Coolier - 新生・東方創想話

最初で最後の倶楽部活動

2010/12/23 16:39:10
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「ん……」
 あくびが出そうになって口を手で隠した、ほんの少し遅れてそれがやって来る。
 たまった涙をまばたきで隠しながら周りを見回す。あくびをしている姿は行儀のいいものじゃないけれど、四時限目が終ったキャンバスは帰宅する生徒が多くてこちらを注目している人はいなかった。
 このあくびは突然出てきたものじゃない。昨日深夜まで秘封倶楽部として活動をしていて、今日が一時限目からあるのをすっかり忘れていたのだった。
 そのせいで登校してからというもの眠気との戦いが止むことを知らない、授業中も眠くてしょうがなかったが、何とか眠らずにすんだ。
きっと良心が作用してくれたのだと思う。私たちは不良サークルという認識をされているけれど、私たち自身は不良じゃないのだ、眠ることとは関係ないけれど。
 問題があるとすれば、こんな風になるまで頑張ったのに、調査に区切りをつけることができなかったということだろう。
 モチベーションを維持するためには中途半端にしておくのがよい、ということも聞くけれど、彼女がほぼ一方的に今日も続きをすると決めてしまい、強い反論をすることもなかった私はあくびをかみ殺しながらサークル棟へと向かっているのだった。
 不法占拠(実際に法的な問題があるかどうかは問題じゃない)している一室へ向かうと大方の予想通りに宇佐見蓮子の姿はなかった。待ち合わせの時間にルーズというのが彼女のキャラクターなので最近は馴れてしまっていた。あんな気持ちの悪い目を持っているくせに。
 ……相談したいこともあるのに。頬をすこし膨らませる、随分古典的な表現だなと思いながら。
 私が彼女に言う気持ちの悪い目、それと同じように彼女が私に言う気持ちの悪い目。結界の境目を見ることが出来る目。
 最近はやけによく見える気がする。一度観測した場所でも、もう一度調べると新しく見つかったりすることがある、それは時間経過のせいではなく、私の目の精度が上っている風に感じられた。
 この能力をコントロールできているのなら気にすることもないのだろうけれど、勝手に見えているといってもいいぐらいなので正直なところ不安だった。
 考えをめぐらせていると、もう一度深い眠気がやってきてあくびが漏れる、眠い。
 少し眠ってしまうことに決めて、机に乗せた腕を枕代わりに突っ伏し目を閉じる。ある程度の光が遮断されて、意外なほどあっけなく意識は途切れた。
 
 
 
 どのくらい眠れたのかわからなかった。人の気配で目を覚ますと視界に人影が捉えられた。寝起きの目が焦点を合わせるのに時間が掛かったけれど、この部屋に入ってくるのは彼女ぐらいのもので、やっぱりその通りだった。
 いつもかぶっている帽子に白いシャツと赤いネクタイ黒いスカートの組み合わせ、それは冬でもあまり変わりはなくて、マフラーやら手袋やらが追加されるぐらいだ。
 宇佐見蓮子は驚いた表情をしていた。死人が蘇るのを見たときこういう顔をするのかな、というような感じだった。その顔が目の前にある。
 本当にもう少しで触れられるような距離だった。私に対して何かしようとしたのだろうか例えば……イタズラとか? そう思ったけれど咎める言葉は出なかった。とりあえず当たり障りのないことを言ってみる。
「おはよう蓮子。厳密に時間を決めたわけじゃないけれど……やっぱり遅れるのはあなたなのね」
「……おはようメリー。まぁいつもどおりってことで許してよ」
 彼女は自分がつけた愛称で私を呼ぶ、最初は気になっていたけれど、最近はそうでもない。
 頭が少しクリアになってきて、咎めるための台詞も浮かんできたけれどスルー。きっちりと思考が走るのを確認して、昨日の続きについて提案する。
「さて、昨日の続きを始めましょうか?」
「あ、うん、そうね。……それなんだけどさ」
「ん?」
「あたしのアパートに来て相談しない? 資料もあるし、遅れちゃったお詫びに夕食でもご馳走しようかな、と」
 彼女は恥ずかしげに提案する。遅れたことに罪悪感を覚えているらしい、少し失礼だけれどそれが意外に感じられた。
 とりあえず一緒にご飯を食べるのは悪い気がしなかったので賛成する。
 それじゃあと立ち上がって、以前訪ねたときのことを思い出してみる。いつ頃だったかは忘れてしまったけれど、彼女の部屋は非常に汚かったような印象がある、魔境にたとえても10人のうち8人ぐらいは納得してくれるような。
 簡単に賛成したのを後悔した、とはいえいまさら断るのも悪いし、部屋が汚いぐらいは仕方がないかなという思いもあった。ただひっそりと自己暗示を繰り返して覚悟を決める事を忘れはしない。
 外へ出ると冬の風が頬を撫でた。まだ始まったばかりの、それでも冷たい風。日は落ちて空には星がまたたいていた。ふと時間が気になって携帯端末を取り出そうとするが、せっかくなので教えてもらうことにした。
「蓮子。今何時?」
「ん……17時15分26秒」
 空に浮かぶいくつかの星を見て彼女は告げる。それにお礼を言って隣に並んで歩いた。
 きっと殆どの人がそうなのだろうけれど、道を覚えるときには地図をきっちり頭の中に入れているわけじゃない、目的地までの目立つポイントを頼りに道を描いていく。以前訪ねたときのことを思い出せはしなかったけれど、その道のりにはなんとなく覚えがあった。
 あまり時間が掛からずアパートまでたどり着いた、時計は見ていないけれど十数分といったところかな。
 外階段を使って二階に昇り部屋の前までたどり着いた、蓮子が鍵を開けてドアを開けようとしたところで私は制止の声を掛ける。
「まって、私にあけさせて」
「別にいいけど」
 せめて想像したのよりはマシであって欲しいと簡単な祈りを神にささげながらドアノブに手をかける。あけようとした瞬間に本や荷物の数々がなだれ込んでくる、なんてことはないだろうけど、油断はできない。
 少しだけ力を入れてノブを引くとドアはあっさりと開いた。その奥にある光景を見て私は息を呑む、それは「蓮子! こんなに綺麗に片付けて自殺でもするつもり!?」と酷いことを言わせるのに十分だった。
 彼女は苦笑しながら私をあがらせドアを施錠する。
 おぼろげな記憶と一致しない部屋の中をすすみ、食事を取るためのテーブルへと案内される、二人で食事をするには十分な広さで、私がそれに隣接した椅子に座ると、彼女はキッチンへと向かっていった。
 部屋を見回してみてもやっぱり記憶と違う印象を受けさせられる、だってすごく片付いている。
 どんな魔法を使ったのかと見回してみると、奥にある閉じられたドアが目に付いた。
 部屋の位置的には寝室だと思う、そこが気になってしまった。魔法の収納術の正体がそこに詰め込まれているのではないかと、物理的に。
 はっきり言って人の寝室を覗こうとするのは趣味が悪い、それでも天秤が好奇心に振れていて、私は静かにそちらへと移動する。
 今度こそ魔境が広がっている、いやそれ以上のものが……さっきよりも強く覚悟を決めてドアに手をかけたところで
「メリー。そこ、見ないほうがいいよ?」
 背筋が凍る。振り返るとエプロンをつけた蓮子がたっている、顔は満面の笑顔だった。有無を言わさぬタイプのだけれど。私はそれに負けて椅子に戻ることにした。
 でもやっぱり、座っているだけというのは退屈だ、普段ならまだしも今は睡魔がすぐそばで隙をうかがっているのだ。
 料理を手伝おうかと思ったけれどキッチンはそこまで広くなかった。邪魔にならないように手伝える自信はあったけれど。
 そういえば彼女の料理はどのぐらいのレベルなのだろう、記憶を探ってみるけれどこうやって作ってもらうのは初めてのような気がした。
 でも、任せるしかないよね。
 一つ息をついて部屋の中を観察してみる、記憶と殆ど重ならない部屋の中だったがいくつかの本棚が並んでいることはぼんやりと覚えていて、蔵書は規則正しくかはわからないけれど収められている、その量から考えると、彼女は紙の本が好きなようだった。
 近づいて一冊ずつ目で追ってみる、やっぱり物理学の本が多いように感じられた、タイトルを見ただけでは判別出来ないけれど、そんな中で視線が一冊の本を捉えた。
 ……相対性精神学概論。見覚えがあって当然の一冊がそこにはあった。
 デザインはシンプルなのだけれど、どこか堅苦しい印象を与えてくる、内容は堅苦しさを全面的に受け継いでいて、シンプルさは突然変異で消えてしまったみたいな感じだ。それだけわかりにくい本なのだが、テキストとしては中々いいものらしい。
 それは間違いなく私が授業で使っているテキストと同じものだった。値段は2600円、高い。
「蓮子、私の専攻に興味があったの?」
「そうねぇ、あなたがどんな勉強をしているかという興味があったのよ」
「これわかりにくいわよね」
「そう? 確かにわかりにくく書いている部分もあるみたいだけど、そこまでじゃないと思う」
 さらりと切りかえされてしまってなんだか少し悔しかった。
 興味があったなら貸すことも出来たのにというと、何回も借りることになったら悪いじゃん、という返事。こういうところはずいぶんと律儀だ。
 それならと私も彼女の本棚から簡単そうな本を何冊か取り出して、テーブルで読書を始める。
 一冊目は苦しかった。二冊目は眠気が大攻勢を仕掛けてきて、三冊目は結局置かれただけだった。
 でもそんな風に時間を潰していると、料理の段階が進んだようで、運べるものは運んでしまい、こっちで手伝えることは手伝うことになった。えびに片栗粉をつけたり、調味料を計ったりといった程度のことだ。
 そのおかげで眠気にまけてしまうこともなく、食事が並べられたテーブルの片側で私は彼女を待っていた。
 テーブルの上には青々としたシーザーサラダ、えびのフリッター、あさりのクリームスパゲティが用意されていて、蓮子が座るときに持ってきたグラスとワインで準備はととのった。想像していたよりもかなりお洒落で豪華な食事に驚きながらも、顔には出さないようにしている。
 向かい合っていただきますと言って食事を始める。テーブルマナーを守りながら他愛のないおしゃべりをして、それぞれの料理を楽しんだ。どの料理も満足できるもので、少しだけでも疑った自分が恥ずかしかった。
 食事が終ってしまうと蓮子は片付けのために席を立った。私も手伝おうとしたけれど、軽く制されて席を立つことはなかった。
 そうしていると、ワインのせいなのか深い眠気が襲ってくる、食事直後の眠りは質のいいものではないし、何よりここに来た目的も果たせていないけど、静かに動き回る彼女を見ていると、眠気が自由形で折り返してきたのがわかった。
 ささやかな抵抗も実らず、うたたねはやがて深い眠りへと代わっていった。
 
 
 
 目を覚まさせたのはカーテンから差し込んだ光だった。憎たらしくも私にピンポイントで照射されている。
 寝ぼけた頭で考えたのは今が何時かということだった、頭をゆっくり動かして、視界に入った時計の時刻を読み取る。10:00
 午前か午後かは光で判断できる、そこまで考えてようやく自分が本棚の傍らにあるソファに寝かされていることに気がついた。おそらく寝ぼけた状態でそちらに誘導されたのだろう。
 少しだけ声を漏らすぐらいに体を伸ばした、脳はおきているけれど、もう一度おきろと念を押して体を起こす。
 蓮子の姿は見当たらなかった。部屋の中は静かで、もしかしたらまだ眠っているのかもしれないと考える。
 自然に目が行った寝室(だと思われる)へと続くドアは閉じたままで何故か触れてはいけない気がした。
 しばらくそのドアを見つめていた。そのとき別の場所から水の流れる音が聞こえて、少し経ってから彼女がやってきた。
 顔を見てみると寝起きという感じではなくて、その格好はいまからでも外に出られる様子だった。
「おはよう、早起きなのね蓮子」
「……おはよう、メリー」
「……?」
 違和感というには小さくても、見慣れた感じの蓮子はなぜかわからないけれど悲しげに見えた。寝起きで間違った印象を受けているのかもしれないと思う。
 彼女はこちらの様子を眺めて寝起きの散歩に出かけようといった。特別断る理由もないので了解して準備を始める。
 ドアを開けるとその寒さが身にしみる。防寒性能の高い服を着ているつもりでも、寒さがこたえる空気だった。
 アパートを出て、大学を通り過ぎていく。人工的に作られた並木が季節を感じさせる。早朝でもない時間だけれど人の影はまばらで、散歩か買い物か目的がなければ寒空の下に出る意味もないのだろうか。そういえば今日は土曜日だった。
 スカートから時折見える黒いストッキングに包まれた足が先を歩く、帽子はそれにあわせて揺れている、この散歩はただぶらりと、目的もなく歩いているだけなのだと思っていた。
 気がついたのはこの道に見覚えがあるからだ。そのすべてを把握しているわけじゃなくても、何度となく通った印象を持つ道、私の部屋へと続く道だ。だけれど何故印象などという感じ方をするのだろう。
 彼女がいつも昇る階段よりも緩やかな階段を昇る、その一番奥が私の部屋だ。
 足をとめることなく歩き続ける彼女、その背中から感じるのは、またもや悲しみだった、その理由はわからない。
 部屋の前で立ち止まる、こっちを向いて、メリー、私の名前を呼んだ。指差しているのは私の部屋。近づいていく、ドアの前までやって来る、鍵だろうか? 違う。ドアは閉まっている、表札が掛かっている。見覚えのない名前がそこにはあった。
 私がおかしくなったわけじゃなければ、私の部屋に見覚えのない名前の表札がかかり、そのドアは閉じられていた。
 ……え? 疑問は声になって、形を作ったか否か、冬の空に消えていく、白い息が漏れる。彼女のどうしようもなく悲しそうな顔。口が動いて言葉を紡ぐ。
「メリー。この世界のあなたは消えてしまったのよ」
 わけのわからないことを、どこまでも真剣な表情で、私に告げた。
 
 
 
 歴史の転換点、不可思議な現象に対してそれをひとくくりに非科学的と決め付けることなく、積極的に科学的な視点から研究できるようにした。
 その当時のことを私は直接知っているわけじゃないけれど、そういう選別が行われた結果残った不可思議の一つが結界だということは知っている。
 私たちはその結界にわざわざ近づいて暴こうとしていた。だから不思議なことに巻き込まれるのは慣れている。それでも今回は強烈だった。
 蓮子のアパートに帰るまでになんとか少しずつ落ち着いてきたのは、彼女がいてくれたおかげかもしれない、帰ってくる間のことはほとんど覚えていないけれど。
 彼女はいつも隣にいる彼女ではないらしいのに私がパニックに陥らないようにしていてくれた。ただ
「……大丈夫?」
「ええ。でもそっちのほうが大丈夫には見えないわよ」
「ま、徹夜でいろいろ考えたからね、眠いし、疲れているし、散々よね」
 彼女はかすかに笑いながら言う。聞いたところによるとこの世界の私は秘封倶楽部の活動中に結界に飲み込まれて消えてしまったらしい。そのときはいつもより多くの結界が見えて、活動は順調に進展していたらしい。
 そのことを語る彼女から目を背けたくなるのを全身で我慢する。
 その後の動きは素早くて、持ち主がいなくなった荷物を受け取って、部屋を解約する、散らかったアパートを片付けて、荷物を収納していった。奥の部屋はその影響が一番濃く残っていて、半分ぐらいはマエリベリー・ハーンの持ち物らしい。
 蓮子自身は一人で結界の研究を続けて何とかしようとしていた、生活が変わり、決定的なピースがあるわけでもない中ただ地道に。
 そんなところへ現れたのが私で、真実を告げる前に、立った一晩だけでも親友としての時を過ごしたかったと謝った。
 その孤独を埋められるのは私じゃなくて、むしろ抱えた辛さは増えてしまったようだった。
「それはそれとして、ここからが一番大事なところよ。メリー」
「ここから?」
「そう、あなたが私の前に現れた。それはあなたにとっては間違いなく不幸な事故なのだけれど、良かったことが一つあるとすれば」
 蓮子はそういいながら本棚からファイルを取り出し机の上に広げる。それは書き込みがされた地図だった。
「私の研究によれば、あなたが来た結界はもう一度この場所で開くはず、時間は17時前後の2時間」
「四時間とは随分広い指定なのね」
「ずれるとしたらどちらか、ということだけしかわからないのよ、ただ場所は正しいはず、正しい記録が取れているわけじゃないけれど、私はやってきたことを信じるしかないから」
「……そうね、わかったわ、この場所だということは驚きだけれど」
「否定は出来ないわね、でも観測も計算も博麗神社を示しているのよ」
 博麗神社。ただでさえ結界の多いあの神社へ私たちは行くことになった。
 私はもとの世界に帰るため。彼女は元の世界に帰し、また一人になるために。
 
 
 
 結界を暴くなんていつもの活動みたいねいったら、最初で最後の倶楽部活動ねと蓮子は笑った。
 一度だけ行ったことがあったけれど、その道のりはほとんど記憶に残っていなかった。道案内をする彼女はよどみなく、何度も繰り返し訪れていることがわかった。
 最寄りのバス停を通るバスに乗り込んで、一番後ろの席へと向かう。他の乗客はいなくて運転手だけが律儀に車を走らせていた。
 蓮子はここからのことについて話し、私が注意するべきことを教えてくれる。
 それはたった一つのことで目的である結界以外に触らないことだった。結界同士の影響を取り除いて、確実に目的を達成するためだそうだ。
 私のためにしてくれる配慮の数々に頭が下った。
 目的の停留所で降りるためにボタンを押し料金を払って下車する。そこでようやく記憶にある道と同じものを視覚が捉えた。
 木々が生い茂る道を抜けていくと不意に石段が見えてくる、長いとも短いともいえないそれを昇っていくと、鳥居と境内が見えてきた。
 星はまだ出ていないので、携帯端末を取り出して時間の確認をすると15時を回ったところだった、電波は当然のように圏外で文明の利器も異世界では役に立たないと思い知らされる。
 一応予定された時間内なので探してみてと言われ、私は集中し結界を探すことにした。
 それでもこれだと思われるものは見つからず、まだ出現していないのだと判断を下す。
 だけれどそのとき視界の端に特徴のある結界を見つけてそちらに目を奪われた。
 一言で言うならば拙い結界だった。他のものと比較してもそれだけが異質だと感じられる。いうなれば物理の棚に精神学の本が混ざっている感じがする。また一つ確かなのはそれが探しているものじゃないということだ。
 関係ない。集中をもう一度高めていきその結界を観察する、少しでも情報を読み取ろうとする、不安を覚えるこの眼はその結界が人の手によるものだと確信させる情報を与えてくる。
「……蓮子」
「どうしたの?」
「結界があるわ」
「そう。それで間違いなさそうかしら?」
「いいえ、これは違う結界よ、でも」
「でも?」
「これは無視してはいけないものよ」
 手を伸ばすが届かない。彼女に腕をつかまれている、その表情は断固とした決意が読み取れるもので、口を結んだまま首を横に振った。
 事前に注意されたことを忘れたわけじゃない、結界に触れるな。破るつもりなんてなかった。でもこれを目の前にしてはそう言ってもいられない。この結界を暴く必要がある、私はそれを言葉にして伝える。
「これはきっと、この世界の私に関係のあるものよ」
「……だとしてもね、メリー。確実じゃないわ。ねぇもしこれであなたが元の世界に戻れなくなったら、そっちの私はどうなるのかしら? 大事な人がいなくなった辛さを与えてしまうことになるのよ? そうしたら、間違いなく泣くわよ。涙も声もかれてぐちゃぐちゃになるまで」
 私の一番の説得の言葉をそういって返す。
 体験談だろう。その言葉の端々に浮かぶものが私に伝えてくる。いつも快活な蓮子がそんな風になってしまう様子を想像する。それは目も当てられないことだろう。だから私は手を引いた。蓮子が腕を解放する。
 心の中では何度も何度も謝って、ただそれを一度も口には出さず、すばやく結界へと手を伸ばした。
 
 
 
 一面の白。雪景色は空の青や黒い木があるから雪景色なのであって、ただ真っ白な世界はそういう認識すら出来ない。
 視線を彷徨わせているはずなのに自分の体を見つけることが出来ない、ただ白だけが広がっていて体を動かす感覚だけがあって、その妙にままならない感じの中で、歩くよりも泳ぐように世界を移動していると思う、見えないからわからないし聞こえないからわからない。
 ただこちらへ行けばいいだろうというほうへ進む。頼りになるのは直感だけだ、目は閉じているのか開いているのかもわからなかったけれど、それを見つけることで目が開いているのだと知る。
長い金髪。白い肌。紫色のドレスのような服。自分を見る機会は鏡ぐらいだと思っていたけれど、珍しい体験だ。
 声を出したと思う、手を伸ばしたと思う、彼女も手を伸ばす、指先が触れ、相手の手をしっかりと握った。
 波が来る。久しぶりの溺れるような感覚、大量の水に流されるように翻弄され、飲み込まれていく、意識は途切れて。
 
 
 
 目が開き、現実が見えてくる。でも落ち着いて認識するより先に、左の頬をしたたかに打たれた。
「痛い!」
「えぇ、痛いでしょうね、ビンタしたもの」
 宇佐見蓮子は明らかに怒った様子でこちらをのぞきこんでいた。目が潤んでいる、悪いことをしたけれどビンタすることはないんじゃないだろうか。
 と、クリアになってきた思考が右手へと向かう。感覚でわかっていたけれど、そこに彼女はいなかった。ただ見覚えのない封筒が握らされている。
 まだ文句のある表情をしている蓮子にそれをわたして、状況を再確認する。
 時間は17時を廻ってしまっていた、その経過の早さに驚きながら集中して結界を探す。今度はさっき見つからなかったものが見つかった、それは大きく広がっていく結界でどこか懐かしい雰囲気があった、これが言っているものだとわかる。
 それを告げると、彼女は空に目をやり大体予想通りねと言った。ぶれはなかった。
 結界は段々と力を増しているようだった。後は飛び込んでしまうだけで彼女の計算が間違っていなければお別れになる。
 ……まぁ間違えるはずがないのだけれど、たった一日。それでも相棒がこういうところを外すはずがない。
「……そろそろ行くわね」
「えぇ、どうか良い旅を」
「またあいましょう、蓮子」
 最後の言葉は届いたかわからない。眠くなるようにゆっくりと意識は光に飲み込まれていった。
 
 
 
 風が頬を撫でて、私は目を覚ます。
 目を開けると木々に囲まれた場所で、上空を見上げると月と星がまたたいている。唯一つわかるのは博麗神社ではないということぐらいだった。
 ルールを破った所為かもしれないと手に息を吹きかけながら思った、もし彼女の目があればここがどこかもわかるだろうに。
 文明の利器、携帯端末を取り出した。電波が入ってきている。電話帳から番号を呼び出して電話をする。3回呼び出し音がなり、聞き覚えのある声が出迎えて、私はとりあえず助けを求めた。
 意外なほどに弱い相棒の声は、寒さを感じている私の耳を何度か叩いた。そうしてようやく、私は失うことの辛さを認識できたような気がした。当事者から言えばあまりにも薄い認識を。
 冬の空気は澄んでいて、木々さえなければもっとはっきり空が見えるはずだ。こことは決定的に違うあの場所で、彼女はここと同じ空を見上げているのだろうかと思う。
 失った親友の、あまりにも長い不在を噛み締めて。
 その心中が少しでも穏やかになればいいのにと、私は電話の声に耳を傾けながら祈った。
読むための時間を割いてくださってありがとうございます。
読みにくかったと思われますが、最後まで読んでいただいたのなら多謝。
あとがき書くのがやたら難しいです

追記:
7/2に編集をさせて頂きました。
できていなかったコメント返しをさせて頂きます、遅れてしまい申し訳ありません

>>即奏さん
あいがとうございます。足りない点を埋めて行きたいです

>>18
ありがとうございます。いろいろ考えてもっといい作品を書きたいものです。

それでは、また他の作品で出会えれば幸いです

>>非現実世界に棲む者さん
誤字の指摘ありがとうございます、十分に注意して書き直し、推敲したつもりでしたが、気づくことが出来ませんでした。
評価とコメントありがとうございます、確かに今回は状況に流されているだけでした。次回以降注意したいと思います
赤錆びたトタン屋根
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コメント



0.540簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
どちらの世界にも幸せを
11.80名前が無い程度の能力削除
二つの世界のこれからが、特に残された蓮子のお話が気になるところですね
色々期待と可能性を残して
14.70名前が無い程度の能力削除
若干読みにくかったですが面白かったです。
でももうちょっと続きがみたいかなー、なんて。
15.無評価赤錆びたトタン屋根削除
予想以上に評価をいただいて驚き。もっと精進いたします。
読んでくれた方々に感謝をしつつ、コメントまでもいただいたのでコメ返しに。
本文の追記と更なるコメに感謝
>9
コメントありがとうございます
あなたにも幸せがありますように、良いお年を

>11
コメントありがとうございます。
個人的にも中途半端だな、という印象があるので機会を作って書いてみたいと思います。

>15
コメントありがとうございます。
読みにくさはひとえに技量の問題ですので、何とか精進したいところです。
モチベーションをいただいたので、続き書きたいですね

今一度評価とコメントに感謝をしつつ、コメ返しでした
16.70即奏削除
面白かったです。
18.80名無し程度の能力削除
素材がいいので、もっと間を煮詰めて長編にすることもできたかな…とも思います。
19.90非現実世界に棲む者削除
今更かと言うでしょうがこの誤字だけは見逃せません。
良い度を→良い旅を
メリーの立ち位置がよくわかりませんでしが、素直に良い話だと思います。