Coolier - 新生・東方創想話

年末年始の過ごし方

2011/01/15 03:44:04
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《しゅうまつのすごしかた》



 深々と雪が降る幻想郷。
 その東の果て、博麗神社の縁側で、二人の少女が腰を下ろしていた。
 否、正確に記すならば、少し変わってくる。
 社の主である博麗霊夢は確かに腰を下ろし、座っていた。
 しかし、もう一人の少女、東風谷早苗は、縁側に寝そべり、霊夢の膝に頭を乗せていた。

 珍しい光景だ。

 これが逆ならば割と茶飯事であり、週に二度は行われている。閑話休題。

 膝の上の早苗の頭に、霊夢が手を伸ばす。
 艶のある髪を指で梳いた。
 二度、三度。

 癖っ毛だけど、指の通りは良かったはずよね――霊夢は、ぼんやりとそんなことを思った。

「んぅ……」
「あ……起こした?」
「え、あれ、私……?」

 早苗が虚ろな瞳を開く。
 覚醒しきっていないため、言葉も覚束ない。
 そんな状態でも身を起こそうとしているのは、何時の間にか眠ってしまっていたのを非礼と感じているからだ。

 解らないはずがない霊夢は、髪に置いていた手を額に移した。

 然程強く押しもしないのは、起きなくてもいい、と言うデモンストレーション。

「そう言う訳にも……」
「疲れてるんでしょう」
「……まぁ」

 そして、霊夢は行動以上に言葉で、早苗を強く制止した。

 髪の乱れや肌の荒れなど、推測材料には事欠かない。
 加えて、早苗はやってきてすぐにうつらうつらと舟を漕いでいた。
 幾ら言葉で誤魔化そうとしても簡単に見破れてしまうほどに、疲労が溜まっているのだろう。

 そう霊夢が解っていることを、勿論、悟らぬ早苗ではない。

「暫く、膝を貸すわよ」
「……それでも」
「早苗?」

 手に手が重ねられる。
 ほどほどの手入れに少しのあかぎれ。
 だが、自身よりも白い手に傷が付いているのを、霊夢は妙に痛々しく思う。

 気付けば、握られていた。

「寝てなんていられません。
 私には、……時間がないんです。
 少しでも長く、少しでも多く、貴女と話をしていたい」

 虚ろだった早苗の瞳に、光が灯る。
 意志の強さを示す真っ直ぐな視線。
 しかし、手の力は変わらなかった。

 代わりとばかりに握り返し、霊夢は呟く。

「……言ってんじゃ、ないわよ」

 早苗の瞳が揺らぐ。
 声は届かなかったのだろう。
 けれど、思いは伝わっていると霊夢は踏んだ。

 互いの感情が読める程度に、彼女たちは共に同じ時間を過していた。

「勝手なこと言ってんじゃないわよ!
 あんたに時間がないことなんて解ってる!
 だけど、それは私も同じ! だから! だったら……!」

 手を握る。
 強く、強く握る。
 行為は、自身を刻みつけるためのエゴ。

「だったら、辛そうな笑顔を見せられるより、安らかな寝顔を見ていたいのよ……」
「ふふ、可笑しな霊夢さん。今生の別れと言う訳でもないのに……」
「……笑うな。お互いさまでしょ」

 それは、霊夢にしては珍しい、むき出しの感情だった。



「あいつら、去年も同じようなやり取りしてなかったっけか」
「一昨年もね。……でもほら、曜日は違うし?」
「圧倒的に眼鏡率が足りない。や、何の話だ」

 ――凡そ、一年振り。



 縁側に腰を下ろしている少女は二人だが、庭にいる少女は四名だった。
 霊夢と早苗に加え、霧雨魔理沙とアリス・マーガトロイド。
 博麗神社において割とよくある光景だ。

「まぁ、そろそろ二人とも時間の自由が利かなくなるでしょうし、仕方ないわよ」

 戯れる二人を見て呆れる魔理沙に、アリスが微苦笑しながら補足した。

「早苗は忙しくなりそうだが、霊夢はどうだろうなぁ」
「お札か座布団が飛んでくるわよ?」
「一緒だぜ」

 予想は外れ、飛んでこなかった。

「どんだけ二人の空間作ってるんだよ……!」
「ふぅむ、流石は結界の巫女ね」
「巧いこと言ったつもりか」

 突っ込みに肩を竦め、アリスが続ける。

「随分と霊夢も素直になったわよね。
 早苗と私たちに対する態度の違いは、普段の関わり方の違いだって判ってはいるけれど……。
 あんなに可愛い反応を返してくれるんなら、私も来年は霊夢に対する態度を改めてみようかしら」

 微笑と共に呟かれた言葉は、本心半分冗談半分。

 傍らの魔理沙にも、それ位は解っている。

「……ともかく、忙しいって言ってもたかだか一週間ほどだぜ?
 あっという間じゃないか、そんな時間。
 霊夢も早苗も大袈裟だよな」

 だから、揶揄するような言葉は冗談半分で、もう半分は――。

「あ。一週間と言えば、私も、それ位は外出できないわ」

 もう半分は置いておいて、魔理沙が一瞬、固まった。

「……あー、なんだ、その、大掃除が終わっていないのか。仕方ないな、手伝ってやろう」
「終わってるわよ。そうじゃなくて、母さんがね、来るらしいの」
「知ってるが、そんな冷静な突っ込みは……んな!?」

 困ったような、それでいて嬉しそうな声を出し、微苦笑を浮かべるアリス。

 魔理沙は知っている。
 アリスの‘母‘神綺の子煩悩っぷりを。
 そして、負けず劣らず、その母を慕うアリスの本心を。

 ――故に、口をパクパクとした後、結局何も言えず、そっぽを向いた。



「……たかだか一週間程よ?」
「別に何も言ってないぜ」
「ええ、そうね」



 だからアリスも、そっと手を伸ばし、魔理沙の髪を数度撫でるだけで留めるのだった――。



《/しゅうまつのすごしかた》





《第三次産業にまとまった休みなんてない。正月休み? なにそれ美味しい?》



 ミスティア・ローレライは、営む屋台で料理の仕込みをしつつ、頭を悩ませていた。

(年末はいいんだよねぇ……。
 お客さん多いし、財布の紐も緩くなりがちだし。
 実際、宴会の予約がひのふのみ……一杯来てくれるんだよなぁ)

 そんな彼女に近づく影が一つ、それを見守る影が一つ。

(問題は、年始だよね。
 大抵家で過ごすだろうし、入り用が重なって出費も抑えたいだろうし。
 何か考えないと……神社の近くに移動してみようかな。甘酒をサービスで出して……)

 全く気がつかないミスティアに、前者の影が飛び付いた。

「ミ・ス・チー!」
「え、わ、ルーミア? びっくりした」
「この頃遊んでくれなくて寂しいわ。ね、遊びましょうよぅ!」

 ミスティアは、くるりと体を反転させ、影こと友達ルーミアを受け止める。

 ぐりぐりと頭をすりつけるルーミア。
 自身の伸びた爪に注意しつつ、ミスティアは両手でルーミアの髪を撫でた。
 さらさらとした手触りを心地よく感じつつ、新たに出された問題に苦笑を浮かべる。

(さて、どうしたものか)――小首を捻った拍子に、もう一つの影が視界に入った。

 真一文字に結んだ口元は、そうしないと笑みが零れてしまうからだろう。
 その証拠に、向けられる双眸には優しい光が灯っている。
 あと、組んだ両腕の肘を抓ってもいた。

 背筋を伸ばす後者の影は、ミスティアたちの‘知人‘風見幽香だった。

「ミスティア、貴女もそうしていれば、ちょっと背伸びした童女、と言う感じなのに……」
「腕組みはそのおっきな胸が垂れてきたからですかのぅ、幽香さぁいだだ!?」
「花符‘幻想郷の開花‘……やだ、私としたことが、宣言が遅れちゃったわ」

 ごめんあそばせ――。
 幽香が、頬に手を当て謝罪する。
 ルーミアに着弾しないよう、ちゃっかりと弾幕はミスティアの後方から現れるようにしていた。

「……と言うか、私や幽々子にはセクハラするのに、ルーミアには一切しないのね」
「ルーミアにまで手を出したら、私、完全に悪者じゃん?」
「幻想‘花鳥風月嘯風弄月‘」

 以上、ある意味‘ごっこ遊び‘でした。悲鳴は割愛。

 降り注ぐ弾幕に泣き笑うミスティアだったが、前襟をぐぃと引かれ、視線を下に戻した。
 引いたのは、勿論のこと、ルーミア。
 頬がぷっくり膨らんでいる。

「ずるいずるい! 私とも遊んでよぅ!」
「や、割と真剣に痛かったんだけど」
「え! また幽香が意地悪したの?」

 聞いてすぐ、ルーミアが振り返る。
 浴びせられるだろう叱責に、顔を引きつらせる幽香。
 それから先の展開が容易に想像できて、ミスティアはまた苦笑する。

 だから、ルーミアの口を両手で塞ぎ、幽香に視線を送った。

「ごめんルーミア、言い方が悪かった。
 私がボケて、幽香はそれにつっこんだだけだよ。
 誰も悪くない……こともないか。若干、私に非があったかな」

 対する幽香は、片目を閉じ、肩を竦める――‘それでいいの?‘。

 ミスティアはこくりと頷いた――‘まぁ、本当だし‘。

 その仕草を真似るかのようなルーミア――‘かぷ‘。

「……かぷ?」

 ルーミアの口元には、ミスティアの手が広げられていた。
 言うなれば、夜雀の掌があったのだ。
 つまり、手羽先。

 正式には鶏の肉のことを言うが、細かいことを気にしてはいけない。

「あぃだだだだだ!? ルーミア! 犬歯が! 俗に言う八重歯が! 鬼歯とも言う!?」
「もう、みすひー、ひゅぅかとばっかりずるひわ! わたひもあひょぶ!」
「何言ってるかわかんないけど段々気持ちよくなってきたぁ!」

 捕食されているはずなのにね。

 歯が、一旦指から離れる。
 何もミスティアの悲鳴に遠慮をした訳ではない。
 ルーミアは、更にもう一本くわえるために、大きく口を開いたのだ。

 再び閉じる――‘がちんっ‘――直前、狙いが遠ざかった。

「あれ?」
「駄目よ、ルーミア」
「あ、抱っこされたから届かなかったんだ」

 言葉の通り、幽香がルーミアの腹部に両腕を回し、持ち上げている。

「あー……助かったよ。ありがと」
「こうしたかっただけよ。助けるのはこれから」
「最近のあんたを考えると本心からそう言っているような……え?」

 甘噛みされていた指を振りつつ、ミスティアは幽香に視線を向けた。
 助けるとはどういうことだろうか。
 言葉の真意が解らない。

 問うよりも先、幽香がルーミアを抱いたまま、背を向け少し離れた。

「ねぇルーミア。
 遊ぶなら、私とでもいいでしょう?
 ミスティアお母さんはお仕事を頑張らないといけないんですもの」

(お母さんって何だ)

 思いつつ、ミスティアは声に出さなかった。
 幽香が真実、助け船を出そうとしていることに気がついたからだ。
 その方法が‘ままごと遊び‘と言うのには、この際目を瞑ろうと密かに苦笑した。

「うー……でも、昨日も我慢したよ?」
「一昨日には遊んでいたじゃない」
「そうだけど……」

 二名の会話を耳にしながら、ミスティアは仕事に再び取りかかる。

「ルーミア、我儘ばかりを言っては駄目よ。
 だって、貴女ももう少ししたら、お姉さんになるんだから」

 腕をくるくると回し、首の骨を鳴らした。



「冬が往き、春が来れば、リグルママが私たちの妹を連れて来てくれるのよ」
「あんたが娘扱いなのは聞き流すとして、誰がパパだぁ!?」
「だから、一家の大黒柱には頑張ってもらわないと」

 突っ込まずにはいられなかったミスティアに、幽香が区切りをつけ、ウィンクを送る。

「――ね、ミスティアお母さん?」
「気合と根性でどうにしかして卵子で頑張れと言うことですね、わかります。やったらぁぁぁ!」



 咆哮はどちらの意味か。
 ともかく、ミスティアのやる気は高まった。
 冒頭に悩んでいた問題は全く解決していないが、きっと今の彼女なら乗り越えられるだろう。



《/第三次産業にまとまった休みなんてない。正月休み? なにそれ美味しい? 改め 何方か解決する方法を教えてください》





《年越しは貴女と》



 ――天界の端。

 比那名居天子は地上を眺めていた。
 彼女は今、一人きりで其処にいる。
 過すべき家から抜け出してきていたのだ。

 そんな天子の後ろに、するりと降り立つ影一つ。

「何処に向かわれたのかと思えば……こんな所に居られたのですか」

 振り向く天子の視界に移るのは、顔馴染みの永江衣玖だった。

「歳末だと言うのに、貴女もご苦労なことね」

 素気なく、天子はぽつりと呟く。
 彼女は無表情を装っていた。
 しかし、言葉は本心だ。

 何の因果か世話役を任されてしまった衣玖を、心底労っている。

「私は構いません。
 ですが、何もこんな日に、と言うのは同意します。
 総領娘様、比那名居様とお母様が心配されていますよ」

 眉根を寄せる衣玖の言葉に、天子は二度、小さく顔を顰めさせた。

「……わかってる。
 地上に行くつもりなんてないわ。
 だけど、だから、少し一人になりたかったの」

 言って、衣玖に背を向け、視線を再び下に落とす。

 天子の視界に移るのは、雲や山。
 しかし、彼女の思いはその更に下にあった。
 地上にある二つの神社や人間の里――そう言った場所を、頭に描いている。

 天子は、独り言のように続けた。

「私さ、今までずっと、年越しは家で家族と迎えていたの。
 だから、偶には他の誰かと過したいな……って。
 それができないなら、せめて一人で、って」

 我儘を言っていることはわかっている。
 この日のために、父親が仕事を早く終わらせたのを知っていた。
 それでなくても、天子は、家族と過ごす時間の大切さを理解している。

 だと言うのに、地上へと思いを馳せるのは、良かれ悪しかれ同年代の少女たちに影響を受けているからだろう。

「総領娘様……」

 近づいて来ていた衣玖の足音が、ぴたりと止まった。

「それはつまり、想いを寄せる何方かと年を跨いでセルフ除夜の鐘を突きたいと」
「いや、そんなんいないけど。……セルフ、えっと、何?」
「申し訳ありません、取り乱しました」

 真摯に頭を下げる衣玖。
 淀みのない言葉に動揺は見当たらない。
 自身の知識の外の冗談で外したんだろう――少なくとも、天子にはその程度の認識だった。

 暫く経っても姿勢を戻さない衣玖に仕草で顔をあげさせ、次いで天子は手近な岩に座るよう指示する。

「想いを寄せるとか、そう言うのはまだよく解らない。
 だから、単に友達や知人と年を越してみたかったの。
 馬鹿騒ぎとかそんな感じでさ」

 衣玖が息を吐き、胸を撫で下ろす。
 本当に動揺していたようだ。
 天子は微苦笑する。

 ――そして、ぽんと手を打った。

「そうだ衣玖、貴女と過ごせば満足できるわ」
「え……えぇ!?」
「あ、同族の仲間がいるんだっけ。無理にとは」
「蹴散らせてみせますわ!」
「や、そこまでしなくても。除夜の鐘までだし」

 天子の言葉が終わると同時、衣玖の視線が地上に落ちる。
 掌に集められるのは妖気混じりの雷。
 今年度最大の出力。

「貴女、それで何をしようと言うのよ」

 呆れ混じりの突っ込みに、集められていた妖気がしおしおと霧散する。

「この瞬間を永遠に……」
「えーと、それは流石に嫌かなぁ」
「貴女の言葉は百万ボルト。……あ、ですが、その」

 言葉を詰まらせる衣玖。
 珍しく、天子にも表情から意志が読み取れた。
 何事かを気付き、言おうか言うまいか悩んでいるようだ。

「どうかした? ……やっぱり仲間と過ごしたいとか」

 ――否、言いたくはないが言わないといけないだろうな、と実に歯がゆい表情。

「いえ、私のことはお気になさらず。ただ、地上の鐘の音が此処で聞こえるのか、と」
「あぁそれなら大丈夫よ。きっと、届くわ」
「届いてしまうんですか……」

 どこか気落ちしたように見える衣玖を疑問に思いつつ、天子は笑いかけた。

「今年一年……って言うのはまだ早いか。
 残り時間は一緒に過ごすんですもの
 後数分だけど、宜しくね、衣玖」

 一瞬固まった衣玖が、顔を背け、ぽつり呟く。

「天子様まじ天使」

 珍しく名前で呼ばれたな、とか。
 それはともかくどうして二度呼ぶんだろう、とか。
 色々不思議に感じつつ、天子はそっと衣玖に寄りかかる。

 暖を取るためだったのだが、予想以上に熱かった。



 そして、数分後――天子の言葉通り、大きな大きな鐘の音が、雲を越え、天をも穿ち抜くのだった。



《/年越しは貴女と》





《遍く響き渡る除夜の鐘》



 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「耳がー!? 耳がー!?」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「ぬえ! だから、耳栓をつけなさいと言ったじゃありませんか!」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「センチョ!! もっと大きな声出さないと、聞こえないよ!!」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「あぅぅ、一輪、耳栓ありがとう……。と言うか!! ‘超人‘状態の聖の力に耐える鐘なんてどうやって作ってたのさー!!」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「あ、それは、ナズーリンと星がとても硬い鉱物を探し出し、雲山が鋳造したんですよ」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「もっとふしげんのデータが飛んだ。泣きたい。……センチョ!! だから、聞こえないって!!」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「ムラサの声は!! 響くんだけど、大きくはないもんね!!」

 ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおんんんんんんんんんんん!!!!!

「どうせちっぱいですよ!
 あ、聞こえないんでしたっけ。
 ……えと、一輪、いつもありがとうございます」

 んんんんんんんんんんんんん……。

「なに、センチョ? もうちょっとだけ大きくしてくれない?」
「え、え、ですから……好きです!」
「もう突き終わってるよ?」

 んんんんん……。

「ありがと。私もだよ、水蜜」
「って、澄ました顔で返さないでくださーい!」
「絶対、一輪は気付いてたよねぇ。やるなぁ……」

 んんん……。

「こらこら、皆、何を騒いでいるんですか」
「あ、聖! 一輪とムラサが愛を確認し合ってたんだよ」
「ぬえー!? 貴女いい加減にしないとモザイク処理しちゃいますよ!」
「R18Gってやつだね。……姐さん、お勤めお疲れ様です」
「え? 私はまだ何もしていませんよ」

 ……――。

「聖、準備が整いました。最後の一打をお願いします」
「はい、今年最後の務め、お疲れさまでした、星。それに、ナズーリンも」
「私は数を数えていただけで疲れちゃいないよ。ここ数百年突き間違えることなんてないのに、御主人は心配性だね」

 ……ぉぉぉ。

「え、あれ、じゃあ」
「今さっきの轟音は星が打っていたと言うことですね」
「そいでもって、姐さんから出ている、風きり音と地響きすら伴う‘力‘の現れは……」

 ぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!

「私も、準備が整いました。――超人‘聖白蓮‘!」

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!

「さぁ、ナズとぬえは再度の耳栓喚起を! 一輪と村紗は集まった人間たちを建物内に避難させてください!」
「御主人でアレだったからね。今の聖なら、ちょっとした兵器並みの威力だろう」
「耳栓で大丈夫かなソレ!?」
「総員、この場より退避! これより聖輦船は対弾幕シールドを張ります!」
「センチョ、そんなのあったんだ。……って、星はどうするの!?」

 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!

「勿論、聖の傍に」
「星、この地の遍く場所に鐘が響き渡るよう、力を貸して下さいね」
「貴女に頼って頂けることが、私の誇りとなります。今年最初の務め、仕りました!」



 こうして、日が変わると同時、天界も彼岸も地獄にさえも、除夜の鐘が響き渡るのだった。



《/遍く響き渡る除夜の鐘》





《兎が年賀状を届けにやってくる》



 明けて一日。

 永遠亭の主、蓬莱山輝夜の命にて、亭の住人は一人残らず出払った。
 昨年世話になった者たちへと年賀状を届けるためだ。
 無論、輝夜自身も出向いている。



 以下、幾つかの例を挙げてみよう。



 組織ぐるみで交流のあった白玉楼には、複数羽が出向いていた。
 鈴仙・優曇華院・イナバと因幡てゐ。
 加えて、幼妖兎二羽。

 誰よりも、白玉楼の主、西行寺幽々子が大騒ぎだった。

「まーまー、まーまー、明けましておめでとう、うどんげ、てゐ、蒲公英、菫!
 遠かったでしょう? 寒くはなかった? お腹は空いていない?
 お節がたんとあるのよ、食べていって頂戴ね」

 初っ端からこの調子である。

 ありありと喜びの表情を浮かべる幽々子を見、既に挨拶を済ませていた鈴仙にも笑顔が咲く。

「幽々子さんが楽しそうでなによりです。ね、てゐ?」
「うんまぁ、それはそうなんだけど……妖夢、節作りお疲れさん」
「驚くべきことに、全てを幽々子様がされました。……って、蒲公英さんと菫さんが埋もれている!?」

 亡霊の姫の抱擁は、とても柔らかそうだった。

「うさー……」
「つめたくて、あったかいです……」
「ご、ごめんなさい、蒲公英、菫! 私ったら年甲斐もなくはしゃいじゃって」

 くらくらと頭を振る二羽を撫でる幽々子に、従者の魂魄妖夢が半眼となり呟く。

「本当ですよ、もう。干し柿のような甘さで初孫を愛でる祖母と言う訳でもあるまいし」
「だって、妖夢は子供扱いすると怒るし、赤ちゃんも産んでくれないし」
「新年早々孕めと言いますか!?」

 昨年も何度となく見た何時も通りの光景に、鈴仙が笑み、てゐが微苦笑する。

「邪魔しちゃうかなって思ったけど、妖夢も楽しそうだし、来てよかったね」
「そいでも、孕むとか言っちゃうのはどうだろう」
「みょん!?」

 悲鳴を上げる妖夢。
 首を傾げる鈴仙と幼妖兎。
 そして、溜息を吐くてゐに笑いかけ、幽々子は室内へと誘った――。



 輝夜がまず向かったのは、昨年末、新たに友達となった人形遣いの家だった。

「あら、美しくも可愛らしい兎さん、新年明けましておめでとう。
 ……ふぅん、そう、アリスちゃんに用がある、と。
 ごめんなさいね、三が日は親子水入らずなの」

 けれど、玄関先で輝夜に声を返すのは、逞しい一房の髪だった。

「あ、水入らずとは言えお風呂には入っているわよ? アリスちゃんったら何時の間にかグラマーになっていて」
「‘グランギニョル座の怪人‘」
「ぽんきゅぽーん!」

 室内で奏でられる悲鳴やら爆発音に、輝夜はくすりと笑みを零した。

 数分後、疲れた表情のアリス・マーガトロイドが顔を出し、輝夜の笑みが更に柔らかくなる。

「おめでとう、アリス。だけど、ふふ、邪魔をしてしまったようね」
「……あー、貴女と口でやり合って勝てる気がしない。そうね」
「私も他に行く所があるから、早々に退散するわ」

 袖で口を隠す輝夜に、アリスが半ば自棄気味に言葉を認めた。

 輝夜は知っている。
 待ち人がいる者の心境を。
 尤も、彼女自身は大体において、待たせ続ける側だったのだが。

 輝夜以外の指摘ならば反論の一つも出すのだが、アリスもそう推測し、言葉を切ったのだった。

「はい、年賀状」
「ありがと。……それはそれとして」
「ん? なに? どうかした?」

 言葉の節度に、輝夜は頭を振る。

 神綺が彼女を『兎』と呼んだのとアリスが最初に詰まった原因が、そこにあった。

「強調しなくても見えているわよ。その付け耳、何?」
「だって私には生えていないんですもの。尻尾もあるわ。ほら!」
「永遠亭のトップとして、ってところかし……お尻を突き出さない!」

 綿で作られた疑似尻尾が袴の上に縫いつけられています。念のため。

 ころころと輝夜は笑う。
 屈託のない表情が、アリスの微笑を誘った。
 笑みをかわし合う少女たちは、まるで絵画のようだ。

 その様は、付け耳付け尻尾の強烈な違和感さえも、吹き飛ばす。

「じゃあ、そろそろ行くわ」
「次は何処に向かうの?」
「藤原の姫の所よ」

 アリスの顔が引きつった。

「貴女であんなリアクションだったんだもの、もこたんはどう返してくれるかしら、楽しみだわ」
「あー、いい笑顔。三が日早々保護者に心配かけないようにね」
「可愛らしい半人半獣に怒られない程度にするわ」

 そっちじゃなくて――口を開きかけるアリスはしかし、押し黙った。

 アリスは気付いてしまった。
 しかし、思い違いかもしれないと踏み止まる。
 (まさか彼女が)――疑惑を払拭するために、躊躇いを乗り越えた。

 敢えて核心を避けたのは、心の何処かで確信していたからかもしれない。

「ねぇ輝夜、その、耳や尻尾は、永遠亭の全員が付けているの?」
「自前がほとんどよ。付けているのは、私含めて二人だけ」
「聞かなきゃよかった……!」

 頭を抱えるアリスに、輝夜は悪戯めいた微笑を浮かべる。
 その表情は、眼前の友達ともう二名に向けられていた。
 二名とは、出向かせた者と迎え入れるだろう者。

「まぁ、付けていると言うよりは、着ているって言った方が正確なのだけれど……ふふ」

 極上の笑みを置き土産に、輝夜は、エクストラステージへと心躍らせるのだった――。



 和と洋、光と闇、秩序と混沌――相反する性質が共存している場所、スキマ。
 出向いた者と迎え入れた者が、暫し無言で向かい合っていた。
 前者は八意永琳、後者は八雲紫。

「……明けましておめでとう、永琳」

 極度の緊張を強いる沈黙に耐えきれなかったのは、紫の方だった。

「私、冬眠中なんだけど、とか。
 どうやってスキマを見つけたの、とか。
 ……そんな些細なことはどうでもいいわ」

 言葉を切り、紫は永琳を直視する。

「その恰好は、何?」

 ‘天才‘‘月の頭脳‘、そう称される永琳は――兎の着ぐるみを着ていた。

 『わくわくななだっけ』の麦のオプション(厳密に言えば種族は明かされていない)。
 『機動戦艦なぜなに』の艦長のコスプレ(解説役にあらず)。
 あんな感じ。

「……とりあえず、おめでとうウサ」
「ぐ……っ。あ、挨拶はいいわ、質問に答えて頂戴」
「姫様が、『えーりんの着ぐるみ姿見たいなー』って甘えた声で仰ったんだピョン」

 ‘ウサ‘は聞き流せた。
 だが、‘ピョン‘はきつい。きつ過ぎる。
 目頭を押さえていた紫は、返された応えに耐えきれず、顔を上向かせた。

「そんなの、貴女を辱める口実じゃないの……!」

 笑わせるのと笑われるのは違う。
 今の永琳は、勿論、後者に分類される。
 彼女の姫君の要望は、何時だって無理難題だ。

 自身の痴態を本心止めさせようとしている大妖――否、友に感謝しつつ、永琳は、優しい笑みを浮かべる。

「愛おしい輝夜の願いなら、それが例えどのようなことであっても叶えるのが、八意の心意気だピョン」

 ‘ピョン‘で全部台無しだ。

 顔をそむけ続ける紫に、永琳は年賀状を手渡した。
 赴くべき場所は此処だけではない。
 微苦笑を零し、踵を返す。

 しかし、途方もない計算によって割り出していたスキマの出入り口が、何時の間にか塞がれていた。

「何処に?」
「博麗神社ウサ」
「会った直後にテレッテーもあり得るわよ?」

 その覚悟を問うために塞いだのか。
 思う永琳は、目を細める。
 愚問だった。

「そして、弾幕格闘が‘できない‘私は無防備に喰らうでしょう。
 だけれど、それがどうしたと言うの?
 輝夜の願いは、私にとって――」

 ――絶対だピョン。

 振り返り、伝えようとした永琳だったが、続けられなかった。
 細めていた目が、見開かれている。
 一瞬、言葉を失った。

「でしょうね。ならば、貴女と私、どちらかが攻撃を受けている間にその訳を伝えましょう」

 理由は、眼前の友の姿にあった。

「紫!? 大妖たる貴女が、何故そんな恰好を!」
「今は、ゆかぽんと呼んで」
「どうして!?」

 ‘どうして、狸の着ぐるみを纏っているのか‘。

 常日頃の冷静さを欠いた永琳に、紫が、真摯な瞳で毅然と応えた。

「友達の苦難を眺めているだけなんて、真っ平御免。
 共に向かわずして、何が大妖でしょう。
 それが、八雲の心意気ポン」

 丸めた拳で腹を叩く――ぽんっ。

「ゆかぽーん!」
「えいりーん!」

 駆け寄り、抱き合う永琳と紫。
 着ぐるみゆえか、互いに両手が背まで回らなかった。
 しかしこの瞬間、幻想郷において最も輝いていたのが彼女たちだと言うことに、異論を唱える者はいないだろう。



 その後、博麗神社を訪れた二名がどうなったのかは、また別のお話で――テレッテー、テレッテー。



《/兎が年賀状を届けにやってくる》





《天まで届け》



 紅魔館の主、レミリア・スカーレットが、腕を組み、悠然と立っていた。
 地霊殿の主、古明地さとりが、同じ仕草で向き合っている。
 場所は、紅魔館の大広間。

 迎えるレミリアが、先に口を開く。

「ようこそ、我が紅魔館へ。親愛なる、くく、敗戦の将様」

 ぴくりとさとりの眉が動く。

「昨年の意趣返しですか。安い挑発ですね」

 レミリアの瞳が、刃のように鋭くなった。

 二名の言っていることは、共に事実。
 レミリアは、昨年の同日にさとりを降していた。
 さとりも一昨年の同日にレミリアを降し、それ故に地霊殿へと招いたのだった。

「ですが、乗って差し上げますよ」
「そうだ、そのためにお前は此処に来た」

 ――脈々と続く、闘争の系譜。



「去年は福笑いでしたっけ?」
「ええ。一昨年は羽根突き」
「今年はどうしましょう」

 脇に控えていた小悪魔と、その主、パチュリー・ノーレッジが小首を捻った。



 ようは、正月の伝統的な遊びで争っていたのである。
 負けた方が翌年、勝った方の館に赴く。
 できればずっと続けて頂きたい。

 因みに、レミリアは赤色の、さとりは紫色の振袖を着ていた。

「忘れませんよ、去年の屈辱!
 たったヒトリで福笑いを作る切なさ、貴女に解りますか、レミィ!?
 そりゃ何方かが周りにいたら勝負になりませんが――って、こいしなら問題なかったのではー!?」

 今更ながらに気が付くさとり。
 彼女の作った福笑いは、おたふくではない何かだった。
 誰もいないのだからズルも容易だったのだが、そんな勝利を彼女が望む訳もない。

「黙れ、さとりん!
 覚えているか、一昨年の羽根突きを!?
 ちょっと力入れたら羽根が散っちゃって不戦敗って何だそれ!
 しかも、その後フランに『羽根を壊す程度の能力。ぷっ』って笑われたんだぞ畜生めー!」

 思い出し、吠えるレミリア。
 愛する妹に嘲笑されるだけでは留まらず、『第三の目ー』とさとりに落書きもされた。
 しかし、羽子板及び羽根を用意したのは紅魔館側だったので、彼女はそれらを受け入れたのだ。

 ――誇り高き姉たちは、互いに引かず、火花を散らす。

「そう言えば、妹様とこいしは?」
「お二方とも慣れぬ着物ですので、体を馴染ませてから来られると」
「着付けは貴女がやったのよね。……あぁうん、悪魔がなんでとかはもう聞かないわ」

 加えて、十六夜咲夜と火焔猫燐は妖精の扱い方を談義し、紅美鈴と霊烏路空は太陽の恩恵を授かっていた。お昼寝中。

 ほんとに、ずっと続けばいいのにね。

「さぁ、今年の勝負は如何に!?」

 がっつんがっつん額をぶつけ合っていたレミリアとさとりが、パチュリーと小悪魔に視線を送る。

 ふぅむと一つ、パチュリーは唸る。
 出来れば能力差が余り関係しない遊びを提案したい。
 だが、ぱっと思いつく正月遊びはそうそうなく、思いついた双六や独楽回しはレミリアに、歌留多はさとりに分があってしまう。

 図書館に何か文献があっただろうか――思うパチュリーの耳に、ぽんと掌を打つ音が届く。

「そうだ、一つ、思い出しました」

 小悪魔の声だった。

 主二名の瞳が小悪魔へと注がれる。
 身長差故の上目遣いに、小悪魔も笑顔で返した。
 そんな従者に、パチュリーは半眼で先手を打つ。

「先に言わしてもらうけど、『新春特番ドキッ幼女と少女だけの水泳大会』とかは却下よ?」
「お嬢様の可愛らしいお尻がポロリすることはあるんでしょうかパチュリー様っ!?」
「さとり様たちは最悪ドロワだけでもいけるけど、お空は……は、紐がこんな所に!」

 妖精談義をしていた二名が釣れた。

「仰られたことは全く頭にありませんが……」

 申し訳なさそうに微苦笑する小悪魔。
 一瞬固まったパチュリーは、さとりを見る。
 悪足掻きをする魔女に、第三の目を持つ少女はこくりと頷いた。

 ピチューン、ピチューン、ピチューン。

「いやぁ、流石に太陽が近くにいると、冬でも暖かいですねぇ。……おや、咲夜さん?」
「そよ風も気持ち良かったです。うにゅ、お燐、どうして打ちひしがれているの?」
「あはは……、と、お二方とも、外は晴れたままなんですね?」

 外から戻ってきた美鈴と空に、いち早く頭を切り替えた小悪魔が問う。
 二名に質問の意図は解らなかったが、顔を見合わせ、素直に頷いた。
 はふと一息を吐き、小悪魔は己が頬を手で打つ。

 ぱん、ぱん――同時、二つの小さな影が現れた。

「じゃーん! お披露目ー……って、フランも早く!」
「下駄で歩きづら――ちょっとこいし、帯を引っ張らないで!?」

 急くこいしの催促に、現れて早々、フランドールの振袖が乱れる。

「我が妹になんてことを! こいし、もっと回しても宜しくてよ!?」
「ヒトリではまわせない。あ、いやいや。フランさんも是非応戦してください!」

 戯れる妹に黄色い声をあげる姉。
 妹たちの矛先が姉たちに向けられる。
 その直前、小悪魔が、姉たちの眼前に人差し指を立てた。

「めっ!」

 ピチューン、ピチューン。



「こほん――では、勝負の準備を始めましょう!
 咲夜さんとお燐さんは丈夫な紙を用意してください。
 美鈴さんとお空さんは長くて硬い木材をお願いします」

 そして――小悪魔が続ける前に、パチュリーはレミリアとさとりの手を取った。

「要領をレミィたちに教えておけばいいんでしょう?」
「あ、気付かれましたか。はいな、その通りです」
「あれだけヒントがあればね ……だけど」
「お任せ下さい」
「……そう」

 両拳を握る小悪魔に、小さく頷くパチュリー。

 言葉のみで伝えるより、図解もあった方が解りやすい。
 そう判断したパチュリーは、大図書館へと足を向ける。
 自然と考慮の外にしていた理由は、どうやら従者がなんとかするようだ。

 ぺったらぺったら。

「よーし、頑張るぞー!」

 改めて気合を入れる小悪魔に、主はくすりと密かに笑んだ。



 十数分後、全ての準備が整い、紅魔館の庭にて、レミリアとさとりの闘争が切って落とされた。

「ぬ、く、この、うがぁぁぁ!」
「あぁお嬢様、引く力を緩めて下さい!」
「風は丁度いい塩梅です。軌道に乗せれば糸を伸ばして下さいな!」

 我武者羅になりがちなレミリアに、後方から咲夜と美鈴が声援を送る。

「風よ、貴女の声を私に聞かせなさ、あー! 落ちる、落ちてしまいます!?」
「走って! さとり様、疲れたからって止まってないで走って下さい!」
「丁度私と同じ位の高さにすれば止まっても落ちませんよぅ!」

 ついつい休みがちなさとりに、地上から燐が、上空から空が助言する。

 ――今年の遊戯は、凧揚げだった。

 ちょこまかと動き回る二名を、引っ張りだしてきた簡易椅子に座り、パチュリーは眺める。
 凧揚げには体力や知力も必要だが、最も重要なのは技量だろう。
 割とフェアな勝負だと思えた。

 その提案をした自身の従者に対し、満足げな笑みを浮かべる。

「どうしたの、パチュリー?」
「なんか急にニヤっとした」
「……なんでもないわ」

 わざわざ説明する必要もあるまい――パチュリーは、フランドールとこいしの質問をさらりとかわす。

「それにしても、ドンピシャのタイミングで曇ってよかったね」
「違うわ、こいし。あの雲は、多分、呼ばれたのよ」
「そうですわ、妹様」

 上空へと視線を向ける二名につられ、パチュリーも見上げる。
 ふわふわとした雲が、太陽の光をしっかり遮っていた。
 だが、視線を横にずらせば、快晴だった。

「呼んだって、誰が?」
「パチュリーじゃないとしたら……」
「ええ。私の従者が、術を使っています」

 顔を見合わせるフランドールとこいし。
 互いに、目をぱちくりとしていた。
 不思議なものを見たような反応。

 パチュリーは、静かに、けれど愉快そうに続ける。

「『小悪魔にそんな芸当ができるなんて知らなかった』――そんなお顔ですね。
 繰り返しになりますが、アレは私の従者、私の小悪魔です。
 あの程度、出来て当然ですわ」

 自信に満ちたパチュリーの言葉に、しかし二名が即座に首を振る。

「パチュリーが雨雲を呼べるのは知ってるから、まぁ小悪魔もその下位魔法は出来るんじゃないかなーとは思ってた」
「小悪魔さん、弾幕戦以外は器用にこなしそうだもんね。……だから、私たちが驚いたのは」
「貴女が、とっても自慢げに小悪魔を語っていたことよ」

 妙に冷たい風が、一名と二名の間を通り抜ける。ひゅーひゅー。

「さっさと姉どもの所さ行け妹ども! 雨降らせっどー!?」
「きゃーきゃー」
「わー♪」



 そして、送りだされたフランドールとこいしは、レミリアとさとりの声に、各々合わせるのだった――「届け、届け、天まで届け!」



《/天まで届け》





《年始の過ごし方》



 何時もの縁側で、霊夢は緑茶を飲んでいた。

 三が日を過ぎた辺りから博麗神社へ訪れる人々の数は穏やかになり、今では通常営業になっている。
 最近出来た商売敵に参拝客を取られたのかと言えば、そうではない。
 むしろ、相乗効果でも起こったのか、例年よりも忙しかった。

(久々に疲れた。
 妖怪退治よりも肩が凝った気がするわ。
 ……ま、有り難いことに賽銭も多かったし、美味しい報酬も頂けたし、いっか)

 今こうして飲んでいる茶も、盆に乗せられている和菓子も、参拝客から貰った物だ。

 晴れた空を見上げながら、まぅ、と団子を一齧り。

(さて、これからどうしよっかなぁ。
 香霖堂に行って冷やかし……早々に怒られるのも嫌ねぇ。
 魔理沙を押さえとくんだったかな。言って聞く奴じゃないけど)

 つい先ほど、土煙りをあげ魔法の森へと戻った悪友を思い出し、苦笑する。
 魔理沙は、何事かを決心したかのような顔で此処を発った。
 まさかあの表情で自宅に帰るでもないだろう。

 二色は、七色の元へと向かったのだ。

 霊夢は、瞳を右に寄せた。
 その方角は、北。
 妖怪の山の方。

 正確に言えば、その頂上を見据えている。

(……偶には、こっちから行ってみようかな)

 視線をずらしたその途中、北西の空に不自然な雲が見えたのだが、霊夢は特に気にしなかった。

(でも、あっちはまだ忙しそうだし。
 邪魔するのもなぁ……。
 うーん――?)

 視線を正面に戻し腕を組んで唸った、丁度その時。
 霊夢の頬を、優しい風が撫でる。
 凪だ、と感じた。



 再び北へと振り返ると、凪どころではない緑色の何かが向かってきていた。

「霊夢さぁーんっ!!」

(うっそ私が気が付かなかった!?)

 何かの声が届いたのと。
 何かに対して思ったのと。
 何かを何だと認識したのは――同時。

「さな、あ、ちょ、ぷるんぷるん、もがぁ!?」
「お久しぶりです愛いとうございました!」
「いきなり突っ込んでくるなぁ!」

 その一瞬後、突進してきた早苗を、霊夢は抱きとめるのだった。



「だって、一週間ぶりですよ!? 霊夢さん断ちも限界でした!」
「断ち……? ともかく、あいつらも言ってたけど大袈裟すぎ」
「聞こえていたんですか。……えっと、でもですね」
「うん、まぁ、流したけど。……あによ?」
「背に腕を回して頂いているような」

 言葉の通りで、つまりは二人は抱き合っている。

「……久しぶりだし」
「霊夢さん、霊夢さん、霊夢さん!」
「もが! んぅ、だから、顔を沈めるなってば!」

 眉を吊り上げる霊夢に、笑顔で返す早苗。
 後者が、するりと抱いていた腕を解く。
 前者は、少し残念に思った。

 互いに背筋を伸ばし、座布団に坐す。

「ともかく――明けましておめでとうございます、霊夢さん」
「ん、おめでと、早苗。……もうどんだけ言ったことか」
「初めてを奪えなかったことが悔やまれます」
「表現変じゃない? って言うか、あんたの場合――あ」
「どうされました?」
「神社はどうしたのよ。まだ忙しいんじゃないの?」
「三が日ほどではありませんが、結構賑わっていましたね」

 うぎぎ――霊夢はわざとらしく歯ぎしりをする。

 早苗は微笑で応えた。

 少女たちは語りだす。

「けれど、お二方は送り出して下さいました」
「じゃあ今は祀る者が不在ってわけ?」
「その代り、私の衣装を貸してくれ、と」
「いいのかソレ。参拝客が驚きそうね」
「我々の宗派では神徳です。信仰が増えるのは間違いなし!」

 因みに、借りたのは神奈子だけである。
 諏訪子は自前の小さなサイズの物を着ていた。
 なんでそんな物を持っているかと言うと、プレイのためで以下略。

「参拝客と言えば、珍しくも早々に、天子さんと衣玖さんが来られました」
「あー、ウチにも来たわ。天子が衣玖を引っ張り回してたんでしょ」
「思わず、『デートですか』って聞いちゃいました」
「止めたげなさい」
「うふふ」

 親の許しを得た天子は、『ここもあそこも』と言った具合に転々としたらしい。
 尤も、各地点をそれとなく伝えたのは、衣玖だったそうな。
 その理由を記すのは、野暮と言うものだろう。

「んー、話を聞いているとやっぱり、複数詣った人が多いみたいね」
「ウチにここ、加えて、命蓮寺でしょうか」
「そーそ」
「あの鐘の音、聞こえました?」
「月まで届いていたかもね。……いや、あの、聞きに行こうとしないで」

 後々に尋ねてみると、どうやら命蓮寺に赴いた参拝客が一番多かった。
 人妖全てに行きわたらんとした白蓮の願いが届いたのだろう。
 しかしその一方で、仇ともなり、閻魔様に怒られたとか。

「あ、思い出した! 永遠亭と白玉楼の方々は、此方にも来られました?」
「来たには来たけど……なんでそんなにテンション高くなれるの?」
「何故って、皆さん可愛かったじゃないですか。特に妖夢さん」
「ウチに来たのは、オプション含めて、どうかと思ったわ」
「あー、そう言えば、参拝客の方が言っていたような」

 鈴仙とてゐ、幼妖兎は、白玉楼の次に守矢神社へと向かった。
 セットで幽々子と妖夢もついてきた。
 後者は付け耳をしていたそうな。

「そ、着ぐるみが二人。思わずフライング気味に夢想転生ぶっぱしちゃったわ」
「害意があった訳でもないでしょうし、駄目ですよ。後で謝りに行きましょう」
「う。それはまぁ、うん。けど、後でって何処にいるか知ってるの?」
「夜雀屋台で着ぐるみの美女三名が客寄せをしているそうで。お子様に大人気」
「ミスティアの所か。いや、それ、ちょっとした異変のような気が……三名?」

 棚から牡丹餅とはこのことか。
 年始の営業に頭を悩ませていたミスティアは、やってきた紫と永琳に力添えを頼んだ。
 賢き夜雀の願いを無碍にできる訳もなく、二名は快諾し、もう一名は巻き添えにされたのだった。ダンシングフラワー。

「異変云々を言うならば、紅魔館の上空は……」
「霧なら止めに行くけどね」
「確かに、感じる‘力‘も然程には」
「隠すつもりもないんでしょう」
「来る途中、小悪魔さんの声が聞こえました。『ラナー! ラナー!』って」

 結局、今年の勝負は五分五分で、レミリアとさとりは引き分けた。
 それ故来年の顔合わせは、紅魔館と地霊殿の凡そ中間、博麗神社近くの温泉と相成った。
 と言う訳で、必然的に次の勝負は水着着用で、筆者は幻想郷入りの方法を探します。アディオス!



 ――こく、こく、こくん。

 霊夢は、盆から湯呑みを持ち上げ、喉を潤した。
 早苗も、勧められるがままに茶を含み、渇きを癒す。
 とうに冷めていた緑茶は、舌を焦がすこともなく、するすると胃に落ちた。

 盆に湯呑みを置くタイミングが、合わせたかのように重なる。



「それじゃあ、積もる話は蒲焼片手にしましょうか」
「その前に、ちゃんと頭を下げて下さいね」
「はーい」

 右手の人差し指をぴんと張る早苗に、霊夢が渋々とした振りをして返す。

 たかが一週間。
 されど一週間。
 互いに、伝えたいことがまだまだある。



「……ん、早苗?」

 霊夢は立ち上がろうとした。
 しかし、柔らかく押さえられ、留まる。
 不自然な格好で、早苗が右手を右手に重ねていた。

「言い忘れていました」

 代わりとばかりに向けられる、左手の人差し指。
 くすりと笑い、霊夢は自身の人差し指を合わせる。
 二人の指に巻かれた短い糸が、凪に揺られ、はしゃぐように絡まった。



「早苗」
「霊夢さん」



 そして、二人は瞳を向け合い笑いながら互いの名を呼び、言った。



 ――今年も宜しくお願いします。



《/年始の過ごし方》








                      <幕>
明けましておめでとうございます。五十三度目まして。

あれも書きたいこれも書きたいと思った結果、福袋のようにごった煮なお話となりました。
私的にはどれも書きたかった話なのですが、読まれた方が一遍でも楽しんで頂けたのなら幸いです。
そうでなかった場合は……えっと、その、精進します。

あと。書いていませんが、藍様とあややは、今年も温泉でぐだってる。

以上

返信及び誤字訂正(11/01/18)

>>8様
お言葉、ありがとうございます。私も貴方のコメントを励みに、次回作を頑張ります。

>>19様
シュノーケルと水中カメラ、頭一杯の卑猥な妄想を詰め込もうぜ兄弟!

>>温泉の様子も見たい様
時間(15日が個人的な正月の期限)の都合上、泣く泣くカットした面々もいたり。来年こそは!

>>コチドリ様
まず、誤字のご指摘、ありがとうございます。
用法としては間違っている凪は、早苗さんのパーソナル天候なので原文の通りと致します。
また、「夢想天生をぶっぱ」は、確かにシステム上不可能なのですが、流れで採用しました。

衣玖さんの言葉は動揺により出てきたものなので御容赦ください。天子にだけは我を見せないのです。

>>29様
スキマでのやり取りは、筆者としても滾るものを覚えつつ書きました。格好良く。違った感じ方かも知れませんが(笑。

>>31様
タッグ戦を考えると、何故か私は「姉対妹」の構図になっちゃうんですよねぇ……。やってみたい題材ではあるのですが。

>>32様
このお話で一番甘くてやらかいのは、間違いなく幽々様です。屋台の食べ物を幼妖兎に振舞い過ぎて、妖夢に怒られてしまうほど。

>>35様
ぐだっているお話をお読みしたいとは酔狂な。私もまた書いてみたいです。あの二人は楽しい(笑。

>>39様
原作ではラナリオン、原作の原作ではラナルータ、ですね。小悪魔はアバカムとかマホカトールとか覚えてそう。

>>41様
列挙して頂くと、見事に原作の繋がりは薄いなぁと(笑。
ですが、そう言うところを弄っていくのが二次創作の楽しみだと思います。
道標
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コメント



0.1650簡易評価
8.100名前が無い程度の能力削除
すばらしいものをありがとうございます。朝から楽しい気持ちになれました!
19.100名前が無い程度の能力削除
来年は俺っちもついて行くぜ、兄弟!
21.100温泉の様子も見たい削除
幻想郷の、お正月の理想形がここにあった。
22.90コチドリ削除
純真無垢な天子ちゃんに比べて全く何なんですか衣玖さん、貴女ってヒトは。恥を知りなさい、恥を。
「セルフ鐘突きでこれがホントの初夜の鐘、グヘヘ」ですか、続きを書かなかった作者様も恥を知りなさい、恥を!

あとはそうですね、勇者永琳の心意気に〝かちかち山〟も良いのですが、
〝不思議の国のアリス〟で紫様が応えて頂けると個人的には嬉しかったかも。
チェシャ猫はもろ彼女のキャラって感じですし、語尾に「にゃん」なんて付いた日にゃ鼻血もんでしょ、これ。

色々好き勝手書いてごめんなさいね。総括すれば年始年末の幻想郷の雰囲気がとても良く感じとれました。
ちょっと遅い作者様からのお年玉、ありがたくお受けします。
28.80名前が無い程度の能力削除
博麗神社、紅魔館、マヨヒガの話が面白かった。
特に永琳と紫の会話。
30.100名前が無い程度の能力削除
ああ、来年はレミさとだけじゃなくこいフラも参戦だ
31.100名前が無い程度の能力削除
セルフ除夜の鐘のところで去年の煩悩が舞い戻ってきました。どうしてくれるんですか。
お汁粉のように甘くてやわらかい幻想郷の正月、堪能させていただきました。
34.100名前が無い程度の能力削除
文と藍の温泉はなしがもう一回読みたいですw
寺の連中まじやばい
そういえばメディスンはどうしてるんだろう
38.100名前が無い程度の能力削除
ラナとはまた懐かしいネタを。
ドラクエというよりダイの大冒険ですね。
41.100名前が無い程度の能力削除
道標さんの永琳&紫、輝夜&アリス、幽々子と兎たちの関係が好きすぎてたまりません。もう最高です。