な宣伝をしているわけじゃない。
幻想郷のために、仕方無くやってるだけだから…実際、説明会もかなり紛糾したしね」
霊夢が肩をすくめつつ、同意してくれる。

「これは必要悪なのよ…サブスクと広告の収入がなければ、維持費を賄えないのだから」
紫が諦念の表情で首を横に振る。

一同は―チルノを除いて―考え込んだ。
冷たい夜風が吹く。
各々が沈思するも、そう都合よく何か打開策が浮かぶわけではなかった。

「こうなったらもう、皆に賽銭でも入れてもらうしかないわね」
霊夢の自嘲気味なその一言に、紫はふんと鼻を鳴らした。
「つまらない皮肉はおよしなさい。博麗神社の賽銭でどうにかなるはずが―」
「皆から直接お金を出してもらうのか!いい考えだな!」
チルノが能天気に明るい声を上げる。
「何を馬鹿なことを―」
紫が再び否定しようとするも、横からフランドールが口を挟む。
「いや、案外悪くないんじゃない?ね、パチュリー?」
フランドールがにこりと笑顔を浮かべ、私をじっと見つめる。
その瞳には、私に対する確かな信頼の色が見て取れた。

私は戸惑いつつも、頭を高速回転させ、脳内で吟味と検討を重ねる。
「賽銭…皆に直接お金を出してもらう…」
そして、一つの案が具現化し、脳裏に浮かび上がった。

「…紫。これまでは幻想郷の日常を垂れ流して、定額収入を得ていたのよね?」
「―そうだけど」
「じゃあ少し形を変えてみたらどうかしら。
ただ日常を垂れ流すのではなく、私たち個々人がそれぞれの特色を活かして、自主的に配信をする。
その上で、視聴者から直接、能動的に賽銭を投げてもらう―というのは?」
私の提案を聞いた紫の表情が変わる。何かに気づいた様子だった。
「…なるほど、ね。フフ…」
紫は扇子で口元を覆い、満足げに頷いた。
「まさか、チルノの発言がきっかけになるとはね…。
『智者も千慮に必ず一失あり、愚者も千慮に必ず一得あり』とはよく言ったものね」
その瞳にはそれまでなかった希望の光が輝いていた。
「お?あたいのすごさにようやく気づいたか!」
チルノがえっへん、と胸を張る。
―素直な褒め言葉ではないのだけれど、私はあえて触れないでおいた。

「…ねえ。そういえば、さ」
フランドールが私にぼそっと呟く。
「あいつ…おっきーは事情を知ってたはずなのに、どうして私たちに同調して知らない振りしたんだろうね」
私ははっと目を見開いた。
確かにそうだ。あの時に隠岐奈が訂正してくれれば、こんな苦労をする必要もなかった。

その時―何もない空間に突如扉が出現し、摩多羅隠岐奈が拍手をしながら現れた。
「パチュリー、フラン。ご苦労だったね」
一同は驚き、その視線が車椅子の賢者に注がれる。
隠岐奈は愉快そうに笑みを浮かべていた。

「隠岐奈…!」「おっきー!」
私とフランドールは同時に声を上げる。
「貴方一体、どうしてこんな…」
「盤外の駒である貴方たちが、この盤面にどう風を吹き込むか…見届けてみたくてね。見事な盤返しだ、期待以上の働きだったよ」
くっくっく、と低く喉の奥で笑う。
「結果的に、旧弊な仕組みを揺るがし、新しい解を導き出した…だろう、紫?」
隠岐奈が流し目を送ると、紫が目を細めた。
「…えぇ、そうね。まんまと貴方の掌の上で踊らされた、というわけね。けれど…」
紫はばさりと扇子を広げ、高らかに宣言する。
「―いけるかもしれない。今のような配信形態ではなく、もっとスマートかつ効率的で…
今以上の収益を得ることができる、新しいやり方よ!」
二人の賢者は満足そうに頷いた。

―紆余曲折あったが、これで一件落着だ。

胸の内が充足感で満ちていく。目を伏せ、しばし心地よい疲労感に身を任せた。
傷付いた身体を夜風が優しく撫でていった―


その時、誰かがローブの裾を引っ張った。
「何よ、今余韻に浸ってるところなのよ」
構わずしつこく引っ張られる。
「ったく…誰よ」
振り返ると、そこには霊夢が笑顔で佇んでいた。まるで何かをねだるかのように、掌を差し出している。
「…何?」
「神社の修繕費」
霊夢の目は笑っていなかった。わずかにこめかみに青筋が走っている。
「何だかいい雰囲気で終わろうとしてるけれど、ちゃんとカネは払いなさいよ」
「…」

 ◆

―それから一ヶ月後。
「あー、コホン。今から魔法講座Part12を始めるわ」

―紅魔館の図書館、書斎。
私は三脚で固定した『スマホ』という端末に向かい、未だに慣れない口上を始めた。

「概ね基礎理論はこれまでの配信で触れたわね。
では、今日は五行の中の一つ、『火』について解説するわ。まずは見本を見せるわね」
短く詠唱し、掌にボッと音を立てて炎を出現させる。
横に置いたモニターには、いわゆる『スパチャ』と呼ばれる投げ銭が目まぐるしく流れていた。

「なになに…『紫もやし派』さん、500円ありがとう。『いつもながらの鮮やかな魔法さばきですね』…?
何よ、魔法さばきって。褒めても何も出ないわよ。
次は…『パチュマリ一筋』さん、1000円ありがとう。『魔理沙の事好きなんですか?』…?
何馬鹿なこと言ってるの。そんなわけないでしょ。
次は…『捨て垢22号』さん、100円ありがとう。『どうせAIに決まってる。運営に詐欺で通報した』…?
わざわざお金を払ってまで言いたかったことがこれ?有意義なお金の使い方に涙が出そうだわ。
次は…『リトルデビル』さん、10000円…ずいぶん奮発したわね。どうもありがとう。
『あぁ、美しい貴方のその唇から紡がれる高貴な詠唱に、今日も胸が踊ります』…?
そ、そう。まあ、事実だから仕方ないわね」
私はスパチャに添えられたコメントを次々と読み上げては、一言ずつ返していく。


live


 ◆

紫は河童にスマホを大量生産させ、幻想郷の住人たちへ配らせた。
住人たちはそれぞれの特技を活かした配信を思い思いに始めた。
その収益の一部は配信者に還元され、残りは幻想郷の維持費として充てられることとなった。

レミリアはワインのレビュー動画や高級品と安物の利きワイン動画、チュパカブラと戯れる様子を定期的に配信してるようだ。
一度、咲夜によるどっきりで両方とも安ワインを飲ませた際に、
自信満々に蘊蓄を語った回が神回として語り継がれ、ランキング入りしているらしい。

咲夜は紅茶の入れ方やベッドメイクを紹介する動画で手堅い会員数を得ているが、
裏ではプレミア会員限定のレミリア、フランドール寝顔配信で莫大な投げ銭を獲得しているようだ。
勿論、本人たちの許可は取っていない。

小悪魔はおすすめ図書紹介動画と、リクエストを受けた本の朗読を配信している。
一見地味なチャンネルに思えるが、落ち着いたよく通る、優しい囁くような声による朗読が特に人気らしく、
読書好きとASMR好きの間で評判が広がり、じわりじわりと会員数と再生数を伸ばしている。

美鈴は太極拳動画と園芸動画が主に年配層を中心に支持を集めている。
―が、それ以上に人気なのが紅魔館門前24時間ライブカメラ配信だ。
配信にて露わとなった、美鈴の尋常ではない居眠り時間の長さが密かに話題になっており、
特に居眠り中に魔理沙が平然と素通りする瞬間はチャット欄が大いに盛り上がるらしい。
―勿論、都度咲夜にお仕置きされるのだが、その際は大量のスパチャが飛び交っているとのこと。

近々、紫はこれらの配信事業を管理する事務所『toholive』を立ち上げ、法人化するようだ。

知恵を絞って自分たちの日常をエンタメショーに変えたこの試みは大成功を収め、
幻想郷には維持費を補って余りある、かつてない潤沢な資金がもたらされたのだった。

 ◆

「パチュリー、今配信中?」
フランドールが軽い足取りで歩み寄り、声をかける。
私は魔法でスマホと三脚をくるりと回転させ、カメラをフランドールに向けた。
モニターのコメント欄には「フランちゃんだ!」「可愛い!」といったコメントが溢れ、スパチャが次々と投じられる。

「そうだけど。確か貴方のチャンネルもこの時間帯の配信だったわよね?」
「私のチャンネル、運営に制限掛けられちゃって。ま、いつものことだから。しばらくしたら解除されるでしょ」
私はフランドールの配信内容の詳細を知らなかったが、制限の理由は何となく察せられた。
「…で?何か用?コラボの相談でもないでしょうし」
私は訝しげに尋ねる。
「少しは当たってるかもね。ちょっと企画を考えたのよ」
口角がにやりと上がる。私は嫌な予感がした。
「…どんな?」

「配信って、結局はモニター越しでやり取りするだけじゃん。それじゃつまらないわよね。
だって、視聴者さんって所詮はモニターの向こうのコンテンツを見て消費してるだけに過ぎないわけだし。
何かあっても…例えば事故が起こったりしても他人事じゃない」
「…配信ってそういうもんでしょ」
「だからさ…もっとリアルを感じてもらいたいじゃない?
『君は耐えられるか!?きゅっとしてドカーン!体験コーナー』みたいな。
他にも、『生か死か!私から逃げ切れたら100万円!』とか」
―本気で言っているのだろうか。
「だから、さ…私を外の世界に転送してよ。紅魔館を幻想郷に転送したパチュリーならできるでしょ?」
私は嫌な予感が的中し、身体を硬直させた。
「何を馬鹿なことを言ってるの。そんなの、視聴者が求めてるわけないでしょ」
「えー?じゃあモニター見てみなよ」
ちら、とモニターを見る。そこには…
「フランちゃん最高!」「ドカーンされたい」「神じゃん」「いやありえないっしょw」「草」
といったコメントとスパチャが大量に、嵐のように流れていた。

「…そんなこと、できないわよ」
「―できるでしょ」

モニターには「空気読めよ」「出来ないならやっぱ魔法はAIなんだなw」「いいじゃんやれよ」といった、
フランドールを肯定するコメントが滝のように流れ去っていく。

フランドールが詰め寄り、がしと両肩を押さえる。指が食い込み、痛みを感じる。
そして、間近にまで顔を近づけた。
「パチュリーなら、で き る よ ね?」
その目は純粋な狂気に満ちていた。

―空気が、凍りついた。
永遠のように感じられる、ほんの一瞬。

「なんてね。冗談よ、冗談」
フランドールがぱっと顔を離す。
「パチュリーったら、本気で信じてビビってるんだから。面白いったらないわ。
私だって越えてはいけない境界線はわきまえてるから―それじゃ、邪魔したわね」
そう言って踵を返す。

私はほっと胸を撫で下ろした。

―だが、一抹の不安が残る。本当に、冗談だったのだろうか。

『越えてはいけない境界線』―フランドールにとって、その境界線がいつまでも私たちと同じである保証はない。
感想と宣伝、日常とショーだって、その境界線は曖昧なのだ。

無機質なモニターには、無責任なコメントが次々と流れ、消えていく。
脳裏には、フランドールの目が焼き付いて離れなかった―
このお馬鹿なお話を最後まで読んでいただきありがとうございます。

小説のネタがまったく思い浮かばず、ふと「某ネズミの配信サービスで全プランに広告表示」というニュースを見かけ、
「登場人物が急に露骨な宣伝を言い始めたら面白いのでは?」と思い『トゥルーマン・ショー』をオマージュしつつ書きました。
パチュリーの物語を沢山書いてる割にはフランドールと絡ませたことがなかったので、書けてよかったです。

また、今回は絵の練習も兼ねて挿絵を描いてみました。
本当はアリスのダイマやフランドールの心臓にぎにぎシーンとかも描くつもりだったのですが、思いの外大変でイラスト四枚で音を上げました…
なのでイラストのバランス配分が後半に偏ってしまいました。
※追記:後から気づいたのですが、無駄にトーン貼ったせいでスマホ縦読みだとモアレが出て潰れてしまってました…

東方創想話に最初に投稿してからちょうど一年、これで十二作目になります。
最初の一作目を投稿する際はめちゃ緊張しましたが、『推しの物語を考える』のはやはり楽しいですね。
書くペースは落ちてますが、これからも何か思いついたら無理のない範囲で書いていこうかなと思います。

過去作含め、作品を読んでくれた方、感想をくれた方全てに感謝を。
Fio
https://x.com/Fio6786
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コメント



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2.100点東ノ目削除
一人の東方二次創作書きとして幻想郷を見世物にしているところはあるので、そういう意味ではメタ的な話なのかなと受け取りました。面白かったです。念のため私の幻想郷には広告ブロッカーを導入しておきます