新聞記者たるもの流行に敏感でなければならない。察するに昨今の幻想郷が求めているのは、他人の恋愛事情だった。
個人的には他人の惚れた腫れたには興味がないのだけど、大衆が望んでいるのなら話は別。
しかしこれがなかなかに難しい。博麗の巫女は恋愛という概念から最も遠い存在にあり、魔理沙の恋愛など今更記事にしたところで目新しさもない。妖怪達は愛よりも酒や喧嘩を好んでいるし、はてさてどうしたものかと困っていた所で。
守矢の巫女を思い出した。
外の世界から流れてきた彼女なら、幻想郷での恋愛話は聞けずとも過去の話は色々と持っているかもしれない。そちらをメインの記事にすれば、守矢の信者達も自分の新聞に殺到するはずだ。
一石二鳥。これを逃す手はない。
文は早速守矢神社に飛び、境内を掃いていた早苗に突撃インタビューを試みる。
「早苗さん。ズバリ、男性とお付き合いした経験は?」
驚いた顔で早苗は答える。
「男性というと、あの野蛮で考え無しで下品で体毛が濃くて何で生きているのかも理解できない、あの男性ですか?」
これは駄目だな、と文は思いました。
「早苗は電車通学だったからねえ。痴漢とかの被害にも遭ってたから男が嫌いなんだよ」
「小学生の時はそうでも無かったけどね。中学生の頃かな、嫌いになったのは。それで女子校に行ったんだよね」
「そっちはそっちで色々とやったらしいけど。まぁ、あの子に色恋沙汰を聞くのは間違いだと思うよ。恋愛経験とかゼロだし」
「あれ、神奈子知らなかったの? 小学生の時は彼氏いたよ」
「嘘、マジで? 誰? 私の知ってる奴?」
「本村」
「……ああ、あの毒にも薬にもならない奴か。無難というか堅実というか」
文そっちのけで思い出話に花が咲く。確かに過去の恋愛という意味では願ったり叶ったりなのだが、一桁ぐらいの幼い時代の事となれば話は別だ。そんなものを記事にしたところで、せいぜい早苗が悶え苦しむぐらいだろう。それはそれで見てみたいのだが、新聞が読んで貰えないのなら意味はない。
いっそ神様から話を聞こうかと思ったけど。神奈子は見た目の割りに純情そうだし、諏訪子は何やらどす黒い話が漏れだしてきそうな予感がする。文々。新聞の購読層にはお子様も含まれており、大天狗からの発禁処分を喰らうわけにはいかないのだ。
「では、ここ最近も全く恋愛はしていないと?」
「どうなんだろうね。あの子も大人になったわけだし、そういう話はあんまりしなくなったからさあ。なあ、諏訪子」
「まあ男と付きあうって事は無いだろうけど、同性なら有り得る話でしょ。幻想郷じゃ珍しくもなさそうだし」
「霊夢とか妖しいと私は睨んでるだが。どうにも茨の道くさいね」
「唐傘の妖怪は? 最近よく見かけるし」
「あれは弄って遊んでるだけだろ。それよりはまだ紅魔館のメイドの方が可能性は高いと見たね。あれを見る早苗の目は恋する乙女の目だ」
「えー、どう見ても憧れのお姉様系じゃん」
またしても勝手に盛り上がる神様を尻目に、文は今後の方針について悩まされていた。
東風谷早苗の恋愛話で一面を飾ろうとしていたのに、今更これに変わる案があるわけでもなし。さすがに全く火のない所に煙は立てられない。せめて男性との関わりがあれば良いのに、男性嫌いとなればチェックメイトだ。
「あのー、本当に男性嫌いなのですか?」
縋るような質問に神様達は顔を見合わせた。
「基本的には嫌いだね。ただ男臭くない奴は平気みたいだよ」
「そういや中学の時も女っぽい奴とは普通に話してたしね。あとあと朴念仁の生徒会長。あれも平気だったねえ」
だとすれば幾人か相手役の候補はある。誘導して出会わせ、実は付きあっているのだと大々的な記事にしてみようか。しかし会ってるだけでは説得力に欠ける。やはりキスの一つや二つぐらいはして貰わないと。
話によれば平気だった男もいるらしい。あるいは何か衝撃的な写真があるかも。
まだ希望は残っている。客人を客人と思わず盛り上がる神様達は放っておき、早苗の部屋へと訪れた。
さすがに年頃の娘の部屋と言いたいところだが。。そこそこ綺麗に片づいているのものの、いかんせん質素さは否めない。
ただ漫画の多さは紅魔館に匹敵する。よく貸し借りをしているらしく、最近は自分でも描いているんだとか。いつか見せて貰おう。
「あれ、射命丸さん。神奈子様達とのお話はもう終わったんですか?」
「ええ、まぁ……」
終わったというか終わらせたというか。あのまま残っていても身のある話は聞けなかっただろう。
さり気なく部屋の中を見渡す文。急須に湯飲みと渋い趣味が見え隠れする棚を横目に、ふと机を見れば積まれた本の影に写真立てのような物を発見した。
実に妖しい。
「それで、今度は私にインタビューですか? 良いでしょう。答えられる範囲でしたら何でもお答え致しますよ」
「では核心から」
幻想郷最速の名は伊達じゃない。止める間も与えず、机の上にあった写真立てを掴み取った。中には一枚の写真が収められている。
思わず口の端が吊り上がる。この写真ならばキスとまではいかなくても、なかなかに衝撃的な内容ではないか。
早苗と楽しそうに写っているのは制服を着た朴念仁そうな男の子。二人は仲良く肩を抱き合っている。これが恋人で無ければ何だと言うのだ。
「この男性はどなたですか?」
てっきり取り乱すのだと思ったが、意外にも早苗は落ち着いていた。
「ああ、彼ですか……」
まるで淡い失恋を語るように。
早苗は寂しげに口を開く。
「幽霊です」
「…………は?」
「心霊写真なんですよ、それ」
思わず写真を見直した。
「肩を組んでピースまでしているんですけど?」
「最近の幽霊は積極的で困りました」
「あなたも肩を組んでいるように見えるんですけどね!」
「それは後から可愛い女の子がいるように合成しようとしたからです」
悲しい真実を暴いてしまった。
むしろカップルだと言ってくれた方が幾らか救われただろう。
「でしたら幽霊という前提で進めましょう。しかし私の質問は変わりませんよ。この男の人は誰ですか?」
「………………」
「こうして飾っているのです。少なくともあなたの知人なんでしょう。あるいは、もっと親しかったとか?」
文の推測を裏付けるように、早苗の唇が堅く結ばれる。もしも本当にこれが幽霊だとしたら、先程の事実よりも悲しい真実が待ち受けているかもしれない。だがそんな事で怯んでいたら新聞記者などやってない。
残酷だろうと残虐だろうと自分は暴くだけだ。隠されている事実を。
しばらく黙りこくっていた早苗だが、やがて辛そうに言葉を紡いだ。
「あれは、私が中学生の頃でした」
「まぁ、全く見知らぬ人なんですけどね」
「おい」
思わず筆を取りだした自分が馬鹿みたいじゃないか。
「中学生の頃に出会ったんでしょう!」
「いえ、中学生の頃に隣の席にいた山下さんが貸してあげた私の消しゴムを半分に折るという事件が……」
「そんなのは事件と言いません。そもそも、勿体ぶって話すようなことですか」
「新品だったんですよ! まだ私も使っていなかったのに、それを山下さんは!」
余程憎かったのだろう。架空の山下さんの腹部を何度も殴打している。
やめてあげて欲しい。いくら見ず知らずの人間とはいえ、そろそろ山下さんも謝っている頃合いだろうし。
「え、じゃあ本当にこの男性は関係ないと?」
「ええ、全く。大体なんですか、このインテリ眼鏡は。レンズ割りますよ」
此処の巫女はこんなに攻撃的だったろうか。悪しき神々に毒されたのか、それとも幻想郷の空気にやられてしまったのか。いずれにせよ山下さんが此処にいたら命はあるまい。
「それに最近は物価高で。回想だってタダじゃないんですよ」
「料金制だったんですか、あれ」
何処だろう、管轄しているのは。
「いや、待ってください。だったら変じゃないですか。どうしてあなたは見ず知らずの幽霊が写っている心霊写真を机に飾っているんですか? 供養するなら本殿に置けばいい。あるいは焼いてもいい」
いずれにせよ早苗の言葉が真実だとは思えない。やはり嘘を吐いていたのか。
ここまで徹底して隠そうとするのだ。おそらく恋人だったのだろう。
しかもかなり深い関係と見た。神様も知らない間柄となれば、隠れて会っていたのだろう。そこで何をしていたのか。場合によっては発禁を喰らうかもしれない。
だがもう此処までくれば自分を止められる者などいないのだ。
行き着くところまで行こう。そこに真実があるのなら、射命丸文は絶対に立ち止まらない。
「お聞かせ願えますか、早苗さん。そこの写真に関する真実を」
嫌らしい笑みを浮かべ、文は問いつめる。
「どうしてあなたは、その写真を飾っているのですか?」
早苗は俯き、ボソリと答えた。
「……好き、なんです」
「ほう」
「その写真立てが!」
さあさあ話が再び脱線して参りました。実況は引き続き射命丸文でお送り致します。どうですか、解説の射命丸文さん。
そうですね。これはさすがの私でも予想不可能でしょうね。まさか写真立てが本命だっただなんて。
いやいや。
「可愛いとは思いませんか、その四角形!」
「大抵の写真立ては四角形だと思いますよ」
「愛くるしい鳴き声!」
「鳴き声!?」
「そして貸した消しゴムを折ったなら新品を買って返す心遣い!」
「まだ根に持ってたんですか」
そして後半は全く写真立てと関係ないわけだが。
早苗は陶酔して語る。
「こんな写真立て、あるのなら飾らないわけにもいかないでしょう!」
頬を掻く。どうしても早苗は隠したいらしい。
もう論理は破綻している。いや、論理になっていると思う方がどうかしているのだ。
「百歩譲ってあなたの意見を受け容れましょう。でしたら、どうして写真を入れているのです? いや、どうしてそんな心霊写真という不気味なものを入れているんですか?」
早苗の説明が止まる。徐々に追いつめられていることに、彼女も気づき始めたのだろう。
「私はこう考えるんですよね。あなたはその写真の男性と付きあっていた。しかし手酷く振られて男性不信に陥った。男性嫌いはその一端。だけど心の片隅では忘れられなかったので、そうして写真立てに入れて飾っている。どうですか?」
反応はない。俯いたまま、微妙に身体を震わせている。
怒りか悲しみか。
いずれにせよ自分の言葉が正しいことは証明された。
「ふふふ、さすがは新聞記者と名乗るだけのことはあります。この少ない情報で、よくも真実に辿り着けましたね。あなたのおっしゃる通りです」
「お褒めに預かり光栄です」
「如何にも! 借りた消しゴムを半分に折ったのは私の方です!」
ええー……
ないなー、その展開はないなー。
「臆病者と罵るのなら好きにしてください。私は逃げ出したのです。消しゴムを半分にしてしまったという大罪から! 山下さんの心を踏みにじってしまった事に対する責任から!」
早苗は涙すら流していた。
「だけどどうする事も出来なかったんです! 授業中だったし、何より私は山下さんとそれほど親しくなかった! 次の日に新品の消しゴムを渡したとしても、『えー、なにそんな細かいこと気にしてたの? 東風谷さんって神経質じゃない?』とか思われるでしょう!」
「いや、神経質ですよ。間違いなく」
「私は怖かった! あと面倒くさかった! だからそのまま半分に折れた消しゴムを返したのです!」
警報機が鳴りそうなくらい、本音がだだ漏れだった。
そして早苗は両手をそっと差し出す。
「でも、そんな逃亡の旅も終わりですね。射命丸さん、覚悟は出来ています。どうぞ逮捕してください」
「消しゴムを半分に折ったぐらいで逮捕はしないでしょう、普通……」
「私を許してくれるのですか!」
「許すも何も……」
「嬉しい!」
唐突に抱きつかれた。胸の感触が温かい。
身体中を柔らかさが占拠して、まあこれはこれで良いかなと思っていた時のこと。
パシャリという音で目が覚めた。
見ると窓の外に携帯を構えたはたての姿が。
「やはり今の時代は恋愛が旬という考えをパクって正解だったわね。ありがとう、文!」
「はたてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
追いかけようにも早苗がガッチリとホールドしているので姿を見送ることしか出来ず。
後日、射命丸文の熱愛発覚という新聞が幻想郷中にばらまかれたことは言うまでもない。
「ところで、結局その写真は何で飾ってるんですか?」
「ああ、心霊特集の番組に送ったら採用されまして。賞金を貰った一枚なので記念として飾ってるんです」
写真は文によって引き裂かれたという。
永琳だな
こっそりと伏線がはられてたりしたらもっと良かったかも。
山下→ヤマの下→夜摩の部下
小町だね
いっせーので言っちゃう?いっせーので言っちゃう?
まさかこんなにも見事なオチとはww
どうすれば……(大事なことなので以下略)。
ところで吸血鬼ハンター山下の物語はまだですか?(
あと、消しゴムを貸し借りしていた辺りから、二人で漫画を描いていたのかもと推測できたり。
もう何もかもが斜め上すぎるww
互いに気付いてないような気が…外にいた時と見た目が変わってるのかな?
そして山下咲夜さんにノックアウトしましたw
「メモリアル・ゴムの死骸 」だったんですねwwこんな馬鹿はたぶん私だけだと思いますw
まさかの山下でした。
構えてても驚かされた。
そしてあとがきの伏線回収がw
オチに全部持っていかれました…と言いたい所ですがそれまでの部分にも色々持っていかれすぎてツッコミが追いつきません…
いいかげん許してやってwww
異色の経歴持ってますね
早苗さんは山下に普段から後ろからケシカス投げてキャッキャしてそう。