―――冬も行き過ぎ、春へと向かおうとしている三月の初め。
少しずつ暖かくなりつつある空気と気温が、今日もわたしの眠気を誘う。
ここは紅魔館の門前。そして、ここにいるわたしはその門番である紅美鈴(ホンメイリン)。
門番として立ってはいるが、普段から押しかけてくるような者はいないし、偶にやってくるお客さんの身分等を確認する程度だ。
そのため主な仕事と言えば、広いお庭の花畑の管理がメインになっていて、それも終わってしまえば、後はこうして空を眺めながら、門の前でポーっと立っているだけになってしまう。
そうなると襲い来る睡魔にどうしても抗うことが出来ず、わたしはいつもの通り門に背中を預け、
「お昼くらいまでなら……」
誰に言うでもなく呟いて瞼を閉じた。
「―――りん……めいりん……」
誰かがわたしを呼んでる。
「めいりん……美鈴!起きなさい!」
この声は、
「いい加減に起きなさい!」
ゴツン、と頭に何かがぶつかる。
「っひゃい!な、ななな、何事ですか!」
「何事ですかじゃないでしょう!全く、もう昼になると言うのにあなたは……」
気が付くと目の前に咲夜さんがいた。
その手には拳大くらいの石が握られていて、その顔は怒っているようで頬を少しふくらませている。
「どう?目は覚めたかしら?」
わたしの顔を訝しげに覗き込む青い瞳。
彼女は十六夜咲夜(いざよいさくや)。わたしと同じ紅魔館に仕える者の一人で、外で門番をしている自分とは逆に、中でメイド―所謂給仕―をしている。
詳しい生い立ちは知らないが、まだ幼い時分にこの館の主、レミリア・スカーレット様の身の回りの世話を任され、その仕事ぶりや立ち振る舞いで、若い人間でありながらメイド長になった人である。
紅魔館内の仕事をやりながらも、昼食時になるとこうしてわたしの様子も見に来てくれたりする。
昼食には少し早いような気もするが、
「はい。もうしっかり目は覚めましたよ。そろそろ昼食ですか?」
笑顔で答えるわたしに、
「はぁ……その様子だと何も知らないのね……」
深くため息を吐いて、ジトリ、とわたしを睨む。
「え……?何かあったん、ですか?」
その反応に狼狽えながら尋ねてみると、もう一度「ふぅ」とため息吐いて、
「説明するからついてきて……」
どこか疲れた様子で歩きだす咲夜さん。その背中が埃で汚れているのが気になった。
わたしが寝ている間に何かあったのだろうか。と考えながら、わたしより背の低い、小さな背中の後に付いて館内へと向かう―――
―――入り口の大きな扉を開けると、いつもなら美しく綺麗なロビーがあるハズなのだが、
「こ、こ、これは?」
そのいつもと違う光景を目にして、思わず間の抜けた声が漏れてしまう。
そこには、まるで嵐が通り過ぎたかのような、ひどく荒れたロビーがあった。
所々床が割れ、壁や天井にヒビが入り、そこらの窓という窓が割れていた。豪華な装飾類なども見るも無惨な状態で、その破片は周囲に飛び散り、元がどんな形をしていたかすらわからない程だ。
その中を忙しそうに妖精メイド達がバタバタと飛び回っている。
幾人かは箒やちり取りを持って掃除をしていたり、この惨状で汚れてしまったであろう洗濯物等を集めている妖精の姿を見て取れる。だが大半の妖精達が何も出来ずに右往左往しているだけで、それを見かねた咲夜さんが、
「あぁもう! ほら、あなたは箒を持ってる子と一緒に掃除をして! あなたはあの子と一緒に洗濯物を集めてきなさい!」
妖精達はそれほど頭が良くないようで、自分で考えて動く事は苦手なようだ。しかし、指示を与えてあげればその通りには動いてくれる。とはいえ、
「はぁ……私一人では限度があるわ……」
咲夜さんが中空を見つめてぼやいた。
妖精メイドも指示をすれば指示した事をやってくれるが、それが終わればまた同じように右往左往し始めるだろう。
彼女達は一つの事をこなした後、次に何をするかをまた指示をしてやらなければならない。そうなるとこの現状ではどうみても人手不足だ。
しかし、一体何があってこの館がここまで破壊されたのだろう。わたしがその疑問を口にする前に、
「二時間くらい前にね。魔理沙が来ていたみたいで……どういう経緯かはわからないんだけど、魔理沙がフランお嬢様に何かしたようで、追いかけるフラン様と逃げる魔理沙が館中を飛び回ってこの有様よ……レミリアお嬢様も日が高い時間帯だから起きていらっしゃらないし、パチュリー様も図書館の方で手一杯のようだし……」
相変わらず中空に目を向けたまま途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
その横顔は疲れているようにも、悲しんでいるようにも見える。
こんな風に落ち込んでいるような咲夜さんを見るのは初めてかもしれない。どうにか励まそうと口を開きかけた時、
「だから美鈴の手を貸してほしくてね」
わたしの目を見て笑顔で言う。でも、その笑顔は無理に作っているように見えて、こちらまで切なくなってしまう。こんな笑顔をされたのでは、
「はい! 任せてください! わたしにできることならなんでも!」
彼女がそうするのなら、わたしも出来る限り明るく振る舞おう。
始めから断るなんて選択肢はない。それに、こんなに落ち込んでいる咲夜さんを放っておけない。
そうと決まればまずは、
「じゃあ、まずはこれに着替えて頂戴」
「へ? 着替え?」
意気込むわたしに咲夜さんが手渡してきたのは、
「これって……メイド服、ですか?」
「ええ、私のとは少し作りが違うものだけど」
手渡された衣装を広げてみると、なるほど、彼女が着ているものよりスカートの丈が長い黒のワンピース。胸元にも飾りがなく簡素な作りのものだ。
「それから、これ」
次に出てきたのは白いエプロンと、同じく白いフリルの付いたカチューシャ。
見紛う事なくメイドさんの衣装だ。しかし、
「何故着替える必要が? このままではダメなのでしょうか?」
自分の服の裾を摘んで問う。
「それはあなたが外での役割をする時の衣装でしょう。今日はお屋敷の中で従事してもらうのだからその為の衣装よ」
と、なんだか嬉しそうに話す。
わたしは自分の手の上に置かれている衣装を見て、また一つの疑問を抱く、
「これって咲夜さんのものじゃないんですか?」
「知りたい?」
咲夜さんは唇の端を吊り上げ、ニヤリ、と笑う。
まさか質問を返されるとは思っておらず、「え?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。そんなわたしの様子を満足気に見て、
「この服はね……」
たっぷりと、もったいつけるように間を開けて、
「あなたのよ」
と、言った。
「……はいぃ?」
「だから、これはあなたの服なの」
どういう意味だか理解できず、少しの間思考が止まってしまう。
固まるわたしを見て、付け足すように、
「……あなたが知らないのも無理はないわね。そうね、二年程前になるかしら。レミリアお嬢様が」
『咲夜にメイド服があるのにどうして美鈴にはないのかしら?』
「と仰いまして、それに対してフランお嬢様も」
『そうよねお姉様! ワタシも前から気になってたのよ!』
「このように賛同なさいまして、そしてレミリアお嬢様が」
『ないなら作ればいいのよ。咲夜、お願いするわね』
「そして……できたのがその服よ」
この服が出来上がった経緯を聞いて「はぁ」という溜息にも似た声が漏れた。
もう一度広げて自身の身体に合わせてみる。
「わたしの、なんですか」
「そうよ……何か不満?」
「い、いえいえ! そういう訳じゃなくてですね! なんて言うか、その」
眉を吊り上げ、わたしの言葉を待つ咲夜さんに、
「嬉しいなぁ、と」
前から憧れていた事もあり、素直に思った事を口に出してしまう。
そして顔から火が出そうな程恥ずかしくなり、つい視線を逸らす。
「……そう。不満じゃないならいいのよ。それに、私も作りたくて作ったんだし、お嬢様も見たいと仰いましたし……」
横目で、チラリ、と咲夜さんの顔を確認すると、わたしと同じようにそっぽを向いてそう捲し立てていた。
「それにこうして館内の仕事を手伝ってもらう時には丁度いいんだし、中と外とで気持ちの切り替えにもなるし、揃いの方が……兎に角! 着替えてらっしゃい!」
そこまで言って、プイ、と後ろを向いて廊下の方へと消えていってしまった。
一人取り残されたわたしは、
「とりあえず、着替えましょうか」
誰に言うでもなく呟いて、手近な部屋へと入る―――
「パッツパツね」
着替えを済ませ、メイド服に身を包んだわたしを見た咲夜さんの第一声である。
いなくなってしまったと思いきや、どうやら着替えを待っていてくれたようで、部屋を出てすぐにその姿を見付けた。わたし自身もどこから手をつけていいかわからないので、指示をもらう為に探すつもりでいたのだが、どうやらその必要はなくなったようだ。
「パッツパツだわ……」
わたしの胸元を凝視しながら、先程口にした事と同じ言葉を繰り返した。窮屈ではないかと心配してくれているのかもしれない、
「あぁ、これくらいなら大丈夫ですよー! 胸は少し苦しいですけど、ほら、腰回りは余裕ありますので!」
と、笑顔で答えると、
「……二年前よ? 二年前の時にスリーサイズを取って作ったはずなのに……二年で更に成長したの? え? これ以上成長するの?」
視線は未だにわたしの胸元を見据えたまま、うわごとのように呟いている。
どうしたのだろう咲夜さん。
射貫くような眼でわたしの胸を見つめ続けている。
三十秒程そうしていただろうか、やがて視線を上げてわたしの目を見て、
「着心地はどう?」
「え?」
「だから着心地よ。どうなの?」
先程答えたのは聞こえていなかったのだろう。なのでわたしはもう一度、
「はい。悪くないですよ! 大丈夫です!」
と、力強く答えた。
「そ、そう。ならいいのよ。少し胸は窮屈そうに見えるけど……うん、悪くないじゃない。似合っているわ美鈴」
ようやく咲夜さんの顔に笑みが浮かんだ。わたしも思わず嬉しくなって微笑み返す。
「さて、じゃあ何から始めてもらおうかしら……」
ポンと手を叩き、仕事モードへと切り替わる咲夜さん。わたしも彼女を見習って頭のスイッチを切り替える。
「私は二階を担当するから。美鈴、あなたはこのフロアをお願いね」
「はい。了解です」
「うろうろしてる子には指示を出してあげて。何も出来ないんじゃなくてどうしていいかわからなくなってるだけだから、やることを与えてあげればちゃんとこなしてくれるわ」
そこまで説明して、パッ、と彼女の姿が消えてしまう。
ここ紅魔館において、彼女が瞬間移動するのは珍しいことではないので、わたしも気にせず、自分の仕事を始めることにした―――
「うん。粗方終わりましたね」
結論から言えば、一番荒れていたのは正面入り口のロビーだろう。
そこから東西に延びる廊下には、窓が割れた事で散らばったガラス片が主で、あとはいくつかの部屋の扉が倒れていたり、その部屋の中にあった装飾品の破片だったりで、箒とちり取りさえあれば片付いてしまう内容だった。
しかし、床の掃除程度なら妖精達で事足りるのだが、如何せん壊れた扉だけはわたしの力で直すしかなく、その扉の修理にずいぶん時間がかかってしまう。
東西併せて一階の部屋にあった扉の修理を終えた頃には、日が沈み始めていた。
「ふぅ……あとはわたしも床の掃除をして」
「だれかー! だれか助けてくださーい!」
妖精メイドから箒を受け取ったわたしの耳に、そんな叫び声が聞こえてきた。この声は、
「こぁ?」
振り向くと、バタバタ、と翼を鳴らしながら走ってくる小悪魔の姿があった。
彼女は地下にある図書館の主、パチュリー・ノーレッジ様にお仕えする使い魔だ。
その彼女が助けを求めて叫んでいたのだから、図書館で何か大変な事があったのだろう。
「だれかー! あ! さくやさーん!」
咲夜さんの名前を叫び、わたしの元までやってきて、
「ハァ……ハァ、あ、あのですねさくや……さん?」
顔を見上げてようやく誰か理解したようだ。
「め、美鈴さん?なんでそんな格好……?」
「えぇと、これはですねぇ―――」
「ハッ! そんなことより来てください! 手を貸してくださーい!」
返事も聞かずにわたしの腕を引いて再び走り始める。
有無を言わさず引っ張るこぁの横顔に、少しばかり不安を感じながら、図書館へと連れて行かれた―――
図書館に入ると、そこはいつも通りジメジメした空気に、沢山の蔵書が並べられた本棚が均等に距離を置いて並んで―――いなかった。
いくつもの本棚が倒れ、中に納められていたであろう本が床に散乱している。それでもいくつかの本は綺麗な塔を作っている事から、こぁが集めてそこに並べておいたのだろうというのがわかる。
見たところ棚が壊れてしまっている物もあり、周辺にその木片が散らばっている。
「パチュリー様ぁ! 大丈夫ですか?! 美鈴さん連れてきましたからもう大丈夫ですよ!」
「……ありがとう……美鈴?」
声がした方に目をやると、そこには、
「パ、パチュリー様!?」
椅子に座り、疲れた顔をしたパチュリー様がいた。
その様子は今にも気を失ってしまいそうにすら見えて、わたしは慌てて駆け寄った。
「ど、どうしたんですか一体! とりあえず咲夜さんに看てもらいましょう!」
抱き上げようとするわたしの手を取って、
「いいわ。大丈夫。少し休めば治るから」
「で、でも……」
狼狽えるわたしに、
「ふふっ、よく似合ってるわよ美鈴」
心配ない。と言うかのように精一杯の笑顔で、わたしのメイド姿を褒めてくれる。
しかし、その顔色は蒼白に近いものがあり、やはりどう見ても大丈夫そうには見えない。
それはこぁも同じようで、不安気にその顔を覗き込んでいる。
「……美鈴、私が休む間、少しだけ手伝ってもらえないかしら?」
「ええ、それは構いませんが……」
「じゃあお願いするわ。こぁはまた本を集めて。美鈴、あなたは本棚の修理任せるわ」
それだけ伝えてパッタリ、とテーブルに突っ伏してしまった。
わたしとこぁは顔を見合わせて、
「……とりあえず」
「始めましょうか」
二人で確認するように言って作業に取りかかる事にした。
まずは倒れている本棚からどうにか修理できそうな物を選び、周囲の木片から損傷の少ない板を持ってきて棚板にする。後はその本棚に棚板を打ち付け完成。破損の状態にもよるが一本直すのに大体小一時間くらいだろうか。
わたしに出来るのはこの程度の応急処置くらいだが、それでもパチュリー様が魔法で修復なさる時に少しでも負担が軽くはなる。ハズ。
パタパタと走り回るこぁを横目に四本目の修理に取りかかろうとした時、
「ずいぶん派手に暴れて行ったわね」
お休みになられていたパチュリー様が目を覚ましたようだ。
振り向くと、テーブルから身を起こしてこちらに顔を向けている。
最初に来た時より幾分か顔色も良くなっているいるようだが、まだ体調が良くないのか椅子に腰掛けたままでいる。
「フランが本棚を壊さなかっただけマシね」
「そうですねぇ……粉々になってしまったらわたしではどうしようもないですし」
そう言って二人して笑い合う。
「それにしても」
呆れたように肩をすくめて、
「こんなになるなんて思ってなかったわ」
図書館の惨状を見て疲れた笑顔を見せる。
この現状を作った魔理沙に対して怒っていたりはしないのだろうか。不意に浮かんだ疑問は、
「魔理沙の事、怒ってらっしゃらないんですか?」
と、つい口に出してしまっていた。そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。少し困った顔をして、
「うぅん……そりゃあここまでされると腹は立つけど、来てほしくないわけじゃないし……むしろその逆……って何を言わせるのよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶパチュリー様。
言動から察するに、どうやら魔理沙に怒っていたりはしないようで、それどころか好意すらあるのかもしれない。
「美鈴、私が今言った事は忘れて」
恥ずかしそうに言って、赤く染めたままの顔をそらす。
その仕草がなんだか可愛らしくてつい頬が緩んでしまう。
和やかな気分になり作業もはかどりそうだ。
棚板を探しに行こうと立ちあがると、
「今日はありがとう美鈴。あとは私とこぁでやれるから、あなたは戻りなさい」
「へ? もういいんですか? わたし何にも出来てないですよ?」
やったことと言えば本棚を三本直したくらいだ。
まだ倒れている本棚はいくつもあるし、壊れた木片もほとんどと言っていいほど片付いていない。
「それだけやってくれれば十分よ。あなたは上の仕事もあるでしょう。気にしなくていいから戻りなさい」
そう言うと、椅子から立ち上がって柔らかく笑う。
こぁもわたしの元へやってきて「ありがとうございました」と深々とお辞儀をする。
少し心配ではあるが、パチュリー様本人が「良い」と言うのであればわたしも従うしかない。
二人が見送ってくれる中、後ろ髪を引かれる思いで図書館を後にした―――
地下から出てきてまず窓の外に目をやると、
「真っ暗だぁ……」
日が完全に沈んで、外の景色は闇に包まれていた。
今は一体何時なのだろうか。普段から時計を持ち歩いていないのでわからない。
そして、驚いたのはこの廊下。
わたしが妖精メイドに指示をして箒で埃やガラス片等は掃除させたが、磨いたかのように綺麗になっていた。誰かがその後にモップがけでもしたのだろう。そして、それは恐らく咲夜さんである。
「わたし……怒られちゃう、かなぁ」
不安気に独りごちてから、あることに気付く。
そういえば今日は昼食を摂っていない。そう思い至った時に「くぅ」とお腹が鳴る。
とりあえず休憩も兼ねて何か口に入れよう。
わたしの足は自然に玄関のロビーへと向かっていた―――
ロビーの方は床の掃除はされていたが、それ以外の部分は未だ手つかずで、この調子だと明日も紅魔館内での仕事になるだろうなと考えさせられた。
わたしはそのロビーの先にある広間への扉を開けて中へと入る。
この広間は普段はあまり使わない。主にパーティー等がある時に活用するのだが、最近のパーティーと言えば神社での宴会の事を指すので、しばらくこの広間を使った記憶はない。
手近な椅子に腰掛けて、グゥッ、と身体を伸ばす。
今日は疲れた。
椅子に座り、一日を振り返ってそう感じた。しかし、同時に充実した一日であったとも思う。
普段は庭の花畑のお手入れや、門番として外にいることの方が多い。だからこそこうして内側での仕事をして楽しかったし、咲夜さんを始め、パチュリー様やこぁと一緒に仕事が出来た。だから疲れてはいるが、
「充実した。が一番かな」
誰に言うでもなく呟いて瞼を閉じる。
お腹は空いているが、このまま眠ってしまうのも悪くないだろう。
不思議と気持ちが安らいでいた。
少しだけなら。と意識を手放そうと思った瞬間、広間の扉が音を立てて開かれた。
ハッ、と目を開くと、もう目の前には咲夜さんの顔があり、
「美鈴! 探したのよ!」
あぁ、これは怒っている。
お昼は小石だったが、いよいよもってナイフが飛んでくる。そう覚悟した次の瞬間、
「あなた休憩も取らないで、パチュリー様の手伝いをしていたそうじゃない!大丈夫なの?!」
わたしの肩を掴み、ガクガクと身体を前後に揺さぶる。
「パチュリー様だって説明すればわかってくださったでしょうに……あなたは律儀すぎます。言われた事に、「はい、はい」と返事しなくたっていいのよ?上下関係はあっても、私達は家族なんだから……」
涙目でわたしの顔を見詰める咲夜さん。
怒っていたのではなく、わたしの身を案じてくれていたようで、自分の考えを少し恥じた。
今にも泣き出してしまいそうな彼女に、
「あの、わたしも休憩しようとは思ったのですが、パチュリー様が随分お疲れのようだったので、なんとかしなきゃって思って―――」
「パチュリー様はあなたがもう休憩を取った後だと思ったそうよ。ね? 言わないとわからない事だってあるんだから」
「あぅ……すいません」
「それもあなたの悪い癖。謝るのは私の方よ。あなた昼食も摂ってなかったでしょう。お腹空いてるんじゃない? 何か作ってくるから待ってなさい」
答える間もなくわたしの肩からスッ、と手を離し、広間から出て行ってしまった。
あんな咲夜さんを見たのも初めてかもしれない。
そう言えばお昼も少し落ち込んでいるように見えた。
あぁ、そうか、咲夜さんにとってここは、
「紅魔館は“家族”と住む“大事な場所”なんだ……」
だから荒れたロビーを見て落ち込んでいたんだ。
だからちょっと無理してしまったわたしをあんなに心配したんだ。
咲夜さんの優しさに触れた気がして、知らぬ内に自分も涙を流していた。
自分にとっても同じハズなのに。
紅魔館も、レミリア様も、フラン様も、パチュリー様も、こぁも、咲夜さんも“大事な場所”で“大事な家族”であるハズなのに。
わたしはレミリア様を、フラン様を、パチュリー様を、こぁを、咲夜さんを、恐れていた。
それはただの仕事上の上下関係でしかないのに。
私達は同じ紅魔館で暮らす家族じゃないか。
わたしは改めて自分を恥じた。
これからはもう少しそういう意識を大事にしよう。いや、しなければならない。
今日は本当に疲れたし、楽しかったし、充実した一日であった。
もう少ししたら咲夜さんが手料理を持ってきてくれるだろう。
待っていなければならない。ならないのに、
「わたしは、弱いなぁ……」
今咲夜さんの顔を見ると、本当に泣き出してしまいそうだから。
咲夜さんが来たら起こされるかもしれない。いや、それはそれでいい。その方がきっといつも通りに振る舞える。
だから今はほんの少しでもいいから眠りに就こう。
小さく呟いて再び瞼を閉じる―――
~~~~~~~
―――広間の扉を開ける。
一番近い席に彼女はいる。
その様子は座ったまま俯いていて、どうやら私が食事を作っている間に眠ってしまったようだ。
テーブルの上に用意してきた食事を置いて、私も彼女の隣に座る。
眠っている彼女の横顔はとても安らかで、起こし難い雰囲気を持っていた。
疲れていたのだろう。
それも当然だ。休みも取らず、お屋敷中の掃除と壊れた物の修理をしていたのだろうから。
もう一度その横顔を見る。
座りながら寝ているせいだろう。寝苦しそうに眉をひそめて「うぅん」と唸っている。
その頬に触れてみる。
暖かい体温が指先から伝わってくる。
私の大事な家族。
私の大事なモノ。
指先に少し力を入れて押してみる。
相変わらず寝苦しそうにしながら「うぅ……咲夜さぁん」とか言ってる。
「全く……どんな夢を見てるんだか」
指を離して改めて彼女の姿を見る。
私の作ったメイド服。
彼女が覚えていなかったメイド服。
「あなたが欲しいって言ったのに……なんで覚えてないかなぁ……」
渡すに渡せなかった自分も悪いが、適当にでっち上げた話を信じるとは思っていなかった。
そんな天然でありながら、
「『嬉しいなぁ』は卑怯よ」
もう一度指で横顔を突く。
すると彼女のお腹が、きゅるるるる、なんて可愛らしい音を鳴らした。
勿論指で突いたからではないのだろうが、あまりにも絶妙のタイミングだったので、つい吹き出しそうになってしまう。
そろそろ起こしてあげた方がいいだろう。
お腹も空かしていたようだし、何より生活リズムが崩れてしまうだろうし。
私は彼女の前に立ち、どんな起こし方が一番効果的かを思案して―――
~~~~~~
―――暖かい。
柔らかい。
いい匂いがする。
なんだろう。何かがわたしを包んでる。
すごく、気持ちがいい。
そして、苦しい。
一体これはなんだろう。
次第にそれはわたしをきつく締め上げて、
「む! むぅ! むぅ!」
「あ、起きた」
目を開けたハズなのに目の前が暗い。
理由は簡単で、
「ふぁふぅやひゃん? にゃんれひゅかいっひゃい?」
「起こさないといけないと思ってね」
咲夜さんがわたしの頭を目の前から抱きしめてる。
「私が折角食事を作ってきたのに眠っていた罰よ」
言いながらぎゅうぎゅう、とわたしの頭を締め付ける。
「罰なんだからしばらくこのまま締められなさい」
優しい声でそう言われる。
罰なら観念するしかない。
レミリアお嬢様に見られたらなんと言われることやら。
内心不安ではあったが、自分も今はこのままでいたかった。
二人だけしかいない大きな広間。
静かな空間の中、わたしと咲夜さんはしばらくの間そうしていた―――
ちらっと出てきたパチェが切ない。
ということで今度はパチェ中心でお願いします。
今が幸せだと感じられるってことが幸せなんですね。
それを支えるのは家族、あるいは友、そして……
そんな幻想郷に幸があらんことを。
キャラの名前ぐらい調べてから書きましょうよ
それにしてもパッツンパッツンやで!胸が!パッツンパッt(ソコマデヨ