寒風が京の街を駆け巡っていた日のお昼過ぎ。
私こと宇佐見蓮子はとっておきの情報を仕入れたので、さっそく、相棒をとある公園に呼び出した。
「ねえねえ。宇宙人が地球人にまぎれて普通に生活してるって話、聞いたことがある?」
「初耳ね」
公園のすみにひっそりと置いてあるベンチに二人で座り、まずは質問をぶつける。
自分でも妙な質問だと思うけど、ちゃんと本題に関係がある質問だ。
「地球の調査をしてるんだって。しかも映画を参考にして人間に化けてるから、アメリカの俳優の……あれ、誰にそっくりだったかな?」
「チャールズ・ブロンソン?」
「違う違う」
「アル・パチーノ?」
「それも違う。トビー……いや、トミー?」
あれ。
私としたことが、ど忘れしてしまったみたい。記憶力には自信があるのになぁ。さては、黒服に身を包んだ謎の集団の記憶操作かしら?
うーんうーん、とうなりながら脳内のタンスを引っかき回す私。それを見た隣のマエリベリー・ハーン、愛称メリーさんは肩をすくめた。
「オチが言えないなんて落語家失格よ」
「落語家に弟子入りする予定は今のところないし、メリーの俳優趣味が露呈したからいいもん」
「渋いオジサマが好きで悪いかしら?」
「その台詞、うちの大学の教授陣が聞いたら狂喜乱舞するわよ。メリーは学生以外にも人気があるんだから、気~を~つ~け~ふぎゃっ」
「ただのオヤジに興味はありませんわ」
せめて一矢報いようとオヤジ化して襲いかかるも、肘鉄を食らってあえなく撃沈してしまった。
「よ、容赦がないわね……」
「あそこの素っ裸になってる並木、細くて羨ましいと思わない?」
メリーは何事もなかったかのように、並木へ目を向けてつぶやいた。
そりゃ、葉を落とした枝が艶めかしいのは確かですけど、他に言うことがあると思うなぁ。たとえば、悶絶中の私を気遣う言葉とか。あるいは、悶絶中の私に対する謝罪の言葉とか。
「それで、落語家志望の蓮子さんはオチが行方不明な落語を演じるために、冬休みを満喫していた私を呼び出したの?」
「落語家になる予定はないって。あと、コタツでごろごろしながらミカンを頬張って、テレビ特番を見ていたことが果たして冬休みを満喫していることになるか疑問ね」
「……蓮子って実は超能力者?」
「不思議な目を持っていることは確かよ」
こんなにも寒いのに、メリーの頬に汗が伝っていた。やった、一本とったり。
まあ、相棒の行動なんて、それなりに長い時間を共に過ごしていたら自然に分かってくるもの。今回は帽子の下から寝癖が飛び出てたし、メリーからほのかに香ってくるミカンの良い匂いのおかげで分かりやすかったけどね。
「とにかく、今までのは前菜。メインディッシュはこれからよ」
「作ったシェフを呼び出したくなるような料理だったけど」
「ええい、過去の失敗作はとっとと忘れて、素直にメインディッシュに舌鼓を打ちなさい! これは私の知り合いからの情報でね……」
ここで顔をずずいと近づける。
「この公園に出るのよ」
「スティーブン・セガールが?」
たまたま京都観光に来ていた百戦錬磨の元軍人が、悪の秘密組織に誘拐されようとしていたオカルトサークルの美少女二人を救ったことから始まるアクションストーリー。飛び交う弾丸。あまりにも一方的な肉弾戦。そして、最後に敵の親玉を捕まえて一言。“みやげ物屋はどこだ?”
「そんなわけあるか! いい加減、頭からハリウッドを追い出しなさい。ここには倒すべきテロリストも麻薬カルテルもいないわ。出るのはね、サンタよ!」
本日は12月24日。
世間ではサンタクロースなる赤服の老人が世界中で暗躍を始める日だと認識されている。
「さーて、コタツが呼んでいることだし、早く家に帰らないと」
「ストップストップ! 家に帰るか決めるのは、詳しく話を聞いてからにして!」
「今日はクリスマス・イブなんだから、日本中にサンタさんが出没するに決まってるじゃない。それとも、蓮子は幼稚園の園長さん扮するサンタクロースを捕まえて、これがかの有名なサンタさんよ! ってない胸を張るつもりなの?」
「ない胸は余計! これは医学部の永林先輩から聞いた確かな情報なんだから」
永林先輩とは千年に一人の逸材と称される学生にして、秘封倶楽部と同じ大学非公認サークル、未確認生物捕獲隊の隊長である。大学内に学長の名を知らぬ者は多々いても、八心永林の名を知らぬ者は一人もいないとされるほどの有名人だ。
ちなみに、未確認生物捕獲隊の隊長の八心永林を研究する会、という崇拝者たちまで存在する。
「あの先輩、才能も頭もぶっ飛んでるから近づきたくないのよねぇ」
「シャラップ! 耳は閉じずに、口だけ閉じて聞きいて」
メリーの耳あてをとり、マフラーで口をふさぐ。
これでよし。
「おほん。空から雪女が降ってくるような寒いクリスマス。この公園のどこかにサンタクロースが現れて、老若男女問わずプレゼントを配りまくるらしいの。先輩いわく、これは偽のサンタクロースである。その実態は地球の調査をしている宇宙人に違いない! だそうよ」
先輩の口真似までして説明を終えると、私とメリーの間を一陣の風が駆け抜けた。
とても、寒かった。
「……どんな思考回路を持っていたら、そんな超理論がひねり出されるのかしら?」
「超理論かもしれないけど、先輩はいたって真面目に考えてるよ。さっき大学の図書館をぶらついてたら、先輩に出くわして一方的に話しかけられたんだけど、話している最中はすごく真剣な目つきだったわ。耳寄りな情報があるんだけど、宇宙人は私の守備範囲外だから、秘封倶楽部に調査を依頼するわ、って」
「だから私を呼び出したのね。よーく分かったわ。それじゃあ、バイバイ蓮子」
相棒が寒風に似合わぬさわやかな笑顔で立ち去ろうとしたので、大慌てでメリーが持っていたバッグをつかんで阻止する。
「待って、メリー! 私を一人にしないで!」
「放しなさい! 私は帰ってコタツと結婚するの。ガセネタや変人の誇大妄想に付き合ってる暇はないのよ!」
「先輩がちょびっとだけ変わってるのは認めるけど、いつも本気だし、情報は正確なんだって! 未確認生物捕獲隊の隊長の八心永林を研究する会の名誉会員である私が保証する!」
「え。あなた、例の変人会のメンバーだったの!?」
「変人会言うな! 会長は輝弥先輩だし、鈴泉先輩や鷲羽先輩、ていに田中だっているんだよ!」
「やっぱり変人が多いじゃない!」
逃げようとするメリー。留めようとする私。若干のカミングアウトを交えつつ、バッグを引っ張り合うという醜い戦争が勃発した。
うーん。公園に着いたらすぐにサンタの調査を始めるつもりだったのに。コタツの魅力に踊らされてしまうなんて我ながら情けないぞ、秘封倶楽部よ。
「は・な・し・て!」
「い・や・よ!」
さらに、私には破滅の足音がはっきりと聞こえていた。
メリーのバッグは限界まで引き伸ばされている。その姿はあたかも、もう無理ッス、と全身で叫んでいるようなのだ。市販のバッグは二人の女性にもみくちゃにされることを想定して作られていないから当然だろう。
バッグが嬉しい悲鳴を上げて分解しそうになった、まさにその瞬間、
「サンタクロースだー!」
「サンタさーん!」
私たちの前を小学生くらいの一団が歓声を上げて通り過ぎた。
「マジでサンタが来たんだってよ」
「ふぉっふぉっふぉっ」
続いて頭髪をトロピカルに染めた兄ちゃんと、腰が曲がったおじいちゃんも通り過ぎる。
「んまー、サンタさんですって!」
「……ユニーク」
最後は年末投げ売りセールの買い物袋を持ったおばちゃんと、ショートヘアの無口そうな女子高生だった。
「…………」
「…………」
私たちはゆっくりと顔を見合わせた。メリーはハトが豆鉄砲を食ったような顔をしている。
バッグはもう、悲鳴を上げていない。
「行ってみよっか」
「うん」
さっきの人たちが猛スピードで向かっていたのは、芝生が広がっている区画だった。
「早く早くー!」
「はぁはぁ……待って、蓮子ぉ~……」
ここは京都の中でも大きい方の公園なので、園内を移動するにも一苦労。特に体育の授業が少ない、あるいはまったく存在しない大学生にとっては拷問に等しい。
遅刻ばかりしている私は遅れを取り戻すために走ってばかりいるので何ともないけど、のんびり屋のうえに体力がないメリーはすっかりへたばっている。
「あっ、いたいた。本当にサンタだ」
「ふぅ……どこ?」
「あそこ。芝生のど真ん中」
大勢の人が芝生の上に集まっていて、その中心では一人の老人が笑顔を振りまいていた。
赤いコートに包まれたちょっぴり太り気味の身体。これまた赤いナイトキャップの下には豊かな白ひげ。極めつけは背中に担いでいる大きな袋だ。
まさに世間一般に広がっているサンタクロースのイメージがそのまま飛び出たかのような老人である。
「意外ね。情報通りじゃない」
「言ったでしょ。先輩の情報は正確だって。それより、早くあのサンタの正体を暴いて、宇宙人だって証明しないと」
「……蓮子。先輩の妄言を本気で信じてるの?」
「いいじゃん。近所に住む善良なおじいちゃんの年に一度のサービス、ってオチより、実は宇宙人でした! の方が秘封倶楽部的でしょ」
「そりゃ、うちはオカルトサークルだけどねぇ。ところで、どうやってあのサンタさんを宇宙人だと証明するつもりなのかしら? 細胞片を採取して科学捜査班かスプリングエイトにでも持ち込む気?」
「まずは張り込み!」
証明する方法なんて考えていなかったので、ひとまず私たちは枯れススキの背後に隠れて様子を見ることにした。
ススキって背が高いし、束になって生えてるから隠れるのに便利。これからの調査のために覚えておかないと。
「張り込みをするんだったら、牛乳とアンパンを買っておけばよかったね」
「むしろ必要なのはカイロだと思うわ。あー、温かい」
「ふぎゃっ!? 私はカイロじゃない!」
「なら、人間カイロ」
「私が人間カイロならメリーは冷凍もやしよ! もっと体内脂肪を燃やせ!」
「意識して燃やせたらいいのにねぇ。物理の法則を利用して実現できない?」
「馬鹿なこと言ってないで、素直にジョギングしなさい。あ、プレゼントの登場よ」
私たちがススキの裏で騒いでいる間に、ターゲットのサンタは袋からプレゼントを取り出して、周囲の人に配り始めた。
プレゼントが入った箱は大小さまざまで、どれもきちんと包装されている。もし、彼一人で全てのプレゼントを用意したとしたら、相当な手間と資金がかかっただろう。宇宙人的な特殊能力でも使わない限り。
「いよいよ宇宙人説が現実味を帯びてきたわね」
「普通に考えて、近所の資産家で暇してるおじいさんじゃない?」
「んもー。メリーには夢がないなぁ」
「夢なら毎晩見てるわよ」
サンタがプレゼントを配る相手は子どもだけではなく、私たちの前を通り過ぎたおじいちゃんや女子高生など、集まっていた全員に配っていた。これも情報通り。
誰に対しても笑顔でプレゼントを渡す姿はまさに聖人だ。
「いいね。これが古き良きクリスマスってやつ?」
「正確には24日だからクリスマス・イヴね」
「おっ。あの教師風のお姉さんも受け取った。国語の先生っぽいね。それでいてポッ○ーが好きそうな」
「蓮子、調査対象がずれてるわよ。今の最優先事項はなに?」
「サンタの監視……よりもプレゼントの中身の調査かな」
直接プレゼントをもらいに行くのもいいけど、先にプレゼントをもらった皆さんに中身を拝見させていただきましょうか。
「あの、少しよろしいですか?」
「コーホー?」
ちょうど私たちの前を通りがかったのは、全身黒ずくめで顔に黒いマスクまでつけている人だった。妙なファッションだけど、吸血鬼みたいに日光に当たったら灰になっちゃうのかしら。
「さっき、あそこのサンタさんからプレゼントを受け取りましたよね?」
「コーホー」
「拝見させていただいてもよろしいですか?」
「コーホー」
暗黒面に堕ちている見かけに反して快く承諾してくれた。
この人はもう包みを開けていたようで、懐から一冊の本を出してくれた。
「…… “息子と仲直りする百八の方法”ですか」
「コーホー、コーホー」
嬉しそうに見せてくれたので、期待通りのプレゼントだったようだけど、この本を喜ぶということは色々と複雑な事情があるようだ。
これ以上立ち入るべきではないかな。光の剣で切られそうだし。
「すいません。ちょっといいですか?」
「え……はい」
続いて通りがかった少年を手招きしてとめる。彼はプレゼントを片手に持っていたので、サンタにもらったのは間違いないだろう。まだ開けてないなんて律儀な子だ。
「お姉さん、プレゼントの中身が何か知りたいんだけど、見せてくれませんか?」
少年は胡散臭げに私を見上げた。
大丈夫大丈夫。私はただの怪しい大学生だし、けちな悪役みたくプレゼントを奪ったりしないから。たぶん。
「ね。お願いします」
「わっ、分かりました!」
メリーの綺麗なガイジンお姉さんスマイルがとどめになったらしく、少年は顔を赤くして包装を開け始めた。
やれやれ。この国の男どもはいつの時代も金髪姉ちゃんの魔力に打ち勝てないというのか!
「えーっと、“地球独立記念日”?」
中に入っていたのは家庭用ゲームソフトで、私も何回かテレビのCMで見かけたことがあるタイトルだった。
たしか、地球へ攻めてきた巨大UFOに対抗すべく、アメリカの大統領が戦闘機に乗り込んで“レッツ・パーティ!”と雄たけびを上げながらUFOを撃ち落す痛快シューティングゲームだったっけ?
「やった! 僕の欲しかったゲームだ!」
少年はサンタさんありがとう、と言いながら無邪気に小躍りを始めた。そんな嬉しそうな顔をされると、いたずら心がむくむくとわいてきてしまうじゃない。ほら、メリーの頬が柔らかそうで、つついてみたくなっちゃうような、そんな感じ。
「実はですね~、君にプレゼントを渡したサン…おぶっ」
「お姉さん、何か言った?」
「ゲームをもらえて羨ましいな~、って言ったのよ。ねえ、蓮子?」
「ハイ……ソウデス」
ニヤニヤしながら少年に話しかけた瞬間、本日二発目の肘鉄が私の腹部に襲いかかった。
しかも、襲った当人は少年との会話を奪ったばかりか、悶絶する私に背筋が凍るような声まで投げかけてくるではないか。抗議しようにも、紫色の目が怖くてとても口に出せず、踏んだりけったりだ。
興奮冷めやらぬ少年は私たちへのあいさつもそこそこに、走り出してしまった。家へ帰ってゲームをやるつもりなのだろう。
それはともかく、私はひっくり返っている内臓のかたきをとるべく、やけに暴力的な相棒に抗議の声を上げた。まあ、なんとなく肘鉄を食らわせた理由は分かるけどね。
「これ、地味に痛いんですけど……」
「蓮子。今の子にあのサンタは宇宙人なんだよ~、とか言おうと思ったでしょ」
「良くご存知で」
「相棒の考えなんて、それなりに長い時間を共に過ごしていたら自然に分かってくるものよ」
ここでメリーはグイッと顔を近づけて、人差し指を立て、“めっ”と私を叱った。
「子どもの夢を壊すようなことを言うなんて駄目よ。子どもの夢を守ることが、私たち大人の仕事……というより、子どもの夢を守れるような余裕を心に持つことが、かっこいい大人の条件なんだから」
厳しさと優しさが混じった、どこか母の姿と重なってしまう言葉である。
メリーにこう言われてしまうと、私は頭をかくことしかできない。
「あはは、まいったね」
それから、私たちはさらに調査を続けたけど、聞き取りをしたどの人も望んでいたものをもらえたらしく、みな嬉しそうにプレゼントを見せてくれた。
なかなか興味深いデータがそろってきましたよ。
「いいなぁ。みんな幸せそうで。私たちも早くプレゼントをもらいに……もとい調査に行こうよ」
「待って、蓮子。少し整理するから」
人だかりへ向かおうとした私を、額にしわを寄せて灰色の脳細胞を働かせている相棒が止めた。
本人は知らないだろうけど、聡明さが普段の三割り増しになっているこの表情を、私はけっこう気に入っている。かっこいいのよ、これが。
「一番の謎はプレゼント。私はてっきり、見ず知らずの人に配るから、クッキーやクリスマスカードみたいな無難なものが入っていると推測していたけど……」
「なぜ、あのサンタは相手が望んだものを配ることができたのか?」
「それも事前に準備して」
「あの老人は誰かが望んでいるものを事前に知ることができる程度の能力を持っていて、しかも近所の資産家で暇を持て余している? んふふ。だから、彼は宇宙人なんだって!」
「やらせ、ではないわよね。やる意味があるとは思えないし……って、蓮子?」
結論が出てこないんだったら、もっとデータを集めればいい。うんうん一人で悩んでも、答えが出ないときは出ないものなのだ。
私はメリーの腕をつかんで駆け出す。
「やらせかどうかは、実際にプレゼントをもらって確かめてみればいいじゃん! それっ、突撃調査よ!」
「ああもう。蓮子は単にプレゼントが欲しいだけじゃないの?」
なんやかんや言っても、メリーはしっかり付いてきてくれる。本当、得がたい相棒だ。
私たちはプレゼントを受け取って喜ぶ人たちをかき分けて、聖者の下へ馳せ参じる。元気よく突進してくる大学生二人に気づき、サンタは笑って手を振ってくれた。
「メリークリスマス!」
「ホッホッホッ。メリークリスマス、お嬢さんたち」
近づいてみて分かった。彼は見れば見るほど、私が持っているサンタクロースのイメージそのままなのだ。いや、私だけではない。日本人ならば、まず間違いなく彼を指差してサンタクロースと叫ぶだろう。そこら辺のクリスマスイベントでバイトしてるサンタとはオーラが違うのだ。
さすがに大学生の私たちは“プレゼントちょうだい!”と子どもっぽく言うわけにはいかないので、特上の笑顔を二つ並べてプレゼントを待った。すると、サンタは微笑んだまま、私の顔をのぞき込んできたではないか。
「ふむ」
磨き上げられた鉱石のように輝く瞳が印象的。
「申し訳ないが、ワシはささやかな願い事しか叶えてあげることができないんじゃ。君たちの願いはちと難しくてのう。代わりに、これをプレゼントしよう」
そう言ってサンタが袋から取り出したのは牛乳とあんぱんだった。私にくれるみたい。やったね。
メリーへのプレゼントは湯気が上がっているカイロだった。
「もし、どうしても願いを叶えて欲しいのなら……ふふふ、後でな」
雪の結晶が飛び散りそうなウィンクを残し、サンタはまた子どもたちの方へ戻ってしまった。子どもたちに手を引かれて去っていく後姿がめちゃくちゃかっこいいじゃないの。
「やだ、私も渋いオジサマが好きになっちゃいそう」
「いやいや。問題はそこじゃないでしょ。私たちの願い事っていうのは、あのサンタさんの正体を知りたいってことだから……」
「上手にはぐらかされたってことかな。ついでに、背負ってる袋にも興味がわいてきたわ。このアンパン、賞味期限がかなり先だから、何ヶ月も前から準備をしていたわけじゃないようね」
「それなら私にくれたカイロの方がすごいわ。なんたって加熱済みでホカホカなのよ?」
「あの袋、四次元ポケット並みの性能があるのかも」
けっきょく、謎が増えただけでサンタの正体を暴くには至らなかった。
でも、ささやかなプレゼントはありがたい。ちょうどおやつの時間だし、これで人間カイロにされる心配もなくなるだろう。
私は牛乳を飲みつつアンパンをもぐもぐ。メリーは両手でカイロをもみもみ。サンタに感謝しながら、今は子どもにひげを引っ張られている彼を見張った。
「あんなに引っ張られても怒らないなんて、偉いねぇ。どこかのメリーさんとは大違い」
「大きなお世話。それで、これからどうするつもり? また突撃調査?」
「しばらくは待機かな~。後で、って意味深なことも言ってたし、人が少なくなった頃を見計らって再突撃。アンパン食べる?」
「いただくわ」
半分に分けたアンパンにメリーの手が伸び、途中で止まった。
「ん? どしたの?」
メリーはアンパンもサンタも見ていなかった。他の方向を見つめたまま、固まっている。
無意識のうちに彼女の視線を追っていくと、一人の女の子にたどり着いた。
人の輪から少し離れた場所に立ちすくむその子の髪は、メリーと同じハッとするような黄昏色。彼女の瞳は大勢の子どもに囲まれているサンタクロースを捕らえて放さないが、小さな身体はその場に縛り付けられてしまったかのように動かない。
たったそれだけの情報で、女の子を取り巻く状況が見えてくる。
相棒が動いた。
「待ってメリー」
一緒に行動しているとよく忘れてしまうが、メリーは日本生まれではない。
『小さい頃はうまく日本語をしゃべれなくてね。こっちの学校になじめなかったし、なかなか友だちもできなかったわ。ふふ、今にしてみれば貴重な経験ができた、ということかしら』
二人でお酒を飲み交わしたとき、グラスを傾けながらメリーが話してくれた。
彼女は笑っていたが、その裏には途方もない苦労が隠されていたはずだ。日本で生まれ育った私には、恐らくその苦労を完全に理解することはできないだろう。
でも、相棒が決して平坦ではない道を通ってきたことくらい、酔いが回った頭でも理解できた。私の隣を選んで座ってくれているという奇跡も、ね。
「そんな顔しないで。私だってこれでも大学生なんだから、英語もできるし第二外国語も……まあ、少しはできる。一緒に行くわ」
だから、メリーを一人にさせやしない。
迷惑かもしれないけど、それが私なりの敬意の表し方だからだ。
「こんにちは~」
私とメリーは女の子のそばまで行き、サンタクロースの温かい表情をイメージしながら声をかけた。
最初からキャンユースピークジャパニーズ? だと失礼かもしれないので日本語で話しかけてみたけど、変に思われないかな。
「... ... Lo siento. No puedo hablar japonés」
ああ……自分の不勉強が恨めしい。
恐る恐る開いた小さな口から出てきたのは、英語でも私が勉強している第二外国語でもない言葉だった。
とっさに返事をすることができない。
視線は助けを求めて隣へ泳ぐが、メリーも私と同じように困惑していた。
「ん……」
嫌な沈黙が私たちを包み込む。
話しかけてしまった以上、もはや引き下がることもできない。逃げたい気持ちがないといえば嘘になるけど、ここで逃げるなんて無責任きわまりないし、何よりも女の子を傷つけてしまう。
私は言葉による意思の疎通をあきらめ、一か八かの勝負に出ることにした。
人はこれをやけくそと呼ぶだろう。
「レ、レッツゴー!」
心臓はクリスマスの鈴のように鳴りまくっているし、笑顔が硬くなっているかもしれない。それでも、女の子の手をとり、サンタに向かって歩き始めることができた。
メリーは一瞬あっけにとられた後、すぐに反対側へ回って手をとってくれた。これで女の子を連行する図のできあがり。
「Oh, es una... ...」
女の子も驚いてこちらを見上げていたけど、ありがたいことに素直に私たちと一緒に足を動かしてくれた。
この状況で叫ばれたら、誘拐未遂で逮捕されても文句を言えないからね。
「サンタさーん! この子の願いも叶えてあげて!」
ほとんど声が裏返っていても、クリスマスの聖人はちゃんと気づいてくれた。
このサンタなら異国から来た女の子でも受け入れてくれるだろうなぁ、と思っていたのだけれど、次の言葉で私の想像はあっさりと裏切られることになる。受け入れてくれるとか、そんなものではなかったのだ。
周りにいる子たちに少し待っててね、と言い、こちらを向いて両手を大きく広げ、サンタは言った。
叫んだわけではない。澄み渡った冬空に良く響く声だった。
断言する。しばらくの間、この光景が私の脳裏から離れることはないと。
「Feliz Navidad! Una señora joven pequeña」
異国の言葉だった。
意味こそ分からないが、女の子を歓迎していることは間違いない。だって、不安で崩れてしまいそうな表情の下から、太陽のような笑顔を引き出すことができたのだから。
私はといえば、サンタの胸に飛びこむ女の子を、惚けた顔で見ることしかできなかった。サンタクロースは日本人のものじゃなくて、世界中のみんなのものなんだなぁ、という当たり前なことを思いつつ。
「あはっ。こりゃたまげたわ」
「ここまできたら、もう何が起きても驚かないかも。だけど、蓮子が女の子の手をとったときだって、私はたまげたわよ?」
「……あれ、迷惑じゃなかったかな? 良いことをしたと胸を張る自信はとてもないんだけど」
「そうねぇ」
メリーは傾いてしまった帽子を直しながら、流し目で私を見た。
なんだか先生に目の前で採点されている気分。
「本当は人それぞれだから、私がどうこう言えるものではないわ。でも……ほら、見て」
女の子はサンタからプレゼントをもらっていた。しかし、女の子が夢中になっているのはプレゼントではなく、サンタにくっついていた子どもたちとのお話だった。
“どこから来たの?”“髪は染めているの?”
興味津々の子どもたちから飛び出す質問を、サンタは丁寧に教えてあげていた。サンタを介しての会話だけど、女の子はすごく楽しそうだ。たぶん、サンタからのプレゼントは包装されている方じゃなくて、このお話なんじゃないかな……これは私の勝手な想像。
「多少強引でも、結果オーライなら良いんじゃないかしら?」
「そう言ってくれるとありがたいわ。まあ、今回は私の手柄じゃなくて、完全にあのサンタの手柄よ。宇宙人のスペックは計り知れないわ」
「宇宙人、ね」
「メリーはまだ近所の資産家で……」
「最後まで言わなくていいわよ。私はもう彼の正体が気にならなくなっちゃったから」
「ほほう。そりゃまたどうして?」
視線を子どもたちから相棒の顔へ移す。
おやおや、メリーにも女の子と似たような笑顔が張り付いているじゃない。
「大切なのはもっと違うことなのかな~って」
「んん?」
その先が聞きたくてしばらく待ったけど、メリーは微笑んだまま。どうやら、これ以上は教えてくれないらしい。
うーん、けちぃ。
「心配しないで。サンタの正体を暴きたがっている相棒さんには、ちゃんと最後まで付き合ってあげるわ」
「それはありがたい……で、メリーさんはどうしてサンタの正体が気にならなくなったのかな~?」
「あっ、子どもたちが」
あからさまに話題をそらすための誘導。それでもつられてしまう私。
子どもたちはサンタの通訳を待っていられないようで、直接女の子に話しかけている。言葉は分からなくてもみんな楽しそうで、ついには遊具に向かって走り出してしまった。
このまま友だちになれると、いいね。
「やっぱ子どものパワーは違うなぁ。まさに言葉より肉体言語!」
「肉体言語の使い方がおかしくない?」
「子どもには大人みたいな言葉の境界線なんて存在しないってことよ」
「境界線か。妙な境目ができるのは小学校の真ん中あたりかしらねぇ」
「あ……ごめん」
「この程度のことで謝らないでよ。相棒から主従関係になっちゃうわよ?」
「申し訳ありません、メリーお嬢様~。お、けっこういけるかも」
前々から思ってたんだけど、メリーはどこぞの貴族か裕福な一族のお嬢様に見えるんだよね。さりげなく出てくる上品なしぐさや、服のセンスなどなど、お嬢様説を匂わせる証拠はいくつかある。
本人は冗談でセレブですわ、と言うことはあるものの、実際のところ親にはかじる脛もないとか。真実を探るべく、一度メリーの実家に招待してもらわないと。
「勝手になさい、下僕蓮子さん」
「ははー!」
メリーお嬢様と主従ごっこをしながら、ジャングルジムで遊ぶ子どもたちを見守る。
平和だねぇ。
「あれ、何か忘れているような……」
「サンタクロースを調査するって言い始めたのは蓮子でしょ……って、ああっ! サンタさん、帰ろうとしてる!」
「うそっ!?」
あわてて振り返ると、大勢の人に見送られたサンタがその場を去ろうとしているところだった。
「さっき後で、とか言ってたのに~。早く追いかけないと!」
「待って蓮子!」
「にゃふんっ!?」
あいててて。
メリーに待ったをかけられたせいで、ダッシュに失敗してずっこけてしまった。
やあ、人間は非常事態に陥ると妙な声が出てしまうものだなぁ、と奇声をごまかしてみたり。
「もー。いきなりどうしたのよ?」
「サンタさんの背中に境目が見えた……かも」
腰をさすりながら立ち上がると、メリーのひどく難しい顔が目に入った。難しいというよりも、困惑に近いかもしれない。形の整った眉が折り曲がり、紫の瞳がせわしなく動いている。まるで、見てはいけないものを見てしまったかのように。
メリーの瞳には結界の境目が映ってしまう、らしい。私は結界の境目など見えないので、本当かどうかは彼女の言葉を信じるしかない。
だけど、私も星を見ただけで現在の時間が、月を見ただけで今いる場所が分かってしまう。相棒もきっと不思議な世界を見ているに違いないのだ。
「つまり……あのサンタは結界を張っているということ?」
「分からないわ。すぐに見えなくなっちゃったし、それに結界とはどうも違う感じだったのよ。こう、何というか……ああっ、説明できない! 蓮子も結界のスキマが見えるようになりなさいよ!」
「そんな無茶な!」
「うー、ほんの一瞬で消えたから、見間違いだったのかしら……」
「とにかく、このままサンタに逃げられたら意味がないわ。行くよ、メリー!」
「きゃっ」
相棒がまたまた思案の迷路に入ってしまったので、手をつかんで救出する。多少強引でも、結果オーライなら良いと本人も言ってたし。
サンタの姿はもう見えなくなってたけど、諦めるにはまだ早い。
「すいません、サンタさんはどっちへ行きましたか!?」
「駐車場の方に行ったっちゃ」
「ありがとうございます!」
冬なのに寒そうな格好をしたお姉さんに向かった先を聞き、猛ダッシュ……をしたら、100メートルも行かないうちにメリーがばててしまった。
「蓮子……少しスピードを、落として……」
「えー、逃げられちゃうよ!」
などと言いつつ速度を緩める私は甘いかも。ま、メリーが一緒と二人で活動しないと秘封倶楽部の意味がないから、仕方がないわね。
私と相棒は足をそろえ、ちょうど良い速さで並木の下を駆け抜けて、公園の駐車場へ向かった。
「いたっ!」
「サンタさーん、待ってぇ……」
メリーの消えそうな叫びは届かなかったようだ。
私たちが駐車場に着くと同時に、サンタはトナカイが八頭もいるソリ……ではなく、真っ赤に塗られたスクーターを出発させてしまった。
二輪車と人間。さすがに追いつく自信はない。一応、自転車は持ってるけど、今日はアパートに置いてきてしまった。メリーの交通事情も私に似たり寄ったり。
「行っちゃった……」
「まだまだぁ!」
「まだ走るの~!?」
策はある。だから、まだ走るのだ。
私は立ち止まらず、メリーの汗ばむ手を握って公園に面した道路まで走った。
「タクシー!」
ここは観光都市、京都。観光客が山ほど来るし、それを相手にするタクシーも山ほどいるのだ。
私が手を振ると、すぐさま通りを流していたタクシーが寄って、ドアを開けてくれた。
「前の赤いスクーターを追ってください!」
飛び乗ってから気づいた。運転手は白人のオジサマだったのだ。乗務員証にはジョーンズとだけ書いてある。わざわざ日本にやってきてタクシーの運ちゃんなんて、色々と事情がありそう。
わけありのオジサマ、ジョーンズは無言でうなずくと、タクシーを静かに発進させた。
「ふう。これでひとまずは安心ね」
「あうう……心臓が爆発しそう……」
「だーかーら、ジョギングしなって。健康のためにも、美容のためにも」
「蓮子の、口から美容なんて言葉が飛び出すなんて……明日は雪かしら」
「それだけ言えるなら大丈夫ね」
ぼやきながらメリーの背中をさすってあげる。
少し相棒を鍛えないとだめかなぁ。探索は体力勝負の時があるし、万が一、境界を越えてしまった先でサバイバルをするはめになったら……さすがに心配しすぎか。
「それにしても、スクーターなんかでどこへ行くつもりなのかな。UFOの隠し場所?」
「さあ? フィンランドにグリーンランド、それにノースポール。サンタさんの行き先はいくらでもあるわ」
「全部国外じゃない。タクシー代について考えたくないわね」
タクシーは上手にスクーターを尾行してくれていた。
近すぎず離れすぎず、他の車に割り込まれることもない。道は気味が悪くなるほど青信号ばかりで、たまに赤信号になっても一緒に止まってくれる。こうも順調だと、むしろサンタがこちらに合わせてくれているのでは、と勘ぐってしまう。
「こんなに素直に尾行させてくれるなんて、やっぱりあのサンタは私たちを誘っている、ってことなのかな?」
「だとすると、付いていった先に何が待っているのかしら」
「“後で”の意味が後でプレゼントを渡す、だったのなら、正体を明かしてくれ……る?」
「ふふ。蓮子お待ちかねの種明かしタイムね」
だといいんだけど、と返事をしつつ、私はタクシーの座席に深々ともたれかかった。
メリーほどではないものの、私も少し息が上がってしまった。そんな疲れがたまった身体にとって、柔らかいシートは心強い味方である。
それに、車内を暖めてくれている暖房もありがたい。
いくら人間カイロと揶揄されても、寒いものは寒いのだ。ガンガンに効いている暖房は固まっていた筋肉を、そして、サンタの正体を求めることに固執していた私の思考をほぐしてくれる。
「あー……」
落ち着きを取り戻した脳みそに一つの疑問が生じた。
“これでいいのだろうか”
その言葉は水槽に垂らした墨汁のように、瞬く間に私の心を一色に染め上げていく。暖房は安らぎと一緒に不安を運んでいたのだ。
「ちょっと怖い、かも」
「え?」
「いやさ、あのサンタの正体を暴いてもいいのかな~、なんて思っちゃって」
「そりゃまた、突然どうしたのよ」
本当に突然だ。
ついさっきまでは、サンタの正体を暴くことに全力を注いでいて、そのことに何の迷いもなかったのに。今はまるで、大勢が騒いでいた宴会の会場から誰もいない暗闇へ放り出されたかのように、酔いが覚めている。
「どう説明したらいいのやら……そうね、メリーは何歳までサンタクロースが実在すると信じてた?」
「ん、ん?」
メリーが返答につまって首をかしげる。そのすきに、私は頭の中でこんがらがっている糸をほどいて舌端に乗せた。
「私ははっきり覚えてる。小学校三年生のクリスマス前に、おばあちゃんがうっかり漏らしちゃったのよ。“今年のクリスマスプレゼントはもうお父さんたちに頼んであるかい?”ってね」
そのとき受けた衝撃といったら。
当時から大人向けの科学雑誌を読みふけっていて、我ながら少しませた子どもだと思っていたけど、サンタの存在を純粋に信じる年相応の部分もあった。それだけに、うっかり発言の意味を理解したときのショックは大きくて、今でもおばあちゃんの慌てた顔が脳裏に焼きついて忘れられないでいる。
「大好きで大好きで、毎年欠かさず手紙を送り続けていた人物が、実は親が化けていたなんてね。もちろん、娘の夢を守ろうとしていた親の優しさはうっすらと分かったよ? でも、それ以上に裏切られた、って気持ちが強かったなぁ。しばらくご飯がのどを通らないくらいに」
「何と言うか……ご愁傷様」
「ありがと。まあ、あのときは不慮の事故だったから仕方がなかったわ。けれど、今はどう? 私はあのサンタクロースの正体は宇宙人だと信じているけど、正体を暴いてみて、もし違っていたら……それは他ならぬ自分自身の手で、ささやかな夢を壊したことになるんじゃないかしら」
ここでため息を一つ。日が沈み、夜が降りつつある空を窓からのぞく。
昔の文豪なら、これを知る悲しみと表すのだろうか。
いったん知ってしまったら、それを知らなかったときには戻れない。しかし、この知る悲しみを経験するからこそ、人生はより成熟する。
サンタクロースの真実を知ってしまった子供の心からは、プレゼントをくれる不思議な老人は消えてしまうが、子どもの夢を守ろうとする大人の優しさを知ることができるように。
なかなかどうして、知識を得るとは勇気を必要とする行為ではないか。
「普段、調査をしたり謎を解き明かしたりするときは、こんな気持ちにはならないんだけど。今回は状況が昔のトラウマのときと似てるせいかなぁ。別にあのサンタが本当に宇宙人だったら問題ないのに。ああ、妙なことばかり言ってごめん。これしきのことで怖気づいてちゃ駄目ね」
「お気になさらず。むしろ、ロマンチストな蓮子を見ることができて眼福ですわ」
メリーは微笑んでいた。
車内は外から流れ込んできた闇に侵食されている。そんな中でも、メリーの表情は鮮明に読み取ることができた。それは、暗闇でも爛々と紫色に輝く瞳のおかげなのだろうか。
「さて……何から話そうかしら」
不思議な瞳といい、たまに漏れる妖艶な気配といい、私の相棒は実はけっこうとんでもない人物なのかなぁ、と思ったりもする。たーまにだけどね。
「さっき、私はサンタさんの正体が気にならなくなった、と言ったでしょ?」
「うん」
「私はね、あの宇宙人かもしれないサンタさんの正体が本当は誰なのか、もっと言えばサンタクロースが実在するかどうかなんて、ささいな問題だと考えているのよ」
「おおう。ずいぶんと大胆な説だね」
「そうかしら?」
メリーはすまして聞き返した。
「蓮子に質問。クリスマスって何の日?」
「え。クリスマス、は……キリスト教の祭日で、サンタクロースがプレゼントを届けるために家へ不法侵入をしたり、みんなでクリスマスプレゼントを贈ったり贈られたり……」
「それはそうなんだけど、結局のところ誰かを幸せにすることに変わりはないんじゃない? つまり、クリスマスは誰かを幸せにする日なのよ!」
メリーが叫んだ瞬間、まるで計算されたかのように対向車の明かりで車内がライトアップされた。浮かび上がるのはクリスマス・イルミネーションにふさわしい、相棒のとっても幸せそうな笑顔。
そして、どこからか聴こえてくる雪風のようなメロディー。今日のために作られた曲“サンタが街にやってくる”だ。空気を読むオジサマ、ジョーンズがラジオをつけてくれたみたい。
「サンタさんも同じ。彼はこの曲のように幸せを運ぶために街へやってくる。蓮子の親御さんがサンタクロースに化けていたのも、ひとえに子どもの幸せのためだったんでしょう?」
「んん、たぶんね」
「正体がばれちゃったのは残念だけど、サンタさんの正体を知ったからには、今度は私たちが子どもの夢を守る番。子どもはサンタクロースを信じることで、何かを信じることの大切さを学び、大人はそれを守ることで心に余裕を持つことの大切さを知る。重要なのは気持ちであって、蓮子が不思議な老人の正体を暴いても暴かなくても、この構造が変わることはないわ」
夢見るメリー。いや、夢を見ているように話す我が相棒。
語っているのはその端正な口か。はたまた小さな舞台でところ狭しと踊る不思議な瞳か。
現実主義者のふりをして私のサンタ宇宙人説をからかったりするけど、メリーだってロマンチストじゃない。私なんかよりもずっと。
「あのサンタさんが何者なのかは分からないわ。でも、誰かを幸せにする方法を彼は知っている。このまま後ろをついていっても、悪いようにはならないはずよ。彼を信じてついていって、もし夢が壊れてしまったら、肩をすくめて笑ってあげるくらいの心の余裕を持つ。これでいいんじゃない?」
メリーの夢語りが終わる。
その夢の量に、私はただただ圧倒されて、ろくに口を挟むこともできなかった。でも、話を聞いてて不快にはなってない。むしろ小気味良いくらいだ。
妙なつっこみを入れて夢語りを台無しにするのは野暮というものだし、メリーの幸せを邪魔するのも悪い。
にしても、クリスマスは誰かを幸せにする日、ね。かなり恥ずかしい主張だと思うけど……まあ、一年に一度くらい恥ずかしいことを堂々と主張する日があってもいいかな。
「素晴らしい相棒が隣にいることを感謝しなくちゃね。カウンセリングありがとう」
「どういたしまして」
「はあ。物理の道を歩む者がパンドラの箱を開けることを躊躇している場合じゃないわね。どうせ、ここまで来たら後戻りできないし」
「そうそう、余裕が大事なのよ」
ちゃめっ気あふれるウィンクが紫の瞳から飛び出ると同時に、タクシーが止まった。
ここから先の道は舗装されておらず、広さもスクーターが一台通れるくらいしかない。草が伸び放題になっていて、道というよりも獣道だ。
赤いスクーターはもう見えなくなっている。あとは歩いてこいってことかしら……
「すいません。帰りも乗るので、ここで待っていてくれませんか」
タクシー代を精算するついでに頼れるオジサマ、ジョーンズにお願いしておく。
とても歩いて帰れそうにないし、改めてタクシーを呼ぶのは手間がかかるからね。
「ふいー、けっこう遠くまで来ちゃったね」
タクシーを降りて夜空を仰ぎ見る。
冬の天気らしく空気は澄み渡り、無数の星や月がまぶしく騒いでいた。おまけで現在の時刻と、今いる場所の情報が頭に入ってくる。
「ちなみにどこら辺?」
「京都のはしっこ。とある山の頂上付近」
「月を見たら場所が分かるんでしょう? もっと具体的に言ってよ」
「私は場所よりもサンタの行方が気になる。ほら、行こう」
視線をまぶしいほどに輝く月からメリーへ移し、手を差し出す。寒いとなかなか動こうとしない相棒をエスコートしてあげないと。
「はいはい。行きましょうか」
メリーからも差し出された手を握り、私たちは歩き始める。
道は悪く、藪は深い。月明かりのおかげで一応は何かにつまずくことはないけど、その明かりも頭上を覆う枯れ木にちょくちょく遮られてしまう。
念のために懐中電灯を文字通り懐中から取り出しておくとしますか。
「蓮子って、色々と服の中にしまってるくせに、バッグの類とかは持たないのね」
「だって私が鞄なんかぶら下げたら、どこかに忘れてきそうじゃない」
「あー、分からないでもないわ」
「でしょ? だから、手には極力何も持たず、大事なものは懐にしまっておくの」
私とは反対にメリーはいつもバッグを持ち歩いている。メリーらしく趣味の良いバッグなんだけど、ぶっちゃけ、その中身が役に立ったことはあまりない。
「なら、私も懐に入れて運んでくれないかしら? 足が痛くなってきちゃったわ」
「懐に入れるにはちょっと大きすぎ。もっとダイエットしたら考えてもいいかな」
「……言ってくれるわね」
「普段から動いてないから、少し運動しただけで足が痛くなるのよ。歩いて歩いて」
メリーはふくれっ面になり、それでも私に手を引かれて足を動かしてくれる。
ただ、個人的な感想を言わせてもらえば、メリーはやたらと体重のことを気にする割に、全然太っているように見えない。むしろ理想的な体型を保っている感じさえする。
体重を気にするのは、やはり乙女の宿命なんだろうか。いや、私も乙女のつもりなんだけど。
「これ……鳥居だよね?」
「少なくとも京都タワーには見えないわ」
草をかき分けつつ無駄話をして、無駄話をしつつ草をかき分ける。どちらが大切なのか分からなくなってきた頃、私たちの前に古い鳥居が姿を現した。
元々は朱色に塗られて美しかったのかもしれない。でも、塗料が剥げ落ち、柱には草がからまったまま枯れていて、これでは聖域への入り口というよりお化け屋敷の入り口だ。
静かにたたずむ鳥居の姿は、冬の月明かりに照らされているせいか、悲しくうつむいているようにも見える。
「廃神社なのかな?」
「先にサンタさんが来てるし、私たちも来た。人がいる以上、ここはもう廃神社じゃないわよ」
痛んだ鳥居を撫でながらメリーはつぶやいた。その優しい仕草は一人ぼっちだった神社を慰めてあげているみたいで、なんだか私までしんみりしてしまう。
いかんいかん。せっかく調査が終わりに近づいているのだ。早く秘封倶楽部の活動の締めを飾ってしまおう。今日はクリスマス、専門用語で言うハレの日なのだから。
「さてさて。逃亡者を探さないと」
寂寥を振り払うため、努めて明るく宣言してから鳥居をくぐる。
神社の境内は石畳だったので、そこまで荒れてはいない。しかし、草が石畳のスキマから飛び出したりしていて、神社は確実に自然へ帰ろうとしていた。
「それにしても、サンタクロースのくせに、何でこんなに寂れた神社に逃げ込んだんだろう。まだ教会なら分かるのに」
「彼なりの理由があるんでしょ。サンタさんいる?」
「んー……」
メリーに促され、特徴的な赤を探すために懐中電灯を動かしていくと、
「いたっ!」
少し斜めに傾いた本殿の下、賽銭箱の前に赤い服を着た老人が立っていた。すぐ隣には赤いスクーターもある。私たちが追い求めていた彼に間違いないだろう。
期待と不安で踊りだす心を抑えつつ、懐中電灯の明かりで和洋合わさった奇妙な光景を切り取る。
「サンタクロースに告ぐ! ここは完全に包囲されています。大人しく投降してください!」
「二人で完全包囲? 刑事ドラマの見すぎよ」
「いいじゃん。一度でいいから、ドラマみたいなかっこいい台詞を言ってみたかったの」
気持ち的には拳銃をかまえたつもりでサンタの反応を待った。
しかし、しばらく耳や鼻、身体の末端に迫る寒さに耐えながら待ってみても、サンタからの返答も投降さえもなかった。まるで賽銭箱の一部になってしまったかのように、彼は微動だにしないのだ。
我慢比べではないけど、このままでは私たちの方が寒さで震え上がってしまう。このサンタなら、私の演技にのってくれると思ったのに。
「サ、サンタさん?」
私とメリーは手を握り合ったまま、そろりそろりと賽銭箱に向かって足を進めた。
そして、サンタに近づくにつれて、なぜ彼が反応しなかったかが判明した。
「あれ。あれれ」
「あらまあ」
サンタの皮膚はつるつるで見るからに硬そうだった。瞳は私の印象に残っている磨かれた鉱石のようではなく、ただのガラス玉。服もごわごわでいかにも安っぽい。
極めつけは笑顔。一応は笑顔なんだけど、いかにも作られた笑顔をしている。公園でみんなに配っていた温かい笑顔とは似ても似つかない代物だ。
「これって……」
「マネキン、かしら」
震える手で懐中電灯を握り直し、恐る恐るつついてみる。
「やっぱりマネキン……」
コンッ、という強化プラスチックらしい乾いた音が、非情な現実を伝えてくれた。
この音で、停止していた思考と舌が一気に回り始める。
「なんでっ、どうして!? 私たちは確かに生きたサンタクロースを追ってたはずなのに! これはNASAの陰謀!? それともRoscosmosの、げぶぁっ!?」
天地がひっくり返った。今ならお月様と仲良くなれそう。
「落ち着きなさい、宇佐見蓮子。落ち着くのよ」
「おっ、おお……お」
本日三発目にして最大級の破壊力を持った肘鉄が、私の身体に容赦なく叩き込まれたのだ。
メ、メリーめ。これは相棒用じゃなくて、痴漢撃退用の肘鉄じゃない。力加減を明らかに間違えてるなんて、落ち着けと言ってる当の本人が、全然落ち着いてない証拠よ。
「この恨み……いかで晴らさでおくべきかぁ」
「ああ、ちょっと力を入れすぎちゃったわね。ごめんなさい。でも、蓮子もダイエット云々で色々言ってたから、それでチャラにしといて」
「あのねぇ」
ありったけの力と羞恥心のおかげで、昼食との再会は避けることができた。
メリーはとりあえず謝罪してくれたけど、やはり気になっているのは私のお腹ではなく、サンタの謎なんだろう。顔はこちらを向いていても、視線がサンタマネキンにいっちゃってるし。
せっかくの聡明な思案顔も、今は涙にゆがんで見えなくなっている。
まあ、私もサンタが気になるのは確かだけどね。
「はぁ……しっかし、どうなってるんだか。これってまさかの白昼夢? 公園にいたときからずっと夢を見てるとか?」
「夢かどうか確かめてみる?」
「つつしんでご遠慮させていただきます」
相棒が肘をクイッと動かしたので、大慌てで首を振った。二度あることは三度あるというが、さすがに四度は勘弁して欲しい。今度こそ胃が大回転をやらかしてしまう。
「そうね。まず考えられるのは、マネキンはおとりで本物は神社の本殿か、森の中に隠れてるとか……」
「本殿には……うわっ、人形がいっぱいある」
「サンタさんは?」
「いない。うー、呪われちゃいそう」
この神社の本殿は可愛らしいほど小さい。ほんの数秒、懐中電灯で覗いただけで中を全部見ることができてしまった。
中で待ちかまえていたのは何体もの人形。市松人形、キューピー人形、くまのぬいぐるみに古いロボットアニメのプラモデルまである。昔はここで人形の供養でもやっていたのだろうか。
もちろん、生きたサンタはいなかった。
「境内か森は……」
境内をぐるりと歩いてみる。これもすぐに終わってしまった。
「見渡す限りいないみたい」
「よねぇ」
推理を述べた本人もあまり期待はしてなかったらしく、少しだけ眉を動かしただけだった。
境内も本殿の大きさに見合った広さで、小太りのサンタが隠れられるような場所はない。
あとは森だけど、長年手入れされていないせいで、下草がすごいことになっている。ぶかぶかの赤服を着た老人が森へ入るにはかなり苦労するんじゃないかしら。
おまけに神社は山頂付近なので、周囲は急な斜面だったり、ひどいと崖になっている。月明かりだけを頼りに進むと絶対に転げ落ちるはめになりそう。理学部の野生児と陰口を叩かれる私でも、この神社の周りで遊ぶのは止めた方がいいと勘がささやいている。
「神社へ至る道は一本だけ。となると……」
「このマネキンが動き回ったということよ。実に簡単な計算ね」
「そりゃそうだけど、ねぇ。もしかして、これは宇宙人が開発したサンタクロース型ロボットで、宇宙人から地球調査の指令を受けてプレゼントを無差別に配っていたとか。今はバッテリー切れで……そんなわけないよね」
SF的妄想をぶちまけつつ、サンタマネキンをいじってみたけど、彼の手足はほとんど動かなかった。元々、動くことを想定しないで作られているみたい。
目はセンサーの類ではなく、やっぱりただのガラス玉。口にスピーカーが埋め込まれているわけでもない。
ロボット説を裏付ける証拠はどこにもなかった。
「待て待て。永林先輩は宇宙人だと断言してた。さては、このサンタは身体が鉱物で構成されている宇宙人で、今はマネキンのふりをしているだけとか」
「私も推理を披露してもいいかしら?」
「もちろん、拝聴させていただきます」
思考の迷路にはまった挙句、サンタのひげで三つ編みを作っていたら、相棒が顔を近づけてきた。
メリーの表情に迷いの色はなく、どこか納得したかのように微笑んでいる。つまり、メリーには不思議なサンタクロースの謎が解けたということ?
「付喪神って知ってる?」
「うん。古くなった道具や、長生きした動物に神様や霊魂が宿ったものことだっけ。まさか……このサンタのマネキンが?」
「付喪神には禍をもたらすものもいれば、福をもたらすものもいる。マネキンだって人形の一種なんだし、動き回って福をプレゼントしてもいいんじゃない?」
うーむ。メリーも永林先輩並みに思考が飛んで……いや、富んでるところがあるなぁ。
それにしても、唐傘のお化けならともかく、サンタマネキンの付喪神か。今まで想像したこともなかったけど、言われてみれば……あり、かなぁ。
動く西洋風の人形というのは、呪われた人形や悪魔の使いみたいな人間に禍をもたらす存在というイメージが強い。でも、それは映画や漫画に影響されすぎなのかも。考えてみれば、逆に福をもたらす存在がしてもおかしくはない。
「マネキンの所有者は供養するつもりで、ここへ運んだのかもしれないわ。けど、供養されることはなかったと思う。そのまま長い年月を経て、神社の力を吸収して福を配る付喪神になったんじゃないかしら」
「なるほどね……ああ、もしかしたら、子どもたちのサンタ信仰のおかげかも」
「サンタ信仰?」
「日本だけでもサンタクロースの存在を本気で信じてる子って、まだいっぱいいるでしょ。その子たちの信じる力が、このマネキンを動かしたのよ」
「ふふ。そうかもしれないわね」
サンタクロースは本来キリスト教の聖人みたいなものなんだし、信仰を受け止める器として十分すぎる。どこぞの寺ではサンタ菩薩として祭っているというウワサも聞くし。
「ふう。これが一番それっぽい回答かな」
「私は宇宙人説よりも、付喪神説や信仰説を推すわ」
少なくとも、証拠や推理の材料が見つからない宇宙人説よりは信じられる。
「うわー。永林先輩の宇宙人説は証明できなかったなぁ。信じたかったのに~」
「信じることは大事だけど過信にご注意を、ってことよ。先輩への報告がんばってね」
「はーい。でも、このプレゼントを見られたから、良しとしますか」
我が親愛なる相棒は心に余裕を持つことが大切だと言ってたからね。
「プレゼント?」
「そう、プレゼント。回れー、右!」
頭の上に疑問符を出すメリーの肩をつかんで方向転換、プレゼントを見下ろせる位置まで連れて行く。
どうやら、マネキンサンタからの素晴らしいプレゼントに気づいてなかったみたい。
「じゃーん」
境内のはしっこまで行くと、そこから京都市内が一望できるのだ。
歴史ある建物と近代的なビルディングが共存するいにしえの街、京都。今は夜のとばりが降り、人間が生活する灯りで満ちている。
それだけではない。今宵はクリスマス・イブということでイルミネーションまで見えるのだ。星や月には悪いけど、この明るさは嫌いじゃない。むしろ大好きだ。
これ以上の夜景は飛行機かヘリコプターでも使わない限り、お目にかかれないんじゃないかしら。
「タクシーを降りたとき、山の頂上に近いって言ったでしょ。だから神社に来たとき、もしかしたらと思って、さっきサンタを探して境内を回ったとき見たら、案の定ね」
「すごい……」
メリーは一言だけこぼすと、そのまま黙ってしまった。
こっそり隣をのぞいてみたら、彼女の瞳の向こう側にも京都の夜景が見えた。でも、結界のスキマが見えてしまうメリーには、私が見ている京都とはちょっと違ったものが映っていそう。
例えば、妖怪や神様が古い神社の境内で酒を飲み交わしている、そんな世界が。
「……本当、すごい夜景だね」
羨ましがっていても仕方がないので、私は再び眼下の京都へ視線を移した。
私は、私が見ることのできる世界を思いっきり楽しんでやるのだ。だって、私の前に広がっている京都は、十分すぎるくらい美しいのだから。
「そうだ」
二人して寒さも忘れて夜景を眺めていたら、突然、メリーが手を叩いた。
「明日あげようと思ってたんだけど……」
バッグの中に手を突っ込んでごそごそと漁る。
そして出てきたのは、
「最高のクリスマス気分に浸っているうちに渡しておくわ。はい、親愛なる相棒へメリークリスマス」
「わっ!」
メリーサンタからのプレゼントだった。
紫色の包装紙できれいに包まれていて、可愛いらしい赤のリボンまでついている。開けるのがもったいないくらいの飾りつけじゃない。
でも、それ以上の欲求が私の中で爆発していた。
「ありがとう! ねえ、開けていい? 開けていい!?」
「本当は25日に開けるんだけど、いいわよ。私が許す」
「ははー! ありがたき幸せです、メリーお嬢様!」
「分かればよろしい」
大急ぎかつ丁寧に包装を開いていくと、すぐにふかふかで心地よさそうなマフラーが姿を現した。
「おわ~!」
「蓮子って、いつ見ても寒そうな格好で走り回ってるから、この機会にマフラーでもあげようかな、と思って。理学部の野生児には不要なものだったかしら?」
「ううん、まさか! おお、暖かい~」
喜びと寒さに震える手でマフラーを首に巻いていく。力加減を間違って自分の首を絞めないか心配なくらいだ。
最近、首の周りが寒いのでマフラーでも欲しいなと思っていたので、本当にありがたい。しばらくはメリーの家へ足を向けて寝られないね。
「もふもふの天国みたい……」
「念のために持ってきておいて良かったわ」
もふもふ~もふもふ~……って、危ない危ない。暖かさに惑わされて忘れるところだった。
実は、私もプレゼントを懐に忍ばせていたのだ。メリーとは違って、最初から今夜渡すつもりだったけど。
「じゃあ、マフラーのお礼をしないとね」
マフラーをつかんでいた手を懐へ移動する。目的のものは程なく見つかった。
メリーがくれたプレゼントと違って、黒い地味な包装紙で包んである。お店の人のお任せしたら、こんな風になっちゃったんだけど、大丈夫かな。
「メリークリスマス!」
「あらあら。ありがとう、蓮子」
「開けてみて」
「そう急かさないでよ」
とがめるような口調でメリーは言うけど、その口元は笑っていた。
一方、私はといえば緊張している。私が選んだプレゼントは、自分で言うのもなんだけど、妙なものを選んでしまったのだ。相棒が気に入ってくれるか、かなり心配である。
「これは……コンパス?」
「うん。メリーがもし誤って結界の境目へ落ちてしまっても、ちゃんと無事に帰ってこれるように。もちろん、お守りみたいなものだから、実用的なのかは突っ込まないでね」
「ぶっ!」
一気に顔が熱くなる。
プレゼントを渡したのに吹き出されて頭にきた、というわけではない。その、非常に恥ずかしい。
焦る私をよそに、メリーはひとしきり笑うと、顔を上げた。
「お、おかしかったかな?」
「ごめんごめん……笑っちゃって。全然おかしくないわ。むしろ、コンパスをクリスマスプレゼントでくれるなんて蓮子らしいなぁ、と思って。すごく嬉しいわ。嬉しくて涙が出ちゃうくらい……ありがとう、蓮子」
涙をぬぐってメリーは感謝してくれた。
その涙が笑いによるものなのか、それとも嬉しさによるものなのか、私には判別できなかった。けれど、そんなことは問題でないと思う。だってメリーは私がプレゼントしたコンパスを大切そうに握ってくれているのだから。
「どういたしまして」
これで私もクリスマスは誰かを幸せにする日、という理念を実践できたはず。
おまけにクリスマスプレゼントを望みの人に渡すこともできた。これって昔、憧れていたサンタクロースになれたということじゃない。なんとも素敵なことだ。
サンタクロースが実在していると信じている子どもたちにはできない芸当。これぞ大人の特権。どうだ、私はサンタになったんだ。羨ましいだろう! と叫びたいくらい。
実際に叫びはしなかったけど、私たち秘封倶楽部を不思議な冒険に誘ってくれたマネキンサンタにお礼がしたくなって、本殿の方を向いてそっと頭を下げた。メリーも同じ思いだったのか、一緒に下げてくれた。
本当にありがとう。そして、メリークリスマス。
「よーし。ジョーンズさんを待たせちゃ悪いから、そろそろ帰りますか」
「ええ、帰りましょう」
最後にもう一度だけ夜景を目に収めてから、私たちは鳥居をくぐった。
神社はまた廃神社に戻っちゃうけど、今度はそんなに長い間一人ぼっちにさせるつもりはない。
「次は明るい時間帯に来ようよ。この神社は古そうだから、探せば面白いものがごろごろ出てくるかも」
「そうね。まだ知られていない結界がありそうだし。来週あたりにする?」
「来週って、もう年始年末じゃない。初詣も兼ねての探索に決定ね!」
サンタマネキンやスクーター、たくさんの人形たちはそのままにしておくことにした。
来年も多くの人たちを幸せにして欲しいし、ちょっと怖い人形たちも、サンタクロースを手伝う小人みたいに裏側で働いているかもしれないからだ。
持って帰って供養するのが大変、というわけではない。決して。
「ところでメリー、この後の予定は?」
「特にないけど」
「なら、どこかの店……は予定でいっぱいだと思うから、メリーの家でクリスマスパーティーをしましょ!」
「え、私の家で?」
ついでに友人や永林先輩たちも呼んであげようかな。まだ帰省してなくて、今晩の予定もない知り合いはけっこういそうだから。
これで幸せになる人が増える。良いことだね。
「私のアパートより広いじゃん」
「あのね、部屋の面積は同じのはずよ。狭く感じるのは物を置きすぎてるせいでしょう。本棚に入りきらないくらい本を買うなんて信じられないわ」
「あれは古本屋でセールをやってたからで……とにかく、オーケー?」
「はぁ。オーケーよ」
「やった!」
部屋の使用権の交渉に成功したところでタクシーに到着。
渋いオジサマ、ジョーンズは律儀に待っていてくれた。長時間待たせてしまったのに、私たちを見ても眉一つ動かさない、そこに痺れる! そうでなくても、お釣りはとっておいてください、と言いたくなってしまう。
「行きのタクシー代は私が払ったから、帰りはメリーでいい?」
「別にかまわ……あら?」
メリーがタクシーの座席に座ったとたん、フリーズしてしまった。
「静電気?」
「それもあったけど……走りすぎて疲れたのかしら。ジョーンズさんの身体に結界のスキマが見えた気がしちゃって。もちろん今は見えてないわよ」
「また? 能力が退化してるんじゃない?」
「視力じゃあるまいし、疲れてるだけよ。それより、何人も呼ぶつもりなら、ちゃんと準備をしないと」
「んー、途中で何か買っていこうか」
メリーの家に近いスーパーの名を告げ、私もタクシーに乗り込む。
調査終了の余韻と、これから始まる楽しいひとときへの期待を乗せ、タクシーは静かに動き出した。
ラジオからは心地よい歌声が流れてくる。
曲名は確か“ホワイト・クリスマス”。
古きよきクリスマスの情景を歌った名曲だ。
秘封倶楽部の二人を降ろした後、タクシーは喧騒に包まれる大通りを走っていた。
「助かったよ、ジョーンズ。どうも擬態用のシールドの調子がおかしかったようじゃ。地球人には結界というものに見えてしまうらしい」
助手席には、いつの間にか赤服をまとった老人が座っていた。
ふっくらとした頬。磨き上げられた鉱石のような瞳。極めつけは誰もが魅了される温かい笑顔。蓮子とメリーが捜し求めていたサンタクロースその人であった。
「君が助けてくれたおかげで、彼女たちは上手くおとりに引っかかってくれた。二人には申し訳ないがな」
宇宙人サンタは息を深々と吐き、通りを彩るさまざまな光を眺めた。
「長い間、この惑星でサンタクロースと呼ばれている存在に化けて調査をしてきたが、サンタへの願い事は叶えてあげることが難しいものばかりじゃ。“あなたの正体は?”“息子と仲直りしたい”……ときどき、クリスマスと呼ばれるものが何なのか分からなくなることがあるよ」
「この惑星の住人は、少し急ぎすぎている。何をそんなに急ぐ必要があるのだろうか」
ここでジョーンズとサンタは二人の地球人の顔を思い浮かべた。
宇佐見蓮子。マエリベリー・ハーン。
彼女たちの笑顔の、何とまぶしかったことか。
「だが……」
タクシーは昼間、サンタがプレゼントを配っていた公園で止まった。
二人はタクシーを降りて、自動販売機へ向かった。買うのはとある缶コーヒー。
「前を向いて走り続ける地球人の姿は、美しい」
「ああ。彼女たちのような地球人がいるのなら、クリスマスも大丈夫じゃろう」
ジョーンズは無表情で、サンタは微笑んで、缶を開けた。
「このろくでもない、素晴らしき世界に乾杯」
ピクッ、てか萌えたw
渋い!渋いぞぉぉ!!!何か感動しました
まあ、私はプレゼントをくれる人もあげる人もいないわけですが……、異国の少女が幸せになれたようなので些細な問題ですよね!
子どもの夢を守ろうとする大人の優しさを知ることができる』
とても素敵な一文ですね、心にボスッときました。
文章が大変読みやすい。作者様の読み手に対する配慮が感じられて嬉しくなりますね。
蓮子とメリーの掛け合いも心地よくて微笑ましい。サンタとジョーンズはいいとこ持っていくなぁ。
惜しむらくは物語からクリスマス特有の喧騒というか、浮ついた雰囲気があまり伝わって来なかった。
季節がら無理目な願いだとは自分でも思うのですが。
とっちらかった感想で申し訳ない。とにかく面白い作品であったことは間違いありません。
それでは最後に、
「メリー蓮子クリスマス!」
────ってやっぱ流石に早過ぎネ? 作者様。
考えたら全員宇宙人だw
この二人にはぴったりだと思います。
しかし意外といっぱいいるな宇宙人。もしかしたらご近所さんにも紛れ込んでたりして。
ほら、貴方のお隣のあの人も…。
ジョーンズかっけぇな・・・
「このろくでもない、素晴らしき世界に乾杯」の例のCMは大好きでした。ここでこの台詞が拝めたことになにやら不思議と暖かな気分になりましたw
付喪神と見せ掛けてまさかのリアル宇宙人とは!
てっきり、ラムちゃんやジョーンズさんなど、気付かない内に本物の宇宙人に出会っていて……といったような展開になるものと思っていましたw
それにしても、「少し」早い……?w
思い切りの良い蓮子好きすぎるちゅっちゅ
やっぱ秘封最高ですね。
良いお話ありがとうございます!
ps,田中ってもしや宇宙人田中太郎だったり?w