上白沢慧音はワーハクタクである。
彼女に掘りキャラのレッテルを貼ったのは別の次元から幻想郷に干渉する謎の意思達である。
上白沢慧音は自身の名誉のために見えない敵と戦うのだ!
■ 仮面ホリダー第一話 「さようなら、ホリえもん」 ■
幻想郷は今、夏真っ盛り。
林立の隙間を縫って降り注ぐ陽光に、慧音は目を細めた。
「……やっと着いたか」
誰に聞かせるでもない呟きはしかし、蝉の声に掻き消される。
竹林の狭間に、何かから隠れるようにしてひっそりと構えられた屋敷。
命の炎を燃やして叫ぶ蝉の大合唱を浴びながら、彼女はその門前に立っていた。
その屋敷の名は永遠亭。
そう、必要以上にスペイシーでルナティックで姫カットの犯罪者や
何に使うのかよく分からない弓を携えて禍々しい笑みを浮かべる変態薬師や
一歩間違えれば猥褻物陳列罪に問われそうな程のミニスカートを颯爽と穿きこなし、
決して暴く事許されファラオの墓標にも似た絶対領域を絶妙のラインで見せ付ける宇宙兎や
事もあろうに白昼堂々賽銭詐欺に及ぶ面の皮の厚いロリータラビットが跋扈していると噂の
大幻想郷異端少女達の住処、あの悪名高き永遠亭である。
しかし慧音は、友人である藤原妹紅と永遠亭の首領(ドン)である蓬莱山輝夜との
山より高く海より深い確執の所為もあり、あまり永遠亭に対して好意的な感情を抱いていない。
その彼女が何故わざわざそんな大して好きでもない悪の巣窟に訪れたのかと言えば、
それを押してでもどうにかしなければいけない、のっぴきならない事情があるからだ。
先にも述べたが、上白沢慧音は人間とハクタクの混血、つまりワーハクタクだ。
普段は何の変哲も無い少女の姿で過ごしている彼女だが、満月の夜にはハクタクの血が強くなる為に
角が生えたり体つきや顔つきが変化した、異形の姿へと変貌を遂げる。
異形といっても、目を覆わんばかりの不気味さを醸し出しているという訳ではないが
常日頃の、もはや今年のベストメガネドレッサーオブ幻想郷賞は間違い無しとばかりに溢れる知性と
実年齢にはとてもそぐわない可憐な少女の姿ながらも、十二分に落ち着いた大人の魅力を感じさせる
理知的で包容力に溢れた彼女の美貌と物腰を知っている者にとっては、何十倍もの破壊力となって襲い来るのだ。
ちなみに以下に列記するのが満月の時の彼女を見た事がある者の弁である。
コックローチレヴァリエ(仮名)曰く、『ヤバっ』
薬物中毒パペットマスター(仮名)曰く、『ああああ! あろうことか! あろうことか!』
盗撮鴉(仮名)曰く、『UMA発見! UMA発見! 至急現場に急行します!』
ひぇぇ蛍(仮名)曰く、『い、い、命ばかりはお助けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
妖怪辻斬り娘(仮名)曰く、『はい、まあ、一応主人の手前と言う事もありまして
最初は私も”肝試しでもお前は怖くない”と精一杯の虚勢を張ったんですけどね。
立ち合いが白熱するにつれ、もう手元は覚束無いわ足は震えるわの大惨事ですよ。
世の中には斬っても分からない事があるという現実を付きつけられた瞬間でした。
キモ試し、いえ、肝試しという言葉の意味を身を以って知りましたよ、ええ』
これらの証言からも分かる通り、変身後の彼女の姿は非常に攻撃的だった。
しかもそれが禍々しい満月の光に照らされた竹が墓標の様に聳え立つ竹林で
いきなり現れたものだから、余計におどろおどろしく感じられてしまったのかも知れない。
その姿を巫女魔法使いメイドに庭師、人形遣いに吸血鬼に亡霊、挙句の果てにはスキマ妖怪という
およそ幻想郷の全てをカバーするメンバーに見られてしまったのが運の尽き。
案の定、慧音が変身するという噂はあっと言う間に広まった。
そして、噂というのは得てして伝播する間に変質していく。
その伝播の過程に、慧音に対して悪意を持っている者がいたのも不味かった。
「里の守り神」として、人間とはおおよそ良好な関係を築いている慧音だが、
中には半分妖怪の血が流れているというだけで慧音を敵視する人間もいる。
彼等はこれ幸いとばかりに、慧音を排斥しようと噂を脚色した。
……上白沢慧音は満月の夜になると異形の姿となり、人間に襲い掛かるようになる、と。
慧音は悩んだ。
確かにあの時自分はあの人妖達に襲い掛かったが、それは妹紅を守る為であって
断じて取って喰おうとしていた訳ではない。
しかし、それを一人一人に説明して回るにはあまりにも効率が悪過ぎるし
第一そんな事をすれば妹紅の存在が人々にばれてしまう。
そうなると最悪の場合、蓬莱人の生肝を狙う様な愚か者が現れて
無駄な犠牲が出る事になるかも知れない。
それだけは何としても避けたかった。
だが、このままでは折角築いた里の人々との信頼関係すら失ってしまいかねない。
一体何処の誰が夜空に満月が輝く度に理性を失い人を襲うような奴を信用してくれるというのか。
そして自分一人が信用されなくなるだけならまだしも、このまま噂が悪い方に変質し続ければ
噂を気にせずに自分を信じてくれた者までもが排斥の対象にされる事も考えられる。
そこで慧音の脳裏に浮かんだのが、他ならぬ月の頭脳・八意永琳のマッドマッシヴな笑顔である。
彼女の手を借りれば、今の風評を打ち消す策を講じる事が可能かもしれないと考え、
こうして遠路遥々永遠亭まで足を運んだという訳だ。
(多少なりとも実りがあればいいのだが……)
思いつつ、飛び石の上を一つずつ渡っていく。
あまり借りを作りたくない相手だが、この際形振り構ってはいられない。
こんな事に実入りを期待せねばならない己の運命に歯噛みしつつ、
淡くて儚い一縷の望みに全てをかけて、慧音は永遠亭の門を叩いた。
・ ・ ・
「無理よいらっしゃい」
「なっ! 挨拶より早く否認とは何と見事な順逆自在の術!」
通された部屋で待つ事暫し。
期待に胸躍らせる慧音の元に、白衣にメガネという
何とも絶妙なコンボを決めつつ現れた永琳の口から発せられたのは、
どうにも投げ遣り感及びブン投げ感がだだ漏れの実にあり難いお言葉だった。
「い、いや、ちょっと待ってくれ永琳殿。無理って、私はまだ何も言ってな……」
「聞かなくても分かるわ。どうせ、満月時のキモさをどうにかしてくれとか
掘り魔の汚名を何とかして返上したいとか、そんな感じの事でしょ。
私どころかあの隙間妖怪だってそれは無理、文句があるなら直接創造主に言いなさい」
「創造主!? 何だそれは!?」
またも容赦なく奏でられる残酷な薬師のテーゼ。
天才的で変態的なブラストビートに乗って迸るメロディは精神的に重低音。
思わず立ち上がった慧音の向脛に印された畳の跡は、罪人に咎を刻む焼印の如くに赤かった。
「だって、そもそもの原因は何かって考えればアレしかないでしょう。
早い話、貴方がキモいって言われるのはEXの立ちブベラバッシャアァ!!」
天才である事を笠に着てあまりにも不穏当な戯言を垂れ流し始めた
目の前の薬師に鉄拳制裁を加えつつ、滂沱の淵に己が身を埋める慧音。
もはやこの時点で彼女の希望は木っ端微塵のシッチャカメッチャカに打ち砕かれた。
天才薬師や隙間妖怪にも無理な事が、一体他の誰に解決出来るというのか。
そしてさめざめと泣いている慧音めがけて、顔面陥没状態からめでたく復活した永琳が
追い討ちの言葉を投げ付ける。
「火の無い所に煙は立たないのよ……掘り魔ってのも事実無根って訳じゃないでしょう?」
「なっ……ち、違う! あ、あれは事故だったんだ!」
まことに遺憾極まるといった表情で、永琳に詰め寄る。
しかし湧き上がる動揺は抑え切れず、舌が微かに縺れた。
……瞼の裏に、あの日の景が甦る。
『妹紅! あああ、妹紅! 』
『くっ……痛ィなぁぁぁ、もぉぉぉぉ!!』
その日の輝夜は、いつも以上に執拗で残忍だった。
たまたま機嫌が悪かったのか、逆に機嫌が良かったのか。
しかし結局、蓬莱人に比べれば泡沫の如き歳月しか過ごしていない慧音には
輝夜の心中を理解する術などなかったのではあるが。
『ああ……妹紅っ! 暖かい……! ああっ……はぁ!』
『げぐっ!?』
『も、妹紅!』
ボギリと響いた鈍い音。
首の骨でも折られたか、輝夜と縺れ合って真っ逆さまに落ち行く妹紅。
そのまま木々にバサバサと悲鳴を上げさせながら、深い茂みに墜落した。
そうして刹那の間も置かず。
ズブズブと肉を抉る様な音が。
ブチブチと筋の切れる様な音が。
グヂャグヂャと何かを掻き混ぜる様な音が。
妹紅を破壊する音が、迸る。
……その惨状は想像するに余りある。
そして、妹紅が死ぬ事はあり得ないと分かっていながらも
慧音がその無残な行いを見過ごせる筈も無かった。
『うっおおーっ! ロングホーン・リニアモーターカ──────ッ!!』
怒りに任せて吶喊一閃。
重ね重ねの乱暴、もう許せぬと言わんばかりにいきり立ったその角で
あのにっくき輝夜めの心の臓を貫いてやろうと勢いよく突撃したまでは良かった。
『ひ……ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?』
『なっ……こ、これは……も、妹紅!?』
だが、茂みの中から聞こえてきたのは事もあろうに妹紅の悲鳴。
つまり慧音は、輝夜の心臓と妹紅の尻を間違えるという
幻想郷史上稀に見る大惨事を引き起こしてしまったのだ。
『ああっ! ちょっと半獣! もこたんのあらゆる初めては私がゲッチュウするって
この星が生まれる幾星霜前からアカシックレコードに記されていたのよ!?
それをこんないきなり情緒もへったくれもなく横取りするなんて! この悪魔超人!?』
『超人!? いや、ち、違う! 誤解だ! わ、私が妹紅を傷付けようとする訳が無いだろう!』
『犯罪者は皆そう言うのよ! 何しろ私も犯罪者だからそれはよく分かるわ!
皆さぁぁん! 聞いてくださぁぁぁぁい! この人変態でぇぇぇぇぇぇす!
血も涙も無い悪の手先の凶悪無残な掘り魔でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇす!!』
そこを輝夜に見られたのが、悲劇の始まりだった。
永遠亭メンバーの固いんだか薄っぺらいんだかよく分からない結束をなめてはいけない。
輝夜が事件の現場を見たという事はつまり永琳が見たという事で、
それは更に鈴仙が見た事に繋がり、最終的にはてゐが見た事になる。
そして身内や妹紅以外の他人と接する機会が少ない輝夜や
とりあえず他の面子よりは常識という物を持っている鈴仙はともかく、
自分の薬を買っていった者の素性を平気で新聞記者にバラす某天才薬師や
詐欺師という時点で何もかもが終わっているてゐに知られてしまったら、
もはやその先は語るまでもない。
掘り魔と異形の姿。
その二つの噂が結びつくのに、さしたる時間はかからなかった。
「くっ……! ゆ、誘導尋問とは卑怯なり!」
「何もして無いわよ」
慧音の脳裏に、あの瞬間のえも言われぬ感触が甦る。
それは例えば林檎の皮をむくように、葡萄の蔓が伸びるように。
ダメと言われるほどやりたくなる心理と言うか、冷たくされるほど燃えると言うか、
水浴びの後とか服を着替えている最中とかにうっかり見た事のある
あの小ぶりながらもむっちりと柔らかそうな、絶妙な肉付きの妹紅の桃尻に
自分の益荒男ぶりを所狭しと発揮する鋭い角が、深く、深く、深く、深く……
「うわああああああぁぁぁぁぁぁああ!! わ、私はノォマルだぁぁぁぁぁぁ!!」
ねっとりと纏わりつく不埒な妄想を振り払うように、
文字通り頭を抱えてそこら中を可憐に転げまわる慧音。
嫌なのに、大事な妹紅にあんな酷い真似をした自分を責めたいのに
ふつふつと湧き上がる暗い欲望が、理性の扉をこじ開けようと迫り来る。
「安心して……そんなに怖がることはないのよ。
綺麗な物を汚したいという欲望は、誰でも大なり小なり持っているもの。
別に貴方が尻にしか興味を感じないヴァーサーカーである事の証明にはならないわ。
「え、永琳殿……」
「一度にあれもこれもなんて無理。誤解はひとつずつゆっくり解いていけばいい。
貴方が真摯な気持ちで行動していれば、きっと真実が伝わる筈よ」
うずくまる慧音の肩に優しく手を添え、慰めるように囁く永琳。
その怪しげな包容力に満ち溢れた言の葉に、慧音は己を鑑みる。
……確かに自分は、あまりにも完全を求め過ぎていたのかも知れない。
掘りキャラの汚名、キモいと言う風評、それに伴う妹紅や人間への余波。
斯様な難題は、一度にどうにか出来るものではない。
少しずつ時間をかけて、己の態度と行動で真実を示していけばいいのだ。
第一、キモいキモくないは個人の感じ方だから如何ともし難いにしても
自分は断じて平和を脅かす凶悪な掘り魔などではない。
そもそも満月の時のあの姿は、ハクタクの血の顕現なのだ。
この身に流れるその血を恥じる必要など全く無い。
ならば、何を恐れる事がある。何を慄く事がある。
堂々としていればいいのだ。
堂々とたくましい角を放り出して、胸を張って歩けばいいのだ。
そうしていれば、いつか掘り魔だのキモいだのの風評が
事実無根……とは言わないまでも、とにかく真実ではない事が分かってもらえる筈だ。
さすれば、妹紅も、人間も、そして自分も護れる。
……ああ、見ろ、窓から差込み畳を焼く夏の日差しはこんなにも輝いているではないか。
それは例えば明けない夜が無いように、終わらない冬が無いように。
確かに明けない夜はないがそれを言い出したら沈まない太陽は無いだろとか
冬が終わるんなら春だって同じ様に終わるじゃねーかという悲しい現実は完全無視だ。
どちらにしろ、希望に満ち溢れた今の慧音にはそんな瑣末事など何の妨げにもならぬ。
もう、迷わない。
威勢良く振り返った慧音の瞳に、熱く輝く炎が燃えていた。
「永琳殿……ありが」
「ところで貴方が実はカツラだって噂がシュジュバジャブッチュシュゥゥゥゥゥゥゥ!」
……蒼天に舞う、ボン・キュッ・ボンなシルエット。
ちなみに後日、眼鏡で白衣のコスプレ謎生物が物凄いスピードで
回転しながらふっ飛んでいる様子がいたる所で目撃されたというニュースが
どこぞのパパラッチ天狗によって報じられる事になるが、
そのニュースと先程の永琳女史の発言との関連性は目下のところ調査中である。
・ ・ ・
「大変だったのねぇ、おおよしよし」
その日の夜半。
傷心癒えぬまま妹紅の庵を訪れた慧音の話を聞いた妹紅の第一声はそれだった。
左手にお猪口を持ったまま、幼子をあやす様に右手で慧音の頭を撫でる。
林檎の様に赤い頬、そして言の葉と共に零れる吐息は濃厚なアルコオルのかほり。
疑う余地も紛う方も無い、酔っ払いの風情である。
「……あのな、妹紅……私は真剣に……」
「言わせておけばいいじゃないの。
そんな噂、二百年も経てば皆忘れるって」
「いや、確かにその通りだが……ああ、もう……」
何がそんなに楽しいのか、けたけたと童女の様に笑う妹紅。
そして慧音の心にのしかかる、言わなきゃよかったとの悔恨。
そもそも酔っ払い相手にこんなデリケートな話を振ったのが間違いだった、と
眉間に指をやり、溜息をつく。
……何百年も生きてるくせにこの無邪気さ、流石に時々呆れてしまう。
健全な精神は健全な肉体に宿るとは言うが、もしかすると妹紅は
肉体が不老不死になったのに伴って、心すら磨耗しなくなってしまったのかも知れない。
──何時まで経っても輝夜に対するこだわりが消えないのも、そのせいだろうか。
そんな慧音の複雑な心中も察しないで、妹紅が至極軽い調子で言葉を紡ぐ。
「ま、どうしても何とかしたいって言うのならアレよ。
ほらあの、ハッスルな店長……じゃなくて、発想の転換。
今すぐに掘り魔のレッテルを剥がすのが無理だってんなら、
逆にその噂を利用して何か得出来る事は無いか、って感じにさぁ」
「……発想の転換?」
「私なんかもさ、こんな碌でもない体になっちゃったけど
考えようによってはあれよ、百年先の美味しい料理とか
千年先の綺麗な星空とか、そういうものを見れるって事なのよ?
何だかんだ言って、それって凄い特権だと思わない?」
「妹紅……」
ロマンティック過ぎたかな、とはにかみながら
お猪口を傾け、からからと明るく笑う妹紅。
その笑顔はまさに暗く沈んだ心を照らす炎の様で、
慧音は自分の悩みが少しだけ溶けていくような、そんな気がした。
外を見遣ればぼんやりと、しかし優しく輝く待宵の月。
降り注ぐ光は、まるで激しい雨の後、晴れゆく雲の隙間から差し込む
希望に満ちた曙光の……
「……待てよ」
そう……光は希望、光は革命、光は生命、光は腐劣(フレッツ)。
そしてどれだけ優しい光を溢れさせていようと、月が導くモノは狂気なのだ。
慧音の脳細胞が、希望と電波に満ち溢れた準満月光線を受信して
ニトロぶち撒けターボかっ飛ばし、悟りの境地へブレイクスルー・ソニックウォール。
小さな思考の雪だるま、縦横無尽にゴロゴロ転がり、見る見る膨らみ赤色巨星。
もはや今の慧音には、己の思考が膨張を続けた宇宙の最期に似ている事に気付く余裕も無い。
「……慧音? どしたの? お腹でも痛いの?」
「噂……掘り魔……発想の転換……」
心配そうな妹紅の声も上の空で、ぶつぶつと怪しい薬でもキメているかの様に呟く。
妹紅の目に映る、慧音の背から陽炎の如く揺らめき立ち上るドス黒い炎は、
果たして酩酊した意識の齎す幻覚なのだろうか。
「そッッッッッッ……それだァ────────────ッッ!!」
「け、慧音!? ちょ、ど、何処行くのよぉ!!」
どちらにしろ、妹紅にそれを確かめる事は出来なかった。
次の瞬間、慧音は何かに取り付かれた様にぐわっと立ち上がり、
そのまま壁を突き破って何処へとも無く駆けて行ったのだから。
遠ざかる背中にかけた言葉が、虚しく闇へと溶けて行く。
夜空に煌いていた筈の月は、いつの間にか群雲に隠されていた。
・ ・ ・
犬が西向きゃ尾は東。
昨夜の月が待宵ならば、今日のお空は三五の夕べ。
闇の帳にぽっかり浮かぶ、真円なる月のスクリーン。
箒に跨り夜空を駆ける魔法少女を、影絵の様に映し出す。
「大漁、大漁。まったく、小悪魔も毎度毎度無駄な努力、ご苦労な事だぜ」
長い金髪が靡いて、風の道を象る。
白黒のドレスがふわりと膨らみ、ちらりとはみ出るドロワーズ。
時をかける少女、ではなく、空を駆ける魔法少女こと霧雨魔理沙は
ヴワル魔法図書館からかっぱらった戦利品がぱんぱんに詰まった風呂敷を
箒の先っぽにぶら下げ、小粋な夜空のお散歩と洒落込んでいた。
目指す先にはあちらとこちらの境界線、二色蝶が舞う幻想の彼岸。
それはどうにもみすぼらしい、いや、霊験新かな歴史の息吹を感じさせる、
トラディショナルな魅力に溢れた愛しのあの子の博麗神社。
「愛のまぁまにぃーわーがーまっまにー♪
私は私だけを傷つけないー……っとぉ!」
「……何よ、その独善的極まりない小唄は」
境内目掛けて軽やかに着地、魔理沙目掛けた軽やかな軽口。
縁側に腰掛け、杯を傾ける紅白の少女の傍らには一升瓶。
側面に張られた御神酒という札がどうにもこうにも気になるが、今は全く瑣末事。
目ざとく見つけた魔法少女が、ほろ酔いの蝶にいそいそすり寄る。
「おっ、月見酒か。いやあ、私の訪問を予測して
もてなしの準備をしておいてくれるなんて、流石は楽園の素敵な巫女だな」
「あんたの都合で生きてないわよ……って、何よその大荷物。
また居直り強盗でもやってきたの?」
「ああ、御覧の通り、今日も大漁だ。
小悪魔なんか”持ってかないで下さぁい”とか言って、ピーピー泣いてたぜ」
ぽんぽんと風呂敷包みを叩きながら、満足げな笑みを浮かべる魔理沙。
そして、貸してくれとか別の本と交換してくれとか、もうちょっと平和的な手段は取れないのかしらと
少しだけ呆れつつも、いつもと変わらぬ友の笑顔につられ、自然に霊夢の顔もほころんでいく。
……と、まあ、ここまでは取り立てて何も起こらない、何時も通りの夏の夜の一コマであるのだが、
次の瞬間、天を劈かんばかりに響いた謎の声により、事態は必要以上に風雲急を告げる事になる。
「ウゥゥゥゥゥゥワッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!
ふふふふふふふふふふぅぁあははははははははははぁぁぁぁぁぁ!!」
「「……ッ!?」」
穏やかな夜の風情を切り裂く、何処と無く世紀末な笑い声。
「人の世の生き血を吸う不埒極まる悪行超人め!
この私が来たからにはもうお前達の好きにはさせんぞ!」
「悪行超人って……霊夢、お前一体何やったんだよ」
「ちったぁ自分の事も疑いなさいよって言うかその前に気にする所があるでしょ!
だ、誰よ! 何処にいるの!? 姿を見せなさい!!」
「フ! 悪党どもに名乗る名など無いが、冥途の土産に教えてやろう!
遠くの者は音に聞け! 近くの者は目にも見よ!
天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと私を呼ぶ!」
「ああーっ! あ、あ、あ、あいつは──────っ!!」
「ッ!?」
魔理沙が指差し、霊夢が仰向くその視線の先。
何時の間にかおっ立てられたアホみたいに長い竹の天辺に、腕組み見下ろす人影ひとつ。
夜風に靡く緑色のワンピース。
頭に聳え立つ、たくまし過ぎる二本の角。
角に結び付けられた、赤くて可愛い大きなリボン。
そして雲の隙間から顔を出した十五夜の月に照らし出されたその顔には、
何やら馬鹿でかい蝶の様なフォルムの仮面が所狭しと蒸着されていた。
その表面にデカデカと書かれている「通報お断り」という言葉が何処となく涙を誘う。
多少のノイズはあるものの、その影の正体が我等がヒーロー上白沢慧音である事は明白だ。
どちらにしろこの瞬間、霊夢と魔理沙の脳裏に「馬鹿と煙は高い所が好き」という格言が浮かんだのは言うまでも無い。
「な、何だアイツ……変な仮面被りやがって、頭おかしいんじゃないのか?」
「おかしくない! お前こそ四六時中箒に跨って
至極大事な部分を刺激して悦に入ってる癖に
他人の趣味にいちいち文句を付けるんじゃない!」
「……そうだったの?」
「不可抗力だぜ」
「御託はもういい! 行くぞ! ハラハァ──ッッ!」
竹をしならせ、月をバックに夜空に跳び出す謎の人物、いや、慧音。
人によっては鼻血噴出出血多量で死出の旅路にご案内間違い無しの
魔理沙の恥ずかしい秘密を暴露しながら、無闇に華麗に空を舞う。
しかし、神はやはり公平だった。
例え正義の味方と言えど、人の秘密を勝手にばらすのは許される事ではない。
よって慧音が着地に失敗し顔面を激しく地面に打ち付けたのは、半ば必然とも言えよう。
月明りを受けて煌く大出血が破滅の美学的な風情を醸し出し実に美しい。
「はぶぶぶ……へ、平和の使者、仮面ホリダー参上! あばれるのをやめろ!!
いうことをきかなければ戻り弾幕で全員をぶったおさねばならない!!」
「戻り弾幕……って、お前もしかして慧音か?」
「違う! 私の名は仮面ホリダーだ!」
「いやだって、その声とか服とか角とかリボンとか、明らかに慧音だろ。
今のお前見たら妹紅泣くぞ、絶対。何だ、流行り病にでも罹ったのか?」
「戯けた事をぬかすな! 私は上白沢慧音などでは無い!
世界を愛と勇気で包む平和の使者、仮面ホリダーだと言っているだろう!」
大声で叫んだせいで、額から吹き出す血の勢いがより一層強くなり
だらだらと垂れまくる鮮血が緑色のワンピースをドス黒い紅に染めていく。
年端も行かぬちびっ子が目の当たりにしたら失神しながら失禁する事は間違い無しのハートフルな光景。
しかしこれでは愛と勇気の使者と言うより獄炎煮え滾る地獄から甦った死者だ。
……何はともあれ、これこそが上白沢慧音一世一代の「野ワーハクタクをプロデュース」作戦である。
自分は掘り魔ではないという事を常日頃の行動によって証明すると共に、
「掘る」という言葉に対する、暗く鬱々とした悪いイメージを払拭すればいいのだ。
こうして夜な夜な正義の味方が悪党どもを掘り倒しているという噂が広まれば、
掘るという行為はむしろ好ましい事として衆生の心に刷り込まれていく筈だ。
第一、耳の穴は穿ってもいいのに尻はダメだという道理など何処にもない。
いや、それより何より穴は掘ってもいいのにカマを掘ってはダメという道理も何処にもない。
常識に縛られるな。固定観念に囚われるな。
掘るという行為それ自体には何の意味も、そう、善も悪もない。
故に、何一つとして恥ずかしがる必要は無い。
身を焼く煩悶を乗り越え、慧音はついに悟りの境地に至ったのだ。
唯一にして最大の悲劇は、一番恥ずかしいのは今この瞬間の自分である事に
まったく全然これっぽっちも気付いていない事なのだが、それはこの際関係ない。
「あー……まあ、慧音じゃないってならそれでもいいけど。
要するに喧嘩売ってるんでしょ? 私は黙ってやられるつもりは無いわよ?」
颯爽と縁側から立ち上がり、しゃらん、とお払い棒を構え、慧音目掛けて切っ先を向ける。
これがどこぞの辻斬り庭師や敵前逃亡餅つき兎辺りだったら少しは自身の行いを顧みようともするのだろうが、
あいにく我等の脳内常春桜花爛漫娘の霊夢にはそんな殊勝な思考など無かった。
「安心しろ、腋以外は貧相な巫女。お前は無罪放免だ」
「……へ? 何で?」
しかし、眼前の自称正義の味方から発せられたのは意外な言葉。
てっきり登場時のノリで問答無用に殴りかかってくるものだとばかり思っていた霊夢は
思いもよらない台詞と、妙に優しい口調に拍子抜けする。
「言っただろう。私は愛と平和と正義の使者であって私刑執行人ではない。
確かに、香霖堂とかいう店からの略奪行為や妖怪への暴行などの前科はあるものの、
お前の困窮の度合いから考えれば、略奪行為は充分情状酌量の余地があるし
妖怪への暴行についても、妖怪が人間を食い人間が妖怪を倒すのは幻想郷の摂理。
それに従って行動しているだけなのだろう? ならば、何も責められる謂われは無い」
「いや、余罪追及の余地がありまくると思うんだガボッシュ!」
「黙ってなさい」
せっかく見逃してくれるのというのに、余計な口を挟まれてはたまったものではない。
明らかに誤審な、正義の味方の杜撰極まりない事件の背景考察に
異議を申し立てようとした魔理沙の口を陰陽玉で塞ぐ霊夢。
「ぷはっ……しかし霊夢が無罪なら私も大丈夫だな。あーよかったよかった。
いや、待てよ、おかしいぞ。どっちも無実って事はお前、何しに来たんだ?」
「お前が無罪だとォ!?」
口に突っ込まれた陰陽玉を吐き出しつつ、いけしゃあしゃあと魔理沙が言う。
無論、慧音がその不埒な発言を聞き逃す訳も無かった。
「頭脳が間抜けか! お前の何処が無実だというのだ!
お前の悪事はピンからキリまでスッパ抜き済みだ!
図書館強盗、スペルカード著作権侵害、鬼の幼女誘拐監禁、
そしてミニ八卦炉とかいう大量破壊兵器の所持!
情状酌量の余地などもはや芥子粒ほどにも残っていない!」
「酷い言われ様だぜ。本は永久に借りておくだけだし、
スペルカードはパクリじゃなくてインスパイアしただけだし、
萃香を連れて行ったのはちょっと研究させてもらっただけだし、
ミニ八卦炉はアレだ、か弱い乙女の身を守る護身用具じゃないか」
「……丸い卵も切りようで四角とはよく言ったものね」
歴史を司る者としての能力をフルに発揮したプライバシー侵害……ではなく、
裏付け捜査の結果を突き付ける慧音と、これっぽちも悪びれずに屁理屈を捏ねる魔理沙。
ただ一人、酔ってるのに冷静な霊夢のツッコミだけが、夜風に吹かれて消えていった。
「さあ、咎人霧雨魔理沙よ! 大人しくお縄を頂戴するんだ!」
「馬鹿も休み休み言えよ。さっき霊夢も言ってたが、私も黙ってやられる心算はないぜ!」
ずずいと詰め寄る変態仮面、いや、仮面ホリダー、いや、慧音。
気の弱い者ならそれだけで腰が抜け一も二もなく謝ってしまいそうな大迫力だが、
しかし魔理沙はその刺激的過ぎる容姿が醸し出すよく分からない威圧感を
至極あっさりと受け流し、むしろ余裕の笑みさえ浮べていた。
「──Liberation(解放)!」
魔理沙の指が、光を帯びて奔る。
煌く筋が虚空に不思議な図形を描いていく。
魔法殺法か! と身構える慧音に、再び魔理沙はにやりと笑い。
「出ろォォォォォォッ! ドォォォォォォルゥゥゥゥズ!」
「ポラーイ!」
「ドラーイ!」
「サンハーイ!」
「シャンパーン!」
「……うっ!?」
魔理沙の叫びと時同じくして、何処からともなく甲高い鳴き声。
境内の石畳をぶち抜いて現れた謎の影が、慧音の四肢に絡み付いて拘束する。
仮面で見えないが、予想外の事態に慧音の額には一筋の汗が流れている事だろう。
よくよく見れば、それは人形。
振り払おうとするが、一体そのちみっちゃい体の何処にそんな力があるのか、
乙女の柔肌に吸い付くヒルの様に頑として離れようとはしなかった。
「なっ、何だこいつらは!?」
「ハッハァ! 頭脳が間抜けなのはお前の方だったな慧音、いや、仮面ホリダー!
これぞアリスの家から極秘に盗、いや、永久に借り、いや、強引にかっぱら、いや、
こんな時の為に護身用として譲り受けた、量産型の上海&蓬莱人形だぜ!」
「パチモン臭ッ!!」
「これでお前は俎板の上の鯉も同然だ! 覚悟するがいい、ホリダー!
行っくぜぇぇぇぇぇぇ! ドッラゴン・メテオォォォォォォォォォォォォ!」
星屑ばら撒く光の矢となり、天蓋目掛けて一直線に飛び出す魔理沙。
その威勢の良さといったらもう、まさに軽くて丈夫で何より乙女な爆裂プリティロケットエンジン。
そして衛星軌道上まで飛び出したんじゃないかしらと見紛う程の超高度から、
遙か眼下の慧音目掛けて、ミニ八卦炉の照準を合わせる。
胎動する魔力を押さえきれずに煌々と輝く光を滴り落とすその発射口は
天国への入り口の様でもあり、また冥府へ繋がる落とし穴の様でもあり。
「愚かな……何が善で何が悪か判然としない現代型シラケ社会で育ったお前には
心配ないからね、必ず最後に愛が、そして正義が勝つという事が分かっていない様だな!」
「ふん! どうせその状態じゃ何も出来ないんだ、大人しく私のレーザーの餌食になれ!
それに、必ず最後に勝つのが正義だってんなら他でもない私こそが正義の使者だぜ!!」
「私にはどっちも悪党に見えるんだけど……」
古人曰く、拳法において頭上背後を取られる事は死を意味する。
そんな絶対的不利な状況に置かれているのに、慧音の目は死んではいなかった。
仮面で見えないから推測に過ぎないが。
ただ一人、場の空気に飲まれていない霊夢が根本的で抜本的なツッコミをかますが、
すっかり自分に酔ってる慧音、及び勝利を確信して油断している魔理沙の耳には届かない。
「調子に乗るのもそこまでだ! 私の本当の力を見せてやる!」
「言ってろよ! さあ、大人しくくたばりやが」
「皆さぁぁぁぁぁぁん! 聞いて下さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!
霧雨魔理沙ちゃんのぉぉぉぉぉぉ! 好きな人はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああアアァァアブラバラバラドングルダッシュゥゥゥゥゥゥ!!
やめてとめてやめてとめてやめてとめったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ああ、これぞまさしく外道の所業。
これが年頃の少年少女が必ず一度は引っ掛かると言われる伝説のブービートラップ、
その名も「誰にも言わないと嘘を付いて相手の秘密を聞き出しその場でモロバレ大作戦」である。
あまりの衝撃に思わずミニ八卦炉を取り落とし、挙句の果てには自身も箒から滑り落ちてしまう魔理沙。
「隙ありィィィィィィ! くらえ必殺! 一条戻り・ブリッジィィィィィィィィィィィィ!!」
「グウウ……!」
咆哮一閃、自身の魔力と精神のコントロールを失って落ちて来る魔理沙目掛けて飛び上がり、
その細身を頭上に担ぎ上げ、首と右太股に手を回して完全にロックする。
その体勢のまま、土煙と巻き起こして轟音を響かせながら華麗に着地した。
勿論、正義の味方の本当の力が恐喝かよという至極最もなツッコミは完全無視だ。
「ウ……ウガァ!」
「どうだ──っ、霧雨魔梨沙、いや、魔理沙よ! 痛いだろ──っ、苦しいだろ──っ!
なんせわが仮面ホリダー一族の伝家の宝刀……一条戻り・ブリッジだからな──っ!」
「仮面ホリダー一族!? 何それ!?」
突如明らかにされた正義の味方のバラ色の珍生に、溢れ出す感動を禁じ得なくなる霊夢。
自分の眼前で、さして年端も行かぬ可憐な乙女をアルゼンチンバックブリーカーに固めながら
訳の分からない事をほざく変態仮面が、この世界の歴史に脈々と根付いてきたかと思うと
ついうっかり世界の全てを滅ぼしてやりたくなるような、そんな切ない気持ちに駆られた。
「私は乱暴は嫌いだ、技をはずしてやるから……
今すぐ紅魔館の図書館からお前が借りパクした本を返して……
今後一切、不埒な行いをしないと約束するんだ──────っ!」
「やっ、あっ、ちょ、つ、角がぁ! 角が尻の谷間にぃぃぃぃ!
わ、分かった! ち、約束するうぅ! 約束するから外してくれぇぇぇぇぇぇ!」
「そうか……ならば仕方が無い!
出来る事ならこの技だけは使いたくなかったが、
幻想郷の平和の為にあえて私は修羅となろう!」
「分かったって言ってるじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
霧雨魔理沙、十ホニャララ歳。
無視される事の辛さをこの時初めて知る。
もはや今の慧音の脳内には「断罪」の二文字しか存在していない様だ。
頭上に抱えていた魔理沙にかけた一条戻りブリッジを素早く解くと、
間髪入れずに腰に手を回して後ろ向き抱え、魂を狩る死神が振り翳す鎌の如くに右手を振り上げて。
「きゃひぃぃぃぃぃぃっ!?」
「へへへへ、これぞホリダー・ヒップ・ブリーカーでござーい!」
宴会騒ぎの時にはお札を抜けたりナイフを抜けたりレーザーを抜けたりと
獅子奮迅の大活躍を果した魔理沙の尻目掛け、その手を振り下ろした。
ぺちーん、と、小気味いい打撃音が轟く。
これこそが愛と平和の使者、仮面ホリダーの最大最強の必殺技。
皮膚の表面という、誰であろうと鍛えようのないモノを狙って
全身の骨がないというイメージから繰り出される鞭のしなりの打撃を加えることにより
屈辱感と痛みと、人によってはほんのちょっとの快感を同時に与えるという
史上稀に見るスーパーフェイバリットホールド、早い話が単なるおしりペンペンである。
「はにゃぁぁぁぁぁぁ! ちょっ、や、あっ、くひぃ!
い、痛……こ、この……何っ、すん、きゃうんっ!」
「そうら、泣け、わめけ、さけべ。
不埒極まりない悪党が無様に泣いて許しを請う声は
正義の精神を持つ私にはいいメロディーに聞こえるよ」
理不尽な痛みと恐怖に耐えかね、息も絶え絶えに悲鳴を上げる魔理沙と
正義の味方と言うよりむしろ正義の味方に退治される側の様な台詞を吐く慧音。
もしも妹紅がこれを見たら蓬莱の薬の効果さえブッちぎってショック死するかも知れない。
それほどまでに本格的な暴行魔とその被害者といった図式になって来た。
最初は色々と驚いたり呆れたりしていた霊夢も、もはや何もかもどうでも良くなってきたのか
縁側に寝そべって頬杖をつき、眠気にとろけた眼で事の顛末を見守っているだけだった。
「やっぱり悪い事はするもんじゃないわねぇ」
「ち、ちょっ、霊夢ぅ! はふん! な、何をそんなひあっ! の、呑気な事言ってるんだよぉ!
って言うか見てないで助けてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおふぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ふふふふふふふふふふぁはははははははははは!
さあて、何発目に悔い改めるかなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
まあ、その前に最後までクタバラない事が大前提だけどなぁぁぁぁぁぁ!
ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!
ヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャァァァァァァァァァァ!!」
「ふぁ~……そろそろあんたらの寸劇にも飽きたから寝るわ。お休み」
「この薄情者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
背に投げ掛けられる恨み言に、ひらひらと手を振って答える霊夢。
ぴしゃりと襖が閉められる音に、魔理沙は天国への階段が崩れ行く様子を重ね。
やがて望月が稜線に沈み、太陽が顔を出す頃になっても
平手が尻を打つ音、それに伴う魔理沙の悲鳴、そして慧音の禍々しい笑い声が止む事は無かった……。
数日後、妹紅の庵にて。
「ねえ、慧音、知ってる? 最近さぁ……出るんだって」
「……出る? 出るって、何がだ?(わくわく)」
「女の子の恥ずかしい秘密をネタに恐喝して乱暴する凶悪犯罪者が」
「逆いっちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
本当にありがとうごじゃました
どう見ても鞭打ちです以下略
ところで魔理沙ってお尻を叩かれて感じるような淫r(アステロイドベルト
今回もそう思いました。
その前に大爆笑しました。
仮面ホリダー……仮面ノリダー?(昔そういうネタがあった
吹いたw
慧音、その笑い方は絶対悪人側がするものですよ…。
おみそれしました。
その発想にはキーボードに紅茶を吹き出すばかりです