昨晩の疲れが程よく抜けきり、布団を捲る手つきにも重さをまったく感じない。
そういう朝がこの世の何処かには有るのだろう。幻想郷のみならず外の世界を探し歩けば、万とも億とも知れない数の目覚めがあるのだから。
もっとも稗田阿求にとって、それは幻想郷でも幻想入りしそうな幻か、あるいは不可能と呼ばれるべき空想にほど近い概念であった。睡眠とは万物を優しく包む胎内であり、目覚めなど背中へ銃を突きつけられる行為に等しい。水をかけられたわけでもなく、蹴飛ばされたわけでもなく。しかし阿求の起床は毎朝、最悪の唸り声から始まるのだ。
「うぅ……」
地獄の釜をしゃもじで混ぜれば、きっと似たような音がするのだろう。粘度の高い液体が身体の上に乗っている。いっそ金縛ってくれれば、起きぬ言い訳も出来たろうに。根は真面目な稗田阿求。起きろ起きろという強迫観念だけが、今の彼女を目覚めさせる起動の鍵なのだ。
かすがいで打ち付けられたのか、目は全く開かない。布団の隙間から潜り込んでくる冷たい空気が布団の温かさを強調し、ただでさえ人より劣っている俊敏さを奪い取る。
至福、極楽、この世の春だ。消え去れ、我が強迫観念。例え寿命の短い稗田だって、たまには寝て過ごす一日があってもいいじゃない。そうだ、そうしよう。今日は寝る日なのだ。冬眠する熊のように、布団の中で蹲ることが今の私がすべきただ一つのこと。
そう決めて、目が開いた。ままならないものである。視覚が天井を映しだした瞬間、彼女は布団から起きることを義務づけられてしまったのだから。恨めしそうに木目を睨み付けたところで、知らんがなという幻聴が聞こえてくるばかり。子が母の胎内から産まれ出ずるように、人間はいずれ目を覚まさなければならない。
未練がましい手つきで布団をはぐり、もたつきながら身体を起こす。成長しないのは身長だけに留まらず、腹筋とて可愛らしい少女のまま。むくりと身体を起こすなどという描写が稗田に使われる日は一生来ないだろう。
「ふわぁ……」
欠伸を一つ。清々しい朝の空気が肺に送り込まれる。いち早い脳の活性化に期待をしたい。
髪の毛は思春期の娘らしく跳ねっ返り、枕との死闘が激しかったことを物語っている。櫛を入れるのも大変そうだ。紅魔館の従者は朝から入浴をする習慣があるようで、寝癖はその時に直すんだとか。朝シャンというらしい。温泉旅館じゃあるまいし、そこまでの贅沢を出来るほど阿求の倹約意識は薄くなかった。
羨ましい、とは思うけど。
「ふわぁ……」
欠伸を二つしたところで、ようやく立ち上がる気になれた。水差しの水で喉を潤し、まずは体内の目を覚まさせる。ここら辺になるとぼんやり脳も活動を始め、自分が稗田阿求であることぐらいは思い出せるようになった。
立ち上がった阿求が足を運ぶのは洗面所。何はともあれ、まずは身だしなみからである。とはいえ阿求、化粧の類とは全く縁が無かった。やはり人間は伝統にしがみつく生き物なのか。妖怪の山の巫女は口紅などという代物を使って、唇に朱色をひいていた。歯を黒く染めたり、眉を抜いたりするのは見た記憶がある。おしろいも何度か試したことはあるけれど、害があるからすぐに止めた。
しかしながら唇を弄るというのは、どうにも落ち着かない。香水も自分に付けるよりは、部屋で香として炊いた方が良いし、爪を染めたり眉毛を弄るのはおっかない。ファンデーションはおしろいと大差ありませんよ、などと早苗は言うのだが阿求が化粧にはまる日はおそらく永遠に来ないだろう。
顔を洗い、歯を磨き、うがいをしてから部屋に戻る。へちま水が切れていた。また新しく買い足さなければならないと呟き、目立つ所に張られていたメモ帳へ書き込む。視覚情報は決して忘れない稗田。しかしながら彼女だって忘れることはあるのだ。結構、頻繁に。
睡眠ですっかり緩みきった筋肉を伸ばし、居間へと入ってみれば聞こえてくるのは包丁がまな板を叩く音。新婚夫婦なら妻と夫が逆じゃないかと、旧時代の概念を押し付ける方もいそうなものだが。生憎と台所で包丁を振るっているのは夫ではなく、最近雇った家政婦の藤原妹紅だ。
寝覚めを戸を叩く音で起こされたくないという阿求のささやかな我が儘から、彼女はこの家の鍵を所有するに至っている。住み込みならばその必要がないのだけれど、妹紅には自分の家もあることだし。ここでは慧音とイチャつくこともできないだろう。まぁ、これは単なる阿求の妄想なのだが。
「おや、おはようございます」
「おはようございます」
台所から、ひょっこりと顔を覗かせる妹紅。いつものもんぺ姿を隠すように、巻いたエプロンと三角巾の白さが目に眩しい。昭和の良き母親という単語が思い浮かび、漂ってくる味噌の香りによって吹き飛ばされた。
片や阿求は寝間着のまま。綿と麻の生地に描かれたアヤメの花が咲き誇っている。これで接客は遠慮願いものの、人前に出てもさほど恥ずかしくはない格好だと思うのだが。いかんせん自分の感覚なので自信はないし、敢えて尋ねる気にもなれない。
「妹紅さんは相変わらず早いのですね」
微かに開いた障子戸の間から、土間で働く妹紅の背中が垣間見えた。交差したエプロンの紐が、こちらを見るなと×の字を描いて戒めている。
「怠惰な生活を送っていると怒る奴が一人いるんでね。それに早起きは三文の徳って言うじゃない」
「その程度の徳だったら、私は三文払って寝ていたいものです」
「じゃあ今度から起きなかったら更に三文付け足そうか」
「縁起の悪いことを……」
しかも稗田である。短命である彼女に向かって死を連想させる冗談を吐くなんて、慣れ親しんだ連中ぐらいのものだ。里の住人がうっかり口にしようものなら、仲間から叩かれるか、あるいは自らの過ちに気付いて土下座でもしそうなところである。当の本人は別に怒りやしないのに。
縁側の引き戸を開け放ち、冷たい秋の風が舞い込んできた。つい先日までは夏だと思っていたのに、気が付けば暦は長月。秋の神々が興奮して、処構わず豊穣させる時期だ。
「天気も快晴。素晴らしい一日になりそうですね」
頼んでもいないのに届けられる某新聞紙を拾い上げ、いつものゴミ箱へ放り投げた。これからはたき火の燃料として活躍してくれるだろうけど、今はまだサツマイモが手元にない。彼が活躍するのは、まだまだ先の話であった。
「昨日の夜は随分と寒かったね」
「ええ、おかげで布団を手放すのが大変でした」
ちゃぶ台に並んでいく料理を見ながら、昨日のことを思い出す。秋という季節の嫌な所をあげるなら、暑いのか寒いのかハッキリしてくれない所だろう。初秋ともなれば難易度は更に跳ね上がる。迂闊に冬用の布団を持ち出そうものなら、残暑の名残にやられてしまう。難しいものだ。
「代わりに今日は暑くなるそうよ。昼も夜も」
「それはそれは、布団ではなく毛布が必要になりそうです」
暑ければ起きるのが楽になるものの、逆に寝るのは苦しくなる。ままならないものだ。
「しかしながら、相変わらず美味しそうな料理ですね」
「親友が料理下手だから、ついつい覚えてしまったんだ。さぁ、世辞はいいから早く食べよう。私もお腹が空いちゃった」
炊きあがったご飯の湯気と味噌汁の湯気が絡み合う。香しい味噌の匂いが、ただでさえ飢えていた阿求の胃袋を刺激する。願ったり叶ったりの提案だ。目の前に人参をぶら下げられて、和やかに歓談する趣味はない。
「いただきます」
「いただきます」
揃って手を合わせ、ちゃぶ台に並べられた料理に目を移す。真っ白いご飯の眩しさに目を奪われつつも、気になるのは味噌汁の具。基本的に家庭毎で入れるものは異なるのだが、各地を転々とした妹紅に固定の具という概念は存在していない。だから作るたびに具材が変わるのだ。
短冊に切られ、箸で摘めば崩れそうなほど柔らかく煮たのはじゃがいもか。もう少し季節が過ぎれば、きっとこれがサツマイモに変化するのだろう。豆腐の食感とサツマイモの香り。そこに味噌汁の味が加われば、それだけでご飯三杯はいけるはずだ。
ほうれん草のおひたしにも一工夫がされている。見覚えのない粒々は、おそらくピーナッツだろう。最初はこの組み合わせに眉をしかめたものだが、実際に食べてみれば杞憂だと分かる。ネギの入った卵焼きも、阿求では到底作れそうもない代物だ。
鮭の焼き魚。大根の葉の漬け物。榎茸を醤油で煮た料理は、阿求のお気に入りだった。どれもこれも抵抗無く口に運ばれ、その度に幸せそうな顔で噛みしめる。
食後の一服は、やはりほうじ茶に限る。紅茶の愛好家とて、この料理を前にしたらほうじ茶に手を伸ばすだろう。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様です」
一応は報酬を払っているわけだから、不味い物を食べさせられては困る。しかしながら料理の苦手な阿求からしてみれば、これだけの朝食を並べるのにどれだけの苦労があったのかと想像をしてしまった。ついつい色をつけたくなるけど、そこまで財布に余裕はない。
「夕食はどうする?」
取材やら打ち合わせやらで、基本的に昼食は外でとることが多い。家に居たところで執筆に夢中で食べる暇なんか無さそうだし、妹紅に食事をお願いしているのは朝と夜の二回だけだった。
頭の中で一日のスケジュールを弾きだし、空っぽになった湯飲みへ新しいお茶を注ぐ。
「ミスティアさんの屋台にちょっと寄るので遅くなるかもしれませんが、お願いしたいと思います」
「分かったわ。ああ、そういえばこの後は里で打ち合わせがあるんだって?」
「ええ。里の集会所で」
食器を片づけつつも、妹紅の顔には良い笑顔が浮かんでいる。
「慧音に会ったら言っておいて。昼食は一緒に食べようって」
「伝えておきますよ」
仲睦まじいことだ。これで異性だったら付きあっているのではないかと、いらぬ邪推をしてしまう。まぁ、同性同士の付き合いを禁ずる法があるわけでもなし。変な推測は二人の怒りを買うだけだ。
喉を通るお茶の熱さが、一日の始まりを知らせてくれた。
里の集会と言っても、それほど大した事を話し合っているわけではない。地域での清掃とか、来る秋祭りに向けての打ち合わせをするぐらいのこと。話し合いは三十分程度で終わり、後はもっぱら雑談で暇を潰している。
やはり人が集まるのは慧音の所だ。真面目で堅物な彼女だけど、気さくで面倒見の良い一面もある。寺子屋に子供達を通わせている親からも、厚い信頼と絶大な期待を寄せられていた。自分よりも大きな男達を相手にしても怯まず、むしろ返り討ちにしてしまうような勇ましさ。憧れる気持ちが無いと言えば嘘になる。
稗田の短命は里中の人間が知っており、私と話す者達はどことなく余所余所しい。どれだけ親しくなっても、すぐに死んでしまう人間なのだ。妖怪なればこそ長寿だから次の転生で会えるというもの。普通の人間では再会を望む方が酷である。
集会所の隅っこで、喧噪を眺めながらお茶請けの煎餅に手を伸ばす。生き急ぐ稗田の性なのか、阿求の胃腸は消化に優れていた。
「ねえねえ」
着物の裾を引っ張る者がいる。進んで稗田と関わる人間などいないのだから、当然のように裾を握った人物も人間であるわけがない。案の定の顔がそこにはあった。
「なんですか、輝夜さん」
里の集会という名前に惑わされがちだが、この会合には里の住人以外にも参加者が存在している。妖怪の山に住まう巫女、東風谷早苗。そして竹林で医者を営む八意永琳。もっとも前者は秋祭りの準備に忙しく、後者は急患が入ったそうで代わりに永遠亭の姫様が参加することとなった。勝手が全く分からぬようで、何も発言していなかったが。
ちなみに一見すると人間のように見える彼女たちだが、実際は蓬莱人と呼ばれ、不老不死であるらしい。古来より帝や王が死して尚望んだほどの存在が、こんなに身近で暮らしていたなんて。知った時は驚いたものの、あまり広めてはいけないだろうと幻想郷縁起には敢えて記さなかった。ただ当人達はまったく気にしていなかったようで、次の機会があるなら大々的に発表したいものだ。
「あなたの所に妹紅が来てるんだって?」
「正確には朝と夜だけです。それも料理を作って貰っているだけですが、何か?」
輝夜と妹紅が犬猿の仲であることは、阿求もよく知っていた。間近で戦闘を見たこともあるし、巻き込まれそうになったのも今ではちょっとしたトラウマである。
難しそうな顔で考え込み、口をつぐむ輝夜。咥内を満たす煎餅の醤油が、熱いお茶で流されていく。
「今日も夜に作ってもらうのかしら?」
「ええ、一応」
「何時?」
「何時と言われましても……」
具体的な時間を指定した覚えはない。ちょっと遅れると言ったから、日暮れになってからだろうか。妹紅が家にやってくるのは。
悩む阿求を渋っていると勘違いしたのか、輝夜の表情が冷たく険しいものへと変わっていく。
「教えるつもりはない、ってことかしら」
「いえ、そんなつもりはありません。ただ具体的に何時かと訊かれたら、夜にと曖昧な言葉を返すしかないわけで」
「はあん、相変わらずいい加減な世界で生きているのね。あの子」
むしろ阿求からすれば、しっかりとした時間で生きている輝夜の方が不思議でならない。不老不死からしてみれば、時間などというものは有って無いようなもの。自分たちにとっての一時間なんて、彼女たちからすれば瞬きする時間にも満たない。
「輝夜さんは、そうじゃないみたいですね」
「まぁ、医者と暮らしていたら嫌でも時間感覚が身に付くってものよ。そうでなくても、永琳は五月蠅いし。イナバもあれはあれで真面目な所があって、時間に関しては永琳よりもしっかりしてるのよねえ」
いくら不老不死とはいえ、環境によっては精神が変わるということか。だとすれば慧音はあまり時間には五月蠅くないのだろう。人は見かけに依らないという諺、考えた人物が偉大でならない。
そういえば。阿求は妹紅からの言伝を思い出す。
愚痴を言いたそうな輝夜に頭をさげ、輪の中心にいた慧音へと話しかけた。便利なものだ。阿求が進むだけで、自然と人が避けてくれるのだから。
「慧音さん、少しよろしいですか?」
露骨に避ける住人達へ呆れた視線を寄越しながらも、すぐさま微笑みをみせる。この辺りの切り替えが彼女を人気者にしている秘訣なのだろうか。教わったところで身に付くとは思えないし、身につけるつもりもない。
「構いませんよ。もっとも、何を言おうとしているのか大凡の見当が付きますけど」
「さすがですね。では、何も言わずにおきましょうか」
「答え合わせは必要だと思いますよ。妹紅からですか?」
「ええ。昼は一緒に食べようと」
笑顔の質が変わる。愛想笑いは微笑ましい子供を見るようなモノになり、心なしか慧音が明るく見えた。ちなみに背後では会話を盗み聞きしていた輝夜、「昼、ね」などと物騒な発言をしているが聞こえない振りをしておく。あの二人の喧嘩、止められるのは永琳と慧音しかいないのだから。
「伝言ありがとうございます。よろしければ、阿求さんもご一緒しますか?」
「お気持ちだけ有り難く受け取っておきます。お二人の間に入るのは気がひけますので」
慧音と妹紅。その仲睦まじさを知っていれば、二人の会話だけで胸焼けする未来も簡単に予想できる。
「………………」
「慧音さん?」
「あっ、すいません。ちょっと気になることがあったものですから」
一瞬だけ見せた冷たい表情に、思わず背筋が凍った。
打ち合わせに関して不備があったのだろうか。少なくとも妹紅との事ではあるまい。そうだとしたら、あんな表情を見せるはずもないし。
何にしろ、あまり首を突っ込まない方が良さそうだ。
「では、私はまだ仕事がありますから。これで」
「ご苦労様です。それでは、また」
子供を見送る母親のように手を振る慧音と、どこか他人行儀な住人達に背を向けて、「昼、昼、昼」と呟く輝夜の横を通り過ぎる。きな臭い香りに眉をひそめつつも、何事も無かったかのように振る舞う自分が嫌らしい。
これが大人になるということなのか。まだまだ年齢的には若いのに老け込んだ気がする。
不老不死とは大違いだ。
昼と呼ぶにはまだ早く、朝というには少し遅い。そんな時間にありながらも、阿求の頬には珠のような汗が流れては落ちていた。情けない話であるが、見たままの印象通り、阿求の体力は一般人よりも劣る。少しの運動で息が切れ、秋の深まりに反抗するような汗が出てしまうのだ。
もっとも汗に関しては暑がりなだけかもしれない。おかげで夏は地獄を見る。何度かお迎えもないのに三途の川を渡りそうになったぐらいだ。そういう時は決まって、かき氷を食べるようにしていた。暑いときは熱いお茶という古き良き対処法もあるのだが、やっぱり冷たいかき氷の魅力には敵わない。
もうすぐ冬。そろそろかき氷も手放す季節になってきたのだから、あるいは今日を最後の日とするのもいいだろう。氷室のない一般家庭でも氷を保存できるようになった昨今。文明の発達に眉を顰める御仁も多いのだが、阿求は素直に順応してかき氷を堪能する側だった。
苺のシロップを片手に、香霖堂で見つけたかき氷機のハンドルを回す。ペンギンをあしらった造形が面白く、一目見た瞬間に店主の手へお金を握らせていた。いわゆる一目惚れという奴であろう。相手が無機物なのは些か不満が残るけど。
「こんなもんですかね」
器に盛られた山のような氷。赤いシロップが染みていく様は、何度見ても惚れ惚れするような光景だ。これが今から自分の口に収まるというのだから、ここは本当に現実なのかと疑いの気持ちを持ってしまう。それほどに阿求はかき氷を愛してた。
「それでは、いただきます」
スプーンを握る手にも力が入る。微かに震える先っちょが、いまだに緊張しているのだと如実に物語ってくれた。幻想郷広しと言えども、かき氷でここまで身体を強ばらせるのは稗田阿求ぐらいのものだ。
逆に言えば、それほど愛しているのも阿求ぐらいのものである。
至福の瞬間を夢見、震えるスプーンが口に収まろうという時。無粋な電話の音が阿求の手を止めた。氷をいつでも食べられるのは有り難いけれど、こういった邪魔をされるのだから文明の発達というのを一概に歓迎できない気持ちも理解できる。
無視してもいいのだが、大事な用件だったら後々で面倒くさい。未練がましくかき氷を見つめながら、しかし放っておけないと受話器を取った。
「もしもし?」
若干の棘があるように聞こえたのなら、相手は空気が読める御仁に違いない。是非ともそのまま電話を切って貰いたいものだ。
「ああ、居たようですね。私です」
「……どちら様でしょうか?」
向こうの声に聞き覚えは無かった。いや、仮にあっても分かるまい。電話というのは不思議なもので、受話器を通せば聞き慣れた声も別人のようになってしまうのだから。
「私ですよ、私。今週末のことでお話がありまして……」
今週末。阿求の脳みそに電球が灯る。
「咲夜さんですか! ああ、ちょうど私も連絡しようかと思っていたのです。今週末、どこへ遊びに行くかという話ですね」
「いえ、射命丸文です。依頼していた原稿のプロットは出来上がったのかどうか気になりまして」
罠だった。天狗の仕業だった。
「ゲフッ、ゴホッ、すいません、ちょっと風邪気味なもので……」
「バレバレなのに誤魔化そうとする勇気は買いますが、今週末に遊ぼうとする輩が風邪ひいてるわけないでしょう」
「射命丸さんが名乗った瞬間に罹りました」
「私はウィルスか何かですか」
脅威という意味では文の方が上だ。病気は完治するけど、〆切は原稿をあげないかぎり逃げてはくれないのだから。
「まぁ良いです。それよりも、プロットの方はどうなりました? 明日が〆切のはずなんですけど」
文々。新聞で短期連載していた阿求の小説。それがどういうわけか大好評で本となり、それが売れたものだから勢いにのった文が新刊を出版してみないかと持ちかけてきたのだ。先立つものが不安でしょうがない阿求からすれば、これを断る理由なんかない。強いて言うなら、自分と文の相性が妙に悪いことぐらいか。
「プロットなら今書いてる最中です」
「……シャリシャリ音がするんですけど」
「ご飯を握ってる音ですよ」
「そんな寿司屋みたいな擬音があるわけないでしょう。吹き飛ばすぞ」
短期連載中も何度も〆切を破ったせいか、文の言葉は冷酷で容赦がない。事実、三回ほど吹き飛ばされた。辛うじて通りすがりの犬走椛に助けられたから良かったものを、あのまま地面に叩きつけられていたら早い参上に閻魔がひっくり返っていたはずだ。
自分は捏造まがいの記事ばかり書いているくせに、騙されたり誤魔化されたりするのは嫌いらしい。
「どうしても三日ほど延ばして欲しいと言うから、無理を聞いて〆切を延ばしたんですよ。そこの所を理解してくれてるんですか?」
「かき氷にはやっぱり苺シロップですよね!」
「聞けよ、私の話」
有耶無耶にして誤魔化す作戦、失敗。射命丸の文のストレスが10上がった。
「まだ全然書いてないんですね」
「失敬な。ちゃんと書いた気になってます」
「妄想じゃなくて現実世界で手を動かしてください。取り敢えずスプーンを置け」
どうあっても阿求がかき氷を食べている事にしたいらしい。相手の顔が見えないのだから、何を想像しても自由だけど。何の根拠があって決めつけるのか。呆れた溜息を吐きながら、苺味の氷を口へと運ぶ。
「兎に角、明日の〆切は厳守ですから! 間に合わなかったら原稿料を下げてもいいんですよ?」
「卑劣な! お金で他人の気持ちを動かそうというのですか!」
「お金じゃないと動かない人がいるんですよ」
「動かざること山の如し」
「疾きこと風の如く、という言葉もあるのですが?」
「氷がうまい」
「都合が悪くなると聞こえない振りするの止めませんか、おいこら」
甘いかき氷に文の小言がピリリと効いて美味かったとか何とか。
しかしながら依頼を無視するわけにもいかない。契約に違反すれは莫大な違約金をとられ、せっかく貯めた稗田貯金が全て天狗の活動資金に取られてしまうのである。それに出版すれば印税も出るし。稗田の世界でも先立つものは重要だ。有るなら有るに越したことはない。
仕方なく書こうかとかき氷を食べた終えたところで、玄関の呼び鈴が鳴らされる。いつだってやる気が出した時に鳴るのだ。チャイムというものは。悪魔が影から様子を窺い、ここだというタイミングで指示を出しているのではないか。最近はそう思うようになった。
「はーい! いま行きます!」
声が届いたのか、それっきりチャイムは鳴らなくなった。不思議なもので鳴らし方だけで待っている人物が分かることもある。一定のリズムなら四季映姫。返事をするまで連打するのが射命丸。そして返事をしても連打するのが妖精共だ。
今回の主は一回鳴らしたらそのまま。この理不尽なまでに堂々とした鳴らし方には覚えがあった。
玄関戸を開くまでもないのだが、黙って閉じたままにしていると無言で蹴破られかねない。下手をすれば土足であがってきそうな妖怪を待たせるつもりなど全く無かった。
案の定、風見幽香が日傘の下で微笑みを携えていた。
「ごきげんよう、阿求」
「おはようございます、幽香さん。相変わらず背筋が凍るような笑顔ですね」
せっかくのやる気を削がれたのだ。これぐらいの皮肉は許容して貰わないと困る。そもそもいつものやり取りだ。今更この程度で怒るような幽香でもなかった。浮かべた笑顔の質は変わらず、おもむろに日傘を畳んで傘立てに差し込む。
手にはいつものバスケット。毎回のように持っているのだが、中身を拝んだことは一度として無い。
「今日は暑くなるそうだから、寒いぐらいが丁度良いのよ。上がるわよ」
既に靴を脱ぎ始めた奴の台詞ではないが、これぐらいの横暴さは笑って済ませられるレベルだと言うから恐ろしい。そもそも出会いからして「幻想郷縁起で私を極高最悪と書いたのはあなたの性格が歪んでいるからね」と断定し、修正しなければ腕を折ると脅迫し、断れば毎日のように訪問してくるのだ。棘のある言葉ぐらいで怯んでいたら風見幽香の相手は出来ない。
お茶を出すべきかどうか迷い、結局は出すことにした。催促一つでちゃぶ台を破壊するような妖怪だ。あれは里の古道具屋でようやく見つけた一品。そうそう壊されるわけにもいかなかった。
「あら、またかき氷を食べてたの? 好きねえ、相変わらず」
「夏の風物詩ですから。暑い日には欠かせません。良かったら幽香さんにもご馳走しますよ。醤油味とソース味のどちらが良いですか?」
「血って鉄の味がするのかしら?」
「答えになってませんよ」
「なってるのよ、うふふ」
目は笑っていなかった。弄るのも程ほどにしておこう。一応は大妖怪。扱いを間違えれば阿求の命など紙細工のようにあっさりと吹き飛ぶ。それこそ文の扇とは比べものにならないぐらい、呆気なく人生が終わってしまうのだ。
しかし不思議と幽香を相手にして命の危険を感じたことはなかった。確かに友好的ではないし、すぐに我が儘を言うし、平気で暴力も振るう。だけど本気で阿求を殺そうとしたことなど、一回ぐらいしかなかったのだ。
一回あれば充分だという意見もあろう。私もそう思った。だからこそ幻想郷縁起はああなったわけで。それも幽香の弁明によれば、阿求に殺意を抱いたのではなく、そこにいた別の妖怪を殺そうとしていただけ。確かに人間は嫌いだし、思うがままに自分の力を使ったりはするけれど、基本的にはただの花好きな優しいお姉さんなのよ。
幽香はしきりにそう主張していたが、花好きの優しいお姉さんは蚊が鬱陶しいという理由でマスタースパークを放って壁の一面を破壊したりしない。河童の手伝いがなければ今日の朝は隙間風の猛襲にやられ凍死していたことだろう。
「まだ根にもってたの? しつこいわね、阿求も」
「何年も前の話なら私とて追求はしませんよ。でもこれは五日前の話じゃないですか。先週ですら無いんですよ」
「だからあれは謝ったじゃない。どうかしら、凶悪な妖怪は人間に謝ったりしない。これだけでも私が素敵なお姉さんだと……」
ご高説は続くが、風通しがよくなったじゃない、という台詞を普通謝罪とは言わない。言い訳とか誤魔化しとかその類の言葉だ。
「しかし幽香さんも妙に素敵なお姉さんとか言うのに拘りますね。そうまでして成りたいものですか、素敵なお姉さんとやらに」
八雲紫にしろ伊吹萃香にしろ、仮に極高最悪と書かれても抗議には来なかっただろう。大抵来るのは自分が弱すぎると下級の妖怪や妖精が文句を言いに来るぐらいで、幽香のような例は珍しい。
大妖怪ともなれば他人の目など気にならず、いつも飄々としているイメージがあるのだが。
幽香は待ってましたとばかりに微笑み、件のバスケットから一冊の本を取り出した。
「知ってるからしら、この本。人間や妖怪の間で密かなブームになっているんだけど、私の愛読書なのよ」
合点がいった。幽香が取り出した本の主人公は女性で、温厚かつ皆の憧れの的。誰からも愛されるようなまさに素敵で優しいお姉さんだった。
「つまり彼女に憧れたと?」
「彼女が私に似ているのよ。だけど彼女だけは良い扱いを受けていて、私だけが叩かれるのはおかしいと思わない?」
必死に訴えようとしているが、要は憧れたのだろう。本について語る幽香の瞳は、まさに恋する少女のように輝いていた。あれで心情を隠そうと言うのだから、幽香がいかに真っ直ぐな妖怪なのか。嫌というほど分かった。
気まずそうに頬を掻く。幽香が力説すればするほど背中がむず痒くなってくる。
「私と扱いの違う彼女については不満もあるけど、だけど話自体は素晴らしいものだったわ。まぁ、色々と粗はあるから作者に会ったら突きつけてやろうと本を持ち歩いているんだけど。阿求、あなたも一応は本を書いたりしてるんだから作者と面識があったりしないのかしら?」
しばし悩み、幽香の顔を見つめ、仕方なく口を開いた。
手を挙げつつ、しかめっ面で。
「私が作者です」
「…………え?」
「ですから私が作者です。天狗の新聞に連載していた小説がありまして、それを纏めたのがその本なんですよ」
あまり大っぴらに言うことでもないし、名前も杉田阿戸に改名している。作者が自分だとバレたことはないが、幽香になら言っても問題は無いだろう。中には熱狂的なファンもおり、思わずドン引きするぐらいべた褒めした手紙が届いたというし。
あの時ほど名前を変えておいて良かったと思った事はない。
「あの、幽香さん?」
彫像のように動かなくなった幽香。無理もない。探していた作者が目の前におり、しかも自分だというのだ。もしも阿求と幽香の立場を入れ替えて考えてみれば同じように硬直しただろう。
目の前で手をヒラヒラと動かしても反応がなく、いよいよどうしたものかと困り始めた時。ようやく幽香の時間が動き出した。
バスケットを投げ捨て、例の本を思い切り突き出す。返品だろうかと思うぐらいの勢いだった。
しかし幽香は俯いたまま、
「サインしてください!」
今度はこちらが固まる番だった。
「あのあの、出来れば風見幽香さんへってお願いできますか。あっ、サインペンなら此処にあります。だからお願いします!」
「え、ええ、まぁ、サインぐらいなら……」
震える手つきで名前を書いてみれば、まるで愛する人から貰ったラブレターのように抱きしめ、年頃の女の子のようにはしゃぐ幽香の姿があった。
「きゃーっ! ありがとうございます! 私、本当に先生の大ファンなんです! 妖怪の山にも沢山ファンレター出しましたけど読まれましたか?」
犯人は幽香だったらしい。そして阿求は一番教えてはいけない妖怪に正体を明かしてしまったようだ。覆水盆に返らず。後悔してももう遅い。
「この主人公とかもう本当に最高で、私もこんな風に素敵な女性になりたいなって思ったんです! 特にあの花屋でバイトするシーンとかもう景色が目の前で浮かぶようで、あとあとあの告白シーンは何度読んでも涙が止まらなくて……」
呆然とする阿求に対し、幽香の力説は続く。
長い長い時間の果て。語りに語った幽香は肩で息をしており、顔は仄かに上気していた。これがあの大妖怪風見幽香だと誰だと思うだろう。どこからどう見ても普通の女性であり、到底凶悪な妖怪には見えなかった。
最も作者からすれば、これほど恐ろしい存在もあるまいて。感想を言ってくれるのは嬉しいのだが、熱気が兎に角凄まじすぎる。それこそ押し倒されそうな勢いだ。なまじ相手が大妖怪なだけに、迂闊な行動は命を危険に晒す。
もしも時間を戻せるのならば、躊躇いなく何時間か前に戻して貰うだろう。今となっては文とのやり取りも懐かしい。
「さて……」
この上まだ語るというのか。思わず身構えた阿求に対し、
「この家では客人にお茶すら出さないのかしら?」
阿求は心に誓った。次に幻想郷縁起を編纂するような事があれば、真っ先に幽香の項目を書き直そう。
気まぐれで、切り替えが早いと。
幻想郷縁起を稗田の妄想だと切り捨てる人も中にはいる。確かに一部分に推測が入っていることは否めないし、邪推した文章も含まれていた。しかしだからといって全てが全て妄想だと言い切られたら反論せざるをえない。
あれは綿密な取材の元に書かれたものであり、少なくとも根本的な部分には一切の私情や偏見は混じっていないと。平べったい胸を張って言える。
幽香を追い返し、軽めの昼食の後。阿求は命蓮寺に向かっていた。
かつて出した幻想郷縁起から数年。幻想郷も随分と賑やかになってきたし、そろそろ改訂版を出す頃合いだろう。守矢神社に地霊殿。天人に果ては命蓮寺とページ数には困らない。
既に先方から許可は頂いているし、生半可な遠慮は向こうにとっても迷惑だろう。そもそもあちらも大歓迎しており、阿求が訪れるのは何時なのかとしきりに確認してくる有様だ。
『私達の活動を知って貰えるのでしたら、それこそ泊まりがけで取材して貰っても構いません』
聖白蓮の言葉に思わず目頭が熱くなったのは秘密の話だ。博麗の神社では邪険にされ、守矢の神社では玩具にされた。稗田を敬うという気持ちに欠けた両巫女と比べれば、これから訪れる命蓮寺には期待が持てるというものだ。
里の評判からして悪くないし。ただ聖白蓮は妖怪の保護を主張しているという話も耳に飛び込んできていた。中にはそれで敬遠する者もいるが、博麗神社と比較すればどうということはない。あそこなど妖怪のたまり場ではないか。参拝客がいないのも理解できるというもの。
などと考え込んでいたら、いつのまにか目の前には重厚そうな造りの門が。西洋風の紅魔館とは違ってまさしく寺を思わせる和風。裏側には閂が付いているのだろう。しっかりと閉じられてしまっては、阿求の力で開くことなど出来ない。
「お待ちしておりました」
門の前に立っていた女性が丁寧にお辞儀をする。彼女が聖白蓮なのだろう。なるほど噂に違わぬ美貌の持ち主だ。しかしどことなく優しさを感じさせる風貌は、先程までの出来事で軽くショックを受けていた阿求の心を癒してくれた。
慌ててこちらもお辞儀を返す。
「今日はよろしくお願いします。と言っても特別な事をしてもらう必要はありません。私はありのままの命蓮寺を取材するつもりですから」
「理解しております。だから寺の者にも特に変わったことはするなと命じてありますから、どうぞお気になさらず取材をしてください」
こうも好意的だと楽でいい。地霊殿では露骨にトラウマを抉られ、早々に追い出されてしまった。紅魔館も同じく好意的だったのだが、どうにもあそこの連中は自分を格好良く見せようとしすぎる。ちょっとした小芝居が始まった時はどうしようかと思ったぐらいだ。
飾らず、隠さず。その点では命蓮寺の評価は高い。
「どうぞ、こちらです」
重厚そうな門も聖の手にかかれば紙細工のようにあっさりと開いた。彼女は変わった魔法を使うらしい。そちらも後で取材するとしよう。
今はまず命蓮寺の内部だ。数多の人間や妖怪が訪れているとはいえ、まだまだ知らない者の方が多い。是非とも隅まで調べ上げ、場合によっては幻想郷の危険地域案内に加える必要があるだろう。
しかし今のところは危惧したような危険性もない。至って普通のお寺だ。本堂にも案内されたが、特筆すべきような所は無かった。むしろ仏閣の愛好家に対して観光地として勧めるべきではないか。そんな考えも過ぎるほどに何事もなく案内は続いていく。
「こちらは私達が普段住んでいるところですね」
噂によれば命蓮寺は状況によって船に変形するらしい。だから本堂と生活区域が繋がっているんだとか。だがさして珍しいわけでもない。外の世界でも本堂と生活区域が繋がっている寺はよくあるそうだ。
板の廊下を踏みしめ、先導する聖に続く。あまり人とすれ違わないのは、そもそもの住んでいる人数が少ないからだろう。事前調査によれば五~六人程度だと聞いている。
いずれは彼女達からも話を聞こう。適当な記事は書けない。
「まずは精神鍛錬の間から。此処は寅丸星が普段から使用しており、名前の通り座禅や精神統一の為の部屋です。どうやら丁度鍛錬の最中だったようですから、少し覗いてみますか?」
「お邪魔でないのなら是非」
「分かりました」
寅丸星と言えば毘沙門天の弟子。そんな彼女の鍛錬など滅多に見られるものではない。むしろお願いしたいぐらいだ。
期待に胸膨らませ、そしておもむろに木製の扉が開かれる。
「ん?」
チョコチップクッキーを食べながら寝ころんで漫画を読みふける毘沙門天の弟子がいた。
鍛錬の間?
疑問に思っている暇もなく、すぐさま扉は閉じられた。聖は笑顔のままだ。動揺一つ見せていない。
「ナズーリン」
「ここに」
指を鳴らした瞬間に、音もなくネズミっぽい少女が現れる。彼女がナズーリンなのだろう。星と一緒にいる姿を頻繁に目撃され、おそらく部下なのではないかと言われている。
「任せます」
「御意」
頷いたかと思えばナズーリンは鍛錬の間へ入り、再び堅く閉ざされた扉の向こうからは戸惑ったような星の声が聞こえてくる。
「えっ、取材って今日だったのですか!? 私はてっきり明日かと……」
「朝から散々言っていたのに、ご主人様は何を聞いていたんだ。ほら、早く準備準備」
「そう言われても精神統一などここ十何年ほどやっていませんし。あれ、ナズーリン。私の槍を知りませんか?」
「また無くしたのか! ええいもう時間がない! 何か代わりの物で代用するんだ!」
「ポッキーなら有りますよ」
「そして宝塔をアポロチョコにするのか。なんだ、君はお菓子会社の守り神か」
「ああ、それもいいかもしれませんね。お菓子を一日中食べ放題……」
「トリップしてる場合じゃないだろう! 準備準備!」
慌ただしい声が響いてくる。聖は尚も笑顔で、逆にそれが怖い。
何か尋ねたい事は山ほどあるのだが、彼女に言葉をかけることに躊躇いを覚えてしまうのは生物としての生存本能によるものだろう。
飾らず、隠さず。少なくとも隠してはいないようだが、さて幻想郷縁起には何と書いたものか。
しばらくすると騒がしさも収まり、ナズーリンが扉から出てきた。
「最大限の努力はしました」
「ご苦労様です。お待たせしました、稗田様。それではこちらが精神鍛錬の間になります」
「あ、はい」
今度こそはと聖が扉を開いてみれば、肌を焦がすような威圧感が襲いかかってきた。踏ん張らなければ吹き飛ばされそうなほどの気迫。その中心部には座禅をくんだ星がおり、手にはアポロチョコとポッキーが握りしめられている。
洋菓子会社の守り神だった。
「星、稗田様がいらっしゃいましたよ」
「………………」
まるで聞こえていないかのように寅丸星は動かない。圧迫感は薄れているし手には洋菓子があるけど、精神統一自体はマトモなものだ。間の抜けた奴だと思っていたら、予想外の所で足をすくわれるかもしれない。
密かに阿求は星の評価を上書きしていた。
「すみません、一端始めるとしばらくは私の声も聞こえないもので」
「いえいえ、修行の邪魔までするつもりはありませんから」
「そう言って頂けると助かります。では次の……」
聖の言葉を遮るように星の安らかな寝息が聞こえてくる。振り返りそうになった頭を聖によって押さえられ、その間にナズーリンが星に向かって全速力で走っていった。背後から鈍い音がして、星の呻き声が聞こえてくる。
「痛いのですが……」
「だったら寝るな」
「何を言っているのですか、ナズーリン。ここは座ったまま寝られるよう特訓する部屋でしょう?」
「なるほど、ご主人様の特訓はどうやら無駄と読むらしい。ちょっと話がある」
「えっ、ちょっ、ナズーリン!」
視界の隅に小柄な少女に引きずられていく星の姿が見えた。二人の姿が消えてようやく、阿求の顔は解放される。ふと後ろを振り返ってみれば虎のぬいぐるみが部屋の真ん中にちょこんと座っていた。
「それでは次に参りましょう」
最初は期待感に胸を膨らませていたのだが。まさか博麗や守矢以上に問題を抱えた所があるとは。間違いなく危険地域に指定するとしても、果たしてどれぐらい危険なのか。出来れば偽っていない真実の部分を見せて貰いたいのだが、聖の様子を見るとそう上手くはいくまいて。
まぁ、星のことを思えば簡単に暴けそうに思えるけれど。皆が皆あのように自由気ままなわけでもあるまい。
「村紗! そっちは駄目だって!」
「何でよ。取材の人が来てるんでしょ。だったらありのままの私を見て貰わないと」
「だったらせめて服を着て! 何で全裸なのよ!」
「えー、だって普段から基本的に薄着でしょ。だからまあ全裸でも良いかって」
「意味分からないわよ!」
「でも一輪も聖も風呂上がりは全裸じゃ――」
「超人『聖白蓮』」
途端に聖の姿が掻き消え、廊下の向こうから聞こえてきた二人の会話も途絶える。瞬間移動でもしたのかと目を擦ってみれば、いつのまにか目の前に拳を血に染めた聖の姿があった。
「ここは少し空気が悪いようなので、外に行きましょうか」
逆らえるはずがなく、言われるがままに外へ出る。不思議と嫌な気分はしなかった。むしろ難攻不落の要塞から脱出できたような奇妙な達成感に包まれている。後はお茶を濁して寺を後にするだけだ。
逃げよう。長く此処にいたら自分の命も危ない。
ただ取材に来ただけなのに。いつのまにか稗田阿求は命をかけた大脱出劇に巻き込まれていた。
夜も深くなれば、森の外れで夜雀の屋台の提灯が灯る。
知る人ぞ知る名店には足を運ぶ客も多く、阿求は中でも常連と呼ばれるぐらいに通っていた。顔なじみの女将を相手にすれば話も弾み、聖が席を外した隙に押し入れから屋根裏へ侵入したことを得意気に話していると、暖簾を潜ってこれまた顔見知りが席に腰を降ろした。
「随分と上機嫌だねえ。上手い酒でも入ったのかい?」
「だとしたら私もご相伴にあずかりたいですね」
小町と美鈴。不思議と馬が合うらしく、しょうちゅう屋台へ飲みに来ている。共通点には気付いているのだが、当人達が知らぬ存ぜぬを貫き通すので追求しないのが華だろう。
「上機嫌にならないとやっていられないほどの事件があったんですよ」
八目鰻を焼きながら、ミスティアも相槌も打つ。鰻とタレの香ばしい匂いが此処まで届き、運動の後のお腹が悲鳴をあげたそうに唸っている。
「分かるなあ。私も辛い事件があったからねえ」
「おや、珍しい。人間にでも騙されたのかい?」
「お喋り好きの死神には分からないかもしれないけど、仕込みの前に幽香さんが来てね。なんだか面白い本があるから読め読めと押し付けられて、読んだら感想を聞かせて欲しいとか言われてさ。私、あんまり読書しないのに」
他人のした事ながら自分の悪事のように聞こえてしまうのが不思議だ。それにしても幽香め。あの反応で分かってはいたが、そこまで気に入っていたのか。
さほど読書好きではない死神もそれは理解できると頷き、漫画しか読まない美鈴も苦手な物はどうしてもね、と言葉を濁している。何だかんだ言いながら、幽香はここにいる全員が束になっても敵わない相手。露骨に拒絶するわけにもいかず、ミスティアには悪いことをした。
嫌がる人に本を押し付けても意味はないだろうに。今度会ったら注意しておこうと阿求は決めた。何を言われるか分かったものじゃないが、自分の本がそういう風に扱われているのは我慢ならない。
「いやしかし、何も風見幽香が特別というわけでもあるまいよ。あたいの上司もわりとワンマンな所があるからさ、礼儀とか教育の教科書みたいなものはよく押し付けられるよ」
「私の所は主人も漫画好きですからねえ。強いて言うなら咲夜さんが怖いですね。迂闊に片づけを忘れたら容赦なく捨てられますし」
酒が進めば愚痴も進む。肴が美味ければ口も滑る。
三人の話はいつものように不満大会へと早変わりした。苦労人が集う飲み会だ。誰かが導かずとも自然とこうなるのは当たり前だろう。愚痴を言ったところで何も変わらないと知りつつも、それでも言わなきゃ気が済まない。
「私は最近気付いたんですよ。もしかしたら胸の大きさは度量の大きさに比例しているんじゃないかって。つまり胸の小さな人ほど器も小さい!」
「なるほど、だから四季様はあんなに細かいことでガミガミ言うのか。いいね、その説。面白いし当たってる!」
「咲夜さんも胸ちっちゃいですからねえ」
「いやいや映姫様には負けるだろ」
「あはははははは」
二人のやり取りを聞きながら、早々に阿求はお猪口を置いた。いつまでも飲んでいたいが、今日は妹紅との約束もある。それに仕事もまだまだ残っていた。酒に潰れて帰るわけにはいかないのだ。
「すみませんが、仕事があるので今日はこれで」
「おや、残念だね。それじゃあまた縁があったら飲もうや!」
「まあ、きっと明日ぐらいに縁があるんでしょうけど」
「お仕事頑張ってくださいね」
三者三様の反応に微笑みながら、勘定を置いて屋台を去る。相変わらずの腕だった。あれならば里でも一流の扱いを受けるだろうに。
もっともミスティアにその気はあるまい。此処で屋台を出すぐらいが丁度いいのだと、楽しそうに阿求へ語っていた。実際は単に人間が嫌いだからなのかもしれない。じゃあどうして阿求は平気なのかと問うてみたのだが、「稗田には色々とお世話になってるからね」と返される。
心当たりはないのだが、おそらく先代辺りが何かしたのだろう。だとしたら当代の稗田に出来ることは、あの屋台の常連になることぐらい。行くなと言われても行きたくなるぐらいの腕なのだから、あまり自慢げに言えることではないのだが。
「稗田阿求じゃありませんか。どうしたのです、こんな所で?」
「四季映姫様!?」
思考に耽っていたせいか、前から歩いてくる映姫に気付くことができなかった。夜道に目を凝らしてみれば、その背後にはこれまた珍しい人物がいるではないか。
「それに咲夜さんも」
「ごきげんよう、阿求。今週末の予定はまだ決まってないんだけど……」
「その話はまた今度にしましょう。ちょっとしたトラウマになっているので」
「そう? ならいいわ」
それにしても奇妙な組み合わせである。映姫に咲夜。とても共通点があるようには思えないのだが、どうしてこんな夜道を歩いているのか。
答えは意外にもすぐ側にあった。
「小町がしきりに言っているのですよ。あそこの屋台が美味しいと。だから私も一度行ってみようかと思いまして」
「私も美鈴が言っているから。閻魔様とはさっきそこで会ったのよ。だから一緒に飲みましょうかって。だけど説教は勘弁してくださいね」
「飲みの席で説教するほど私も無粋ではありませんよ」
咲夜は安心して胸を撫で下ろしたが、その言葉が守られないことを阿求は知っている。酒が入ると説教が始まるし、ごく稀に入っていなくても始まるのだ。ましてや今日は屋台に問題児がいる。説教は確実だろう。
しかも二人の話題を考えれば。阿求は首を振る。
「そうですか、私は用事があるから帰るところですけど、どうぞお二人で満喫していってくださいね」
笑顔で二人を送り出した。おそらく数分後には阿鼻叫喚の光景が屋台で見られるのだろう。本来なら美鈴や小町を守ってもいいのだが、生憎と阿求の胸は小さかった。
だから器も小さいのだ。
賑やかな食卓も時には悪くない。
「茶碗蒸しにブリ大根。なんか全体的に地味っぽい料理が多いわね。ただの夕食なら兎も角として、宴席のような祝い事には向かないわよ」
「文句があるなら食うな! それに私が作ってるのはただの夕食だからこれで良いのよ!」
妹紅らしく色彩にも拘った華やかな夕食。ミスティアの屋台で多少は満たしたはずのお腹が再び鳴るぐらい、食欲をそそる香りが漂っている。見た目も充分に満足のいくものなのだが、生憎とお姫様には不満があるらしい。
永遠亭の食生活。妖怪の生態や生息地域に重点をおいたのが幻想郷縁起だが、衣や食を中心としたファッションあるいはグルメの本を刊行するのも面白い。その時は是非、永遠亭から調査させて貰うとしよう。命蓮寺はまぁ、最後でいいか。
「ご飯の炊き方も甘いわね。いつも道ばたで寝てたから釜の使い方とか知らないんでしょ。始めちょろちょろ中ぱっぱって覚えるといいわ」
「知ってるよ。お前が泣いても蓋はとらん」
「うん? 私じゃなくて赤子泣いても蓋とるなよ。妹紅ったら間違って覚えてるんでしょう。馬鹿ねえ」
「嫌味に決まってるだろ!」
里の子供でも知っている常識。竹林の案内をしている妹紅と永遠亭の輝夜は犬と猿が呆れるぐらいに仲が悪い。そのくせ頻繁に会っては殺し合いをしていると言うのだから、永琳に言わせれば仲が良すぎて妬けるそうだ。
文句を言いながらも、遠慮なく輝夜の箸は料理に伸ばされている。下手をすれば全部食べられてしまいそうな勢いに、慌てて阿求も箸をとった。
「大体、お前は昼も私と慧音の食事を邪魔したじゃないか。今度は夜か。なんだ、永遠亭ってのはそんなのに貧乏な所なのかしら。お姫様に料理も出せないなんて、随分と落ちぶれたものね」
「私は単に妹紅の料理が食べたかっただけよ」
なにげなく言った言葉の破壊力たるや、妹紅は顔を赤らめて腕が奇妙な動きを始めた。空中に絵でも描くのかと思った。
「ばっ、馬鹿なこと言うんじゃないわよ! 別に私はあなたの為に料理を作ってるわけじゃないのよ!」
そのくせしっかり輝夜の分まで用意してあるのだから、実際の所はどうなのかと訊きたくなる。阿求とて女の子。他人の惚れた腫れたには興味のあるお年頃なのだ。同性同士とはいえ、妖怪や人外の間ではさほど珍しいことでもない。天狗の間では男色もあるらしいし、女性同士に眉を顰めるほど阿求の器は小さくない。胸を馬鹿にでもされない限り。
「ぷっ、純情ねえ。ちょっとからかっただけなのに気付かなかったのかしら? ああ嫌だ嫌だ、これだから自意識過剰は困るのよねえ。そういえばあなたの父親も自意識過剰気味だったわ。私はこれっぽっちも好意を持っていなかったのに、『俺に気があるんでしょ。目を見たら分かるべ』とか言って近寄って来たし」
「……正直、それに関しては返す言葉もないわ。本当、何でこんな捻くれた性格ブスに惹かれたんだか」
「彼女が出来るくらいなら私がお嫁さんにって? あはは、ファザコン乙」
「我が儘が服着て歩いてような馬鹿姫には分からないでしょうね」
「なによ」
「なにさ」
まさに一触即発。二人の間に火花が見えた。
これではせっかくの料理も美味しくないし、何より気が気でない。注意して、どうしても我慢ならないようなら外でやって貰うとしよう。普段は温厚で優しい妹紅も、輝夜を前にしては頭に血がのぼる。果たして言うことを聞いてくれるかどうか。
箸を置いたところで、思わぬ救世主が現れた。上白沢慧音。妹紅の様子が気になって来てくれたそうだ。
「ついでに天狗から阿求さんへ伝言を預かっています。早く書け。前歯抜くぞ」
「抜くなら奥の親知らずにしてくださいと返してください」
「……相変わらず、あの天狗に対しては辛辣なのですね。まるで妹紅と輝夜のようです」
微妙に仲睦まじい二人と、自分と文とでは全然違うように思える。残念ながら自分たちの間に友情や絆は存在しておらず、あるのは〆切と原稿料だけだ。仄めかしい愛の気配など欠片も感じられない。
兎にも角にも、慧音の登場は有り難かった。この二人を操縦できるのは永琳を除けば慧音ぐらいのもの。案の定、二人とも慧音が現れてからは口げんかも控えるようになった。しかし依然として視線はぶつかり合い、激しい火の粉が飛び散っている。
「まったく、あなた達は目を離すとすぐにこれです。竹林でやるのなら一向に構いませんが、此処は阿求さんのお宅なのですよ。やるなら余所でやりなさい」
ナメクジに塩をかけたように小さくなる妹紅と輝夜。これで一件落着。ようやく楽しい夕食が戻ってくるかと、この時は信じていた。早くから気付くべきだった。妹紅の様子が気になったとはいえ、他人の夕食にお邪魔するほど慧音は常識知らずではなかったということに。
呆れた表情が笑顔に変わる。見覚えのある笑顔だ。確か昼過ぎ辺りに命蓮寺で見た。
「と、昼間の私なら言っていたのでしょうね。賢者賢者とおだてられても友人の嘘一つ見抜けなかったとは」
「け、慧音?」
「ちょうど寺子屋の子供達用に試験を作っていたところだったのです。良かったら妹紅と輝夜も挑戦してくださいませんか。おかしな所があったらいくらでも指摘してください」
妹紅の疑問符を無視して、唐突に慧音先生の試験が始まった。何をしたいのか、妹紅と輝夜は顔を見合わせている。阿求も首を傾げながら、それでも茶碗蒸しを食べる手を休めたりはしない。
「第一問。今日の昼食を終えてから殺し合いを始めたのは誰と誰ですか?」
奇怪な設問だ。こんな個人的な問題を出題するとは慧音らしくもない。
妹紅と輝夜は首を傾げながらも、躊躇わずに答えた。
「私と輝夜でしょう」
「それに何の意味があるってのよ」
笑顔のまま、慧音は出題を続ける。
「では第二問。その二人が殺し合いだと竹林に入ってから帰ってくるまで何時間かかったでしょう?」
氷の割れる音。あるいはガラスにヒビが入る音。阿求の耳にはそんな音が聞こえてきた。いや実際には鳴っていない。ただ途端に顔色と表情を変えた二人を見て、そんな幻聴が届いてきたのだ。
輝夜は平静を装いながらも冷や汗を垂らし、妹紅は明らかに動揺していた。目は泳ぎ、再び腕が奇妙な動きをしている。
「い、いや、それはあれだよ、なあ輝夜」
「そうね。今日の殺し合いは馬鹿妹紅がいつも以上に抵抗したから、それでちょっと時間が掛かったかもしれないわね」
「そうそう。蘇生のこともあったからさ。二時間は掛かるんだって」
蓬莱人に詳しくない阿求からすれば、二時間が短いのか長いのか判断は出来ない。しかし慧音は妹紅や輝夜とも親しい間柄。それをどう判断するのか、基準となる材料は揃っているのだろう。
恐ろしい笑顔を絶やさず、出題はまだまだ続く。
「第三問。その竹林で殺し合いではなく二人が本当にしていた事とは何でしょう?」
輝夜の冷や汗が増え、妹紅の顔色が蒼白に変わる。何となく阿求にも慧音のしたい事が見えてきた。そして妹紅と輝夜が隠している事も。
火花の気配は去り、代わりに火薬の臭いが充満していく。迂闊に火を点ければ爆発は免れない。避難しておくべきか。いや、もう立ち上がるのも恐ろしかった。事の成り行きに身を任せる他ない。
「何って、殺し合いだよな。なあ!」
「ええ、殺し合いよ」
二人の声は裏返っており、さとりでなくても嘘だと見抜ける。
目の錯覚だろうか。慧音の背後に仁王像が見えた。
「では第四問。私と妹紅が実は付きあっているのを知りながら殺し合いをしているという偽装工作まで施して竹林の中でキスをしながらイチャイチャして二時間も帰ってこなかった馬鹿なカップルは誰と誰でしょう?」
「……おいおい、慧音。あまり馬鹿なことを言うもんじゃないよ。キスをしてるって、大方あの兎の嘘にでも騙されて――」
「最近様子がおかしかったから二人の後を尾行していたのです」
「…………………………」
チェスならチェックメイト。将棋なら詰み。二人の逃げ場は最早どこにも残されていなかった。
妹紅は乾いた笑いを浮かべ、輝夜は軽く震えていた。
「では最後の問題だ」
敬語が無くなった。寺子屋モードに移行したらしい。こうなった慧音には容赦という文字がない。阿求は無言で茶碗蒸しを持ち上げて避難した。
「これから私はお前達に何をするでしょう?」
取り出した巻物は月の歴史。いつぞや語っていた。あれがあれば新月の夜だってハクタクに変化することができるのだと。
妹紅と輝夜は後ずさりながら、恐る恐る口を開いた。
「頭突き?」
「正解だ!」
縁側の戸が破壊され、風通しが良くなったのは言うまでもない。
河童に修理をお願いしとこう。ああ、今夜は涼しくなるぞ。
氷枕に手ぬぐいを巻けば、これで今夜は快適に過ごせるだろう。寝室ではまだまだ寝苦しさが残っている。そのまま横になれるほど阿求は暑さに強くなかった。
本来なら幻想郷縁起の下書きなり、文から頼まれたプロットを書くなりするのだが、妹紅があの調子では翌朝の料理は期待できまいて。自分が作るとなれば、これはもう早くから寝るしかない。
文には本当に悪いことをしたと思っているし、明日の催促は今日よりも激しいものになるだろう。しかしそれでも阿求は寝るのを止めない。頻繁に電話が鳴るから電話線を外したのも、ひとえに〆切という悪魔から身を守るための術なのだ。
たとえ、外で妹紅と輝夜の悲鳴が聞こえたとしても、
たとえ、窓を叩きながらプロットを寄こせと叫ぶ文の声が聞こえても、
たとえ、先生の邪魔はさせないと荒ぶる幽香の声が聞こえてきたとしても、
たとえ、昼間のアレは幻だったので今度こそちゃんと取材してくださいという聖の声が聞こえたとしても、
たとえ、何故教えてくれなかったのかと恨めしそうな小町と美鈴の声が聞こえたとしても、
阿求は寝るのだ。目が覚めれば全てが解決していると信じて。
堂々と現実逃避をする。
だから、おやすみなさい。
いや、楽しく読ませて頂きましたが
どこまでも自分に素直な幽香が好みでした。
誤字報告です
>>覗けば慧音くらいのもの
生き急ぐような人生を送る稗田さんの、とても穏やかとはいえない愉快な仲間達との交流。
どたばたしているように見えるのですけど、何故かとてもふんわりとした読後感を味わわせて頂きました。
作者様の阿求が編纂する幻想郷縁起改訂版、出来ることならもっともっと読んでみたいなぁ。
そしてカラオケでは、ドリンクバーを必要以上に利用するに違いない。
阿求さん頑張って。明日は明日の風が吹くさ……。
「げぇっ、現実!!」
なにより面積的に胸の狭いあっきゅんが大好きです
頼む、俺にまともな呼吸をさせてくれ・・・
息ができん・・・!
阿求「今のは原稿ではない…、プロットの端書きだ」
文「!?」
とても面白かったです
そんな恐ろしいような面白いような日常がツボに入りましたw
命蓮寺がひどいことにw
ギリギリの人生ながらも阿求の生活が羨ましい限り。
駄目だこいつら……。
それにしても、読書してるから、敵(霊夢)が攻めて来ても寝ぼけた状態で相手しなきゃならなくなるんだよ……
頑張れぼくらのあっきゅさん。
なんて愉快な幻想郷なんでしょうか・・・
しかし後書き。
あとみすちー。
あと妹紅二股とはどういうことだ
文が非道だった。編集者って実際こんなんなのかなあ・。コワヒ。お嬢様
命蓮寺修行しろ。て事ですわ。 冥途蝶
「まだ終わらんよ」て感じですね。阿求が活き活きとしてました。 超門番
でもこんな一日もきっと悪くはないものなのですよ。
各人物が魅力的に描かれていると思います。
キャラクターが堅すぎず崩れすぎずちょうど良いバランスになっているので読んでいて違和感なく楽しむことができました。
もうすぐそんな季節ですね。
がんばれ、阿求