Coolier - 新生・東方創想話

間抜けな人

2013/05/11 09:07:13
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 小兎姫は本日三杯目となるお茶を飲んでいる。
 視線の先には、反物を扱っている店があり、店先には高級そうな着物が展示してある。

 ふと通りの東から、怪しい挙動の男が近づいてきて、展示してある着物を見て…そのまま去っていった。

(――盗 ・ れ ・ よ !!――)

 里の警備をしているものとは思えないセリフは、頭の中で叫ぶだけに留めつつ、小兎姫は見張りを続けるのだった。




 小兎姫のもとに、反物屋 ”槻木” で盗みが行われるという情報が入ったのは今朝のことだった。
 槻木に予告状が届いた訳ではなく、小兎姫の家の郵便受けに入っていた手紙からの情報である。
 真偽のほどはわからないが、というかどう見てもイタズラな気もするが、人里の治安維持を担う小兎家の当主としては無視する訳にもいかない。
 槻木の主人と話をつけると、小兎姫は、反物屋の前の茶屋で見張りをすることにした。

 盗まれると書かれていたのは、槻木の店先に展示されている着物である。
 店先に吊るされてるぐらいだから、そんなに貴重なものではない様に思えるが、店主いわく、客引きの為に吊るしている、店でも三本の指に入るほどの上物なんだとか。
 人の手や土煙で汚れないように、特殊な術でコーティングをしてもらっているらしい。
 それなら盗難防止の術なんかも掛けてたらいいのに、なんて思うけれど、そもそもこんな往来の激しい通りで、固定されている上に、あんなにも目立つものを盗めるものではないと思い直す。

 それなら、ここに自分がいる意味もないかなぁ~なんて、見張りの必要性の有無を考え直していると、小兎姫のもとに見知らな男が近づいてきた。
 その男は、まだ開店したばかりで他に誰も客のいない店内を、用心深そうに見回すと、小兎姫にさらに近寄って言った。


「私はそこの反物屋の店先の、あの高そうな着物を盗もうと思っているのだが、お前さん、そこにいるなら大声など出さないでくれよ?」


 小兎姫は、ポカンと口を開けて驚いた。
 これから盗みを働くなんてことを、他人に堂々と宣言するなんて、コイツはアホなのか。
 小兎姫が呆けている間に男は通りに出ると、着物に一瞬だけ視線を送り、通りの雑踏の中に消えていった。

 小兎姫の今の姿は、見張りに適した目立たない格好、つまりは変装をしているわけなのだが、それにしてもどうなのだろうか。

(私の腕前をもってすれば、里の人間の一人や二人……頑張れば五人だって瞬く間に捕まえられる)

 これだけ距離が離れていても、着物を盗もうとした瞬間に、縄でぐるぐる巻きにできる技量があると、小兎姫は考えていた。
 ……少々話を盛った感じがしないでもないが、捕まえられることは確かだ。

(ただの間抜けか、それとも本当に盗めるのか……)

 小兎姫は、注文していた渋めの緑茶を、おいしそうに飲む。
 不謹慎ながらも、少しこの見張りが楽しくなってきたのだった。




 小兎姫は本日三杯目となるお茶を飲んでいる。
 あれから、あの男の他にも、仲間であろう男たちが槻木の前を何ども行ったり来たりしていたが、一向に着物に触れようとはしない。
 ただ立ち止まったり、店の方をじっと眺めたり、何もせず素通りすることさえあった。
 時々思い出したように、怪しい挙動でキョロキョロする奴などもいたが、着物には近づかなかった。
 小兎姫は辛抱強く見張りを続けていたが、ついに店仕舞いの時まで盗人が現れることはなかった。

「結局あの男は私を騙していったわけだ」

 一日を無駄にしたことに後悔しつつ、あの男の手の込んだイタズラに呆れながらも、小兎姫は自分の家に帰った。


 小兎姫の家の中はカラッポになっていた。











  <了>
 東方である必要はないが、東方でやる必要はあってもいい。

 小兎姫の変装姿はコートに帽子にパイプと、実に目立たない格好でした。すごいね!
黒砂糖
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コメント



0.1030簡易評価
1.80TG削除
(盗・れ・よ・!)
が可愛かったです。
事件が起こるのに期待してたわけじゃなくてちゃんと警備してたんですね。
2.90名前が無い程度の能力削除
確かに幻想郷基準ではホームズコスプレは目立たないかもなあ…
3.100名前が無い程度の能力削除
赤毛組合とか懐かしいな
4.100名前が無い程度の能力削除
頭の中でいしいひさいいちの絵で再生されてしまったw
5.100名前が無い程度の能力削除
いかにも幻想郷らしい手口ですね。次はサンタクロースがやってきます。
7.90名前が無い程度の能力削除
これは巧妙な手口だけど、のちに窃盗団が小兎姫とはち合わせしたら・・・
8.100もんてまん削除
いいですね!
こういう小話はすごく好みです!
9.100名前が無い程度の能力削除
やられたwww
間抜けは小兎姫だったと言うのか。
10.100真四角ボトム削除
上手いw
良い落ちでございました
15.100名前が無い程度の能力削除
まんまと引っかかってしまうところが可愛らしいというかなんというか。
でも赤毛だから仕方ないよね!
20.100名前が無い程度の能力削除
座布団一枚っ。
なんて素敵な泥棒達なんだ!
25.100名前が無い程度の能力削除
なんてこったい
29.100さとしお削除
ニヤニヤしながら読めました。こういうの好きです
30.100名前が無い程度の能力削除
小兎姫と一緒にやられました…
31.無評価名前が無い程度の能力削除
郵便受......あぁ......

空っぽになってからが気になるなぁ
33.100名前が無い程度の能力削除
面白かった
34.80名前が無い程度の能力削除
空っぽの我が家に呆然となって、一寸置いて我に帰り、よくも!とか気勢を発しながらも涙眼になってぷるぷるしてる小兎姫だったらなお佳い。
36.無評価黒砂糖削除
たくさんの感想、評価ありがとうございます。
とても短い話でしたが、楽しんでもらえて本当に嬉しく思います。

赤毛組合だってわかる人がこんなに早くでるとは……
作者なんて旧作やってないから小兎姫の髪の色どころか、頭にうさ耳がついてない事に気づくのにずいぶんと時間がかかったというのに(ことひめさんごめんなさい)。
ともあれ、読んでくださった方々に今一度感謝を、ありがとう!
38.70奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
39.80名前が無い程度の能力削除
おおお……
シンプルにおもしろい話だった。
40.1003削除
これは見事!
ショートショートの賞に出しても大丈夫なんじゃないかって位見事な構成です。