Coolier - 新生・東方創想話

雲風おいかけっこ

2011/02/03 23:41:55
最終更新
サイズ
28.45KB
ページ数
1
閲覧数
1262
評価数
3/16
POINT
790
Rate
9.59

分類タグ


──突然抱きつき、押し倒してきた彼女に対し、私はただ狼狽することしかできなかった。彼女は私の唇に、人差し指をそっと当て、一言、ささやいた──
















雲風おいかけっこ










とある秋の日。

空は果てしなく蒼かった。
雲は全天に1つもなく、どこまでも見透せる蒼だった。
風はそよ風。
気ままに、ゆっくりと流れていた。

「さて、今日はどこへ取材にいきましょうか?」

調べても調べても、まだ山のような未知がある。
それは幻想郷のすばらしい魅力の一つである。


……そして今日もまた、未知が一つ。

「あや?あれは……」

霧の湖、その上空に、いかにも、ふわふわただよっています。といった感じを醸し出している妖怪が一人。

「あの、古明地こいしさん、でしたっけ?」
「……え?」

そう言って振り向いた彼女の無表情な顔には、見覚えがあった。
少し前に、天狗の哨戒網を潜り抜けて守矢神社にたどり着いたというさとり妖怪だ。
無意識を操る力を持つという。

「すいませんが、無意識を操れる、ということについて、少しお話、聞かせてもらえませんか?」

取材の了承を得ようと思い、そう問うた。
彼女は、顔を少し曇らせて、

「……ごめんなさい、そういうのはちょっと」

そう言って去ろうとした。
滅多に会える妖怪ではない。
逃がしたくはなかった。

「まぁまぁそう言わずに。少しだけでいいので」

そう言いながら相手の行く前方にすっ、と回り込むと、

「……しつこいわ」

さっきまでの無表情はどこへやら、私に鋭く、冷たい視線が向けられた。

そのギャップと、突然発せられた妖気に一瞬身じろぐ。
次の瞬間、既に彼女の姿は書き消えるように無くなっていた。

「……無意識に逃げ込みましたか」

そうやって哨戒網をくぐり抜けたらしい、ということは知っていた。
せっかく出会えたのに、逃がしてしまったようだ。

……次は逃がしませんよ。

意気込むと、自然、風が強くなった。
そのせいか雲が少し出てきたが、特に気に止めはしなかった。








次に彼女に会えたのはそれから数日後。

夕方、家に帰ろうと空を飛んでいると、少し前方に彼女がいた。
早速彼女の前に出て交渉を開始する。

「こんにちは。古明地こいしさん」
「……また?」

露骨に嫌な顔をされてしまった。
そんなに取材が気に入らないのだろうか。

「あやや、せめてお話だけでも」
「言ったでしょ?遠慮しますって」

取材を受けてくれる気はまったく無いようだ。
こうなったら仕方ない。
逃げられる前に逃げれなくする。

彼女と私の回りを風で囲む。
前後上下左右、強風で夕焼けがすこしぼやけた。

「……どういうつもり?」
「今後の山の警備のためにも、少しでも情報を手に入れておきたいのです」

嘘だ。
こういうとき後ろ楯として組織は便利である。

「……乱暴ね」
「あやや、素直に応じてくれないあなたが悪いのですよ?」
「……いつでも自分が正義だと、思い込まないことよ」

そう言い残すと、彼女は消えた。

「無駄ですよ。いくら無意識に逃げ込んだところで、ここから逃げることは──」
「そうかしら」

突如、耳元で彼女の声がした。

「!!」

直後、背中に強烈な一撃をくらった。
私の視界は一瞬でブラックアウトし、意識も途切れた。










「…………っ」

背中の痛みにより、次に目が覚めたとき、私は何故か自分の家、ベッドの上に寝かされていた。

「あ、目が覚めましたか、文様」
「……あぁ、椛ですか」

どうやらここまで運んでくれたのは椛だったらしい。
白いベットが痛む背中に優しい。

「いやぁ、驚きましたよ。上空に変な風の渦があったので見ていたら、急に風が消えて文様が落ちてきたんですもの。何があったんですか?」
「……ちょっと、取材対象に嫌われただけよ」
「なんだ、いつものことじゃないですか」

そう言って椛は苦笑した。
確かにいつものことだが……。
はたてなどから聞かされた話では、私の取材は強引すぎるらしい。
取材をしたい、と言っていい顔をされた覚えはない。
きっぱりと、ない。

……しかし、今回のケースは少し変だ。
今までの経験からしても、拒否が早すぎる。
まるで、既に何十回と取材を拒否してきた後のような態度だ。
しかし、私の記憶では、彼女についての記事は山ではほとんど書かれていない。
とすると。

「……誰かが既に山のように取材して、記事を溜め込んでいる……あるいは……」
「……あの、文様?私にはよくわかりませんが、あまり考えすぎない方が……」
「……えぇ、そうね。悩む暇があったら、取材して解決するべきだわ」
「そうそう取材して……ってええ?!」

ベットから跳ね起きる。
背中は……まだ少し痛いけど、羽と手、あと口が動けば十分だ。

「じゃ、留守番よろしく!」
「文様!もう外は暗いですよ!」
「ちょっと!そこまで鳥目はひどくないわよ!!」
「わう、ごめんなさい……じゃなくて!」
「行ってきまーす!」
「文様ーー!!」

玄関から飛び立つと、確かに外は結構暗かった。
ただ、今日は空に、上弦の月がある。

「これなら、子の刻さえ過ぎなければ問題はないですね」

全天に薄く雲がかかっているのか、月以外に星は見えない。
風は少し不安定に、西からかと思えば東から、とふらふら風向きを変えていた。
少し不快だったので、加速のついでに南向きに強く風をふかせる。
南からはどんよりと湿った空気が飛んできて、逆に羽が重くなってしまった。
思わず舌打ちしたが、地下の入り口の穴は山のふもとにあって、すぐにたどり着ける。
地下に入ってしまえばどうせ空気は重い。
まとわりついてくる空気を振り払うように、スピードを上げつつ穴に突入した。


土蜘蛛や橋姫に構っている暇は……あるにはあるのだが、面倒なのでスルーする。
釣瓶落としは落ちてくる前に下を超速で抜けてやった。
……しかし、旧都までの道のりはこうして飛ぶと長い。
どうりで巫女が旧都につく前に一升飲み干せたわけだ。
まさか鬼に遭遇してくれるとは思ってもいなかったが。

しばらく飛んだ後、旧都に入った。
相変わらず活気のあるいい町だ。
とても忌み嫌われた者のいる場所とは思えない。
とりあえず鬼に遭う前に早く……

「おや、お前は──」

全速力。
私は何も見ていないし、聞いてもいない。
私はこの世界で最も速く、最も自由な存在なのだ。


数分後、無事に地霊殿に到着。
ここまで全く誰にも会わなかった。幸運だ。実に幸運だ。

「おじゃましますよー」

相変わらず、鍵は空いていて、かつ誰の出迎えもない。
暗いエントランスのところどころで、妖精、もといゾンビフェアリーがふよふよ浮遊している。
旧都の活気を伝えるステンドグラス越しの光以外、足元を照らすものはない。

「不用心ですね、まったく」
「確かに、もしあたいがいなけりゃ不用心極まりないね」

突然、足元で声がした。

「あや、いらっしゃったのですか」

暗くて気づかなかった。
いつのまにか、火焔猫燐がもとの黒猫の姿で足元にいた。

「こいしさんといいあなたといい、地霊殿は神出鬼没な方がおおいですね」
「こいしさまにしろあたいにしろ、お姉さんが気づいていないだけでしょ」

たしかにそうかもしれない。

「で、今日は何のようだい?」
「あぁ、忘れてました。さとりさんにお目通りをお願いしたく存じます」
「そんな堅苦しい言い方しなくても。……こっちだよ」

何度来てもこの薄暗い屋敷の構造は覚えられない。
確か左だったっけ、と思った通路を右に曲がったところで、お燐が止まった。

「ここがさとりさまの部屋。じゃああたいは仕事に戻るね」
「あ、ありがとうございました」
「はいはいー」

そう言い残して、お燐は暗闇に消えていった。
この辺りはステンドグラスもあまりなく、本当に暗い。
普段あまり気にならない自分の鳥目も、気になってしまうほど。

「……いつまでそうしているのですか?用があるならどうぞ」

扉越しに声。
鳥目考察をしていた間、さとりさんを待たせてしまっていたらしい。

「あやや、すいません。お邪魔しますね」

さとりさんの部屋に入る。
相変わらずそこら中ピンクばかりだ。
悪いとは言わないけど、少しセンスを疑う。
そう思うと、やはりというべきか、さとりの表情が曇った。

「すみませんね、ピンクばかりで」
「いえいえ、まったく構いませんよ」
「……あなたはもう、開き直っているのね。うわべと内心が全然違うことをわかった上で他人と接している。私に対してもしかり」
「そうでないと、組織になんて属してられないですよ」
「上司が私でなくてよかったわね」
「まったくですね」

悪びれもせず言ってやる。
さとりさんはひとつため息をついた。

「……さて、要件を聞きましょうか…………え?」
「はい。こいしさんについてなんですけど」

私がわざわざ無理を押して、ここに来たわけ。
それは、こいしさんの反応について。

「取材を頼んでもすぐに断られるというか……。しかもその断られ方がもう飽き飽き、といった感じ……というと変ですかね、えーと」
「い、いえ、頭の中のイメージで大体わかりますんで、無理に言葉にしなくてもよいのですけど」
「あぁ、そうでした」
「……とりあえず、私が知っていることを言いますね」
「お願いします」

さとりさんの話によると、こいしさんはさとりであるが故、周りに忌み嫌われ、さらにそのことが"読めて"しまうことに、数いるさとり妖怪のなかでも特に深く悩んでいたらしい。
結果として、彼女はさとりという能力を捨て、思考を一切読めなくなることを選んだのだとか。
……しかし、読めなくなったからと言って、周りからの視線が変わることは、なかった。

「……ですから、こいしは、他の人や妖怪と接することを、意図的に避けているのではないでしょうか?」
「ふむ、なるほど……だから取材されて、多くの人に自分を知られるのもいやだ、というわけですね」
「……恐らくは」
「ありがとうございました。さすがはお姉さん。よくわかっていますね」
「いえ、私は……こいしの心は、読めないのです」
「そうなのですか?」
「はい。よっぽどつらかったのでしょう……。こいしはとても強く心を閉ざしているのです。……ですから、先ほどの見解が合っているかどうかは分かりません」
「そうですか……まぁ、了解しました。お話ありがとうございました」
「いえ、あまりお役に立てなくて申し訳ないです」
「いえいえ、十分です。……では、私はこれで」
「はい……また会うことがあっても、あまりこいしをつつかないであげてくださいね」
「……そこは、状況次第です」
「……話さない方がよかったかしら」
「お邪魔しましたー」

部屋を出て、扉を閉める。
扉越しにさとりさんのため息が聞こえた。

「……さて」

どう戻ればいいのだろう。

「……扉を正面に見て、左手に1区画、右に曲がって直進、突き当たりを左に曲がって、しばらく進むとエントランスに着きますよ」

扉越しにさとりさんが道筋を教えてくれた。

「あやや、すいません」
「まぁ、迷われて餓死されても困りますし」
「あはは……では、これで」

そう言い残して歩き出す。
途中でゾンビフェアリーに数回つまずいたが、なんとか玄関にたどり着けた。
入ったときは気づけなかったが、玄関扉の真上に時計が飾ってあった。
針は戌の刻付近を指している。

「これなら今から地上に戻っても十分月は出てますね」

地霊殿を出て地上に向かう。
こいしさんから情報を引き出せるかもしれない。
……彼女の心を、開いてあげよう。




旧都を通っていく途中、霧になっていた萃香さんに今度は捕まってしまい、鬼二人と飲みあうはめになってしまった。
地上に戻ると、既に月はなく、家につくのにさらに一時間かかってしまった。










……目が覚める。
背中の痛みは既に消えていた。
代わりに二日酔いがかなりつらい。

ふらつきつつも外に出て、井戸から水を汲み、顔を洗う。
そして空の色が赤いことに気づく。
既に夕方だ。

「……記憶がないですね」

鬼たちの飲み会に引き込まれてから記憶がない。
だから関わりたくないのだ。
立場上断れないし。
少しだけ、他人と関わりたがらないこいしさんの気持ちがわかった。
そして、自由に他人を拒絶することができるこいしさんを少し羨ましく思った。
しかし、自分はこいしさんの心を開かなければならない。
そうしないと今後ネタにできないし。

「……とりあえず、朝ごはん、というか夕ごはんにしましょう……」

二日酔いで食欲が無いとはいえ、何か食べないと……。
ふと空を見上げると、西の方、わりと近いところに雲が見える。
……夕立、来るかな。
吹き飛ばしてしまう気力もないので、おとなしく家に入り、ごはんの用意をする。
結局、夕立は来なかった。
ただ雲だけが、通りすぎた。







次会えたらいろいろ訴えてみよう、とは思ったが……

「まさかこんなに会えないとは……」

前回の遭遇から1ヶ月。
一度3日開けただけで会ってしまったから、次もすぐ会えるだろうと思っていたらこれである。
こちらから探して会える妖怪では無い。

「困りましたねぇ……」





「……で、私のところに来たと」
「あやや……」

再び地霊殿、さとりの部屋。
妹の行方がわからないなら姉に聞くのがたぶん一番だ。

「こいしは……ここ3日は見てないですけど」
「4日前には帰ってたんですか……」
「そりゃあ一応こいしの家でもありますから。私が気づいていないだけで、本当は毎日帰ってきてるのかもしれません」
「はぁ……こいしさんはここにいないときは主にどちらへ?」
「私に聞いても無意味ですよ」
「ですよね……」


とりあえず、地底に続く穴の入り口を張ることにした。
いかにこいしさんといえど、そんなにしょっちゅう無意識に潜ってはいないだろう。
なんかストーカーっぽくなってきて嫌だけれど、取材のためだ、仕方ない。

それから二日目の朝、こいしさんが穴から出てくるのが確認できた。
最初からこうしていればよかった。
さて、この1ヶ月考えつづけた策略、とくとご覧にいれようぞ!

「お久しぶりです、こいしさん」
「……まだあきらめてなかったの」
「ええ、あきらめはしませんよ」
「すごく迷惑なんだけど」
「まぁそう言わずに」
「……」

彼女は小さくため息をついた。

「……あなたが目、そして心を閉じたのは、他の妖怪に嫌われ、その思考が読めてしまう、ということに耐えられなかったから、ですよね?」

彼女はもうひとつため息をついた。

「……だったら?」
「それなら、大丈夫ですよ。今、地上にあなたの過去を知る人はほとんどと言っていいほどいません。既にあなたを忌み嫌うような者はいないのです。ですから──」
「別にね」
「え?」
「……今は、他の妖怪と会うことは、そこまで嫌ではないのよ」
「……だったら──」
「だけどね……私はこう生きるって、決めたから……」

そう言い残して、彼女は消えた。
私は、ただ立ち尽くすしかなかった。









彼女は言った。

『こう生きるって、決めたから』

妖怪と会うのが嫌で逃げていたのではなかった。
ただ、自分の意志で、独りになっていたのだ。
その気になれば、すぐにでも友達を作れるのを分かっていた上で。
それは彼女の生き方。
この先も、ずっと独りでいるつもりなのだろう。

……生き方とは、なんだろう。
……そもそも、人妖はなぜ、生きるのだろう。
生きる物の永遠の思考テーマだろう。
果たして明確な答えはあるのだろうか?


……まず考えることは、自分はなぜ、生きるのか。
その理由。
例えば、私は今すぐに死にたいとは思わない。
なぜ?
死ぬより生きていた方が幸せだから。
例えば、死にたいと思う時って、どういう時?
絶望したとき。
このまま生きていても、とても幸せなんて感じられないと確信できてしまった時。

結論。
幸せだから生きる。
幸せを感じるために生きる。

あまりに性急で簡潔な答えだけど、真理はきっと単純なもの。
今出せる私の答えは、幸せ、だ。
ほら、こうやって空を見上げる。
青く広がる空に、羊雲がたくさん。
風は西から東へ吹いているのに、雲は東から西へ動いている。
なぜだろうか、逆向きだ。不思議。
そんな小さな発見も、幸せのひとつ。
彼女の場合、独りで生きることが幸せにつながるのだろう。


…………本当にそうか?
自分に置き換えて考えても、独りは幸せの源泉にはならない。
独りは淋しさしか生まない。
それとも、彼女にとっては、それが幸せなのか?
……分からない。
分からないなら──

「取材する、ですね」









再び、彼女を地底の入り口で張る。
もくろみ通り、それからさらに三日後、姿が確認できた。

「……こんにちは」
「……」

振り向いた彼女の顔が、体が、少しずつ認識の外へ逃げていく。

「あ、待ってください!」

叫んだけれど、彼女の姿は完全に認識できなくなってしまった。
……しかし、見えなくなっただけで、まだそこには居る筈。

「ひとつだけ教えてください!あなたは、その生き方で幸せなのですか!?」

数秒の沈黙のあと、虚空から返答。

「……そんなわけ、ないじゃない」

小さいけれど、はっきりと聞き取れる声だった。

「……、ありがとうございました!」

返答がもらえたことに驚きつつも、虚空に向かってお礼を言う。

彼女は、幸せではなかった。










『幸せなわけ、ないじゃない』

彼女は言った。
彼女の生き方では幸せにはなれないと、彼女はちゃんと分かっていた。
なのになぜ、その生き方に固執するのだろう?
彼女の心は、本当に遠くにあるようだ。
なにも見えず、なにも分からない。
……今日は雲が厚く、空が見えない。
どれだけ風をふかせて雲を動かしたとしても、雲の切れ目は見えてこず、ただ灰白色が続いてゆく。


……私は、彼女を幸せにしてあげるべきなのだろうか。
それともそれは、ただの余計なお節介なのだろうか……


「……とりあえず、今日はもう寝てしまいましょう……」

思考がうまくまとまらない、今日のような日は、早く寝てしまうに限る。
一度寝てしまえば、頭が勝手に整理してくれるはずだ……






翌日。
私は考えた。

結局、異なる複数の考えがあり、結論がつけられないということは、鍵となるポイントを押さえることができていないからだ。
一つづつ要点を考えていけば、結論は必ず片方に落ち着くはずだ。

私は考えた。
生き方とはなんだろう。
私はこの前、幸せのために生きる、と結論づけたが、それはあくまで自分にとっての生きる理由であった。
万人に通用するとは限らない。
世の中、十人いれば十通りの生き方があっていいのではないか。

十人いれば十通り、百人いれば百通りの生き方。
もちろん自分は一しか知らない。
知らないのなら?

「取材するっ!」





1:博麗の巫女

「私の生き方?なんでそんなの聞くのよ?……記事にするから?ふーん……?……でも生き方といったって、私は博麗の巫女として生まれてきたわけだし、これからもそうやって生きていかないと。……え?幸せかどうか?場合によるけど……今は平和だし、幸せな方なんじゃないの?」




2:魔法使いさん

「おー天狗。珍しいな、堂々と正面から出てくるとは。え?何してるってそりゃ、キノコの採集だよ。……わとと、危ない危ない。で、なんの用だ?……生き方?私の?そりゃ、大魔法使いと呼ばれるようになるまで死ぬなんてできないからな。そのための研究が生きることのすべてだよ。え?そりゃ幸せだよ。わっ!風が!揺れる揺れる!木が揺れる!なにを好きこのんでこんなとこに生えてるんだこいつは!」




3:吸血鬼さんとメイドさん

「ふーん……あぁいや、少し運命が見えただけ。で、何の用?……ふむ、生き方ね。お前にしてはなかなか殊勝なテーマじゃない。何かあったの?……まぁいい、私の生き方は……そうね、冒険よ。一生の内にはいくつもの分岐点がある。そのなかにはもちろん、将来どうなるかも知れない道もあるわけだけど、そういう道こそ面白い。そういった道を選び続け、冒険していくのが私の生き方。……咲夜ともパチェともそうやって会えた。満足している。幸せよ」
「もったいなきお言葉ですわ」
「そういうお前はどうなの?咲夜」
「私ですか?私は、一生をお嬢様に捧げると誓った以上、分岐点も何も存在しません。お嬢様に尽くし続けるのみですし、それが私の幸せですわ」
「ふーん。まれに見る面白くない人生ね」
「私個人としましては、十分に面白いですわ」




4:亡霊さんと庭師さん

「曲者っ!………っと、あなたですか。あなたがここに来るのも久しぶりですね。何のようですか?……はぁ、生き方。それはまたずいぶんと難しいテーマですね……。え?そりゃ難しいですよ。他人の生き方を理解するのは。私なんかいまだに幽々子さまの行動の意図が分かりませんし、師匠に至っては──」
「あらあら妖夢。小賢しいお話?」
「幽々子様。えっと、小難しいお話です」
「同じよ。あなたの場合はね」
「……??」
「……あら?……あぁいえ、なんでもないわ。生き方、だったかしら?うーん……ここに来たのは検討外れじゃない?私も妖夢も死んじゃってるし」
「私はまだ生きてますよっ」
「気のせいよ」
「気のせいじゃありませんっ」
「木のせいよ」
「西行妖は関係ありませんっ」
「お腹すいたわ」
「わがまま言うんじゃありませんっ」
「あら、主にたてつく気?妖夢」
「あ、いえ、決してそのようなことは……」
「じゃあ、お腹がすいたわ、妖夢」
「……はい」
「……さて、あなたも帰りなさい。長居は良くないわ。……私も妖夢も、生き方なんて小難しいお話は考えていないの。答えようがないわ。……もし生きてたらまた会いましょうね。まぁ、死んでも会えるのだけど。くすくす」




5:お医者さんとお姫様、ついでにうさぎさん

「ちょっと、ついでってどういうことよ」
「イナバにはついでがふさわしいってことよ」
「えー、その扱いひどくないですかー?」
「ま、所詮その程度の価値しかないのよ、ウドンゲは」
「師匠まで……」
「で、何のようなのかしら?……ふうん。まぁ個人個人時の過ごし方は違うでしょうね」
「でも、ここは基本みんな気ままよねぇ。幸せなこと」
「そうですね。気の向くままにのほほんと。私を除いて……」
「なぁにそれ。私へのあてつけ?」
「いえいえ、師匠に逆らう権利なんて私にはありませんよー」
「張り合いのないこと。でもまあ、確かに好き勝手に生きてるわね。ウドンゲを除いて」
「そうね、イナバを除いて」
「そうだね、鈴仙ちゃんを除いて」
「てゐ!あんたどっからわいてきたのよ」
「気ままにわいてきました。……ま、そういうことだよ、天狗。あんたの求める答えはここにはないさ」
「あら、そうでもないかもよ?意外なとこから答えは出てくるものだわ」
「……お師匠さまがそういうなら、そうかもね。ただあくまで可能性だよ」
「そうね、30%くらいの可能性だわ」
「ふぅん、自信あるんだ」
「それほどでもないわ」
「……むう、ついていけない」
「イナバには無理ね。死んでも分からないわ」
「それは言い過ぎじゃあ……」
「その程度の価値しかないからねえ」
「……」




6:閻魔様と死神さん

「おや、これはまた貧相な顔した天狗が」
「射命丸文……今からでも善行を積むべきです」
「……まぁ、そういうこった。で、何のようだい?……それはまた難解なテーマに突っ込んだもんだ。……あたいかい?あたいは楽しく生きてるよ。とりあえず楽しそうな匂いがするほうに動くのさ。……あ、あぁ、もちろん仕事は優先だけど……」
「……はぁ、まったく。……私にそれを聞きますか?私は閻魔ですから、命あるかぎり、裁き続けるだけです。……幸せかどうか?関係ありません。使命ですから」
「四季様も少しは娯楽を覚えたらいいのに」
「そんなもの必要ありません。あなたは娯楽に傾きすぎです!」
「うわ、四季様、今から説教ですか」
「あなたは四六時中説教してもし足りませんからね!」
「ちょ、たんま!て、天狗!またな!」
「あっ!……私との距離を離しましたか。これはまた説教のソースが増えてしまいましたね……」




7:神様三柱組

「あら、文さん。こんにちは。また取材ですか?仕事熱心ですね」
「ネタがないだけじゃないのー?うちは別にネタの宝庫じゃないよ」
「まぁまぁ良いじゃないですか。たくさん新聞に載れば信仰もたくさん集まりますよ」
「書かれ方にもよるけどね。で、今日はなんについて?……生き方?」
「はぁ。それはまた……なんというか」
「生き方ねぇ……別に神だからどう生きるとかはないけれど」
「そうですね。将来の夢とかは持ちますけど、今がどうこうとかはあんまり」
「私は将来の夢なんてもう、ここ数千年考えてもないなぁ。早苗は若いねー」
「そりゃもうびっくりするほど若いですよ」
「で、将来の夢って?」
「え?……ま、まぁ、いいじゃないですか。ちょっとした生きる原動力ですって」
「ふぅん。私はそうだな、とりあえず信仰が集まってればのんびりできるよ。未来とか過去とかを考えず、今を生きることができる。幸せだね」
「未来を夢見る生き方も幸せですよ?」
「おや、天狗が来ていたのか。何の話だい?」
「あ、神奈子様。なんか生き方について取材して回ってるそうです」
「生き方。なるほどね、千人いれば千通りの生き方がある。他人の生き方に学ばされることもあるだろう。珍しく面白いテーマじゃないか」
「そうですか?ただの難しい話にしか……」
「ま、しばらく生きれば早苗にもわかるさ」
「そーそー。早苗は若いから」
「む、今度はばかにされてる気分です」
「……ん?私かい?……そうだな、信仰を目的に生きる。ってのもなんだかつまらないように聞こえるのかもしれんが、事実それが幸せだからな」
「あれ?アイツのために生きるとかじゃないの?」
「なんでアイツなんかのために。……あぁ天狗、食いつくな、もう。帰った帰った」
「またいらしてくださいね。……で、神奈子様?」
「ちょ、早苗まで……」




8:さとりと火車と八咫烏

「……あれ?今日は取材なのですか?……あぁ、結局話してしまったのですか。ふーん」
「さとり様、どうかしたのですか?」
「こいつは他人のプライバシーひとつ守れない馬鹿鴉だということよ」
「うにゅ?私何かした?」
「いやお空のことじゃないと思うけど」
「……しかし、こいしが幸せでないというのは気がかりですね。姉として何とかしたいところではありますが……」
「で、天狗のお姉さんは何をしにきたの?……生き方?」
「こいしの生き方が納得できないので、いろんな人のいろんな生き方を取材してみているみたいです」
「ふーん。……あたい?あたいはほら、死体を運ぶことが生きがいだし、生き方だし。もちろんそれが幸せでもあるし」
「私はそうだなー。みんなの太陽でいられれば幸せかな」
「……私ですか?私はみんなが幸せならそれでいいですよ。みんなが地底で幸せに過ごせるなら。……えぇ。だからこいしも幸せにしないと。しかしそれは私の役目。あなたがでしゃばるところでは………といってもやるんでしょうね。あなたは。お好きにどうぞ。責任はとりませんよ」




9:命蓮寺の方々

「あらこんにちは。また取材ですか?」
「よく飽きないよね、取材取材新聞新聞って」
「まぁ、飽きない人もいるんじゃない?」
「それで、今日は?……生き方ですか。それはもちろん、命蓮寺一同、仏に帰依した身ですから、仏様に仕え続けるだけですわ」
「そうそう。うちに生き方を聞きにくるってのは少し間違ってるんじゃない?」
「自明だものね」
「そういうことです。あなたも少し説法を……あぁ、そういえば山は神道でしたね」
「いいじゃん姐さん、そんなの気にしなくても」
「無闇に他宗教に手は出しませんよ」
「……まぁ姐さんがそう言うなら」
「ご期待に沿えなくて申し訳ありません。またいらしてくださいね」






……さて、一通り生き方を取材したわけだが。

「……結局どうなんでしょう」

取材した先々、みんな幸せそうであった。
確かにこの楽園において、幸せでない者など普通はいない筈。
地底は別かもしれないが、特に幸せでないような妖怪は見当たらない。
各々、自分の生き方で幸せに生きていた。

さて、どうすればいいのだろう。
こいしさんは幸せではない。
いろいろな生き方を取材してみれば、同じような境遇の人妖がいるかもしれないと思ったが、検討外れだったようだ。

命蓮寺からの帰り道。
風はないが、雲は速い。上空は風が強いようだ。

「へっへーん!あたいが一番!」
「チルノ、これそういうゲームじゃないから」
「一番ピンだけ倒すなんてすごいわね~♪」
「なら私は二番を倒すのかー!」
「だからそういうゲームじゃないからこれ!」

霧の湖。
いつものように氷精と愉快な仲間達が遊んでいた。
……幸せすぎる。お気楽なことだ。

「こんにちは。今日はボウリングですか?」
「そうよ!あたいが一番なんだから!」
「あ、こんにちは。ちょっとチルノにルール教えてやってください」
「それはまた難題ですねぇ」
「いいじゃない~♪遊び方なんて時が経てば変わるものよ~♪」
「いやそうかもしれないけどさ」
「私達で新ルールを開拓するのかー!」
「ちょ、ルーミアまで……」
「どんなルールになったってあたいがさいきょー!」
「それじゃあ、耐熱!摂氏300℃のボウリング!なんてどうです?」
「あ、それはあたいには無理」
「ていうか誰でも無理じゃない?」
「妹紅ならできるんじゃないの~?」
「巫女もできると思うのかー」
「いや妹紅はともかく巫女はどうかな」
「巫女なら仕方ないわね~♪」

毎度のことながら本当に賑やかである。

「で、何のようよ?」
「あぁ、生き方について取材していまして」
「生き方?なになに?あたいのさいきょーとしての心構えを聞きたいってわけ?」
「それはまた違うと思うけど」
「ふむふむなるほど、さいきょーとしての心構えとは?」
「あ、そのままいくのね」
「それはね、自分のやりたいことをする!」
「……なるほど」

納得。

「確かに好き放題やってるわよね~♪」
「やっぱりチルノはさいきょーなのかー」
「まぁそういう意味でさいきょーではあるよね」
「そういうところに惚れました、と?」
「そうなのかー」
「いやそれもまた違うと思うけど」
「あたいはさいきょーだからね、自分の好きに動けるんだ!ははは!まいったか!」
「へへー、お見それいたしましたー」
「そんな棒読み要らないよ」
「あぁそうですか。……あれ?ところで大妖精さ──」

ガッ
突如ルーミアさんに肩を組まれた。チルノと反対に向きを変え、壮絶な妖気を発しながら、

「世の中には知らない方がいいこともある。わかるか?天狗」
「!?………は、はい……」
「わかったならいいのかー」

肩をはずされた。
な、なんだ、今のは……

「ルーミア?」
「なんでもないのかー」
「そう。じゃあ新しいボウリングのルールを考えるわよ!」
「あぁもう……」
「リグルも大変よね~♪」
「そう思うんならミスティアもツッコミに加わってよ……」
「それは難しいわね~♪」
「なんでさ……」
「あれ?文、まだいるの?」
「……あ、あぁいえ、ありがとうございました……」
「うん、またねー」

まだ少し頭が混乱しているが、とりあえず家に戻る。





自宅。
机の上の文花帖に、候補を書き出す。

・使命を果たすため
・夢を叶えるため
・とにかく楽しむ
・特に目的はなし

取材結果をまとめてみると、こんなところ。
このどれかにこいしさんは当てはまるのだろうか?

・使命を果たすため?
使命とはなにか?
こいしさんに命令できそうなのは、さとりさんくらい。
しかしさとりさんは、そのような素振りは見せていなかった。
また、独りでいることが絶対な使命は、私には思いつかない。
……ないことはない、くらいに思っておこう。

・夢を叶えるため
独りでいることが直結する夢はあるだろうか?
そもそも、夢を叶えるために生きる現状を不幸せだと思う人は恐らくいないだろう。
この線はなし。

・とにかく楽しむ
明らかに楽しめていない。
確信をもって却下。

となると、
・特に目的はなし
……それか、この中にはない。

目的がない、というのはわりと合ってそうだ。
目的意識がなくふよふよしている感じはする。
しかし、今まで取材してきた中の目的がない者は、みな幸せであった。
彼女は幸せではない。
ならばこの線も違うのか。


そこまで考えて、ふと思いついた。

……幸せにならないことを承知の上で、あえて独りでいることを選んでいる?

チルノさんは言った。
やりたいことをすると。
例えば、「独り」がこいしさんの「やりたいこと」だったとしたら?
なぜ独りでいたいのか、理由はわからないが、とにかくつじつまは合う。
恐らく、彼女が独りでいるのは、彼女自らが選び、望んだ結果である──
多少不確かではあるが、結論が、出た。









数日後。
風もない、雲もない。
私の前には、独りのさとり。

問いかける。

「あなたは望んでそう在るのですね?」

彼女は答える。

「……ようやくわかったの?」

あぁ、ようやくたどり着いた。

「……ええ、何しろ大分特殊な生き方だったもので、ずいぶん時間がかかってしまいましたが……」

こいしが答える。

「ふうん」

さ、では、締めといきましょう。

「では、そんなあなたの特殊な生き方、少し教えていただけませんか?」






彼女はすっと目を細め、こちらを見る。
今度は妖気を発してはいない。
……しばしの沈黙。

「…………どうしました?」

そう言いかけると、彼女はゆっくりと近づいてきた。
無言のまま。

「……こいしさん?」

とん、と私の胸に頭をあずけてくる。

「あ、あの…………わ!」

少しとまどっていると、いきなりぎゅっと抱きついてきた。
支えきれずに、地面へそのまま押し倒される。

「え、あの、こいしさん?!」

完全に困惑しつつ、私の上に乗っているさとり妖怪を見る。
彼女は顔をあげた。
笑顔だった。
彼女は口を開いた。

「生き方までわかってたのなら、私の気持ちにも、気づいてもらいたかったな……」

あの、その……
私は狼狽することしかできなかった。

彼女は、私の唇に、そっと人差し指を当てた。
そして彼女の口は、満面の笑みの下で、こう言った。

















「いいかげん、ほっといてくれない?」




──破裂音。
私の意識は、無へと帰した。
風は止む 雲は進んで 雨が降り 紅葉を濡らす 社を濡らす

嗚呼、君が為に泣く僕を、君はどう見ているのだろう

>>3
修正しました。ありがとうございます。
ケトゥアン
http://twitter.com/ketoxuan
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.540簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
とてもよかったです

ひとつ気になったのが
ボーリング→ボウリングじゃないですかね細かいですが一応
7.90奇声を発する程度の能力削除
最後で…
素晴らしかったです
15.70名前が無い程度の能力削除
構成は十分なんだけど…
個人的には、話の核になる部分をむき出しで書かない方がいいと思いました。