Coolier - 新生・東方創想話

鈴仙・優曇華院・イナバの悪手

2012/01/16 04:14:13
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 その日はとてもよい天気だった。
 さめざめとした秋雨が上がり、すっかり紅葉した天狗の山は仕事で来たにもかかわらず、風の涼しさと景観の素晴らしさは随分と目の慰めになるものだった。
 今日の御用は山の大天狗への薬の配達。なんでもお酒の飲みすぎで手が震えるから、それを抑える薬らしい。
 師匠ならば慢性的なアルコール中毒を完治する薬も作れるのだけど「患者が自らの意思で酒を断つことが最高の良薬」なので,
敢えて作らないのだそうな。その後に「天狗が酒を断つことは考えられないけどね」と、ちょっと残念そうに呟いていたけど。

 さて、普段はなかなかつかまらない大天狗に無事薬を届けた時点で今日の私の仕事は終わり、夕餉の刻までの数時間をどう使おうかと思案していたところ、頭上から声を掛けられた。
 そこの綺麗な兎さん、ちょっと一局指していきませんか?と私を呼びとめたのは、カメラを提げた烏天狗だった。
 なんでも河童や天狗の対局を新聞の新企画として始めてみたら結構に評判がよく連載したにも関わらず、なかなか対局相手が見つからず困っているとのことだった。

 将棋は、月にいたころに小隊長に手ほどきを受け、少々自信がある。
折角の余暇を将棋に費やすべきか悩んだ私の背中を押したのは、烏天狗の、負けても恥じゃないですよ?の一言だった。

 よろしい、そこまで言われて引き下がるのは精神衛生上宜しくない。というわけで、申し訳なさそうな表情の白狼天狗相手に、私は平静を装いつつ、内心何か胸に湧き上がる宜しくないものを抑えつつ、久しぶりに駒を並べるのであった。          
 
 ◇◇◇

 勝負は案外あっさりとついた。62手にて私の完勝。
 予想以上にひどい負けに白狼天狗はすっかり意気消沈。烏天狗はそんな白狼天狗を全く意に介さずに、メモを見ながら譜面を再現し、
あややややや、ひどい負けでしたけどどこが悪かったんでしょうね?と悪びれもなく呟き、さらに彼女を消沈させる。

 礼を言って立ち上がると、白狼天狗は礼儀正しく頭を下げ、
烏天狗は、素晴らしい、今後ウチの新聞で解説してくれませんか?とか、とか、また暇があったら次はもっと強い指し手を用意しますので是非お願いしますね、などと矜持をくすぐる様なことを言う。

 そして去り際に受けた、今回の椛の敗因は何だったんでしょうね?との問いに気を良くした私は、一番最初の、天秤を傾けた悪手一手のみを示した。

「23手目の▲4五歩が悪手でした。あの手は性急で、多くの隙を作ってしまいました。歩兵の列の崩壊は、大きな損害をもたらすものです。実際の戦争と同じように、ね。」

 ◆◆◆

 鈴仙、あなたはなぜ今負けたのかわかるかしら?との小隊長の問いに、私は42手目に受けた王手飛車取りを示した。
 ここで飛車を取られたから、打ち込まれて負けました、と。

 彼女は優しく首を横に振り、鈴仙、それは違うわ。もっと前に王手飛車取りを受ける原因になった手があるでしょう、と呟いた。

 将棋は悪手を指した方が負けるのよ、さあ、もういちど考えてごらんなさい。と。
 その指摘に、私は盤面を戻しながら、35手目の▲3四歩を示すと、彼女は正解、と柔らかく微笑んだ。

「歩兵の列の崩壊は、大きな損害をもたらすのよ。あなたには実際にその重役をになってもらうのだから、よく理解してもらわないとね。」

 ◆◆◆

 私たちの第2小隊長は、なぜ軍にいたのかわからないほど、穏やかな女性だった。
 優しく博学で、勤務の緩な時期には私たち若手の兎にはなにかしらの教養や趣味を持たせる様に、古参の兎には家族との時間を長く取れる様に何かと配慮してくれていた。

 異民族から襲撃を受ける、辺境を守る部隊はどこもピリピリしがちなものだが、私たちの小隊は、とても穏やかだったように思える。
 今になって考えてみると、部隊こそが彼女の家であり、隊員はみな家族のように思っていたのだろう。

 私は彼女の元を逃げ出した若干の後ろめたさと、それ以上の懐かしさに、もう一度、彼女と話をしてみたいと思いつつ、東に浮かんだ上限の月を見上げ、帰路に着いた。

 ◇◇◇

 永遠亭に着くと、温かな香りが私を出迎えた。お勝手に近づくと師匠の鼻歌が聞こえてくる。
 師匠が鼻歌を歌うのは、新薬の開発に成功そうなとき、外科手術で大きな病巣が取れそうなとき、そして料理が会心の出来だったとき、の三つ。
 この状況では、いずれかは言うまでもあるまい。師匠の料理は普段から美味しいが、鼻歌まじりのときは格別である。

 なんだ、今日はとてもよい一日じゃないか。もしかしたらてゐの奴が普段の迷惑を少し反省して能力を使ったのかしら?
 ちょっと今晩いたずらされても許してやろうかしら?なんて考えつつ歩いていたところを師匠に呼び止められる。
 いわく、味見をして欲しいとのこと。私は二つ返事で引き受けることにした。

 師匠、伺いたいことがあるのですけど、と味見用の吸い物が入った椀を持ちつつ切り出した。
 姫様の教育者である師匠は、月の軍事資料にも通じていたはずだ。なぁに?との返事に、私はかつて所属していた部隊について尋ねてみた。

 その好奇心は、明らかに、明らかに最悪手だった。

 依姫様からの資料によると、と師匠は記憶を手繰り寄せる。
「○○連隊の△△大隊、第3中隊なら有名よ?戦史教範に載るくらい勇猛な働きをしたから。」
 師匠はこちらに背を向け、鍋をかき混ぜながら、呟く。
 おお、まさしく私がいた中隊ではないか。きっと小隊のみんなも一生懸命に頑張ったのだろう。はやる気持ちを抑えながら、私は続きを促した。

「そうね、あの中隊は確か、敵の不意打ちで第2小隊を壊滅させられたにも関わらず、獅子奮迅の働きで敵の大軍を押し返して、普通なら大打撃を受けるところを持ちこたえた筈ね、確か…。」
 
 ……今、第2小隊と言っただろうか?

「確か第2小隊が壊滅したのは、その夜見張りに着く筈だった兵士が逃げ出して、最小限の見張りすら残さず捜索させたことが原因だった筈ね…。」

 師匠の声が、ひどく遠く聞こえる…。

「上にはそのことを知らせずに、秘密裏に回収して説得、逃亡兵に罰が課されないように慮っての行動だったと、当時の小隊副官が軍事裁判で証言したわ…。」

 なぜ…小隊長ではなく、副官の証言だったのですか…。ようやく、掠れる喉から声を出すことができた。

「それは勿論、小隊長の××中尉は戦死したからよ。…ってうどんげ!」
 霞む意識の中、師匠の慌てた声が聞こえた。そういえば、椀の中身、味見してなかったな、などという割とどうでもよいことを最後に、私の意識は途絶えた。

 ◇◇◇

 無論、逃亡した見張りは私ではない。私が月を離れたのは休暇の際であり、役目を放棄しての逃亡ではない。
 断じて私が直接の原因ではない。しかし、私と同じ逃亡を行った誰かが、小隊を壊滅させたのだ。そう、私と同じ考えをもった誰かが。

「歩兵の列の崩壊は、大きな損害をもたらすのよ。あなたには実際にその重役をになってもらうのだから、よく理解してもらわないとね。」

 歩兵の、前衛の欠損は隊全体の生死に関わることを、私は隊長から教わり、知っていたつもりではなかったのか。
 これからの私の生涯は、私と、私と同じ考えをもった誰かが犯した罪に苛まれることになるだろう。私の過ちは、決して許されることはないのだ。
初投稿です。欝な感じのお話を考えてみようと思ったのですが、いまひとつオチが足りないように感じます。良いアドバイス等戴けますと光栄です。
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コメント



0.1400簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
これは上手
応援してます、これからもがんばってください!
いまいちオチが弱いのは、たしかにそうかなとも思うので、次はもう少し長いのも読みたいですね。
アドバイスはできませんがゴニョゴニョ
6.90過剰削除
短い気はしたけど面白かったし、何より好みな感じの話だったから満足
うどんげのこういう話は好きだぁ
10.80奇声を発する程度の能力削除
お話の雰囲気が良かったです
12.80リペヤー削除
将棋のタグでうきうきしながら開いたら……欝だ……
もうちょい長かったらもっと良かった
次作にも期待してます。
13.100名前を間違える程度の能力削除
うまい。この一言に尽きるタイトルと内容の調理法でした。
一人称ということなので、うどんげの緊張・背筋を這うような悪寒を細かく心理描写してみてはどうでしょうか。やり過ぎると中二っぽくなってしまいますが、行間を使うのも有りだと思います。そうしてしまうと、このコンパクトかつ綺麗な文体が壊れてしまう恐れがありますが・・・・・・すみません、これについては私にもどうすればいいやら。
半端なアドバイスになりましたが、気が向きましたら試してみてください。
19.80とーなす削除
鬱な感じの作品はあんまり得意じゃないのですが、読み終わっていろいろ考えさせられました。
オチが弱い、というか書きたいことだけ書いて収集できてない印象です。私としてはある種の救い的な展開が一つ最後にほしかったですし、もちろん鬱な感じにしたいとしてももうワンクッション欲しかった気がします。

それと、アドバイスというよりは純粋な疑問なのですが、鬱ものにしたいのなら何故逃げ出したのを鈴仙本人にしなかったのでしょう? そっちのほうが、永琳から話を聞かされたときに、もっと重くなるんじゃないかなーと思ったので。
20.90名前が無い程度の能力削除
オチへの進行がなめらかでした。文量も物語に見合ったものだと感じました。
初投稿でこの巧みさ、ということもあり、僭越ながらアドバイスをしてみたいと思います、
最初の将棋で得意顔をしてみたり、第二小隊の隊長の描写を丁寧にしたり、最後の事実が永琳から伝えられるのでなく、
鈴仙自身が徐々に発見していく形にすれば、鈴仙の感じた衝撃が大きく伝わると思います。
無責任を承知で考えさせていただくと、帰ってきた鈴仙が永琳と将棋を指す。
その時にできた局面が偶然、鈴仙が月を逃げ出したときの状況とそっくりになる。
一つの歩が原因で王が取られてしまう、というものが浮かびました。
しかし話が長くなることで、コンパクトさが失われてしまうのも惜しい気がします。
30.100名前が正体不明である程度の能力削除
将棋の歩兵が、伏線なんだね。
35.無評価Mpngreldog削除
コメント投稿機能に気付きませんで、お礼を申し上げるのが大変遅くなってしまいました…。
初投稿作、予想外に伸びてとても嬉しいです。目を通して下さった方々、評価して下さった方々、コメントして戴けた方々、アドバイスを戴けた方々、
本当にありがとうございます。心からの感謝を皆様に…。
しばらくの間は試行錯誤で、文体がブレブレで、戴けたアドバイスも活かしきれないとは思いますが、
もし興味を持たれましたら今後も宜しくお願い致します。
とーなすさんの質問につきましては、仰る通り、当初は鈴仙本人が逃げ出した設定でした。
しかし、自分が犯したわけではない、他者が犯した罪を自らに重ねて、単に「知らなければそれまでの」ある意味無意味に苛まれる方が、
個人的には好きな展開なので、急遽変更した次第であります。
36.無評価Mongreldog削除
20番の方のアドバイスにつきましては、ごめんなさい。実際の戦闘模様を譜面で再現できる棋力は私にはありませんで…orz
長いSSにつきましては、いずれ前向きに取り組む予定です。文章構成能力がないのでひどいことになりそうですが…。
それでは、皆様に重ね重ねの感謝を…。
39.90愚迂多良童子削除
薄墨から遡ってきてみたが、やはり文章が良い。
ただ、尻切れ蜻蛉で終わってしまったのが勿体無い。ここからの優曇華院の展望を見たかった。或いはなにかしらのカタルシスがあれば。
40.無評価Mongreldog削除
愚迂多楽童子さん。薄墨桜に引き続き、お目通し及び評価して頂き、誠にありがとうございます。本作については、鈴仙の救済迄を含めて数章立てで描く積もりであり、その第一章といった構想です。
遅筆のため、何時になるかは解りませんが…、もし覚えていらっしゃいましたら、またご一読下さいな。