Coolier - 新生・東方創想話

ああ、悲しいなぁ

2009/10/06 00:17:06
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 私はある日を境に第三の瞳を閉ざした。
 得たものは大きい。
 失ったものも、また大きい。
 でも、そのことに後悔はしていないはずだった。

「こいし。」
「なあに、お姉ちゃん。」
「あなた、第三の瞳を開く気はないのかしら?」

 パサっと手にしていた本を落としてしまった。
 お姉ちゃんは何気なくそれを拾い、「はい」と私に渡してくれる。

「……なんでまたいきなり?」
「別に深い意味はないわ。ただ何となくよ。」
「と言われてもなあ。そんな簡単に開けるものでもないし。
 もうこの状態に慣れちゃってるしねぇ。」

 実際、簡単に第三の瞳を閉じたり開いたり出来る訳ではない。
 そんな都合の良いことが出来るなら苦労はしない。
 昔にこの能力を封印した時だって、完全に瞳を閉ざすには一年近くの月日を要したのだ。
 (半年くらいからはほとんどノイズのようにしか聞こえなくなっていたが)
 仮に今第三の瞳を開こうとしたとしても、大まかな感情の波が分かる程度がせいぜいだろう。
 それくらいなら、心の機敏に鋭い人妖でも普通に出来ることだ。

 ……それに正直なところ、今は第三の瞳を開くことには抵抗がある。
 今の幻想郷は心を読めるくらいじゃ私達のことを嫌わない人も多いけど、
 それでもやっぱり怖いという気持ちが、私にはある。

 もっとも、一番の理由は別のことだけど。
 
「んー、やっぱり私はまだこのままでいいや。」
「そうですか。」

 お姉ちゃんはそれだけ言うと、また手元の本を読み始める。
 でも視線を本に戻す直前に、少しだけ寂しそうな表情が浮かんだのを私は見てしまった。
 なんとなく居辛くなって、私は部屋を出ることにした。

「ちょっと外に出てくる。」
「行ってらっしゃい。気をつけてね。」
「はぁい。」

 バタン

「はぁ。」

 とぼとぼと地霊殿の廊下を歩く。
 気分は憂鬱。足取りも自然と重くなる。

「どうしたものかなぁ。」

 全く、お姉ちゃんにも困ったものだ。
 あんな顔をされたら、思わず話しそうになってしまう。
 でもそれを言ってしまったら、お姉ちゃんは余計悲しんでしまうだろう。


「言えないよねぇ。」


 まさか、お姉ちゃんの心を読みたくないからだなんて。
 まさか、お姉ちゃんに心を読まれたくないからだなんて。


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 お姉ちゃんは私を愛してくれていると思う。
 だけど、それはあくまで家族に向ける愛情だ。
 当たり前のことではある。
 私だって、それは同じだ。

 けど、最近私は、それとは異なる感情を姉に抱き始めていた。

 それが肉親に向けるべき感情ではないことくらいは理解している。
 だけど、一度生まれてしまった感情は、私の無意識の能力を持ってしても、
 抑えることが出来なくなってしまっていた。
 

「お姉ちゃんってずるいなぁ。」


 仮に私が第三の瞳を完全に開くことが出来たとしよう。
 そうすれば、嫌でも私の気持ちは伝わってしまう。
 優しい姉のことだ。
 私に対して、未だ引け目がある姉のことだ。
 自分の心を偽ってでも、私を受け入れようとするだろう。
 そんな姿は見たくなかった。
 

 ……嘘だ。そんな理由なんて、言い訳に過ぎない。


 結局のところ、私が臆病なだけなのだ。

 お姉ちゃんに自分の気持ちを知られることが怖い。
 お姉ちゃんの気持ちを知ってしまうことが怖い。
 それで今の関係が崩れてしまうことが怖い。


 行き場を失った私の感情は、ドロドロと渦を巻いて私を締め付ける。



 
 ああ、悲しいなぁ。



 
---------------------------------------------------------------------------------------------



 特に目的もなく、地霊殿を彷徨う。
 こういう時、無駄に広いこの屋敷は便利だ。
 てくてく歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「こんにちは、こいし様。」
「あ、お燐。ちょうど良い所に。」
「はい?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何でしょうか?」

 恐らく、この悩みは他人が解決出来るものではない。
 それでも、他の誰かの話も聞いてみたかった。

「お燐ってさ、好きな人っている?」
「はいぃ!?」

 お、その反応はいると考えて良いのかね?
 よし、誘導尋問スタート。

「もしかしてお姉ちゃんとか?」

 当たりだったらちょっと困るなあ。
 お燐のことは私も好きだけど、お姉ちゃんを渡したくはないし。
 しかしお燐はふるふると首を振る。

「い、いえ、あの、もちろんさとり様は大好きですけど、
 さとり様は敬愛するご主人様ですし、そういうのじゃなくて……。」

 人差し指をツンツンしながら恥ずかしそうに言うお燐。
 ちくしょう、可愛いなこの猫め。
 私もじゃじゃーんとか言いながら登場しようかなあ。

「じゃあお空とか。」
「うにゃあ!?」

 あ、一気に顔が真っ赤になった。こりゃ図星かな。
 周りの怨霊とか蒸発してるけど大丈夫なのかな。
 まあ、後は追及の手を緩めずに押し切るだけだ。
 なんか目的が変わってきているような気がするが気にしない。

「当たり?」
「ええと、その……はい。」

 お、意外とあっさり認めたな。
 まあ、お姉ちゃんじゃなくてもバレバレだけどさ。
 だけど、赤い顔で照れくさそうにはにかむその姿はやっぱりすごく可愛いなぁ。くそう。

「い、言わないでくださいね?」
「大丈夫、私だってそこまで野暮じゃないからさ。
 でも、お燐はあの天然の何処が好きなの?」

 お燐はたっぷり一分ほど考え込んでから、口を開く。

「……笑わないですか?」
「頑張ってみる。」
「その、確かにお空はいつもぽけぽけしてますけど、
 いざという時になると、急にキリっとした顔つきになるんですよ。
 その時の顔がすごく格好良く見えちゃって……。」

 そこまで言うと、お燐は目を閉じて自分の胸に手をやる。
 自分の想いを確認するかのように。

「それに、困った時とか危ない時はいつも助けてくれます。
 もちろん困らされることもたくさんありますけど、そういう所も含めて
 私はお空の傍にずっと居たいと思ってるんです。」

 うわぁ、ここまでストレートに伝えられるとこっちが恥ずかしくなっちゃう。
 お空も罪作りだなぁ。

 
「つまり、ギャップ萌えってやつだね。」
「身も蓋もない!」


 世の中、そんなもの。



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 お燐と別れた私は、また地霊殿を彷徨っていた。
 今度はお空を探すという目的があってのことである。
 お燐に聞いたところ、今日はこちらにいるらしい。

「お、いたいた。」

 目標の背中を発見。
 暢気に鼻歌なんか歌いながら闊歩している。

「おーい、お空ー!」

 呼びかけると、お空はくるりとこちらを振り向く。

「あ、こいし様。どうしたんですか?」
「えーとさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど良い?」
「はあ、何でしょう?」

 さて、お空にはどうやって質問しようか。
 この天然はまわりくどい言い方じゃずれた答えを返してくれそうだし、
 ここは思い切って直球勝負でいってみよう。

「お空はさ、お燐のこと好き?」
「はい、もちろん大好きですよ!」

 ホームラン!

 即答ですかお空さん!
 これはお燐に聞かせてやりた……

「一番の友達ですから!」

 ……アウトォ。
 
 お燐に聞かせなくて良かった。
 天国から一瞬で地獄に突き落とすのはいくら私でも忍びない。
 あ、でもここ地獄だったっけ。

 そんな私の気持ちも知らず、お空はニコニコと嬉しそうに笑っている。

「お空はさ」
「はい」
「お燐の何処が好きなの?」

 せっかくだからお燐と同じことを聞いてみる。
 お空は「そうですねぇ……。」と腕を組んで考え込んでいる。
 はてさて、どんな答えが返ってくるやら。

「一緒にいて楽しいですし。」
「一緒にいて嬉しいですし。」
「いつも暴走しがちな私を助けてくれますし。」
「それにですね、……」

 お空の口からはとめどなくお燐への気持ちが流れ出る。
 く、しまった。
 無自覚にのろける奴は私の能力を持ってしても分が悪い。
 このままじゃ埒が明かないので、私は強引に割り込む。

「ねえ」
「はい」
「お空はさ、お燐ともっと親密になりたいとか思ったことはある?」
「親密に、ですか?」
「そう。ほら、手を繋いだりとか、一緒にお出掛けしたりとかさ。」

 うわぁ、改めて考えると随分恥ずかしいこと言ってるな私。
 お空はちょっと首を傾げる。

「うーん、あんまり考えたことないですね。」
「どうして?」

 好きな人ともっと親密になりたいって自然なことだと思うんだけどなぁ。
 だけどお空は、何の迷いもなくはっきりと言う。

「いつも一緒に居てくれるだけで、十分満足ですから!」

 そう言い切ったお空の笑顔は眩しくて。
 ああ、お燐はきっとお空のこんな表情が好きなんだろうな、なんてことを思ってしまった。



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「あーもう、じれったいなぁ、あの二人。」

 お燐は意外と奥手だし、お空は天然だし。
 あれじゃ当分進展は望めそうにないかなぁ。

 ……でも羨ましいな、とも思った。

 お燐もお空も、お姉ちゃんみたいに心を読める訳じゃない。
 特別、他人の気持ちに敏感な訳でもない。
 それでもあの二人は、何処かで繋がっているんだろう。
 私にはそれが羨ましかった。

「私も、最初から心が読めなかったら良かったのかな。」

 何を言ってるんだか、と自分の言葉の余りの馬鹿馬鹿しさに呆れる。
 昔はお互いの心が読めていても、何の不自由も感じなかったのだ。
 それを捨てたのは、他でもない自分だ。
 
 どうすれば良かったんだろう、と考えても何も答えは浮かんでこない。
 それなのに、私の中のお姉ちゃんへの想いだけはどんどん膨らんでいく。



 ――私は初めて第三の瞳を閉ざしたことを後悔した――


 
 ポタッ

 
 床に水滴が落ちた。
 あれ、と思って右手で目をこする。
 しかし、指に水がつくことはなかった。
 床に落ちる水滴は止まることはないのに。


 ポタッ ポタッ


 ああ、そっか。
 閉じた瞳が涙を流しているんだ。
 私の心が泣いているんだ。
 それじゃ止めようがないかなぁ。




 ああ、悲しいなぁ。




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 コンコン





「こいし?こんな夜遅くにどうしたの?」
「わ、何で分かったの?」
「分からない訳ないでしょう。」

 ああ、そっか。
 私以外の人なら心が読めるから、ノックした時点で分かるよね。

「入ってもいい?」
「どうぞ。」

 ガチャッ

 ドアを開ける。
 お姉ちゃんは既に寝るところだったらしく、ベッドの上に座っている。

「で、どうかしましたか?」
「今日さ、久しぶりに一緒に寝ない?」

 私の言葉が意外だったのか、ぽかんと口を開けて目を丸くするお姉ちゃん。
 そんな様子がおかしくて、噴出しそうになるのを堪える。

「どうしたんですか?急に。」
「んー、なんか今日は中々寝付けなくてさ。」
「まあ構いませんけど。」
「わぁい」
「じゃあ、枕を持って来なさいな。」
「ううん、このままでいいや。」

 そう言って、ベッドにもぐり込んで枕を半分占拠する。
 お姉ちゃんはため息を一つついて、自分も枕の残り半分に顔を降ろした。
 
 大好きな顔がすぐ傍にある。 

「えへへ」
「もう、しょうがない子ね。」

 そう言って、お姉ちゃんは私のおでこにキスをする。
 幼いころ、私が眠れないでいる時に、よくそうしてくれたように。

 ああ、駄目だなぁ私。
 嬉しくてしょうがないや。

 お姉ちゃんは昔と同じようにしてくれているだけなのに、
 違う意味に受け取ってしまいたくなってしまう。
 本当にお姉ちゃんってずるい。


(ごめんね、お姉ちゃん)


「何か言いましたか?」
「んーん、何でもない。」


 お姉ちゃんにぎゅっとしがみつく。
 そうすると、お姉ちゃんも抱きしめてくれた。
 ちょっと暑いけど、なんだかふわふわしてて気持ち良い。

 どんなに苦しくなったっていい。
 どんなに胸が張り裂けそうになったっていい。
 今はまだ、この温もりを感じていたい。
 だからもうしばらく、この瞳を閉じたままでいさせて。


「おやすみなさい、お姉ちゃん。」
「おやすみなさい、こいし。」


 目を閉じる。
 今日は色々あったからか、心地よい眠気が襲ってきた。
 抗いきれないその誘惑に、私の意識は徐々に遠くなっていった。


「   」


 意識を失う直前、お姉ちゃんが何か言っていた気がしたけど、
 聞き取ることは出来なかった。













「――ずっと待っていますからね。」
どうも、前作で色々とやらかしてしまったrenifiruです。
こいしの片思い話に見えて、結局両想いといういつものお話です。
「こいしが瞳を閉ざし続ける理由」をこいさと風に考えたらどうなるんだろう、
という感じで書いてみました。
星蓮船長編の筆が中々進んでくれません……。

では、最後まで読んで頂いてありがとうございました!
renifiru
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コメント



0.2490簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
じれったい、もどかしい、だが

それがいい
6.90名前が無い程度の能力削除
いつかこいしが瞳を開くことを、願って止みません。
13.100名前が無い程度の能力削除
ああ、なんかこう、ゾクっとしました。
15.100名前が無い程度の能力削除
いいなぁ
こういうのいいなぁ
16.100煉獄削除
お燐の反応とか顔を赤くしてお空のどこが好きなのかを話すときとか可愛いですねぇ。
さとりと一緒に寝る時のこいしの心情や会話も良かったです。
21.100名前が無い程度の能力削除
タイトルとこいしの慟哭にビリッときました
24.100名前が無い程度の能力削除
心が泣いている……切ないのう切ないのう
35.100名前が無い程度の能力削除
…切ない
38.100名前が無い程度の能力削除
こいしの独白が切ないですね・・・。この姉妹には幸せになってもらいたいです。
40.80名前が無い程度の能力削除
よかった
45.100名前が無い程度の能力削除
地霊殿はとても暖かいところですね(地獄的な意味ではなく)
46.100名前が無い程度の能力削除
激しく続編希望!
古明地姉妹にはお互いの想いを分かりあっていて欲しいなぁ・・・。
52.100名前が無い程度の能力削除
よかった
最高に良かった
この姉妹は幸せになれそうです