神は欲していた。
新たな地が必要だ。
それは未開で、偏っていて、そして閉鎖的であればあるほどよい。
そう、いつだったか伝え聞いた、結界に囲まれた地、幻想郷。あの場所ならきっと。
神は悩んでいた。
社とその周辺ごと消えうせた諏訪の二柱。
彼女たちのように上手くは渡れないだろう。
自分は信仰こそ底をついてはいないものの、神としての力量は到底彼女達には及ばない。
結界膜や封鎖などを破るのは自分の特に得意とするところではある。
しかし信仰の減り続けている今、無理をすれば力のほとんどを失ってしまうかもしれない。
神は考えて、欲して、悩んで―――そして選択した。
「博麗神社に新しいご神体が来たんだってさー」
守矢の朝食は賑やかだ。
ここで朝食は、とわざわざ言ったのはもちろん理由がある。
昼は諏訪子が山の探検と称して出かけていってしまうし、夜は神奈子が天狗のところに飲みに行ってしまって不在なことが多いからだ。
毎晩ベロンベロンに酔っ払って帰ってきては、仕入れた天狗産のガセネタやら河童産のガセネタやらを披露する亭主の話を聞くのが守矢家の朝食定例行事である。
しかしてそんな亭主関白な守矢家に、本日最初の話題をもたらしたのは珍しく諏訪子であった。
「来た、ってどういうことですか?私達みたいに外から来たんでしょうか?」
「新聞とどけに来た文が言ってたんだけどね。くわしくは新聞よんでくれってさ」
「へぇ。昨日の天狗の宴ん時には話にあがらなかったんだけどねぇ。諏訪子、読んでみてくれるかい」
「ほい」
チラシやらを掻き分け、ガサゴソと新聞を捜す諏訪子。
天狗から直接情報を仕入れることのできる守矢家においては新聞の価値は限りなく低く、このように放置されることも珍しくは無い。
ようやくチラシの底に放置してあった新聞を発見し、その一面を読み始める諏訪子。
「えーーっと。……つーき……えーる……」
「ありゃ、まだ漢字ダメかい」
「んー、ダメだねー。もちっと信仰いるかなー」
信仰とは神にとって必要不可欠なものである。
神単一として能力が低い者も、多大な信仰を得ることでその力を何倍にすることもできるし、逆にどれだけ能力の高い者も信仰無くしては自分の真価を発揮することはできない。
外の世界で長年神奈子の影として暮らしてきた諏訪子は、その能力の大部分を失っていた。
具体的な症状としては、身長が縮んだ、漢字が読めない、分数の計算ができない、夏休みの宿題は8月最後の週にならないとできない、コーヒーには角砂糖3つとミルクをたっぷり、スクール水着がよく似合う、はだかランドセルがマジで犯罪、等である。
かつて神奈子と戦った頃の信仰に溢れた姿、ボンキュッボンのナイスバディを今の姿から想像できる者はいるだろうか。
間違いなく誰しもがノーと答えるだろう。
「んじゃ早苗、読んでやりな」
「はい。えーっと……『傷つき迷えるご神体、博麗神社にて保護』
――本日未明、博麗大結界の異変を感じたY・Yさん(****歳)が現場へスキマを開いたところ、一柱のご神体が倒れているのを発見し、119番通報した。
駆けつけた月の医者の話によると、急激な信仰失調のため、人格……もとい神格を失っており、至急いずれれかの神域への入院が必要と診断された。
ご神体はそのまま最寄りの博麗神社へと搬送された。
うわ言のように『帰省……帰省が……』などと呟いており、年末年始などの休日に田舎に帰省するという外の風習により一時的に信仰不足となった都心在住の神と思われる。
なお、異変の感じられた博麗大結界には半径40cmほどの穴が開いており、ご神体の意識が戻り次第事情を聞く予定。
記者は残念ながら神の姿を見ることは適わなかったが、事件収集に当たった博麗の巫女からのコメントを入手した。
「この神は間違いなく幻想郷最大の社会問題を完全に解決するだろう。そしてそれとともに私の懐事情も完全に解決するに違いない」
興奮ながらに語った巫女はまた、週末に差し掛かるあたりには神格を多少取り戻すとも情報を寄せてくれた。
それに合わせて祭りを開くそうなので、お祭り好きな読者の方々は週末を大いに期待するといいだろう。
注)第一発見者の個妖情報保護のため一部モザイクがかけてあります
……ということらしいです」
「なるほどねぇ、無理やりこっちに入ってきたってわけかい」
「それで力を使い果たしてしまったってことですか?」
「それもあるだろうけど、一番はやっぱり信仰不足さ。自分を知ってる人間が誰もいない土地に移るわけだからねぇ。一時的とはいえ信仰がゼロになるわけさ」
「あれ……でも私達の時は」
「いたじゃないか、知ってる人間がさ」
「私たちは三人組だったからねー」
そこまで言われてようやく自分の存在に気が付く早苗。
「でも最初はお二人で行こうと」
「最初はねー。ホント一か八か、って感じだったよねー」
「アンタはゴールドクロス着てればなんとかなるとか言ってたじゃないか……」
「神奈子だってそれでもダメそうだったらきっとアテナの血でエリシオンにたどりつけるだろうって言ってたじゃん!」
両頬をぷくりと膨らませて抗議する諏訪子。
まさにカエルのようですね、とは以前この顔を見た文の談だ。
早苗は既に傍観者の立ち位置へと一歩下がっている。いつものが始まったなぁ、と苦笑するばかりだ。
「諏訪子ッ!早苗の前では言わない約束だったろうっ!」
「かくしたって早苗も知ってるよ!押入れの中に何冊もドラゴン×ヒドラ本がねむってるってさ!ヒドラはともかくドラゴンは蛇じゃないでしょ!」
「嫌だねぇこれだから!カエル座のセイントがいないからって嫉妬して!この青木!カエルパンチ!」
「誰がしっとするかっ!あんな早苗のじょーしょー……じょーそーきょーいくに悪い物ばっかあつめてっ!」
「情操教育も言えないお子様がよく言うよ!」
シャーッ!と舌を出して威嚇する神奈子に、ぷんすか真っ赤になって頭に血を上らせる諏訪子。
毎朝のように行われるこの喧嘩も、昼にはケロっとした顔で諏訪子が話しかけ、神奈子も特に気にした顔一つせずに対応して簡単に終わってしまう。
そんな二人の関係が、いつも傍観者の立場で見ている早苗からしてみれば少しうらやましくもあり、そしてそこの間に入っていけないことが寂しくもあった。
でも今日は。
無理を言って二人に着いてきてしまったかもしれないとずっと思ってきた。
でも、三人組だと言ってくれた。二柱の神と、それに着いてきた一人の巫女ではなくて、三人。
今日なら言えるかもしれない。そんな思いが早苗を突き動かした。
「私は……」
「私は、キャンサー×ドラゴンだと思います!」
場が凍った。
「パチュリー様、例のご神体ですが、予定通り週末には目を覚ますそうです」
「そう……いよいよね」
紅魔館の誇る大図書館にて話すは、図書館の主、パチュリー・ノーレッジと司書の小悪魔。
図書館特有の本の匂いと静謐なる空気の中、二人は影に潜むようにして密談を交わしていた。
「門番には?」
「話を通してあります」
「よく許可したわね、あの美鈴が」
「いえ、それが存外にすんなりいきまして。以前外にいた頃にアレを見たことがあったそうです。参加もしたそうで」
「なるほど……バカ騒ぎは好きだものね、彼女」
「霊夢から話を聞いた時はパチュリー様は魂抜けるほどびっくりしてましたよね」
「アレは西洋育ちじゃ目にする機会は全くないものね……文献で見るだけじゃあの迫力はわからないし、いつかそっち方面も実践の必要があるわね」
「なんだパチュリー様100年以上生きててまだおぼ…」
ボコォッ、という音がして小悪魔の顔面が陥没する。かつて神心会のリーサルウェポンとやらに習った必殺の正拳突きだ。
「それ以上言ったら殴るわよ」
「もう殴っ…「あなたは次に『もう殴ってますよね』と言う」…てますよね、……ハッ!?」
「ズームパンチ!」
それは世代が違う、とツッコミたい小悪魔だった。
「まぁ、計画通り準備を進めて頂戴、貴方にしてみればこれ以上ない最高のイベントでしょう」
「もっちろんです!博麗神社からここまでのルート、途中街を通る際の警備まで配備させていただきます!小悪魔のナニかけて!」
「ナニがおかしい気がするけれどまぁいいわ。私の方は咲夜をなんとかするから」
霊夢からもたらされたこの計画の最大の障害。それがこの館の主レミリアであった。
とは言え、パチュリーの口車を持ってすれば吸血鬼の一人や二人、なんとでも言いくるめることができるだろう。
だがその側に仕える従者、メイド長十六夜咲夜。まさにパーフェクトなスペックを誇る彼女が立ちふさがる。
あのメイド長のスペックと比べれば、かの北斗有情破顔ビームの人でもあばれうしどりクラスのモンスターにすぎないだろう。咲夜が負けているのは胸板くらいということだ。
とにかくあれをなんとかしなくてはいけない。それができなければこの計画も、週末の祭りも、外から来たという神の存在すらも、全て水泡に帰してしまうだろう。
久方ぶりに己の両肩にかかる使命の重さが、パチュリーにはどことなく心地よかった。
その使命の重さよりもさらに重い腰を上げ、パチュリーは歩き出す。目的地はレミリアの部屋だ。
その道すがら、パチュリーは先日の巫女の言葉を思い出していた。
――この計画が成就すれば、幻想郷最大の社会問題が解決できる――
まったく大きく出たものよね、と呟いたパチュリーの顔は、その口調とは裏腹に笑みを浮かべていた。
幻想郷の社会問題、それは男女間比率の偏在、そしてそれに伴う少子化である。
吸血鬼や鬼のように、女性しか存在しない種が幻想郷には多数存在する。
そういった種は己の寿命の長さ故に、いつか種を同じくする雄性が幻想郷入りしてくると楽観視する者が非常に多い。
また、永遠を生きる故に、まさはそれに準じた長さの生を持つために、子を残すことに全く興味がない者も幾許かいる。
しかし現在の幻想郷が女性ばかりである理由を考えれば、外からの雄性を期待するのは無理そうなものだった。
かつて幻想郷が生まれた時、自らの誇りを旨として人間とひたすら戦い続けてきた雄性達は、幻想郷入りすることを逃げだと捉えた。
人を食らって生きる自分たちが、人から逃れるなどあってはならない。
そう言って残り、戦っていった者達は皆滅ぼされてしまい、かくして幻想郷にはいくらかの雄性と、少なくはない数の雌性がもたらされた。
天狗や人間のように多くの雄性を抱えた種は一つの社会を形成し発展していった。
そうではない種は淘汰されることこそないものの、種としてではなく個としての生活を余儀なくされた。
ずっと先の話にはなるだろうが、おそらく紅魔館の血筋も途絶えることになるだろう、とパチュリーは考えている。
外の世界でさえ絶滅寸前で、同種を見かけることのほとんど無かった吸血種の雄性なのだ。
そんな存在がたまたま幻想郷入りし、そしてそれがレミリアのお眼鏡に叶って子を成す。これを天文学的確率と言わずしてなんと言うのか。
外の世界で多少なりとも親交のあったレミリアの知己に『売りー!』だの『瓜ー!』だのやたら叫んでいた後天性吸血鬼がいたが、あれも既に滅ぼされていることだろう。
レミリアと契れば良い子を成すと思っていたのだが、それももう今では詮無き事だ。
長い廊下も終わりを迎え、ようやくレミリアの私室へと着いたパチュリー。
「咲夜」
「どうかされましたか、パチュリー様」
音もなく刹那のうちに現れるメイド長。この館ではそれに驚く者は既にいない。
「この廊下は少し長すぎるわ。もう少し縮めておいて頂戴」
「善処いたします」
「お願いね。それとこれからレミィとしばらく話すから紅茶とコーヒーを1杯ずつ」
「紅茶2杯かコーヒー2杯の方が楽なのですけれどね」
「大人の女はコーヒーを飲むものよ。レミィみたいなお子様と違って」
「そんな大人のパチュリー様は砂糖とミルクはどうされますか?」
「角砂糖3つにミルク満載でお願い」
「承りました、それではまた」
現れた時同様に音もなく消える咲夜。
時間を操るとはまったく便利なものだ、とパチュリーはそこまで思ったところで、今更ながらにかつての知己の能力に気が付いた。
――相手が階段を一段登ったところでわざわざ時を止めて二段下まで降ろすとは。わりとマメな男だったのかしらね。
そういえば自分の半生が漫画になったとか言って飛び上がっていた時も――
パチュリーは軽く首を振り、自己の内側に生まれた懐古の情を振り切るとドアノブへと手をかけた。
――あぁ全く。この廊下は本当に長すぎる。懐古の情念など人間にでも任せておけばいい。私は魔女。
魔女とは己の目的のためにひたすら前に進み続ける者。己の目的だけのために生きる者。己の目的のために他を省みぬ者――
「入るわよ、レミィ」
――そう。魔女は退かぬ、媚びぬ、省みぬ――
「うまくやってるかしらね、今頃」
霊夢がパチュリーに頼んだ仕事は二つ。
門番を仲間に組み入れること。祭りの際にレミリア達を紅魔館から引き離すこと。それだけだ。
それだけのはずだったのに、小悪魔がノリノリだったおかげでその他雑用まで頼まれてくれたのは嬉しい誤算だった。
レミリアの好きなわたがし食べ放題。興味を引くかどうかはわからないが金魚釣りに射的。店主のルックスもイケメンだ。
そして最近幻想郷入りしてきた仮面海苔ダーとやらのヒーローショー。
ディケイドに呼ばれなかったのが悔しかったとかなんとか言っていた。
霊夢にはさっぱりわからなかったが、まぁ目を引くことには引くだろう。
これだけの準備を重ねるのも、幻想郷中の信仰を一身に集めるためだ。
あの紫ですら認めざるを得なかったこの神ならば間違いなくそれを成せる、そう霊夢は確信している。
山の上の神が妨害に来ることも考えられる。パチュリー達との打ち合わせではそれについても懸念されていた。
ちょうど霊夢があの二柱のところへ乗り込んで行った時の逆だが、はっきり言って問題にもならない。
今にも目を覚まさんと脈動する目の前のご神体を霊夢は見る。そして思う。この神に集まる信仰は、瞬く間に乱入した二柱を打ち倒すだろう、と。
霊夢は心の底からザマミロ&スカッとサワヤカの笑いが止まらずに、布団の上を転げまわった。
賽銭が入ってきたら何を買おうか、それだけが霊夢の頭を占めていた。
――まずはご飯よね、これは必須……だけど霖之助さんのところでツケでもらっていけばいいわね。タダだし。
新しい巫女服かしら。これも別に霖之助さんのところでいいわね。タダだし。
最近こっちに入ってきた漫画でも買おうかしら。紅魔館とかでは流行ってるらしいのよね。でも別に霖之助さんのとこのだし問題無いわね。タダだし――
ウフフ、エヘヘなどと笑いながら霖之助の名を呼び、枕を抱いて布団で転がり回る霊夢をこれ以上見るに耐えられず、魔理沙はあふれ出る涙を抑えてそっと障子を閉めた。
そして当日。
「じゃあパチェ、行ってくるわよ」
「行ってくるね!」
紅魔館の正門前にて、咲夜の日傘にその身を任せるは二人の吸血鬼。
喜色満面のフランドール。妹の付き添いというスタンスを崩さずも、明らかに楽しみなのが見て取れるレミリア。
それを見送るのは留守を預かるパチュリーだった。
「えぇ、楽しんでらっしゃい」
「何かお土産に買ってきますわ」
「気にしなくて結構よ、今日は完全に紅魔館のことは忘れててもらっていいわ」
――そう、今日一日は完全にね――
心の中でほくそ笑むパチュリーを尻目に、遠ざかって行く三人の影。
見送るパチュリーの背後から、一人の人影が現れる。
「出番ですね!」
「待ってたわよ美鈴。門を固く閉じなさい! そう――貝の如くよ!!」
誰が言ったかせっかくの祭りだから道中を楽しみましょう、と飛ぶことなく歩き続けること十数分。
神社はもう少しのところまできていた。
レミリアは逸る気持ちを抑えきれずに、フランドールに向き直った。
「あぁそういえばフラン。あなたは神輿というものを知っているのかしら?」
「……?お姉さま、今なんて? みこ……し?」
何故か突然緊張の走ったフランドールの顔を見据え、レミリアは再度言い直した。
「そう、神輿、みこし。神を奉るためのものなのよ」
「神様を奉るためのみこし―――巫女死!? そんなの絶対ダメ!」
「フ、フラン!?」
明らかに勘違いしているその様子に気が付かず、突如叫びだしたフランドールに慌てるばかりのレミリア。
こんな時こそ頼れるメイド長は『まさかあれは巫女死! 知っておるのか雷電ーーーッ! 古代中国において巫女の命とは……~民明書房刊~』などと一人で呟いていた。
「その……フラン?神輿って言うのはね?」
「お姉さま聞いて、命は一つしかないのよ! その重さが分からない人に用はないわ!」
レミリアの言葉にも聞く耳持たず、そういってフランドールは二人を置いて走り去っていった。
完全に置いてゆかれたレミリアには、走れぇぇぇぇえウィードォォォォオ、と流れる銀牙伝説のサビがはっきりと聞こえた。
「……! 何をしているの咲夜! 早く追うわよ!」
咲夜は既に2番のAメロに突入していた。
ポカリ、という小気味のいい音が野原にこだました。
フランドールは走った。走りに走った。
吸血鬼の天敵である日光を避けるために懸命に森の中、影の濃い道を選んだ結果、フランドールが辿り着いたのは博麗神社の本殿前、広場の真横であった。
そこにあったのはフランドールが見たことも無い数の人の群れ。
ふわふわしたお菓子や見たこと無い食べ物を売る店と、鉄板で焼かれる何かの香ばしい匂いと、そしてそこにいる誰もが楽しそうに笑いあう喧騒だった。
フランドールはその光景に、何故だか自分の胸が締め付けられるかのような思いを感じた。
お菓子を食べながら肩車している父と子。
友達同士で連れ添って楽しそうに走り回っている子供たち。
同じ柄の浴衣を着て笑いあう姉妹。
そのどれもが自分の持っていないものだったから。
そのかわりに自分に与えられたのは495年の孤独と、欲しくも無かった力だけだったから。
「だからかな。こんなに胸が痛いのは」
「妹様」
後ろからふいに自分の体に回された両手を、フランドールは当然のように受け入れた。
「妹様には私を始め紅魔館の住民達や、お友達の黒猫や湖の妖精達、こうして外に出るきっかけをくれた霊夢に魔理沙、それにお嬢様がいらっしゃるじゃありませんか」
紅魔館の住民達。
いつも一緒に本を読んでくれるパチュリー。
妙なセレクトも多いがお勧めの本を探してくれる小悪魔。
誰かとケンカした時いつも相談に乗ってくれる美鈴。
今だってそうだし、どんな時も力になってくれる咲夜。
友達。
スキマのおば……お姉さんと一緒に外の世界へと連れ出してくれた橙。
初めて友達だって言ってくれたチルノ。
きっかけをくれた人たち。
いつも食べ物を漁りに来るフリをして様子を見に来てくれる霊夢。フリじゃないかもしれないけど。
退屈しないようにと新しい魔法を身につけては遊びにきてくれる魔理沙。キノコの実験台にされているだけだとは信じたくない。
肉親。
お姉様。……お姉様。
頭によぎっては消えて行く顔たち。
内側の世界はみんなが優しくて、互いに思いあっている家族達だった。
外側の世界は何もかもが新しくて、楽しくて、ピカピカの宝物だった。
「でも」
「でも?」
フランドールに回された咲夜の両腕が、一層強くその華奢な体を抱きしめた。
「霊夢も魔理沙も咲夜も人間。チルノは妖精としてはすごい特殊で不安定なんだって言ってた」
「パチュリーも小悪魔も美鈴も橙もどれくらい寿命があるのかわからない」
「どうしてみんな死んじゃうのかな」
「どうしてみんなずっと一緒じゃいられないのかな」
咲夜は心の中でずっと泣いていた。
悲しみからでも、フランドールへの同情からでもなく、まぎれもなく喜びから泣いていた。
これがつい最近まで死の概念すらわからなかった子供だろうか。
命とは何か、図書館で辞書を借りてくるなどと言っていた子供だろうか。
フランドールは確かに成長している。
春の息吹に植物が芽吹くように、夏の日差しが葉を育てるように。
「妹様、座りましょうか」
「うん……」
フランドールの両脇に腕を伸ばしたまま、ストン、と地面に座り込む咲夜。
正座した膝の上にフランドールを乗せ、その矮躯をしっかりと抱きしめる。
フランドールは咲夜や美鈴にこうやって抱きしめられるのが好きだった。
もはやほとんど覚えてもいない両親に、いつだったかこうやってされた記憶がおぼろげながら残っていた。
「妹様、人はいつか死んでしまいます」
「いえ、人だけではありません。動物も、妖怪も、神も、そしてもちろん吸血鬼も。いつかは死んでしまいます」
吸血鬼も、という単語にピクリと反応するフランドール。
咲夜は両手にこめる力を少し弱めて、けれど確かに気持ちが伝わるように、優しくフランドールを抱いた。
「だからこそ命はとても大切だ、と妹様は学ばれました」
コクリ、というフランドールの首の動きを返事代わりに、話を進めて行く咲夜。
「では、いつかは死んでしまう皆が何のために生きているのか、妹様はわかりますか?」
しばらくの沈黙の後返って来た、弱々しく首を振るその動き。
咲夜はフランドールの小さな頭を胸に抱え、答えた。
「私にもわかりません」
「……はゃ?」
予想外の返答に困惑するフランドール。
つい変な声を漏らしてしまったことも忘れ、フランドールは己の疑問を正直にぶつけた。
「どういうこと?」
「こればかりはきっと誰にもわからないのです、妹様」
――100年しか生きられない人間も、500年生きた吸血鬼も、永遠に生きるという蓬莱人も、皆そうやって悩んで生きているのです。
そしてわからないからこそ。いつか自分が死ぬ時に、わからないなりにできることをやったんだ、と言えるように懸命に生きているのです。
自分が何のために生きているのか最初から分かっていたとしたらどうでしょうか。きっとその人生はそれだけのために費やされてしまうでしょう。
懸命に生きて、働いて、喧嘩して、近道して、遠回りして、愛して、愛されて、子を生んで育んで、そして育てた子に自分は頑張ったんだと言って胸を張って死ねるように。
そのために生きているんです――
まぁ、こういう考え方は私だけかもしれませんけれどね、と咲夜は付け加えた。
「妹様のご両親は自分は死んでしまうと泣いていましたか?」
ブンブン、と大きく首を振るフランドール。
「お嬢様や妹様を置いて先にいなくなってしまうと嘆いていましたか?」
ブンブン。
「妹様の記憶の中のご両親は――笑っていますか?」
うん。
「それが答えです、妹様」
うん。
無言の時間が二人を支配していた。
二人の間を伝わる体温と、二人の鼓動だけが静かに時を刻んでいた。
「咲夜もいつか子供を生む?」
「ん、そう……ですね。いつかは、とは思っていますが」
「そっかぁ」
「妹様にもいつかいいお相手が見つかるといいですね」
「……うん。難しいかもしれないけど、私も子供を育ててみたい。お父様とお母様がしてくれたみたいに。お姉様は色々口出ししそうだけど」
「大丈夫ですよ、妹様なら。いいお相手ができればお嬢様だって認めてくれますよ」
「――だが断る」
「ッ! お姉様ッ?」
突如背後から現れたレミリアに飛び上がって驚くフランドール。
「このレミリア・スカーレットが最も好きな事のひとつは――妹にプロポーズしてきたやつに『NO』と断ってやる事だァーーッ!」
「お姉さま! もうっ!」
「そして咲夜ッ! いつの間にいなくなっていたの! 思い切り迷ったでしょう!」
「お嬢様が『さっがっそうっぜ!フーランドールッ!』とか歌ったり『ちびまる子ちゃんでやってた』とか言って後ろ向きで坂を登ってたあたりですが」
「そう、それよ、全然楽にならなかったわ……全くあのタマネギ、今度会ったら家を燃やしてやるから」
「『永沢の家ならとっくに火の海である』とでも突っ込んでおけばよろしいでしょうか?」
「キートンの声マネ妙に上手いわね、どうでもいいけど」
「そうですね、どうでもいいですけど」
「まぁどうでもいいことは置いておいて、これを見なさい」
スカートのポケットから溢れ出る、『オリバ』と書かれたビスケットやら、ゲーセンのメダルやら、千切れたミサンガやらのゴミの中からようやく見つけた目的の品をレミリアは掲げた。
「今日のお祭りのチラシ?あっ、わたがし食べ放題だって!!お姉様一緒に行こ!」
「それもいいわね、でもこれによるともうすぐ神輿が出る時間のようだから、まずはそれを三人で見ましょう。ほらチラシの漢字を見なさいフラン」
「あっ……!巫女死じゃなくて神輿?神様の輿?」
輿ってなにかな、腰?神の腰?神の腰ってなんだろう、と一人唸りながら考え込むフランドール。
「まぁ見ればわかるわ、それより声が近づいてきたわよ!」
ワッショイ、ワッショイと聞こえてくる歓声。先導するは博麗の巫女、露店の影に隠れてまだ見えはしないが後ろから聞こえてくる歓声が神輿の担ぎ手だろう。
三人は森の木陰から、じっとその時を待った。
レミリアにとってもフランドールにとってもに初めての東洋の祭り。二人の心臓は神輿の到着を今か今かとカウントダウンしていた。
そしてついに担ぎ手の先頭が視界に現れた。まだ神輿本体は見えないが、担ぎ手の本当に楽しそうな姿に二人はこれから来るであろう最高の瞬間を予兆した。
「さぁ見なさいフラン! これが神輿よ!!」
そして三人が目にしたそれは―――
―――それは、神輿と言うにはあまりにも卑猥すぎた。大きく、太く、重く、そして黒すぎた。それは、正に肉棒だった―――
「子宝・安産の神、幻想郷に来たる! 賽銭はこちら! 本殿でお守りも売ってるわよ!」
担ぎ手の怒号よりもさらに大きな巫女の声が、博麗神社に響き渡った。
担ぎ手も、観客も、半霊も、幽霊も、二尾も、九尾も、スキマも、ハクタクも、兎も、蓬莱人も、天狗も、死神も、閻魔も、河童も、化け猫も、サトリも、富樫も、虎丸も、みんな笑っていた。
「さ」
「咲夜ァーーーーーッ!!!」
「お嬢様、いかがなされましたか?」
「あああああああああああああああアレは一体何!?アレは一体何なんだァーーッ!!帰省に困るっていうより規制に困れェーーーッ!!」
「アレはナニです」
「ナニだけど!!そうじゃなくて!!」
「西洋だとやはりこういった祭りはないのですね。まぁアレですね、端的に言うとち●こ祭りです。私の地元でもやっていましたよ」
「端的に言いすぎ!!端的に言いすぎィ!!」
大事なことなので二回言いました。
「ハッ! フランにこんなものを見せるわけにはいけないわ! フランの目が潰れてしまう! 食らえサミング!」
完全に錯乱したレミリアはフランドールに襲い掛かる瞬間、その瞳を見た。いや、見てしまった。
明らかにあの神輿を、あのご神体を称えているその瞳を。
「神の腰……やっぱり神輿は神の腰だったんだ! ちょっと腰の下の部分だけど!!」
「フラーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」
「お姉様! 子を成し、子を育むのはとっても大切なことなのよ! 咲夜がさっき教えてくれたもん!」
「咲夜ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
「間違ったことは言っていないつもりですが」
「今はそれはどうでもいい! どうでもいいから……うん?」
その瞬間、突如駆け抜けた烈風に森がざわめく。
瞬きする間もなく止んだ突風の後、頭上に舞うは二柱の神と現人神。
あれはなんだ!?鳥だ、飛行機だ、スーパーマンだ、いやデビルマンだ、早苗は俺のラ・マンだ、と群集が叫んだかどうかは定かではないが、たちまち浮き足立つ観客達。
それはもちろん、下からのぞき放題の現人神の水玉パンツのせいだった。
重力を無視して空を舞うその姿は、男達にここがケープカナベラル――天国の場所だとはっきりと告げていた。プッチ神父もご満悦だ。
広場の様子そんなは森の木陰でドンジャラホイなレミリア達からもしっかりと見えていた。
我先にと早苗の真下のポジションを争う男達。
そんな男達に冷たい視線を、ご神体に熱い視線を送る女達。
だがそんなことは錯乱したレミリアには全く関係がなかった。
「来た! 神来た!! これでかつる!!」
「お嬢様、誤字ってますよ」
「そこでカカッとバックステッポだァーーッ! ザンギュラのダブルウリアッ上! 相手は死ぬ」
聞いちゃいねぇ。咲夜はメダパニ状態のレミリアを置いて広場へと向き直った。
二柱、いや現人神を合わせて2.5柱の神。
恐らく五分とかからないだろう、と咲夜は当たりをつけた。
「全く、よくもやってくれたじゃないか」
「なんのことかしら?」
霊夢は平然と神奈子に向かって言った。
喧騒は止み、神輿の進行もまた止まり、その場の全ての人々がこの様子に注目していた。早苗の真下以外。
「こんなことされちゃあこっちはおまんまの食い上げなんだよ」
「それはお互い様でしょう、前回のあんた達が来た時だってそうだったじゃない」
「言ってくれるじゃないか……でもそれはつまり、こっちだってアンタがやったようにしていいってことだろう?」
「そりゃもう。やれるもんなら、ね」
「やらせてもらうさ、さぁ諏訪子! あんたも言ってやりな! 諏訪……子?」
「なーにー? えへへ、かなこあそぼーー! さっきあっちにわんこがいたんだよー!!」
新たな神へと急激に信徒達が移って行った結果、神奈子と諏訪子の元々そう多くはなかった信仰は完全に枯渇していた。
いつしか神奈子は小学生ほどに縮み、そして諏訪子は既に幼稚園児ほどのサイズになっている。
神奈子はようやく気付いた。自分の着ている服が完全にダボダボになってしまっていることに。
「こういう時は『えらいねェーー』って言うんだったかしらね、あんたんとこの漫画では」
「信仰をいますぐもどしなさいっ!」
「だんだんおこちゃま言葉になってきてるわよ、神様」
「神奈子様!」
神奈子をかばうように、前に進み出たのは早苗。
それにともなって地上では新たなポジション争いが勃発していた。
端へと弾き飛ばされた神父は寂しそうに素数を数えていた。
「神奈子様、こうなったら仕方がありません、最後の手段に出ます」
「さ、早苗!まさかアンタ!」
奇跡を起こす巫女の最終手段、それは――
「逃げるんですよぉぉぉぉっ」
「うわぁぁぁやっぱりぃぃぃぃぃ」
飛びぴーたんも真っ青な速度で逃げて行く早苗。
置いてゆかれた神奈子も一度は追いかけようとしたものの、視界の端に映ったそれを認識するなりニヤリと笑い、再び巫女へと向き直った。
「どうしたのかしら?ちっちゃいってことは便利だね、とでも言い残したいとか?」
「このセリフを聞いてふりむいた時。おまえは……」
「どうなるっていうのかしら?」
クルリと振り向いた霊夢に驚愕の相が浮かぶ。
「つぶれる」
急激な信仰の流入を受け、赤黒く肥大化したご神体はその巨根をもって広場を押しつぶした。
その衝撃に自らを取り戻したご神体は、己に注がれる信仰を大きさを感じ取ると、おおいに涙を流した。
広場で潰された全員の顔面までしっかりと浸した半透明なミルク色のその粘液が聖なるガンシャス川と呼ばれるようになるのは、これよりずっと後の話である。
一方その頃。
「さぁ小悪魔、準備はどう?」
「万事滞りありません!」
「レミィの食事用血液パック」
「10リットルほど門の裏側にはっつけました! 門扉が破れたら血がどばーっとでます!」
「神を迎える準備は万端というわけね」
「まさに完璧です!」
「ところでこれって一体何の効果があるんですか? あまりにアホらしいので付き合っちゃいましたけど」
「あら美鈴。突き合うのはこれからでしょう」
「本番はこれからですね。まさに文字通り本番!」
「いやいやまぁそうなんですけど。で、一体?」
「正門とは正なる門。正なる門とは性なる門。信仰によって極限まで力を高められたご神体がこの性門に突っ込まれたとき、レミィは妊娠するんだよ!」
「な、なんだってーーっ!?」
「それはまさか、伝説に聞く処女受胎!」
「知っているのか小悪魔!」
「うむ、聞いたことがある……かの聖書によると聖母マリアは……ってあっついあっつい!」
「小悪魔、煙出てるわよ」
「悪魔が聖書なんて読むものじゃないってことですね」
「なにはともあれ準備はできたわ、さぁ合図はまだ、霊夢! 幻想郷は今こそ新たな子を授かるのよ!」
「「ばっちこーーーい!!」」
そんな計画も露知らず、自ら流した粘液性の涙によって境内の階段を滑り降りたご神体は、小悪魔が舗装した道をそのまままっすぐに紅魔館へと爆走していた。
それを眼にした者の感動と畏怖はさらなる信仰を神へと捧げ、今や巨根は紅魔館それそのものよりも巨大なサイズを持ち、そして―――
―――200X年、紅魔館崩壊。
―人格……もとい神格を失っており、至急何れかの神域への入院が必要と診断され
何らか←ではありませんか?
裸ランドセルはやりすぎだと思いますwwwwwwww
届いたぜ!!!お前の想い!!
こんなパロネタだらけのSSにもちゃんと読者サマはいるから安心しろいっ!!!
…百合厨 だけどなあっ!!!!
神奈子のオンバシラは元々男根を象徴しているんだぜ?(元ネタ的な解釈で
なので今更博麗神社にそんなものが入ってきても!無意味!無駄無駄無駄ァッ!
というか男性のゴニョゴニョ崇拝は日本全国いたるところにあるので、それほど珍しくもないんですよね
ちなみに
何れか=いずれか
だから誤字ではないと思う
あと、咲夜さんの地元が気になる。
>>帰省に困るってゆぅか規制に困れ!
ほんとだよ。
腹筋がギャラクシアンエクスプロージョンした。
その他の本文=10点
昨今の、世界的人口増加からすると、頑張り過ぎな気もしますが…
作品としては面白いですが…好き嫌いがはっきりしてしまうのは、致し方ないかと。
ケアレスミスしてるやつ大杉www
と木多先生が申しております
序盤が数箇所子悪魔になってますよー。
そうか、晩婚化と少子化に悩む日本では幻想になってしまわれたのか……。
途中の咲夜さんの、生きる意味についてのくだりは真剣に感動しました。(本当だって!!)
あとは最初から最後までハイテンションに突き抜けたギャグの嵐に翻弄されました。
楽しかったぜ!!
ひどすぎるwww
あとヒドラ市はねーよww
ひどいwww
最高の褒め言葉ですねw
いやーなんというか、この国に生まれてホント良かったぜw
完成度たけーなオイww
キートンが脳内再生されて困るw
うわぁこれはひどい!
というか、昔々は世界中で祈願してたんですよねー
いやいやいやいやいや
本筋も小ネタもこれはひどいw
文章のリズムが良いのがなおさらひどいwww
爆笑させていただきましたwww
下らないだけの話も大好きです!
マジレスすると、ち○こ祭りの御神体ってミシャグジ様だから、諏訪子本人じゃね?
本気で死ぬほど笑っちまったじゃねえかwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
最高に灰の人ですね、わかります。
って書こうと思ってた五分前の俺を返せ(泣
かなすわが不憫すぎる(号泣
あと神奈子様はどんな御姿でもお可愛いらしい
リアルでアレの神輿担いだ者としては感慨深い。