因幡てゐは笑顔で言った。
「ねーねー、あんたたち、赤ちゃんってどうすればできるか知ってるー?」
心ある人間や妖怪なら、時間が止まるような発言。
しかし無垢な二人はそうではない。
今日は大妖精もリグルもミスティアもルーミアもいない。チルノと橙、それにてゐの三人だけ。
「そんなのしらないよ!」
「どうしたらできるのかな」
チルノと橙の答えに、てゐは得意げな表情を作りつつ、内心でほくそ笑む。
(フヒヒヒ、やっぱりこいつらわかってないわねぇ。こりゃ大異変を起こせる予感……!)
「ふふふ、あのねー、赤ちゃんは『なかだし』されるとできるのよ~」
問題発言を続けるてゐ。
しかし、悲しいかな、ここに然るべき知識と良識を持った者はいないのだ。
『なかだし?』
幼い二人の声が重なる。
(うひょー、今のハモり、録音すればマニアにはバカ売れでしょ! もったいなーい!!)
内心で下衆の哄笑をあげながら、てゐはわざともったいぶって言葉を紡いだ。
「なかだしってのはねー……」
それが今回の、異変の始まり。
幻想郷最古参妖怪の一人、因幡てゐによる、大異変の……
「そうだったのかっ!」
「えー! 本当にそれで子供ができるのー?」
じっくりと説明を聞いた二人が、素直に驚きの声をあげる。嗚呼、何と純粋な子らだろう。
「そ、そういえば藍様と紫様も……」
「あたいも見たことある! アリスと魔理沙がやってた!」
(おおっと、これは思わぬ情報ゲットね。後で天狗に教えてあげなきゃ……)
てゐは内心の2828を隠しながら、真剣な顔で言う。
「そうよー。ウチの姫様と師匠も毎日なかだしなのよー。時々は姫様ってば喧嘩相手とも無理矢理したりされたりしてるんだから。その証拠に、この前遊びに来た時、姫様のお腹が前よりふくらんできてたでしょ?」
橙とチルノの脳裏に、寝転がってポテトを食べながらテレビを見ていた輝夜の姿が浮かぶ。
確かに輝夜の腹は少しふくらんでいたような……気がした。
「そ、そういえばっ!」
「たしかにてるよ、ふくらんでたっ!」
当人がいれば、やはり烈火の如く怒りスペルカードの一枚も炸裂したろう。
あるいは他の人物でもツッコミの一つくらいは出ただろう。
だが、全ては不在。不在の場での言葉こそ、あらゆる真理を歪める最悪の力と、てゐはよく知っているのだ。
すっかり納得した二人に、適度な真実と適度な嘘を加え洗脳していく。
もちろん、他の者にはしゃべらないよう、念入りに言葉を施して。
翌日。
てゐの念入りな工作により、昨日と同様に他のメンバーはいない。
(ふふふ、今日は都合よくあたしたち3人だけ。仕掛けは上々……)
無邪気に野道で遊ぶ二人。
秋も近づき、木の葉も色づいて来た中、氷精と猫又の戯れる姿は何とも微笑ましい。
(その微笑ましさこそが、他の連中を騙す最大のトリックなのよねぇ)
自然とゆるむ顔を我慢しつつ、二人から適度に距離をとって……不自然とは思わせないように……絶好の機会を待つ。
(今ッ!!)
「ああっと、足がすべったぁっ!」
傍目にはひどくわざとらしく。
しかし、橙とチルノにはわからないタイミングで。
てゐは転ぶ。
そして、橙の背中をチルノに向かって押す。
そこから先は運。
しかし。
この幻想郷では、紅魔の令嬢を除けば運命は常に、白兎の味方……ッ!
不条理……! ありえない……! ご都合主義……!
しかし……!
幸運の素兎はその全てを、暴力的なまでの幸運で飲み込む……!
これは……無理……! てゐの仕掛けに誤算は存在不可能……!
「ひゃっ」
猫又とはいえ、背後から、油断しきっていたゆえにてゐの手を避けられない。
「ん?」
最適のタイミングで、『偶然にも』チルノが振り向く。
将棋倒しで倒れる橙に、チルノが押し倒されて……咄嗟にチルノが身をひねったがゆえに。
チルノは『偶然』、橙に押し倒された体勢になり。
『偶然』、二人の柔らかな唇が押し付けられ。
カチリと、歯が当たってしまうキスとなる。
そしてさらに『偶然』。
チルノの口に、橙の唾液が流し込まれ。
チルノの喉は、こくりとそれを飲んだ。
「いててて、ごめん、二人とも大丈夫?」
全ての偶然は、てゐの望み。すなわち、てゐの幸運。
狙い成就の手ごたえを感じつつ、てゐは己の計略の結果を目で確かめる。
橙とチルノは、二人唇を重ねた状態で固まっていた。
(うっひょーーー、あー、文も来るようにしとけばよかったかなぁ! あ、いけないいけない。でも、それじゃあ異変にはならないのよねぇ)
てゐが二人の口付けをしっかりと目に焼き付けて一呼吸後。
橙がガバリと起き上がる。
「……! ひょ、ひょっとして今、わたし……チルノちゃんに……“なかだし”……」
「ちぇんに、“なかだし”……された……?」
さすがのチルノも昨日教え込まれたことは覚えていたらしい。
二人とも、呆然としている。
「で、でも、一回したくらいじゃできないって昨日言ってたよね! てゐ、大丈夫だよねっ!」
「そ、そうだっけっ!?」
すがりつくような目で、二人がてゐを見てくる。
( 計 画 通 り ! ! )
思い通りに進む状況に、ぞくぞくと身を震わせながら。
用意していた、とどめの一言を紡ぐ。
「ご、ごめん……チルノ。あたしの幸運を呼ぶ程度の能力が……仲のいい二人に子宝を呼んじゃったみたいなの。ほ、他の人には言わないからっ、二人で決めてっ! どうなっても誰にも言わないよっ! 体のことだったら師匠を紹介するからっ、じゃ、じゃあっ!!」
早口で、狼狽しきった仕草を込めて。
てゐは文字通り脱兎の如く駆ける。呆然とする二人を残して。
今は全速力こそが真実味。チルノと橙にこれ以上の情報を与えずに立ち去るのだ。
無垢すぎるチルノに、素直すぎる橙。それに、てゐの望むように進む幸運。
駒に問題はない。
あとは、見ておけばいい。
(さあ、チルノと橙がどう動くか、野次馬の視点でじっくり見せてもらおうじゃない♪)
一方、残されたチルノと橙は。
まだ、あの体勢のまま、起き上がることもできなくて。
「チルノちゃん……私たち、友達だよね」
「うん、あたいたち、友達だよ!」
おでことおでこ、くっつけあう。
チルノの冷たいおでこが、火照った橙には心地よくて。
橙の暖かいおでこに、チルノはどこか満ち足りたものを感じた。
「チルノちゃんは、私のこと、嫌いじゃないよね……」
「あたいは、ちぇんのことすきだよ! ちぇんはあたいのこときらい?」
すごく気恥ずかしいのに、お互いの顔を見ていないのはすごく嫌で。
「ううん、好き……」
「よかった」
ぎゅ、っと。チルノが下から抱きつく。しがみつくように、子供っぽい抱擁だけど。それがどうしてか、今は心地よくて。橙も、チルノをきつく抱きしめる。
「チルノちゃんの体、冷たいね。冬になったらもうこうしてられないのかな」
「ちぇんはあったかくないと、いや?」
いつも無垢な元気でいっぱいの顔しか見せたことのないチルノが、不安で泣きそうな顔を見せる。
それが橙に、愛情を起こさせる。
ああ、私の友達はこんなにかわいい子だったんだ、と思わず尻尾を震わせてしまう。
少しきつく、橙を抱きしめた。
「ん……だいじょうぶ。がまんする……チルノちゃんのそばに、ちゃんといるよ」
顔が、勝手に引き寄せられる。
(あ……また、キス、しちゃった……)
「ん……あたい、おかあさんになるんだよね……」
「私、お父さんになっちゃうね……」
しおらしいチルノがかわいくて。
つい、もっと大きな問題を忘れていた。
「いや?」
子供じゃない、女の子の顔で、チルノは聞く。
「ううん、責任とる……」
また、橙は唇を重ねてしまう。
「あの、ね。ちぇん……もう、あたい、赤ちゃんできちゃったんだよね……だから、ね。また……して、“なかだし”……さっきの、ぶつかって、しただけだから……」
「私で、いいの?」
「いいの! いっかいだけじゃなくてもいい! いっぱいして! ちぇんのおよめさんにして!」
チルノが、いつものように子供っぽく、脚をバタつかせてねだる。
でも、それさえも。橙がいつも知っているチルノとはもう違って。
「私とチルノちゃん、結婚……するの?」
「うん! せきにんとってくれるんだよね?」
幼い顔に、びっくりするほど女の顔で答えるチルノが、橙の鼓動を激しくする。
体を重ねているから、お互いがどきどきしてるのが……わかる。
「結婚したら、毎日……していいよね」
「え……あたいに、まいにち……“なかだし”するの?」
「うん……しちゃう」
「……いいよ」
夕暮れまで、何度も。
チルノを己のものにするために。
橙はチルノの中に、己の体液を流し込んだ。
『偶然』、夕暮れまで誰もその道を通らなかった。
その日、チルノは橙と共に八雲家に来た。
「藍様、ただいま……」
「…………」
台所で夕食を作っていた藍は、その声だけで橙が何か失敗をして帰って来たことがわかった。
(慰めるべきか、叱るべきか……しかし誰か連れているようだな。おとなしいし、あの蛍か夜雀あたりか?)
冷静な妖狐は、ありうる状況を考えながら。手早く手を洗い、火を弱める。
幸い、紫は最近外をうろついて帰ってこない。
藍自身の裁量でなんとかなることなら、なんとかしてやろう。
そう、頭の中で算段を立てながら居間にやってきた藍だったが。
「ん……? お前は橙たちとよく遊んでいる氷精だな。ずいぶん静かじゃないか」
少し予想外の来客だった。
確か、何度か来た時はひどく騒がしく、紫さえも怒らせていた氷精である。しかし今は橙と二人、おろおろと用件を切り出すことすらできずにいる。
(ふむ……少々のことでは動じないタイプだと思っていたが)
「何かあったのか、二人とも」
橙がびくりと、身をすくませ、怯えを見せる。
チルノはどう振舞えばいいのかわからず、困惑しているようだ。
(橙が氷精に何か度の過ぎたことでもしたのか? それともどこかを壊したとか……)
「どうした? 何か悪いことをしてしまったのか?」
少し声を厳しくして、問いただすと。
橙はようやく口を開いた。
「あ、あの、藍様、怒らないでください」
「ああ、怒らないから言ってみなさい」
麦茶を湯飲みに注いで口に運ぶ。落ち着いておくべきだろう、と。
しかし。
現実は時に計算を粉々に打ち砕くもので。
「藍様、ごめんなさいっ! チルノちゃんに“なかだし”したら、赤ちゃんできちゃいましたっ!」
「あたいの中に、ちぇんとのあかちゃんがいるのっ!」
ぶぅぅぅぅーーーーっ!!
「藍様、大丈夫ですかっ」
「うわ、きたない」
八雲藍は沈黙した。
(……え? うそ? ありえない。でも猫又だし、猫ってよく子供うむし……そりゃ私だって昔は……いやいやいやいや……橙はいつまでも永遠に幼い黒き猫…………だいいち、橙って女の子だし……きっと冗談……ちがう、二人とも本気……で、でもどうやって種付けとか……中出し? 中田氏? NAKADASI?? 今の橙には男の子のアレがあるってこと? それはそれでなかなか……私もご相伴に……って、いやそうじゃなくて、妊娠とかそんな相手妖精だしそりゃ、二次創作じゃ一番アレされてる子だけど、だからってなんでウチの橙がそんなふしだらな……ばかっ、そうじゃないだろう。モラルの問題はこの際後回しだ! 私だってケモノとして昔はいろいろしてたんだし、橙が自制できなかったからって私にとやかく言う資格などない! 橙が身重になって帰ってくるよりはマシだろう! お、落ち着け…………心を平静にして考えるんだ、八雲藍…こんな時どうするか……2…3、5…7…落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ…『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……私に勇気を与えてくれる……11、13…17…19、23、29……そうだ、そういえば……そもそも、どうして橙にそんなものが……橙はれっきとした牝だぞ……式にする前にじっくり目に焼き付けて……って……そうだ! 性別、そんな境界を操れるなんて原因は一人しか……)
「藍様? だ、大丈夫ですか?」
「このいえに、およめにきてだいじょうぶか?」
「うーん、猫たち住ませてるところあるから、そっちで暮らそっか」
「ねこかー。なつはよってくるのに、ふゆはにげるんだよなー」
びくり。
藍が跳ね起き、立ち上がった。
「わわっ! どうしたんです、藍様!」
「うわ、びっくりしたっ!」
「紫様ーッ! アンタなんてことをーッ!!!」
ふわり、と身を浮かべた藍が叫ぶ。
「え? 紫様がどうかしたんですか?」
「そうよ! これはちぇんとあたいのもんだいなんだから!」
二人には見向きもせず、藍は恐ろしい形相で障子を突き破り、すっかり日も暮れつつある空を飛んでいくのだった。このような洒落では済ませぬ悪戯をした(であろう)主に問い詰めるため。
「……藍様、行っちゃった」
「ゆかり、なにかかんけいあるのか?」
残された二人は首をかしげるばかりだったが。
その後、用意されかけていた夕食を二人で食べて。
二人、同じ布団の中でまた何度も“なかだし”をし。
手をつないで眠ったことは言うまでもない。
そして。
この、まさかのカップルが、できちゃった婚による婚礼をあげたことで。
勘違いした他の住人たちによる、もっとシャレにならない真の“なかだし”祭りが始まろうとしていた……。
◆◆◆◆稗田阿求の手記◆◆◆◆
これから起きた異変については、幻想郷の多くの住人が口を閉ざし、また各種圧力によって幻想郷縁起からもこの異変については全てが抹消された。ただ、この異変によって、多数の新たな住人が“生まれた”ことは確からしい。
異変の結果のみを私的に記しておこう。
異変の元凶たる“幸運の素兎”は、十月十日の後に出産の気配のないチルノに疑問を持った者たちによって問い詰められ得意げに自らの犯行を自白。主たる住人全てが“幸運の素兎”を追い回すかと思われたが、多くは気にせぬ様子(というよりもいろいろと婚礼が行われてしまっており、妊娠者も多かったため)で、“幸運の素兎”は事実上無罪放免となった。
この異変は、月面戦争並みの過去最大規模の影響を幻想郷に与えながら、痴話喧嘩の類を除いてはまるで弾幕も妖怪退治も発生しなかった。また元凶への責任追及も無きに等しいものであった。こうしたことは、戦闘能力基準に妖怪を判断する危険性を示している。
“幸運の素兎”因幡てゐは、実に恐るべき狡猾さを持った妖怪を認識せねばなるまい。その危険性は、わかりやすい活動をする各勢力のトップとはまるで違う恐ろしさだ。将来の幻想郷にも注意を呼びかけたい。
追記:私、稗田阿求に関してこの異変の影響はほぼなかった。縁起に編纂すべき人数がやたらと増えたことは億劫だが。私に対してこの異変の核たる感情を抱いてくれる相手がいなかったことは、少し寂しい。
「ねーねー、あんたたち、赤ちゃんってどうすればできるか知ってるー?」
心ある人間や妖怪なら、時間が止まるような発言。
しかし無垢な二人はそうではない。
今日は大妖精もリグルもミスティアもルーミアもいない。チルノと橙、それにてゐの三人だけ。
「そんなのしらないよ!」
「どうしたらできるのかな」
チルノと橙の答えに、てゐは得意げな表情を作りつつ、内心でほくそ笑む。
(フヒヒヒ、やっぱりこいつらわかってないわねぇ。こりゃ大異変を起こせる予感……!)
「ふふふ、あのねー、赤ちゃんは『なかだし』されるとできるのよ~」
問題発言を続けるてゐ。
しかし、悲しいかな、ここに然るべき知識と良識を持った者はいないのだ。
『なかだし?』
幼い二人の声が重なる。
(うひょー、今のハモり、録音すればマニアにはバカ売れでしょ! もったいなーい!!)
内心で下衆の哄笑をあげながら、てゐはわざともったいぶって言葉を紡いだ。
「なかだしってのはねー……」
それが今回の、異変の始まり。
幻想郷最古参妖怪の一人、因幡てゐによる、大異変の……
「そうだったのかっ!」
「えー! 本当にそれで子供ができるのー?」
じっくりと説明を聞いた二人が、素直に驚きの声をあげる。嗚呼、何と純粋な子らだろう。
「そ、そういえば藍様と紫様も……」
「あたいも見たことある! アリスと魔理沙がやってた!」
(おおっと、これは思わぬ情報ゲットね。後で天狗に教えてあげなきゃ……)
てゐは内心の2828を隠しながら、真剣な顔で言う。
「そうよー。ウチの姫様と師匠も毎日なかだしなのよー。時々は姫様ってば喧嘩相手とも無理矢理したりされたりしてるんだから。その証拠に、この前遊びに来た時、姫様のお腹が前よりふくらんできてたでしょ?」
橙とチルノの脳裏に、寝転がってポテトを食べながらテレビを見ていた輝夜の姿が浮かぶ。
確かに輝夜の腹は少しふくらんでいたような……気がした。
「そ、そういえばっ!」
「たしかにてるよ、ふくらんでたっ!」
当人がいれば、やはり烈火の如く怒りスペルカードの一枚も炸裂したろう。
あるいは他の人物でもツッコミの一つくらいは出ただろう。
だが、全ては不在。不在の場での言葉こそ、あらゆる真理を歪める最悪の力と、てゐはよく知っているのだ。
すっかり納得した二人に、適度な真実と適度な嘘を加え洗脳していく。
もちろん、他の者にはしゃべらないよう、念入りに言葉を施して。
翌日。
てゐの念入りな工作により、昨日と同様に他のメンバーはいない。
(ふふふ、今日は都合よくあたしたち3人だけ。仕掛けは上々……)
無邪気に野道で遊ぶ二人。
秋も近づき、木の葉も色づいて来た中、氷精と猫又の戯れる姿は何とも微笑ましい。
(その微笑ましさこそが、他の連中を騙す最大のトリックなのよねぇ)
自然とゆるむ顔を我慢しつつ、二人から適度に距離をとって……不自然とは思わせないように……絶好の機会を待つ。
(今ッ!!)
「ああっと、足がすべったぁっ!」
傍目にはひどくわざとらしく。
しかし、橙とチルノにはわからないタイミングで。
てゐは転ぶ。
そして、橙の背中をチルノに向かって押す。
そこから先は運。
しかし。
この幻想郷では、紅魔の令嬢を除けば運命は常に、白兎の味方……ッ!
不条理……! ありえない……! ご都合主義……!
しかし……!
幸運の素兎はその全てを、暴力的なまでの幸運で飲み込む……!
これは……無理……! てゐの仕掛けに誤算は存在不可能……!
「ひゃっ」
猫又とはいえ、背後から、油断しきっていたゆえにてゐの手を避けられない。
「ん?」
最適のタイミングで、『偶然にも』チルノが振り向く。
将棋倒しで倒れる橙に、チルノが押し倒されて……咄嗟にチルノが身をひねったがゆえに。
チルノは『偶然』、橙に押し倒された体勢になり。
『偶然』、二人の柔らかな唇が押し付けられ。
カチリと、歯が当たってしまうキスとなる。
そしてさらに『偶然』。
チルノの口に、橙の唾液が流し込まれ。
チルノの喉は、こくりとそれを飲んだ。
「いててて、ごめん、二人とも大丈夫?」
全ての偶然は、てゐの望み。すなわち、てゐの幸運。
狙い成就の手ごたえを感じつつ、てゐは己の計略の結果を目で確かめる。
橙とチルノは、二人唇を重ねた状態で固まっていた。
(うっひょーーー、あー、文も来るようにしとけばよかったかなぁ! あ、いけないいけない。でも、それじゃあ異変にはならないのよねぇ)
てゐが二人の口付けをしっかりと目に焼き付けて一呼吸後。
橙がガバリと起き上がる。
「……! ひょ、ひょっとして今、わたし……チルノちゃんに……“なかだし”……」
「ちぇんに、“なかだし”……された……?」
さすがのチルノも昨日教え込まれたことは覚えていたらしい。
二人とも、呆然としている。
「で、でも、一回したくらいじゃできないって昨日言ってたよね! てゐ、大丈夫だよねっ!」
「そ、そうだっけっ!?」
すがりつくような目で、二人がてゐを見てくる。
( 計 画 通 り ! ! )
思い通りに進む状況に、ぞくぞくと身を震わせながら。
用意していた、とどめの一言を紡ぐ。
「ご、ごめん……チルノ。あたしの幸運を呼ぶ程度の能力が……仲のいい二人に子宝を呼んじゃったみたいなの。ほ、他の人には言わないからっ、二人で決めてっ! どうなっても誰にも言わないよっ! 体のことだったら師匠を紹介するからっ、じゃ、じゃあっ!!」
早口で、狼狽しきった仕草を込めて。
てゐは文字通り脱兎の如く駆ける。呆然とする二人を残して。
今は全速力こそが真実味。チルノと橙にこれ以上の情報を与えずに立ち去るのだ。
無垢すぎるチルノに、素直すぎる橙。それに、てゐの望むように進む幸運。
駒に問題はない。
あとは、見ておけばいい。
(さあ、チルノと橙がどう動くか、野次馬の視点でじっくり見せてもらおうじゃない♪)
一方、残されたチルノと橙は。
まだ、あの体勢のまま、起き上がることもできなくて。
「チルノちゃん……私たち、友達だよね」
「うん、あたいたち、友達だよ!」
おでことおでこ、くっつけあう。
チルノの冷たいおでこが、火照った橙には心地よくて。
橙の暖かいおでこに、チルノはどこか満ち足りたものを感じた。
「チルノちゃんは、私のこと、嫌いじゃないよね……」
「あたいは、ちぇんのことすきだよ! ちぇんはあたいのこときらい?」
すごく気恥ずかしいのに、お互いの顔を見ていないのはすごく嫌で。
「ううん、好き……」
「よかった」
ぎゅ、っと。チルノが下から抱きつく。しがみつくように、子供っぽい抱擁だけど。それがどうしてか、今は心地よくて。橙も、チルノをきつく抱きしめる。
「チルノちゃんの体、冷たいね。冬になったらもうこうしてられないのかな」
「ちぇんはあったかくないと、いや?」
いつも無垢な元気でいっぱいの顔しか見せたことのないチルノが、不安で泣きそうな顔を見せる。
それが橙に、愛情を起こさせる。
ああ、私の友達はこんなにかわいい子だったんだ、と思わず尻尾を震わせてしまう。
少しきつく、橙を抱きしめた。
「ん……だいじょうぶ。がまんする……チルノちゃんのそばに、ちゃんといるよ」
顔が、勝手に引き寄せられる。
(あ……また、キス、しちゃった……)
「ん……あたい、おかあさんになるんだよね……」
「私、お父さんになっちゃうね……」
しおらしいチルノがかわいくて。
つい、もっと大きな問題を忘れていた。
「いや?」
子供じゃない、女の子の顔で、チルノは聞く。
「ううん、責任とる……」
また、橙は唇を重ねてしまう。
「あの、ね。ちぇん……もう、あたい、赤ちゃんできちゃったんだよね……だから、ね。また……して、“なかだし”……さっきの、ぶつかって、しただけだから……」
「私で、いいの?」
「いいの! いっかいだけじゃなくてもいい! いっぱいして! ちぇんのおよめさんにして!」
チルノが、いつものように子供っぽく、脚をバタつかせてねだる。
でも、それさえも。橙がいつも知っているチルノとはもう違って。
「私とチルノちゃん、結婚……するの?」
「うん! せきにんとってくれるんだよね?」
幼い顔に、びっくりするほど女の顔で答えるチルノが、橙の鼓動を激しくする。
体を重ねているから、お互いがどきどきしてるのが……わかる。
「結婚したら、毎日……していいよね」
「え……あたいに、まいにち……“なかだし”するの?」
「うん……しちゃう」
「……いいよ」
夕暮れまで、何度も。
チルノを己のものにするために。
橙はチルノの中に、己の体液を流し込んだ。
『偶然』、夕暮れまで誰もその道を通らなかった。
その日、チルノは橙と共に八雲家に来た。
「藍様、ただいま……」
「…………」
台所で夕食を作っていた藍は、その声だけで橙が何か失敗をして帰って来たことがわかった。
(慰めるべきか、叱るべきか……しかし誰か連れているようだな。おとなしいし、あの蛍か夜雀あたりか?)
冷静な妖狐は、ありうる状況を考えながら。手早く手を洗い、火を弱める。
幸い、紫は最近外をうろついて帰ってこない。
藍自身の裁量でなんとかなることなら、なんとかしてやろう。
そう、頭の中で算段を立てながら居間にやってきた藍だったが。
「ん……? お前は橙たちとよく遊んでいる氷精だな。ずいぶん静かじゃないか」
少し予想外の来客だった。
確か、何度か来た時はひどく騒がしく、紫さえも怒らせていた氷精である。しかし今は橙と二人、おろおろと用件を切り出すことすらできずにいる。
(ふむ……少々のことでは動じないタイプだと思っていたが)
「何かあったのか、二人とも」
橙がびくりと、身をすくませ、怯えを見せる。
チルノはどう振舞えばいいのかわからず、困惑しているようだ。
(橙が氷精に何か度の過ぎたことでもしたのか? それともどこかを壊したとか……)
「どうした? 何か悪いことをしてしまったのか?」
少し声を厳しくして、問いただすと。
橙はようやく口を開いた。
「あ、あの、藍様、怒らないでください」
「ああ、怒らないから言ってみなさい」
麦茶を湯飲みに注いで口に運ぶ。落ち着いておくべきだろう、と。
しかし。
現実は時に計算を粉々に打ち砕くもので。
「藍様、ごめんなさいっ! チルノちゃんに“なかだし”したら、赤ちゃんできちゃいましたっ!」
「あたいの中に、ちぇんとのあかちゃんがいるのっ!」
ぶぅぅぅぅーーーーっ!!
「藍様、大丈夫ですかっ」
「うわ、きたない」
八雲藍は沈黙した。
(……え? うそ? ありえない。でも猫又だし、猫ってよく子供うむし……そりゃ私だって昔は……いやいやいやいや……橙はいつまでも永遠に幼い黒き猫…………だいいち、橙って女の子だし……きっと冗談……ちがう、二人とも本気……で、でもどうやって種付けとか……中出し? 中田氏? NAKADASI?? 今の橙には男の子のアレがあるってこと? それはそれでなかなか……私もご相伴に……って、いやそうじゃなくて、妊娠とかそんな相手妖精だしそりゃ、二次創作じゃ一番アレされてる子だけど、だからってなんでウチの橙がそんなふしだらな……ばかっ、そうじゃないだろう。モラルの問題はこの際後回しだ! 私だってケモノとして昔はいろいろしてたんだし、橙が自制できなかったからって私にとやかく言う資格などない! 橙が身重になって帰ってくるよりはマシだろう! お、落ち着け…………心を平静にして考えるんだ、八雲藍…こんな時どうするか……2…3、5…7…落ち着くんだ…『素数』を数えて落ち着くんだ…『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……私に勇気を与えてくれる……11、13…17…19、23、29……そうだ、そういえば……そもそも、どうして橙にそんなものが……橙はれっきとした牝だぞ……式にする前にじっくり目に焼き付けて……って……そうだ! 性別、そんな境界を操れるなんて原因は一人しか……)
「藍様? だ、大丈夫ですか?」
「このいえに、およめにきてだいじょうぶか?」
「うーん、猫たち住ませてるところあるから、そっちで暮らそっか」
「ねこかー。なつはよってくるのに、ふゆはにげるんだよなー」
びくり。
藍が跳ね起き、立ち上がった。
「わわっ! どうしたんです、藍様!」
「うわ、びっくりしたっ!」
「紫様ーッ! アンタなんてことをーッ!!!」
ふわり、と身を浮かべた藍が叫ぶ。
「え? 紫様がどうかしたんですか?」
「そうよ! これはちぇんとあたいのもんだいなんだから!」
二人には見向きもせず、藍は恐ろしい形相で障子を突き破り、すっかり日も暮れつつある空を飛んでいくのだった。このような洒落では済ませぬ悪戯をした(であろう)主に問い詰めるため。
「……藍様、行っちゃった」
「ゆかり、なにかかんけいあるのか?」
残された二人は首をかしげるばかりだったが。
その後、用意されかけていた夕食を二人で食べて。
二人、同じ布団の中でまた何度も“なかだし”をし。
手をつないで眠ったことは言うまでもない。
そして。
この、まさかのカップルが、できちゃった婚による婚礼をあげたことで。
勘違いした他の住人たちによる、もっとシャレにならない真の“なかだし”祭りが始まろうとしていた……。
◆◆◆◆稗田阿求の手記◆◆◆◆
これから起きた異変については、幻想郷の多くの住人が口を閉ざし、また各種圧力によって幻想郷縁起からもこの異変については全てが抹消された。ただ、この異変によって、多数の新たな住人が“生まれた”ことは確からしい。
異変の結果のみを私的に記しておこう。
異変の元凶たる“幸運の素兎”は、十月十日の後に出産の気配のないチルノに疑問を持った者たちによって問い詰められ得意げに自らの犯行を自白。主たる住人全てが“幸運の素兎”を追い回すかと思われたが、多くは気にせぬ様子(というよりもいろいろと婚礼が行われてしまっており、妊娠者も多かったため)で、“幸運の素兎”は事実上無罪放免となった。
この異変は、月面戦争並みの過去最大規模の影響を幻想郷に与えながら、痴話喧嘩の類を除いてはまるで弾幕も妖怪退治も発生しなかった。また元凶への責任追及も無きに等しいものであった。こうしたことは、戦闘能力基準に妖怪を判断する危険性を示している。
“幸運の素兎”因幡てゐは、実に恐るべき狡猾さを持った妖怪を認識せねばなるまい。その危険性は、わかりやすい活動をする各勢力のトップとはまるで違う恐ろしさだ。将来の幻想郷にも注意を呼びかけたい。
追記:私、稗田阿求に関してこの異変の影響はほぼなかった。縁起に編纂すべき人数がやたらと増えたことは億劫だが。私に対してこの異変の核たる感情を抱いてくれる相手がいなかったことは、少し寂しい。
手段と目的を取り違えるんじゃないの?
それを差し引いてもこれはひどい。
だがこれはタイトルの時点でアウト。
タイトルだけで見てて不愉快です。
別にいいんじゃない?面白いかどうかは微妙だけど。
どこにそんなに過剰反応したんだか。
でも笑った俺の負けwwwwwwww
途中まではよかったんだけど、微妙に入るメタネタで一気に冷めた。
俺はセーフだと思うけど、アウトとセーフの境界を探るような作品は規約違反になるんだぜ。
規約読んでます?
単純に作品としてもつまらない。オカズ求めてる人達のところでしっかり描写すれば神っていわれるんじゃないですかね^^
作者の思いついちゃった感がひしひしと……まあ、セクハラみたいな印象だけどな!w
他の方も仰っている様に、アウトとセーフの境界を探りすぎと最悪な場合、管理人様が今まで以上に厳しい規約を提示される場合も考えられます。
個人の考えで「面白ければいい」という自分勝手な考えで投稿すると、創想話に投稿される他の方々への多大なる迷惑になり得るという事をよく考えてみてください。
その為に、こういったSSを投稿する場所が他にあるのですから。
あとタイトルにも入ってる例の言葉。これはどう考えてもアウトだと思います。
少なくとも常識的には公共の場で使っていい言葉ではないですよね?
この言葉を、例えば街頭で口にしたらどうなるか、それを聞いて貴方自身はどんな気分になるだろうか。
ほんの少しで結構ですから想像してみて下さい。
なお、音を残して当て字にするのは全く言い訳にならないと私は思います。
とりあえず※2の方もおっしゃる通り、せめてタイトルだけでも変更なさるべきかと。
これだけは創想話を見ている限り回避不可能ですから。
内容については何も申しません。
面白かったと思う人もいれば、面白くなかったと思う人もいるでしょう。
ただ複数の方が言われるように、こうしたものを「不愉快」に思う人がいる事実は、
ご自身の思想はどうあれ心にとどめておいていただきたく存じます。
既にアウトです。
敢えてこの場に出したその根性に加点します。
せめてタイトル変更、又はタグ、文頭に警告をつけるべきだと思う。
てゐ、それは笑えない悪戯だぜ……。
タイトルでまさか・・・ね?とは思ったが
アウトの境界を見事にを越えてるかと
内容そのものは創想話内でもごくありふれた勘違いを題材とした話ですし、
オチまでの構成もテンポも良く、作品としては面白いのでこの点数とさせて頂きました。
ここまでのコメントでの非難を浴びた理由としてはやはり下ネタに分類される公共にふさわしくない言葉をタイトルや内容に露骨に使用したのが1つ、
あとがきからアウトとセーフの境界を探る目的で作品を投稿したと見られた事で、多くの創想話読者の反感を買った事でしょう。
皆様のコメントはどれも正しい事を言っていますので、これを機に東方創想話の読者の土壌についてご理解いただきたいと思います。
できれば自分としてもタグ、文頭に警告を追加してほしいと思います。
個人的にはさくさく読めて楽しかったですが、
創想話では非難囂囂なのも致し方なしですね。
ぶっちゃけ面白いと思います。
創想話以外で読んでいたら始終快哉してたと思います。
実際笑ってましたけどねw
てゐの黒さとか、藍の焦りようとか、「洒落になってねーぞこれww」な部分とか、
個人的には壺でした。
次作は自重した良い作品を期待していますー