「・・・とまあそう言うわけで、右曲がりが七割を占めているらしいぜ」
「果てしなく胡散臭いけど、私には確認する術がないわねぇ・・・」
湯飲みを片手にしたり顔で話す魔理沙に、霊夢はうめくように言った。
幻想郷の昼下がり、今日も今日とてこの二人は博麗神社でお茶している。
魔理沙の話はお茶請けだ。
そもそもなんの話をしているのか、については伏せておく。
「・・・霖之助さんは左だったけどなぁ」
「まああくまで統計だから確実とは言い難いがちょっと待て霊夢、なんか聞き捨てならないことを言」
「冗談よ」
説明口調が一転して噛みつくかのようになり、そしてあっさり否定された。
ぱくぱくと口を開閉させる魔理沙に、霊夢はにやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
「どうしたの?顔が赤いわよ」
「うるさい」
霊夢に指摘されたとおりの顔色でそっぽを向く。
魔理沙も案外女の子よねー、と笑う彼女に、私よりも女らしくないくせに主に胸が、と内心だけで突っ込みをいれる。
決して口に出してはいけない。以前ついうっかり霊夢の胸は抉れ胸、どっちが背中か分からないー、背に腹が替えられるなヒャッホー、などとのたまったところ、血の雨が降ったという苦い経験を生かしてのことだ。
自分のその成長ぶりを誉めてやりたい。
そもそも女の子がこんな会話をするのか、という疑念も尽きないが。
いやなんの話をしているのかはまったくもって不明なのだが。
だがその慢心具合がよろしくなかったのだろうか。
「ん?」
ひぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、という何かが空を切る甲高い音に、魔理沙は視線を外に向ける。
血の雨のかわりに。
つゅどぉぉぉん・・・
さすがの霊夢も腰を浮かす。
超高速飛行物体が降ってきたのだ。
「なんだぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
同じく腰を浮かせた魔理沙が縁側に駆け寄る。
数瞬前は整然と掃除されていた神社の境内。
今やべっこりとひしゃげてへこみ、まるで隕石でも墜ちてきたかのような様相を呈していた。
そして、もうもうと土煙の立ち上るクレーターの中心部には・・・
「・・・・・・人?」
魔理沙のその声に反応したかのように、それがぴくりと身じろぎする。
だんだんと晴れていくその粉塵の中、立ち上がったのは・・・
「慧音?!」
そう。
衝撃でぼこぼこに潰れた帽子。土埃でバサバサになった髪。裂けてずたずたになったワンピース。
そしてぱっくりと割れた額。
そんな彼女がそこにいた。
その風貌のまま、慧音は爆心地の中心からややふらつきながら登ってくる。
「ああああああ?!」
遅れて魔理沙に並んだ霊夢が、そんな彼女の様子を見たのか悲鳴をあげる。
震える指先で前方を指し、
「せっかく掃除したのにー!」
「そうじゃないだろ?!」
あまりにも霊夢らしいといえば霊夢らしい感想に、今度こそ魔理沙は声に出して突っ込みをいれた。
「む、確かに」
血みどろの顔面はそのままに、縁まで登ってきた慧音がなぜか霊夢の意見に同意したらしく後ろを振り向いて唸る。
確かに悲惨な状態になっている。今の彼女の状態も十分に悲惨ではあるのだが。
「ちょっと待て、すぐに直す」
クレーターを見つつ彼女はそう宣言すると、まるで指揮者のように、ちょいと指を振った。
するとどうだろう。
先ほどまで霊夢の胸のように悲劇的に抉れた境内が、まるで何事もなかったかのように平然とそこにあるではないか。
それだけではない。慧音の潰れた帽子も乱れた髪も、そして裂けたワンピースも元通りとなっている。
「ほー」
先ほどとはうってかわって、魔理沙は腕を組み感心したような声をあげた。
歴史を喰ったのだろう。
それを為した当の本人も、その結果に満足したように大きく頷き、二人に向き直った。
だらだらと、流れる血潮はそのままに。
「すまんな、慌てていたもので。大丈夫だったか?」
「あんたが大丈夫なのか?!ていうか一番肝心な部分が治ってないじゃないか!」
「そうは言ってもな。私は自分自身の歴史をどうこうできないんだ・・・それより大変なんだ!」
「どうしたの?」
「平然と返すな霊夢!あと今のあんた以上に大変なヤツもそうはいないぜ?!」
「何を言っているんだ、この程度の負傷はなんでもないさ・・・ところで私は月の兎の目でも見たんだろうか?まっすぐ歩いているはずなんだが、妙にふらふらする」
「血の流しすぎだよ!全然なんでもなく無いじゃないか!」
「なんだ二人とも地面に垂直に立つなんて、器用な真似をしているな。どうやら真剣に平衡感覚がまずいみたいだ」
「いやだからあんたがぶっ倒れてるんだってば!」
「はっはっは、何を言っているんだ魔理沙。半獣たるこの私がこんな程度の出血でどうにかなるものかきゅう」
「思いっきり気絶してるじゃないかー?!」
「いや面目ない」
包帯まみれの頭をかきつつ慧音は言う。
危うく冥界への片道切符を入手するところだったのだが、魔理沙の増血の術(主にパチュリーのため)のおかげで一命を取り留めたのだ。
「まあいいけどさ。それにしても自分の怪我に自前の能力が使えないってのは不便だな。なんでだ?」
そんな魔理沙の素朴な疑問に、彼女は少し考える素振りを見せる。
「・・・まあ話すと長いので簡潔に言うが、幻想郷が破滅するからだ」
「本気で簡潔だな!ていうかそんな大事になるのか」
「まあな。まあそれは別の機会にでも・・・それよりも大変なんだ!」
思い出したように慧音が叫ぶ。
「ああ、そういえば元々そういう話だったわね、どうしたの?」
お茶を煎れてきた霊夢も、同じく思い出したように尋ねた。
「妹紅が・・・!」
まあ、ここまでは予想のうちだ。
彼女が一大事だと思うことといえば、里のことか妹紅のことかしかない。
「妹紅が引きこもってしまったんだ!」
「・・・は?」
魔理沙は思わず間の抜けた声をあげた。
「わかったわ!」
それとは対照的に、霊夢は立ち上がってダンッとちゃぶ台を踏みしめる。
「つまり輝夜を殺っちゃえばいいのね?!」
「おいおい」
いきなり物騒なことを言いだす彼女に、魔理沙は苦笑しつつおざなりに言った。
だが同じく慧音も立ち上がり、
「ああ、歴史的見地から見てそれで間違いない!」
「うおおおおい!」
立ち上がりつつ、全力で突っ込む。
「どういう話の流れだ?!ていかなんでそんな無闇に好戦的なんだ?!キャラ違うだろ!」
「・・・・・・ら」
魔理沙の突っ込みに、霊夢が小声でぼそりと呟いた。
「・・・何?」
「輝夜は裏切り者だから!」
がっ、と天井を見上げ、霊夢が叫ぶ。
「彼女は、彼女だけは私の仲間だと思ってたのに!髪の毛が黒いくらいが特徴の、地味仲間だと思ってたのに!」
さらっと非道いことを口走っている。
「なのになのに!なんかビビンヴァだの助けてえーりんだのでキャラ立てちゃうなんてなんたる裏切り!なんたる采配!神は私を見放したの?!」
「・・・この神社で神とか言ってもなぁ」
こっそりと致命的な突っ込みが入るが、幸いにも今の彼女の耳には届かなかったようだ。
「まあ何にせよ落ち着け二人とも。そもそも原因が輝夜と決まったわけじゃないだろ?実際妹紅に事情を聞いてみないことには始まらないぜ」
「むう、確かにそうだな」
「引きこもり名人の言葉には重みがあるわね」
すとんと二人は着席するが、
「ちょっと待て霊夢、なんだその引きこもり名人てのは?!」
聞き捨てならない台詞に魔理沙が吠える。
「え?だってパチュリーが宴会に参加したのってあんたの影響でしょ?レミリアも喜んでたわよ、『パチェがお茶の時間に図書館の外に出てくるようになった』って」
「あ、ああそういう意味か・・・それならせめて引きこもり立ち直らせ名人とかにしてくれ。まるでわたしが引きこもってるみたいに聞こえるじゃないか」
得心した魔理沙も、ようやく腰を下ろす。
「では引きこもり名人改め引きこもり立ち直らせ名人霧雨魔理沙よ」
居住まいを正して慧音が言った。
改めではなく元々引きこもり名人などと呼ばれるいわれはないのだが、流れをぶつ切りにするのも何なのでとりあえず黙っておく。
「手を貸してくれ」
「・・・タダで?」
「むう・・・それを言われると辛いが・・・」
口元に手を当て、考え込む。
「私の所有物で、お前の食指が動きそうなものなぞないからな・・・」
「なら体で払ってくれ」
唸る慧音に、魔理沙はぴ、と人差し指を立てた。
彼女の言葉に、慧音が顔をしかめる。
「私にその手の趣味はないんだが」
「わたしだってないわ!」
「そーよねー」
「・・・何が言いたい、霊夢」
外野の茶々に、魔理沙はそちらを睨め付けた。
「べーつにー?」
頭の後ろで手を組んでそっぽを向く。
そんな彼女の様子に魔理沙はう~と唸るが、霊夢相手にさしたる効果があるわけでもない。
彼女らの雰囲気に慧音は眉をひそめるが、それに答えるのは霊夢の意味ありげな笑みだけだった。
気を取り直すように、魔理沙がこほんと咳払いをする。
「体で払うっていうのはアレだ、労働ってことだ。わたしの家の片付けをしてくれ」
「まあそれくらいならかまわないが」
彼女の返答に、魔理沙は内心でガッツポーズを取り、霊夢は同情するような視線を向ける。
後に慧音は、自分の返事がどれほど浅はかだったかを思い知ることになるのだが、それはまた別の話である。
ところ変わってここは竹林。
妹紅の家の前に、慧音達三人が降り立った。
別に霊夢が着いてくることはなかったのだが・・・言葉にはしていないが暇つぶしだろう。
「妹紅、私だ、慧音だ。いるんだろう?」
慧音が戸を叩きつつ声をかける。
返事はない。
「留守なんじゃないのか?」
「でも気配はするわよ」
「・・・しっ」
首をひねる二人に、慧音は何かに気付いたように振り向き鼻先に人差し指を持ってくる。
何かあったのか、と視線で問いかける魔理沙に、彼女は戸を指さしそこに耳を張り付けた。
二人もそれにならって、同じく耳をすます。
ぶつぶつと、小さな声が聞こえる。妹紅の声だ。
・・・・・・輝夜キモい・・・輝夜キショい・・・輝夜ウザい・・・輝夜グロい・・・・・・
聞いているだけで気が滅入るような陰気な声と内容だった。
「・・・もう本決まりじゃないか」
「殺るのね?殺るのね?!」
「いや、まあ事情ぐらいは聞こうぜ、輝夜にも。背景がわからん」
「待って下さい!」
がさりと茂みを突き破って、第四の影がおどりでる。
今にも飛んでいきそうな三人を止めたのは狂気の赤目、またの名を永遠亭のみんなのおもちゃ、鈴仙・U・イナバだった。
「なんだ鈴仙か」
「お呼びじゃないぞ」
「帰んなさい」
「ううううう・・・扱い酷い・・・」
出てきて早々へこむ鈴仙。そのまま独白モードに移行してしまう。
「いいんですいいんです、どうせ私はいじられ役なんです・・・肩を叩かれて振り向けば頬に人差し指が突き刺さったり、ピザって十回言ったあと『何言ってんの?莫迦じゃないの?』とか言われる役回りなんですうふふふふ・・・」
微妙にうつろな表情になって虚空を見上げる。
妹紅の家の中も外も、寒々しいまでの鬱空間だ。
どれもこれも輝夜が悪い。
そんなことを改めて認識し、三人は永遠亭へと舞い上がった。
「いいな?全ては輝夜に事情を聞いてからだぞ?」
「魔理沙の割りにはまどろっこしいこというのね。あの満月騒ぎの時には問答無用で襲いかかってきたくせに」
「う・・・あれはしょうがないだろう。お前だけならまだしも、一緒に紫もいちゃ限りなく黒に近いグレーだぜ?」
「・・・まあ否定できないけど・・・」
そんなことを話ながら、彼女たちは永遠亭の廊下を進む。
術を仕掛けられているわけでもないのだが、やはりこの廊下は長かった。
だが何事にも終わりはくる。そんな大仰な話でもないが。
ついに扉に突き当たる。
初めて来たときには気付かなかったのだが、その上にはプレートが張り付けてある。
曰く「輝夜の☆お部屋」
『・・・・・・』
全員、何となく沈黙する。
☆が果てしなく微妙だった。
「・・・開けるぞ?」
いつまでもこうしていても仕方がない。慧音は頭を振り二人にそう宣言すると、眼前の大扉を押し開けた。
軋むような音をたて、扉が開かれる。
個室というには少々広すぎる空間。
そんな中に、永遠亭の二大重鎮が鎮座ましましていた。
事前にイナバ達から報告を受けていたのだろうが、それでも驚いたように眉を上げる。
「貴女は・・・・・・上白沢慧ved!!!。こんなところに来るなんて珍しいわね」
「・・・霊夢。かまわん、やってしまえ」
「ケヒヒー!!」
「きゃああああ?!」
「待てー?!」
慧音の号令のもと、怪人じみた奇声を上げて輝夜に飛びかかる霊夢に、魔理沙がその腰をひっつかんで投げっぱなしジャーマンを繰り出す。それに巻き込まれて慧音も吹っ飛んでいるが、まあ不幸な事故である。
「気持ちは分かるが落ち着け慧音!事情を聞きに来たんだろ?!」
「そんな過去のことは忘れた」
「それが知識と歴史の半獣の言うことかぁぁぁぁ?!」
吠える。
ひとしきり叫んだ後、魔理沙は輝夜に向き直った。
「ていうか輝夜もなんだ、その呼び名は」
「え、ええ?だって永琳がそう言ってたから・・・」
目の前のめくるめく珍事に目を白黒させながら、輝夜が答えた。
「ほほう」
身を起こした慧音が、こそこそと部屋から逃げだそうとしていた永琳の首根っこを掴む。
「ひいっ?!な、何かしらca・・・慧音さん?」
「・・・今も何と言いかけたのか非常に気になるが・・・それも含めて貴女とは話し合う必要がありそうだな。色々と」
「ま、待って慧音さん!は、話し合うだけなら何で私を外に引きずっていこうとするの?!こ、ここでもいいじゃない?!」
「いや、霊夢達に無用なトラウマタイズを創出したくないのでな」
「現場を見ていると心に傷がつくような事をする気なの?!」
「腹を割って話そうじゃないか、不死人」
「いやぁぁぁぁぁぁ?!なんかニュアンスが違うぅぅぅぅぅぅ!」
ぱたん、とふすまが閉まる。
ひぃっ、おち、落ち着いて慧音さん!ああ?!そこにいるのはイナバ82号!すぐさまこの半獣を排除って瞬く間にやられてるー?!あ、ご、ごめんなさい貴女に刃向かおうなんてもう考えませんから!あ、足っ、足を舐めさせて下さい!ってなんで角生やしてるのぉぉぉぉ?!いやぁ許して!後ろ、後ろはいy(歴史簒奪)
卑屈と高慢の境界線を反復横飛びしているかような声が途絶える。
そしてややあって再びふすまが開かれた。
真っ白に燃え尽きた永琳を、妙に満ち足りた表情の慧音が引きずって入ってくる。
どちらも着衣が微妙に乱れているように見えるのは、目の錯覚なのだろうか?
「・・・終わったの?」
「ああ、いろんな意味で」
霊夢の問いに、慧音が頷く。
何が、とは訊かなかった。
ちなみに魔理沙と輝夜はガタガタと肩をふるわせ、声もない。
霊夢も一見すると平然としているが、額にはイヤな汗がびっしりと浮かんでいた。
「さて輝夜殿」
ぽいと永琳を投げ捨てて慧音が言う。
永琳はその着地の衝撃で、微塵と砕けて灰と化した。そのうち元に戻るだろう。
「は、はひ?!」
思わず背筋をしゃんと伸ばして、輝夜は変な発音で返事をした。
「貴女、妹紅に何をした?」
きらりと視線も鋭く慧音は問う。
「え、ええ?」
「あ、ああつまりだな・・・」
話の流れが掴めず困惑している彼女に、ようやく立ち直った魔理沙がここに至る経緯を解説した。
「妹紅ったら非道い!私のどこがグロいっていうの?!」
「いや問題はそこじゃないから」
見当違いに憤慨する輝夜に、魔理沙が律儀に突っ込む。
「・・・といわれてもねぇ・・・」
頬に手を当て、彼女は小首を傾げる。
「確かに昨日ちょっかいだしたけれど、いつもに増したことなんてしたつもりはないわよ?」
「・・・とりあえず、何をしたのか話してくれ」
慧音の要望に輝夜は頷くと、滔々と昨日の出来事を語りだした。
「ニョキニョキ、ニョキニョキふんふふーん」
奇妙な歌を歌いながら、妹紅が地面をほじくっている。
タケノコ取りである。
彼女の食事情は、まあ悪くない。
慧音に協力してもらって、人一人が食べていける程度の畑と水田をおこしてあるのだ。
雑草を抜き、水を撒いたりは日課である。
およそ貴族の娘がやることではないのだが、本人はそれなりに今の境遇を楽しんでいた。
だが普通に生活する分には問題ないとはいえ、変わり映えのない食事というのも味気ない。
そんなわけで、季節の食材というのは貴重なアクセントなのであった。
「煮付け~、おさしみ~、まぜごはん~♪」
ふんふんと実に楽しそうに作業を続ける。
「これで五本目っと。とりあえずはこんなもんでいい・・・か・・・しら・・・」
顔をあげ、額の汗を拭おうとした妹紅の語尾が掠れる。
竹が、生えていた。
いや、竹林なのだから竹が生えているのは当然だ、何も問題ない。普通なら。
つまり生えていたのは普通の竹ではなかったのである。
何しろ太い。まるで中に人が入れるんじゃないだろうか、と思えるほどに太かった。
そしてなにより、その竹は光っているのである。
そんなもんが目の前に生えていたら、驚くのも無理はない。
ないのだが・・・
何故だか彼女は頭を抱えていた。
耳を澄ますと、何かがぶつぶつと呟いているのが聞こえる。
なんということだ、竹がしゃべっているではないか。
・・・正確には竹の中に入っている誰かが、しゃべっているのだが。
ふふふふふ、妹紅がこれを見たら、きっと中に金銀財宝がつまっていると思うに違いないわ。竹を切った瞬間私が飛び出して、そして・・・ふふふ・・・
竹の中の人は、素晴らしい未来予想図を描いているようだった。
「・・・・・・」
中の人の誤算は、中からの声が外にだだ漏れだということに気付いていなかったことである。
スペルカードの名を叫ぶべく、妹紅は息を吸い込んだ。
「まったく・・・」
労働の心地よさというものを完璧にぶち壊してくれた輩に文句をたれつつ帰路につく。
ちなみに先ほどの巨大竹は、鳳翼天翔で焼き尽くしておいた。
そのおかげでいい具合に焼けたタケノコを入手できたのだから、世の中何が幸いするかわからないものだ。収支は微妙にマイナスのような気もするが。
「こういうの、なんていうんだったかしらね・・・人生・・・人生バンジーサイバイマンガガガガ?まあいいや、今度慧音に聞いてみよっと」
人生しかあっていないところが何ともプリティだ。
そんなことを言いつつも、麗しの我が家は刻一刻と近づいていく。
近づいていって、家の前に妙なものがあるのに気がついた。
手にした篭を、取り落とす。
猫がいた。
木箱に入った猫がいた。
「拾って下さい」という張り紙が張られた木箱の中に、猫がいた。
猫がいた。
耳だけ猫な人だった。
人というより月人だった。
月人というより蓬莱人だった。
有り体にいうと、輝夜だった。
ネコミミをした、輝夜だった。
こちらを凝視している妹紅に、木箱の彼女も気がついたようだった。
くりっ、と小首を傾げ、
「にゃ~ん」
鳴く。
輝夜の目算としては、猫と勘違いして油断して拾い上げた妹紅に何某かの行為を為そうとというところだったのだろうが。
その目論見は、パゼストバイフェニックスによって木っ端微塵にうち砕かれた。
「・・・・・・」
微妙に顔を赤くしつつ、妹紅は岩の上に着替えを置く。
不覚にも、さっきの輝夜をちょっと可愛いと思ってしまったらしい。
そういったろくでもないものを汗と一緒に洗い流そうと、彼女は水浴びにきていた。
水田に水を引くための川である。
その少し下流の、流れの緩やかなところを彼女は水浴びに使っているのだ。
「このリボン気に入ってるんだけど・・・これだけ付けると流石にほどくのがめんどくさいわね・・・」
好きでやっているだけに詮無いことなのだが、それでもやっぱり愚痴を言いたくもなる。まあ誰が聞いているわけでもないのだが。
ややあって全てのリボンをほどき終えると、一度ぱさりと髪をかき上げる。
そして汗ばんだ服を脱ぎ捨てると、一糸纏わぬ姿で清水へと身を沈めた。
ふ、とため息をつく。
火照った体に気持いい。特に今日は無意味に二度もスペルを使ったので尚更だった。
水面をぱちゃぱちゃと叩いてみる。
キラキラと陽光を照り返してきらめく水しぶきが美しい。
何となくいい気分になって、妹紅は力を抜いて水に浮かぶ。流されると困るので、岸の岩と腕を枕にして。
刹那。
ざっぱーん、と盛大な音と共に水柱が立ち上がった。
慌てて半身を返し、そして驚愕に目を見開く。
太陽を背に舞うその影は・・・
「今日こそ散らすわいろんな意味でー!!」
「虚っ人ウゥゥゥゥッ!」
振り上げた腕は見る間に巨大化し・・・そして下から突き上げられたその拳が、ものの見事に輝夜を捉えた。
まともに巨腕の一撃を受けた彼女は、きらりと輝く星となり。
小川には、全身を朱に染め、胸元と腰を隠した妹紅の姿がただ残された。
「梁の上からフォーリング!」
「正直者の死ィィィィ!」
「いろりの中からサプライズ!」
「フジヤマヴォルケイノォォォォ!」
「お布団温めておいたわよ私の体でぇー!」
「インペリシャブルシューティングー!」
「ストーカーじゃないかー!」
一通り輝夜の話を聞いた魔理沙が、思いっきり叫んで一回転しつつ裏拳突っ込みをいれる。血反吐を吐いて転がる輝夜。
「最早情状酌量の余地はないぜ!この場で引導を渡してやる!」
「落ち着きなさいって」
霊夢が適当にいさめるようなことを言う。
「落ち着く?!これがどうして落ち着いていられようか?!いや、ない!わたしはストーカーが大嫌いなんだ!あとをつけるな!匿名で貴金属を送りつけるな!捨てたゴミをあさるなぁぁぁぁ!」
「落ち着け」
先ほどとは反対にシャウトする魔理沙に、慧音が蛙掛けをかまして黙らせる。
「反語の使い方が間違っているぞ」
「問題はそこじゃないでしょ?!」
慧音の言葉に、復活した輝夜が突っ込んだ。
「私と妹紅は相仕合う仲なのよ?!それを犯罪者呼ばわりするとは何たる無礼!」
「思いっきりストーカーの台詞だ!ていうか相仕合う仲ってなんだ?!あとさっきの話を聞いた限りじゃ、お前の一方的な変態行為しか聞き取れなかったぜ!」
すさまじい舌戦を繰り広げる二人を、霊夢達は遠巻きに見ている。
「なんかあったのかしらね、魔理沙」
「かもしれんが・・・まあ、あいつの事情はさておいて、だ」
「そうね。何にせよ大義名分は・・・」
「得たな」
二人は頷きあい。
前方の二人同様、スペルカードを取り出した。
「妹紅ー、お前の日常を脅かす輩はある意味死んだー。だから出てこーい」
永遠亭での死闘・・・というか一方的な弾幕ごっこを終え、一同は再び妹紅の庵へとやってきた。
がらりと戸が開く。
「あらいらっしゃい慧音」
「普通だー!」
平然とした彼女の対応に、慧音がざしゃあ、と頭からひっくりこけた。
「ちょ、ちょっとどうしたの慧音?!なにその若手芸人ばりの体張ったリアクション?!ここ笑うところ?!」
「いや、お前さんこそなんだその変わり様は」
再び額からだらだらと血を流す慧音にあわてふためく妹紅に、魔理沙が言う。
「あらあんた達まで。今日は千客万来ね・・・って私はいつもこんな感じだけど」
「さっきはものすごい閉塞感を醸し出してたじゃない。やれ輝夜キモいだの輝夜キショいだの」
霊夢の言葉に、彼女ははてなと小首を傾げる。
「そりゃあ常々輝夜はエグいとかグロいとか思ってるけど・・・」
そんな先ほどとは全く真逆な妹紅の様子に、三人は顔を見合わせた。
「説明しましょう!」
茂みの中からズバーンと登場するのは・・・
「なんだ、まだいたのか鈴仙」
「うう、やっぱり扱い酷い・・・」
魔理沙の言葉に、かっこよろしくポーズを決めていた鈴仙がしゃがみ込んでのの字を書き出す。
「でもめげちゃ駄目、こんな事じゃお空の師匠に顔向けできないわ。ファイト、鈴仙!」
「変な幻覚を見てないで、説明するなら早くしてよ」
再びへこみかけるがなんとか踏ん張って耐える。
懐からカンペを取り出し、
「ええと・・・蓬莱の薬の不死のキモは不変の精神、傷ついてもすぐさま治癒するその驚異的な再生能力にあります。どんな精神的裂傷を負っても半日もあれば完全復活(個人差アリ)!つまり究極の喉もと過ぎれば熱さ忘れる体質なのです!」
別に自分の手柄でもないのだが、胸を張って解説する鈴仙。どうですか?!と言わんばかりに聴衆を見やる。
一歩下がる霊夢。
一歩下がる魔理沙。
一歩下がる妹紅。
そして俯いて身を震わせる慧音。
そんな光景が彼女の目に映った。
BGM. プレインエイジア
「・・・・・・さ」
「さ?」
「先に言えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「聞いてくれなかったのはあなた達じゃないですかぁきゃああああ?!」
「ちょっと・・・結局なんなのこの喜劇?」
「・・・まあ話せば長くなるんだけどな」
スペルカードをぶっ放している慧音の後ろで、妹紅が魔理沙をつつく。
「なら聞かせてよ。夕ご飯でも食べながら」
「いいの?」
彼女の言葉に、ある意味一番せっぱ詰まっている霊夢が激しく反応した。
「うん。なんかやたらとタケノコがあるし・・・それに何だか知らないけどいつの間にか金銀財宝が山と積まれてたから、ここぞとばかりに食材買い込んだし」
あっけらかんと言う妹紅に、三人は再び顔を見合わせた。
「・・・まあ、人生万事塞翁が馬、というやつか・・・」
慧音が苦笑し、
「あー、それそれ。喉元まで出かかってたんだけど、正式なのが出てこなかったのよねー」
妹紅が応える。
そして彼女は招き入れ。
いつも一人の食卓は、いつになく賑やかだったという。
正に人生万事塞翁が馬、である。
「き、綺麗に終わらせてるんじゃ・・・ない・・・わ・・・・・・よ」
がくり。
ツボでした。
芸人たちに幸あれ。
語呂が良すぎて爆笑。
腹抱えて笑かしてもらいましたw
しかし魔理沙…過去に一体何が…;
ちなみに一番の被害者は師匠ではないかと尻の穴の心配をしてみたり。