前回のあらすじ)幻想郷四天王の朝は早い。しかし、彼女等は別に何もしなかった。
青空で日も高くなると蝉の鳴き声もうるさくなる。
しかし、ここは蝉の声も遠い神の家。夏の暑さが薄いからそうなるのだろう。
昼間なのに締め切ったその家の中から、家主の姉妹の、秋 静葉の気だるそうな歌声と、秋 穣子の陽気な歌声が響いてくる。
「素直に~♪」
「収穫祭によばれた 私が♪」
「事実を~♪」
「あんまり意味ないのは 内緒よ♪」
「話して~♪」
「どうして どうして 不思議 いつもよ♪」
「「こんなに みんな喜ぶだなんて~♪」」
姉妹の歌声を拝聴しているのは、穣子の右隣で笑っているリリーホワイトと、静葉の左隣で頬杖をついているレティ・ホワイトロックの二人。また、リリーとレティも隣り合っており、彼女達は輪になっていた。
ほとんど日の光が入らないこの家の光源は、彼女達の中心に百本あるロウソクの中で、ぽつぽつと火を灯してぼんやり輝く十本のロウソク。
そんなこんなで一曲終えて。
歌いきった充実感を臆面もなく顔に出す穣子。付き合わされた姉の静葉だが、歌ったこと自体はまんざらでもない様子。それに「わ~」と歓声を送るリリー。尤も、レティは頬杖をついたまま「で?」と尋ねるのみ。
「え、いや、ほら。これ歌って出てきたら、きっと人間達は怖い思いをするだろうな~、と」
「未来形ですか」
「……むしろ仮定」
レティは頭を抱える振りをして。
「リリーちゃんから始めた百物語も、ただ今九十一話目。ネタがないのはわかるけど、いくらなんでもそれはどうかしら」
「あーもう、いいでしょ、別に。ほら、ロウソク消すから、姉さん次、次ね」
穣子はそういうとロウソクを一本消した。
残り九本。
静葉は軽く息をついてから。
「……えっと、怖い話とはちょっと違うけど、いいかしら?」
「いいよ、穣子の話で大丈夫なんだから」
「ええ~、穣子と静葉の歌、すごく面白かったよ~」
レティの物言いに一言返してやりたかった穣子だが、リリーの面白かった発言に、むしろ自省を促した。
そういう訳で、静葉の話は続く。
「……今回こっちにくる時の。その時は真夜中で、月の加減もよくなかった。
そんな中、私は穣子と一緒に木のすぐ上を飛んでいた。不意に、私の手を誰かが握ったの。最初は穣子かと思ったけど、手をつないで飛ぶなんて一度もなかったから、おかしいなと思って、それで握られた手、そう、右手を見たんだけど、何もなかったの。
真っ暗闇があるだけ。握られた感触しかなかったの。
でも、それ以上のことはなかったし、放っておいたら、ここに来た頃には私の手を握っている感触はなくなっていたの。おしまい」
相変わらず笑って聴いているリリー、うなずいているレティ。だが穣子は。
「そんだけ?」
「……うん、後日談はないわ。それじゃ……」と、話を打ち切った静葉はロウソクを一本消す。
残り八本。
順番の回ってきたレティは頭を掻きながら。
「私か……。といっても、さっきから話すネタがないんだけど」
「聞き飽きたよ、それ。みんな似たり寄ったりなんだから、はよ言え」
「私って『話す側』じゃなくて『話に出てくる側』なんだけどねぇ」
「……今更そういうことは言わないで。そもそもこの面子で百物語をしていること自体、おかしいんだから」
静葉の言い分に、レティは少し肩を落とした。
「はいはい。えっと、怖い話、怖い話……。あ、そうだ。
この前、山の頂の神社に行って、出てきた巫女に『まんじゅう怖い』って言ったらお茶を出されたわ。あの時の巫女、妙に怖かったなぁ」
間髪入れず穣子が突っ込む。
「『帰れ』って言われただけじゃん」
「やっぱり、そういう下げでいいのね」
納得したところで、レティはロウソクを一本消した。
残り七本。
飛び上がるような勢いのリリー。
「はーい、じゃ、次は私」
しかし、リリーの明るい声とは正反対に穣子も静葉もレティもうつむく。
「えっとね、さっき話した熊さんに出会って背中がばっくり割られちゃった話の続きをするね。
動かなくなった私に蟻さん達がやってきて、開いた背中から中に入ってきて、柔らかいとこをかじって持ってちゃった。あと、ほっぺとか目ん玉もかじられて持っていかれちゃったし、あとあと、耳とか目とかから頭の中に入ってきたりするんだよ。えへへ、怖いね~」
リリーは満面の笑みで体験談を披露するが、聞いている方はどんよりと沈んでいる。
「そう、ね……」
代表して穣子。
「うん!」
褒められたと思っているのか、あまりにも無邪気な笑顔を輝かせるリリーはロウソクを一本消す。
残り六本。
穣子は一回深呼吸をしてから。
「さ、気を取り直して怖い話、いくわよ」
「おー」
ここで返事し忘れるくらいゲンナリしている二名が穣子と同じ気持ちだった。
「で、怖い話だけど、んっと、んっと、んっと、……そうだ!
さっき姉さんが言った話だけど、実はその時の私にも似たような経験があるのよ。
えーっと、それは……、そう!足音。足音が聞こえてきて、それでそれでね、振り返ってみたら、そのなんていうか、なんか訳のわかんないのが居たのよ。で、それで……」
言葉に詰まったところで、穣子は自分に向けられる視線に痛みを覚えて。
「以上、です……」
穣子は一息をつくようにロウソクを一本消した。
残り五本。
静葉は少し考えてから口を開く。
「……その、また連続で続くのはどうかと思うけど、思い出したことがあるから、それを話すね」
「姉さん、ずるい。後日談はないとこ言っておいて」
「……違うわよ。本当に思い出しただけだから。
それじゃ話すよ。私、さっき『穣子と一緒に飛んでいた』って説明したけど。……うん、今でもそう思っているけど……。手を握られた感触があった時、手を握られた感触があった時、私、穣子を見失っていたの。と、いうより、どこにも穣子の姿がなかったの。
普通なら探して回るとは思うんだけど、何故だか、その時は平気と思って、そのまま。実際、着いた時は一緒だったし。一緒だったよね?」
姉に話を振られた穣子は、「うん」と首を縦に振って答えた。
「……正直、私もよくわからないけど、私の話はこれで終わり」
静葉はロウソクを一本消す。
残り四本。
「じゃあ、私も続き物で」
「今度は『お茶が怖い』とか言い出したの?」
「残念。今度は頂にある神社ではなくて、麓の方にある神社の巫女に『冬が怖い』っていったら、これでもかと春乞いされたの」
レティは「ふぅ」と深いため息。
「本当に怖かったわね」
それには秋姉妹もしみじみ頷き、レティはため息を吹き付けるようにロウソクを一本消す。
残り三本。
「はーい!じゃ、次は私が人間に捕まって押し花ならぬ押しリリーになった話をしまーす」
「もう充分です」と、神と妖怪は頭を下げた。
「ん、そう。わかった」
素直に受け入れてくれたリリーはロウソクを一本だけ吹き消す。
残り二本。
鼻息荒く穣子が登場。
「よし、ここまで我慢して残しておいた、取って置きの話をしてあげるわ。
それは私も知らない秋の怪現象。一時期人間達を恐怖に陥れた、秋口になると戸口を叩いて回る無音の無気配の『何か』。それにまつわる……」
意気揚々と話し出そうしたところ。
「……あ、それ私」
姉の爆弾発言に妹の話が止まった。
「……リリーちゃんを見習って、秋を告げようかと思ったけど上手くいかなかったから止めたの」
固まっている穣子に、レティは面倒くさそうにしつつもフォロー。
「ま、このオチが穣子にとって一番怖かった、ということでいいかしら?」
「それでいいです」
穣子はしょんぼりとしたままロウソクを一本消す。
そして、残り一本。
それをまじまじと見詰める静葉。そして、いつまで経っても最後の話を喋り出そうとはしない。
「どうしたの、姉さん?」
「……うん。その、リリーちゃんから季節順に話をしていって、それで一人一本ずつロウソクを消していったのよね?……」
「そうよ、当たり前でしょ」
当然とばかりに言い切る穣子の言葉を受けて、静葉は益々悩みの色彩を濃くした視線を投げ掛けて、つぶやく。
「……それならどうして、最後の番が私に回ってくるのかしら……」
その時、最後のロウソクの火が、ふっ、と消えた。
青空で日も高くなると蝉の鳴き声もうるさくなる。
しかし、ここは蝉の声も遠い神の家。夏の暑さが薄いからそうなるのだろう。
昼間なのに締め切ったその家の中から、家主の姉妹の、秋 静葉の気だるそうな歌声と、秋 穣子の陽気な歌声が響いてくる。
「素直に~♪」
「収穫祭によばれた 私が♪」
「事実を~♪」
「あんまり意味ないのは 内緒よ♪」
「話して~♪」
「どうして どうして 不思議 いつもよ♪」
「「こんなに みんな喜ぶだなんて~♪」」
姉妹の歌声を拝聴しているのは、穣子の右隣で笑っているリリーホワイトと、静葉の左隣で頬杖をついているレティ・ホワイトロックの二人。また、リリーとレティも隣り合っており、彼女達は輪になっていた。
ほとんど日の光が入らないこの家の光源は、彼女達の中心に百本あるロウソクの中で、ぽつぽつと火を灯してぼんやり輝く十本のロウソク。
そんなこんなで一曲終えて。
歌いきった充実感を臆面もなく顔に出す穣子。付き合わされた姉の静葉だが、歌ったこと自体はまんざらでもない様子。それに「わ~」と歓声を送るリリー。尤も、レティは頬杖をついたまま「で?」と尋ねるのみ。
「え、いや、ほら。これ歌って出てきたら、きっと人間達は怖い思いをするだろうな~、と」
「未来形ですか」
「……むしろ仮定」
レティは頭を抱える振りをして。
「リリーちゃんから始めた百物語も、ただ今九十一話目。ネタがないのはわかるけど、いくらなんでもそれはどうかしら」
「あーもう、いいでしょ、別に。ほら、ロウソク消すから、姉さん次、次ね」
穣子はそういうとロウソクを一本消した。
残り九本。
静葉は軽く息をついてから。
「……えっと、怖い話とはちょっと違うけど、いいかしら?」
「いいよ、穣子の話で大丈夫なんだから」
「ええ~、穣子と静葉の歌、すごく面白かったよ~」
レティの物言いに一言返してやりたかった穣子だが、リリーの面白かった発言に、むしろ自省を促した。
そういう訳で、静葉の話は続く。
「……今回こっちにくる時の。その時は真夜中で、月の加減もよくなかった。
そんな中、私は穣子と一緒に木のすぐ上を飛んでいた。不意に、私の手を誰かが握ったの。最初は穣子かと思ったけど、手をつないで飛ぶなんて一度もなかったから、おかしいなと思って、それで握られた手、そう、右手を見たんだけど、何もなかったの。
真っ暗闇があるだけ。握られた感触しかなかったの。
でも、それ以上のことはなかったし、放っておいたら、ここに来た頃には私の手を握っている感触はなくなっていたの。おしまい」
相変わらず笑って聴いているリリー、うなずいているレティ。だが穣子は。
「そんだけ?」
「……うん、後日談はないわ。それじゃ……」と、話を打ち切った静葉はロウソクを一本消す。
残り八本。
順番の回ってきたレティは頭を掻きながら。
「私か……。といっても、さっきから話すネタがないんだけど」
「聞き飽きたよ、それ。みんな似たり寄ったりなんだから、はよ言え」
「私って『話す側』じゃなくて『話に出てくる側』なんだけどねぇ」
「……今更そういうことは言わないで。そもそもこの面子で百物語をしていること自体、おかしいんだから」
静葉の言い分に、レティは少し肩を落とした。
「はいはい。えっと、怖い話、怖い話……。あ、そうだ。
この前、山の頂の神社に行って、出てきた巫女に『まんじゅう怖い』って言ったらお茶を出されたわ。あの時の巫女、妙に怖かったなぁ」
間髪入れず穣子が突っ込む。
「『帰れ』って言われただけじゃん」
「やっぱり、そういう下げでいいのね」
納得したところで、レティはロウソクを一本消した。
残り七本。
飛び上がるような勢いのリリー。
「はーい、じゃ、次は私」
しかし、リリーの明るい声とは正反対に穣子も静葉もレティもうつむく。
「えっとね、さっき話した熊さんに出会って背中がばっくり割られちゃった話の続きをするね。
動かなくなった私に蟻さん達がやってきて、開いた背中から中に入ってきて、柔らかいとこをかじって持ってちゃった。あと、ほっぺとか目ん玉もかじられて持っていかれちゃったし、あとあと、耳とか目とかから頭の中に入ってきたりするんだよ。えへへ、怖いね~」
リリーは満面の笑みで体験談を披露するが、聞いている方はどんよりと沈んでいる。
「そう、ね……」
代表して穣子。
「うん!」
褒められたと思っているのか、あまりにも無邪気な笑顔を輝かせるリリーはロウソクを一本消す。
残り六本。
穣子は一回深呼吸をしてから。
「さ、気を取り直して怖い話、いくわよ」
「おー」
ここで返事し忘れるくらいゲンナリしている二名が穣子と同じ気持ちだった。
「で、怖い話だけど、んっと、んっと、んっと、……そうだ!
さっき姉さんが言った話だけど、実はその時の私にも似たような経験があるのよ。
えーっと、それは……、そう!足音。足音が聞こえてきて、それでそれでね、振り返ってみたら、そのなんていうか、なんか訳のわかんないのが居たのよ。で、それで……」
言葉に詰まったところで、穣子は自分に向けられる視線に痛みを覚えて。
「以上、です……」
穣子は一息をつくようにロウソクを一本消した。
残り五本。
静葉は少し考えてから口を開く。
「……その、また連続で続くのはどうかと思うけど、思い出したことがあるから、それを話すね」
「姉さん、ずるい。後日談はないとこ言っておいて」
「……違うわよ。本当に思い出しただけだから。
それじゃ話すよ。私、さっき『穣子と一緒に飛んでいた』って説明したけど。……うん、今でもそう思っているけど……。手を握られた感触があった時、手を握られた感触があった時、私、穣子を見失っていたの。と、いうより、どこにも穣子の姿がなかったの。
普通なら探して回るとは思うんだけど、何故だか、その時は平気と思って、そのまま。実際、着いた時は一緒だったし。一緒だったよね?」
姉に話を振られた穣子は、「うん」と首を縦に振って答えた。
「……正直、私もよくわからないけど、私の話はこれで終わり」
静葉はロウソクを一本消す。
残り四本。
「じゃあ、私も続き物で」
「今度は『お茶が怖い』とか言い出したの?」
「残念。今度は頂にある神社ではなくて、麓の方にある神社の巫女に『冬が怖い』っていったら、これでもかと春乞いされたの」
レティは「ふぅ」と深いため息。
「本当に怖かったわね」
それには秋姉妹もしみじみ頷き、レティはため息を吹き付けるようにロウソクを一本消す。
残り三本。
「はーい!じゃ、次は私が人間に捕まって押し花ならぬ押しリリーになった話をしまーす」
「もう充分です」と、神と妖怪は頭を下げた。
「ん、そう。わかった」
素直に受け入れてくれたリリーはロウソクを一本だけ吹き消す。
残り二本。
鼻息荒く穣子が登場。
「よし、ここまで我慢して残しておいた、取って置きの話をしてあげるわ。
それは私も知らない秋の怪現象。一時期人間達を恐怖に陥れた、秋口になると戸口を叩いて回る無音の無気配の『何か』。それにまつわる……」
意気揚々と話し出そうしたところ。
「……あ、それ私」
姉の爆弾発言に妹の話が止まった。
「……リリーちゃんを見習って、秋を告げようかと思ったけど上手くいかなかったから止めたの」
固まっている穣子に、レティは面倒くさそうにしつつもフォロー。
「ま、このオチが穣子にとって一番怖かった、ということでいいかしら?」
「それでいいです」
穣子はしょんぼりとしたままロウソクを一本消す。
そして、残り一本。
それをまじまじと見詰める静葉。そして、いつまで経っても最後の話を喋り出そうとはしない。
「どうしたの、姉さん?」
「……うん。その、リリーちゃんから季節順に話をしていって、それで一人一本ずつロウソクを消していったのよね?……」
「そうよ、当たり前でしょ」
当然とばかりに言い切る穣子の言葉を受けて、静葉は益々悩みの色彩を濃くした視線を投げ掛けて、つぶやく。
「……それならどうして、最後の番が私に回ってくるのかしら……」
その時、最後のロウソクの火が、ふっ、と消えた。
リリーは良かったです。
「やっぱりレティが好き」さんの話は好きだなぁ。