これは緋想天の頃のちょっとした 椛 のお話。
もし、椛が少しでも事件に絡んでいたらってことで妄想しました。
< 東方二次作 彼女たちの夏の日 >
その日は夏の日の中でも、日差しが一段と強い日だった。
こんな日は森の草木もあついあついと多少元気がなくなるものだが、さっきの通り雨のおかげで生気に満ち溢れており、逆に日の光を浴びてやろうと精一杯背伸びしているようにも見える。
樹齢が百年を優に超える樹木に、白い毛に覆われた大きな耳を当てると、川のせせらぎに似た木の幹の中を水の流れる音が、彼女の火照った体を少しだけ癒してくれた。
「ありがとうございます。
あなたのおかげで今日も元気がわきました」
涼しげな、彼女を励ますような音から名残惜しそうに体を離し、笑顔ですっかり大木になってしまった古い知り合いに一礼する。
木々が青々と生い茂り、生命の伊吹すら身近に感じることの出来る場所。
妖怪の山の中でも比較的里に近い森の中が、彼女の一番大好きな場所だった。
「はぁ、やはりここにいましたか……椛」
白い尻尾を小さく振り上機嫌に歩を進めようとしたところで、小さな風が巻き起こる。その風で木の葉が舞い上がり、椛の視界を覆うがそれもほんの一瞬。風が収まる頃には見覚えのある人影が、少し不機嫌そうに椛を見下ろしていた。
「哨戒任務ご苦労様、あ~、今日も疲れたぁ……」
不機嫌なのはどうやら疲労のせいらしい。
羽を畳んでから肩を落とし、右手でトントンと左肩を叩いた。取材中や強い妖怪に対してはいつも笑顔で接するものだが、椛の前では素の自分を出すことが多い。おそらくこの表情を一番多く目にしているのは椛だろう
椛も先輩と言うより上司にあたる射命丸 文にぺこりっと頭を下げて駆け寄った。
「文様は取材でしたか。本日もご苦労様……いたぁっ!?」
が、いきなり不機嫌な文の手帖が椛の脳天に直撃し、慌てて距離をとる。
何故叩かれたのかわからず恨みがましい目を文に向けながら、椛は唇を尖らせた。
「なにするんですかっ! ひどいですっ いきなり暴力振るうなんて……」
「なんでって? なんとなく♪」
「なんとなくで叩かないでくださいよ、酷すぎますっ」
少しだけ痛む頭頂部を手でさすりつつ、ぺたんと耳を倒し涙目で訴える。それでも文は余裕の表情でその視線を受け、葉っぱの形をした扇を軽く揺らした。
どうやら椛に攻撃したことでイライラが少しだけ晴れた様である。
「椛、前から言ってるように……
目上の者に対して『ご苦労様』はいけないと何度も言ってるじゃないの。
この前も、飲み会の席で私より偉い天狗に『ご苦労様です』と言って怒られてたのに」
「あ……そういえば……」
文よりも上の鴉天狗の中には、昔からの微妙な言葉遣いにも厳しい者がいて、間違えた言葉を使っただけで大目玉を食らってしまう。各言う文もその被害者の一人であり、自分の作った新聞はできるだけその天狗の手元に渡らないように努力しているらしい。どうしても書き方が軽すぎると怒られてしまうからだ。
「だからって……別に叩かなくても……」
「……なにか言いましたか?」
「い、いえ!? な、な~んにも……」
聞こえないようにつぶやいたつもりが、どうやら文の地獄耳は誤魔化せなかったようで慌てて胸の前で両手を左右に振った。
目を細めながらそれを見ていた文だったが……
「まあ、いいか。椛、私はいまから家に帰って一休みするから、用事があったら呼ぶように」
また叩かれるかと思ってビクビクしていたが、どうやらお咎めなしのようだ。羽を大きく広げて飛び去る文を引きつった笑みを浮かべながら見送り、姿が見えなくなったところで体の向きをくるりと変えた。
「では、いってきます」
改めて大木に向かって手を振って、椛は再び哨戒任務を続けたのだった。
妖怪の山というのはそうそう侵入者が現れるわけではない。
人間はどれだけ危険かを心得ているし、妖怪も自分の縄張りを出て人の住処へと手を出すことはあまりない。昔は若い妖怪たちが自分の住処を広げようと暴れまわったりもしたが、大妖怪 八雲 紫のある作戦ですっかり自制するようになったという。
もちろん椛はその戦いというのに参加していない。
椛は生まれてからずっと山の警備が仕事だったし、自分の能力『千里先まで見通す程度の能力』も戦闘より情報収集向きだと理解していた。
それでも……
「私も、いつかは……」
文のような、力のある天狗になりたいと願っている。
一人前と認めてもらって、幻想郷中を飛び回って……
「……いやいや、お仕事に集中です! 集中!」
杉の木のてっぺんに腰掛けながら、もう一度気合を入れなおし、自慢の瞳で妖怪の山を見渡す。それでもいつもの平和な風景のままで、誰も山に入ってくるような影は……
あった。
最初は人影の大きさから、人間の子供だと思った。
こんなところに迷い込んでいて、危ないなぁと思いながら腰を浮かしたところで、自分の考えが間違っていたことに気付く。
気付いた途端に……全身を寒気が走り抜けた。
あの体の大きさは人間の子供サイズ、されど……
その頭に立派に生えた角が、彼女の正体をはっきりと教えてくれる。天狗の天下になる前の山を治めていた妖怪、鬼である。
先輩の天狗から話は聞いていたが……まさか本物に出会うとは思っても見なかった。そしてその話が本当なら……鬼は鴉天狗と同等、いや、それ以上の力を持っている可能性がある。
このとき、椛がとるべき行動は一つ。
直ちに鴉天狗たちに今の状況を伝えて対処してもらうこと。それこそが本来の自分の役目、哨戒任務を与えられた天狗の仕事。
幸い相手は椛に見つかってことは気付いていないようで、上機嫌に瓢箪を回して山を上ろうとしているところ。報告を阻止されることはないだろう。
だが……
何を思ったか、椛は腰を浮かし、まっすぐ鬼へ向かって飛んでいく。
半分ほど距離を縮めたところでさすがに相手も気付き、椛を見上げて楽しそうに笑った。
「待ちなさい! ここは妖怪の山、鬼がやすやすと入っていい場所ではありませんよ!」
「おや? 鴉天狗が出てくるものとばかり思っていたのに、まさか白狼天狗が出てくるとはね。
まさか、みんな留守とかだったり?」
「いえ、鴉天狗の皆様はいらっしゃいます。しかしあなたは見たところお一人のご様子。
痛い目をみたくなければ即刻退去してください!
子鬼とて、これ以上進めば手加減しませんよ!」
強い口調で相手を脅しながら目の前に着地、そして腰の刀を抜いて鬼に突きつけた。真剣な瞳で相手をにらみつけるその様子は少しでも動いたら斬る、と、相手を威嚇しているようだった。
その様子を目を丸くして見つめる小さな鬼は……
「ぷっ、くっ、あははははっ
はぁー、はぁー……天狗様はいつからそんな冗談を言うようになったのかねぇ。
お前が私をどうこうしようって言うの?
やめときなって、私は別に山を取り戻しに来たとかそんなんじゃないんだから」
真剣な椛を目の前にしていると言うのに、鬼は腹を抱えて大笑い。
鬼が笑ったのはこの天狗の物の知らなさからだ。この山は元々鬼のものであった場所を天狗や他の妖怪に住まわせてやっているだけ。それなのにこの交戦的な邪険扱いは、生まれてこの方一度も受けたことのない屈辱。
屈辱のはずなのだが、この鬼は目の前の天狗の無知さの方に興味があったらしい。あまりの愉快さに、目の端に涙を浮かべる始末だ。馬鹿にされた椛は少し頬を紅くしながら一歩だけ詰め寄る。
「では、いったい何をしようとしているのですか!」
「何って言われてもな~、
ちょーっと山の上まで遊びにいこうかなってね。
だからさ、ここはさーっと通してくれるとありがたいんだけどね。でも、そっちがやりたいなら、空の上に行く前に準備運動の相手をしてもらうけど?」
椛はこの時点で重大なミスを犯していた。
鬼に刃を向けてしまったことである。相手が友好的な鬼だからここまで話しをしてくれたわけだが、手の早い鬼ならこうはいかない。刃を向けられたら、自分の面子のために絶対引くことはない。
例外に当たるこの鬼にしてみても、そろそろ我慢の限界なのだろう。さっきまではおかしなものを観察しているだけの見開かれた瞳。それが、段々と細くなっているのだ。
「舐めないでください。
私だって天狗の端くれ! 子鬼程度に遅れはとりません」
「そうかい、じゃあ、話は決まった……」
一度剣を引いて構えなおす椛と、無手のまま軽く膝を曲げ重心を落とす小さな鬼。
間合いは完全に椛の距離。
もし鬼が素でのまま攻撃するのであれば10歩以上ある距離を一気につめなければならず、対する椛の獲物は長剣。相手の動きを見極めて間合いの外から打ち込んでやればいい。天狗の速度なら鬼が反応する前に一撃を撃ち込むことも十分可能なはず、自分の優位は揺るがない!
「白狼天狗が一人、犬走 椛!」
自分を奮い立たせるために名乗りを上げ、剣をさらに引き。
体を大きく屈めてから、大地を蹴る!
鴉天狗より白狼天狗が優れているのは、この脚力だ。いくら鬼と言えど……
「推してまい……る……?」
鬼と言えど……
「あ……あれ?」
おかしい、さっきまで目の前にいたはずの鬼がいない。
おかしい、さっきまで地面の感触があったのに今は全然感じない。
おかしい、さっきまでの風景と……
世界が……逆だ……
ドサリ……
背中から全身へと伝わる、落下の感触。
そこで初めて、椛は自分の体が宙に舞っていたことに気付いた。
気付いてから、腹部に強烈ないた身が走り、一気に全身へと広がる。
「ぐっ……あぅ……」
息をすることすら困難な痛み。
何をされたかわからない。
ただ、何をされたかわからない瞬間に、腹部に打撃を受けたのは確かだろう。椛は地面に這いつくばったまま体をくの字に曲げ、必死に呼吸を繰り返した。
「……馬鹿だね、あんた」
さっきまで椛がいた場所。
そこで右手を突き出したままの体勢で動きを止めていた鬼が、ゆっくりと姿勢を戻し瓢箪から溢れる酒を煽る。勝利の美酒というより、まずい料理の味を酒で誤魔化すようなそんな飲み方だ。
「速さが売りの天狗の癖に、わざわざ踏み込みを知らせるように声を出すなんてさ。
未熟にもほどがある。酒の肴にもならないじゃないか」
確かにスピードに乗ってしまえば、鬼は天狗のスピードについていけない。しかし、動き始めるタイミングを読まれてしまうと、それに攻撃を合わせてやるだけで、もの凄いスピードでカウンターを食らいに行くようなもの……
椛は自分に気合を入れるために、声を出して動いた。
だからこの鬼はあっさりと攻撃の瞬間を読み、踏み込みを合わせたのだ。
「手加減はしたけど、鬼の力だ。速く手当てしてもらいなよ」
じゃあ、と言うように片手を上げ、そのまま何事もなかったかのように山に入っていく。そんな背中を無言で見送りながら、椛の意識は闇の中に落ちていくのだった。
「………って、まて!! まだ私はっ………………!!!!!!!」
勢いをつけて起き上がり、剣を構えようとして……
腹部に電撃のような痛みが走り、体勢を崩したまま布団の上で滑って転ぶ。それでも多少は痛みはマシになっていて、これならまだなんとか……
「あれ? 掛け布団?」
しかもこの場所は、見覚えがある。
天狗の家なのに少しだけ可愛いものが多いこの部屋。
『意外と可愛い趣味なんですね』
と言ったら。
『意外と? 意外と、とはどういうことでしょうねぇ?』
と手帖で叩かれた思い出の場所。
「まったく人の家の中だというのに、もう少し静かにする!」
「は、はい! 申し訳ありません!」
廊下から顔を出したその顔はやはり射命丸 文。
見覚えがあると思ったらやはり文の部屋だったわけだ。廊下から不機嫌そうに現れた文の手には湯のみが二つ乗っていた。
「はい、我が家特性の痛みに利くお茶。
味は保証しないけど」
「は、はぁ……もうしわけないです」
そう言ってお茶を差し出され、慌てて布団から這い出し畳の上で正座する。湯飲みの中のお茶の色は濃く濁った緑色で、見た目からして苦さを表現していた。口に含んでみたらあらおいしい。
――なんてことはなく、純粋に苦味だけが残る。
「すいません、文さんご迷惑をおかけして……」
「いいわよ、私も似たようなものだし」
「え? 似たような……?」
そういえば、文も椛と同じ色の飲み物を飲んでいるし、座り方もどこかぎこちない。どこかの痛みに耐えているような……と、まさか。椛の尻尾と耳がピンっとたったのを見て、文は不機嫌そうに細めた目をさらに細くした。
「わかってると思うけど、余計なこと聞かないでね。
思い出しただけで腹が立つんだから……」
「え、ええ、ええ! わ、わかってますとも!!
誰も鬼にやられたとかそういうことは…………あっ!?」
べしっ!!
「……いたいですぅ」
「まったく、言ったそばから……
私たちが鬼にやられたとか、そういうのは他の天狗にばれると不味いの。本気で。
上の天狗に知られたらお仕置きだけじゃすまないと思いなさい!」
文が椛を見つけたのは、追い払おうとした鬼に手酷くやられた後。
その後鬼は空に行くと言っていた気がするが、追う気は起きなかった。それより鬼が他の天狗に見つかって文と出会ったことをぺらぺらしゃべるのだけが気がかりだったからだ。昔からいる天狗は鬼と言う名前に敏感なのだから仕方ない。
だからこそ、ボロボロになった服の言い訳を……
「椛と訓練して、少々熱くなりすぎまして♪」
と、誤魔化そうと思い、椛を探していると、文より酷い状態にある椛を発見したわけだ。
「だから、いい?
誰かに聞かれても、私と訓練してやり過ぎたとかいいなさいね」
「あ、はい。気をつけます」
いつもより何か刺々しく感じる文の言葉。
やっぱり鬼を簡単に通したことを怒っているのだろうと思い、椛は小さく『ごめんなさい』とつぶやいた。すると文は少し真剣な瞳になってその言葉の続きを待つ。
「あのとき、私が鬼を追い返すことが出来れば……」
「……何を言うかと思えば」
文は肩を竦めて軽く息を吐き、次の瞬間には湯飲みを強く握り締め、床が抜けそうなほど強くそれを畳に叩き付けた。
「本気でそう思っているなら、あなたは救いようのない、最低の天狗だわ」
「え、そ、そんな文様……だって鬼が……」
「強すぎたとでも言うの? あなたは根本から間違ってるのよ。
あなたの任務は山の警備、哨戒任務。
それなのに、欲を出してそれを怠った。
絶対に追い払えると思う相手以外は手を出すなと言われていたはずなのに、あなたは自分の名を上げたいがために欲張って、山を危険に陥れた!」
「…………だ、だって」
「考えてもみなさい!
もしあの鬼が敵意をもっていたとして、もし実力で山を支配するつもりだったら。
あなたの報告がなかっただけで、取り返しがつかないことになっていたかもしれないの!
情報と言うのはそれだけ大事、ずっと教えてきたことよ。
それにね、鬼にケンカを売るなんて、禁忌も禁忌。どんな処罰をされるかわかったものではない」
「で、でも、私だって……」
「立派な天狗なら、自分の立場を忘れない!」
文に自分の全てを否定された。
椛は、そう思ってしまった。
だから、普段は心地いいはずの文の側が息苦しくて……
「私、私! 文様が疲れてると思って!
できるだけ自分でなんとかしようと思って……それだけなのに……
…………文様の馬鹿!!!」
そう吐き捨てるように言って、部屋を飛び出した。
文も慌てて追いかけようとするが、こんなときに限って体の痛みがぶり返し……家を出たところで椛の姿を見失ってしまった。
「…………はぁ……あの馬鹿! 話は最後まで聞きなさいよ……」
すっかり外は暗くなり、こうなっては地面を走る白狼天狗に追いつくことは難しい。狼は夜目が利く。さらに椛の能力がプラスされれば、昼間と同じような感覚で走り回ることが出来るだろう。
「………明日、改めて言うしかないか……恥ずかしいんだけどなぁ……」
闇が下りた森を悔しそうに見つめながら、文は静かに家の中に戻ったのだった。
椛が天狗として生を受け、山を駆け回っていた頃。
森の中で、かすかな光だけを頼りに育つ、小さな木を見つけた。
木漏れ日だけを頼りに、少しでも上を、空を目指そうと頑張っているその小さな木。
名前なんてしらなかったし、どこまで大きくなるかも知らなかった。
それでも、その頑張りを放って置けなくなった椛は、毎日毎日その木の様子を覗きに来た。
雨の日も、風の日も、雪の日も……
酷い嵐の次の日なんかは泣きそうになりながら木を見に行ったものだ。
そうやって椛が見守っている間に、その木はどんどんと大きくなり、いつのまにか椛の身長も追い抜いて、いつの日か椛が見上げても頂上が見えないほどの大木になった。
椛は……自分は、まだ小さいままだというのに……
虫たちや鳥たちが静かに歌う森の中、椛はいつのもあの場所で、大木に寄りかかっていた。何をするでもなく、ただ耳を木の幹に当てて、少しでも自分の心を落ち着かせようと努力していた。木の幹が水を吸い上げる、川のせせらぎにも似たその音が椛を励ましているように聞こえる。
でも、そうやって励まされているというのに……
流れる涙が止まらない。
手で押さえても、なんど服で擦り取っても……
感情は昂り続け、心が揺れる。
心が揺れた分だけ、どんどんと涙が溢れ出るのだ。
いったい身体のどこにこれだけ涙を溜め込んでいたんだろうかと疑問に思ってしまうほど。
「おやおや、天狗様が涙をお流しだ。
明日は雨か雪でもふるのかねぇ」
「……だ、誰ですか! べ、別に私は泣いてなんて!!」
誰かの声が背中から聞こえて、慌てて椛は振り返る。
闇の中だから涙なんてわからないだろうと思って、後ろを向いたのに彼女の手の中にある道具からまぶしいくらいの明かりがこぼれて来て、慌てて椛は顔の涙を服で擦り取った。
「別に隠すことはないさ。悲しければ涙が出るし、楽しかったら笑顔になる。それが自然の流れってやつじゃないかな? 椛」
「に、にとりさん……なんでこんなところに……」
そう、椛に声をかけてきたのはここから少し離れた川にいるはずの河城 にとり、河童の妖怪だ。河童の妖怪だから普段は川の近くにいたり、大好きな人間を観察していたりするのだが、妖怪の山の森に出没することはほとんどない。
「いやいや、これだよ、これ。
今日、あの万屋にいったらさ、『ランプ』という夜に光を出す道具というやつが売っててね。これは面白いと思ってばらしたり、直したりしながら使い方を検討してたわけよ。
その結果……」
にとりはもう一度そのランプとやらを掲げた。
中には日が灯っていて、周囲を暖かな光で照らし出す。
月明かりなんか目じゃないほどの光量で、椛は驚きで声を失ってしまった。
「どう? 便利だと思わないかい?
夜の森も安全に歩くことができるか、実験していたのさ。
すごいと思ったら褒めてくれてもいいよ?」
「凄い! ほんとに凄いですよ!! にとりさんっ
これなら、みんな夜でも楽しく過ごせます!」
にとりはいろんな珍しいものを見つけては、ばらして直す。そして構造を理解していろいろな発明に繋げているわけだ。魔力関係の研究をするのがパチュリーなら、独自の科学力で研究するのがにとり。幻想郷の学者と言っても過言ではないかもしれない。
ただ、口調や性格が少し変わっているのが玉に瑕。
「おやおや、やっと笑ったかぁ。
世話の焼ける天狗様だ。何があったかは、大体予想つくがね」
「……今日はいつもと違います」
「どうせケンカしたんだろう?」
「……まあ、そうですけど……」
椛は、将棋仲間でもあるにとりに少しずつ事情を話し始めた。
鬼を見つけたのに報告しなかったこと。
それを文に怒られてしまったこと。
そして、耐え切れず逃げるように飛び出してしまったこと。
「……青春ってやつかな。
椛もいい経験してるねぇ」
何を納得しているのかはしらないが、ランプを地面において腕組みし、満足そうにうんうんと頷いている。しかし当の椛はといえば、不満げに頬を膨らませていた。
「そんなに簡単にわかってたまるもんですかっ
私だってそんな単純じゃないんですからね!」
「そうそう怒りなさんなって、要するにだ。
あっちの天狗様は椛を将棋のコマだって言ったのさ。
例えるなら、椛は『歩』ってところかね」
「……使い捨てとか、一番弱いとか、そういうことですか?」
例え言葉に、椛は耳をぺたんと倒してうな垂れてしまう。
さっきまでゆっくり揺らしていた尻尾も動きを止め、力なく垂れ下がっていた。
「おやおや、これは重症だ。
こういうコトワザは知らないかい? 歩のない将棋は負け将棋ってね。
つまり一番弱いと思われてる歩の動き次第で、盤上が生きるか死ぬか決まるってことだ。
それでも歩は龍王のような動きはできないだろう? それと一緒さ」
「えっと、コマにはコマの役割があるってこと?」
「そう、それを天狗に置き換えるだけ。簡単だねぇ」
そこでやっと椛は文の言葉の意味を理解した。
つまり、戦闘の一人前にならなくていいから、見張りの一人前になれ、ということだ。彼女の能力はそれに適した、他の誰にもない能力なのだから。
「それにさ、ほらこのランプを見てみなよ」
にとりは足元にあるランプを指差し、優しく語り掛けるように話しかけた。妙な口調だが、その声は椛を安心させ、その光を食い入るように見つめさせる。
「河童の中での常識なんだけど、音より何より、こう目に入ってくる光っていうのは何よりも早い。誰も信じないけど、間違いないんだよ、これがね。みんながみんな見えることだけに満足してるから、その先を知ろうとしないのさ。
ああ、難しい話になったね。そういうことが言いたいんじゃなくて……
椛、あなたはその光という最速のものを捕らえ、遠くを見ることができる。他の妖怪がその遠くのことを知ろうとするのに何分掛かるか、考えたことがあるかい?」
椛は首をゆっくり左右に振る。
実はにとりの言葉は半分ほどしか理解できなかった。
それでも理解できないはずの言葉が何故か椛の心に新しい感動を与えてくれる。
「椛の千里先まで見通す程度の能力、千里という距離が本当かはわからない。しかしそれがもし本当なら幻想郷のすべてを見渡すことができる。
天狗最速の射命丸 文でも幻想郷の端から端までを一瞬で飛び回り、情報を仕入れるのは難しい。それでも椛、あんたならできるんだよ。見える位置にさえいれば、ね。
最速を越えた速さで、見て、知ることができるんだ。
そんな能力を持った天狗が見張る山、それこそ、皆が安心して暮らせる山じゃないか?」
「あ……私、私の能力って……」
何もできない。
ただ見ることしかできない。
そんな能力だと思っていた。
でも違う、違うから文は怒ったのだ。自分の大事な役割を忘れて、他の誰でもできることを無理にやろうとしたから。口を押さえ瞳を潤ませる将棋仲間の様子を見てもう大丈夫だと思ったのか、にとりがランプを手にしゆっくりと離れていく。
「あんたの盟友も、椛のことを一人前の天狗だと思っているよ。
ずっと小さいときから、一緒だったんだからね」
そのとき、風がなかったはずの森が小さく揺れ。
椛がずっと見守っていた大木の葉が、ざわざわと鳴り始めた。
他の木々は揺れていないというのに、そのゆれるはずのない風で大木が大きくしなったのだ。
それはまるで、にとりの言葉を肯定しているような……そんな不思議な光景だったという。
「え、えー……コホンっ、椛? 昨日は少し厳しく言いすぎたかも……」
次の日、いつもより早く家を出た文は、妖怪の山上空を独り言をぶつぶつつぶやきながら飛んでいた。
「いやいや、もう少しストレートに……椛! 昨日はごめん!……とか」
はたから見るとただの怪しい天狗に見えるが、本人は大真面目。
昨日は一度強く怒ってから優しい言葉をかける予定だったのに、怒ったところで椛が消えたせいでもう計画は台無し。なんとか関係修復のためにこちらから歩み寄ろうという努力をしているわけだ。
「あー、もう、面倒だなぁ……椛が途中で逃げなければこんなことには……」
アゴに手を当てて、悩みながら飛ぶ。
目を閉じたまま、ゆっくりと椛がよく行く大木のところまで向かっていると。
「文様~~~!!」
「うわっ!? 何! 何よ急に!?」
何かが下からぶつかってくる。
何かと思って目を開けると、そこには元気一杯の椛が笑顔で抱きついていた。抱きついたままでは飛びにくいので、なんとか文は椛を引き離し落ち着くように注意する。
「はは、ごめんなさい。
文様! 不詳、犬走 椛! 今日も山の警備、がんばってきまーす!!」
「あ、こら、椛! 私の話を……って、もう……」
昨日、ケンカ別れしてしまったのが嘘のように、上機嫌で妖怪の山に消えていく。一人心配した自分が馬鹿に思えてきて、文はポリポリと頬を掻きながらため息をついた。
「さてさて、今日も取材と行きましょうかね……」
そして、文は納得いかないまま妖怪の山を後にし……
椛は気分を高揚させたまま、ゆっくりと森の中を飛ぶ。
何事もない日々のまま、そのまま終わるはずだったその日常。何もない、平和な山を守るために元気に飛び回る椛の日々。それはいつまでも続くように思えたのに……
――どうやらこの幻想郷というヤツは、平和も混乱も同じように
すべて受け入れられるようにできているらしい。
すべてを受け入れ、それを幻想から現実へと再現し、
彼女の唯一つの望みを叶える為にその異変を受け入れる。
しかし、彼女の望みを叶えたお陰で、いくつもの悲痛な叫びが上がる。
それでも、幻想郷は受け入れるのだ。
悲想の思いを……
「あれ? 何故か風が出てきましたね……さっきまで晴れていたのに」
椛は不思議そうに空を見上げ、集まり始めた雲に違和感を覚える。
いつも妖怪の山を見ている椛だからこそ、その小さな異変に敏感に反応したのかもしれない。いつものように大木に寄りかかり、昼の休憩時間を楽しんでいた椛は森の上まで一気に飛び上がり山の周囲を観察する。
でも、何もない。
何も見つからない。
でも、自分の目は何かがおかしいと違和感を訴え始めている。
椛は慌てて、上司の天狗へと報告に走った。
妙な雲が山の上に集まり始めていること、そしてこの時期に風が起きるはずのない場所で吹いたりやんだり、別の場所でも局地的な天気の変化が起こり始めている、と。
それでも、その天狗は取り合ってもくれなかった。
白狼天狗の戯言、くだらないことを報告するんじゃない、と。
酷い天狗になると、居眠りでもしていたのか馬鹿者。と叱られてしまうほどだ……
仕方なく椛はそれを心のうちだけで止め、ずっと山の変化や幻想郷を見渡し続けた。
そして、数日後。
それを最初に知ったのは、椛だった。
自分の能力を全力で活用し、幻想郷を見渡していたとき。
遥か彼方、博麗神社のある方角に急に緋色の雲が集まっていって……
その直後に椛の瞳の中で博麗神社が大きく揺れ、倒壊した。
言葉どおりにあっさりと、何かに押しつぶされたと錯覚してしまうほど簡単に壊れてしまったのだ。
はっきり言って意味がわからない。
しっかり見ていた、見ていたのに、だ。どうやったらあれほど簡単に建物を壊せるというのか。
――あれ? でも、まてよ?
あの緋色の雲は……どこかで見たことがあるような……
「えっと、山で天気が変り始めたときに……確か霧みたいな雲見たいのが……
あ、いけません!!
私の任務は哨戒任務! そして知りえた情報を文様にお伝えするのが私の仕事!」
数日の妙な報告のせいで文以外の上司の天狗からの信頼がガタ落ちな椛は、とにかく少しでも話を聞いてくれる文を探そうとした。自分ではわからなくても今の異常気象や神社の倒壊のことを相談することができれば、きっといい案を思いついてくれると、そう信じて。最近は何故か山に来客者が増え始めたということで、いつもは飛び回っている文も山の警備に当てられてしまったのだから。
「あ、いました! 今行きますよ! 文様!」
3里ほど離れた森の上で退屈そうに飛ぶ文を見つけた椛は、その姿に向かって大きく跳び……
「貴方のような小物が気付いても、どうせ私の異変を解決する事はできない」
いきなり真後ろに現れた気配に、目を見開く。
確かに、椛は文を探すことに集中していた。
それでも簡単に後ろを取らせるほど気を抜いてもいないはずだ。
「せいぜい、誰かに知らせて、異変を解決してもらうだけ。
でもそれでは困る。私が困る。それでは何の面白味もないじゃない」
椛の真後ろ、肌と肌が触れ合いそうな位置から聞こえるその言葉に、全身を強張らせ息を呑む。その感情は明らかな恐怖。声を聴いているだけなのに喉がからからに渇き、尻尾や耳の先まで全身を冷たい血が走り抜けた。
「私は貴方のような小物ではなく、もう少し力のある人と遊びたいの。
できれば人間でありながら、力を持つあの異変解決の専門家。
彼女がどうやってこの異変を解いて私の元へ、辿り着くか、それを考えるだけで心が躍るわ。だから貴方に動いてもらうのはとても迷惑なのよ? だから、ね」
ドゴンっ!!
「……ぁ!?」
「動けなくなる程度に、痛い目にあってもらおうかしら♪」
ゆるやかな口調で語りかけていた気配が、一瞬で消えたと思ったら。
上から少女が姿を見せて、椛の肩口に回し蹴りを放ってくる。
完全な不意打ちを食らった椛は、その勢いで地面に叩きつけられ……
盟友である大木の前で仰向けに転がされたまま、全身を弱々しく震わせることしかできない。
それでも腰の刃を抜き杖代わりにして何とか起き上がると、先ほど攻撃してきた少女が感心したように笑顔を浮かべていた。
「あらあら、さすが天狗。意外と頑丈だ。
あなたのような小物の天狗でこれなら、立派な天狗だと少し楽しめそう。
これはいい情報だわ♪」
しかし、その人物はまったく椛のことを見ていない。
天狗という種族に興味をもっただけで、目の前でふらふらと立ち上がっている少女など眼中にないのだ。椛は悔しさで唇をかみながらもなんとかこのことを誰かに伝えようと地面を蹴り……
「おすわり! いい子にしてなさい!」
あっさりと上から背中を踏みつけられて、阻止される。
「貴方、見かけによらず意外と頑固そうね。
じゃあこうしましょう。
あなたが他の妖怪や天狗に私の事や異変のことを教えたら……」
そう言いながら、その少女は優雅にスカートをなびかせながら、椛がずっと見守っていた大木の前に歩を進める。その大きな幹をぽんぽんっと軽く叩いて、感触を確かめてから……
その剣を 抜いた。
椛が静止の声を出すよりも早く。
彼女は 残酷に 容赦なく その刃を抜き
彼女の盟友を切り倒したのだ。
「どう? この剣は相手の気を読み必ず弱い部分を切ることができる。
もし貴方が、誰か知り合いに私のことを話したら、知り合いもこうなると思いなさい」
「…………くもっ ……ょくも……」
哨戒天狗は、情報を上司に届けることが第一。
だから、無駄な戦いをしてはいけない。
「どうしたの? 返事が聞こえないわよ?」
「よくもおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
それが敵わぬ相手ならなおさら、決して戦わず、逃げの一手。
恥じることはない、それが一人前というもの。
ダッ!!!
「あら? それが答え?
へえ、少しはあなたもおもしろいじゃない。でも……」
故に、一時の感情で動くなど愚の骨頂で……
ガヅ!!!
「その程度のおもしろさでは、私の退屈を満たすことなんてできないのよ」
最低な哨戒天狗だ。
「う……かはっ…………」
「約束のこと、ゆめゆめ忘れぬよう……」
なにも、できなかった。
腹部に剣の柄を受け、大地に崩れ落ちる椛の前で、その不思議な女性は空へと上っていく。
「ごめん……ね」
手を伸ばしても、盟友の痛々しい傷には届かない。
唯一動く右腕を精一杯伸ばすのに……
意識が、椛を遠いところへ連れて行こうとする……
そして、その涙を拭えぬまま、椛は精神は闇に落ちた。
不自然な音がした。
山には似つかわしくない、何かと何かがぶつかるような、そんな音だ。
でもそれは凄く小さな音で、始めは聞き間違いかと思った。
しかし――
続いて聞こえてきた。大きな音。
地響きを起こしながら何かが倒れるような音に、射命丸 文は素早く反応する。
彼女が今日与えられた職務が山の警備であったため、何か変ったことがあればすぐに急行しなければいけないのだ。道の警備を途中で見かけた別の天狗に頼み、文は幻想郷最速のスピードで現場へと急行し、その惨状を目撃してしまう。
人間が10人ほど手を繋いで輪にならないといけないほどの大きな幹の木が倒され、
そのすぐ横には……
「椛! 椛!!」
この前の鬼にやられたときとは比較にならないほど、弱々しい椛の姿があった。
慌てて駆け寄り抱き起こしてやると、椛は顔を引きつらせながら目を開き……
「文様……ご無事でしたか……」
自分のことより、文に怪我がないこと確認して無理やり笑顔を作る。
それでも傷が痛むのか、歪な表情になってしまった。
「何があったの!! また鬼!?」
「そうでは、あり、ません。
あの人は……鬼よりも……」
そこから言葉を続けようとして口を開いたり閉じたりさせた後、なぜか椛は言葉を紡ぐのをやめてしまう。
「情報を伝えるのはあなたの仕事でしょう!
こんなときに何を言っているの!」
「……ごめんなさい、文様……私が話すと、その人に迷惑が掛かるそうなんです。
だから、話したくありません。ごめんなさい……天狗……失格ですよね?」
「そんなことない!
何を吹き込まれたかは知らないけど、絶対私が犯人を見つけて……」
ぎゅっ
文の瞳が紅く輝くその前に、椛の右手が文の左手を力なく掴んだ。
そして掴んだままの手を胸の前にゆっくりと移動させ、とんとんっと小さく自分の胸に触れさせる。
「ダメですよ……文様は文様のお仕事を立派にやり遂げてください……
立派な文様と違って、私……我慢できませんでした。
逃げて……みんなに情報をお伝えするのが仕事なのに……我慢できなかったんです」
そして、椛は左手で、大木の切り株を指差した。
そこでやっと文は気付く。
その大木は……ずっと椛が見守っていた、あの大木だと……
「それに、あの人は……鬼の人より強いかもしれません。
文様はお強いですが、もし負けて……
あのようになったら……
私は……きっと、笑えなくなります……
ずっと……泣いているだけの、馬鹿な天狗になってしまいます……こふっ!」
「――!! 椛!!
少しだけ我慢しなさい! すぐにお医者様のところへ連れて行きますから!」
「……駄目ですよ、文様はまだお仕事中で……」
そんな椛の言葉を聞きながらも、文の羽は妖怪の山から竹林へ向かっていた。
椛は何度も何度も引き返すよう願ったが、
文は一度だけ、こう答えを返してやった。
「確かに、仕事は大事ですよ、椛。
一人一人が役割を持って、動くからこそ、天狗の社会はいままで平和に過ごしてきたんです。
それでも……」
その言葉は、天狗にとってふさわしくなかったかもしれない。
それでも文はそう伝えたいと、心から思ったのだ。
「かわいい部下をここまで痛めつけられて我慢できるほど……
できた天狗じゃないんですよ、残念ですが」
その事件の後……
山にとある大物の妖怪がやってきた。
幻想郷の誕生に大きく関わるその大妖怪は、自分の欲のために天界へ目指そうとする一人の少女を懲らしめ、スキマに消えていく。
その後……
「さっき、私のところにこんな紙切れを投げ入れたのはあなたかしら?」
山の中腹当たりで、再び姿を現した紫の前には、地面に膝をつき深々と頭を下げた射命丸 文の姿があった。
「はい、あなた様のような大妖怪であれば、今回の異変を治めるのはた易いかと思いまして、失礼かと思いましたが少しだけお話を聞いていただこうかと」
少女を懲らしめ、紫がスキマに入り込む直前、小さな紙が紫の目の前に飛んできていたのだ。
その紙の中には『今回の異変でお願いしたいことがあります』というような文面が書かれており、紫は自分の目を盗んでこんなことを行うことができる人物の下へと足を運んだというわけだ。
「残念だけれど、私、忙しいの。
いくらあなたが山を見張る存在だとしても、邪魔をされるわけにはいかないわ」
「いえ、そうではありませんよ。
実は私も少し懲らしめて欲しい人が居るので、お願いしたかったんですよ」
懲らしめて欲しい人物。
そして、さっきの紙の中の『異変』という言葉。
紫は満足そうに文を見下ろして、頭を下げる文と視線を合わせるためにしゃがみ込んだ。
「さすが天狗、すでにことの本質を見極めているということか。
では何故動かない?
これは幻想郷に対する挑戦といっていい暴挙。
幻想郷に住むものであれば、協力して当然と思っていたのだけれど?」
怒り半分に、嬉しさ半分。
いままで紫が目にしてきた妖怪や人間は今の状況をまるっきり理解しておらず、楽しんでいるものすらいた。それなのに文がそれを把握していたというのが嬉しかったのだろう。しかし、それで何故霊夢や他の人間、妖怪たち相手に行動を起こさないのか、それが不満だったのだ。
「ええ、できればそうしたいのですが……
何せ私も紫様のような方から見ればまだまだ小物、足元にも及びません。
もし私でもその犯人を倒せるかもしれませんが……
駄目だと泣く『馬鹿』がいるもので……あ、それと、山での仕事もありますからね。下手に動くことができないんですよ。でも私こういう性格ですので、犯人を倒すのを諦め切れなかったんです。
ですから、私が必死で調べた情報で割り出した犯人を確実に懲らしめられる人が早く来ないか待っていたわけでして……」
「ふふ、嘘吐きはあまり好きではないのだけれど。
今回だけ、あなたの願いを聞き届けてあげるわ。
私の要件のついでに、ね」
「ええ、できれば……できるだけ、残虐に、お願いします」
「そうね。
美しく残酷にこの大地から消えてもらうとしましょうか」
そして二人は、口の端を歪めて笑い合い、別な道を進む。
その後、その犯人がどうなったかは………
後の文々。新聞で知ることとなるだろう。
最後の段で文が紫に、成敗をお願いするところに違和感を感じました
そこまでの流れはよかったので、非常に惜しいです。
後半はもの悲しい終わり方になったのが残念。
天子と思われる人物の行動には納得のいかないところがあります。ここまでやるか…?