霧雨魔理沙は夢を見た。いやにはっきりと“消えていく感覚”だけが残る夢だった。
霊夢の背がゆっくりと遠ざかる。追っても追っても、差は開いていくばかり。
ぱさり、と紙が落ちた。
魔法の実験についてまとめた用紙だった。どうやら机にうつぶせで寝てしまっていたらしい。
胸のざわつきを振り払うようにペンを構え、紙に書き始めた。
やがてペンを置くと、その紙をクシャクシャに丸め、ゴミ箱に放り込む。再びペンを取り、書き始める。
全く思考がまとまらない。それどころか、書いた記号や式までもが違うように見えた。
「…だめだ」
一つため息をつき、ベッドに潜り込む。
しかし、時すでに遅しというかのように…眠気によって頭にはモヤがかかるようなのに、目は冴え、意識は妙に覚めていた。
こんなときは決まってぼーっとしている魔理沙だが、今日の気分は少し違ったようだ。
時計の短針が4を指すのを確認しつつ、彼女は箒にまたがると家から飛び立った。
時速70キロメートルもまれに出る彼女の箒は人が歩くのより若干早いかどうかという速度で飛んでいく。
真っ暗な空の中、魔法によって彼女の周辺だけが光るその様は、地上から見ると月と寸分たがわぬ程に美しかった。
魔理沙は少し霧がかかりぼやけたように見える森の池に降りたった。
淡い月と星の光をさらにぼやかして反射し、澄んだ水を真っ黒に見せる池は美しい。彼女は池の端にしゃがみ込み、そっと水をすくう。
冷たい水は魔理沙の手の上でなおも美しく光る。
じっとその水を眺めていた魔理沙は、手を傾け水をこぼすと池に浮かぶ星をその手で包みこんだ。
けれど、手を開いて離せば池には再び同じ星が映り込んでいる。
彼女にはそれが複数の意味で星が彼女を嘲笑っているかのように感じられた。惑星を手に取れないこと。努力ばかりで結果をつかめないこと。勝ち星をつかめないこと。
魔理沙がここのところ全く勝てていない親友の顔が頭に浮かんだ。
彼女は、天才で、強くて、可愛くて、有名で、優しくて、凛々しくて、頼もしくて、格好良くて、人をよく見ていて、勘が鋭くて、賢くて、元気で、面白くて、無邪気で、責任感があって、純粋で、立派で、自信があって、まっすぐで、勇敢で、たくましくて、いつも落ち着いていて…………眩しい。
「……くそっ」
霧雨の満ちた森の中、彼女は地面に拳を打ち付け、ぎりりと歯を噛みしめる。
「なんでだよ…どれだけ努力しても、あいつは天才で、私は天才じゃない。わかりきってたことじゃないか。なら…なんでこんなに、悔しいんだよ!」
…最初は、ただ魔法が好きで、それを見せたときの霊夢の反応が楽しかった。好きだから、上手くなりたい。そんな安直な考えでいた。
しかし、いつしか魔法は、楽しいからやる、という行動はーーー霊夢と渡り合うための「手段」となっていたらしい。
仲間のはずの霊夢と。
仲間同士で切磋琢磨するのはいいことのはずだ。
しかし、その目的は強くなるため…練習という名でなければいけない。そうでなければ、ただの仲間割れ。
その目的が、魔理沙のものは「霊夢に勝つため」という目的へすり替わっていたのだ。
池に魔理沙の姿が映る。
「…なあ」
彼女は誰にともなく呟く。強いて言えば、自分自身に語りかけるように。
「私は何で魔法使いになったんだ?」
彼女の脳裏に、人里の広場が映る。
今よりもずっと、小さな手。でも、今と同じくらい明るい笑顔と声で、巫女装束をまとった親友がこちらに呼びかける。
「まりさ、とっても……きれい、だね」
「………」
「まりさ?」
「すごく……すっっっっごく、きれい!」
広場の中心に立つ黒い服の女性が杖を振り、こちらを見てニコっと笑う。
私たちの見ていた水の玉が、ふよふよとこちらに寄ってくる。
オレンジ色の西日が水の玉に差し込んで、まるでガラス玉みたいに綺麗だった。
魔理沙は、閉じていた目をそっと開け、懐かしさに目を細めた。
「そうだ。あの光が、綺麗で、魔法は…美しいって。」
思い出したら、スッと胸が軽くなった。顔を上げれば、空が白み始めている。
風は冷たいけれど、胸の中はあの夕方の光に照らされたように、暖かかった。
最近はずっと失敗していた魔法の研究。
……霊夢に勝ちたかった。おいていかれるようで、焦っていた。それは私の本心だと思う。けど、その気持ちだけで魔法を使っても、そりゃ、続かないよな。
おいていかれても、いつか追いつけばいい。距離を離されたら、追い上げればいい。何も、霊夢と全く同じ道を進む必要なんてない。
私は、私の道を、自分なりのペースで進めば良いんだ。
「…帰ろう」
森から日に溶けるように霧雨が消えていく。その気配を彼女も心のなかで確かに感じていた。
霊夢の背がゆっくりと遠ざかる。追っても追っても、差は開いていくばかり。
ぱさり、と紙が落ちた。
魔法の実験についてまとめた用紙だった。どうやら机にうつぶせで寝てしまっていたらしい。
胸のざわつきを振り払うようにペンを構え、紙に書き始めた。
やがてペンを置くと、その紙をクシャクシャに丸め、ゴミ箱に放り込む。再びペンを取り、書き始める。
全く思考がまとまらない。それどころか、書いた記号や式までもが違うように見えた。
「…だめだ」
一つため息をつき、ベッドに潜り込む。
しかし、時すでに遅しというかのように…眠気によって頭にはモヤがかかるようなのに、目は冴え、意識は妙に覚めていた。
こんなときは決まってぼーっとしている魔理沙だが、今日の気分は少し違ったようだ。
時計の短針が4を指すのを確認しつつ、彼女は箒にまたがると家から飛び立った。
時速70キロメートルもまれに出る彼女の箒は人が歩くのより若干早いかどうかという速度で飛んでいく。
真っ暗な空の中、魔法によって彼女の周辺だけが光るその様は、地上から見ると月と寸分たがわぬ程に美しかった。
魔理沙は少し霧がかかりぼやけたように見える森の池に降りたった。
淡い月と星の光をさらにぼやかして反射し、澄んだ水を真っ黒に見せる池は美しい。彼女は池の端にしゃがみ込み、そっと水をすくう。
冷たい水は魔理沙の手の上でなおも美しく光る。
じっとその水を眺めていた魔理沙は、手を傾け水をこぼすと池に浮かぶ星をその手で包みこんだ。
けれど、手を開いて離せば池には再び同じ星が映り込んでいる。
彼女にはそれが複数の意味で星が彼女を嘲笑っているかのように感じられた。惑星を手に取れないこと。努力ばかりで結果をつかめないこと。勝ち星をつかめないこと。
魔理沙がここのところ全く勝てていない親友の顔が頭に浮かんだ。
彼女は、天才で、強くて、可愛くて、有名で、優しくて、凛々しくて、頼もしくて、格好良くて、人をよく見ていて、勘が鋭くて、賢くて、元気で、面白くて、無邪気で、責任感があって、純粋で、立派で、自信があって、まっすぐで、勇敢で、たくましくて、いつも落ち着いていて…………眩しい。
「……くそっ」
霧雨の満ちた森の中、彼女は地面に拳を打ち付け、ぎりりと歯を噛みしめる。
「なんでだよ…どれだけ努力しても、あいつは天才で、私は天才じゃない。わかりきってたことじゃないか。なら…なんでこんなに、悔しいんだよ!」
…最初は、ただ魔法が好きで、それを見せたときの霊夢の反応が楽しかった。好きだから、上手くなりたい。そんな安直な考えでいた。
しかし、いつしか魔法は、楽しいからやる、という行動はーーー霊夢と渡り合うための「手段」となっていたらしい。
仲間のはずの霊夢と。
仲間同士で切磋琢磨するのはいいことのはずだ。
しかし、その目的は強くなるため…練習という名でなければいけない。そうでなければ、ただの仲間割れ。
その目的が、魔理沙のものは「霊夢に勝つため」という目的へすり替わっていたのだ。
池に魔理沙の姿が映る。
「…なあ」
彼女は誰にともなく呟く。強いて言えば、自分自身に語りかけるように。
「私は何で魔法使いになったんだ?」
彼女の脳裏に、人里の広場が映る。
今よりもずっと、小さな手。でも、今と同じくらい明るい笑顔と声で、巫女装束をまとった親友がこちらに呼びかける。
「まりさ、とっても……きれい、だね」
「………」
「まりさ?」
「すごく……すっっっっごく、きれい!」
広場の中心に立つ黒い服の女性が杖を振り、こちらを見てニコっと笑う。
私たちの見ていた水の玉が、ふよふよとこちらに寄ってくる。
オレンジ色の西日が水の玉に差し込んで、まるでガラス玉みたいに綺麗だった。
魔理沙は、閉じていた目をそっと開け、懐かしさに目を細めた。
「そうだ。あの光が、綺麗で、魔法は…美しいって。」
思い出したら、スッと胸が軽くなった。顔を上げれば、空が白み始めている。
風は冷たいけれど、胸の中はあの夕方の光に照らされたように、暖かかった。
最近はずっと失敗していた魔法の研究。
……霊夢に勝ちたかった。おいていかれるようで、焦っていた。それは私の本心だと思う。けど、その気持ちだけで魔法を使っても、そりゃ、続かないよな。
おいていかれても、いつか追いつけばいい。距離を離されたら、追い上げればいい。何も、霊夢と全く同じ道を進む必要なんてない。
私は、私の道を、自分なりのペースで進めば良いんだ。
「…帰ろう」
森から日に溶けるように霧雨が消えていく。その気配を彼女も心のなかで確かに感じていた。
魔理沙が報われる日は来るのでしょうか