幻想郷の従者は、朝が早い。
「・・・・・・・・・・・・」
完全で瀟洒なメイド長、十六夜咲夜もまた同様である。
兎柄の可愛らしいパジャマを着ている彼女がベッドから降りる。その様子は年相応の少女らしいものである、普段の彼女からは想像が付かないほどに。
そんな彼女の珍しい様を見ることの出来た存在は少ない。運の良い者は紅魔館の住人に相応しく鼻からスカーレットを出して倒れ、その後に記憶がなくなるまでナイフを刺されるという運の悪い結果に終わっている。
「・・・・・・ふぅ」
朝の早さに思わず溜め息をついて、一瞬後――彼女はメイド服に着替えていた。彼女の時間を操る能力にかかればこの程度軽いものである・・・・・・使いどころが間違っている気がしないでもないが。
いつもと変わらないメイド服であるが、彼女はまったく同じソレを数十着は保管しているから不衛生ではない。吸血鬼の主に仕える従者が妙な匂いの服では示しがつかない。
「・・・・・・館の見回りの後に朝食の用意、お嬢様を起こして妹様にもお食事を、次に門番にお仕置――じゃなくて侵入者の有無を確認、そして――――」
何時ものスケジュール確認。どうせやることは同じであるし、完全で瀟洒な彼女は頭の中どころか身体にそのスケジュールが染み付いているのだから確認の必要はないのだが、朝の早い脳を活性化させるための日課である。
「まぁ・・・・・・そんなところね」
そして彼女の仕事は始まった。
「・・・・・・朝が早いのは分かるけど、さすがにそれはないでしょ」
妖精メイドが雑魚寝する部屋が空だったことに喜びながら廊下を歩いていると、即座にそれを打ち消す光景。
箒や壁にもたれかかりながら眠るメイド、磨いていた壷によりかかり危うく倒れそうになりながら眠るバランス感覚が良さそうなメイド、極めつけはバケツに頭を半分突っ込んで逆立ちの体勢(?)で寝ているメイド。
(息、できるのかしら)
寝息がぶくぶくという音になっている時点でそれも怪しい。
(えら呼吸?)
朝の早さに脳が活性化していないのだろうか。そんな妙な考えを振り払おうと咲夜は頭を振り――深く息を吸い込んだ。
「起きなさい!」
叫ぶと同時に――能力発動。箒にもたれかかっているメイドは壁にもたれさせ、壁にも垂れているメイドは・・・・・・放置。危うい壷は脇にどけメイドを同じように壁に移動。バケツのメイドは・・・・・・とりあえず体勢を元に戻してやる。
そして能力解除。
「はわっ!?」
「んぅ・・・・・・」
「ぶはぁわぷっ!?」
若干一名、久しぶりの呼吸と共に全身に水を浴びたメイドも居たが、放置。
「眠いのは分かるけど、廊下でとは感心しないわね」
そんな彼女たちが起床して最初に見たのは、腕組みをしたメイド長の姿。いつもと変わりない態度であるが、この状況で怒っていないはずがない。
そして彼女が怒っているとすれば、
「な、ナイフだけはご勘弁を~」
一人がそう叫んで土下座したのを皮切りに、他のメイドも立った状態から身体が180度曲がるほど頭を下げたり、中には防御のためかバケツを頭から被って震えているメイドも居る。
メイド長の威厳はしっかり末端まで伝わっているようだ。
冷たい目でその様子を見守っていた咲夜が口を開く。
「・・・・・・はぁ、洗面所で顔でも洗ってきなさい。十分の時間をあげるわ」
「はわわぁ・・・・・へ?」
予想外の言葉と飛んでこないナイフに驚いて、メイドたちが咲夜を見つめる。
それはまるで「ナイフが飛んでこないメイド長はメイド長じゃない」と言いたげな視線。
突き刺さるようなその視線を感じて、咲夜は不思議そうな顔をする。
「・・・・・・時間は十分だけよ、早くしなさい」
「は、はい!」
強調された指令にメイドたちが敬礼をして廊下を走っていった。
数秒後には見えなくなったその背中に向かって咲夜はもう一度溜め息をつく。
「廊下は走らない、ってあれほど言ってるのに」
規律までは末端まで伝わっていないようだ。
「お嬢様、おはようございます」
「ん~、おはよう、咲夜」
主が起床する時には必ず傍に居る。これぞ従者の基本。
夜の王と呼ばれるレミリア・スカーレットも、起きた直後はあどけない印象を見る者に抱かせる。力を誇示し、闇に生きる吸血鬼が滅多に見せないその姿を見るのは、咲夜だけの特権だ。
「お召し物を」
「ん~、眠いわね」
紅い霧の件以降、レミリアは普通の人間のように朝に起き、夜に眠るようになった。
その理由が博麗霊夢にあると咲夜はにらんでいるが、真相は定かではない。
どうあれ、主の着替えを手伝うのもまた従者の仕事であり、特権。
パジャマとしては相応しくなさそうを真っ赤なそれを脱がす際に万歳をする自らの主に、咲夜は何となく微笑ましくなった。もちろん口にも態度にも出すわけにもいかない。背後からその姿を堪能するだけにとどめておく。
「楽しそうね、咲夜」
「(・・・・・・ばれた?) いえ、そんなことはありませんが」
瀟洒な従者は誤魔化し方も瀟洒である。吸血鬼というのは後ろにも目がついているのか聞こうと咲夜は一瞬だけ考えた。が、もちろん実行はしない。
「何か嬉しいことでもあったの?」
「お嬢様のお世話をさせていただくことが私の幸せです」
「お世辞で言われても嬉しくないわね」
いつもの服装に着替え終わったレミリアが、咲夜に向き直る。
その姿に思わず咲夜はドキリとした。先ほどまでと違い、威厳溢れる佇まい。服が変わっただけなのに、その中身まで変わってしまったのだろうかと錯覚するほど。
そういった感情は、心の中に押しとどめておく。
「お世辞でない、といえば?」
「そこまで従順な従者を雇った覚えはないわね。あなた偽者?」
軽い冗談の応酬はいつものこと。もちろん仕返しも忘れてはいけない。
確かに咲夜は従順というわけではない。なので、
「お嬢様、今日の朝ごはんはにんにくご飯のにんにく添えで良いですね?」
「・・・・・・ごめんなさい」
素直に謝る主というのもまた可愛らしい、などと失礼なことを咲夜は考えた。
結局レミリアはにんにくご飯のにんにく添えもしっかりと食した。
「たまにはこういうのもいいわね」
食後のそんな感想に咲夜は開いた口が塞がらなかった――もちろん時は止めていた。
一本返そうと思ったらそのまま投げ返されたなど認めたくはない。
それでも心の中では一枚どころか三枚は上手の主に敬意を表しているが。
「・・・・・・お嬢様って、ほんとに吸血鬼なのかしら」
毎度気になることではあるが禁句である。日傘程度で外出が可能でにんにくご飯を美味しいと言いながら食し規則正しい生活を送る。
幻想郷の中でも吸血鬼は幻想になったのだろうか。
「考えすぎね」
余計な考えを振り払い、咲夜は地下への階段を降りる。持っているお盆の上には、レミリアに出したものと同じ食事が乗っていた――にんにくご飯は抜いてあるが。
長く暗い地下への階段も、慣れてしまえば廊下と変わりはない。
何時もならレミリアと一緒に食事を摂るフランドール・スカーレットだが、姉と違って吸血鬼の本分を忘れていないのか、定期的に寝坊をする。
どうせなら起こすついでに食事を摂ってもらおうという合理的な考えだ。
暗い階段を降りる足音だけが響く。壁や階段に反響してその音が好き勝手に飛び回る。常人ならすぐに逃げ出したくなるだろうと、初めてこの階段を降りた時を咲夜は思い出す。
降りきった先には、重厚そうな扉がある。といっても雰囲気作りのための作りなので、咲夜が行儀悪く片足だけで開けることも可能である。
一応見られないように時間を止めてから扉を開き、部屋に入る。
「・・・・・・妹様」
よく分からないおもちゃや図書館から持ち出したと思しき本が散乱している部屋の真ん中に備えつけらているベッドで、フランドールは眠っていた。
よく図書館に訪れる人形遣いに譲ってもらった可愛らしい人形がベッドの頭の方に置かれているのがこれまた微笑ましい。
(寝顔は可愛いんですよね)
一度目を覚ませば、子供のような無邪気さで周囲を振り回す破壊の化身も、寝顔は文句なしに可愛い。その無邪気さに(当然だが)悪意がないのには咲夜は少々頭を痛めている。
(・・・・・・ま、いっか)
どうせその無邪気さの対象は復活できる妖精メイドか回復能力は桁違いな門番である。割り切って、咲夜はベッドの傍のテーブルに持ってきた料理を置いた。
「・・・・・・ん」
料理の良い匂いが漂ったかとおもうと、それに鼻腔をくすぐられたのかフランドールが起きる。起きたばかりのためか、目をこすりながら辺りを見回している。
最初に料理を見て目を輝かせ、次に咲夜を見た。
「おはようございます、妹様」
「・・・・・・おはよ、咲夜」
ちゃんと挨拶は返しながらも、すでに興味の大半は料理に移っているようだ。並べて置かれたナイフとフォークを早くもフランドールは掴んでいる。
そのまま朝食に移行するかに見えたが、はたと手が止まった。
「・・・・・・」
彼女が恐る恐る視線を移動させた先には、ジーッと見つめる咲夜の姿。
彼女は何も言わないし、殺気を放っているわけでもない。だというのにフランドールは動けない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
時を止められたのだろうか、とも考えるが、そうでないことは彼女が良く知っている。“このこと”に関して、咲夜はかなり厳しい。
フランドールは諦めてナイフとフォークを戻すと、両手を合わせた。
「・・・・・・いただきます」
「・・・・・・」
無言ながら、咲夜が微笑んだ。
こうして、地下での朝食は始まる。
「・・・・・・そういえばさ、咲夜って人間だよね?」
フランドールがそんな問いかけを発したのは、食事が終わり咲夜に淹れてもらった紅茶を飲んでいる最中だった。ちなみにレミリアの好みとは違いフランドールは砂糖をたっぷりと入れた甘い紅茶が好みである。
そんな問いかけに、咲夜は小首を傾げて答える。
「・・・・・・人間ですよ?」
「その間はなに、あとなんで疑問系?」
それもそうですね、と咲夜は答える。
彼女はもちろん人間である。この館を住処とするさまざまな常識外・埒外な存在とは違いれっきとした人類であり女性である。
だがそんな彼女が自信を持てないのは、過去の忘却と自らの能力が故である。どこの世界に時を止められる人間が居るだろうか・・・・・・といってもこの幻想郷では空を飛ぶ人間が普通なのでやっぱり咲夜は人間なのだ。
そんな葛藤(?)をよそに、フランドールは両手で抱えたカップに視線を落としていた。十数秒後、その口が開かれる。
「なんだ、咲夜って人間だったんだ」
「いまさらですか、お嬢様」
「だっていつの間にか部屋に入ってきて、何時の間にか出ていくんだもん。格好だって美鈴と大差ないし・・・・・・一部以外」
その言葉を発するフランドールの目線が自分の胸部に向いていることは知っていたが、その程度で咲夜は怒ったりしない。彼女は瀟洒なのだ。
だからスキマ妖怪からもらった、小瓶に入ったとあるエキスを、時を止めてから紅茶に混ぜるだけにとどめておいた。
「ほんと、咲夜も変わ――げふぅっ!?」
効果は覿面、一口飲んだだけでフランドールはむせ返った。その手から滑り落ちたカップはもちろん時を止めて回収。代わりに水差しを置いて咲夜は部屋から出て行った。
「・・・・・・やっぱり、恐ろしいわね」
小瓶には『Satan’s Blood』と記されていた。
「美鈴、ご苦労様。一緒に食べない?」
「ああ、もうそんな時間ですか。今日のメニューは何ですか?」
「サンドイッチよ」
ランチバスケットを掲げると紅美鈴の目が嬉しそうに輝いた。フランドールの言うとおり、こういった仕草は人間と何ら変わりがない。むしろそこらの人間よりも人間らしい。
持参したシートを地面に敷いて、朝食のサンドイッチ。ほぼ何時でも門の前に居る美鈴との朝食は今では咲夜の日課である。主二人が朝食を済ませてからでないと自分は食べられないし、どうせ侵入者の有無の確認など連絡事項もある。それなら一緒に済ませよう、とのことで最近始めたのだ。
それを提案した際の美鈴の満面の笑みを、咲夜は今でも忘れない。
「それで、侵入者は――って、手が早いわね」
「もぐもぐ・・・・・・ふぁい?」
「・・・・・・食べてからでいいわ」
咲夜が腰を下ろした時にはもうサンドイッチが一つ美鈴の口に消えていた。体力勝負だからか美鈴の食欲は旺盛で、いつもそれを見越してサンドイッチは大量に作られる。
美味しそうに食べる美鈴の姿がそうさせるのだろうか。
「むぐ、ふぃんふうふぁふぇふふぇふぉ」
「いやほんと食べてからでいいから」
むしろ食べてからにしてくれ、と咲夜が言いかけるほど。これがフランドール相手なら「口に物を詰め込んで喋らない」と躾けることもできるが、そういったマナーをレミリアに拾われた後で教えてくれたのが美鈴であったりするので、大きなことは言えない。
下手なことをいえばメイドになりたての自分が何をしたか、という黒歴史を持ち出されかねないというわけだ。
「んぐ、侵入者はありませんでしたよ」
「それは良かったわ、そのままで今日が終わって欲しいわね」
「ああ、そういえば魔理沙さんがもうそろそろ来るそうです」
その言葉に咲夜が反応する。啄ばむように小さな口で食べていたサンドイッチから口を離し、美鈴に向き直る。
「・・・・・・確かに、あの魔法使いを排除しろとは言わなかったけど、歓迎しろとも言わなかったはずよ」
普通の魔法使い、霧雨魔理沙は紅魔館では客人の扱いを受けることになっている。
だが本人が毎度門番に魔砲をぶっ放すので、一応(形だけでも)抵抗はすることになっている。いわば儀式のようなものだ。
「いいじゃないですか、いい訓練にもなることですし」
「・・・・・・掃除する身にもなってほしいわね、ほんと」
笑顔の美鈴と渋い顔の咲夜。
「弾幕はパワーだぜ」が口癖――というわけでもないが、弾幕ごっこにおいて魔理沙は圧倒的な火力を知らしめてくる。
もちろん当たらなければどうということはない。だが調度品の類にそんな回避能力があるはずもなく、下手に館内で戦闘が起これば被害は甚大、というわけだ。
そしてそこにフランドールが魔理沙を気に入っているという要素が加われば、被害は甚大どころの話ではなくなる。
「そうですね・・・・・・咲夜さんが魔理沙さんの相手をしたらどうです?」
「・・・・・・それじゃぁ本末転倒じゃない」
「いえ、弾幕で相手ということではなくて――お茶とお菓子でも出してあげれば、意外とおとなしくしてると思いますよ」
なんだかんだいって魔理沙も女の子ですから、と美鈴。
そういえばそういう手を使ったことはないなと、いまさらながらに咲夜は思い至った。元来、侵入者に対してお茶とお茶菓子を出すなどということがなかったのだから当然といえば当然だ。
「といっても・・・・・・私にも仕事があるから」
「どうせ今日は何もないですよ。なんなら、私が肩代わりしてもいいですし」
最後のサンドイッチに手を伸ばして美鈴が笑う。嫌味も打算もなさそうなその笑顔に、ありがたく仕事を押し付けようかなんて不埒な考えが浮かぶ。
あとは、何か一押しがあればいいことで。
「・・・・・・噂をすれば」
「え?」
「黒い影、ですね」
咲夜より早く美鈴は彼女の接近に気がついていた。基本的に特攻、しかもたいていがある程度距離をとってのマスタースパークという霧雨魔理沙に対抗するためには、早い察知が必須なのだ。
そして美鈴の経験則からいっても、魔砲が撃たれるまであまり時間はない。
「どうします、咲夜さん」
「・・・・・・」
もちろんそんなことは咲夜も分かっているわけで。
仕事が増えるか、お茶とお茶菓子を出す手間が増えるか。
天秤は限りなく傾き、魔理沙は阻止限界線まで近づき――姿が消えた。
美鈴が視線を戻すと、同じように咲夜も消えていた。
「・・・・・・たまには、休息も必要ですよ」
無給無休で働くのが当たり前でもうここには居ないメイド長にそう呟く。
「――ま、お節介ですけどね」
「うぉ!? ここはどこだ私はだれだ!?」
「運ぶ途中で頭をぶつけた覚えはないんだけど」
種を明かせば簡単なことである。時を止めて魔理沙を客間に運んだ、ただそれだけのこと。運ばれた側にしてみれば何時の間にか現在位置が移動しているという驚きの瞬間移動だ。
「まぁ冗談だぜ・・・・・・とりあえず私は図書館に用があるんだ、それじゃあな」
出口に向かう魔理沙であったが、扉の前まで来たところでまた咲夜が能力を使った。
一瞬後には、180度ターンして反対側を向いている魔理沙。
「・・・・・・冗談はほどほどにしといてほしいぜ」
「あんまり騒がれると困るのよ、紅茶ぐらい出してあげるからおとなしくしておいて」
何時の間にか部屋のテーブルには紅茶となにやら色彩豊かなお菓子が置かれている。
どこまでも手の込んだ状況に、魔理沙は溜め息をついてからテーブル傍の椅子に座った。そんな彼女に咲夜が紅茶を差し出す。
一口飲めば、少し苦味がある暖かい液体が喉を流れていく。
「ちょっと苦いな」
「そのためのお菓子よ」
反対側に座った咲夜がチョコレートクッキーを差し出す。魔理沙はそれを有難く頂き一つまみして――ふと思い至った。
「一緒に飲む気か?」
「見張りとサボリを兼ねてるのよ」
ああそうか、と魔理沙は納得してまた紅茶を一口。クッキーを一口。紅茶を一口。
その繰り返しを見ながら、咲夜は我知らず微笑んだ。
(こうしてると、可愛いんだから)
普段の魔理沙が可愛くないわけではない。だが普段の魔理沙に「可愛い」と伝えれば、照れ隠しの魔砲で吹き飛ばされるだろう。そういう性格なのだ、彼女は。
だからこういった表情を見れる者は滅多に居ない。
「・・・・・・しかしまぁ、メイド長がこんなことをしてくれるなんてどういう風の吹き回しだ?」
「別に、私はしたいことをしただけよ」
「ふぅん――変わったな、咲夜も」
魔理沙が思い出すのは、咲夜との初めての出会い。
お互いに軽口の応酬をしていたが、咲夜の弾幕は殺気がこもっていた。侵入者を排除するため、弾幕ごっこのルールに則った上での最大の力がそこにはあった。
それが今ではどうだろう。
変わったのは魔理沙の待遇だけか、それとも――
「私は変わってないわよ、貴方が変わったんじゃないの?」
「私は何時も変化してるぜ――いや、進化かな?」
ナイフも魔砲もない、穏やかな時間。
少々カロリーが気になったが、お茶菓子を摘む魔理沙の手は止まらなかった。
それほど、この空気を気に入っているから。
「あら、起きてたのレミィ」
「起きてるわよ、人をねぼすけみたいに言わないでほしいわね」
「事実じゃない」
自らの友人であるパチュリー・ノーレッジの戯言には耳を貸さず、彼女が本を読んでいる机の反対側にレミリアは座った。
邪魔な本を少し脇によけて、便利な従者の名を呼ぼうとする。
「さ――ああ、今日は駄目だったんだ」
「あら、どうしたの?」
何時もと違う館の主に、パチュリーが問いかける――本から顔を上げずに。
『本>全ての事柄』が大抵のスタンスである友人に苦笑してから、レミリアは説明した。
「咲夜は今、黒い鼠とお茶会中よ。邪魔をするわけにはいかない」
「鼠・・・・・・ああ、どうりで今日は静かだと思ったわ」
魔砲も弾幕もない、この館――特に大図書館においては有り得ないほどの平穏。
どうせ明日には失われるんだろうなと、珍しいこの空気をかみ締めながらパチュリーは質問する。
「咲夜も変わってきたわね――やっぱり、これも運命?」
「おや、何のことやら」
とぼけた風のレミリアに、パチュリーは溜め息をついて本から顔を上げた。目の前には幼い顔立ちにどこかいやらしい笑みを浮かべた吸血鬼。企みごとをしている時には良く見受けられる顔だ。
「昔の彼女だったら、鼠ごときにお茶を出したりなんてしないわ――良いのかしら、レミィ? 自らの従者があそこまで変わるなんて」
「人間は変化するもの、それは止められない」
そう嘯きながら、適当に本を取るレミリア。意味不明な言語で書かれた題名が読めず顔をしかめてから、その本を戻した。
「だいたい、私が望んだ従者は何だったか、覚えてる?」
「・・・・・・えぇと」
逆に投げ掛けられた質問にパチュリーは考える。メイド長とその主の出会いに関しては彼女も把握している。それらに関するさまざまなごたごたについて彼女も尽力したのだからそれは当然といえるが。
ただし、把握しているといっても、すぐさま思い出せる情報ではない。
たっぷり一分は思案して彼女は“解答”を導き出した。
「“人間”の、従者・・・・・・」
「そう、そういうことよ」
何をお前は言ってるんだ、といわんばかりのレミリア。
全ての始まりは「吸血鬼に仕える人間って面白くない?」というのだからいろいろと非常識なことだ。
「面白いかな、と思って雇ってみれば、良く働くのは働くけど・・・・・・何時の間にか人間らしさは陰を潜めて――正直、面白くなかったところよ」
吸血鬼姉妹、妖精メイド、魔女という面子がそろった紅魔館で働く以上それはしょうがないことだが、それでも彼女は面白くなかった。仕事をこなせばこなすほど、有能になれば有能になるほど人間とかけ離れていくメイド長。それはレミリアが望んだ運命ではなかった。
「・・・・・・そういう意味では、あの霧を出したのは正解だったわね」
箱庭とまではいかないがほぼ“閉じられた世界”だった紅魔館が外に向かって開けられた紅い霧の事件。結局目的は果たせず、巫女に倒されて終わるという最悪な決着だったが、レミリアはそんなこともうどうでもよかった。
「人間は変化する――いくら運命を操ろうと、それだけはどうしようもない」
紅魔館の一室で、魔法使いとメイド長が談笑している。
それは“変化した”一つの証なのだろう。
ただ、本人はそれに気づいていない。
それが、変化というものだから。
年齢相応の可愛らしさってのをそこかしこに見つけてニヤニヤさせられました
俺も鼻からスカーレット出したい
過ごして、暖かな笑みを浮かべる表情も大好きです。
むしろ穏やかな表情の咲夜さんのほうが好き。
ほのぼのとした面白い作品でした。
紫は何の思惑でそんなものを…。
妹様に合掌
そういえば、某先輩の闇鍋は1600万スコビルだそうで。