#1「生活習慣」
私が幻想郷にきて驚いた事はいくつもあります。まず、当たり前のように幽霊が闊歩していて、野鳥を見かけるように妖怪を見かける事。あと、神様が本当に八百万と実感したのはこっちに来てからでした。
目立つところではそんな感じですが、地味なところでは、同じ人間でも外で生まれた私と、幻想郷の普通の住民では明らかに違う生活習慣があった事です。
私は朝、早起きをしたらついつい二度寝をしてしまいますが、幻想郷の人達は外が暗い内から二度寝をせずに起きたらまずは外に出るようなのです。ただ、不思議に思ったのは、勢いよく外に出る人も少なからずいるようで、それが元で転んで膝を擦り剥く光景も大して珍しくはありませんでした。
そんな風な事を、偶に思い出しながら迎えた夏のある日。
どうにも毎日が暑いという事で、知り合った『宵闇の妖怪』に神社を闇で包んで日光を避けてもらう事にしました。お礼に牛豚丼の大盛りを用意したら快く引き受けてくれました。
しかし場所柄か、神社そのものを闇で包んでもらうのは都合が悪いようで、離れの方を闇で包んでもらいました。日の光が届かないだけで、随分と過ごし易い時間を過ごさせてもらったことは、よく覚えています。
肝心の『宵闇の妖怪』ですが、目前にはいるのですが濃い闇の所為で碌に見えません。そんな中、お礼の大盛り牛豚丼を、はふっはふっ、と貪る生活音が耳に入り、その後でタレ含みの焼いた肉の香ばしい臭いが鼻をくすぐった時、ふっ、と明け方前に外に飛び出す人達を思い出しました。
ああ、だからか。
#2「提灯」
夏の夜。
提灯を下げて、一人歩く。
右へ、左へ、と道なりに曲がって、上へ、下へ、と勾配のある山の夜道を行くのは、そこが通い慣れた道だから。しかし、慣れているとはいえ、夜道が危ない事は重々承知。通い慣れているからこそ、ここが一本道の山道でしかなく、一番に注意するのは道が途切れて谷間が口を開けている足元である事をよく知っている。
月明りでも道の輪郭はわからず、星や蛍の明りは風情を楽しめるだけで何の足しにもならない。提灯で足元を照らさなければ、とても歩けたものではない。
すると、行く道に同じ提灯の白い明りがひとつ。
自分もそうだが、こんな夜中にこの道をいく相手の難儀を思いながら、向こうの提灯を見ながら真っ直ぐ歩いていく。
どうした事だろう。提灯はまだ向こうにあるのに、体で覚えた習慣はここで曲がる動きをする。
この気持ちの悪い食い違いに、正面の向こうの提灯を見たまま、自分の提灯で足元を照らして確認する。
そこには、見慣れた底の浅い谷の口が開いていた。
驚いた勢いか、自分の提灯の明かりを頼りに谷の底を覗きこむ。そこは、みっちり詰まった虫の群れが蠢いていた。
飛び退いた後で、開いた谷の上の宙で止まっている提灯を見やる。その明りが提灯ではなく、『大きな蛍』の明かりと知った時、提灯を投げ捨てて一目散に逃げた。
長年の習慣のお陰で、提灯はなくても家に帰る事が出来た。しかし、金輪際、あの山道を夜に歩く事はしないと心に決めた。
#3「目隠し」
夏のいつ頃かまでは覚えていない。
俺は、村の外れで『青が少し混じった、白くて、くねくねした物』を見つけた。真昼の強い日差しの下でも、ぼやけて見える。ならば、それが良く見えるようにと目を凝らした。
その時、後ろから伸びた手に俺の両目が隠された。
「あれは冬以外に見ちゃダメ」
はてな、と思って振り返った先には誰もいない。ただ、『お芋の甘い香り』だけが残っていた。
もう一度、振り返ってみると今度は『くねくねした物』までいなくなっていた。
あれを見たら、俺はどうなっていたんだろう。
#4「コレクション」
山菜とりに山へ入った時の事。
転んだ拍子に草履が脱げた。
放り出された草履の片方は空中に張り付いていた。
粘っこい『糸』の様なものが張り巡らされてある事に気付いた。
手持ちの鎌で切ってやろうと思ったが、少し怖くなって、ちょっと離れた所から鎌を投げつけた。
『糸』に触れて三・四回ぐらい回転した所で、鎌は一本も切った様子もなく、宙で止まってしまった。
その直後、鎌を巻き込んで『糸』の張りの加減が変わったのか、まるで降ってくるように、木の茂みに隠れていた『糸』の絡まった何組もの上下の衣服のみが、目の前に現れた。
自分はそれを見るなり逃げ出した。
もうそこへは近付いてもいない。
#5「童謡」
身寄りのなかった私が、近くのお寺に御奉公するよりも前の、そう、ずっと小さい頃の夏の出来事です。
私の近所では夕方ぐらいになると、まれに、どこかの女の子が変な歌を唄いながら通り過ぎていく事がありました。
悪い子が悪さをすれば たちまちガリガリかじるぞ
悪い子が悪さをやめにゃ いつまでボリボリかじるぞ
悪い子が反省せぬば やっぱりバリバリかじるぞ
さあさあ悪い子 お逃げなさい 足がなくては走っていけぬ
さあさあ悪い子 お逃げなさい 腕がなくては這っていけぬ
さあさあ悪い子 お逃げなさい 胴がなくては生きていけぬ
さあさあ悪い子 お逃げなさい おやおや頭もなくなった
ガリガリ ボリボリ バリバリと 人間とことん食らうぞ
ガリガリ ボリボリ バリバリと 何でも何でも食らうぞ
これを何度も繰り返します。薄気味悪い歌ですが、その少女が妙によく通る声で唄い上げたものですから、さして耳障りにもならず程良く聞き流していました。
しかし、ある日の事。私はいつものように歌を聞き流していると、母の悲鳴を聞きました。私が顔を出すと、母は指から血を流していました。その時、掌くらいの小さなモノが物陰に隠れたのを見ました。多分、『鼠』だと思います。
すると、母は金切り声を上げて家から飛び出し、唄っている女の子の後を追いかけました。
母とは、それっきりです。
#6「手招き」
もやの向こうで、僕を手招きしている。
手の白さだけがはっきり見えて、上下にぱたぱた振っている。
手の招きに応じて進むにつれ、桜の芳香も僕を迎えてくれた。
手に招かれるのが嬉しくて、そして桜の香りが気持ち良くて、そのまま行けば幸せになれると思っていた。
でも、僕の足取りは少しずつ覚束なくなっていて、ついには自分の足に引っ掛けて転んでしまった。
その時、すっ、と誰かが僕を追い越した。
僕の気付かぬ間に、ぴたり、と誰かが背後についていたようだ。
立ち止まった僕を通り越して先を歩く、日傘をさした金色の髪の女性は、もやの中で招く手に、己の手を伸ばして、ぎゅ、と掴み、くしゃくしゃに握り潰してしまった。さっきまで手と思っていた物は、なんと『蝶』だった。
途端に、桜の匂いをきついと感じて、僕は後ずさった。
これ以上、先に行ってはいけないと直感した僕は、もと来た道を引き返した。
どこをどう行ったか、今となって全くわからないが、それから家に帰るまで、僕は丸二日くらい道に迷った。
レティさんはくねくねだったのか…w
面白さはいまいちだったけど、2は気に入った。
不安に感じる点を掬い取れなかった自分の感性の無さが憎いです。
それでもどこか、仄かな面白みを感じました。
文章だけでも雰囲気がよく伝わりました
金髪に日傘…紫か…。
そして、桜に蝶…完全に幽々子じゃん
幽々紫霖なのか?って何でもそっちに考えるのは駄目ですよね。
全体的に面白かったですよ?怖くなかったけど…ね
本来の妖怪の姿ってやつですか