Coolier - 新生・東方創想話

ナズーリン

2009/09/13 20:40:49
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※この作品はプチ49、「さなーりん」の裏のような作品です。
 弾幕成分あり、早苗さんファンごめんなさい。









 雲間にたたずむひとつの影。その両手に携えるのは”N・E・W・S”を象ったヘッドを持つ
大きなダウジングロッド。風に踊るのは首筋くらいで切りそろえられた灰色の髪。黒い服の
上できらめくクリスタルのついたペンデュラム。

 その影ははたして女性であった。頭部の丸い大きな耳と、籠を引っさげた器用な尻尾を
見れば人より遥かに年齢を重ねた力ある存在、妖怪であることも分かる。

 おそらくは鼠の妖獣であろう。弱い獣である鼠から化身したとするなら、もとより力の
ある獣より遥かに苦難の道を乗り越えてきたのではないだろうか。それを裏付けるように、
一見幼い相貌には智慧と配慮を備えた、どこか風格すら感じる雰囲気を纏わせていた。

 知る者は彼女をこう呼ぶ。”ダウザーの小さな大将『ナズーリン』”と。






「さて、と。このあたりのはずなのだが……」

 地上の近くまで降り、風が凪ぐのを見計らって手にしたペンデュラムを掲げる。真剣な
表情をしながらかざした手を微妙に動かしていくナズーリン。と、ある一点でペンデュラムが
小さく円弧を描きだした。彼女が求める宝の反応である。今、彼女は一応の主である『寅丸 星』の
命を受け、秘宝……飛倉の欠片を探しているのだ。もう一つの探し物はここで表す意味が
余りないので割愛する。

「……ほう、向こうか。この調子だとまだ遠い……? いや」

 ペンデュラムの軌道が僅かにではあるが大きなものへと変化していく。それだけでナズーリン
には目標が己に近づいていることを察知した。しかし探す宝が近づいていることに疑念を
隠しきれないナズーリン。考え込む眉間に小さな皺が寄る。

「もしかすると既に誰かの手に落ちたか。だとすると面倒なことになりそうだが」

 そもそもナズーリンの本業はダウザーである。物を探すことなら誰にも負けない自信が
あるのだが、戦闘は苦手である。ことさら弱いというわけでもないのだが、力ずくで
物事を解決するのはスマートではない、と彼女の美学にも反した。

「まぁいいさ。このまま考えても埒が開かん。幸い向こうから近づいてきてくれるようだから
様子を見ることにしよう」

 呟く彼女の声に答えるように、チィチィと小さな鼠の声。尻尾に下げた籠から数匹の
小ネズミが顔を出している。彼らに向かって太陽のような笑顔を見せると、一つ頷いた。









「はァ―――ッッッ!!」

 気合一閃。掛け声と共に、神力込めた霊力を放出するのは『東風谷 早苗』。守矢神社の
風祝にしてようやく幻想郷になじんできた力ある外来人である。放つ蛇のような霊力は狙い
過たず妖精たちを叩き落している。ついでに言えば時折現れるUFOもまとめてなぎ倒して
いく。

「よし! 好調好調絶好調ですっ!」

 ぐっと拳を握り締め、気合満天。なにしろ彼女にとって始めての異変解決である。空を
行く宝船の話を自らが祀る神『八坂 神奈子』と『洩矢 諏訪子』から聞き、(すったもんだのあげく)
神奈子の力を借りて一目散に空へと舞った。

 さすがに神様の言うとおりに動いただけあって、ライバルである『博麗 霊夢』も『霧雨 魔理沙』も
だしぬいて先陣を切っている。気合も入ろうというものだ。

 そんな早苗の視界の端に、空に佇む影一つ。なにやらこちらを睨んでいるようだ。確か
こういう時は弾幕で挨拶するべきだと早苗、霊力を集中してそちらに向かった。






 ナズーリンに近づく影。緑の長い髪、青くはあるが巫女装束。何よりその身に纏う闘気に
よって彼女が異変解決者であることが分かる。さて、どうするかと考え始めた矢先、いきなり
青い巫女は弾を放ってきた。

「ふむ。これはいきなりご挨拶だね」

 戦いは苦手だが売られた喧嘩を買わないほどナズーリンは臆病過ぎてはない。向こうが
弾幕で挨拶してきたのなら仕返さない道理はない。

「……せッ!!」

 ロッドをぶうんと振り回せば放射状に弾がはじけて青い巫女を襲う。しかしそれらは難なく
避けられ、代わりにナズーリン自身がしこたま打ち込まれる結果となる。動きながら放てども
青い巫女は執拗に追いかけてきて、ナズーリンもこれはたまらんと弾幕のパターンを変える。

 ロッドが今度は横に打ち払われる。破裂音と共にナズーリンの横一列に生み出された
小さな弾。整然と並んだ軍が真一文字に突撃するかのごとく青い巫女に向かって放たれる。
しかしその間隙を縫って攻撃を続ける青い巫女。霊力の障壁を張ってはいるものの、
ナズーリンの身体も少しずつ傷つき疲弊し始めた。

「……く、いい加減にしたまえ……よっ!!」

 少しばかり怒りの表情を見せるナズーリン。籠から小ネズミが器用に取り出したスペル
カードを受け取り宣言する。

「食らえ、”棒符「ビジーロッド」”」

 掲げたカードを二つに裂き、その破片を手にしたロッドに纏わせる。即座にロッドに
霊力が集まるのを感じ、二つとも大きく振りかぶって前へと払う。解き放たれた霊力は
二条の光となって相手をナズーリンの正面へと追い込む。振りかぶった際にレーザーから
分離した霊力は、レーザーの後を追うように無数の弾となって前方へと放たれた。必死に
青い巫女がそれを避ける間に、またナズーリンはロッドを構えて横凪ぎに払う。二、三度と
それを繰り返すうちに、弾を捌ききれなくなったのだろう。一瞬の隙をついてナズーリンの
レーザーが青い巫女の身体を貫いた。弾かれたように吹き飛ぶその姿を見やり、ナズーリンは
弾幕を打つ手を止める。

「他愛ないね。……これで諦めてくれるといいのだが。さて、仕事に戻らねば」

 敵の行く末を見守ることもせず、桜吹雪の向こう側へと姿を翻すナズーリン。彼女は
闘いの熱気などに当てられるような戦闘狂ではない。何より大切なのは仕事を完遂すること
なのである。






「あう……、ゆ、油断したッ!」

 怒りは敵にかそれとも不甲斐ない己にか、早苗は歯噛みして宙に舞う。身体はまだ一度か
二度の被弾には耐えられそうだが、いきなり攻撃を食らうとは夢にも思っていなかったのだ。
もっともそれが己の甘さだとは認めたくないのだろう。しかしそれでも気持ちの切り替えは
しないといけない。

「……邪魔だっ! 失せなさいっ!!」

 わらわらと群がる妖精に、八つ当たりのように弾を浴びせる。言葉通りに弾け飛ぶ妖精を
見て、少しは心が落ち着いてきた早苗。妖怪退治の楽しさがじわりと背筋を駆け上る。

 現代ではストレスは噛み潰すしかなかった。発散する方法もある意味で限られていた。
しかし幻想郷はどうだ。神力全開で目の前にいる相手に攻撃を叩き込む。それは早苗に
とってすさまじいカタルシスである。そして……。

「今さっきの妖怪はまだここら辺をうろちょろしてますかね。居たら僥倖です。神奈子様から
借りたお力で、痛みと悔しさをさっきの数千倍にして叩き込んであげられますから」

 どこか愉悦の表情を浮かべ、とんでもないことを呟きながら傍らの妖精を叩き落していった。









「さて、仕事を再開しようか……」

 随分なスピードで巫女から離れ、落ち着いたところでまたペンデュラムを取り出すナズーリン。
桜並木のど真ん中、春の土の香りする道に降り立っている。邪魔が入らない程度に距離は
稼げただろうか、と思いながらも目を閉じ精神を集中させる。意識を研ぎ澄ませば、身体に
染み付いた痛みは遠くなり精神は氷のように冷たく澄んでいく。今、感じるのはペンデュラムの
糸の感触だけだ。

 やがて唐突にペンデュラムが振れる。妖怪特製の糸、目に見えないほど細く、それでいて
驚くほど丈夫なその糸の先で綺羅綺羅と光るクリスタルが円を描いている。その動きを
感じ取り、ナズーリンは呟く。

「この辺に宝の反応が……」

 その瞬間だった。突風を引き連れ驀進する一つの影。あまりの勢いで進むそれに目を
奪われ、思わず激突しそうになるナズーリン。その影こそ、もちろん早苗である。

「きゃっ。吃驚した、さっきのネズミですか」

 すんでのところでお互い身を翻し、相対する。どこかしら蔑んだような早苗の言の
ニュアンスに少しばかりの怒気を発散させるナズーリン。

「なんだ、さっきの人間か。紛らわしい。私の仕事を邪魔しないでくれ」

 ナズーリンは仕事に誇りを持っている。ゆえに仕事を完遂させねばならない。しかし目の
前の青い巫女に邪魔をされどおしである。睨みつけるその先で、早苗が明らかに嘲笑の
表情を浮かべる。

「仕事ですって? ネズミの癖に。貯め込んだお米を一つ残らず食べたあげく結局、冬を
越せないネズミの癖に」

 その言葉に、一瞬にして全身の血が沸騰したような怒りに囚われるナズーリン。目の前の
少女は明らかに間違った知識を偉そうに、ネズミの妖獣そのものに投げつけたのである。
真相は全く違うもの。おそらく早苗は蔵でそう見えるネズミの死骸を見たことがあるのだろう。
だがそれは総じて大人の、メスのネズミである。食料を食らって、それで得た栄養全てを
子ネズミ達のために与え、彼らを残して自らは死んでいく、そういう尊い生命のサイクルを
踏みにじられた気がしてナズーリンは大いに怒ったのだ。とはいえ彼女はそれで相手に
突っかかっていくような単純軽率な性格ではない。ただ、怒りや虚しさや苛立ち、そういう
負の感情を込めた溜息を大きくついて、
「そんな事は無い。ネズミを馬鹿にするな」
と返すのみ。

 そんなナズーリンの指先に、大きな振動が伝わる。極細の糸の先、ペンデュラムが
ぐるぐると大きく円を描いている。ちらりとそれを見、次いで早苗を見る。そして、
今度は諦観と侮蔑を多分に含んだ溜息を吐く。

「……なんだ。ここの宝の反応は君だったようだ。誠に残念だ。別の宝の反応を追ってみるか」

 小さく首を横に振るナズーリン。求めるべき宝は人間の肉などではない。冷えていく
心のままに怒りを内に収め、きびすを返そうとするナズーリン。収まりかけた怒りの火に、
油のように投げかけられるのは明らかに見下した早苗の言葉だった。

「そうですね。ネズミだって馬鹿になりませんね。外の世界のネズミは生体実験には欠かせない
尊い生き物ですし」

「……っ!」

 人に利用されて死ぬことが尊いと言われて、ナズーリンの堪忍袋の緒が静かに切れた。
仕事を優先すべきだとは分っている。だがこのまま尻尾を巻いて逃走すればネズミの、いや
生き物としての誇りを捨てることになってしまう。自分が多少何かを言われる分にはいい。
だが……今も籠の中で心配そうに鳴いている小ネズミ達を蔑まれるのは勘弁ならない。

 ともすれば罵声や拳となって噴出しそうな怒りを体の内に、熱い霊力として行き渡らせる。
小さな身体で威圧するかのように、ダウジングロッドを構えた。

「残念だが、ネズミを甘く見ると……」

 すぅ、と息を吸って、敵を見据えた。

「……死ぬよ」






 早苗は笑う。目の前のネズミは立ち向かってくるらしい。先の一撃はあくまで不意を
つかれたもの、そうでないなら神の力を宿した自らが不覚を取ることはないとそう信じている。
漲る霊力を掌に感じ、構えを取った。

「……さ、お前達。わかってるね? 行くんだ」

 油断なく早苗を睨みつけながら、そっと地面へと小ネズミ達を放すナズーリン。何匹もの
小ネズミたちが心配そうに見返すも、ナズーリンは優しい笑顔で送り出す。一匹の小ネズミが
意を決したように桜並木の向こう側へと駆けはじめると、他のネズミたちも散り散りに姿を
隠した。今から起こる戦闘に、小ネズミ達を巻き込みたくない、そういう考えだろうか。
早苗もそれを見逃してやるくらいの余裕はある。とりあえずこのボスネズミだけ倒せば
退治は事足りる。などと思って、未だに名を知らぬことに気付いた。

「……そういえば名前を聞いていませんでしたね。それくらいは聞いてあげましょうか」

「名乗る場合はそちらから、それが礼儀ってものだろう?」

 対峙すればぶつかり飛び散る視線の火花。軽い言葉のやり取りだけで、大気が鳴動するかの
ような緊張感が満ちるが、早苗はそれすら心地良いかのように滑かに名を告げる。

「早苗、東風谷早苗。守矢神社の風祝にして、この度の異変を解決する現人神です!」

 瞳に燃え盛る炎のように、意気揚々とした早苗である。

「サナエ、か。ならばこちらも名乗らせてもらおう。私の名はナズーリン。ただのしがない……」

 対照的に、怜悧極まる目は氷の如く、明鏡止水のナズーリンである。ひとつ、生唾を
飲み込んでから、
「ダウザーさっ!」
叫びつつロッドを大きく動かした。

 横に伸びた霊力は、いっせいに弾けて小さな弾となり前後に直進する。かなりの弾数で
あるが早苗はそれが先と同じ単純な直線軌道であることを見抜き、余裕の笑みを絶やさぬまま
かわしていく。もちろん神奈子の力を借りた蛇弾と護符を浴びせかけることも忘れずに、だ。
苛烈な攻撃を食らい、顔をしかめるナズーリン。このままの単純な攻撃では捌ききれぬと、
籠の中からスペルカードを取り出した。

 身構える早苗を傍目で見つつ、
「行くよ……”捜符「ゴールドディテクター」”」
カードを地面に叩きつける。放射状に地面を走る霊力。次いでナズーリンは黄金色の霊力を
レーザーと変え、四方に放つ。だが、それらは正面にいる早苗にはかすりもしない。的外れも
いいところな射撃に見えた。

「はは、しょせんネズミですね」

 薄ら笑いを浮かべながら、ナズーリンに弾を叩き込む早苗。隙を見せたところに全身全霊の
攻撃を叩き込む、その考えは悪くはない。悪くはないが……。

 突如、早苗の左右から炸裂音が聞こえた。ナズーリンのレーザーが地面に弾着して土塊が
飛び散る。それは黄金色に光り、早苗を挟み込むようにして襲いくる。完全に攻撃のみに
気がいっていた早苗が弾に気付いたのは、既に避けるにはどうしようも間に合わないほど
近づいてからであった。

「え!? ……きゃうっ!!」

 気付いて身を捻ってももう遅い。肩口と右脇腹をしとどに打たれ早苗はきりもみうって
吹き飛ぶ。地面に叩きつけられる瞬間、風を起こして激突を防ぎ何とか体勢を立て直す。
しかし被弾した事実は変わらない。痛みに疼く腹を押さえて、ナズーリンを見る。

 スペルは未だに続いている。ナズーリンは左に右にとレーザーを発し、飛び散る土塊の
黄金弾が辺りを埋め尽くし始めている。すぅ、とその只中に飛び込む早苗。怒れる
雰囲気とは対照的に、色の無い冷たい視線をナズーリンに向ける。懐から一枚のスペル
カードを取り出した。厳かに宣言する言葉のどこかに怒りが滲む。

「……”蛇符「神代大蛇」”っ!!」

 空に爆発的な霊力の奔流が踊る。それは巨大な蛇が襲い掛かるかのように、ナズーリンの
身体を激しく打った。

「……っはっ……!!」

 悲鳴さえも出せぬまま膨大な霊力に撥ね飛ばされ、小さく軽い体躯が地面に叩きつけられる。
地面にうずくまるその姿を見て、早苗がニヤリと笑った。

「見たか、守矢の神徳を!! さぁ、何か知っているのでしょう? きりきりはいたら楽に
なりますよ!」

 風に乗り、見下ろしながら早苗は言う。誰よりも先に異変解決に乗り出し、ここでまた
異変に関わってそうな相手から情報を得ることができればアドバンテージは稼ぎ放題である。
知らず笑みの弧を浮かべる早苗の眼下で、小さな身体がゆっくりと起き上がっている。

 ナズーリンの視線は萎えるどころか、より一層の闘志の色が湧いていた。土埃を払い、
二三度、動きを確かめるかのように掌を握ったり開いたり。小ネズミ達が逃げたであろう
あたりを見やり、小さく頷いた。そこに、多少いらついた声が投げかけられる。

「さぁ!! 知っていることを喋ったらどうです!! それともまだやりますか!?」

 風に乗って早苗がナズーリンに近づいてくる。それを知りながら、傍らに落ちていた二本の
ダウジングロッドをあえてゆっくりと拾い、早苗のほうに振り返る。振り返りざま、血
混じりの唾を早苗に吐きかける。頬をめがけて飛んできたそれをなんなくかわす早苗。しかし、
その行為は早苗の心を凄まじく揺らすのに十分である。さらに、
「はは、さすがにその程度なら避けてくれるのか」
とナズーリンに嘲笑された。

 早苗は祟り神の血も受け継いでいる。明るく快活な風祝が普段押し隠す一面が顔を覗かせ
始める。心に満ちた異変解決に高鳴る高揚感はどろりと濁ったドス黒い感情に押し流されて
いく。心に収まりきれない分は、言霊となって薄桃色の唇から漏れ出した。

「弾幕戦は……」

 ふと、妙な言葉が紡がれたのを知り、その丸い耳を傾けるナズーリン。

「弾幕戦は、運悪く、当たり所が悪ければ……命を落とす事だって、あるんですよねぇ……っ!?」

 眼元に昏い陰でも纏うかのように、鬼気迫る笑みを浮かべる早苗。言葉の裏側から滲み
出る明らかな憎悪を受けて、ほうと一言、ナズーリン。侮蔑、驚嘆、あるいは敬服なの
かもしれない。複雑な感情の混じった表情は、かろうじて笑みを形取る。一瞬交錯する
視線。早苗はこう告げながら、手元に霊力を集中させる。

「運が良い事を祈っててください、生意気なネズミさん」

 言葉を受けてナズーリン、軽く地を蹴り宙へ舞う。自らを叩き潰し、あるいは命さえ
奪うことも躊躇しない相手に向かって小さく呟いた。

「誰に祈るんだろうね。まぁ、少なくとも君にじゃぁない」

 左手で空に放ったロッドを器用に右手で受け取る。構え直して掲げれば、ナズーリン
からの弾の雨霰。しかし早苗もそれをかわし続ける。この程度では本気を出していないことは
早苗にも分っている、次のスペルカードを用意するまでの時間稼ぎであると。だからといって
早苗は手加減するつもりなどなく、ひたすらにナズーリン目掛けて弾をブチ当てていく。

 痛みに耐えつつ、籠から一枚のカードを引き抜くナズーリン。”視符「高感度ナズーリン
ペンデュラム」”だ。手にしたペンデュラムをそっとスペルカードに押し当てる。一瞬で
クリスタルを模した霊力の塊が5つ、ナズーリンを守るかのように周囲に展開する。いや、
かのようにではない。その巨大なクリスタル状の霊力は、明らかに早苗の弾を弾いている。

「……なっ!?」

 早苗が驚く暇もあればこそ、それぞれの霊力クリスタルの先端からバルカン砲のように
青白い弾が放出されていく。必死で回避を行う早苗めがけて、
「そこだっ!!」
練り上げた霊力を巨大な弾に変え発射する。

「ひゃっ!?」

 小さな弾を避けることに集中していた早苗、そのすぐ脇をかすめて彼方へすっ飛んでいく
のは真っ赤な大弾。早苗は異変の序盤にはたいした敵は出ない、とそんな事を話していた
霊夢と魔理沙の顔を思い出す。この異変を解決したら一言文句を、などと思いつつ負けじと
弾を撃ち込む。しかし、時折開く隙間から当っているのは確認できても、一旦閉じてしまえば
ペンデュラムはナズーリンを硬くガードしてしまう。弾が当れど硬い音と共に弾き返される
様が見てとれた。そして叩き込まれる大弾。実に理に適った攻撃に、背中を一筋、冷や汗が
伝う。それでも動きを止めるわけにも、攻撃をやめるわけにもいかない。

 規則的にばら撒かれる弾をかいくぐろうとすれば、そこを狙って巨大な弾。いつしか
早苗は攻撃よりも回避に力を注ぐようになっていた。ペンデュラムの向こう側、真剣な
表情のナズーリンが垣間見える。それをじっと見る余裕は早苗にはなかったろうが、ふっと
視線が合った。ナズーリンもそれに気がついたのだろう。

 冷たい表情に、笑みが浮かんだ。






「……今だっ!!」

 そのナズーリンが何故だかそう叫んだ途端、辺りを埋め尽くした弾、そして防御の要、
ペンデュラムを形どっていた霊力があっという間に霧散する。

「え……っ?」

 攻撃を凌ぎきったわけではない。明らかにナズーリンが一方的に弾幕を放つのをやめたのだ。
不意に訪れた静寂。早苗が疑問を口にするより早く、ナズーリンが笑みのまま言う。

「おっと君、不用意に動くのだけはやめておいたほうがいい」

「……はぁ?」

 思いもよらぬ言葉に、つい間の抜けた返しをしてしまう早苗。辺りを見回しても風吹く
広大な空と、桜花散る暖かな大地しかない。動かぬ理由が見当たらない、さてはブラフかと
早苗に疑念が渦巻く。

「急に弾を放つのをやめて降参でもしたのかと思えば、何を言い出すのやら」

 不信感を隠そうともせず、腕を組み睨みつける早苗。

「ふむ、伝わらなかったかい? 動くのはよせ、と言ったんだ。そうでなければ……そうだね」

 ナズーリンがどこか悪戯っ子ぽい表、意地悪そうな表情を浮かべた。

「運が悪ければ命を落とすかもしれないよ?」

 先に早苗が怒りのままに放った言葉を本歌取りされた。ふたたび、みたびか、早苗の血液が
沸騰したかのように滾る。その勢いのまま動こうとしたのを、ナズーリンは見逃さなかった。

「ザカリー、ミラード! 動け!!」

 不思議な号令とともに、早苗の巫女服、左の袖。それが絹裂く音を立てて爆ぜ切れた。

「えっ!?」

 不意に訪れた不可思議な攻撃に、さすがの早苗を動きを止める。千切れた袖は風に舞って
地面へと落ちていく。切断面はまるで鋭利な刃物に一閃されたようだ。どういう理屈で
こうなったかは分らないが原因は目の前の妖怪にあると、きっ、とナズーリンを睨みつける。
睨みつけた先には余裕綽々の顔が待っていた。

「Do you understand ?」

 わざわざ英語で言う辺り、若干テンションが上がっているのだろうか。しかし舐められて
たまるかと早苗は霊力を叩き込むため、手にした御幣を掲げようとした。

「ユリシーズ! ベンジャミン! ラザフォード!」

 また謎の号令がかかれば、一瞬で切断される幣串。やたらに切れ味の良い何かによって
三つに分かたれて落ちていく。その何かは未だに早苗にはよく認識できていない。一瞬、
空を何かが走り煌いたような気がしたが……。目を細め、よくよく見れば、確かに何か、ある。
とてつもなく細く透明な何かが。ともあれ今度こそ早苗はその身を宙に留め動けなくなった。

「一体、なにを……!?」

「トラップだよ、君。何も罠を使うのは人間だけじゃぁない」

 空中を滑るように飛行し、動けない早苗に近づくナズーリン。すっ、と差し出された
指の下、ペンデュラムが風に揺れている。一見すればそれは宙に浮いているようにも見えた。
しかし経験則上、早苗はそれが糸に吊られていると分かった。そして気づく。

「……糸?」

「Exactly.」

 わざとではあろう、気障ったらしく、あるいは若干の嫌味をこめてか大仰な一礼を決める
ナズーリン。早苗はまた目を細めつつ、そこに糸があるであろう所に指を伸ばそうとした。
ナズーリンが忠告を投げかける。

「指を切ることになる、やめておいたほうがいい」

 そういわれれば指を引っ込めざるを得ない。早苗が視線を戻す先でナズーリンはくるくると
ペンデュラムを回して遊んでいる。見られていることに気づいたナズーリンはそのまま何が
どうであるかを明かし始めた。

「やはり君はまだまだひよっ子だね。もし他の連中なら、私が小ネズミを逃がす前に攻撃して
いたろうさ」

「それって、どういう……」

「あの子たちには皆、このペンデュラムについた糸と同じものを咥えさせて走らせたのさ。
逃がしたんじゃぁない。万が一のときの隠し技としてね。今、君の周りには糸が張り巡らされて
いる。小ネズミたちが木々や、野辺に隠れて私の号令を待っているのさ」

 あの時小ネズミが振り返ったのは心配してではなく、確認のためのもの。ナズーリンが
発した『わかってるね?』とは罠を張る事を示唆してのものだ。ナズーリンが名を呼べば、
その小ネズミたちが動いて糸を操り狙った獲物を切り刻むのだろう。謎の号令の正体が
それである。それに気付いても、今の早苗には歯軋りをする程度のことしかできない。

「さらに言うとこの糸はね、そんじょそこらの糸とは違う。とある妖怪が丹精込めて
作り上げた特性の糸さ。目に見えないほどに細くて軽いくせに鋼より丈夫、おかげで
ペンデュラムを下げるのに重宝している。……ついでに言うと、ちょっとばかり調子に
乗ったやつを懲らしめるのにも……ね!!」

 そう告げ、言葉尻の『ね』と共に投げつけられたのはペンデュラム。思わず避けようとした
早苗は、しかし先のナズーリンの言葉が呪縛となって動けない。その早苗のすぐ脇を
ペンデュラムが通り過ぎた、そう見えた瞬間ナズーリンの腕と手先が器用に動く。その途端、
早苗の首周りに圧迫感。見えないが分かる、今しがた袖と幣串を切り裂いた糸が首に
絡みついたのだ。それが証拠に、胸元に当たる硬い感覚はペンデュラムの形をしていた。

 何事か、早苗は声に出そうとしてできない。断ち切られた幣串と己の細い首とが妙に
シンクロしてしまった。この幻想郷に来て始めて命の危機を悟ったが、後の祭りもいいところで
ある。息すらも意識せねば満足にできなくなってきた。その様子を不敵に笑うナズーリン。

「I got you. 捕まえたよ。あぁ、無理に動けば首が落ちる。もっとも私が力を込めても
首は落ちるがね。妖怪が紡いだこの糸で切れないものは……まぁ、そこそこはあるか。しかし
人間の首程度ならわけはない。いやはやしかし、こうも上手くいくとは……いや、思って
いたのだけれどね。その理由が分かるかい、君?」

 質問が投げかけられても声は出ない。それどころか頷きも、首を振っての否定もできない。
その首にこそ早苗の命を捉えた糸が絡んでいるのだから。おそらくはナズーリンもそれを
分かって、あえて意地悪に問いかけたのだ。

「ふむ……答えが返ってこないのじゃぁしょうがないね」

 くすりと微笑むナズーリン。

「もし、例えばだ。私が……猫の妖獣だったとしよう。こんな状況にはなっていなかったろうね」

 唐突に、そんな事を若干芝居がかった雰囲気で語り始める。

「猫は無駄にプライドが高い。君に貶されただけで激怒に囚われ盲目に戦ったろうから」

 おどけた調子で肩をすくめた。

「ならば犬の妖獣だったら? はは、無理だろうね。四角四面の忠実バカだものな。あれらは
主の命令を愚劣蒙昧に聞き行使するだけだしね」

 どこかバカにしたような笑み。いや、バカにしているのだろう。

「では、兎の妖獣なら……話にならんね。臆病に過ぎる。罠も逃げるためのものだろう、
でなければ悪戯程度か」

 ヒラヒラと手を振る。その振動を首で感じる早苗。だが、何もできない。

「狐の妖獣とするとどうか。確かにあれらは奸知に長けてる。それは認めよう。だがしかし、狐が
ずる賢い事など君も知ってるはずだ。罠など張らせてもらえるまい」

 静かに首を横に振る。その顔には薄ら寒い笑み。

「ありえない話だが、私が人間なら? ふ、ははははは! 愚かしい人間にこんな真似ができる
ものか! なぁ、人間の君よ!!」

 哄笑がびりびりと糸を伝って早苗の喉元に響く。ひとしきり喉元に死を感じたあと、視線の
向こうのナズーリンがじっと早苗の瞳を覗く。その奥に計り知れない何かを感じて、早苗が
唾をひとのみした。そこに、まるで母親が子にそっと投げかけるような優しい声。

「そう、君が散々バカにしたネズミの妖獣だからこそできたんだ。何故だか分かるかい?」

 もちろん問われても、早苗にはどうしようもできない。死の恐怖に体がすくんで動かない。
ナズーリンもそれが分かっているから、ひとつ頷いてしゃべりだす。

「いいさ、喋らなくとも。君が分かってない訳がない。……そう、君の思うとおりネズミは、弱い」

 真正面から、静かな怒りを内包した紅玉の瞳。その視線は早苗の黒い瞳を射抜いた。その
視線の痛みに耐え切れず、とうとう早苗の頬に涙の川が走る。

「弱いから、君は私を侮った。それがこの結果だ。言ったろう?」

 そこで一旦言葉を切り、まるで悪いことをした子供を叱る賢母のように、きっぱりと
言い切った。

「……ネズミを甘く見ると死ぬよ、って」

 小さな呼吸をいくつもして早苗がしゃくりあげる。もはやそこに現人神の威厳はなく、
ただただ後悔の念に打ちのめされた少女の姿があるだけだ。ナズーリンはその姿をじっと
見据え、小さくも深いため息をついた。その後に浮かぶ小さな、じかし禍々しい笑み。
それを見て早苗の背筋が凍りついた。

「せめて祈るくらいの時間はくれてやろう、何に祈るのか知らないが。……サナエ、侮って
くれてありがとう。そして……」

 その言葉の意味を知って、早苗はぎゅっと目をつぶる。暗闇に包まれた視界の奥深く。その
脳裏をかすめる様々なビジョン、それを走馬灯というのか。外に捨て去った両親、そして
友人の姿が一瞬で現れては掻き消える。次いでこの幻想郷でできた友人、そしてライバルたち。
そこにはもちろん早苗を追いかけているだろう霊夢と魔理沙の顔もあった。だが、いつまでも
消え去らないのは、とても悲しそうな顔をした敬愛する二柱の神。心の中で何度も二人に
謝った。教えを真っ当できなかったこと、勝手に先に斃れること。それとも……。

「……さよならだ」

 早苗の首が、絞められた。





















「……? ……!?」

 覚悟した死が何時まで経っても来ない。それとも一瞬のうちに命を落とし、一瞬ゆえに
死すら分からなかったのか。思わず早苗は目を開けた。

 目に入ったのはものすごく悪戯っ子めいた顔で笑いを殺すナズーリンの姿。それが余りに
先の様子と違いすぎて、更に混乱をきたす早苗の思考。だが、とうとうナズーリンは声を
出して笑い始めた。

「……くっく、ふ、くく、あはっ……はは、ははははは!!」

「え……。……え?」

 思わず早苗も声が出る。それで気づいた。確かに糸は首に絡まっているが、切れるような
痛さはまるで感じない。もっとも笑い呆けるナズーリンの手から伸びた糸が緩んでしまって
いるせいもあるが。しばらくぼけっと呆けた顔をしてしまった早苗だが、残った右の袖で
涙を拭うと、今まで声が出せなかった分を取り戻すかのごとく叫んだ。

「だっ……けほ、……だ、騙したんですかあああぁぁぁっ!?」

「ははははははは! あぁははは! あ、よ、ようやく、き、気づいたのか、あ、あははははは! 
あぁーっははははは! そ、そうだよ。ぜぇんぶトリックだ。言ったじゃないか、ネズミは
弱い、と。ふふ、き、君の首を刎ねるような力があると思ったのかい!? だとしたら、ふふふ、
ばっかみたいだね、君は。あはははははは!!」

 あはあはとまるで子どものように笑い転げる姿を見て、またも怒りが起きだす早苗。しかし
それをここで爆発させるのは余りに幼稚すぎることは重々に分かっている。何より明らかな
敗北感がすぐさま怒りの炎を消してしまった。下がった早苗の視線に、ナズーリンに駆け寄る
いくつもの影。彼女の優秀な小ネズミたちである。それで早苗も首以外の拘束を解かれたと
知った。すぐさま首に巻かれた糸を外し地上に降り立ち、ペンデュラムをナズーリンめがけて
放った。こつん、と額に当たる。

「あいた」

「……あんなひどい騙し方をするなんて。今のは神罰ですっ」

「はは、ごめんごめん。……だが君も、多少以上に私と私の小ネズミたちを傷つけたことは
分かってくれたまえ」

「う。それを言われると……。すみません、としか」

 敗戦のショックにしょんぼりと肩を落とす早苗、対照的に溜飲を下げて晴れやかな表情の
ナズーリン。どちらにしろ、先までの鬼気迫る表情はどこへやら、といった様子だ。

「ま、ここはひとつ、罵詈雑言はおたがいさまだったとしようじゃないか」

「……はい」
 差し伸べた手が握られる。戦い終わってノーサイド、といったところか。にこりと笑った
ナズーリンではあったが、少し曇る表情。見やる先はちぎれた早苗の袖の跡である。握手を
終えて思案顔。

「しかしそれについてはお互い様という訳にはいかないね……。ふむ、そういえば君はあの
船を追っているんだったね?」

 その問いに早苗はこくりと頷いた。もちろんナズーリンも空行く件の船の関係者だ。さて、と
首をひねっていたが、しばらくしてうむとひとつ頷いた。

「あの船はまだしばらくこのあたりを漂っているだろう。雲間を突っ切っていけば早く着く
だろうね」

 詫び代わりの言葉に多少驚いた顔をする早苗。何か知っているとは思ってはいたが、こうして
自分を負かしたはずが行く先を教示してくれるなど夢にも思ってなかったからだ。しかし
ナズーリンの続く言葉ははやる心を抑えるには十分なものであった。

「だが、心してかかるがいい。この先に立ちはだかる者の中に本気で君を害そうと思うものも
いるかもしれない。一瞬の油断や侮りは命を軽んじる行為と知るがいいさ」

 冗談っぽく、しかし重さを込めた言葉を受けて早苗は神妙に頷いた。何しろ今しがた、
ナズーリンが早苗の命を奪う力さえあれば真実となる言葉だったからだ。

 しかし、ナズーリンにしてみればこれらの言葉はすべてがハッタリである。彼女の仲間、
『雲居 一輪』も『村紗 水蜜』も、もちろん主の星にしても皆優しき心を持った妖怪たちだ。
皆が目指す大恩ある『聖 白蓮』の復活を願うために粉骨砕身している。妖怪も人も同じく
優しく接した彼女の元に居た者達だから、もちろん早苗の命を奪おうなどと考えもしない
だろう。

 そんな優しい皆と、狂喜に沸く異変解決者とを戦わせるのは余りに危険だと感じて、優位な
まま嘘で早苗の危うい心を縛り上げたことになる。賢将とも言われるナズーリンだからこその
策だった。

「もっとも君は強い。弾幕勝負をやる分には相当の使い手だといっていいだろう。そこから
外れてしまっては、妖怪も態度を改めるだろうがね」

「はぁ、はい」

「さ、それが分かったら行くんだ。私も仕事があるのでね、これ以上邪魔されたら……取って食う
かもしれないよ」

 がおう、と可愛く、しかし絶対ネズミとは違うおどけた雄たけびをあげるナズーリン。
そんな姿に早苗も思わず吹き出した。そして、
「……ナズーリンさん。あの、ええと。す、すみませんでした。あの、また、いずれ」
「あぁ。ほら、さっさと行くんだ、サナエ。がおー」
ぺこりと頭を下げた早苗。笑うかのようにチュウチュウと鳴く小ネズミたちを従えて、早苗を
優しく追っ払うナズーリン。去り行く空でもう一度、ナズーリンに頭を下げてから天高く
昇る姿を、ナズーリンは笑顔で見送った。









「さて、と。みんな、お疲れさま」

 早苗を見送ってのち、群がる小ネズミたちを労わるナズーリン。チィチィと鳴くその声は
まるで歓喜に満ちたカンタータのよう。額を摺り寄せ、跳ね回り、座ったナズーリンの
小さな体によじ登る。子と戯れる母のように慈しみ溢れる表情のナズーリン。特によく
働いた小ネズミは、その手で優しく撫でてやる。と、一匹のネズミがその耳元でなにやら
小さく鳴いた。

「……ん、なになに? 何で殺さなかったのか? ふふ、セオドアは過激なことを言うねぇ」

 笑うナズーリンの側で何匹かのネズミたちが声を上げる。どうやらセオドアと呼ばれた
小ネズミに同調しているらしい。人間はレア度0の存在だが、その肉は決して無価値なもの
ではない。チーズより赤い人間の肉は妖怪ネズミにはご馳走でもある。

「確かに私が本気を出せばあの娘の首を刎ねるのはたやすい。サナエは私にそんな力はないと
思い込んだろうがね。しかし、今はまだ頃合じゃないんだ」

 頃合、とはなんだろう。そういう風に思ったのだろうか、足元の薄茶色いネズミが小さく
声をあげた。

「いい質問だ、バラク。さ、みんなももう少し寄りなさい。いいことを教えてあげよう」

 そう声をかければ、小ネズミたちがナズーリンを取り囲むように集まる。その様子を
見てにこやかにナズーリンは喋り出した。

「あの娘の肉は少し若すぎる。それはそれで悪くはないが、やはり皆も味がよくついたものの
方がいいだろう?」

 肯定するようなネズミたちの鳴き声が響く。

「うん、だから逃がしたのさ。これから先サナエは一輪やら村紗やらと闘って着実に経験を
積むだろうさ。それこそが肉に旨みを与えてくれる……熟成、ってやつだね」

 子どもたちに何かを教える母親の顔で、その実物騒なことを語るナズーリン。だが、彼女が
妖怪である事を考えれば、これこそがあるべき団欒なのだろう。残酷でありつつ微笑ましい
雰囲気の中、ナズーリンは続ける。

「お前たちも覚えておくがいい。食べ物の中にはすぐに口に入れてしまってはもったいない
ものもあるってことさ。人間もそうだ。……しかしあれだね。サナエがもしご主人様に
まみえるに相応しいほど戦いを重ねてこれたなら、さぞかし旨い肉になってるんだろうねぇ」

 喉を鳴らすかのようにクククッ、と秘めた笑い。そして艶然と、その薄い唇をひとなめする。
濡れた唇が春の陽を受けて妖しく光った。

 その足元で、一匹の小ネズミがなんだか情けない感じの鳴き声。耳を傾けたナズーリンも
ぷっと吹き出す。

「ははは、JBジュニア。それにしてもお腹がすいたよぅ、ってお前はいやしんぼうだね。あぁ、
いやいや、確かにそうかもしれないね。あれだけ動いたんで私も少しお腹がすいた。もう一仕事
したらランチにでもしよう」

 喜びのダンスもかくや、ナズーリンの足元で跳ね回る小ネズミたち。腰を上げて伸びをして
からナズーリンはこう、言った。

「もし……もしまた異変を解決しようだなんて思っている者と出会ったら、そいつには
運が悪かったと諦めて貰うしかなかろうね。……私たちのランチの品が一つ増えるってことに」

 くすくすと笑うナズーリンと同じく、彼女の小ネズミたちが笑うかのようにチィチィと
鳴いた。小ネズミたちを籠に招き入れるナズーリン。ペンデュラムを首にかけなおし、手に
ロッドをしっかりと握って、仕事のためにまた空へと飛んでいった。












「ちっ、早苗に出し抜かれるなんてかっこつかないな。まぁ、私の速さなら追いつけんことも
ないが……いや、追いつけ追い抜け、だ。そうすれば宝は私のもんだな。……と、おっと、
なんか知ってそうな妖怪っぽいのが飛んでる。あいつをやっつけたらなんか情報でも教えてくれる
かな。へへ、さぁ景気良くド派手に、霧雨魔理沙の異変解決初戦だぜ!」
 


 白です。
 
 まずさしあたってやらないといけないことは早苗さんファンに投げつけやすくて当たると
痛い石をお渡しすることですね。



 改めまして白(投石され中)です。読了ありがとうございます。

 いやほんとそりゃぁもう早苗さんファンには申し訳ないんですが。一応ゲームをやるときは
最初はHardからでなくEasyかNomalからだね、ってことです。

 ともかく。

 ナズーリンが可愛すぎます!!

 ナズーリンがかっこよすぎます!!

 ナズーリンがなんか色っぽいです!!

 体験版で一撃でやられました。二人称「君」は反則過ぎます。こう、あるじゃないですか。
ちょっとお姉さんっぽいキャラから「キミ」って呼ばれたいっていうのは!!

 その勢いで書いてしまいましたが、はたして。よろしければまた次回もおつきあいください。

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コメント



0.820簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
がおー……だと?
5.80名前が無い程度の能力削除
魔理沙逃げろー…お?
7.90謳魚削除
良いな良いなー。
一家団欒で微笑ましいですー。

ナズさんが素敵過ぎてネズミさん達の食材になりたいのです。
10.50名前が無い程度の能力削除
>投げやすくて当たると痛い石
スカイサーペントとか博麗アミュレットとかですね、わかります。

それはそうと、白氏のバトル物では「おくるものたち~小町VSお燐~」が好きなのですが、
あれほどの高揚感を感じなかったというか、逆に気持ちが冷めていったような。
なんか、ナズさんかっけえが先行しすぎて、早苗がただのサンドバッグにしかなってないのが疑問です。
14.10名前が無い程度の能力削除
なんというか、一方を持ち上げるためにもう一方をやられ役にする場合は、やられ役の方こそ魅力的に書かなきゃダメって言葉を思い出した。
あと、しつこいくらい早苗さんファンごめんって言うのも、非難を避ける為の姑息な予防線に見えて逆効果です。
特に早苗さんのファンじゃないのに白けましたよ。
15.100名前が無い程度の能力削除
ナズーリン……なんというカリスマ。1ボスのくせに!
17.60削除
純粋な弾幕バトルの描写がメインであるので、ナズーリンの格好のよさがよく味わえるお話でした。
早苗にも、もう少しだけ見せ場が用意されていればいうことなしだったのですが。
20.90名前が無い程度の能力削除
同志よ!!
勢いが無ければそれはしょぼくれた作品であります!!
中途半端にいい人だったら残念な感じで終わっていた所、
妖怪らしいナズーリンが見れて実にうらー
22.100名前が無い程度の能力削除
これは良いカリスマナズーリンw
あと、小ネズミたちの名前w
早苗さんファンへの陳謝連発については、姑息には見えるけどあえて目をつぶってあげたいかな。
ここまでしっかりやられ役だと絶対不快に思う人が出るだろうし。予防線で逆に不快にさせちゃう人も出るようですが。
確かに自分も、もうちょっと早苗さんのカッコ良い所見れたら嬉しかったんだけど、
本編であれだけ好き放題やってるわけだし、ここいらで少しくらい痛い目にあってもらっても別にいいかとも・・・(ぉ
それにしても、SSでこういう原作準拠のセリフ回し(戦闘前口上)って逆に新鮮。なんか好き。それを引き立てる地の文が素敵だからかもしれないけど。
別のキャラ、ステージ、過去作品でもやってほしいですw
24.100名前が無い程度の能力削除
なずりんは ようじょなのに かっこいいから よいのだ