どうやら、庭でパーティが行われているようだ。ガヤガヤという雑踏の話声が聞こえるから、それなりに人が集まっているらしい。私はパーティが嫌いだけど。あいつと話すのが、何となく気恥ずかしいから。
でも、楽しそうだったから行くことにする。パーティだからといって、誰かと話さないといけない決まりも無いだろう。ただ礼儀として、パーティに出席するにはアルコールが必要だ。キッチンに立ち、小さなグラス、レモン、砂糖、安そうなブランデーを取り出す。別に、ニコラシカに使うブランデーは高くなくてもいい。私はただ、砂糖とレモンを噛みたいだけだ。
レモンを胸に当て、ペティナイフで輪切りにする。服が少しだけ切れた。私はレモンを置き、ブランデーをグラスに注いだ。レモンでグラスに蓋をして、砂糖をのせる。パーティに行こう。
窓を開け、館の外に出る。話声がより鮮明に聞こえた。出来るだけ見つからないようにして、木陰に移動する。
──あいつは、何処かしら?
探してみると、あっさりと見つかった。今はパチュリーと何か話しているようだ。くすくすと、あいつだけが笑っている。
──なぁんだ。
なら、今話し掛けるのは止めておこう。どうせ話の種もないのだから。私は木の根元に腰掛け、砂糖がのったレモンを手に持った。包むようにしながら口に入れ、すかさず皮を口から取り出す。ゆっくりと、レモンに包まれた砂糖を噛む。まず、刺すようなレモンの酸味があった。次いで、砂糖の甘味。すこし砂糖が多すぎたかもしれない。そして、ブランデーを口に入れる。
──ふぅ。
なんとなく、人心地ついた気になった。後ろの木に凭れかかる。いつの間にか、横の方に女が座っていた。いったい、何時からいたのだろう。
──今日はハレの日だって言うから来てみたの。
独り言のように、女が云った。
──貴女、海を見たことある?
今度こそ、私に向けられた言葉だった。なんてことのない質問だ。
──あるわよ。
──その海に鯨はいた?
──多分いたんじゃないかしら。
なにしろ、海を見たのなんてかなり前の話だ。そこに鯨がいたかどうかなんて、覚えていない。
──鯨について、知ったかぶりの話をしてもいい?
──どうぞ。
女は唐突にそんなことを云った。鯨の話なんて興味無かったけど、暇だったから聴くことにした。
──生物は全員、海から出てきたよね。といっても、私達は違うけど。それでね、鯨の祖先は海から出てきたのに、また海に戻っていったんだよ。
それは知っている。まぁ、鯨が哺乳類である点から思いつくだろうが。
──でも、何で海に戻ったんだろうね?ねぇ、何でだと思う?
その質問はあまりにも妙な角度から投げられた。鯨の祖先がなぜ海に戻ったか。そんなこと、考えても解りっこないだろう。ただまぁ、話を聴いたのは私なので、一応考えてみる。
──...まぁ、陸だと餌が足りなかったとかじゃない?
──そうかもしれない。
ろくに聞きもせず、そんな事を云う女。どうせ、こいつの中では既にロジックが固まっているのだろう。
──貴女はどう考えるの?
──きっとね、故郷に帰りたかったんだと思うよ。
それだけ云って、沈黙する女。まさか鯨の祖先が海に帰った理由が、望郷の念にかられたからだとは思わなかった。知ったことではないけれど。
──それで、貴女は誰なの?
ここでようやく、私は女について尋ねた。ちゃんと答えるのか不安ではあったが。
──古明地こいし。盲目の覚妖怪だよー。
──そう。
たしか、覚妖怪は第三の目でもって心を読むという。その第三の目を失った、という事だろうか。体をのりだして見てみると、その瞼は確かに塞がっていた。
──だから、私はルドルフなの。
その己惚れたような言葉に、私は失笑した。まさか、自分の閉じた瞳が夜道を照らせるとでも思っているのか。
──ミラのニコラオスもいないのに。
──今はね。
そこで、いったん私達の会話は途切れた。こいしは席を離れ、何処かに去っていった。
こいしがいなくなって、私は立ち上がった。もう、部屋に戻ろうかと思ったから。だけど、こいしは戻ってきた。その両手にカクテルグラスを持って。
──あと少しだけ、飲みましょう?
その言葉とともに、差し出されるカクテルグラス。2オンスのぎりぎりまで注がれたそれは、淡い紅をたたえている。スカーレット·レディ。
──...君知るや 彼の国
ふと、自分でも思わないままにそんなことを云っていた。こいしはふっと笑って、
──檸檬の木は花咲く 暗き林の中に
──黄金色のシトロンは 枝もたわわに実り
──青く晴れし空より 涼やかに風吹き
──ミルテの木は静かに ロウレルの木は高く
──雲に聳えて立てる その国を
──彼方へ 君と共に行かまし
続きをすらすらと暗読した。私は呆気に取られたまま、二の句が継げなかった。こいしは私の手をとって、カクテルグラスを握らせた。
──私はルドルフ、貴女は鯨。それを覚えていてね。
私はしばらく、こいしの言葉が理解できなかった。仕方なく、スカーレット·レディを一口飲んだ。
なんだか変な気持ちだ。私がしてやられたのは、初めてだからだろう。まだたっぷりと残っている淡紅を見ていると、あいつの所に行こうと思った。
──お姉様、一緒に飲まない?
──いいわよ。
お姉様はそう云って、くすっと笑った。
でも、楽しそうだったから行くことにする。パーティだからといって、誰かと話さないといけない決まりも無いだろう。ただ礼儀として、パーティに出席するにはアルコールが必要だ。キッチンに立ち、小さなグラス、レモン、砂糖、安そうなブランデーを取り出す。別に、ニコラシカに使うブランデーは高くなくてもいい。私はただ、砂糖とレモンを噛みたいだけだ。
レモンを胸に当て、ペティナイフで輪切りにする。服が少しだけ切れた。私はレモンを置き、ブランデーをグラスに注いだ。レモンでグラスに蓋をして、砂糖をのせる。パーティに行こう。
窓を開け、館の外に出る。話声がより鮮明に聞こえた。出来るだけ見つからないようにして、木陰に移動する。
──あいつは、何処かしら?
探してみると、あっさりと見つかった。今はパチュリーと何か話しているようだ。くすくすと、あいつだけが笑っている。
──なぁんだ。
なら、今話し掛けるのは止めておこう。どうせ話の種もないのだから。私は木の根元に腰掛け、砂糖がのったレモンを手に持った。包むようにしながら口に入れ、すかさず皮を口から取り出す。ゆっくりと、レモンに包まれた砂糖を噛む。まず、刺すようなレモンの酸味があった。次いで、砂糖の甘味。すこし砂糖が多すぎたかもしれない。そして、ブランデーを口に入れる。
──ふぅ。
なんとなく、人心地ついた気になった。後ろの木に凭れかかる。いつの間にか、横の方に女が座っていた。いったい、何時からいたのだろう。
──今日はハレの日だって言うから来てみたの。
独り言のように、女が云った。
──貴女、海を見たことある?
今度こそ、私に向けられた言葉だった。なんてことのない質問だ。
──あるわよ。
──その海に鯨はいた?
──多分いたんじゃないかしら。
なにしろ、海を見たのなんてかなり前の話だ。そこに鯨がいたかどうかなんて、覚えていない。
──鯨について、知ったかぶりの話をしてもいい?
──どうぞ。
女は唐突にそんなことを云った。鯨の話なんて興味無かったけど、暇だったから聴くことにした。
──生物は全員、海から出てきたよね。といっても、私達は違うけど。それでね、鯨の祖先は海から出てきたのに、また海に戻っていったんだよ。
それは知っている。まぁ、鯨が哺乳類である点から思いつくだろうが。
──でも、何で海に戻ったんだろうね?ねぇ、何でだと思う?
その質問はあまりにも妙な角度から投げられた。鯨の祖先がなぜ海に戻ったか。そんなこと、考えても解りっこないだろう。ただまぁ、話を聴いたのは私なので、一応考えてみる。
──...まぁ、陸だと餌が足りなかったとかじゃない?
──そうかもしれない。
ろくに聞きもせず、そんな事を云う女。どうせ、こいつの中では既にロジックが固まっているのだろう。
──貴女はどう考えるの?
──きっとね、故郷に帰りたかったんだと思うよ。
それだけ云って、沈黙する女。まさか鯨の祖先が海に帰った理由が、望郷の念にかられたからだとは思わなかった。知ったことではないけれど。
──それで、貴女は誰なの?
ここでようやく、私は女について尋ねた。ちゃんと答えるのか不安ではあったが。
──古明地こいし。盲目の覚妖怪だよー。
──そう。
たしか、覚妖怪は第三の目でもって心を読むという。その第三の目を失った、という事だろうか。体をのりだして見てみると、その瞼は確かに塞がっていた。
──だから、私はルドルフなの。
その己惚れたような言葉に、私は失笑した。まさか、自分の閉じた瞳が夜道を照らせるとでも思っているのか。
──ミラのニコラオスもいないのに。
──今はね。
そこで、いったん私達の会話は途切れた。こいしは席を離れ、何処かに去っていった。
こいしがいなくなって、私は立ち上がった。もう、部屋に戻ろうかと思ったから。だけど、こいしは戻ってきた。その両手にカクテルグラスを持って。
──あと少しだけ、飲みましょう?
その言葉とともに、差し出されるカクテルグラス。2オンスのぎりぎりまで注がれたそれは、淡い紅をたたえている。スカーレット·レディ。
──...君知るや 彼の国
ふと、自分でも思わないままにそんなことを云っていた。こいしはふっと笑って、
──檸檬の木は花咲く 暗き林の中に
──黄金色のシトロンは 枝もたわわに実り
──青く晴れし空より 涼やかに風吹き
──ミルテの木は静かに ロウレルの木は高く
──雲に聳えて立てる その国を
──彼方へ 君と共に行かまし
続きをすらすらと暗読した。私は呆気に取られたまま、二の句が継げなかった。こいしは私の手をとって、カクテルグラスを握らせた。
──私はルドルフ、貴女は鯨。それを覚えていてね。
私はしばらく、こいしの言葉が理解できなかった。仕方なく、スカーレット·レディを一口飲んだ。
なんだか変な気持ちだ。私がしてやられたのは、初めてだからだろう。まだたっぷりと残っている淡紅を見ていると、あいつの所に行こうと思った。
──お姉様、一緒に飲まない?
──いいわよ。
お姉様はそう云って、くすっと笑った。
やはりこいしはよくわからないことこそが魅力なのかも知れぬ。
無理してるわけでも背伸びしているわけでもなく、自然体でお酒をたしなんでいるフランさんがおしゃれで素敵でした
こいしとフランドールの聡明さよ。二人の会話が理解出来ないのになんともかっこいい。
フランドールがしてやられたのが可愛くってしょうがない。
冒頭のショートカクテルやクジラの大進化など、フランちゃんの聡明さも隠す事無く表現されていて本当に綺麗だったという感想しか抱けません。
ラストの詩歌が何かの引用かそうでないかすら分からないこのもやもやが自分の中に残り続けそうな点も払拭出来る程の雰囲気の良さでした。ありがとうございます。