私はいつからここにいるのか。
私はいつまでここにいるのか。
私がこの光の無い世界に来てから、もうどれくらい時がたっただろうか……。
ここはとても暗く、風も吹かないため空気が淀んでいる。
とても息苦しい世界。
嗚呼……私はいったいいつまでこうしていればいいのだろうか……。
――聖……。
誰かの声が聞こえる。
私の名を呼ぶ懐かしい声が。
――――聖……聖!
どうやらついにここから出るべき時が……来たようだ……。
閉ざされた空間に光が灯る。
赤く、温かな光が……。
カチッ!
ブゥゥゥン……。
「聖。晩御飯ですのでいい加減に法界ごっこはやめてコタツから出てきてください……」
「ああ、コタツの世界に光が満ちる…………」
仰向けになって上半身をコタツに突っ込んでいた聖白蓮がもぞもぞと這い出てくる。
「ほんとに聖はその遊びが好きですね……スイッチも入れずに……」
魔力式コタツのスイッチを『強』にぐりんと回し、毘沙門天の代理である寅丸星が白蓮の手を引いて出てくるのを手助けする。
「この出てくるときの倦怠感がなんとも言えないのです……」
うっとりとした口調で、白蓮が改めてコタツの一角に座布団を引いて座りなおす。
「6人掛けの魔力コタツに一人で入ってれば誰でもそうなります……」
倦怠感の正体はただの急激な魔力の喪失であった。
これはナズーリンが魔法の森の道具屋『香霖堂』で見つけてきた電気式コタツを魔力で動くように改造したものである。
「聖。今日はお鍋にしてみました」
いったん台所に戻った星が大きな土鍋を抱えて戻ってくる。
「いいですね。まだまだ寒いですし」
そう言って白蓮がコタツの天板の中心部に手を触れると、真ん中の部分がパカッと外れた。
そこに星がよっこらしょと土鍋を降ろす。
魔力コタツ七つの特殊機能の一つ、鍋用コンロである。
「おいしそうないい匂い」
「鳥の水炊きです。そろそろ他の皆も戻ってくる頃でしょう。もうしばらく待ってください」
人数分の箸やら小鉢やらを星がいそいそと並べてまわる。
それを白蓮はニコニコとただ眺めていた。
せめてちょっとくらいは手伝いましょうね……。
「ただいま戻ったよ」
「あ、美味しそうな匂い~」
「いやあ疲れた……」
「ぬえ~~ぃ!」
命蓮寺の他の住人は今日はみんな外へ出かけていた。
出かけるときは時間も目的地もバラバラだったくせに、戻ってくるときは何故か同時。
それが晩御飯タイムというものである。
わらわらと先を競うように集まってきたのは、ナズーリン、一輪、村紗、ぬえ。
それに白蓮と星を加えた六人が現在この命蓮寺に一緒に住んでいる。
「ご主人、これはまたずいぶんとおっきなお鍋だね。いつからうちは相撲部屋になったんだい」
どう見ても六人前どころかその倍ほどは軽く入ってそうな巨大な土鍋を見て、ナズーリンがあきれたような声を上げる。
「みんなよく食べますからね、特注で作ってもらいました。ほらほら、皆ちゃんと手を洗ってくるように」
『は~い』
「さてと……」
最初に戻ってきたのは村紗水蜜であった。
コタツに座ったかと思うと、流れるようなごく自然な仕草で鍋の蓋をあけ、何か茶色い塊を鍋の中に放りこんだ。
「って、ちょっとムラサ!! なんでいきなりカレールウを入れるんですか!!」
村紗のあまりにも手なれた自然な動きに、星が注意した時にはもう鍋全体がムラサ色に染まっていた。
もう取り返しのつかないほどにスパイシーな香りが辺りを包み、有無を言わせずカレーである。
「ああっ! 大鍋を見ていたらつい無意識に!!」
そう言いながらも鼻歌まじりで鍋をかき混ぜ始める村紗。
「無意識にってどう見ても確信犯でしょう! 大体そのカレールウはいったいどこから出したんですか」
「え? 私はいつも『保存用』『観賞用』『布教用』に三本は持ってますけど……」
「…………………………すいません聖……本日はチキンカレーに変更です……」
「あらあら」
「お腹すいた~。あれ?」
次に戻ってきたのは雲居一輪であった。
先ほどまで乳白色だった鍋の汁が黄色くなっているのを見て少しだけ首をかしげたが、
村紗の隣に座るとおもむろに鍋の蓋をあけ、おひつの中に入っていた冷ご飯を放りこんだ。
「ええっ! ちょっと一輪!! なんでいきなりご飯を入れるの!」
「いやぁ私、シメの雑炊が大好きなの……星も姐さんも好きでしょ?」
「まだ食べてもいないのに勝手にシメるんじゃない!」
「雑炊って白くてモコモコしてて可愛いと思わない? 雲山みたいで」
「この雑炊は黄色いし、雲山は可愛くない!」
何気にひどい事を言う星。
ちなみに一輪のパートナーである雲山は食事をする必要が無いため、今は命蓮寺の前で門番をしている。
「ううっ…………………………すいません聖……カレーライスじゃなくてカレー雑炊になりました……」
「あらあら」
「なにやら先ほどの鍋と別物になってないかい?」
次に戻ってきたのはナズーリンであった。
「聞いてくださいナズーリン。みんなひどいんです……」
星が座ろうとしていた部下の腰にしがみ付き、泣き出しそうな顔で瞳を潤ませ訴える。
毘沙門天の代理であり、この寺の主である聖白蓮からの信仰を一身に受けるというとても偉い立場……のはずである星だったが、
どう見ても部下であるナズーリンの方がしっかりして見えるのはもはや誰もが知るところである。
「まあまあご主人。私に任せたまえ」
そう言ってナズーリンは鍋の蓋を開けた。
「ちょっと! ナズーリンあなたまで何を……」
「まあ見ていたまえよ」
と、いつも尻尾にぶら下げているカゴに手をやるナズーリン。
そこから取り出したものを鍋の中身に振りかける。
「なんと。こ、これは……」
ナズーリンが振りかけたのは粉チーズであった。
「どうだいご主人。カレー雑炊があっというまにカレーリゾットっぽく」
「うわーい。晩御飯がちょっとおしゃれに……ってちが~う!」
人生初のノリツッコミをしてしまった毘沙門天(代理)。
困ったときのナズーリン頼みだった星であったが、ここまでになってしまっては事態が好転などするはずもない。
「聖………………………………」
「あらあら」
「ぬえ~~~~っと!」
最後に戻ってきた封獣ぬえは、問答無用で鍋の中に正体不明の具を入れた。
『こらぁ!!』
これにはさすがにその場の全員(白蓮以外)が慌てた。
「そんな怒らなくてもいいじゃない。ほら、これよこれ!」
ぬえが正体不明を解除すると、それはただのグリーンピースだった。
「ほう、カレーの色に緑が映えていいね。中々やるなぁ」
「美味しそうだねえ」
ナズーリンと村紗が感心する。
「ぐ、グリーンピース!! 私がグリーンピース嫌いなのナズーリンは知ってるでしょ!」
一人だけ星が悲鳴に近い声を上げる。
「そうだっけ?」
学校とかでも何故か各クラスに一人くらいグリーンピース嫌いな人がいた気がするが、今はその話は関係ないです。
「好き嫌いしていると信仰も増えないよ、ご主人」
「ひじりぃ~~ひぃじりぃ~~!!」
「あらあら」
白蓮はとりあえず星の頭をなでなでした。
「困ったわ、どうしましょう」
「聖。どうかしましたか?」
星の頭を撫でながら白蓮が呟く。
「私も何か入れたほうがいいかしら?」
「頼むからじっとしていてください」
『いただきます』
六人で合掌。
ナズーリンがおたまを片手に自分の茶碗に雑炊をよそおうとしていると、隣に座った星が申し訳なさそうに話しかけてきた。
「え~と……ナズーリン……」
上目づかいで部下を見つめる星。
この目つきをするとき、大体そのあと何を言い出すのかナズーリンは過去の経験から察しが付いていた。
それでも結局いつも頼みごとを聞いてしまうのだから、我ながら人がいいと思うナズーリンだった。人じゃないけど。
「……ご飯食べ終わったらでいいのですが、ちょっと探してもらいたいものが……」
「さてはご主人……また無くしたんだね?」
「うっ……はい……でもでも、さっきまでは確かにあったんですよ!」
「ならその辺にあるだろうに。ちゃんと探したんだろうね?」
横目でナズーリンが上司を一瞥する。
無くしたと思っていてもきちんと探せばしかるべき場所にちゃんとあるものだ。
それも過去の経験からナズーリンは知っていた。
「もちろん探しましたよ。でもどこにも無いのです」
「では最後に置いた場所は?」
「ええと……たしかお鍋の準備をするときに邪魔だったので頭の上に……」
(なんでまたそんな所に……)
話を聞いていた全員が心の中で呟く。
もちろん今現在、寅丸星の頭の上には何も乗っていなかった。
「まあそれならきっとこの近くにあるだ……ろ……う……」
ナズーリンが土鍋の中におたまを入れると、何か固いものにあたる感触があった。
かなり大きなものである。
野菜や鶏肉の類では無いだろう。
もちろんグリーンピースでもない。
おたまが当たるたびに、カチカチと硬質な音がする。
「…………ねえご主人。……我々も勝手に色々と鍋に入れてしまって申し訳ないとは思うがね」
「え? どうかしましたか?」
部下の言葉の意味がわからずきょとんとしている星。
村紗、一輪、ぬえの三人は複雑な表情で顔を見合わせている。
そして白蓮はただ笑顔だった。
もう星が無くした物の在りかに気が付いていないのは恐らく本人だけである。
「いやぁ、さすが毘沙門天様だね。おいしいところを持って行ってくれる」
「ほんとほんと、こんな大きな土鍋を用意したのもつまりはそういう事だったとはね」
「グリーンピースとかね……もうホントすいませんでしたって感じですよ」
棒読みで星を称える村紗、一輪、ぬえ。
「え? え?」
「ほら、いい具合に煮えてるよ。美味しそうな匂いで明日からは信仰もバッチリだね」
そういってナズーリンは鍋の中からずるりと『宝塔』をすくいあげ、星の茶碗の上に乗せた。
ご飯粒まみれの宝塔には、もううっすらと黄色く色が染み付いている。
「さて、ご主人。何か言うことはないかね?」
「こ……これがほんとのカレイ臭……」
「南無三!!」
聖白蓮の鉄拳を後頭部に受けた星は、その日は晩御飯を食べることなく眠りについた。
それにしてもカレーリゾット美味しそうです.
いい雰囲気のSSありがとうございました.
黄レンジャーめ、なんて事を!!
一輪さんも地味にひどい!
ナズ、気持ち悪いからチーズ入れるのだけはヤメテ!
ナズーリンはマジでいいフォローだと思うのだが。
いろいろと残念なひじりんが素敵ww
そりゃあ、頭の上に置いたりしたら落ちるだろ。ただでさえ頭には花が咲いてるってのに。
誤字修正いたしました。
それが問題だな
ひじりんかわいい
笑って許してくれるひじりんが素敵です。
そしてカレーリゾットにするなら粉チーズよりとろけるチーズの方が