「慧音せんせーい!また明日ー!」
ある夕日、子供が手を振っている。
いつもの光景だ。
「あぁ、また明日な」
私はそう言い返し、子供に手を振る。
やはりいつもと同じ光景だ。
いつもと変わらない時間で、いつもと変わらない返答で、いつもと変わらない毎日だ。
ふと空を見上げる。
夕日に一つの影を見た。
「鴉天狗か?」
そう想った矢先に、鴉天狗……おそらく射命丸だろう……が、新聞を投げ出す。
いつもとは少し違う、なにやら思いつめたような感じだが、天狗の心など分かりはしないの考えないようにする。
「今日は一体、どんな内容だ?」
その新聞を手に取り、内容を見る。
その瞬間、私は頭が真っ白になった。
「……っえ?」
新聞の内容は一つだけだった。
その一つは私の思考を停止するには十分な内容だった。
~香霖堂店主・森近霖之助、死去。葬儀は永遠亭で行われる予定~
-ある半妖の死-
その日の晩、私は永遠亭に向かった。
どんな顔をしていたのか分からない。どんな事を思っていたのか分からない。
気がつけば私は永遠亭に向かって、そして彼がいる部屋に着いたのだ。
「森近!」
それが、私の第一声だった。
その部屋には八雲紫、稗田阿求、八意永琳、博麗霊夢、射命丸文等、たくさんの人間と妖怪がそこにいた。
そしてその奥、一つのベッドに彼が横たわっていた。
「うるさいじゃないか、そんなに大声出さなくてもいいだろう慧音。葬儀は静かにやるものだよ」
ベッドで横たわっていた森近は上半身を起こし、私にそういった
その声にまた、私は思考が鈍る感覚に陥った。
なんだ?森近は生きている?射命丸のいたずらか?でも悪戯の度が超えすぎている。
そう考えていると、永琳が私の疑問に応えた。
「彼は病気になったの。人間の病でも妖怪の病でもない新しい病に」
永琳は人間の病とは即ち肉体の病で、妖怪の病とは心の病と言うらしい。
では新しい病とは?
「……そうね……記憶の病……と言うべきかしら」
「記憶の病?」
「其処から先は私が説明します」
そういったのは稗田の当主、阿求だった。
「先ずこの世は三つの層で構成されているのはご存知ですよね?」
「あ、あぁ。確か、物理の層と精神の層、そして記憶の層だろ?」
「はい、その三つが合わさり今の世界を作るのです」
「先ほどのように、人間は肉体の病、つまり物理の層を中心に存在するがゆえにその病に罹りやすいし、妖怪は精神の層を中心に存在する為、心の病に罹りやすいわ」
「ですが半人半妖である霖之助さんはその三つの内、物理の層と精神の層、その二つに均等に存在している為、必然的に記憶の層での存在が突出しているのよ」
曰く、記憶の層はこの世の歴史、つまり過去を重ねることで今を過去とは違う新しい現在に変える層であるという。
ではその層での病とはつまり……
「記憶がね……段々消えていくんだ」
「!?」 ・ ・
「僕の記憶だけじゃない。僕への記憶も消えているんだ……」
「森近への、記憶……!?」
いわれて気付いた。
私は彼を何て呼んでいた?
私は彼を本当に森近と呼んでいたのか?
私 は 本 当 は 別 の 名 前 で 呼 ん で い た の で は な い の か ?
『おい―――、この教材はいくらだ?』
『あぁ、それはだな……』
『おいおい、本当にそんな値段でいいのか?―――』
『あぁ、君はお得意様だからね』
「あ、ああぁあああぁ!?」
分からない……分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からな分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないい分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない
自分がなんと呼んでいたのか分からない。
彼をなんと呼んでいたのか分からない。
「皆も分かるだろう?皆も多分、僕への意識が不明瞭だと想うんだ」
その言葉に、この場にいる全員の顔が強張る。
おそらく皆、心当たりがあるのだろう。
それは呼び名であったり、感情であったり、商談であったり。
そしてそれはこの幻想郷ではすべての存在が経験したことがある痛みだ。
「幻想化……忘れていく痛み……忘れられる痛み……」
八雲紫が口にだす。
そう、忘れられた者たちが住むこの世界は、その痛みを知っている。
だが幻想郷での幻想化は……無になる事だ。
それがこの病の行き着く先。死よりも恐ろしい、この世界からの完全消滅。
「その前に僕は幽々子に頼んだんだ……彼女の能力で殺してくれって」
「この葬儀は、その前日の晩餐なのよ」
「ちょっと待って」
手を上げたのは霊夢だった。
「記憶が消える前に死んでおく……それは分かるわ。でもそのためだけに私達を呼ぶ理由はないし、こんな大掛かりな葬儀をする必要はないはずよ?」
それもそうだ、死ぬ事自体は悲しい出来事だが、決して終わりではない。例えば、冥界に行けば会えるし、新たな生として転生だってする。
「今度は私が説明します」
説明に出たのは閻魔……四季映姫だ。
「結論から言いますと彼は冥界にいけませんし、転生もできません」
「え、何でですか!?」
「彼が善行を積み、それと同じ量の悪行を積んでいるからです……小町」
「あぁ、あたいが説明するよ……少なくともこれ自体は私の分野だからねぇ」
小町が説明する。
「先ず最初に人間にとって善行とはなんだい?」
「……えっと人助け?」
「まぁそんな感じだねぇ。じゃあ妖怪の善行は?」
「……人殺し……か?」
「そうだねぇ。正確には人に恐れられる事だ」
「では逆に、人間の悪行はなんでしょう?」
「人殺し……!?」
「そうです。そして妖怪の悪行は……」
「……そういう事……妖怪の悪行は人助け……」
「そうさ……ではここで問題だよ」
小町が森近を指差した。
「半人半妖の善行と悪行はなんだ?」
……彼は転生ができない。
その理由は簡単だ。彼は永遠に三途の川を越えれない。
三途の川はその長さを渡るものの善行と悪行で決まる。
人間での善行であり妖怪としての悪行である人助けを彼はしていた。
それは間接的な……例えば博麗の巫女への援助等も含まれる。
人間での悪行であり妖怪としての善行である人から恐れられることも彼はしていた。
例えば、彼は昔、その一生で一回だけ暴力沙汰を起こしたことがある。
彼はその事を『若さゆえの至りって奴さ』といっていた。
そう何処までも人間的で、何処までも妖怪的に彼は生きていた。
その彼の生き方に私は困惑した。
白黒付けることをためらった。
人として裁けば、彼の妖怪としての生き方を否定する。
妖として裁けば、彼の人間としての行き方を否定する。
その矛盾した生き方が彼の三途の川の長さが不定になってしまった。
彼を乗せた船が1メートル進むたびに、三途の川は1メートル前に延びては後ろが縮む。
つまり永遠に同じところで足踏みしているのと変わらない。
その事に気づいたとき、私は十王に相談しに向かった。
彼らに森近霖之助の処置を決めて貰いたかった。
人としての行き方を否定するのか、妖としての生き方を否定するのか。
その決定を決めてほしかった。
だが十王の下した決断は私の想像をこえた物だった。
『彼専用の船をつくり、彼自身に漕ぎ続けてもらう。その間、一切の干渉を認めぬ』
それを聞いた時まるで賽の河原だと私は想った。
彼がいくら漕ぎ続けても目的の場につけないのだから。
彼に会いそれをいうと「妥当だね」と返した。
……なぜ其処まで余裕をもてるんだろう。
私は、そう聴くと、不機嫌そうに言った。
「僕を、人として裁く事も、妖として裁く事も、君には出来ない。僕は妖怪として生きてきた覚えも人間として生きてきた覚えもない。僕は僕としてしか生きていないよ。それ以外の生き方などしたはずがない」
「ですがっ……!あなたが望めば、いくらでも……!亡霊でも転生でもどんな手段だって……!」
そうだ、亡霊ならば転生しなくとも良い。冥界で生きていれば病気を気にする事はない。
「亡霊たちは現世での記憶のすべてを失う。転生すれば、僕と言う存在は新しく生まれる別の存在に生まれかわる」
あぁ……そうか……
「僕は十王たちの決断に感謝してるのさ。僕の存在が消えない唯一の方法だからね」
彼はどこまでも、森近霖之助で居たいのだろう。
彼は、普通の人間で、普通に死んで、普通に彼岸に来たとしても、きっと彼は転生する事を拒むだろう。
それが彼の生き方なのだから。
今、私達は、森近の病室の隣の部屋に集まっている。
あの後、映姫様からの話が終わり、私達は言葉を失ったままこの部屋に集まった。
「映姫様の話からすると……霖之助さんは、今日で……」
言わないでくれ亜求。その言葉を聴きたくない。
「えぇ、今日で……この一生で彼は正真正銘、生を終えるわ」
彼の存在が終わってしまう。それを聴いた瞬間、私はこの日何度目かの思考停止に陥った。
「何処が違うのよ……」
「霊夢?」
霊夢の声で、私は意識を回復した。
「誰にも干渉されない世界に独りで居る事に何処が違うのよ!!!」
今迄で、一番の怒声が永遠亭を震わせた。
「霊夢っ……!落ち着いて!」
「今の記憶を保持するためだけに三途の川で孤独に生きる事が存在が消滅するのと如何違うのよ!?」
「違うさ」
その声は張り上げる事も怒気を孕むこともしなかったのに、その場の全員が聞き取れた。
「少なくとも君達は覚えていてくれる」
「……え?」
「僕がここに居た事を……死んだ後でも、三途の川で漕ぎ続ける間にも、覚えてくれる者たちがいる……」
「それは……」
「僕にとって、そんな記憶を失う方が怖い」
「あ……」
「そこまで覚えてくれている者たちから忘れられる方が怖いんだ……」
「……準備は出来たわ」
永琳が扉を開けそういった。
準備……つまり森近が死ぬ準備が整ったのだ。
「……まだ彼が宣言した時間まで余裕があるわ」
「どういう意味?」
「今から、彼と一人一人づつ、彼と話し合う時間を設けたの……これが彼との最後の会話になるわ……」
そういわれ、私は立ち上がった。
「……私が行きます」
「そう……悔いの無いように話をしてきなさい……慧音」
そう悔いの無いように……こんな歴史認めてなるものか!
――――そして、永い夜は始まった
ある夕日、子供が手を振っている。
いつもの光景だ。
「あぁ、また明日な」
私はそう言い返し、子供に手を振る。
やはりいつもと同じ光景だ。
いつもと変わらない時間で、いつもと変わらない返答で、いつもと変わらない毎日だ。
ふと空を見上げる。
夕日に一つの影を見た。
「鴉天狗か?」
そう想った矢先に、鴉天狗……おそらく射命丸だろう……が、新聞を投げ出す。
いつもとは少し違う、なにやら思いつめたような感じだが、天狗の心など分かりはしないの考えないようにする。
「今日は一体、どんな内容だ?」
その新聞を手に取り、内容を見る。
その瞬間、私は頭が真っ白になった。
「……っえ?」
新聞の内容は一つだけだった。
その一つは私の思考を停止するには十分な内容だった。
~香霖堂店主・森近霖之助、死去。葬儀は永遠亭で行われる予定~
-ある半妖の死-
その日の晩、私は永遠亭に向かった。
どんな顔をしていたのか分からない。どんな事を思っていたのか分からない。
気がつけば私は永遠亭に向かって、そして彼がいる部屋に着いたのだ。
「森近!」
それが、私の第一声だった。
その部屋には八雲紫、稗田阿求、八意永琳、博麗霊夢、射命丸文等、たくさんの人間と妖怪がそこにいた。
そしてその奥、一つのベッドに彼が横たわっていた。
「うるさいじゃないか、そんなに大声出さなくてもいいだろう慧音。葬儀は静かにやるものだよ」
ベッドで横たわっていた森近は上半身を起こし、私にそういった
その声にまた、私は思考が鈍る感覚に陥った。
なんだ?森近は生きている?射命丸のいたずらか?でも悪戯の度が超えすぎている。
そう考えていると、永琳が私の疑問に応えた。
「彼は病気になったの。人間の病でも妖怪の病でもない新しい病に」
永琳は人間の病とは即ち肉体の病で、妖怪の病とは心の病と言うらしい。
では新しい病とは?
「……そうね……記憶の病……と言うべきかしら」
「記憶の病?」
「其処から先は私が説明します」
そういったのは稗田の当主、阿求だった。
「先ずこの世は三つの層で構成されているのはご存知ですよね?」
「あ、あぁ。確か、物理の層と精神の層、そして記憶の層だろ?」
「はい、その三つが合わさり今の世界を作るのです」
「先ほどのように、人間は肉体の病、つまり物理の層を中心に存在するがゆえにその病に罹りやすいし、妖怪は精神の層を中心に存在する為、心の病に罹りやすいわ」
「ですが半人半妖である霖之助さんはその三つの内、物理の層と精神の層、その二つに均等に存在している為、必然的に記憶の層での存在が突出しているのよ」
曰く、記憶の層はこの世の歴史、つまり過去を重ねることで今を過去とは違う新しい現在に変える層であるという。
ではその層での病とはつまり……
「記憶がね……段々消えていくんだ」
「!?」 ・ ・
「僕の記憶だけじゃない。僕への記憶も消えているんだ……」
「森近への、記憶……!?」
いわれて気付いた。
私は彼を何て呼んでいた?
私は彼を本当に森近と呼んでいたのか?
私 は 本 当 は 別 の 名 前 で 呼 ん で い た の で は な い の か ?
『おい―――、この教材はいくらだ?』
『あぁ、それはだな……』
『おいおい、本当にそんな値段でいいのか?―――』
『あぁ、君はお得意様だからね』
「あ、ああぁあああぁ!?」
分からない……分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からな分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からないい分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない分からない
自分がなんと呼んでいたのか分からない。
彼をなんと呼んでいたのか分からない。
「皆も分かるだろう?皆も多分、僕への意識が不明瞭だと想うんだ」
その言葉に、この場にいる全員の顔が強張る。
おそらく皆、心当たりがあるのだろう。
それは呼び名であったり、感情であったり、商談であったり。
そしてそれはこの幻想郷ではすべての存在が経験したことがある痛みだ。
「幻想化……忘れていく痛み……忘れられる痛み……」
八雲紫が口にだす。
そう、忘れられた者たちが住むこの世界は、その痛みを知っている。
だが幻想郷での幻想化は……無になる事だ。
それがこの病の行き着く先。死よりも恐ろしい、この世界からの完全消滅。
「その前に僕は幽々子に頼んだんだ……彼女の能力で殺してくれって」
「この葬儀は、その前日の晩餐なのよ」
「ちょっと待って」
手を上げたのは霊夢だった。
「記憶が消える前に死んでおく……それは分かるわ。でもそのためだけに私達を呼ぶ理由はないし、こんな大掛かりな葬儀をする必要はないはずよ?」
それもそうだ、死ぬ事自体は悲しい出来事だが、決して終わりではない。例えば、冥界に行けば会えるし、新たな生として転生だってする。
「今度は私が説明します」
説明に出たのは閻魔……四季映姫だ。
「結論から言いますと彼は冥界にいけませんし、転生もできません」
「え、何でですか!?」
「彼が善行を積み、それと同じ量の悪行を積んでいるからです……小町」
「あぁ、あたいが説明するよ……少なくともこれ自体は私の分野だからねぇ」
小町が説明する。
「先ず最初に人間にとって善行とはなんだい?」
「……えっと人助け?」
「まぁそんな感じだねぇ。じゃあ妖怪の善行は?」
「……人殺し……か?」
「そうだねぇ。正確には人に恐れられる事だ」
「では逆に、人間の悪行はなんでしょう?」
「人殺し……!?」
「そうです。そして妖怪の悪行は……」
「……そういう事……妖怪の悪行は人助け……」
「そうさ……ではここで問題だよ」
小町が森近を指差した。
「半人半妖の善行と悪行はなんだ?」
……彼は転生ができない。
その理由は簡単だ。彼は永遠に三途の川を越えれない。
三途の川はその長さを渡るものの善行と悪行で決まる。
人間での善行であり妖怪としての悪行である人助けを彼はしていた。
それは間接的な……例えば博麗の巫女への援助等も含まれる。
人間での悪行であり妖怪としての善行である人から恐れられることも彼はしていた。
例えば、彼は昔、その一生で一回だけ暴力沙汰を起こしたことがある。
彼はその事を『若さゆえの至りって奴さ』といっていた。
そう何処までも人間的で、何処までも妖怪的に彼は生きていた。
その彼の生き方に私は困惑した。
白黒付けることをためらった。
人として裁けば、彼の妖怪としての生き方を否定する。
妖として裁けば、彼の人間としての行き方を否定する。
その矛盾した生き方が彼の三途の川の長さが不定になってしまった。
彼を乗せた船が1メートル進むたびに、三途の川は1メートル前に延びては後ろが縮む。
つまり永遠に同じところで足踏みしているのと変わらない。
その事に気づいたとき、私は十王に相談しに向かった。
彼らに森近霖之助の処置を決めて貰いたかった。
人としての行き方を否定するのか、妖としての生き方を否定するのか。
その決定を決めてほしかった。
だが十王の下した決断は私の想像をこえた物だった。
『彼専用の船をつくり、彼自身に漕ぎ続けてもらう。その間、一切の干渉を認めぬ』
それを聞いた時まるで賽の河原だと私は想った。
彼がいくら漕ぎ続けても目的の場につけないのだから。
彼に会いそれをいうと「妥当だね」と返した。
……なぜ其処まで余裕をもてるんだろう。
私は、そう聴くと、不機嫌そうに言った。
「僕を、人として裁く事も、妖として裁く事も、君には出来ない。僕は妖怪として生きてきた覚えも人間として生きてきた覚えもない。僕は僕としてしか生きていないよ。それ以外の生き方などしたはずがない」
「ですがっ……!あなたが望めば、いくらでも……!亡霊でも転生でもどんな手段だって……!」
そうだ、亡霊ならば転生しなくとも良い。冥界で生きていれば病気を気にする事はない。
「亡霊たちは現世での記憶のすべてを失う。転生すれば、僕と言う存在は新しく生まれる別の存在に生まれかわる」
あぁ……そうか……
「僕は十王たちの決断に感謝してるのさ。僕の存在が消えない唯一の方法だからね」
彼はどこまでも、森近霖之助で居たいのだろう。
彼は、普通の人間で、普通に死んで、普通に彼岸に来たとしても、きっと彼は転生する事を拒むだろう。
それが彼の生き方なのだから。
今、私達は、森近の病室の隣の部屋に集まっている。
あの後、映姫様からの話が終わり、私達は言葉を失ったままこの部屋に集まった。
「映姫様の話からすると……霖之助さんは、今日で……」
言わないでくれ亜求。その言葉を聴きたくない。
「えぇ、今日で……この一生で彼は正真正銘、生を終えるわ」
彼の存在が終わってしまう。それを聴いた瞬間、私はこの日何度目かの思考停止に陥った。
「何処が違うのよ……」
「霊夢?」
霊夢の声で、私は意識を回復した。
「誰にも干渉されない世界に独りで居る事に何処が違うのよ!!!」
今迄で、一番の怒声が永遠亭を震わせた。
「霊夢っ……!落ち着いて!」
「今の記憶を保持するためだけに三途の川で孤独に生きる事が存在が消滅するのと如何違うのよ!?」
「違うさ」
その声は張り上げる事も怒気を孕むこともしなかったのに、その場の全員が聞き取れた。
「少なくとも君達は覚えていてくれる」
「……え?」
「僕がここに居た事を……死んだ後でも、三途の川で漕ぎ続ける間にも、覚えてくれる者たちがいる……」
「それは……」
「僕にとって、そんな記憶を失う方が怖い」
「あ……」
「そこまで覚えてくれている者たちから忘れられる方が怖いんだ……」
「……準備は出来たわ」
永琳が扉を開けそういった。
準備……つまり森近が死ぬ準備が整ったのだ。
「……まだ彼が宣言した時間まで余裕があるわ」
「どういう意味?」
「今から、彼と一人一人づつ、彼と話し合う時間を設けたの……これが彼との最後の会話になるわ……」
そういわれ、私は立ち上がった。
「……私が行きます」
「そう……悔いの無いように話をしてきなさい……慧音」
そう悔いの無いように……こんな歴史認めてなるものか!
――――そして、永い夜は始まった
次回作からおそらく一人一人面談していく形になると思いますが、気になるのが病気の進行速度。おそらくこのテーマから察するに、後の面談者ほど思い出話が話せなくなるところを描写されるのだと思います。しかし話の盛り上がり的に考えると最後の面談者は魔理沙のような重要人物でなくてはならない。一番のヤマ場が一番話が盛り上がらなくなる環境で、でも盛り上げなくてはならない。そこをどう描いていくのか。次回作、楽しみにお待ちしています。
どうなっていくのか楽しみです