「わかって下さい。わかってもらいたいものだ」
とサラマノはいっていたが、誰一人理解したとは見えなかった。
彼も連れ去られた。
(カミュ「異邦人」より)
「結局」
幽香はひまわりの種を、何か決め兼ねているように指先で弄びながら、そう切り出した。
「動けないのよ」
「縛られてる?」
「じゃなくて」
種を口元へと運び、端整に並んだ前歯で種の端を齧り取る。
薄くて頑丈な殻に包まれていた柔い中身が露出する。灰がかった白。
「執着」
「よくわかんないよ」
「わかる必要なんてないわ」
薄い唇を上手に尖らせ中身を啄ばみ、口の中に入れてしまう。
私はその唇の形が好きだった。
「開けて」
膝枕されたまま、私は阿呆みたいに口を大きく開ける。
私の口めがけて、幽香の口から唾液がそろりと垂れてくる。
舌をとろりとしたものがぬるりと滑る感触。
絡め取られたひまわりの種。噛み砕く。うん、ジューシィ。
馬鹿馬鹿しい。
「わかりたいんだけど」
「駄目」
間抜け。
「どうして?」
「教えたら、私はあなたに飽きちゃうもの」
ひまわり畑だ。
「それでも知りたいよ」
「どうして?」
暖かい陽だまりを存分に受けることが出来るのはひまわりだけ。
「不安だから」
「寂しい?」
根元は薄暗く、湿気ている。
「かもしれない」
「なら教えてあげる」
地面は孤独なのだ。
どんなに鮮やかな花を養い、育て、慈しんでも、枯れた花の腐葉土を抱え、
凍えるしかない。
幽香は飽いた。私はへばりついたままだ。
アリスの指は細い。長い。白い。すべすべしてる。気持ちいい。とても気持ちいい。
「それで」
アリスは、足を崩した姿勢で座っている私の膝を枕に寝転び、片方だけの私の三つ編みを左の人差し指と中指で挟み、弄んでいる。
「幽香はなんて答えたの?」
指は、なにかにすがりつくように差し出され、行き場をなくして宙を掻いている。そんな風に見える。
「秘密」
「どうして?」
ベッド脇に置かれたランプの明かりを受け、アリスの顔の左側が暖かく照らされている。光の当たらない顔の右側は暗い。
アリス、憂鬱?きっと憂鬱。
「秘密だから」
アリスの青い目から、壁に備え付けられた棚に並べられた人形へと視線を逸らす。人形は天井まで規則正しく並べられていて、それは軍隊の整列を思い起こさせた。
「わけわかんない」
おもちゃの兵隊。戦争。殺戮。無秩序に生成される憂鬱の底なし沼。私と幽香。私とアリス。私と私。
幽香と幽香。
「わかる必要なんかないよ」
「ねぇ」
指の動きが止まる。
「あなたはとても残酷なことを言っているのよ」
「何が?」
視線を戻す。アリスのまぶたは閉じていた。
アリスの長い睫毛がランプの明かりに透いている。
「私たち、もう会わないべきだと思う」
「どうして?」
そう尋ねると、アリスの閉じたまぶたから涙が溢れだし、目尻を伝って私の膝の上に落ちた。
アリス、悲しい?きっと悲しい。
華奢な手が私の三つ網を握り締める。
「私は、もう二度とあなたの顔を見たくない。ただそれだけ」
膝に垂れかかっているアリスの髪を指で梳いてみる。爪で髪を傷つけないよう、用心深くさらさらと髪を梳く。とても・注意・深く・愛情、を・着飾り、ながら
「やめて」
アリス、怒ってる?きっと怒ってる。
「寝なよ。深く寝るんだ。そしてたっぷり睡眠をとっためぐりのいい頭で考えれば、私たちが二度と会わないことの無意味さに気づくことが出来るはずだよ」
アリスは、髪を梳いていた私の手を強く払いのけると、手で顔を覆って嗚咽を漏らし始めた。
それで、こう言ったんだ、確か。
「あなた、なにもわかってない。わかろうともしない」
私はなんて返したんだっけ?
忘れた?きっと忘れたんだと思う。
意味性なんか、大して意味を持たないから。
そして、私は焼き払った。
幽香の真似して放ったマスタースパークで、幽香のひまわり畑のはしっこを焦がした。
よく、憶えて、いない、と、思う、よ。
触れて。触れて。壊して。
「どうしてこんなことしたの?」
「そういう気分だったんだ」
「ようやく芽吹いたひまわりの命を、無差別に、不条理に、圧倒的に摘みとりたい、そんな気分?」
「大体あってると思うよ」
「大体」
「自分を確実に見定めることが出来るほど、人間は人間ができていないんだよ、例外なくね」
「興味ないわ」
「だろうね」
「魔理沙」
「何?」
「死んで」
「殺して」
「殺すわ」
「頼むよ」
八卦炉を握り締める。私は紳士的に挑み、紳士的に戦い、そして紳士的に死ぬのだ。
私たちはキスをした。嫌になるくらいどこまでも黒々と蒼い夏空の下で映えるひまわりのように、素敵なキスだった。
幻想は終わり、現実が底なし沼のように私を捉え、支配する。
手紙を書こうと思う。
でも言葉が見つからない。
言葉は言葉だ。私を無視する。私に出来ることは、言葉を立ち止まらせるために、感情に下卑た色彩を厚く塗りたくることくらいだ。
アリス。ねぇアリス。幽香が愛しいよ。粉々に砕け散っちゃいたいくらい、愛しいんだ。
アリス。ねぇアリス。幽香が怖いよ。怖い。怖い?怖い。怖い怖い怖い。
アリス。ねぇアリス。名前を呼ぶよ。アリス。アリス。
ありがとうありがとうみなさんありがとうわたしはとてもしあわせでしたいっぱいいっぱいすてきなきすをしてうなじをなめあってかみをなであっておへそをつつきあってつめをくわえあってわたしたちとってもとってもしあわせだったねみなさんありがとうありがとうゆうかだいすきありすだいすきありすありすありすありすありすだったうんわかってるよしあわせいっぱいありがとうありがとうありがとうゆうかありがとうありがとうさようならにどとあいたくない
私はとうとう手紙を書くことは出来なかった。
私は何も綴れないまま、幻想にすがろうと不器用に足掻いている。
<終>
私は鬱屈する。
私もそう思います。この作品に意味が見出せないので。
が、最後の文章はなんだ?
ある部分の文字はここでは不適切だ。
元気出して^q^
>5
そうですか、残念です(´・ω・)
>7
次回から気をつけます^q^
受け取り方は人次第・・・だけどもやっぱり
最後のアレだけは変えるか隠すかしないとイカロ方面に触れそうな気がする
いじっても特に支障ねぇなって思いなおしたので、修正しときました
この言葉は一見乱雑に見えてしまいますがなかなかに深いですね。
様々な疑問が残りますが文章を楽しむという意味ではとても深い作品だと思います。
感情なんてそれこそ一定ではなくこんな風に揺れ動くものだなって改めて感じました。
感慨を受けたのでこの点数です。次回作期待しています。
ありがとうございます。はしたなくも頑張りたいと思います。
>21
正直、うまくまとめきれずに空中分解しちゃった感が否めないので、そういう風に評価していただけると、なんとも恥じ入る次第です・・・orz
次回こそは、期待に応えられるだけの代物を示せたらな、と思う次第です
目に負担がかかって疲れるような印象を受けました。
二回目以降は予め視点を定めればそれぞれに味わいがあって楽しめたので、
見せ方の問題だと思います。
おそらく、原因は最初の引用文ではないでしょうか。
あれが作品に対しては俯瞰なため、ピントが余計にぼやける要因になっている気がします。
こういう作品だからこそ、最初の部分にはもっと印象深いものをおいたほうが
親切ですし、読み返しの時も気軽に外せるので邪魔にもならないのではと思います。
最初の引用文に関しては、これはむしろ最後にあったほうがいい気がします。
最後に俯瞰に戻る事で、読後感や全体を見直して読み返す切欠にもなりますし。
言葉選びや内容は好きなので、見せ方一つでここまで酷評されているのは
少々勿体無く感じました。
次回作も期待していますね。長文失礼致しました。
必要以上に読者に冷酷な文章になってしまったこと、申し訳ないと思いますorz
>27
前文の通り、読者に必要以上に冷酷な文章になってしまったので、救済処置として引用文を、と思ったのですが、おっしゃるとおり、筆者の文章に対する僭越となっている印象を受けます。読後に置く置かない以前に、置くべきではなかったと悔いる次第です・・・
ありがとうございます
読みやすいし、良作そうに感じるけど何かが引っかかってしまいます。
自分でも解りませんが、地の文を少し加えてやるのもいいんじゃないかと思います。
情景描写は一人称で書き進めている以上、お粗末になりがちなのはわかるんですけど、地の文は入れたくないんですよね~・・・絶対者が文章の中にいるってのが気に食わないんですよ。「てめー、何様のつもりだ?あ?」って書きながらムカつくんですよwww
・・・まぁ、俺が人間できてない未熟なけだものってことですかね^q^