小町さんは、よく本を読みます。
「うっはぁー、えぐいね。殴りすぎ。殴られすぎ。ぼっこぼこの血まみれだよ! 鎌ですっぱり斬られた方がまだいいかねえ」
訂正。小町さんは、よく漫画を読みます。
彼女が手に入れる本は、道端に落ちています。正確には無縁塚と呼ばれる場所に、外の世界からぽろぽろ落ちてきたものです。なんとはなし、なんとはなしにそれらを拾い上げた小町さん。読んでみると存外面白かったらしく、最近ではそれを読み耽っているご様子。
小町さんといえば幻想郷の中でも屈指のサボタージュ、一日働いているうちにとるお休みはお昼に限らず、時間を見つけては直ぐ休憩、ちょっと疲れたらぼんやり休憩、喉が渇いたと思ったらまた休憩。今までは大方その時間を眠りに費やしていたのが、「漫画読みたいから休憩」にシフトチェンジされています。
でもそこは死神、やることはきちんとやってのこと。
やらねばならない時には、ぴしっとやるんです。
「はっはっは無い無い無い、なんだこれなんだこれ! ……いや、あるいは……」
やるんです。
「しゅっ、しゅっ」
おもむろに本を脇に投げおいた小町さんの拳が鋭く空を切ります。
小町さん。小町さん。
「んー?」
それ、面白いですか?
「ああ、面白いよ。見開きでどーん、ぶっとんでばーん! 読んでみるかい?」
いえ、いいです。
「こう、こういうタイミング? どうかなあ。あたいも武闘派でのした方がいいかなあ」
それに出てくるのは、武闘とはもっと違う別の何かだと思いますよ。
あとなんかその、地を這うようなアッパーを真似ないでください。
* *
小町さんは、よくぼんやりします。
「……おなか空いたなあ」
訂正。はらぺこ。
彼女が普段そんなにものを食べることに執着しているかと言われれば、その実そうでもありません。お昼ごはんは塩を混ぜ込んだちいさめのおにぎりふたつと、たくあんのきれっぱし。「握り飯は塩で握るのが至上、具なんぞいらん!」というこだわりを見せている素振りですが、単に面倒くさがってるだけなのかもしれません。わかりませんが。
ただ、こういうぼんやりと虚空を見つめているとき、案外と仕事のことを考えているのかもしれません。
「……もうあらかた読み尽くしちゃったしなあ」
小町さん。小町さん。
「んー?」
あらかた読み尽くしちゃったって。結構数、ありましたよね?
「読むの早いみたいでさあ。次が気になると、今のをすぱっと読みきっちゃった方がいいもんね」
この幻想郷に物書きはそこそこ居ますが、漫画描きはとんと噂に聞きません。多分居たら、大ヒットするんじゃないかと思われます。
「おなかが……」
くぅ、と可愛らしい音を小町さんのお腹が立てます。
お腹減るなら、もっとしっかりとお昼を摂られてはいかが?
「朝はぎりぎりまで寝てたいタチなんだよねえ」
その結果があのおにぎりとたくあんであると。難しくもなかった予想が的中。
仕方がありません。秘蔵の品を出しましょう。
「おお、握り飯! やあやあ、ありがとう。ちゃんと塩飯握りじゃないかあ、わかってるねえ!」
そりゃ、小町さんがいっつも言ってることですからね。
ぱくぱくにこにこ、満面の笑みでおにぎりにかぶりつく小町さん。
でも、中には梅干を仕込んであります。とびきりすっぱいやつ。
身体にいいらしいですよ。
……泣かなくても。
お茶をどうぞ?
* *
ゆらりと立ち上がり、やおらその眼つきは鋭く光り。いよいよ小町さんのお仕事タイムです。
「……気配がする……四季さまが近くに居る! あたいを見張ってるんだ!」
訂正。異常な嗅覚。
彼女の上司には泣く子も黙る閻魔さまがいらっしゃいます。その閻魔さまの監視、その範囲に在ると感じるや否や、小町さんは機敏な動作を見せます。そうでもしないと、頭をいたそーな板でべんっと殴られ、涙眼にされてしまうからです。でもあの「きゃん!」という声を草葉の陰から盗み聴くのもまた乙なもの。
小町さんのお仕事は、死者の魂をきちんと河越えさせてあげること。普段サボタージュと呼ばれども、仕事が遅いだの言われども、仕事ひとつを切り取ってみればとても丁寧なものであると思われます。
小町さん。小町さん。
そろそろお仕事場に戻られては?
「うーん、最近死者が少ないんだかどうかわかんないけど、あんまり来ないみたいだからねえ」
そうなんですか?
「うん。ただ、その方がやりやすいかなあ。やっぱり舟渡ししてるときは、じっくり話を愉しみたいじゃあないか」
ほほう。やっぱり小町さんのお仕事は丁寧であると。
「まあ、働いてるのはあたいだけじゃないからね、同僚も居るし。働き者が居てあたいは楽なもんだってばもう! あっはっは!」
ああ、はい。
とりあえず、一旦離れますね。
「おお、もう行くのかい? どうだ、今夜一杯。いつもの屋台でさあ」
ええ、はい、わかりました。ではまた後で。
どうかお元気で。そのいのち、お大事に。
『きゃん!』
* *
小町さんは、そこそこお酒に強いため、そこそこお酒を好みます。
「いたい……いたい……ほら見てよここさあ、でっかいこぶが出来ちゃって」
見てみると、ぽっこりたんこぶが頭のてっぺんに出来ています。ああ、こりゃ確かに痛そう。
でもそれは、自業自得というものでは?
「ひどい! つめたいなあ。折角上等な酒呑んでるんだからさあ、ちょっとは同情しておくれよ、ねえねえ」
訂正。結構へべれけです。
あと同情と上等なお酒に因果関係は無いように思われます。
「あたいだってさあ、やるときはやるんだよう。何もさあ、べんべん叩かなくたっていいじゃないさあ、期待に応えようって頑張ってるんだ! ううううう」
追記。泣き上戸。
彼女の感情は、お酒を呑むことでたまに激しい揺れを見せることがあるご様子。どんぶらこ、どんぶらこと揺れまくり。普段小町さんが舟を漕いでるのは寝てる姿でしか見てませんが、それに似てるような気もします。
「しょうがねぇなあ、こまっちゃんは! どら、こいつはサービスだ」
屋台の主さんに、もつ煮込みを出していただきました。
「お、親父さあん。ありがと、いただくよ……」
はふはふと息を吹きかけながら、煮込みを口に運びます……ううん、なかなか良いお味噌。
外は肌寒く、春近しとはいえども吐く息はまだまだ白く。そんな寒い最中に食べる温かいものも、なかなか良いものです。
ここ中有の道と呼ばれる場所には、主だった通りには多くの屋台が出揃いつつ、賑わいを見せています。数ある屋台の中でも、ちょっと道外れにぽつんと店を構えるここは、小町さんご贔屓の場所。「知る者ぞ知る穴場!」という評判も相まって、私もこうしてたまに足を運ぶことがあります。主さんとも顔見知り。
小町さん。小町さん。
「ん、んぐっ」
小町さーん!?
「み、みず」
*
「いやー、呑んだ食った。ありがとね、なんか愚痴に付き合ってもらっちゃって」
いえいえ。あと小町さん、一度にものを口に放り込みすぎなのでは?
「食べるときは、つい焦っちゃうんだよねえ。食い物は逃げないってのにさ」
いや、全く以てその通りでして。
小町さんとふたり、暗がりの道を歩きます。からころと響く音は、つめたい夜にひときわ透き通って聴こえます。
小町さん。
「なんだい?」
小町さんはなんだかんだ言って、やるときはやりますよね?
「どうしたいきなり、照れるじゃないか……ううん、でもねえ。四季さまの期待に応えたいってのは、本当なんだ。働きすぎなんだよ、あのお方は。や、仕事は仕事だってわかっちゃいるさ。大事なお役目だよ。でも、あたいがサボりでもしなきゃあ、ずぅっと仕事場こもりっきり。外の空気を日中吸えないなんてあんまりな話さ」
それが小町さんがやたら休憩をとりたがる理由なので?
「半分くらい。あと半分漫画読みたい」
では、話半分ということで認識しておきますよ。
「ああ、そういうことにしといてよ。四季さまはすごいお方だ。その内一緒に、酒でも呑みたいもんだがねえ」
誘ってみてはいかが?
「いや、きっと乗ってくれないよ。お堅いからさ。でも、四季さまのことがすきだからね、その下につけてしあわせ者かもしれない。説教臭いけどねえ。そこもまたいいとこなんだ。あれで結構、可愛いところもあるんだよ」
それはそれは。その辺りのお話、是非とも詳しくお聞きしたいところ……
ですが。今日はもう遅いですから、また今度。明日のお仕事に響きますよ。
「そうだねえ。ありがとね、あたいはもう行くよ。それじゃあ」
ええ、それでは。
別れの挨拶と共に、小町さんが自宅へと飛び立っていきます。
さてさて、私もそろそろ戻りましょう。
* *
こんばんは。
「おお、嬢ちゃん! なんだい、呑みなおしかい?」
ええ、ここで待ち合わせですから。
「こんばんは、……とりあえず燗をふたつ」
「へえ、毎度ご贔屓に。お勤めご苦労様ってもんで」
ここの主さんの良いところは、どんなに目上の方が客としてやってきても、その態度はどのお客様も平等として変わらないところだと思います。閻魔さまご自身が「知る者ぞ知る!」と断言するくらいですから、きっと良い屋台なのでしょう。
「……で。今日見た感じだと、相変わらずあの娘は休みがちなのですかね」
ああ、それはそれで。小町さんは、やるときはやりますよ。
現に。本日べんっと頭をしばかれたのを遠くで見守っていた私は、その後小町さんが仕事にとりかかる姿をきちんと目撃したのです。
*
『ああ、こんな処にきちゃってお前。迷ったのかい? しょうがないなあ、ついておいでよ』
三途の河に辿りつく筈の魂が、ふらふら彷徨っていたのを見つけた小町さん。
後ろからこっそりあとをつけました。
『辛いことがあったって? それで死ぬのは……やっぱりうまくないなあ。あんた、地獄に落っこちるかもしれない』
魂が発しているらしい声は、とんと私には聞き取れません。小町さんの言葉を受けて、ふるふると身体を揺らしているのが見えるばかり。
『ええと、銭は……おお、なんだ。結構持ってるじゃないか。素寒貧のやつもたまに居てさあ、そういう奴は河を渡りきれない。三途の河だ。わかるね? でもあんたは大丈夫だね、一応のこと、死ぬまでに善行を積んでたんだろう……悔しいのかい。泣くのかい。多分この後、もっと泣くことになるかもしれないよ。痛いし、苦しい。でもさ。きちんと閻魔さまに裁かれてきな。それできれいになりなよ。どれだけかかるかわからんけどねえ。大丈夫、うちの閻魔さまはね、ちゃあんとお前のしてきたこと、洗いざらいみてくれるから。こんだけ銭があるんだ、こいつは此処で無くなっちまうがね。あんたきっといつか、やり直せる日が来るかもしれない』
からん、ころんと。小町さんの履いている下駄が、砂利の道に響いていました。
『話過ぎかねえ。あたい、話をするのはすきなんだ。舟に乗ってる時間は、あんたの場合は短そうだからさ。さあ、いこう……なんだい、ありがとうって。よせやい、大したことじゃないさあ……』
*
「それは知ってます。花の異変の時も、なんだかんだで非常に助かりましたからね。でも、だからこそ、だからこそです! 全く気苦労ばかりかけさせて、もう!」
くぃっと煽れば、小さなお猪口などあっという間に空になってしまいますとも。私も初め見たときは驚きましたが、この完全手酌モードはなんというかこう、危機迫るものがあります。
「わたしだって、すきでべべべんべん、た、たたいているわけでは、ないのです!」
そして弱いです。直ぐ復活しますけれど。
このお店にくると、くだを巻く閻魔さまという非常に珍しいものが見られます。本当、知る者ぞ知る屋台。
「で、小町はまた、なにかぶちぶち文句など言ってませんでしたか?」
本当に復活するの早いです。
いえ、いつも通りですよ。あなたの元で働けて、しあわせ者だと。
「そ、そ、そうですか。本当、困った娘……」
「こまっちゃんねえ。でもあんな良い娘も中々居ないと思うがね、どうだい」
「当然です。私の大切な部下なのですからね!」
それにしても、愛されてますねえ。
ええ、もう、本当に困ったものでして、小町さんは。
上司にこんなにも気にかけてもらって。
『小町の様子を、見てくれないかしら?』
屋台に居合わせた閻魔さまに、酔っ払いながらも直々にお願いされたとあっては、私も断る理由がありませんでした。それ相応の対価を頂こうなど、滅相も無い。これが善行になっているかどうかなど、与り知らぬところではありますが。こういうのもまた、ノリ良く愉しくが私のモットーですから。
今度、小町さんも連れてここに来られてはいかがです?
「そんな! 小町が私と呑みたがるなんてこと……無い無い、無いでしょう。私と呑んでも、つまらないでしょうし」
あやややや。私は結構、愉しいんですが。
小町さん密着取材と銘打って、面白いことが起きそうかとも思いました。でももう少しこのおふたりは、このまま見守ってみても良いかもしれません。酔ってるのでしょうかね。私、お酒は強いんですけれど。ネタ帳は大分溜まってきてるのですが、これを公開するのは野暮な気も……私にしては珍しく。
まあでも。たまには良いでしょう。それはその辺に置いときます。私も結構、愉しんでますからね。
記事は……漫画のことでも書いておきますか。
明日も張らせていただきますよ、小町さん。明日のおにぎりの具は、辛子高菜ですから。
あ、主さん。熱燗もうひとつ、いただけます?
最後まであややだと気付けなかったw
まったく気づきませんでした。
こういうやわらかくてあたたかい雰囲気は大好きだったりします。
目にはよくみえない魅力があって、近いうちにもう一回読んでしまいそうです。
えいきっきは良いデレンツww
まさか、文だったとは・・・・
割とすぐ射命丸だと気づきました。
ほのぼのと面白いお話でした。
こういうほのぼのとした話は大好きです
と、読み終わった後に思いました。
ほのぼのする作品をありがとう。
後半まで名無しかと思っとりました。
かわいい話で良かですね。
相思相愛。
何気にデレデレなこまえーきご馳走様でした
最後まで文だとは気付けませんでしたが、楽しませていただきました。
ありがとうございます
ありがとうございました。
美味しい話をありがとうございました。
辛子高菜も美味しいですが、梅干で泣くひと相手には鬼畜だと思います。