※ タグの通りです。苦手な方はごめんなさい。
暦は弥生に入った。
したがって、早春の幻想郷では、すでに雪どけが始まっていた。
眠りの季節が終わったとなれば、生き物でにぎやかになっていくのが世の理。
虫は目覚め、鳥は歌い、
「うわーん!!」
猫は叫ぶ。
泣き声をあげながら猛スピードで飛んでいるのは、赤い服の女の子、という外見をした、黒猫の妖怪、橙だった。
彼女は八雲の式の式であり、向かっているのはこの地の北東に位置する八雲一家のお屋敷である。
普段の彼女は、元々住んでいた『妖怪の山』で過ごしているが、こうして八雲の実家に帰ってくることもたびたびある。
その理由も様々。主の顔が見たくなったから、久しぶりに主の手料理が食べたくなったから、主のふかふかの尻尾に甘えたくなったから、等々。
ただしその涙顔からすると、今回はいつもと様子は違うようで。
「藍様ー!」
橙は主の名を呼びながら、屋敷の庭に着地した。
とけかけた雪の残骸は、すでに働き者の主の手によってのかされていた。
「どうしたの橙!」
屋敷の中から、件の主である九尾の狐が、割烹着のまま外に出て迎える。
橙は速度を落とさず、その八雲藍の胸に飛び込んだ。
「ふぇ~ん」
「よしよし、もう大丈夫だから。泣かないで」
藍は橙を優しく抱きとめて、背中を撫でてやった。
それでも、橙の嗚咽はやまなかった。
「誰かにいじめられたのかい?」
冗談交じりに主は聞いてみた。しかし予想に反して、橙は小さくうなずく。
藍の顔色が変わった。
「みんなに……ひどいこと言われて……」
「そうか、よし。私が行って、橙をいじめた者達を、きつ~く叱ってあげよう。それで、誰に何を言われたの?」
「ぐすん……藍様ぁ」
橙は鼻をすすり、藍の顔を見上げて、
「私って、猫ですよね?」
「は?」
藍の目が点になった。
○○○
話は少し前にさかのぼる。
その日の早朝、橙は妖怪の山にある『猫の里』にいた。
ここはかつて人間が住んでいた廃村であり、今では猫の集落と化している。
橙はその猫達のリーダーであり、彼らの尊敬を集めているのだった。
「というわけで、今日はみんなでかけっこだよ!」
橙は元気に宣言した。
まるで返事がなかった。
というか、ほかに誰もいなかった。
「こ、こらー! どうして誰もでてこないの!」
橙は声を荒げて、もう一度呼ぶ。
しかし、およそ三十匹はいるはずの配下達は、村の中心にある大きなボロ家から出てこようとしなかった。
む~、とうなった橙は、大股でその家の玄関へと向い、中をのぞきこんだ。
「ほら! ご主人様が呼んだらすぐ来るの!」
壊れた家財道具等で散らかっているために、元の人間が住むには難しい環境であるのだろうが、狭いところでも入り込める猫達には関係なかった。
さらに、中央にある囲炉裏で火が焚かれているために暖かく、ますます快適である。
猫達はそれぞれ好きな場所で好きな格好をして横になっていたが、橙が姿を見せると鳴きはじめた。
「ニャーゴ」
「ミャーオ」
「ニャー、ニャー」
それを聞いて、橙のおでこに怒りマークが増えていく。。
彼らの言葉を、それぞれ人間の言葉に訳してみると、以下のようになる。
「ニャーゴ」(ご主人様って誰のことっすかー)
「ミャーオ」(まさか、あんたのことじゃないよねー。絶対お断りだけど)
「ニャー、ニャー」(っつーか、さみーんだよ。扉しめろって)
これは先ほどの一文を訂正しなくてはなるまい。
橙は猫達の尊敬を、全く集めてなかった。
「もー! どうして言う事聞いてくれないの!」
ぶんぶんと腕を振って嘆くが、猫たちはやはり、不服そうにニャ-ニャ-と返事する。
「ニャー」(いやだって、猫もリーダーは選びたいよ)
「ミャオ」(なんていうか、カリスマっていうの? そういうのが無いのよね橙は)
「ニャ-ゴ」(エサをくれるだけじゃね……。それで命令を聞けっていうのもちょっとなぁ)
「ゴロニャー!」(俺らは橙の奴隷じゃないっつーの!)
「うううう!」
屈辱的な非難の嵐に、橙はうめいた。
そこで、一匹のトラ猫が眠たげな目で、
「ニャァ」(っつーかさ。橙って猫なの、本当に)
「えっ!?」
思わぬ指摘に、橙はたじろいだ。
しかし、あろうことか、他の猫達も、ニャーニャー同意しはじめた。
「ニャゴ」(全然、猫っぽくないじゃん)
「フニャア」(あー、私もそう思ってたー)
橙の慌てぶりに拍車がかかった。
「ちょ、ちょっと。私は猫だよ! 決まってるでしょ!」
「ミャー、ニャーゴ。ニャー」(えー、だって隠れん坊は苦手だし、走るのだけは異常に速いし)
「ミャオ」(冬でも元気に走り回ってるもんねー)
「フニャー、ニャーオ、ミャー」(それに何かといえばご主人様、ご主人様。ひょっとして犬じゃないの、あんた)
「い、犬!?」
そこで猫達がいっせいに体を起こし、仲良く合唱をはじめた。
「ニャー、ニャー、ニャー」(いーぬ。いーぬ。ちぇーんは、いーぬ。ねーこのにーせものあっちいけー)
指揮者もいないのに、見事な統制がとれている。
それはまさに、主の橙が目指し、式達に求めていたものであった。
しかし、皮肉なことに、その団結は主を敬うどころか、馬鹿にする方向に使われていた。
合唱の声が大きくなるにつれて、橙はぐぐぐと震えて、涙目になっていき……
○○○
「……それで、悔しさのあまり、家まで飛んできたと」
「は、はい」
橙は主に、朝の出来事を全て話し終えた。
場所は八雲家の居間に移っている。
主の藍は、最初は優しい顔つきだったが、橙が話すにつれてだんだんと顔が曇っていき、最後には眉間に深いしわが寄っていた。
橙も最初は藍の膝に泣きつく形だったのだが、不穏な気配に距離が開いていき、いつしか正座して向かい合っていた。
しばし、沈黙が続く。
藍の顔は渋いままである。主が自分にこんな顔することは、滅多に無いため、橙は緊張していた。
「あの、藍様」
「…………」
「ひょっとして、怒ってますか?」
藍はそれには答えず、両手をすっと出した。
むぎゅ
「ふわっ! ら、藍様?」
いきなり両耳を掴まれて、橙はたじろいだ。
藍は薄目で聞いてくる。
「橙。これはなんだろう」
「え? 私の耳です」
「…………」
うむ。
とうなずく藍の両手から、耳が解放されて
むぎゅ
「はわわ! 藍様!?」
「橙。これはなんだい?」
「わ、私の尻尾です!」
今度は二つの尾を掴まれて、橙はうろたえ声をあげた。
ついで藍はその手を放し、小さなおもちゃを取り出した。
先っぽにふさふさの毛がついた『猫じゃらし』である。
それを藍は、橙の顔の上で左右に揺らしだした。
式は不思議な顔でそれを見上げたが、次第に目の色が変わっていく。ついには二度三度と爪でパンチを繰り出した。
「えい! えい! この!」
「………………」
藍はしばらくそうやって式をあやしていたが、やがて部屋の隅に猫じゃらしを放り投げた。
橙はそれに向かってぐわっと体を伸ばし、ヘッドスライディングの要領で飛びついていく。
興奮に揺れる二つの尻尾に向かって、藍は後ろから声をかけた。
「橙」
「フガフガ……あれ、藍様。今呼びましたか?」
「マタタビをあげよう」
「え! ありがとうございます!」
「橙はマタタビは好きかい?」
「はい!」
「鰹節は?」
「とっても大好きです!」
「小判はどう?」
「こばん? 小判は食べられません」
藍はそこで再びうなずいた。
「橙はどっからどう見ても猫だ」
「えっ! 本当ですか!?」
「耳は猫耳、尾は二股。猫じゃらしに噛み付かず、まずはパンチを繰り出す。大好物は、マタタビに鰹節。小判にゃまるで興味無し。これで橙が猫じゃなければ、猫という言葉を再定義しなきゃならない」
「ということは!」
「やはり、橙はどう考えても、猫ということになる」
「わあ! よかったぁ!」
「よくない」
主の静かなお叱りが、式の頭に落ちた。
「橙。お前は確かに妖怪猫である。しかしその前に、この八雲藍の式でもある。それすなわち、妖怪の賢者である、八雲紫の式の式ということである。わかるわね?」
「は、はい」
低い声で確認され、橙は少々怖がりつつも肯定した。
「その誇り高き一家の一員が、あろうことか配下の猫に言い負けて泣かされる。いくらなんでも、情けなすぎるとは思わないか。喜ぶ前に、恥を知りなさい」
「あう……すみません。でも、私は足が速くて隠れんぼが下手で」
「橙。外の世界でもっとも足の速い動物は、雷豹。人間の呼称では狩猟豹、あるいはチーターという」
「ちーたー?」
「そう、チーター。その種族も猫の仲間だ」
「え!」
「だから、橙の足が速いのも、別に猫として不思議ではない。隠れんぼが苦手なのは、橙が未熟なだけ」
「う……」
「だが、問題はそこではない。橙は根本からして間違っている。それが何かわかるか、橙」
「わ……わかりません」
「橙。私は何の妖怪だ」
「え……藍様はお狐様です」
「そう。あえて位の上下を問わなければ、元々私は狐の妖怪だ。そして、お前の主でもある」
「あ…………」
橙はようやく、主が言わんとすることを悟った。
「わかったようだな。お前の友人も、妖怪、妖精、蓬莱人、あるいは半人半霊と様々だ。その繋がりを、種族云々で語ることに、それにこだわることに、果たしてどんな意味があろうか」
決して声を荒げたりしない、粛々と染み入るようなお説教を受けて、橙は見るからにしょげていた。
そこで藍の顔が、ふっと緩んだ。
「橙は……私のことが嫌い?」
「…………えっ!」
「私のことが、尊敬できないかい?」
「そ、そんなわけありません! 藍様は大好きですし、誰よりも尊敬しています!」
「うん、ありがとう。私も橙が大好きだ。そして、私は主の紫様も大好きだし、尊敬している」
「………………」
柔和な表情に戻った藍は、人差し指を立てながら、
「よくお聞き、橙。式と主は、道具と使い手の関係である。主の命令に従いうことで、式は主の手足となって働くことができる。だがそれは、単なる道具ではない。そこに信頼と親愛がなければ意味が無いの」
橙は真剣な顔で、主の話を聞いていた。
藍はそれに気を良くして続ける。
「力づくで従わせただけの関係で、やれることには限界がある。信頼と親愛があるからこそ、加算は乗算となり、より大きな困難に立ち向かえる。そこではじめて式は、ただの道具である以上の意味を持つことになる。それこそが『式』の真価であり、我々の素晴らしさなんだ」
自分の胸と式の胸をつなぐように、藍は空中を指でなぞった。
「だから、橙も言うことを聞かせようとする前に。まずは、その仔達と、そういう関係になることを目指さなくっちゃね」
「………………」
「わかったかな?」
「………………」
「あ、あれ? 橙」
藍は少し慌てた。
橙が目を開けたまま、ぽろぽろと涙を流しているのだ。
普通の泣き方ではない。藍の姿を瞳に映しながらも、その奥にある光景を覗くようにして、瞳を濡らしている。
やがて、橙は泣きながら、少し笑って首を振った。
「違います。怒られて泣いてるんじゃ……ありませんよ藍様」
「橙……」
「ごめんなさい……ちょっと思い出しちゃって」
「もしかして、あの子のことを」
「……………………」
「そうか……」
「いいえ、平気です……すみませんでした、藍様」
橙はきっ、と顔を上げた。
「私はもう間違ったりしません! 紫様と藍様のように、あの仔達に尊敬されて、信頼できる関係になってみせます。そして、八雲の姓を自分のものにしてみせます! じゃなきゃ、笑われちゃいますからね!」
「……うん! よくぞ言った! それでこそ私の式だ。おいで」
「藍様~!」
ようやく橙は、安心したように飛びついてきた。
喉をゴロゴロ鳴らして、藍の上で膝で丸くなる。その姿はいつもの橙で、やはりどこからどう見ても猫であった。
その猫が、大きな瞳で藍を見上げる。
「藍様。私は猫で、藍様はお狐様ですよね」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、じゃあですね」
「なんだい?」
「紫様は何の妖怪なんでしょうか?」
「紫様?」
橙の言う紫様とは、彼女らの主である八雲紫のことである。
強者ぞろいの幻想郷でも頂点に近い実力を持つ妖怪であり、今はまだ奥の部屋で冬眠している。
「そりゃあ紫様は……」
「私、思ったんですけど『狸』じゃないでしょうか」
「…………え?」
「紫様は、狸の妖怪じゃないでしょうか」
橙は無邪気に聞いてくる。
対する藍の表情は、固まった。
「私、心当たりがあって、紫様が狸だと思うんですが……藍様はどう思いますか」
「………………」
「藍様?」
「………………」
「どうしたんですか? そんなに頬を膨らませて」
「プーはははははは!」
狐が吹き出した。
式が呆然とする前で、尻尾を振り乱して笑い転げる。
ひーっひーっ、苦しい! と畳をどんどんと叩く姿からは……見ている者が悲しくなるほどに、先の威厳が失われていた。
「あははは! 狸だって! 紫様が狸!」
「……そんなに面白いですか、藍様?」
「だ、だって、まさに、ぴったり! 人は化かすし冬眠するし着膨れするし!」
「………………」
「ご、ごめん橙。ツボにはいっ……ぶ、ぶはは……!」
「ら、藍様!」
「狸の妖怪八雲紫! あーおかしい! あははは!」
「………………」
「ハデで少女趣味な服が好きな狸! ふはは変なの!」
「……楽しそうね、藍」
「あはは! 聞いてくださいよゆ……か…………」
「……本当に楽しそうね、藍」
「…………り………………さ……………………ま?」
藍の語尾が尻すぼみに消えていく。
恐る恐る振り向くと同時に、その顔色が失われていく。
「こ、今年は、ずいぶんとお早いお目覚めで……」
「とおっても楽しそうな声が、いつもよりも早ぁく、私を深い眠りから呼び覚ましたのよ……」
真っ青になる式の前で、件の八雲紫が笑っていた。
八雲紫は笑っていた。
「ゴメンナサイ」
「あら、どうして謝るの。私にも話してちょうだい、ら~ん?」
「オユルシヲ」
「機械じみた声ね。もっとはっきりしゃべりなさいな。ら~ん?」
「ワタシハ、アタマガ、カワイソウナ、キツネデス」
「おかしいわね。何を言ってるんだか分からないわ。そんな大根の幽霊みたいな顔して。藍が愉快そうに笑っていたから、起きてきたのに」
「タスケ……え、もしかして、今の聞いてなかったんですか?」
「だから今、貴方に聞いてるんでしょ」
紫は呆れた顔をしている。
それを見て、藍にパッと生気が戻った。
が、すぐに慌てて首を振りながら
「いいえ! なんでもありません! 失礼しました!」
「なんでもないのに、あんなに笑っていたの?」
「はい!」
「本当に?」
「はい!」
「そう……私には話してくれないのね」
「いや、まったくつまらない話でして、紫様のお耳に入れるのも憚られるほどの小話で、いやでも橙の話がつまらないというわけではなくて、その~」
「いずれにせよ、私に話してくれないのね。私の式なのに」
「いや、ですから、その~……」
両手をばたばたと動かす式の前で、紫は首をかしげた。
いつもより可愛らしい声で、
「……藍は、私のことが嫌い?」
「え…………」
「私のことが尊敬できない?」
「…………はっ」
「ねぇ、どうなの藍」
「ひぃっ!」
変わらぬ笑顔のまま言う主に、藍の顔が赤くなってから、青くなった。
紫の台詞は、先ほど藍が橙に聞いた台詞と一致していた。
つまり、寝ていて聞いていなかった、というのは引っかけで、やはりというか、『狸寝入り』して聞いていたということになる。
その紫の目が据わっていた。
「主をごまかすとは、いい度胸をしてるわね。藍?」
「ヤンヌルカナ」
「そうね。今この場で、『紫様が大好きで誰よりも尊敬してますぅ~』って抱きしめるなら許しましょう。それと、ほっぺにチューしてね」
「イヤムリムリムリムリムリムリ」
「じゃあ死になさい」
「ぐっ」
親愛よりプライドを選んだ式に、主は冷たく言い放った。
主から式への命令は絶対である。無論、藍は死ぬ気はないが、紫が許す条件どおりに動くのも、百たび死ぬほど恥ずかしい。
ましてや橙の前である。
まさに究極の選択。大いに葛藤する九尾の狐。
「待ってください紫様!」
それを助けたのは、その式の猫だった。
「私が悪いんです」
「こ、こら、橙!」
あろうことか主の主に申し開きする橙に、藍は狼狽しながらも咎めた。
しかし紫は甘い顔をして、
「あら、橙はちっとも悪くないわよ。だからどいてなさい。今はそっちの生意気な式に用があるのよ」
「でも、私が悪いんです」
「どうして?」
「私が『紫様は狸の妖怪じゃないか』って藍様に聞いたから……」
「そう。橙は私が狸じゃないか、って思ったのね?」
紫は橙の頭を撫でる。その顔が、藍の方を向いた。
九つの尻尾がびくんとはね上がった。
――どういうこと?
――いやいや私にも何がなんだか!
――あんたが私の冬眠中に、変なこと吹き込んだんじゃないの?
――違いますって! そんな恐ろしいことできませんよ! 本当です! 信じて!
高度な暗号化が施された念話を通じて、式は必死に弁明する。
それを聞いて、紫は軽く嘆息した。
「橙、私が狸なわけないでしょう?」
「は、はい。でも……」
「でも?」
「じゃあ、紫様は何の妖怪なんですか?」
「あら、そんなの決まっているじゃない」
八雲紫はスカートを揺らしながら、その場でくるんと回ってみせた。
「『少女妖怪』よ」
「ええええ…………」
それに青汁を吐くような声を出したのは、橙ではなく、その後ろの藍だった。
「あら、不満そうね藍。何か文句でもあるの?」
「ありますが、ありません」
「この私が少女以外の何だというの」
「…………バ」
その禁断の単語を言い終わる前に、一瞬で、部屋に妖気が吹き荒れた。
さっき踏んだのは虎の尾だったが、今踏んだのは恐竜の顔だったらしい。
今度こそ藍は、本気になった八雲紫の、殺気のプールに浸かっていた。
紫が瞳から禍々しい光を放ちながら、式に真意を問いただしてくる。
「バ? 藍は何を言おうとしたのかしらぁ?」
「バ…………」
八雲紫が笑っている。
と同時に、黒々としたオーラが式の喉根っこをつかんでいる。
ごくりと唾を飲み込んで、藍は震える舌を動かした。
「バ……」
「バ?」
「バラは……」
「薔薇は?」
「薔薇は……夢をみているのです」
藍のポエムが始まった。
「紫様……薔薇は貴方を一目見たときから、その頬を赤く染めました。貴方が目覚めるその時に、桜は春を歌います。草木は嫉妬にもえながら、その身を緑に彩ります。それは、なぜでしょうか」
どこからともなく音楽が流れ、藍の瞳にもキラキラとお星様が浮かんでいる。
「それは、生きとし生けるもの全てが、貴方の美しさを目指しているからですよ。無論私も、それが届かぬ存在と知っていながら。ああ、なんと美しく残酷な花でしょう、わが主は。その笑顔を集めてごらんなさい。私を殺す、優しい毒ができるでしょう。
貴方を瞼に抱きながら、永遠に瞳を閉じてしまう……」
春風になびく羽衣のように、藍は言葉をつむいでいく。
今だけ九尾の式は、傾国の詩人へと変わっていた。
座ってその声を聴いている橙は、うっとりとして目を閉じている。……紫のジト目は変わらないが。
やがて詩はやみ、藍は自嘲するように、かぶりを振った。
「申し訳ありません。花に例えようとした私が愚かでした。美しいという言葉よりも先に、八雲紫はあったのですから」
「………………」
紫はしばらく、壊れた機械を見る目で、その様子を見ていた。
が、やがてふっと笑った。
顔中に汗を浮かべている式に向かって、
「ずいぶんと一生懸命ね、藍」
「いえいえそんなことは」
「でもまあ、悪い気はしないわね」
「恐縮です」
「つまり、どんな花も私に敵わない、と貴方はいいたいのね?」
「はい。その通りです」
藍は笑顔で、肩をすくめた。
「まあ、ラフレシアくらいですね、しいて匹敵するといえば」
スキマオープン。
「ぎゃあああーやっぱりいいいい!」
「藍様ー!!」
橙が手を伸ばす前で、じたばたともがく藍。
しかし、彼女は食虫植物に飲み込まれるがごとく、スキマにガジガジと食べられ……消えてしまった。
あとには呆然とする式の式と、クスクスクスと静かに笑う大妖怪だけが残った。
「アホゥめ……」
地の底から響くような声で、八雲紫は呟いた。
そして、くるんと笑顔で振り向き、恐怖に震える橙に向かって、
「これでわかったでしょう、橙。私はスキマの妖怪よ。覚えておくことね」
「はははははい!」
「さあ、おバカな式はいなくなったから、二人でゆっくり話ましょう」
「………………」
「そんなに恐がられると、悲しくなるわ」
「……は、はい」
「もう。藍には甘えて、私には甘えてくれないの?」
「あ、あの……はい」
橙はしばらく迷っていたが、やがて忍び足で、手を広げるスキマ妖怪に近寄った。
「失礼します……」
恐る恐る、その膝に橙は座る。
紫の両腕が、がばっとその体を抱き寄せた。
「ふふふ、美味しそうに育ったわね」
「にゃー! 藍様助けてー!」
「冗談よ。爪は立てちゃ駄目」
暴れる橙は、紫の華麗な手捌きで、しっかりと押さえ込まれる。
その絶妙な力加減に、橙の緊張はするすると抜けていった。
紫はその頭に顔を寄せながら、
「昔はこうやって脅かすと、藍は喜びはしゃいだものだけどね」
「え、そうなんですか?」
「そう。貴方くらい小さかった頃。今はこんなことさせてくれないから寂しいのよ~」
「すみません、紫様。私、つい怖がっちゃたりして」
「ふふふ、橙は素直でいい子ね。藍も昔は素直でいい子だったのに」
あんたのせいだあんたの。と、今は亡き式のツッコミが聞こえてくる気がした。
紫は当然のごとく、そんな声は無視した。
「その素直な橙に聞きたいわね。どうして、私が狸だと思ったの?」
「紫様は、狸って言われるのは、嫌なんですか?」
「それは文脈によるわね。橙は藍と違って、私を馬鹿にする意味で言ったんじゃないんでしょう?」
「はい」
「じゃあ、どうして」
「それは……」
橙は一度言葉を切ってから、小さな声で言った。
「……『青』が、紫様に似ていたからです」
式の式の顔は寂しげだった。
思わぬ名前が出てきて、紫は首をかしげた。
「あお?」
「はい。青です」
「それは誰なの?」
「たぶん、紫様と同じ、スキマの妖怪です」
橙を撫でる紫の手が、止まった。
「スキマの妖怪?」
「はい。一月前、紫様が冬眠している時に、山の麓で会ったんです」
「スキマの妖怪の、青……」
紫はしばらく目を閉じて考えていたが、
「……橙。今ここで、詳しく話せるかしら」
「はい。えーと……」
橙はこの冬にあった出来事を、紫に語りはじめた。
『式の式』とその仲間達が体験した、少し不思議な冒険を。
~八雲の式の式の式~
今年の幻想郷も大雪であった。
妖怪の山も、天辺から麓まで白く変わっていた。
冬は、草木も虫も獣らも、等しく眠りにつく季節である。
やがて来るであろう春を待ちながら、命をかけて眠り続ける。
それらが隠れてしまうその季節では、人の話す声も小さくなり、雪に吸い込まれてしまう。
四季の中でもっとも静かな季節、それが冬だ。
「もーいーかい!」
そんな静かな季節でも、妖怪、ましてや子供には関係ない。
大きく声をあげているのは、ふかふかの茶色いコートに身を包んだ、橙だった。
遠くから、もーいーよの声が聞こえてくる。
橙はうなずいて、雪の上を走り出した。
冬の隠れんぼは、夏よりも見つけやすい。絶好の隠れ場だった茂みも、白一色の世界へと変わるからだ。
それはつまり、ただでさえ隠れんぼの下手な橙が、さらに見つかりやすくなるということでもあったけど、今の橙は鬼役。
隠れた友達三人を捜して、妖怪の山の麓をぴょんぴょん跳ね回っていた。
――どこに隠れたのかなー。あっ!
橙は林の下の雪に、青いものを見つけた。青といえば氷の妖精チルノだ。
彼女の隠れんぼの特徴は、奇抜な発想であった。
鬼の後ろに隠れたり、凍りついた木と合体していたりと、捜す方の予想をいつも裏切る。
今回も、雪で隠れ場が無くなったことを逆に利用して、雪の下に隠れているのだろう。大胆で向こう見ずなチルノらしかった。
橙はその、ふくらんだ雪の塊に飛びかかった。
「チルノみーっけ!」
「……………………」
「え……」
期待とはまるで違う反応に、橙は驚いて手を引っ込めた。
それはまるで動かなかったのだ。
「チルノじゃ……ない?」
よく見ると、それは予想していた氷精の青い服ではなく、もっとツルツルした物体の表面だった。
雪の中から見えているのは、その物体の一部分なようだ。
チルノじゃないとしたら、はたして何が埋まっているのか。
「………………」
橙は少し考えてから、雪を手で掘りはじめた。主に編んでもらった手袋が役に立つ。
指先が毛糸越しに雪に濡れて湿った頃に、橙はそれの全体像を拝むことができた。
それは俯せになった大きな丸っこい人形だった。
背丈は橙と同じくらいだが、横の太さがまるで違う。そして、頭は胴体よりも巨大だった。
胴体からは短い手足が生えているが、どちらも指が無く、白いまん丸であった。
尻から生えている赤い玉がついた線は、ひょっとしたら尻尾かもしれない。
顔は雪に埋まっていて、どんなものかわからなかった。
もっとも、後姿だけで十分奇怪であったが。
橙はしゃがんで、その人形の下に手を入れ、ひっくり返してみることにした。
……が、
「お、重いー!」
橙はこれでも化け猫。見た目は少女だが、並の妖怪に劣らぬ腕力がある。
だがその青い人形は、腰を入れなくては持ち上がらぬほど重かった。
「よーいしょ……! こーらしょ……!」
何とかひっくり返そうとしてると、後ろからくぐもった声がした。
「遅いよ橙ー」
「うーんせ! こーりゃせ!」
「って何してるの?」
「むぐー! ちょ、ちょっと手伝ってリグルー!」
橙は振り向かずに返事する。隣に寄ってきたのは、共に隠れんぼ遊びをしていたリグルだった。
寒さが苦手な彼女は、いつものマントの下に厚着して、マフラーで顔を覆って、帽子をかぶっていた。
橙以上の重装備。蛍の妖怪というより、みの虫の妖怪のようである。
そのみの虫妖怪が、しゃがみながら、
「これ何?」
「ぐー、わかんない~!」
「どれどれ。…………ってホントに重っ!」
橙と一緒に、それをひっくり返そうと踏ん張り、リグルの顔もゆがむ。
「あー! 何してんのよ! さっさと捜しに来てよ!」
次に現れたやかましいキンキン声は、チルノのものだった。
氷精の彼女は、冬でも半袖の姿は変わらない。
「あれー? かくれんぼじゃないのー?」
と、間延びした声はルーミアだ。
黒い球体の中にいるために、見てもわからないが、彼女も防寒具に身を包んでいた。
橙とリグルは、いったん手を止めた。
「これ、橙が見つけたんだって」
「何よこれ」
チルノは言いながら、人形の大きな頭を、軽く蹴った。
ルーミアは宵闇を解いて、これ食べられるのかなー、と人形の赤い尻尾の玉をいじっている。
「これなんなの。妖怪?」
「わかんない。うつ伏せに寝ているんだけど、すごく重たいんだよ」
「どんな顔してるのかなー」
ルーミアの疑問に、残る三人はうなずいた。
やはり、みんなそれが気になっていたのだ。
四人は一列に座り込んで、その青いダルマ人形の下に手をいれた。
「せーのっ!」
かけ声を合わせて力を入れ、ついにそれがひっくり返された。
「ん!?」
「な」
「へ?」
「あれー」
子供たちが、それぞれ驚きの声をあげる。
ついに人形の顔を拝むことができたのだが……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙の後、
「…………ぶっ」
アハハハハハハハ!!
と四人は爆笑した。
橙は跳ね回って、リグルはお腹を抑えて、チルノは雪に顔を突っ込んで、ルーミアはほがらかな表情で。
なにせ、変なのだ。
その人形の顔は、とてつもなく変な顔だったのだ。
青一色だった後頭部とは違い、顔面は真っ白だった。
そして閉じた大きな目の下に、小さな赤くて丸い鼻が一つ。
そして数本のヒゲの下には、洗面器が丸ごと入りそうな巨大な口がある。
その顔も太目の胴体よりも大きく。手足も短いために不恰好だった。
ようするに、間抜けな顔をした、青いだるまさんだったのである。
「変な顔! 変な顔ー!」
チルノは喜んで、青ダルマの口を引っ張っている。
「すっごく大きい口。チルノ、食べられちゃうかもよ」
「動かないんだから、怖くないわよ!」
橙の脅かし声を聞かずに、チルノは人形の大きな口をこじ開けて、中を覗きこんでいる。
「よく出来た人形だけど、変なデザインね」
リグルは人形の赤い首輪と金色の鈴、そしてお腹に張られた、『大きな御札』を見ながら言った。
漢字だが凡字だかよくわからない、面妖な御札である。
「誰かが作って、体のバランスに失敗したから、捨てちゃったとか」
「それ、ひどいよ。山はゴミ捨て場じゃないんだよ」
「別に私が捨てたわけじゃないもん」
「じゃあ、あたい達がもらっちゃおうよ!」
チルノが人形の口の中から顔を戻して言った。
「うん、そうしよー!」
他の皆も賛成する。
隠れんぼは途中で止めることとなった。
こんな面白そうな遊び道具が見つかったのだ。放っておく手はない。
子供たちはしばらく、どんな遊びがいいか案を出し合った。
○○○
「いくよー、それ!」
急斜面をダルマ人形が転がっていく。
その道中で、昨晩降り積もったぼた雪が、人形の体を包んでいく。
下の受けに来たときは、人形は見事な雪ダルマになっていた。
やったやったー、と子供達は大はしゃぎ。
「わー、大きくできたねー」
「ちょっとアンバランスだね。頭の方が体より大きいから」
顔の無い雪だるまは、頭の重さで今にも倒れそうであった。
そこで四人はまた力を合わせて、雪だるまを逆さまにすることにした。
ついで、小枝と石を使って、目と鼻と口をつけてあげる。彼らの身の丈ほどもある、立派な雪だるまの完成だった。
だが、中の人形は逆さまなのである。
それを思って、四人は再びゲラゲラと笑った。
しかし、
「おい! そこのお前達」
笑い声が急に中断された。
橙達を呼び止めてきたのは、見知らぬ大人の河童だった。
なんだか怖い顔をして近づいてくる。
「な、なんですか?」
「昨日、山に侵入者が出た。お前達、心当たりはないか」
河童は探るような目つきで、じろじろと見てくる。
橙は首を振った。他の三人も同様である。
「お前はこの山の化け猫だな。妖精はどうでもいいとして……」
「誰がどうでもいいって?」
チルノは凄んでみせたが、河童の方はまるで相手にしていなかった。
リグルとルーミアに顔を向け、わずかに視線を鋭くする。
「お前たちは、虫に宵闇か。ここは麓に近いとはいえ、妖怪の山だ。よそ者が混じっているのは感心せんな」
「え、え~と……」
「私の友達です」
少しひるんだリグルを庇うつもりで、橙は前に立った。
「危険じゃありません。私が保証します」
「危険かどうかは問題ではない。それに、お前の判断も当てにしていない」
「どうして? 前にここで遊んでたって、文句はいわれなかったよ」
「前のことなど知らん。掟は絶対であり、守るべきである」
その大人河童は、取り付く島も無かった。
「お前たちにも教えておこう。侵入者は強力な妖術を使い、天狗様から逃走した危険な妖怪である。ただでさえそうした手を焼きそうな侵入者がいるというのに、これ以上山に厄介事を増やしたくはないのだ。だから遊ぶならここではなく麓にしろ。そして何か気づいたことがあったら、すぐに我々に報せろ。いいな」
一方的に言うだけ言ってから、最後に河童は、橙達の作品を一瞥した。
大きな『雪だるま』を。
「……ふん。遊ぶばかりでなく、たまには山の役にたってみることだな」
そう言って、河童は飛んでいった。
その姿が消えたのを合図に、
「べええええ、だ!」
と、三人は並んであっかんべーをした。
「んもー、ムカつくなー!」
「何あれ! 感じ悪いわね! 私そのへんのただの妖精だと思ったら大間違いよ!」
「うん、チルノはただの妖精じゃないもんね」
「ふーんだ。どうせ、私はよそ者ですよ」
「ご、ごめんね。リグルはいい妖怪だし、私はよそ者だなんて思ってないよ」
「橙はそう言ってくれるけど、天狗や河童は、何か感じ悪いよね」
「性格がいい河童さんもいるんだけど……」
橙は去年の秋に仲良くなった、女の河童を思い出していた。
今年に入ってから会ってないが、元気にしているだろうか。
……あれ、でも
「河童は、冬は河の下にいるんじゃなかったっけ」
「だから、山の侵入者が出て大騒ぎで出てきたんでしょ」
「あ、そっか」
「たぶん人間の魔法使いとかじゃないかな」
「でも妖術を使うって言ってたから、妖怪だと思うよ」
「ふん。どんなやつだろうと、あたいにかかれば一発で氷漬けよ」
「これのことじゃないかなー」
盛んに議論していた三人は、のん気な声がした方を見た。
一人だけ、河童を気にしていなかったルーミアが、雪だるまをぺたぺたと触っている。
確かに、その雪だるまの中身は変な存在だったが、
「ルーミア。それは人形だよ。あんなにいじっても動かなかったじゃん。顔だけは普通の妖怪以上だったけどね」
「そーなのかー」
リグルの説明で、ルーミアも納得したらしい。
それから四人は、しばらく雪だるまを放っておいて遊んだ。
空中雪合戦をしたり、かまくらに挑戦してみたり。
そうして遊び疲れたのは夕方頃だった。
冬は日が沈むのも早いため、まだ物足りないが、お別れの時間である。
「それじゃあ、また明日!」
「この雪だるまのところに集合ね」
「あれ、でも河童に怒られるんじゃあ……」
「いいのよあんなやつ! 今度会ったらあたいが文句をいってやるわ!」
「あはは、頼りにしてるわよチルノ。それじゃあ、待ち合わせ場所はここで」
「りょうかーい」
「じゃあ、またねー!」
橙は山から帰っていく友人らに手を振った。
見えなくなるまでそうしてから、日の沈む反対側、東のほうに目をやった。
――今日は藍様のところにしようかな
橙の家は、妖怪の山にある猫の里と、八雲一家の住まう屋敷と二つある。
一年を通してみると、猫の里にいる方が多いが、冬はある理由があって、ちょくちょく主の八雲藍の元に帰ることにしていた。
今日あたりが適当かもしれない。今から急いで帰れば、晩御飯に間に合う。
よし、と飛び立とうとする前に、
「……………………」
橙の視界に先ほどの雪だるまが入った。
立派な大きさだから、誰かが壊さない限り、目印として適当だろう。
といっても中身はへんてこな人形なのだけれど。その特徴的な顔を思い出して、橙はまた吹きだしそうになった。
「ふふ、藍様はどう思うかな。お仕事が少なそうだったら、今度見せてあげたいな……」
そう呟いて、橙は雪だるまを、ちょんと指で突付いた。
……う~ん
橙の指がさっと引っ込んだ。
雪だるまから、声が聞こえた気がしたから。
――そ、そんなわけないよね。さあ帰ろう
そう思いながらも、橙は背を向けることができなかった。
震える指で、もう一度突付いてみる。
う~ん
間違いない。また声がした。いや、雪だるまが、しゃべったのだ。
突付いた場所から、ぱらぱらと雪が欠片となってはがれた。
橙の尻尾の毛が、ぞぞぞと逆立った。
雪だるまが微動している。
はじめは震えるほどだった動きが、しだいに大きくなっていく。
やがて顔を振り子のように揺らして、ついにはどすんと地面に寝転んだ。
わっ、と橙は後ずさりした。
――な、なに。なんなの
橙は混乱する頭を落ち着けようと必死になった。
認めたくはない。認めたくはなかったが、これは中の人形が動いているとしか思えない。
そしてそれは、もっと思い出したくない話、さっきの河童の忠告と結びついた。
(妖怪の山に侵入者が出た。妖術を使う恐ろしいやつだ)
橙の頭に、人形の大きな口が思い浮かんだ。妖術で動けなくされて、あの口で食べられてしまったら。
雪だるまは動き続けている。だんだんと雪がはがれて、さっき見た青い表面が露になっていく。
――ど、どうしよう。誰かに知らせないと
そう思いながらも、橙は恐怖に動けずにいた。
やがて横になった人形の、その大きな口が姿を見せる。
それがだんだんと開いていって、
「ぶぇっくしょん!!」
「きゃあああああ!!」
橙は弾かれたように、泡を食って逃げ出した。
奥の林に飛び込み、太い木の裏に隠れる。
そこで、こっそりと覗いた。
立ち上がった青いダルマ人形は、短い手足でのそのそと、身体についた雪をこすって落としている。
そしてまた一つ、「ぶぇっくしょん!」とひどいくしゃみをしていた。
――う、動いてる
間違いなく動いている。つまりあれは、人形ではなかったのだ。
やはりあれは妖怪で、それも昨晩山に不法侵入した妖怪なのだろうか。
橙も山の一員である。掟に従うなら、ここで追い返さなくてはならない。
しかし危険な妖怪だとも聞いているため、ひとまず様子を見ることにした。
そいつは震えながら、キョロキョロとあたりを見回していたが、やがて橙の方を向いて止まった。
それより早く、橙はサッと、木の陰に顔を引っ込めた。
ざく
ざくざく
雪を踏みしめて、近付いてくる音がする。
全身が心臓になった気分で、橙は体を縮こませた。
口を押さえて、声がもれ出るのを防ぐ。さらに、いつでも走って逃げるよう、体勢を整えた。
どうか見つかりませんように。
「あの~」
橙の願いを砕くように、声がかけられた。
これが妖怪の声。のろのろとした、ひどいだみ声だ。
でも、どうして気付かれたんだろうか。
――にゃっ! 尻尾!
橙は気づいた。
主はおろか友人にまで笑われるのだが、橙は隠れんぼが大の苦手である。
その理由は二本の尻尾にあった。緊張すればするほど、黒い尻尾がひょこひょこと動いてしまい、捜す方からすれば丸分かりになってしまうのである。
「あの~」
また、声がかけられた。
橙は勇気を出して、木の陰から飛び出した。
膝が震えるのを我慢して、せいいっぱい怖い顔で
「こっ……ここは妖怪の山だよ! よそ者は入っちゃ…………だ……め?」
妖怪の全身像を見て、橙の裏返った声は、空気が抜けるようにしぼんでいった。
その青い妖怪の身長は、橙とほとんど変わらなかった。
爪も牙もなく、武器も持っていなかった。
全体的に丸っこい体型は、橙をいっそう怖さから遠ざけていた。
そして、それは弱っていた。
大きな目に涙を浮かべ、鼻水を垂らして震えていた。
「えーと、寒いの?」
橙はごく自然な声音で、そう聞いた。
妖怪はのっそりとうなずいた。
橙は少し考えてから、自分のマフラーを解いて渡してやった。
奪い取られるかと思ったが、妖怪はもったいない手つきでそれを受け取った。
それを巻こうとしていたが、あまりにも首が太すぎるために、うまくいかなかった。
そもそも丸っこい手には指が一本くらいしかなく、広げるだけでも、もたもたしている。
見かねた橙は後ろに回って、マフラーを軽く首に回してやった。
とても大きくて、真っ青な後頭部だった。
「ありがとう……」
だみ声でお礼を言われて、橙の恐怖は完全に消えてしまった。
その妖怪は、何だか頭が良さそうには見えなかったし、危険そうにも見えない。
「ねぇ、あなたの名前は?」
橙の質問に、妖怪は無い首を振るのみだった。
「どこから来たの?」
やはり同じ反応だった。
体の震えもおさまっていない。
ひょっとして、寒いのが苦手なんだろうか。
こんなに体が青いのも、寒さのせいかも。だとしたら、かわいそうだ。すぐに温めなくてはならない。
橙はこの近くに住む、友人の顔を思い出した。
○○○
レティ・ホワイトロックは冬になると現れる妖怪である。
特にそれは、天気が曇っているときか吹雪のときで、彼女を見かけた人間は、寒気によって大変な目に合うのだ。
じゃあ、晴れの日はどこにいるのかというと、霧の湖の近くにひっそりと建つ、木造の一軒家に住んでいるのであった。
家のつくりは、地下の氷室と地上の温室に分かれている。
寒気が好きな彼女がなぜ温室かというと、冬しか遊べない彼女に会いに、友人達がよくこの家に集まってくるからである。
「だけど、こんなお客さんは想像していなかったわね~」
レティが鍋のシチューをかきまぜながら言う。
シチューが幻想郷でもっとも似合う女性。誰が言ったか知らないが、そういう説がある。
テーブルにつく橙も、レティの料理する後ろ姿を見て、その意見を認めざるを得なかった。
冬の妖怪なのに、いや、冬の妖怪だからこそ、温かい食べ物が似合うのかもしれない。
――二番目は藍様かな
ちなみに橙の頭の中にあるランキングにおいては、一位と二位のほとんどが主の藍と紫で占められていた。
テーブルには橙、そしてもう一人、毛布にくるまった青い妖怪が座っていた。
真っ青なのは温めれば直ると思ったのだが、震えがおさまっても、妖怪の体色は変わらなかった。
質問に対する答えも全く同じである。
「名前は?」
「……わからない~」
「どこから来たの?」
「……わからない~」
わからないに次ぐわからない。つまり、彼は記憶喪失ということになる。
表情からすると、落ち込んでいるようだったが、いちいち口調がのんびりしているために、聞いてるこっちの気が抜けてしまう。
橙は、主が昔よく歌ってくれた、童謡を思い出した。
犬のおまわりさん
迷子の迷子の~♪
……子猫には見えなかった。
どちらかというと、
「タヌキかな」
「タヌキじゃない!」
急に青ダルマが目くじらを立てて大声を出したので、橙はびっくりした。
「ボクはタヌキじゃないぞ!」
「じゃ、じゃあ何だっていうのよ!」
「…………わかりません~」
負けずに言い返すと、今度は泣き出してしまった。
「喧嘩はしないで。はいお待たせ」
いいタイミングで、レティがシチューを両手に運んできてくれた。
気を取り直して、三人でテーブルを囲み、いただきますの合図でスプーンを取る。
ただし、橙は食べつつも、ジロジロと青い妖怪の様子をうかがっていた。
妖怪はシチューをふーふー冷ましながらも、とても美味しそうに食べている。
橙の口の三十倍はあろうかという、ものすごく大きな口の前では、レティの用意したスプーンが貧相に見えるのも仕方がなかった。
ところが妖怪は皿ごと平らげようとかいう気はないようで、丸っこい手で上手にシチューをよそって、お行儀よく口に運んでいる。
「美味しい?」
「おいしい」
レティに返すその笑顔は、実に幸せそうだった。こんな大きな笑顔を、橙は見たことがない。
わからないことだらけだったが、一つだけはっきりしたことがある。
それは、並の妖怪以上に表情が変わるこのダルマが、ただの人形ではあり得ないということだった。
かといって、普通の妖怪には見えなかったし、妖精でもなかった。
なぜなら彼は飛べなかったのだ。
幻想郷において、飛行能力は程度の差はあれど、ほとんどの妖怪、妖精に許されているというのに。
そのうえ造形が妙に丸っこくて、人に恐れられるような特徴が一切無い。
あの洗面器がすっぽり入りそうな大きな口にも、尖った牙とかは見当たらず、やはり、危険にも悪い妖怪にも見えなかった。
「でも山の侵入者って、たぶんこの子のことだったと思うんだけどなー」
「そうね。でも私には、悪い妖怪には見えないわよ」
「やっぱり、レティもそう思う?」
「ええ。思うわ」
大きな丸パンを一口で次々に食べてしまう妖怪に、レティは笑いをこらえている。
胴体を超える頭部に、まん丸の目に巨大な口。これだけなら怪獣の一種であったが、どうも仕草に愛嬌がある。
さっきタヌキと言われて怒ったときはびっくりしたけど。じゃあ、果たしてこの妖怪の正体は何か。
「この季節にしか現れない、雪ダルマの妖怪とか。知ってる?」
「ふふ、聞いたことがないわね」
問われた冬の妖怪は、笑って首を振るだけだった。
そこで橙は、あっ、とひらめいた。
「山の妖怪でもないし、リグルたちが気付かなかったんだから、麓の妖怪でもないよね。そしてレティも知らないから、冬にしか現れない妖怪でもない。つまり、この幻想郷の妖怪じゃないってことは、外の世界から来たってことじゃないかな」
「というと?」
「幻想になって、この世界にやってきたの」
「なるほど。じゃあこの子は一人ぼっちってことになるわね」
「うわ~ん」
レティののんびりした声に、妖怪はまた、波うつだみ声で泣き出した。
「泣かないで。ほら、シチューのお代わりはどうかしら」
「ぐすん、いただきます~」
「橙も仲良くしてあげなさいな。」
「うん! 仲良くするよ。悪い妖怪には見えないし、一緒に遊んであげる」
「ありがとう~」
「ふふっ、チルノ達に見せたらびっくりすると思うな」
何せ昨日の雪だるまが、泣きながらシチューを食べているだけじゃなく、こうして動いてお礼まで言ってくれているのだから。
「じゃあ、よろしくね! え~と……」
そこで気がついた。この妖怪には名前がない。あったかもしれないが、彼は思い出せないのだった。
そこでレティが、
「名前が無いなら、橙がつけてあげればいいじゃない」
「ええ!? で、でも……いい……のかな」
「うん、おねがいします」
青い妖怪は笑顔でうなずいた。
「えーと、えーと」
橙は困った。
なるべくいい名前をつけてあげたいとは思うが、ぴんとくるものがない。
そもそも、この妖怪が何の妖怪だか分からないので、イメージが湧かなかった。
――タヌキに見えるからポンポコリン、じゃ怒られるだろうし
レティも妖怪も、期待する目で橙を見守っている。
ますます橙はうろたえて、猫語を口走った。
「にゃ~にゃ~!(あーもーわかんない、青いから青とかじゃだめかな)」
「にゃ~ご(青でいいよ)」
え……。
自分の独り言に返したのは、その妖怪だった。
レティは不思議そうに、その光景を見ている。
橙は椅子から飛び上がった。
「にゃー!?(猫の言葉が話せるの!?)」
「にゃ~(うん。わかるよ)」
「にゃ、にゃお!(じゃ、じゃあ、あんた猫ってこと!?)」
「にゃご(そうかもしれない)」
その妖怪の猫語は完璧だった。橙の鼻が、興奮でふくらむ。
「決めた! 貴方の名前は『青』! そして、今日から私の『式』だよ!」
橙は高らかに宣言した。
「式~?」
「そう! 式っていうのは、式神のことで、主の言うことを聞いて助ける、家族みたいな存在!」
「そう言えば、橙は自分の式を欲しがっていたわね~」
「うん!」
「でも、猫の里の猫達から選ぶとか、去年まで言ってなかった?」
「だって、あの子達、みんな言う事聞かないんだもの! それに比べて、『青』はいい子で、ちょっと変わってるけど猫だし、何より……」
橙は目を輝かせた。
遊んでいたのは偶然、見つけたのは自分。そして、皆が帰ったあとに、自分だけが目覚めた青と出会った。
主と式の出会いはいつも特別なものだと思っている。こんな素敵な運命で、青が自分の式にならないはずがない。
彼は自分に会うために、この幻想郷にやってきたのだ。そうに決まってる。
「私の名前は橙。幻想郷の守護者、八雲紫の式である、八雲藍の式……!」
橙はその妖怪の丸い手と握手して、名乗った。
「そして貴方は、私の式。つまり、式の式の式の『青』! よろしくね、青!」
『青』はニッコリと笑って言った。
「うん、よろしくお願いします。橙」
「違うよ! 橙じゃなくて、橙様!」
「はい、橙様~」
「う、うにに、くすぐったい。やっぱり今はまだ、橙でいいよ、青」
「うん!」
「やったー!」
大きな頭でうなずく青に、橙は大きくバンザイした。
「じゃあ、青。さっそく山に行こうよ。猫の里に、私の家があるから……」
「それはやめたほうがいいと思うわ~」
止めたのはレティだった。
「だって、妖怪の山ではこの子……青を探し回っているんでしょ。見つかったらちょっと問題じゃないかしら」
「あ、そうだね。じゃあどうしたら……」
「うちに泊まっていけばいいじゃない。一階は温室だから大丈夫」
「本当!? ありがとうレティ!」
「じゃあ、貴方達のベッドを運ぶから、手伝ってね」
「うん! あ、青も一緒に運びなさい!」
「はい、橙」
青は返事をして、素直に橙の後についてくる。
――すごい。ちゃんと言うことを聞いてくれる式なんて、はじめてだ
それだけで、橙にとっては心の高鳴る、新鮮な快感があった。
自分はこの式ができた日を一生忘れないだろう。
というか、こんな幸せな日が、今まであっただろうか。思いあたるのは、はじめて藍に式だと認めてもらえた時だ。
これからで思い当たるのは、自分が八雲の姓を受け継ぐときぐらいだろうか。
そうだ。そして、その日は間違いなく近い。
自分はついに、八雲の証となりうる、式を手に入れたのだ。
「ああ、明日が楽しみ!」
「橙。気をつけないと落っことすわよ」
「大丈夫! 青がちゃんと支えてくれてるもん! ねっ、青!」
「うん。大丈夫だよ」
橙は重いベッドを、青と一緒に、ウキウキ気分で運んだ。
○○○
ワー、ワー!
橙は青と並んで立ち、幻想郷中の妖怪たちの歓声を受けていた。
その中には、友人らや、よく知る人間も混ざっている。
彼らはみな、式を手に入れた橙を称えているのだ。
もちろん、彼女の最愛の主も、祝福してくれていた。
自分の立派な姿を見せることができ、橙は誇らしさでいっぱいだった。
「どうですか、藍様! 紫様!」
「すごいぞ橙!」
「すごいわ橙!」
主らは二人とも、大きな拍手で迎えてくれた。
「私も八雲の姓を継げますか?」
「もちろんよ。貴方は今日から八雲橙と名乗りなさい」
「わあい! やったぁ!」
橙は何度もジャンプして喜んだ。
ついに念願の八雲の姓を受け継ぐことができるのだ。
この日をどれだけ待ったことだろう。隣に立つ青も嬉しそうだ。
「藍。あれを持ってきなさい」
「かしこまりました」
藍はすぐに、色つきの綿菓子のようなものを持ってきた。
紫はふわふわしたそれを受け取り、もったいぶった手つきで、橙の前に差し出した。
「さあ、これが一家の証の『八雲』よ。受け取りなさい」
「これがそうなんですか!」
「ええ。大事にするのよ」
「わかりました! 絶対に大切にします!」
「待ってください、紫様」
口を挟んだのは、ニコニコと笑顔を浮かべた藍だった。
「紫様、橙はすごいです」
「ええ、橙はすごいわ」
「本当ですか!? 藍様、紫様!」
「ああ、橙はすごい。だから橙は八雲ではもったいない」
「そうね。橙は八雲ではもったいないわ」
「え、どういうことですか?」
「橙は『二十五雲』くらいじゃないでしょうか。すごいですから」
「に、にじゅうごくも!?」
「あら、私は『四十五雲』だとおもうのだけど。すごいもの」
「よんじゅうごくも!?」
「それなら『百二雲』はどうでしょう」
「えー!?」
「まだ足りないわね。橙はすごいから、思い切って『千二百九十三雲』にしましょう」
「にゃー!? せんにひゃくきゅうじゅうさんくも!?」
あまりの数に、橙は仰天していた。
藍が奥から、山ほどもある雲の固まりを持ってきた。
「さあ、橙。これが『千二百九十三雲』だ。今日から『千二百九十三雲橙』と名乗りなさい」
「わ、わかりました!」
「はい、それじゃあ受け取ってね」
「はいっ……て重ー! 重すぎます! つぶれちゃいますよ藍様~!」
「はははは、橙はすごいね。さすが千二百九十三雲だ」
「ふふふふ、橙はすごいわ。さすが千二百九十三雲ね」
「助けて~! 誰か~!」
「うーん、うーん、潰される~。……はっ!」
橙は目を開けた。
真っ暗闇の中、暖炉の薪の焼ける音が聞こえる。
瞳孔が開いていくなかで、橙は覚醒した。
ここはレティの家で、時刻は真夜中であった。自分がいるのは大きな洋風ベッドの上であり、そこで寝ていたのである。
つまり、さっきまでのは夢だったのだ。八雲の名を受け継いだのも、全部夢の中の話で。
体を押しつぶそうとしていた、千二百九十三雲の正体は……
「グウグウ……むにゃむにゃ」
「……………………」
ずうずうしく、隣まで転がってきて寝ている、青の手だった。
――途中までは素敵な夢だったのに。
むっとした橙は、青の重たい体を、えいっと押しのけた。
丸い胴体は、寝言を呟きながら転がって、ベッドの端から落ちていく。
どすん。
「……あいてて~」
青は寝ぼけた声を出して、頭をさすりながら、起き上った。
橙はそれに背中を向けて、再び夢の続きを見ようとした。
「……………………」
青はベッドに戻る気配が無い。
橙は横になったまま、ちらっと肩越しに、そちらを見た。
青はぼんやりと、窓の外の星空を見上げていた。
「どうしたの青」
青は答えない。
泣いているようにも見える。
「私は青の主なんだから、遠慮せずに相談しなさい」
「……夢をみたんだ」
「どんな夢?」
「誰か知らない子供たちと、遊んでいる夢」
「それは誰なの?」
橙は気になって聞いたが、青はやはり思い出せないようだった。
「青がここに来る前の世界のこと?」
「うん。とても大事なことだったはずなのに」
「それでも思い出せないの?」
「……………………」
「ごめんね、青」
橙は記憶を無くしたことはない。
けれども、主らや友人達のことを忘れてしまうなんて、考えるだけで怖くてたまらない。
青が寂しく思うのも当然だった。
反省して、ベッドの上に座りなおす。
「でも、大丈夫だよ青。ここは平和で、みんなやさしい妖怪ばかりだから、きっと楽しいよ」
青がこちらを向いた。
橙はそれに、うん、と笑顔でうなずき、元気付けてあげた。
「そうだ。明日は私の友人に紹介してあげるよ。きっとみんなびっくりすると思うけど。その後は、藍様にね」
「藍様ってだあれ?」
「私の主。とっても強くて優しいんだよ。青の主の主になるってわけ。でも、そのまた主に紫様がいて……あ、ちゃんと説明してあげるね」
橙は八雲一家について、青に教えてあげた。
「……そんな凄い一家なんだよ。だから、青も自慢できるし、きっとここで幸せに暮らせるはずだから、さびしくないよ」
「うん。ありがとう橙」
「じゃあ泣かないで、もう寝なさい。あ、さっきは押しのけたりしてごめんね」
「橙はどうしてぼくに優しいの?」
「もちろん、青が私の式だからよ。私も式になったはじめの夜に、藍様が一緒に寝て子守歌を歌って、安心させてくれたんだー」
それはまだ橙が、人間や他の妖怪に怯えていたときの頃だった。
辛い記憶に震えている橙が眠るまで、藍はずっと起きて撫でていてくれた。
あの夜に藍に対する橙の警戒は解け、後に世界で一番大切な主になったのだった。
「あっ! 今はもう藍様と一緒に寝ていたりしないよ! 本当だよ! だって、私はもうそんな子供じゃないんだからね」
「…………」
「……本当だよ?」
「うん、本当だね」
青が素直にうなずいてくれたので、橙は内心ホッとした。
と同時に、あのやわらかい温もりから、決別しなくてはならないという覚悟が、重くのしかかった。
もう自分は主なのだから、藍に甘えているだけではだめだ。
彼女が自分にしてくれたように、青に優しくしなくては。
「そうだ。青にも子守唄を歌ってあげようか」
「うん。歌って橙」
「……あのー、下手でも笑わないでね?」
「うん」
「よ、よ~し」
誰かに子守唄を歌ってあげるのは、生まれて初めてだった。
橙は緊張しながらも、青のために歌いはじめた。
「ねーんねーこー! ねーんねこ!」
子守唄とは思えないほどの、大きな声で。
「……ふふふ」
「ねーんねこ! って、あ、青! 笑わないでっていったじゃん」
「ごめんごめん」
「ねーんねーこー! ねーんねこ!」
「ふふふ」
「もー、青!」
「ごめん。でも、橙の歌は、眠くならないけど、元気になるよ」
「本当に?」
「うん、ほんとうだよ」
青のゆっくりした占い師のような口調で言われると、確かに自分にそんな力があるような気がしてくる。
橙もだんだん張り切ってきた。
「よーし、青も一緒に歌おうよ!」
「うん!」
「ねーんねーこ、ねーんねこ!」
「ね~んね~こ、ね~んねこ」
「もっと大きな声で! ねーない子ーはーだーれーだー、すーきまーがー、たべちゃうぞー!」
「ね~ない子~は~だ~れ~だ~、す~きま~が~、たべちゃうぞ~」
低音の青の声が混ざって、不思議なハーモニーが生まれる。
二人は仲良く、藍の子守唄を合唱した。
どがん!
突如、床に備え付けられた扉が跳ね上がった。
二人が唖然として歌を止める中で、冷えた空気が、部屋を白く染めていく。
「………………ね~んねーこ」
寝間着姿のレティさんが、ゆらゆらと上がってきた。
それはそれは恐ろしい笑顔で、
「二人とも、夜だというのに元気ね~」
「ごごごご、ごめんなさい、レティ」
「今度うるさくしたら、この部屋も氷漬けにしちゃうわよ?」
「うん、もう寝るから、本当にごめん」
主と式は、ぺこぺこと謝った。
レティは妖怪には珍しく、早寝早起きであった。
そして何より、怒らせると怖いのである。
○○○
次の日、橙は青を連れて、昨日の遊ぶ約束をした場所の近くにまで来ていた。
時刻はお昼前。本当はもっと早く来る予定だったのだが、
「青が飛べないことを考えてなかったね……」
「ごめんね橙。ぼくのせいで」
「んーん、気がつかなかった私も悪いし」
申し訳なさそうにする青を、橙はなぐさめた。
橙は昨日と同じ格好であったが、寒がりの青は裸んぼから、レティが用意してくれたセーターと帽子、そして橙のマフラーを巻いている。
この恰好をして、レティの家を出発したのは朝だったが、それから結構時間がかかってしまっていた。
「でも、ちゃんと覚えなくちゃね。飛び方も走り方も」
青は空を飛べないだけではなく、足も遅かった。妖怪どころか、普通の人間にも劣る移動力である。
それも原因ではあったが、この冬道で、何より問題となったのは、その体重であった。
橙は深い雪などものともせず、高所を飛んだり枝から枝へと跳んだりして、さっさと約束の場所まで向かえる。
だが、真似して後からついてくる青は、早々にずぼずぼと雪に埋まってしまった。
それを橙一人で引っ張り出すのにも、かなりの時間がかかったのだ。
「あ、いたいた」
ようやくたどりついた昨日の場所には、すでに橙の友人の三人が集まっていた。
チルノとリグルが、雪だるまのあった場所を指差しながら、何事か騒いでいる。
それを遠くに見ながら、橙はふふふ、と笑った。
「青、ここで待っていて。いきなり行ったら、チルノ達が驚いちゃうから。私が合図したら出て来るのよ」
「はい」
橙は青を木の陰に残して、三人に近づいていった。
びっくり箱を用意した気分で、そろりそろりと、
「あー来た! 遅いわよ橙!」
まあ、橙がいくら忍び足で近づこうと、彼女達には見つかってしまうのだけど。
「ごめ~ん、三人とも」
「大変なのよ!」
「大変って何が?」
「見てわかんないの!? 昨日の雪だるまが無くなってて、動いた跡があるのよ!」
「あー本当だね」
「やっぱりあれが妖怪だったのかな~」
「うん。そうかもね」
「もし遊んでいる時に動いていたら、私達も食べられちゃってたりしたかもね」
「………………」
「ひょっとしたら、もう食べられちゃってる人がいるかも」
「……ぷぷぷ」
楽しい反応に、橙はどうしても、笑いをこらえることができなかった。
ルーミアがそれに気づいた。
「橙、何がおかしいのー?」
「ふふ、実はみんなに紹介したい子がいるの」
「紹介したい子? それって妖怪?」
「うん。みんなで一緒に遊んであげると嬉しいんだけど……」
「最強のあたいが、認められるやつならいいわよ」
「どんな子なのか見せてー」
「チルノもルーミアも、きっと気にいってくれると思うよ」
そこで橙は待ちきれずに、後ろを振り向いた。
「青ー! 出てきていいよー!」
はーい、と返事がした。
「ずいぶん声がかすれているね」
「変なやつじゃないの?」
「まあまあ、見ててって」
そこで木の陰から、青が姿を現した。
リグルとチルノの顔が、硬直した。
「ほら青! 早く来て挨拶しなさーい!」
その言葉に、青が笑顔でゆっくりと走ってくる。
「紹介するよ。あの子が……」
「わあああああ!!」
三人の友人は、揃って逃げ出した。
「あ、ちょっと待って! みんな、青は怖くないよ!」
橙は慌てて説明しようとしたが、すでに三者は飛び去って、姿を隠してしまった。
青はとぼとぼとやってきて、
「…………みんないなくなっちゃった」
「あ、青。そんな顔しないで。ちゃんと私が説明するから」
「……うん」
しょんぼりと落ちた青の肩を、橙はぽんぽんと叩いた。
「というわけで、あらためまして……この子は青! 昨日から私の式になったの!」
「こんにちは。ぼく青です!」
橙の紹介で、青は両腕をバンザイさせて、スローテンポな挨拶をした。
それを受けた三者の反応は様々だった。
リグルの表情はマフラーに隠れていたが、目だけは困っているのがわかった。どういっていいかわからない様子である。
ルーミアは指を口にくわえて橙と青を見比べている。こちらは困っているといより、どちらの料理を先に食べようか迷っている顔に似ていた。
最後のチルノは、胡散臭そうな顔つきで、青をジーっと見ていた。まるで、なかなか解けない間違い探しをするように。
つまり、いずれも友好的な反応とはいえなかった。
特にチルノは、露骨に怪しむ口調で、
「あんた一体なんなの?」
「だから、私の式だってば」
「そうです。ぼくは橙の式です」
「だって橙は、猫を式にするって言ってたじゃん」
「だから、青は猫なの」
「ねこ~?」
チルノは両手を腰に当て、下からねめつけるように青を観察してから、今度はその目を橙に向けた。
「橙、あたいをバカだと思って騙そうとしてない?」
「そ、そんなことないよ」
バカというか、チルノがちょっと変わっている、というのは思ってはいたが、騙そうとしたことなど一度も無い。
「チルノはわかんないかもしれないけど、青は猫なんだよ」
「でも、私も青が猫には見えないわね」
同じように観察していたリグルも、チルノと同意見のようであった。
ルーミアだけは、猫なのかー、と青のツルツル頭を撫でている。
青は素直に撫でられるままだったが、チルノ達を少し怖がっているようでもあった。
「二人とも信用してないなら、証拠を見せてあげる。青、ニャ~」
「ニャー」
二人は猫語で会話してみせた。
「ほら、今のは『青は猫だよね~』っていうのに、『猫ですよ~』って返したんだよ」
「そんなの、あたいだって話せるわよ! にゃーにゃごにゃーにゃー!」
「チルノのは全然意味わかんない。だからチルノは猫じゃないよ」
「『ギッチョンチョンノパーイパイ』?」
「青も無理に訳さなくていいの」
橙が呆れて突っ込んだ。
ルーミアは猫なのかー、と今度は不満げなチルノの頭を撫でていた。
その間リグルは、再度青をじっくり観察していたが、
「でもさ、橙。青には耳はないし、尻尾も変な形だし。やっぱり猫の妖怪には見えないけど」
「じゃあ、リグルは青が何の妖怪だと思うの?」
「見た目からして、タヌキとか」
「タヌキじゃない!」
やはり、昨日橙に見せた反応と同様に、青は怒り出した。
「青、怒っちゃだめだよ! 青が猫だってことはわかってるから」
「……ごめんなさい橙」
「ふ~ん。ちゃんと橙の言うことを聞くのね。やっぱり式なんだ」
「じゃあ、あたいの言うことも聞きな!」
「……………………」
「残念でした。青は私の式だから、私の言うことしか聞かないの」
「生意気なやつね」
胸を張る橙と、その式の青に対して、やはりチルノは不満げだった。
しかし、やがて何か思いついたらしく、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふん。じゃああんたが猫の妖怪だっていうなら、とりあえずどんな能力なのか見せてもらおうじゃない」
「能力?」
「そうよ。あたいは冷気を操る、最強の氷の妖精、チルノ!」
チルノは出し抜けに、青に向かって右手を向け、冷気を浴びせた。
橙はサッとよけたが、まともに正面から受けた青は、大きなくしゃみをした。
どんなもんよ、と威張るチルノに代わって、
「私はリグル。蟲を操ることができるの。もっとも今の時期は、みんな冬眠しちゃってるけどね」
厚着してみの虫状態だったリグルは、恥ずかしそうに頬をかきつつ、自己紹介した。
「私はルーミアだよー」
宵闇の妖怪は、挨拶と同時に球体の闇をまとう。闇は音も無く広がって、あたりは真っ暗になった。
「そして私は、式で化け猫!」
橙は闇を飛び出して、空中でくるんと一回転し、地上を左右に高速で移動して見せた。
さて、と自己紹介を終えた四人は、並んで同じ質問を準備する。
好奇心でいっぱいの子供の表情で、
「…………じゃあ、貴方の能力は!?」
ジャジャーン!
四人の声が唱和するも、問われた青は無反応だった。
それでも四人が見守っていると、指の無い手で顔を撫でたり、何かを探すようにお腹を触ったりしていたが、
「わかりません」
とだけ言った。
「なによ。何もないの?」
チルノが小馬鹿にした顔で聞くと、青は困った顔でもじもじしながら、うなずいた。
橙は少し焦ってきた。
「青。何かないの?」
「……ないと思う」
「で、でも私、青がすごい妖術を操るって聞いたんだけど。心当たりない?」
それは昨日の河童の話にあった情報であった。
青が噂にあった山への侵入者であるなら、天狗から逃れることもできた強力な妖怪のはずなのだ。
だが、
「ほら、ものすごい雷を起こしたりとか」
「…………」
「口からすごい炎を吹くとか」
「…………」
「えーと、姿を消したりとか」
「…………」
「……手が伸びるとか」
「…………」
橙が質問する度に、青の気力は見る間に失われていった。
同時に橙自身の気力も。
「青は、何にもないの?」
「…………はい」
「そう……なんだ」
考えてみれば、出会ってからの青は、山の侵入者の特徴である危険で強力な妖怪のイメージとはかけ離れていた。
単に同じ時間にいた人違いだったという可能性も、無いわけではないのだ。
他の三者も、なんだか同情めいた複雑な表情に変わった。
まずリグルがフォローに入る。
「えーと、天狗みたいに風を操るとか」
「…………」
「で、でも飛べないわけじゃないんでしょ?」
「それが……青は飛べないの」
「飛べません」
主とその式が絶望的な表情になる。
リグルはうっ、と言葉に詰まった。
次にルーミアが無邪気な顔で、
「お腹から美味しいものをだすとかー」
確かに青のお腹には、御札が貼ってあった。
しかし、昨夜に橙が軽く引っ掻いてみたり、「開けゴマ!」と念じてみたり、いくら剥がそうとしても剥がれなかったのだ。
そして、青自身も記憶にないという話である。
最後にチルノがあごに手を当てて考えてから、
「鼻でスパゲッティを食べるとか?」
そんな能力聞いたことが無かったし、あったとしても何の役に立つか理解不能である。
ただ能力といえば能力であり、青はそれすらも持っていないということでもあったが。
つまりここにきて、青は妖怪らしい能力がまるで無いということが、証明されたのであった。
「……………」
「ごめん、橙」
「あ、青が謝ることないよ。きっと上手くいくから」
橙は何とか元気づけようとしたが、青の表情は暗いままだった。
「ね! みんなも遊んでくれるよね!?」
そう振り向く橙の顔が必死だったので、三人は素直にコクコクとうなずいた。
「ほら、気を取り直して、遊びましょ」
「うん。今日は何して遊ぶかな」
「昨日はかくれんぼだったから、今日は鬼ごっこかな」
「じゃあ、じゃんけんしよ! じゃ~んけ~ん」
ぽん! で五人は手を出した。
「あーいこーで……」
しょ、をやる前に、五人は悲しい現実に気がついてしまった。
青の指の無い丸い手が、グーしか出せないことに。
「………………」
「………………」
「………………」
「じゃ、じゃあ、とりあえずは青が鬼ってことで」
「うん。それじゃあはじめよう!」
「でも、青は飛べないんだったよねー」
ルーミアがそういうと、本日三度目の、痛い沈黙が起こった。
彼女らの遊びは、基本的に自由に飛び回ることを前提としたものばかりである。
飛べない青は、その遊びに加わることすらできなかったのだ。
隠れん坊が下手な橙どころの話ではない。
「………………どうしよう」
「………………」
「………………」
橙は友人達の方を見た。
その友人達は、青の方を見た。
青は地面を見ていた。
「その……青が鬼ごっこできないなら、私も」
と橙が言いかけてから、冷たい声がした。
「橙が我慢することないわよ。あたい達だけで遊べばいいじゃん。青抜きで」
そう言ったのは、チルノだった。
まさかと思い、橙はびっくりした。
「ち、チルノ、青と仲良くしてっていったでしょ」
「あたいはそんな約束してないもん。だいたい、そいつのために、鬼ごっこできないなんておかしいじゃないの。
みんなもそう思うでしょ」
「そうなの、みんな!?」
思わず、リグルとルーミアを見た。
リグルは橙の顔色をうかがいつつ、ぼそぼそと言った。
「あの……私は橙が式を持ちたいって気持ちもわかるけど。少し焦ってるんじゃないかな。早く式をもって立派になりたいと思って」
「えっ」
橙の顔が赤くなった。
図星だった。昨日の夢を見られたわけでもないのに。
「だから私は……チルノの言いたいこともわかる。やっぱり、青は私たちと違う感じがするからよ。だから青が橙の式だといわれても、ぴんとこないし、それは主の藍さんもそうなんじゃないかと……」
橙はそれに言い返せなかった。
チルノはリグルの意見に満足げにうなずき、ついでルーミアに聞いた。
「ルーミアはどう思うの。青が仲間になれると思う?」
「わかんないけど、私は橙と鬼ごっこがしたいなー」
それはつまり、青抜きで遊ぼう、ということだった。
「というわけで決まったわね。そんな飛べもしないし、能力もないやつなんて、仲間に認めないってことよ!」
いよいよ青がしおれてしまうのを見て、橙はカッとなった。
「どうしてみんなそんな意地悪言うの! 青はいい子だし、私の式で、妖怪だよ! だから仲良くしてってば!」
「そんなのどうやってわかるのよ! 橙が化かされているだけかもしれないじゃん!」
「待って、二人とも落ち着いてってば!」
「ふん。また藍様藍様って、いい子ぶりたいだけじゃないの橙は」
「チルノ! それをいっちゃあおしまいだって!」
リグルがなだめるまもなく、橙の火山が噴火した。
「言ったなー! チルノのバカ!」
「ふん。今さらバカって言われても気にしないもんね」
「チルノのバカバカバカバカバカバカバ……!」
「うるさいわね! バカは橙でしょ!」
「何で私がバカなのよ!」
「そうじゃん! だってそいつにバカされているから! アハハ!」
「違うよ! 私は妖怪だからわかるの! チルノとは違うの!」
「え?」
チルノの表情が変わったことに、橙は気がつかずに、
「チルノは妖怪じゃないでしょ! 放っておいて……!」
「橙!」
リグルの悲鳴に、橙はハッとした。
チルノの顔から、完全に表情が消えていた。頬をぶたれた子供のように、呆然と橙を見ている。
しばらく、皆が黙った。
やがて、チルノの表情が、泣きそうにゆがみかけて、それより早く後ろを向いた。
「…………ふん! 橙の主馬鹿」
チルノは捨て台詞を言って、猛スピードで飛んで行く。
リグルは一瞬、それを追おうと飛びかけたが、橙を見て立ち止った。
「あの……橙」
「リグル。チルノとルーミアと、三人で遊んでいいよ」
それは、いつもの橙の、元気で明るい口調とはかけ離れていた。
「ち、橙。あの、チルノも言い過ぎたと思うし、ちょっと頭を冷やしたらきっとわかってくれると……」
「いいから!」
橙は我慢できずに怒鳴った。
リグルは悲しそうな顔で口をつぐみ、チルノの後を追った。
ルーミアもそれについていく。
あとには橙と青だけが残った。
「行っちゃった……」
「……………………」
「橙。追いかけなくていいの?」
「いいの。最初に青を悪く言ったのはチルノなんだから」
それを追いかけた様子を見る限り、リグルもルーミアも、チルノに同情していたようであった。
橙はしばらく彼女らが去っていった方を見ていたが、やがて、青の方を振り向いた。
「青、よく聞いて。私、早めに藍様のところに、青を連れて行こうと思ってたの。でもまだ駄目だってことに気づいた」
青がぎくりと身じろぎした。
橙は苦笑した。
「違うよ。青を式にしないわけじゃなくて、飛べないんじゃ、紫様のお屋敷にも連れて行けないし、これからも不便だからね」
うん、と自分を納得させる。胸を張って式を見下ろし、
「私が青を鍛える! 青がちゃんとした妖怪として、藍様に認めてもらえるように! いいわね!」
「は~い!」
ちくりと痛んだのを無視して、橙はそれに再度うなずいた。
○○○
八雲の特訓 その1 はじめての飛び方
橙は青を連れて、先ほどの場所から離れた林の奥に来ていた。
山の南側に位置するここは、雪が比較的少なく、針葉樹が密集しているために、見つかりにくい。
ここは橙の秘密の練習場なのだ。ここを選んだのは、知り合いの誰にも、青が特訓している現場を見せたくなかったからだった。……特にチルノには。
「じゃあ、まず飛び方から教えてあげる。飛べなきゃ藍様のところにも帰れないし、格好もつかないからね。わかった?」
「はい。よろしくお願いします」
「よし。じゃあまずは……」
橙は適当な『台』になるものを探した。
すぐに倒木と切り株が見つかった。
「ここからね。ほら、ここに立って」
「ここに?」
「うん。さあ、早く」
橙は不思議がる青を、切り株の上に立たせた。
「それじゃあ、そこから飛んでみなさい」
橙の命令で、青は素直に、よいしょっと飛び降りた。
が、橙の期待した下り方ではなかった。
「そうじゃなくて、もっとふわーっと浮く感じで」
「ふわーっ、と、浮く感じ」
青は橙の教えをゆっくり復唱しながら、もう一度飛び降りる。
しかし、何度試しても、全く浮く気配はなかった。
「……私はこれですぐに飛べるようになったんだけど」
青の場合は、それどころか、飛び降りるたびに地面が沈み、小さな穴ぼこができた。
うーん、と悩む橙に、青が思い出したような口調で、
「でも橙。ぼくは昔、よく飛んでいた気がする」
「えっ、本当に!?」
「うん。確かに飛んでいた」
「そっか、やっぱり青は妖怪なんだ! ……あれ。でもじゃあ、今は何で飛べないのかな」
「……………………」
青はなぜか、何かを探すように、お腹に手を当てたり、頭に手を当てたりした。
橙は首をかしげて、
「頭がどうかしたの?」
「う~ん……何かを……頭に乗せていたような」
「ひょっとしてそれ、葉っぱを乗せたんじゃないかな」
「葉っぱ?」
「うん。藍様から教わったんだけど、昔は、頭に葉っぱを乗せて術を使う動物もいたんだって。狐とかタヌ……」
と言いかけて、橙は慌てて口をつぐんだ。
「どうしたの橙」
「いや、なんでもないよ青。えーと……あ、もしかして」
青の図体を頭から足まで眺めてみて、橙はひとつの結論にたどりついた。
「わかった! 今の青が飛べないのは、青が太ってるからだ! きっと昔の青は痩せていたんだよ!」
「ええー!?」
「よーし。じゃあ、ダイエットから始めよう!」
解決法が見つかって意気込む橙。対照的に青は、大きなショックを受けていた。
「橙……」
「ん、何?」
「ぼく太ってる?」
「うん」
「かっこ悪い?」
「えっ? うーん」
橙はあごに手を当てて考え、正直に感想を述べた。
「かっこ悪い」
ガーン、と青は落ち込んでしまった。
「でも、青は可愛いよ」
「えっ、ほんと!?」
「うん。丸々しているのも、いいかも」
「いや~」
すぐに立ち直って照れ出す。どうも青は、お調子者のようであった。
だけど橙はあえて厳しく言う。
「それでも青はやせなきゃダメ! まずは走る練習から始めましょ。飛ぶ練習はそれが終わってから」
「はーい」
青は大きな笑顔で返事した。
八雲の特訓 その2 スリムになれる走り方
橙は足の速さが自慢である。そして、主の藍も負けず劣らず足が速い。
つまり、八雲一家はみな足が速い……と言い切れないのは、橙の主の主である八雲紫がいるからである。
橙は彼女が走っているのを見たことがなく、いつも優雅にスキマで移動している印象がある。
運動せずにあれだけ寝ていても、太る様子がないのは不思議だった。
今度、藍様に聞いてみよう、と橙は思った。
それはともかく、
「じゃあ、青。まずは私の走り方をよく見てね」
「うん」
橙はそれを合図に、倒れこむように駈け出した。
やがて二足から四足へと走法を変え、トップスピードに達すると、周囲の木々が横に伸びていく。
やがて大樹の近くで急停止すると、突風でざわめいた小枝にはねた雪がかかった。
橙はふうと息を吐いて、小さくなった青の姿に向かって大声で呼びかけた。
「青ー、次はあなたの番よ!」
はーい、と遠くから返事が聞こえた。
ところが、黙って見ていても、一向に青の姿が大きくならない。
二十まで数えて、橙はしびれを切らし、急いで駆け戻った。
「こらー青!」
「ひい、はあ、ひい」
「歩いてないで、ちゃんと走りなさい!」
「は、走ってます~」
「え、走ってるの?」
「はあ、ひい、へい」
確かに、青の表情だけは全速力で走ってるような苦しさを見せていた。
だが下を見ると、青の足はのたのたと進んでいるようにしか見えなかった。いくらなんでも遅すぎる。
横を早足で『歩き』ながら、橙はアドバイスする。
「とにかく、走るコツはいろいろあるけど、大事なのは楽しく気持ちよく走ること。
誰かからお尻を押してもらうような感じで。ほら、やってみて」
「は、はい~。ひい、はあ、ひい」
「笑顔笑顔!」
「は、は~い」
「こっちを見てないで、前を向いて!」
「はい~!」
「うん、いい表情。あとは足を速く動かして……あ」
そこで橙は、青が走るのが遅い原因に気がついた。
「青、足短いね……」
グサッ
聞こえないはずの音が、橙の耳に届いた。
「あ、ごめん! 気にしてた?」
慌てて謝ったが遅かった。青はその場でうずくまり、うくく、と泣き出してしまった。
どうやら橙の式は、お調子者なだけではなく、デリケートな心をお持ちのようである。
これは今後の特訓も苦労しそうだった。
「ほら、うじうじしないで、元気出して。そうだ! 落ち込んだ時は、ご飯を食べると元気になるよ。次の訓練が決まったね」
落ち込む青の背中を叩きながら、橙は前向きな声で言った。
八雲の特訓 その3 美味しいご飯の獲り方
「じゃあ次は、餌の捕り方を教えます」
「えさ?」
「そう。食べ物が取れなきゃ、生きていけないでしょ。あと、里の猫達にも持っていってあげなきゃ」
里とは山奥にある『猫の里』のこと。
もともと橙は、餌付けすることで、『猫の里』の猫と友好的な関係を築こうとしていた。
エサが足りなくなる冬は、特に喜ばれるので効果的である。指ごと噛んでくるのが不満だが。
「それじゃあ、私のやるのをよく見てて」
「は~い」
橙は、にょきっと爪を出した。
「あれ、青って爪あるっけ?」
「ありません」
青の丸い手には、爪どころか、指も一本しかなかった。
橙はその手を眺めて、うーむと考え、
「さすがに、これじゃあ捕まえられないかな……」
「なにを?」
「もちろん餌よ。あ、ちょっと待って」
橙はその場にしゃがんで、雪に耳を当てて、目を閉じた。
しばらくそうして、下にある土の様子を探る。
「…………いたな」
やがて獲物の存在に気がついた橙は、一跳びしてから、ざくざくと雪をかいた。
そうして出来た穴に右手を突っ込み、茶色いものを引っ張り出した。
「よいしょ。んー、ちょっと痩せてるけど、冬だからしょうがないかなぁ」
橙は捕えた獲物を、青に見せてあげた。
ネズミを。
「ぎゃああああ!」
雄叫びをあげて、青は橙の背丈ほども飛び上がる。そのまま主を残して、物凄いスピードで駆けていった。
呆気にとられて、橙は青の去った方向を見ていたが、やがてがっくりとうなだれた。
いい発見と悪い発見があった。
まず、青の足は決して遅くはなかった。
だけどやっぱり、
「青は猫じゃないかも……」
ネズミを怖がる猫なんて、まずいないのだから。
○○○
ネズミから逃げ出した青は、木に衝突したらしく、かぶった雪の下敷きになっていた。
おかげで橙も見つけるのに苦労した。
青は体から雪を払って、申し訳無さそうな顔で、
「……ごめん橙」
「う、うん。ちょっとびっくりしたけどね」
「次は、どんな特訓をするの?」
「次はね……」
そこで、橙の語尾が濁った。
先の特訓により、青が猫ではない可能性が高くなった。
つまりこれで、青が猫だから式にしようという、橙の当初の目論見は大きく外れることになってしまったのである。
さらに青が飛べないことから、ますます式としての青の立場はなくなった。
そしてもう一つ、青を妖怪として認めてもらうには、絶対に避けては通れないものが一つある。
橙は正直、それを青に試すのが怖かった。
「青、これを見て」
橙は懐から『それ』を取り出し、青に見せた。
手のひらにおさまるくらいのカード。
「これなぁに?」
「これはスペルカードっていうの。これを決められた数だけ出して、勝敗を決めるのが、ここでの決闘法。『弾幕ごっこ』っていうの」
「だんまく?」
「見てて」
橙はカードに妖力をこめた。
使用者の願いに応じて、すぐにスペルカードが発動する。
「仙符『鳳凰卵』!」
橙がそれを上にかざすと、空中に大きな赤い弾幕の渦が、次々にできあがった。
青は口を大きく開けて、それを見上げている。
「うわぁ、すごい。花火みたいだ」
「空を飛びながら、こんなふうに弾幕をかわして撃ち合いながら勝敗を決めるの」
「橙はこんなことができるんだ」
「ううん。別に凄くはないよ。弾幕はね、普通の妖怪なら誰でもできることなの。飛ぶのは簡単だし、普通の戦闘よりも使う妖力は少ないから。だから、これができなくちゃ、そもそもまともな妖怪だなんて認めてもらえないの」
「……………………」
その意味に気がついたらしく、青の顔はますます青くなった。
橙も同じくらい心配だったが、あえてそれを口にはしなかった。
「さあ、青。やってみて。まずは弾を出すことからはじめよう」
「…………うん」
「息を大きく吸って」
青は緊張した顔で、息を大きく吸った。
「両手を前にそろえて」
青はまん丸の手を、前方につき出した。
「妖力をためて!」
ぐぬぬ、と青は全身に力をこめ、顔は苦悶の表情に変わった。
「一息で吐く!」
ぶはあ。
青が出したのは、ため息だけだった。
「…………」
「…………」
「もう一回!」
「はい!」
橙と青はもう一度試した。
気合を入れたり、工夫したりして、何度も試した。
しかし、そのうち疲労と虚しさがたまっていった。青の手からは弾が出る予感もない。それどころか、妖力も全く感じられなかったのである。
「やっぱり、青は妖怪じゃないんだ……」
特訓を終えて、今度という今度は、橙も落胆を隠せなかった。これで特訓の意味がなくなってしまったのだ。
もし青が妖怪なら、いつか努力で空も飛べるし、弾幕ごっこができるようになる可能性が残されていた。そして、橙の式として、藍に認めてもらえる可能性も。
しかしそれが今日一日で、すべて消えてしまった。
今朝まであった、八雲を受け継ぐことができるという自信は、これっぽっちもなくなっていた。
橙は尻尾をぶらぶらさせていると、青の口から、意外な一言が出た。
「橙。あの人たちと仲直りして」
「え……」
あの人達というのは、今朝に喧嘩別れしたチルノ達だとわかった。
「どうして今、そんなこというの?」
「妖怪じゃないぼくのせいで、橙は喧嘩しちゃったから」
「…………」
「だけど、ぼくのために我慢しないで。ぼくは式になれそうにないし……橙?」
橙は返事をせずに、後ろを向いてしゃがみこんだ。
青の言うとおりにすることなどできない。
チルノと喧嘩したままだ、というだけではない。
リグルが指摘したとおり、橙は八雲の姓に飢えていた。
幻想郷では泣く子も黙る八雲一家。その一家の中で、橙にだけ苗字が与えられていないのだ。
それは橙にとって、相当なコンプレックスになっていた。
なぜ自分に与えられないのか。まだ若いからか。実力が不足しているからか。どちらも正しいかもしれないが、今の橙にとってどうすることもできない壁である。なぜなら、主の藍は自分よりはるかに年長であり、実力にいたってはその数十倍、あるいはもっと差がある。それに追いつくのは、空の向こうに手を伸ばすような虚しさがあった。
だから橙は、別のことで主達に認めてもらおうと考えた。それが自分の式だ。自分に、言うことを聞いてくれる優秀な式ができれば、きっと主達は認めてくれるはず、自分も八雲橙になれるはずだ、と橙は信じていた。だから橙は、自分の式としてふさわしい存在を、探し続けてきたのだ。
そして、ついに青を見つけた。あんなに偶然が重なって、青と出会うことができたのだ。それに、青は妖怪でも妖精でも人間でもない。橙の式という肩書きがなければ、この幻想郷にいられないだろう。これを考えても、青と自分の出会いは、運命的なものを感じる。間違いなく、青は自分の式になるために、やってきたはずなのだ。
自分が八雲の名を告ぐまで、あと一歩のところに来た。ここで諦めたくない。このまま終わってしまうのは、あんまりにも自分がみじめだったし、まだやるだけのことはやりたかった。
うん、と橙は決めた。
「青、もう一回やろ」
返事がなかった。
「青?」
振り向いた先に、式はいなかった。
雪の上に、丸い足跡だけが残っていた。
「うそ……」
その後を追うこともできず、橙は立ち尽くした。
まさかと思ったが、青は本当に去ってしまった。
「青ー!」
橙の呼び声に答えるのは、こだまだけだった。
ついに友人だけじゃなく、せっかくできた式にまで見捨てられてしまった。
橙は誰もいない空間に向かって強がった。
「…………いいもん。私には藍様がいるから」
自分で口にしてみて、その名前が重くのしかかった。
友達はいなくなっちゃって、式にも見放されて。考えてみれば、今日の橙は、藍の教えを何一つ守ることはできていないのだった。こんなところを見られたら、藍にまで嫌われてしまう。そしたら、本当にまた一人ぼっちだ。
「…………っ」
心に開いた穴に、涙が溜まっていく。
昨日はあんなに素敵な日だったのに、どうして今日はこんなことになっちゃったんだろう。
そんな中、思い出すのは昔の記憶だった。
家族も仲間もいない、孤独の悲しさ。
もうそんなこと長い間忘れていたはずなのに。
○○○
床の上で、目を覚ました。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。今日は夢を見なかった。
橙は山奥にある、猫の里に帰っていた。
廃屋では毛布にくるまり、一人ですすり泣いていたのだ。
本当は誰かに声をかけてほしかったけど、配下の猫達は橙が泣くのを見ても、誰も気にしていなかった。
それが橙の悲しみを深めた。青も彼らも、橙が式だと思った者はみな、自分を見捨ててしまうのだろうか。
一人ぼっちの部屋の中、ふと、壁にかかった、古い鈴に目が入った。
その鈴を見ると、胸の奥がまたしめつけられる。
それは橙の大事な宝物であり、いつかある目的に使うために取っておいたのである。
でもその『いつか』は、本当に来るんだろうか。
二度と来ないということも、ありうるんじゃないだろうか。
そしたら自分は、どうなるんだろう。
…………トントントン
考えにふけっていために、戸を叩く音に、しばらく気がつかなかった。
「……橙、いる?」
その声はリグルだった。
「えーと、見せたいものがあるんだけど、出てこない?」
声の調子から、リグルは自分を慰めようとしてくれているのだとわかった。
嬉しかったけれども、橙は返事をせずに、寝たふりを続けた。
「あのね、起きてるのはわかっているの。だって、家の中の『蟲』が教えてくれるもん」
「…………」
「ちぇーん、返事してよ~」
「…………」
「早く開けてくれないと、凍えちゃうよ~」
わざとらしい声にも聞こえたが、寒さの苦手なリグルだから、本当かもしれない。
だけど念のため、橙は確かめた。
「リグル」
「あ、やっぱりいた」
「……チルノはそこにいるの?」
「えっ。ああいないわよ。でもそのことでやってきたの」
それを聞いて、ますます橙は家に閉じこもろうと決意した。
今の橙が、一番会いたくないのがチルノだった。
今さらどんな顔して会えばいいかわからない。
青が妖怪じゃないことがわかったうえに、その青から逃げられてしまった。
チルノは遠慮無しに、それみたことかと橙を非難するに決まってる。
「ちぇーん、開けてくれないのー?」
とりあえず橙は、耳を塞ごうと努力した。
「すっごい知らせがあるのに」
「………………」
「実はね。今チルノ、青と一緒にいるのよ」
「?」
それは本当に意外な知らせだった。
思わず橙が、床から顔を上げるほどに。
リグルは戸の向こうで話を続けている。
「だから、橙。見に来ない?」
「……いかない」
「橙が見たらきっと喜ぶと思うよ」
「……喜ぶわけないもん」
「ううん、きっと見ないと後悔すると思うんだけど」
「…………見たくないもん」
「気にならない? あの二人が何をしているか」
リグルの話は、それで終わったらしい。
しばらくして、外の足音が遠ざかっていくのがわかった。
橙は毛布をしばらく握り締めていたが、やがて跳ね起きた。
○○○
すでに日は沈んで、空は薄暗い青色になっている。
リグルに案内されて橙がやってきたのは、レティの家の近くの林だった。
「……ほら、橙。見て」
リグルが少し盛り上がっていた雪の後ろに隠れて、向こうを指差した。
そこでは橙にとって、思いがけない光景が繰り広げられていた。
チルノとルーミア、そして青が遊んでいる。
「よーし、いいかんじよ! 最強のあたいにまかせなさい!」
「は~い!」
離れたここからでも、その会話は聞こえた。
チルノが青に命令している、ようであり、青はそんなチルノの言うことを、ちゃんと聞いているようだった。
橙は声が揺れるのを抑えつけて、リグルに聞いた。
「なにしてるの。青とチルノは」
「私達、彼に教えてほしいって頼まれたの。飛び方とか、走り方とか」
橙が一番聞きたくない答えが返ってきた。
そして向こうで繰り広げられている光景は、橙が一番見たくない光景だった。
青は自分以外の者に教えを請い、チルノは喧嘩した自分のことなど忘れている。
おまけに、知らない間に、二人とも仲良くなっていて、今も楽しそうに練習していた。
「………………うぅ」
みじめなのは取り残された自分、かつての青の主で、チルノの友人だった、橙だった。
泣き疲れていたはずの橙の目に、またじわりと涙が浮かんだ。
「…………うぅ~!」
「ちぇ、橙! 泣かないで!」
「…………ひっく、だって、だって二人とも~!」
悲しさと悔しさと情けなさが一緒くたになって、橙は消えてしまいたかった。
何もわかってくれてないリグルも、恨めしいことこのうえない。
そのリグルが、
「あのー、ひょっとして橙、何か勘違いしてない?」
「ひっく……何が?」
「あの二人、橙を忘れてるわけじゃないのよ」
「………………え?」
「二人とも、橙のために頑張ってるのよ。わからない?」
思わず橙は、ぼやけたリグルの顔を見つめた。
リグルは苦笑して、頭を下げた。
「あの……ごめんね橙。私謝らなきゃいけない。青はやっぱり橙の式よ」
まさか、リグルにそれを肯定されるとは思わなかったので、橙はますます驚いた。
「だって、二人ともそっくりだから」
「そ……そっくり?」
「うん。橙もよく、藍様に認めてもらうんだー、って頑張ってるもんね。主のために一生懸命なところがそっくりでしょ」
「で、でも、青は私からいなくなっちゃったんだよ」
「あれ。私は青に、橙に幻滅されちゃったー、って聞いたんだけど」
「ええ!?」
「だからチルノも協力してあげてるのよ。橙と仲直りがしたくて。あのあと、青に橙を取られたうえに橙に嫌われたー、ってチルノはすっごく落ち込んでいたのよ」
「ち、チルノが?」
「うん。そこに青がやってきて、私達に事情を話してくれたの。そうしたらチルノが、『あたいが協力するわ! 橙にあんたが式だって認めさせる!』って張り切って……」
すとん。
と、理解の石が、橙のお腹に落ちた。
その反響は、胸を通り抜けて、橙の頬にまで上ってきた。
「……それで今は二人とも仲良し。あとは橙を迎えに行くだけだって、話してたの。……あはは橙、顔が赤いよ」
慌てて橙は顔を撫でたが、火照りはおさまらない。
あの光景が、橙にとって一番嬉しくない光景から、一番嬉しい光景に変わっていたから。
さっきまでの橙は、自分が情けなくてたまらなかった。自分が主として本当にダメで、誰からも嫌われたと思い込んでいた。
でも今では、それこそ本当に恥ずかしいことで悩んでいたのだと気づいた。
本当は彼らが、橙に見捨てられたと思っていたのだ。そしてあの二人は、自分のためにずっと頑張ってくれていたのだ。
その間、自分は一人で落ち込んで泣いていただけだったのに。
嬉しさと恥ずかしさで、頭がパンクしそうだった。
橙はうろたえて、隣で顔をほころばせているリグルに聞いた。
「ね、ねえリグル。私どうしたらいいかな」
「ええ? それは私に聞かれても」
とそこで、遠くでチルノのかけ声がした。
「ほら青! 追加のネズミを見つけたわ! ダーッシュ!」
「ぎいゃああああ! ネズミ、ネズミ怖い~!!」
無茶な特訓をさせるチルノに追い立てられて、青は猛スピードで、橙達の元へ走ってきた。
「あっ」
そして、見事に転んだ。
橙とリグルは、白い雪布団を思いっきりかぶった。
「あ…………」
「……………」
「ちぇ、橙。ごめんなさ~い」
青が申し訳なさそうな顔になる。
橙は頭をぶるぶると振って冷たい雪を落とした。
ついでに気づかれないように、目をごしごしとこすって、
「青!」
「は、はい」
怯えている青に向かって、橙はくすっと笑い、
「すごくよくできてたよ。びっくりしちゃった」
「ほ、本当に!?」
「うん、本当だよ。それでこそ……」
橙は勇気を出して、続く言葉を言った。
「それでこそ、私の式ね」
「橙~!」
そこで青はウルウルと泣き出した。
――藍様! どうでしたか!?
――うん! よくできました。
――本当ですか!? 本当にうまくできてましたか!? 藍様!
――本当よ。それでこそ、私の式ね
橙は、藍と自分の会話を思い出していた。
そうだった。
藍は叱ることはあっても、決して未熟な自分を見離したりせずに、根気よく付き合ってくれた。
でもそれは、藍の主のためではない。いつも彼女は橙のことを考え、橙のために骨を折ってくれていたのだった。
今の自分は式じゃなくて、主なのだ。藍に認めてもらいたい自分のためにではなく、青のために何かしてあげなくてはいけなかったのに。
――ごめんね、青。教えてくれて、ありがとう。
感涙している式を、小さな主は抱きしめて、よしよしと撫でてあげた。
いつも、大好きな主がそうしてくれたように。
よく知っている光景だけど、全然違う感じなのが、妙な感触だった。
でもちょっとだけ、藍の気持ちが分かるような気がした。
「あの……橙」
そして、もう一人。
橙の親友が、そばに近寄っていた。
「チルノ……」
橙は青を置いて、立ち上がった。
その氷精は、口をへの字にして、橙を見ていた。
「チルノ……その……」
本当になんてことを言ってしまったのか。
橙はすぐに謝りたかったが、その一言がなかなか出てこなかった。
もう意地なんて残ってはいない。あるのは不安だった。
どうしよう。チルノは許してくれるだろうか。
自分はひどいこと言ってしまったから。
彼女が妖精だとか妖怪だとか、そんなこと全然関係の無いことだったのに。
もともと妖精から仲間外れされていたチルノを受け入れてから、彼女はずっと自分を頼ってきたのに。
まだあんなに怖い顔をしている。
もし仲直りできなかったら、どうしよう。
そうこう橙が悩む間に、チルノは一歩一歩近づいてくる。
一発殴られることすら覚悟して、橙は目をつぶった。
チルノは橙を抱きしめた。
「ひゃぃっ!?」
予想外の行動と、その冷たさに、橙は悲鳴をあげる。
耳元でチルノが、大きな声で叫んだ。
「心の友よー!!」
……………………。
チルノが真っ赤な顔をして、青に怒鳴った。
「ちょっと青! 本当にこれでよかったの!?」
「ふふふ、大丈夫」
「で、でも、橙は固まってるだけじゃないの!」
そのとおり。あまりのことに、橙は石化していた。
「ねえ、あれ何なの?」
「青が教えてくれた、仲直りのおまじないだよー」
「そ、そうなんだ」
リグルの質問に、ルーミアが答えてあげている。
どうやらこれは、青の案だったらしい。
「やっぱりだめじゃん! あたい帰る!」
涙目で離れようとしたチルノを、橙は逃がさなかった。
チルノに負けないくらい、力いっぱい抱きしめる。
そして叫んだ。
「心の友よ!」
今度はチルノが硬直した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「……ごめんね」」
「…………?」
「…………?」
「……ぷっ」
「……ふふ」
間近で顔を見合わせあっていると、おかしさがこみあげてきて、
「あははははは!」
二人は笑った。そこにリグルと青、ルーミアも加わって、みんなで手をつないで大笑いした。
それはいつしか、鬼ごっこと雪合戦とプロレスが混じった、変な遊びになっていた。
だけどこれで二人は、ごく自然に仲直りできて……
「あたいの方が、『ごめんね』が早かったわよ」
「え、私の方が早かったよ!」
「あたいだってば!」
「私だよ! 絶対に私が早かった!」
「橙は耳が悪いのよ!」
「悪くないもん! チルノのバーカ!」
「なによ、橙のアーホ!」
「ちょ、ちょっと何でまた喧嘩してるの!」
「やめてやめて」
リグルはチルノを、青は橙を羽交い絞めにした。
ルーミアだけが、二人とも仲良しなのだー、と微笑している。
いや、そしてもう一人。
「みんなー、今日はチーズフォンデュよー」
そこに、西洋鍋が似合う冬の妖怪が、晩ごはんの用意を知らせに来た。
○○○
迷宮の中を、橙は走って逃げていた。
白く冷えた壁が、左右に続いている。道は上がったり下がったり、曲がりくねっていたりして、橙は何度も足止めされた。
出口のない恐怖に、橙の動悸は加速していく。
走って走って、曲がり角を回って、
「しまった!」
こっちは行き止まりだった。
引き返そうにも、後ろからは追っ手の気配がある。
橙はきょろきょろと見回して、壁に抜け穴があるのを発見した。
「とうっ!」
と、迷わずその穴に体を滑り込ませて、
「つかまえた!」
「うにゃ!」
待ち伏せしていた者にタックルをくらって、橙はすっ転んだ。
それはチルノだった。
「やったー!!」
「いてて、あー捕まっちゃった!」
「わー、橙が捕まったのって久しぶりだよねー」
曲がり角から現れたのは、橙を後ろから追っていたルーミアだった。
鬼ごっこの名手の敗北に、目を丸くして拍手している。
「ふん! あたい達の連携プレーの勝利よ!」
腕を組むチルノも得意げである。
そのお尻の下でつぶれていた橙は、顔を上げてニヤリと笑った。
「チルノ。連携プレーなら、私たちも負けてないよ」
「え?」
ドーン。
と遠くで何かが倒れる音がした。
橙が「やった!」と、寝そべった体勢でガッツポーズする。チルノとルーミアはきょとんとしている。
やがて、審判役のレティの声が、上から降ってきた。
「青が最後のフラッグを倒したわよ。つまり、チルノ・ルーミアチームの負けね」
「ええー! そんなあ!」
チルノとルーミアの、無念の叫び声があがった。
橙とチルノが仲直りしてから二日たっていた。
ただいま皆が熱中しているのは、本日初考案のお遊戯、『迷路で鬼ごっこ』だった。
使う場所はレティの家の側に建造された、雪でできた大きな迷路である。
迷路には怖い顔の入り口があり、上からのぞいてみると、行き止まりや抜け穴がたくさん設けられているのがわかる。
そこを、空を飛んじゃだめだというルールで、場内に立つ四つのフラッグを目印に、子役と鬼役に分かれて鬼ごっこをするのである。
子は鬼の追撃を逃れて、四つのフラッグのうち、二つを倒せば勝ち。鬼は子を全員捕まえたら勝ちである。
最初の対戦で、橙と青とリグルは子役であり、リグルは早々に捕まってしまっていた。 その後にエースの橙が、フラッグを一つ落としたが、ルーミアとチルノの挟み撃ちをうけて捕まってしまった。
しかし、最後に残った青は、それまでの橙の指示で、フラッグの近くにあった落とし穴の下に隠れていたのである。
橙はあえて目立った動きをして、二人を引き付けることに成功したのだった。
青はリグルと一緒に、ぺたぺたと足音を立てて戻ってきた。
「橙、どうだった?」
「うん、よくできたね青!」
橙の褒め言葉に、青は嬉しそうにうなずいた。
何のことはなかった。青が仲間になって遊べないというのは、単に工夫が足りなかっただけだということに、四人は気がついたのである。逆に、青でも参加できる遊びを考えることで、今まで想像できなかった遊びがいくつもできた。そして、その多くは青が考えてくれた。
青は遊びの天才というにふさわしかった。橙達が考えもしない奇抜な発想で、面白い遊びを考えてくれる。
特にこの『迷路鬼ごっこ』は、冬にしかできない新たな遊びであり、スリル満点であった。
そして何よりも、青自身が人気者だった。
「よーし! 青! 次はあたいと組むわよ!」
「うん。よろしくチルノちゃん」
「じゃあ今度は青が相手だね。主に勝とうなんて十年早いよ青!」
「ふふふ、お手柔らかに、橙」
青はふくみ笑いをして、橙と拳を合わせた。
橙の式はちょっと変わっていて少し臆病だったけど、実は明るくて、みんなと同じく、怒ったり笑ったりできる子だった。
でも人気の理由はそれだけじゃない。なぜか『子供』は、青に懐くのだった。
橙はもちろんのこと、最初は嫌っていたチルノも、今では大の仲良しである。ルーミアは青のつるつる頭が気に入っているようだったし、リグルは冬の自分より変な格好をした青に、いつも興味津々に質問していた。
そんな風に懐く『子供』を前にした時の青は、まるで大人妖怪、例えば藍が橙にするような、深い笑みを浮かべていた。
みんなのちょっとした癇癪も受け入れてくれて、誰かが喧嘩したら、ちゃんとなだめてくれる。
まるでそうやって、昔から子供たちを見守っていたかのように。
だから、
――私が主なんだから、私がしっかりしなくちゃいけないんだ
と思いつつも、
「ほーら青! こっちこっち!」
「わっぷ!」
鬼役であった橙が、青に体当たりして、迷路の外に押し出す。
そして雪原に落っこちる青に向かってダイブし、そのお腹にどすんとボディプレス。
こんな感じで、主の橙も、青の包容力に甘えてしまうのであった。
さらに、青の脚は遅いままだったけど、逆に青の協力無しにはできない遊びもあった。
それが、シーソージャンプである。
「青ー! いいわよー!」
「よーし、いくぞぉ」
青が高台から、氷で固められた長いシーソーに飛び降りる。
その反対側に座っていたチルノは、うぎゃああああ、と喜びの悲鳴をあげて飛んでいった。
「次は私ー!」
「は~い」
青が再び、雪造の階段を、よいしょ、よいしょと懸命に登る。
その後ろ姿もまた可愛くて、下で眺めている橙とルーミアも退屈しない。
青がシーソーに飛び降りて、今度はリグルが、きゃあああああ、とやはり悲鳴をあげて飛んでいった。
このシーソージャンプは、チルノの力で頑丈な氷に固められた木のシーソーと、青の体重があって可能な遊びだった。
自力で飛べる妖怪や妖精にとって、シーソーの力で無理やり飛ばされるというのは、ものすごいスリルと爽快感が得られるのだ。
「よーし、次は青を飛ばすよ!」
「どうやってー?」
「大丈夫、皆でやればできるよ!」
というわけで今度は、橙とチルノとリグルとルーミアが、揃って高台に上った。
青はシーソーの反対側で不安そうである。
「ねぇ橙。青は飛べないから、危ないんじゃないかな」
「あ、そっか……」
「大丈夫よ。あたいが飛んだときも、あのふかふかの雪の上に落ちたし」
チルノが指差す先には、新雪が降り積もった原っぱがあった。
その真ん中には、両腕を広げたチルノの『型』ができている。
「よーし、じゃあいくよー青!」
「うん、いいよ~!」
「せーの!!」
四人は一斉にシーソーに飛び降り、青はその反動で見事に飛び上がった。
だが、
「あれ? ちょっと飛距離が……ってああああ!」
四人が悲鳴をあげる中で、青が逆さまに落ちていく。
なんと、飛距離が足りていなかったために、その体は原っぱの手前にあった『かまくら』に向かっていた。
そして、そのかまくらの中では、レティが鍋の準備をしていて……。
ごっしゃん
突如飛んできた青い砲弾によって、白いドームは粉々に破壊された。
○○○
とりあえず五人は、本気で怖かったレティさんに全力で謝り、かまくらを作り直した。
そしてアクシデントにもめげず、少し遅めのお昼ご飯が始まった。
本日の献立は、趣向を変えて、きりたんぽ鍋。
かまくらの中で熱々のを食べるのが美味しい……はずなのだが、チルノはわざわざ凍らせてシャーベットにして食べていた。
蛍のリグルは、汁を少し味見するのみ。
その分、食いしん坊のルーミアと青は、次から次へと競争するように食べている。
橙は苦笑して、
「青、もっと落ち着いて食べなよ」
「もぐもぐ、ごめんごめん……アチチ!」
「ほらもー、急いで食べるからでしょ」
橙としては、青が自分と同じ、『猫』舌だということも、大発見であった。
もちろん低温のスペシャリストが二人もいるので、橙も青も適度に冷めたきりたんぽを食べることができる。
「ってチルノ! これ冷やしすぎだよ!」
「あれ、ちょっと強すぎたかな。じゃあそれ、あたいにちょうだい」
「ええ!? ずるいよそれ!」
「まだまだあるから、心配しなさんな」
レティは、きりたんぽを奪い合う橙とチルノを、笑っていさめた。
食べ終わってからは、かまくらの中で楽しいおしゃべりだ。
話題はなんといっても、新たな仲間の青についてだった。
「……じゃあさー、青の能力ってなんなのかなー」
「うん、私も気になる。きっと何かあると思うんだけど」
「待って、あたいが当ててやるわ。きっと、頭が固い程度の能力よ!」
「……それって慧音さんだよね」
リグルの突っ込みに、どっと笑いが起こった。
「笑顔が素敵な能力とかじゃないかしら~」
「いやあ、それほどでも」
「頭を撫でるのが気持ちいい程度の能力とかー」
「あはは、それはルーミアだけじゃん」
「わかった! きっと、お腹から怪獣が出てくるのよ! ほら、このおふだ!」
「ギィャハハハハ!!」
札をはがそうとするチルノにお腹をくすぐられ、青は豪快に笑った。
実は橙も、青のお腹の『御札』が気になっているのだった。果たしてその下には、一体何があるのか。
自分達の力では無理だったが、主の藍に頼めば外してもらえるかもしれない。
ルーミア達の言うとおり、青にはまだ秘密がありそうだった。
「ねー、橙は何だと思うー?」
「もう、そんなのいいの。青は青だもん。そして私の式で、もうこれは変わんないよ」
それは橙の本心だった。たとえどんなに駄目でも、正体が妖怪じゃなくても、橙は優しくて面白い青のことが心底気に入っていた。きっと青となら上手くやっていける、自分を主としても成長させてくれると、今では確信している。これからは何があっても二人で、いや主の藍や紫も、友人達も含めて、ずーっと一緒だ。
「だから、藍様に会わせた時も、胸を張って言えるよ。『藍様、彼が私の式の青です!』って」
「藍さんが許してくれるといいね」
「うん!」
気分良く返事をしながら、橙は飛べない青を、どうやって八雲の家に連れて帰ろうか考えていた。
「あれ? 誰か飛んでくるよ」
リグルが、かまくらから顔を出して言った。
「ミスチーだ」
「そうだった。ミスチーにも、青を紹介しなくっちゃ」
ミスチーとは、橙達の遊び仲間の一人で夜雀の妖怪でもある、ミスティア・ローレライのあだ名である。
六人はぞろぞろと、かまくらの外に出た。
遠くの空に見えるミスティアに向かって、やっほー、と手を振る。
「あれ? でも何か様子が変だよ」
「本当だ、何かふらふらしている」
いつものミスティアと違って、飛び方がおぼつかない。
まるで酔っ払っているようであった。
「…………何かあったようね」
レティがそれを見て家の中に戻る。
残った五人はよくわかっていなかったが、その姿が近づくにつれて、状況がわかった。
「……たいへん! ミスチーが!」
近づいてくるその夜雀の片腕は、妙な方向に曲がっていた。
○○○
よたよたと倒れこむようにして下りてきたミスティアに、みんなは慌て泣きしている中、レティの行動は迅速であった。
すぐに家の中には寝かせるベッドが用意され、五人はミスティアの躯を素早く、かつ慎重に運んだ。
ベッドで寝ているミスティアは、全身に傷を負っていたが、意識はあった。
話かけたがる橙達を、疲れさせてはいけない、とレティに部屋から追い出した。
やがてしばらく待ってから、レティが部屋から出てきた。
「レティ……ミスティアは」
「大丈夫。腕は折れているけど、ミスティアは強い子だから」
まず心配そうに聞いたリグルに、レティは答えた。
部屋に安堵のため息がもれた。
「でもどうして、ミスティアはあんなに怪我してたのー?」
ルーミアは首をかしげて聞いた。
妖怪の回復力はすさまじい。よほど致命傷でない限り、たとえ足が一本吹き飛んでも、十分な時間をかければ回復する。
だけど問題は、ミスティアが多くの傷を負っていたということであった。弾幕ごっこならば、あそこまで傷つくということはない。ミスティアは明らかに、多勢によって攻撃されのである。
「ミスティアの意識は回復しているわ。でもまだ安静にしていなきゃだめ。その前に、私が本人から聞いた状況の説明をするから」
レティはいつにない真面目な顔で説明を始めた。
「ミスティアは今朝、『妖怪の山』に行ったの」
「山に?」
「ええ、川の八目鰻の様子を見にね。山の少し深いところだったらしいけど……」
○○○
その日、ミスティアは早朝の山を飛んでいた。
夜雀には似合わない時間帯であったので、自然と歌の内容も変わっている。
「朝の鳥ぃ♪ 朝の歌ぁ♪」
「そこのお前―!」
「人は朝日に……って何?」
ミスティアは歌を止めた。
大風が吹いて現れたのは、天狗の集団だった。鴉天狗と白狼天狗二人。
どれもミスティアの記憶にない天狗だ。
「こんなところで何をしている」
「何って、八目鰻を見に来たんだけど」
「なら下流で捕れ」
「今の時期はみんな上流で冬眠しちゃってるのよ。でも冬の八目鰻も格別だから」
ミスティアは調子の良い笑みを見せて、手を合わせた。
「というわけで、捕らせてちょうだいな。屋台に来てくれるなら、お安くしとくよ」
「どうしますか」
「かまわん、やるぞ。アレを見つけ出すまでは、邪魔でしかない」
「あ、やる気なのね」
ミスティアが不敵に笑って、スペルカードを取り出す。
しかし、男の白狼天狗が取り出したのは、棍棒であった。
「は? なにそれ」
ミスティアが呆気にとられていると、いきなり天狗はミスティアに殴りかかってきた。
「え、ちょちょっと待って……ってきゃあ!」
棍棒をかわしたミスティアは、次に飛んできた鞭を、腕でガードする。骨が折れる鈍い音がした。
尋常ではない空気に、痛みをこらえて慌てて逃げ出すも、他の二人の天狗に素早くとり囲まれる。
彼らは宣言もせず、ミスティアに弾幕を、至近距離で両側から叩き込んだ。
「うっ……!」
とてもかわせるようなものではなかった。
全身を打つ痛みに、ミスティアの意識が遠くなっていく。
「……あの足でも…」
「……下りられるはずはない。必ず山に……」
「……様がしびれを切らす。なんとしても見つけ……」
ふらふらと飛んで逃げ帰るミスティアに、その会話の断片が聞こえた。
○○○
レティの話を聞いて、橙達は唖然としていた。
あまりにも酷い話だった。今の幻想郷で、そんな一方的な暴力が許されるなんてことがあるんだろうか。
「まあいずれにせよ、ミスティアが攻撃されたのは、邪魔な侵入者だから。どうやら貴方達がこの前に山で受けた警告が、エスカレートしているみたいね」
次の瞬間、部屋中で憤慨が爆発した。
「落ち着いてみんな」
「落ち着いてなんていられないよ! いくらなんでも横暴すぎるでしょ!」
「そーだそーだ! 無茶苦茶だー!」
「天狗めー! 今度こそ、あたいがギッタギタにしてやる!」
「落ち着いてみんな」
「ミスチーの敵を討とう!」
「そーだー、天狗をやっつけろー!」
「おー!」
とそこで、部屋の温度が、『物理的に』一気に下がった。
家具がパキパキと凍りつくにつれて、喧騒が急速にしぼんでいく。
正体はレティの寒気だった。
「落ち着いてちょうだい。怒ってるのは私も同じなんだから」
「でもレティ……」
「まず状況を確認しなきゃ。つまり、山の天狗達は、いまだにその本命の侵入者とやらを、見つけ出そうとしているということよ。彼らにとってよほど重大なものみたいね」
レティはそこで一拍置いた。
部屋中の視線が、奥で座る一人に集中した。
二日前に突然山に現れた、正体不明の存在……
青だった。
橙は蒼白になって、その視線から守るように立ちはだかった。
「だめだよ! 青は渡さない!」
橙は断言した。
それにリグルが不安げな声で、
「でも橙。天狗が探しているのが青だとしたら、ミスティアは……」
「違うよ! 青はそんなおっかない妖怪じゃないもの! きっと人違いだよ! それにたとえそうだとしても、青は天狗になんて渡さない!」
「そうよ! なんだかよくわかんないけど、あたいも青を天狗達に渡すなんて全然納得できないわ」
「チルノ!?」
氷精は腕を組んで、堂々と橙の意見に賛成している。
思わぬ味方の声に、橙は嬉しくなった。
そこでリグルが慌てて、
「ちぇ、橙、誤解しないでよ。私だって、ミスティアがやられて怒ってるけど、でもそれは天狗達に怒っているんだから。だって、青はとっても性格がいいし、遊んでいて面白いし」
「私はミスティアの味方だしー、青がいなくなったらつまんなーい」
「リグルもルーミアもありがとう!」
最後にレティに視線が集まった。
彼女はふふふ、と笑って、
「どうやら皆の意見は一致したようね。私も同じよ。青がその侵入者だったとしても、天狗に引き渡すのは納得できないわ。橙の言うとおり、もうすでに私たちの仲間だしね」
「うんレティ!」
橙は力強くうなずいて、立ち上がった。
「天狗や河童の人達なんかに、青は渡さないよ! 山にだって連れていかない! 青は私の式で、皆の仲間だから! すぐにでも藍様のところに連れて行って、守ってもらう! 反対する人はいる!?」
橙が見渡した。
もちろん、誰も手を上げるものは……
え?
大きなお団子のような手が上がるのを見て、橙は当惑した。
「あ、青?」
唯一部屋の中で手を上げていたのは、当事者である青だった。
それを見つめる誰もが、呆気に取られている。
「青? 青は反対なの?」
青はうなずいた。
「あたい達が仲間だと、青は思ってくれないの?」
「天狗の方に賛成なの?」
「藍様に会いたくないの?」
いずれの問いにも、青は首を振った。
蚊のなくようなか細い声で、
「……天狗の人達が探しているのは、間違いなくぼくだと思う」
「どうして?」
「……天狗から逃げ出したことを、なんとなく覚えてるから」
皆が言葉を失う中で、橙だけはホッとした。なんだそんなことか、と。
「青。私たちは青を売る気なんてないし、青も気に病む必要はないよ」
静かに、安心させるように、聞かせる。
それでも、青の沈んだ顔は変わらなかった。
「ぼくは……別の世界から、この世界にやってきたんだと思う」
「うん、それはわかるよ」
「ぼくは帰らなくちゃいけない」
「え?」
何かの聞き間違いだと思った。
「青、今なんて言ったの?」
「僕は元の世界に帰らなくちゃいけない」
足元が失われたような感覚が、橙を襲った。
「呼んでるんだ」
「呼んでるって……誰が?」
「僕の……本当の主が」
本当の……主?
あ、青、何を言ってるの?
それは言葉にならずに、橙の喉の奥で詰まった。
青は橙を見ながら、言いにくそうに続ける。
橙にとってはあまりに残酷な、思いつめた口調で、
「橙。ぼくは、向こうの世界でも『式』だったんだ」
誰もが見つめる中、青はのろのろしただみ声で、その秘密を明かした。
「そして、僕の主が呼んでいる。ぼくは、主のもとに帰らなくちゃいけないんだ」
○○○
最初に口を開いたのは、レティだった。
「青。それは、貴方の記憶が戻ったっていうこと?」
「……ううん。まだ少ししか……思い出せない」
「ひょっとして、さっきかまくらで頭を打ってから」
「……かもしれない」
青は頭を押さえながら、うめいている。
次に質問したのは、リグルだった。
「呼んでるって、青にしか聞こえていないってこと?」
「うん……。でもそれは、ここに来た時から、ずっと聞こえていて」
「それが、外の世界の主さんってこと?」
「うん……」
「でも、どうやって帰るの?」
「あの山に登りたい。あの山にある……大きな穴みたいなところから、僕はここに来たから」
「じゃあ、青は天狗のところに行くのー?」
そう聞いたのは、ルーミアだった。
だが、天狗と聞いて、青は少し身震いした。
「……天狗には会いたくない」
「どうしてー?」
「……怖いから」
「どうして怖いのー?」
「……思い出せない」
橙の思考が止まっている中で、勝手に話が進んでいく。
次はチルノの番だった。
「よくわからないけど、天狗には会いたくないけど、青は山に戻って、そこから外に帰りたい、ってこと?」
「……………………うん」
その一言が、橙の胸に突き刺さった。
そして、彼女の式は、絶対に言ってはいけないことを、言ってしまった。
「だから、ぼくは橙と一緒には行けない。橙の式にもなれないんだ。ごめん……」
罪を告白するような口調だった。
そして、それは橙にとって、まぎれもない大罪だった。
「駄目だよ!」
橙は悲鳴に似た声で、猛反対した。
「そんなこと絶対に許さないよ! 青は私の式でしょ!」
噛み付くような声で、青を責める。
「でも橙、青は元の主が呼んでいるって……」
「そんなの、嘘に決まってる! 青は私の式だもん!」
「だから橙、青が言うには、もっと前の主なんだってば」
リグルの指摘を聞いて、橙は歯軋りした。
そして、青が傷つくこともお構い無しに、ある事実を突きつけた。
「青、何で青がこの世界に来たんだと思うの? 青が『幻想入り』したからだよ。だからきっと、向こうにいる主も、青のことなんて忘れちゃってるよ!」
「うぅ……」
青はついに泣きだした。それがまた、橙の焦りと悲しみを、大きくした。
「どうして泣くの、青。私と別れるのが辛くないの?」
「…………ぐすっ、橙と別れたくない」
「じゃあどうしてなの! 本当の主が、外の世界にいるから? でも私だって、青の主なんだよ!」
橙もいつしか、しゃくりあげていた。
「せっかく……私の本当の式に会えたと思ったのに……青となら絶対……仲良くできるって」
「……………………」
「主としてやっていけるって……頑張れるって思えたのに……青がいなくなっちゃったら……私……」
すがるように、もう一度だけ、橙は声を待つ。
だが、青の返事は、橙の期待からはほど遠かった。
「…………ごめん。橙」
その一言に耐えきれず、反射的に、橙の体は家を飛び出そうとした。
「橙、許してあげたらどうかしら」
タイミングよく言葉が滑りこみ、足が引きとめられた。
言ったのは冬の妖怪だった。
橙は涙に濡れる目で、彼女を睨みつけた。
「レティまでそんなこと言うの!? ひどいよ!」
「でもよく聞いて」
「聞きたくない!」
橙は感情の赴くままに、泣き喚いた。
「レティにだって、他のみんなにだって、わからないよ! 式と離れちゃうことが、どれだけさびしいことか! だからそんなひどいことが言えるのよ!」
「橙、聞いてちょうだい」
「嫌だって言ってるでしょ!」
「そうね。貴方の言うとおり、私にはわからないわ」
「そうだよ……! 私にしか……わかんないよ!」
「うん、その通りよ。主であり式でもある、橙にしか分からないことだものね」
「…………?」
不思議な言い回しだった。
レティが何を伝えたいのかが、よくわからない。
「この子は、橙と別れたいわけじゃないわ。元の主に会いたい。そして、それ以上に元の主を寂しがらせたくないのよ。そうなのよね、青」
大粒の涙を流しながら、青はこくり、とうなずいた。
「私にはその気持ちはすべて理解できないわ。でも、橙なら分かってくれるはず。式が別の世界に行ってしまった時、誰が一番悲しむかを知っているから」
「だからそれは、わた……!」
し。
と叫びかけて、橙は止まった。
ある光景が大波のように橙をさらっていき、取り乱した心を落ち着かせていく。
見てしまったのだ。
式がいなくなり、一番悲しんでいる、その誰かを。
「……それは……私……」
違う。その光景にいるのは私じゃない。
私じゃなくって、それは
金の尻尾が、寂しげに揺れている。
自分を呼ぶ声が、響き渡っている。
泣きながら、声を嗄らしながら。
自分の名を何度も何度も、諦めずに呼び続けて。
…………藍様。
それは、橙にとって一番大切な、主だった。
妖怪の山から八雲の実家に帰ると、藍はいつも喜んで出迎えてくれる。特に、冬の季節はそうだった。
藍は黙っていたが、橙はその理由を知っていた。
紫が冬眠している間、独りでいるのが寂しいのだ。
だから橙は冬の間、よく藍の元に帰ることにしている。
そんなささやかなことで、主が驚き、嬉しそうな顔になるのが好きだから。
自分がいない間、主がどんな顔をしているだろうと思うと、心配でたまらなくなるから。
……青が……私だったなら。
自分がもし、青のような状況に陥ったとしたら、どうなるか。
知らない世界に、一人ぼっちで迷い込み、記憶を失って、ただ主の呼び声だけが聞こえて。
彼女の元から、永遠に自分が消えてしまったら、藍はどう思うだろうか。
そんなことは分かりきっている。
藍は自分を呼び続ける。泣きながら呼び続ける。
たとえ声が届かなくても、いや、届かないはずがないのだ。
だって式と主なのだから。どんなときも一緒なのだから。
そこに、かけがえの無い絆があるのだから。
そして橙だって、決して藍の声を忘れたり、聞き逃したりするはずがない。
どんな世界に飛ばされたって、どんな目にあったって。
藍の元に、帰ることを諦めたりするはずがない。
絶対に。
「青……」
みなが黙って見守る前で、橙は青に聞いていた。
自分でも驚くほどの、穏やかな声で、
「主に……青の本当の主さんに、会いたいの?」
「………………うん」
「あの山からじゃないと帰れないの?」
「………………うん」
「呼んでるのが、聞こえるの?」
「………………うん」
青はまだ後ろめたそうにしていたが、橙の質問から逃げたりはしなかった。
「…………そっか」
涙を袖でぬぐって、橙は微笑した。
自分の腹は決まった。
「決めたよ。ありがとうレティ。私、青を許してあげる」
青は勇気を出して、言ってくれた。
今度は主の私が、勇気を出す番だ。
「それだけじゃないよ! 私、青を助ける! 外の世界に帰してあげるからね!」
それが、橙の出した答えだった。
青が驚いて、橙の顔を穴の開くほど見つめた。
「ほ、本当!? 橙!」
「もちろん本当だよ! だって、青一人で行かせるわけにはいかないでしょ!」
「でも、ぼくは橙に……」
「つべこべ言わないの! こっちにいる間は、青は私の式! そして、式の面倒を見るのは主の役目でもあるんだから!」
「橙……!」
「返事は『はい』でしょ! 一緒に行くよ、青!」
「ありがとう~橙!」
青は橙にしがみつくようにして、涙を流して喜んだ。
それは橙に、当たり前の真実を気づかせてくれる。
――青は、外の世界の主さんの式かもしれないけど、私の式でもあるんだよね
この気持ちに嘘はない。そしてそれは、きっと青も一緒だった。
「橙。それって、天狗達に青を引き渡すってこと?」
「そんなことしないよ! 青が天狗を嫌がってるんだもん。見つからないように、こっそり帰してあげるの。大体天狗達は、何たくらんでるんだか、わからないし!」
「でも、橙はかくれんぼじゃすぐに見つかっちゃうよ。それに、青の足じゃ逃げてもすぐに捕まっちゃうんじゃない?」
「うっ」
リグルの鋭い指摘は、まさに正論だった。
橙は意気をそがれて、何か方法が無いか考え込む。
「じゃあいい案があるよー。私が青の頭に乗っかるのー」
その声は、ルーミアのものだった。
橙も青も、驚いて振り向いた。
「私が青の大きさだけ真っ暗にしていれば、ばれないと思うよー」
「ルーミア、ついて来てくれるの?」
「うん。いいよー」
ルーミアはいつもののん気な笑顔で、快諾してくれた。
そこでチルノも、椅子を蹴倒して立ち上がった。
「あたいも行く! ただの妖精じゃないってことを、山の天狗に思い知らせてやるわ!」
「本当に!? チルノ!」
「チルノちゃん~」
そこでリグルが、軽く咳払いした。
「今は冬だから、あんまり役にたてないかもしれないけど、私も手伝うよ橙」
「リグルも…………」
「ミスティアの敵も討たなきゃいけないし、山の人達に悪戯するのは楽しそうだからね」
口調は軽かったが、リグルの目は真っ直ぐに橙を見ていた。
「今日の天気は曇りね。雪がないから姿は隠しにくいけど、ここのところ晴れ続きだったし、青が歩くにはちょうどいいはずよ。
私はミスティアの看病がてら、みんなのご飯を用意して、待ってるわ」
最後にレティが、帰る場所を約束してくれる。
これで目的が、再度一致したのであった。
橙の意気が、皆のエネルギーに乗って、ぐんぐん上昇していった。
式だけじゃない。自分にはこんなに誇れる仲間がいる。これならどんなことだって、やり遂げることができるはずだ。
その思いを胸に、精一杯大きな声で、橙は感謝の言葉を述べた。
「みんな、ありがとう!!」
「ありがと~!!」
その式のかすれ声も、主の声に負けていなかった。
幻想郷のパワーバランスを、大きく揺るがしかねなかった大事件。
それに立ち向かったのは、八雲の式の式と、式の式の式、そして仲間達であった。
(つづく)
暦は弥生に入った。
したがって、早春の幻想郷では、すでに雪どけが始まっていた。
眠りの季節が終わったとなれば、生き物でにぎやかになっていくのが世の理。
虫は目覚め、鳥は歌い、
「うわーん!!」
猫は叫ぶ。
泣き声をあげながら猛スピードで飛んでいるのは、赤い服の女の子、という外見をした、黒猫の妖怪、橙だった。
彼女は八雲の式の式であり、向かっているのはこの地の北東に位置する八雲一家のお屋敷である。
普段の彼女は、元々住んでいた『妖怪の山』で過ごしているが、こうして八雲の実家に帰ってくることもたびたびある。
その理由も様々。主の顔が見たくなったから、久しぶりに主の手料理が食べたくなったから、主のふかふかの尻尾に甘えたくなったから、等々。
ただしその涙顔からすると、今回はいつもと様子は違うようで。
「藍様ー!」
橙は主の名を呼びながら、屋敷の庭に着地した。
とけかけた雪の残骸は、すでに働き者の主の手によってのかされていた。
「どうしたの橙!」
屋敷の中から、件の主である九尾の狐が、割烹着のまま外に出て迎える。
橙は速度を落とさず、その八雲藍の胸に飛び込んだ。
「ふぇ~ん」
「よしよし、もう大丈夫だから。泣かないで」
藍は橙を優しく抱きとめて、背中を撫でてやった。
それでも、橙の嗚咽はやまなかった。
「誰かにいじめられたのかい?」
冗談交じりに主は聞いてみた。しかし予想に反して、橙は小さくうなずく。
藍の顔色が変わった。
「みんなに……ひどいこと言われて……」
「そうか、よし。私が行って、橙をいじめた者達を、きつ~く叱ってあげよう。それで、誰に何を言われたの?」
「ぐすん……藍様ぁ」
橙は鼻をすすり、藍の顔を見上げて、
「私って、猫ですよね?」
「は?」
藍の目が点になった。
○○○
話は少し前にさかのぼる。
その日の早朝、橙は妖怪の山にある『猫の里』にいた。
ここはかつて人間が住んでいた廃村であり、今では猫の集落と化している。
橙はその猫達のリーダーであり、彼らの尊敬を集めているのだった。
「というわけで、今日はみんなでかけっこだよ!」
橙は元気に宣言した。
まるで返事がなかった。
というか、ほかに誰もいなかった。
「こ、こらー! どうして誰もでてこないの!」
橙は声を荒げて、もう一度呼ぶ。
しかし、およそ三十匹はいるはずの配下達は、村の中心にある大きなボロ家から出てこようとしなかった。
む~、とうなった橙は、大股でその家の玄関へと向い、中をのぞきこんだ。
「ほら! ご主人様が呼んだらすぐ来るの!」
壊れた家財道具等で散らかっているために、元の人間が住むには難しい環境であるのだろうが、狭いところでも入り込める猫達には関係なかった。
さらに、中央にある囲炉裏で火が焚かれているために暖かく、ますます快適である。
猫達はそれぞれ好きな場所で好きな格好をして横になっていたが、橙が姿を見せると鳴きはじめた。
「ニャーゴ」
「ミャーオ」
「ニャー、ニャー」
それを聞いて、橙のおでこに怒りマークが増えていく。。
彼らの言葉を、それぞれ人間の言葉に訳してみると、以下のようになる。
「ニャーゴ」(ご主人様って誰のことっすかー)
「ミャーオ」(まさか、あんたのことじゃないよねー。絶対お断りだけど)
「ニャー、ニャー」(っつーか、さみーんだよ。扉しめろって)
これは先ほどの一文を訂正しなくてはなるまい。
橙は猫達の尊敬を、全く集めてなかった。
「もー! どうして言う事聞いてくれないの!」
ぶんぶんと腕を振って嘆くが、猫たちはやはり、不服そうにニャ-ニャ-と返事する。
「ニャー」(いやだって、猫もリーダーは選びたいよ)
「ミャオ」(なんていうか、カリスマっていうの? そういうのが無いのよね橙は)
「ニャ-ゴ」(エサをくれるだけじゃね……。それで命令を聞けっていうのもちょっとなぁ)
「ゴロニャー!」(俺らは橙の奴隷じゃないっつーの!)
「うううう!」
屈辱的な非難の嵐に、橙はうめいた。
そこで、一匹のトラ猫が眠たげな目で、
「ニャァ」(っつーかさ。橙って猫なの、本当に)
「えっ!?」
思わぬ指摘に、橙はたじろいだ。
しかし、あろうことか、他の猫達も、ニャーニャー同意しはじめた。
「ニャゴ」(全然、猫っぽくないじゃん)
「フニャア」(あー、私もそう思ってたー)
橙の慌てぶりに拍車がかかった。
「ちょ、ちょっと。私は猫だよ! 決まってるでしょ!」
「ミャー、ニャーゴ。ニャー」(えー、だって隠れん坊は苦手だし、走るのだけは異常に速いし)
「ミャオ」(冬でも元気に走り回ってるもんねー)
「フニャー、ニャーオ、ミャー」(それに何かといえばご主人様、ご主人様。ひょっとして犬じゃないの、あんた)
「い、犬!?」
そこで猫達がいっせいに体を起こし、仲良く合唱をはじめた。
「ニャー、ニャー、ニャー」(いーぬ。いーぬ。ちぇーんは、いーぬ。ねーこのにーせものあっちいけー)
指揮者もいないのに、見事な統制がとれている。
それはまさに、主の橙が目指し、式達に求めていたものであった。
しかし、皮肉なことに、その団結は主を敬うどころか、馬鹿にする方向に使われていた。
合唱の声が大きくなるにつれて、橙はぐぐぐと震えて、涙目になっていき……
○○○
「……それで、悔しさのあまり、家まで飛んできたと」
「は、はい」
橙は主に、朝の出来事を全て話し終えた。
場所は八雲家の居間に移っている。
主の藍は、最初は優しい顔つきだったが、橙が話すにつれてだんだんと顔が曇っていき、最後には眉間に深いしわが寄っていた。
橙も最初は藍の膝に泣きつく形だったのだが、不穏な気配に距離が開いていき、いつしか正座して向かい合っていた。
しばし、沈黙が続く。
藍の顔は渋いままである。主が自分にこんな顔することは、滅多に無いため、橙は緊張していた。
「あの、藍様」
「…………」
「ひょっとして、怒ってますか?」
藍はそれには答えず、両手をすっと出した。
むぎゅ
「ふわっ! ら、藍様?」
いきなり両耳を掴まれて、橙はたじろいだ。
藍は薄目で聞いてくる。
「橙。これはなんだろう」
「え? 私の耳です」
「…………」
うむ。
とうなずく藍の両手から、耳が解放されて
むぎゅ
「はわわ! 藍様!?」
「橙。これはなんだい?」
「わ、私の尻尾です!」
今度は二つの尾を掴まれて、橙はうろたえ声をあげた。
ついで藍はその手を放し、小さなおもちゃを取り出した。
先っぽにふさふさの毛がついた『猫じゃらし』である。
それを藍は、橙の顔の上で左右に揺らしだした。
式は不思議な顔でそれを見上げたが、次第に目の色が変わっていく。ついには二度三度と爪でパンチを繰り出した。
「えい! えい! この!」
「………………」
藍はしばらくそうやって式をあやしていたが、やがて部屋の隅に猫じゃらしを放り投げた。
橙はそれに向かってぐわっと体を伸ばし、ヘッドスライディングの要領で飛びついていく。
興奮に揺れる二つの尻尾に向かって、藍は後ろから声をかけた。
「橙」
「フガフガ……あれ、藍様。今呼びましたか?」
「マタタビをあげよう」
「え! ありがとうございます!」
「橙はマタタビは好きかい?」
「はい!」
「鰹節は?」
「とっても大好きです!」
「小判はどう?」
「こばん? 小判は食べられません」
藍はそこで再びうなずいた。
「橙はどっからどう見ても猫だ」
「えっ! 本当ですか!?」
「耳は猫耳、尾は二股。猫じゃらしに噛み付かず、まずはパンチを繰り出す。大好物は、マタタビに鰹節。小判にゃまるで興味無し。これで橙が猫じゃなければ、猫という言葉を再定義しなきゃならない」
「ということは!」
「やはり、橙はどう考えても、猫ということになる」
「わあ! よかったぁ!」
「よくない」
主の静かなお叱りが、式の頭に落ちた。
「橙。お前は確かに妖怪猫である。しかしその前に、この八雲藍の式でもある。それすなわち、妖怪の賢者である、八雲紫の式の式ということである。わかるわね?」
「は、はい」
低い声で確認され、橙は少々怖がりつつも肯定した。
「その誇り高き一家の一員が、あろうことか配下の猫に言い負けて泣かされる。いくらなんでも、情けなすぎるとは思わないか。喜ぶ前に、恥を知りなさい」
「あう……すみません。でも、私は足が速くて隠れんぼが下手で」
「橙。外の世界でもっとも足の速い動物は、雷豹。人間の呼称では狩猟豹、あるいはチーターという」
「ちーたー?」
「そう、チーター。その種族も猫の仲間だ」
「え!」
「だから、橙の足が速いのも、別に猫として不思議ではない。隠れんぼが苦手なのは、橙が未熟なだけ」
「う……」
「だが、問題はそこではない。橙は根本からして間違っている。それが何かわかるか、橙」
「わ……わかりません」
「橙。私は何の妖怪だ」
「え……藍様はお狐様です」
「そう。あえて位の上下を問わなければ、元々私は狐の妖怪だ。そして、お前の主でもある」
「あ…………」
橙はようやく、主が言わんとすることを悟った。
「わかったようだな。お前の友人も、妖怪、妖精、蓬莱人、あるいは半人半霊と様々だ。その繋がりを、種族云々で語ることに、それにこだわることに、果たしてどんな意味があろうか」
決して声を荒げたりしない、粛々と染み入るようなお説教を受けて、橙は見るからにしょげていた。
そこで藍の顔が、ふっと緩んだ。
「橙は……私のことが嫌い?」
「…………えっ!」
「私のことが、尊敬できないかい?」
「そ、そんなわけありません! 藍様は大好きですし、誰よりも尊敬しています!」
「うん、ありがとう。私も橙が大好きだ。そして、私は主の紫様も大好きだし、尊敬している」
「………………」
柔和な表情に戻った藍は、人差し指を立てながら、
「よくお聞き、橙。式と主は、道具と使い手の関係である。主の命令に従いうことで、式は主の手足となって働くことができる。だがそれは、単なる道具ではない。そこに信頼と親愛がなければ意味が無いの」
橙は真剣な顔で、主の話を聞いていた。
藍はそれに気を良くして続ける。
「力づくで従わせただけの関係で、やれることには限界がある。信頼と親愛があるからこそ、加算は乗算となり、より大きな困難に立ち向かえる。そこではじめて式は、ただの道具である以上の意味を持つことになる。それこそが『式』の真価であり、我々の素晴らしさなんだ」
自分の胸と式の胸をつなぐように、藍は空中を指でなぞった。
「だから、橙も言うことを聞かせようとする前に。まずは、その仔達と、そういう関係になることを目指さなくっちゃね」
「………………」
「わかったかな?」
「………………」
「あ、あれ? 橙」
藍は少し慌てた。
橙が目を開けたまま、ぽろぽろと涙を流しているのだ。
普通の泣き方ではない。藍の姿を瞳に映しながらも、その奥にある光景を覗くようにして、瞳を濡らしている。
やがて、橙は泣きながら、少し笑って首を振った。
「違います。怒られて泣いてるんじゃ……ありませんよ藍様」
「橙……」
「ごめんなさい……ちょっと思い出しちゃって」
「もしかして、あの子のことを」
「……………………」
「そうか……」
「いいえ、平気です……すみませんでした、藍様」
橙はきっ、と顔を上げた。
「私はもう間違ったりしません! 紫様と藍様のように、あの仔達に尊敬されて、信頼できる関係になってみせます。そして、八雲の姓を自分のものにしてみせます! じゃなきゃ、笑われちゃいますからね!」
「……うん! よくぞ言った! それでこそ私の式だ。おいで」
「藍様~!」
ようやく橙は、安心したように飛びついてきた。
喉をゴロゴロ鳴らして、藍の上で膝で丸くなる。その姿はいつもの橙で、やはりどこからどう見ても猫であった。
その猫が、大きな瞳で藍を見上げる。
「藍様。私は猫で、藍様はお狐様ですよね」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、じゃあですね」
「なんだい?」
「紫様は何の妖怪なんでしょうか?」
「紫様?」
橙の言う紫様とは、彼女らの主である八雲紫のことである。
強者ぞろいの幻想郷でも頂点に近い実力を持つ妖怪であり、今はまだ奥の部屋で冬眠している。
「そりゃあ紫様は……」
「私、思ったんですけど『狸』じゃないでしょうか」
「…………え?」
「紫様は、狸の妖怪じゃないでしょうか」
橙は無邪気に聞いてくる。
対する藍の表情は、固まった。
「私、心当たりがあって、紫様が狸だと思うんですが……藍様はどう思いますか」
「………………」
「藍様?」
「………………」
「どうしたんですか? そんなに頬を膨らませて」
「プーはははははは!」
狐が吹き出した。
式が呆然とする前で、尻尾を振り乱して笑い転げる。
ひーっひーっ、苦しい! と畳をどんどんと叩く姿からは……見ている者が悲しくなるほどに、先の威厳が失われていた。
「あははは! 狸だって! 紫様が狸!」
「……そんなに面白いですか、藍様?」
「だ、だって、まさに、ぴったり! 人は化かすし冬眠するし着膨れするし!」
「………………」
「ご、ごめん橙。ツボにはいっ……ぶ、ぶはは……!」
「ら、藍様!」
「狸の妖怪八雲紫! あーおかしい! あははは!」
「………………」
「ハデで少女趣味な服が好きな狸! ふはは変なの!」
「……楽しそうね、藍」
「あはは! 聞いてくださいよゆ……か…………」
「……本当に楽しそうね、藍」
「…………り………………さ……………………ま?」
藍の語尾が尻すぼみに消えていく。
恐る恐る振り向くと同時に、その顔色が失われていく。
「こ、今年は、ずいぶんとお早いお目覚めで……」
「とおっても楽しそうな声が、いつもよりも早ぁく、私を深い眠りから呼び覚ましたのよ……」
真っ青になる式の前で、件の八雲紫が笑っていた。
八雲紫は笑っていた。
「ゴメンナサイ」
「あら、どうして謝るの。私にも話してちょうだい、ら~ん?」
「オユルシヲ」
「機械じみた声ね。もっとはっきりしゃべりなさいな。ら~ん?」
「ワタシハ、アタマガ、カワイソウナ、キツネデス」
「おかしいわね。何を言ってるんだか分からないわ。そんな大根の幽霊みたいな顔して。藍が愉快そうに笑っていたから、起きてきたのに」
「タスケ……え、もしかして、今の聞いてなかったんですか?」
「だから今、貴方に聞いてるんでしょ」
紫は呆れた顔をしている。
それを見て、藍にパッと生気が戻った。
が、すぐに慌てて首を振りながら
「いいえ! なんでもありません! 失礼しました!」
「なんでもないのに、あんなに笑っていたの?」
「はい!」
「本当に?」
「はい!」
「そう……私には話してくれないのね」
「いや、まったくつまらない話でして、紫様のお耳に入れるのも憚られるほどの小話で、いやでも橙の話がつまらないというわけではなくて、その~」
「いずれにせよ、私に話してくれないのね。私の式なのに」
「いや、ですから、その~……」
両手をばたばたと動かす式の前で、紫は首をかしげた。
いつもより可愛らしい声で、
「……藍は、私のことが嫌い?」
「え…………」
「私のことが尊敬できない?」
「…………はっ」
「ねぇ、どうなの藍」
「ひぃっ!」
変わらぬ笑顔のまま言う主に、藍の顔が赤くなってから、青くなった。
紫の台詞は、先ほど藍が橙に聞いた台詞と一致していた。
つまり、寝ていて聞いていなかった、というのは引っかけで、やはりというか、『狸寝入り』して聞いていたということになる。
その紫の目が据わっていた。
「主をごまかすとは、いい度胸をしてるわね。藍?」
「ヤンヌルカナ」
「そうね。今この場で、『紫様が大好きで誰よりも尊敬してますぅ~』って抱きしめるなら許しましょう。それと、ほっぺにチューしてね」
「イヤムリムリムリムリムリムリ」
「じゃあ死になさい」
「ぐっ」
親愛よりプライドを選んだ式に、主は冷たく言い放った。
主から式への命令は絶対である。無論、藍は死ぬ気はないが、紫が許す条件どおりに動くのも、百たび死ぬほど恥ずかしい。
ましてや橙の前である。
まさに究極の選択。大いに葛藤する九尾の狐。
「待ってください紫様!」
それを助けたのは、その式の猫だった。
「私が悪いんです」
「こ、こら、橙!」
あろうことか主の主に申し開きする橙に、藍は狼狽しながらも咎めた。
しかし紫は甘い顔をして、
「あら、橙はちっとも悪くないわよ。だからどいてなさい。今はそっちの生意気な式に用があるのよ」
「でも、私が悪いんです」
「どうして?」
「私が『紫様は狸の妖怪じゃないか』って藍様に聞いたから……」
「そう。橙は私が狸じゃないか、って思ったのね?」
紫は橙の頭を撫でる。その顔が、藍の方を向いた。
九つの尻尾がびくんとはね上がった。
――どういうこと?
――いやいや私にも何がなんだか!
――あんたが私の冬眠中に、変なこと吹き込んだんじゃないの?
――違いますって! そんな恐ろしいことできませんよ! 本当です! 信じて!
高度な暗号化が施された念話を通じて、式は必死に弁明する。
それを聞いて、紫は軽く嘆息した。
「橙、私が狸なわけないでしょう?」
「は、はい。でも……」
「でも?」
「じゃあ、紫様は何の妖怪なんですか?」
「あら、そんなの決まっているじゃない」
八雲紫はスカートを揺らしながら、その場でくるんと回ってみせた。
「『少女妖怪』よ」
「ええええ…………」
それに青汁を吐くような声を出したのは、橙ではなく、その後ろの藍だった。
「あら、不満そうね藍。何か文句でもあるの?」
「ありますが、ありません」
「この私が少女以外の何だというの」
「…………バ」
その禁断の単語を言い終わる前に、一瞬で、部屋に妖気が吹き荒れた。
さっき踏んだのは虎の尾だったが、今踏んだのは恐竜の顔だったらしい。
今度こそ藍は、本気になった八雲紫の、殺気のプールに浸かっていた。
紫が瞳から禍々しい光を放ちながら、式に真意を問いただしてくる。
「バ? 藍は何を言おうとしたのかしらぁ?」
「バ…………」
八雲紫が笑っている。
と同時に、黒々としたオーラが式の喉根っこをつかんでいる。
ごくりと唾を飲み込んで、藍は震える舌を動かした。
「バ……」
「バ?」
「バラは……」
「薔薇は?」
「薔薇は……夢をみているのです」
藍のポエムが始まった。
「紫様……薔薇は貴方を一目見たときから、その頬を赤く染めました。貴方が目覚めるその時に、桜は春を歌います。草木は嫉妬にもえながら、その身を緑に彩ります。それは、なぜでしょうか」
どこからともなく音楽が流れ、藍の瞳にもキラキラとお星様が浮かんでいる。
「それは、生きとし生けるもの全てが、貴方の美しさを目指しているからですよ。無論私も、それが届かぬ存在と知っていながら。ああ、なんと美しく残酷な花でしょう、わが主は。その笑顔を集めてごらんなさい。私を殺す、優しい毒ができるでしょう。
貴方を瞼に抱きながら、永遠に瞳を閉じてしまう……」
春風になびく羽衣のように、藍は言葉をつむいでいく。
今だけ九尾の式は、傾国の詩人へと変わっていた。
座ってその声を聴いている橙は、うっとりとして目を閉じている。……紫のジト目は変わらないが。
やがて詩はやみ、藍は自嘲するように、かぶりを振った。
「申し訳ありません。花に例えようとした私が愚かでした。美しいという言葉よりも先に、八雲紫はあったのですから」
「………………」
紫はしばらく、壊れた機械を見る目で、その様子を見ていた。
が、やがてふっと笑った。
顔中に汗を浮かべている式に向かって、
「ずいぶんと一生懸命ね、藍」
「いえいえそんなことは」
「でもまあ、悪い気はしないわね」
「恐縮です」
「つまり、どんな花も私に敵わない、と貴方はいいたいのね?」
「はい。その通りです」
藍は笑顔で、肩をすくめた。
「まあ、ラフレシアくらいですね、しいて匹敵するといえば」
スキマオープン。
「ぎゃあああーやっぱりいいいい!」
「藍様ー!!」
橙が手を伸ばす前で、じたばたともがく藍。
しかし、彼女は食虫植物に飲み込まれるがごとく、スキマにガジガジと食べられ……消えてしまった。
あとには呆然とする式の式と、クスクスクスと静かに笑う大妖怪だけが残った。
「アホゥめ……」
地の底から響くような声で、八雲紫は呟いた。
そして、くるんと笑顔で振り向き、恐怖に震える橙に向かって、
「これでわかったでしょう、橙。私はスキマの妖怪よ。覚えておくことね」
「はははははい!」
「さあ、おバカな式はいなくなったから、二人でゆっくり話ましょう」
「………………」
「そんなに恐がられると、悲しくなるわ」
「……は、はい」
「もう。藍には甘えて、私には甘えてくれないの?」
「あ、あの……はい」
橙はしばらく迷っていたが、やがて忍び足で、手を広げるスキマ妖怪に近寄った。
「失礼します……」
恐る恐る、その膝に橙は座る。
紫の両腕が、がばっとその体を抱き寄せた。
「ふふふ、美味しそうに育ったわね」
「にゃー! 藍様助けてー!」
「冗談よ。爪は立てちゃ駄目」
暴れる橙は、紫の華麗な手捌きで、しっかりと押さえ込まれる。
その絶妙な力加減に、橙の緊張はするすると抜けていった。
紫はその頭に顔を寄せながら、
「昔はこうやって脅かすと、藍は喜びはしゃいだものだけどね」
「え、そうなんですか?」
「そう。貴方くらい小さかった頃。今はこんなことさせてくれないから寂しいのよ~」
「すみません、紫様。私、つい怖がっちゃたりして」
「ふふふ、橙は素直でいい子ね。藍も昔は素直でいい子だったのに」
あんたのせいだあんたの。と、今は亡き式のツッコミが聞こえてくる気がした。
紫は当然のごとく、そんな声は無視した。
「その素直な橙に聞きたいわね。どうして、私が狸だと思ったの?」
「紫様は、狸って言われるのは、嫌なんですか?」
「それは文脈によるわね。橙は藍と違って、私を馬鹿にする意味で言ったんじゃないんでしょう?」
「はい」
「じゃあ、どうして」
「それは……」
橙は一度言葉を切ってから、小さな声で言った。
「……『青』が、紫様に似ていたからです」
式の式の顔は寂しげだった。
思わぬ名前が出てきて、紫は首をかしげた。
「あお?」
「はい。青です」
「それは誰なの?」
「たぶん、紫様と同じ、スキマの妖怪です」
橙を撫でる紫の手が、止まった。
「スキマの妖怪?」
「はい。一月前、紫様が冬眠している時に、山の麓で会ったんです」
「スキマの妖怪の、青……」
紫はしばらく目を閉じて考えていたが、
「……橙。今ここで、詳しく話せるかしら」
「はい。えーと……」
橙はこの冬にあった出来事を、紫に語りはじめた。
『式の式』とその仲間達が体験した、少し不思議な冒険を。
~八雲の式の式の式~
今年の幻想郷も大雪であった。
妖怪の山も、天辺から麓まで白く変わっていた。
冬は、草木も虫も獣らも、等しく眠りにつく季節である。
やがて来るであろう春を待ちながら、命をかけて眠り続ける。
それらが隠れてしまうその季節では、人の話す声も小さくなり、雪に吸い込まれてしまう。
四季の中でもっとも静かな季節、それが冬だ。
「もーいーかい!」
そんな静かな季節でも、妖怪、ましてや子供には関係ない。
大きく声をあげているのは、ふかふかの茶色いコートに身を包んだ、橙だった。
遠くから、もーいーよの声が聞こえてくる。
橙はうなずいて、雪の上を走り出した。
冬の隠れんぼは、夏よりも見つけやすい。絶好の隠れ場だった茂みも、白一色の世界へと変わるからだ。
それはつまり、ただでさえ隠れんぼの下手な橙が、さらに見つかりやすくなるということでもあったけど、今の橙は鬼役。
隠れた友達三人を捜して、妖怪の山の麓をぴょんぴょん跳ね回っていた。
――どこに隠れたのかなー。あっ!
橙は林の下の雪に、青いものを見つけた。青といえば氷の妖精チルノだ。
彼女の隠れんぼの特徴は、奇抜な発想であった。
鬼の後ろに隠れたり、凍りついた木と合体していたりと、捜す方の予想をいつも裏切る。
今回も、雪で隠れ場が無くなったことを逆に利用して、雪の下に隠れているのだろう。大胆で向こう見ずなチルノらしかった。
橙はその、ふくらんだ雪の塊に飛びかかった。
「チルノみーっけ!」
「……………………」
「え……」
期待とはまるで違う反応に、橙は驚いて手を引っ込めた。
それはまるで動かなかったのだ。
「チルノじゃ……ない?」
よく見ると、それは予想していた氷精の青い服ではなく、もっとツルツルした物体の表面だった。
雪の中から見えているのは、その物体の一部分なようだ。
チルノじゃないとしたら、はたして何が埋まっているのか。
「………………」
橙は少し考えてから、雪を手で掘りはじめた。主に編んでもらった手袋が役に立つ。
指先が毛糸越しに雪に濡れて湿った頃に、橙はそれの全体像を拝むことができた。
それは俯せになった大きな丸っこい人形だった。
背丈は橙と同じくらいだが、横の太さがまるで違う。そして、頭は胴体よりも巨大だった。
胴体からは短い手足が生えているが、どちらも指が無く、白いまん丸であった。
尻から生えている赤い玉がついた線は、ひょっとしたら尻尾かもしれない。
顔は雪に埋まっていて、どんなものかわからなかった。
もっとも、後姿だけで十分奇怪であったが。
橙はしゃがんで、その人形の下に手を入れ、ひっくり返してみることにした。
……が、
「お、重いー!」
橙はこれでも化け猫。見た目は少女だが、並の妖怪に劣らぬ腕力がある。
だがその青い人形は、腰を入れなくては持ち上がらぬほど重かった。
「よーいしょ……! こーらしょ……!」
何とかひっくり返そうとしてると、後ろからくぐもった声がした。
「遅いよ橙ー」
「うーんせ! こーりゃせ!」
「って何してるの?」
「むぐー! ちょ、ちょっと手伝ってリグルー!」
橙は振り向かずに返事する。隣に寄ってきたのは、共に隠れんぼ遊びをしていたリグルだった。
寒さが苦手な彼女は、いつものマントの下に厚着して、マフラーで顔を覆って、帽子をかぶっていた。
橙以上の重装備。蛍の妖怪というより、みの虫の妖怪のようである。
そのみの虫妖怪が、しゃがみながら、
「これ何?」
「ぐー、わかんない~!」
「どれどれ。…………ってホントに重っ!」
橙と一緒に、それをひっくり返そうと踏ん張り、リグルの顔もゆがむ。
「あー! 何してんのよ! さっさと捜しに来てよ!」
次に現れたやかましいキンキン声は、チルノのものだった。
氷精の彼女は、冬でも半袖の姿は変わらない。
「あれー? かくれんぼじゃないのー?」
と、間延びした声はルーミアだ。
黒い球体の中にいるために、見てもわからないが、彼女も防寒具に身を包んでいた。
橙とリグルは、いったん手を止めた。
「これ、橙が見つけたんだって」
「何よこれ」
チルノは言いながら、人形の大きな頭を、軽く蹴った。
ルーミアは宵闇を解いて、これ食べられるのかなー、と人形の赤い尻尾の玉をいじっている。
「これなんなの。妖怪?」
「わかんない。うつ伏せに寝ているんだけど、すごく重たいんだよ」
「どんな顔してるのかなー」
ルーミアの疑問に、残る三人はうなずいた。
やはり、みんなそれが気になっていたのだ。
四人は一列に座り込んで、その青いダルマ人形の下に手をいれた。
「せーのっ!」
かけ声を合わせて力を入れ、ついにそれがひっくり返された。
「ん!?」
「な」
「へ?」
「あれー」
子供たちが、それぞれ驚きの声をあげる。
ついに人形の顔を拝むことができたのだが……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙の後、
「…………ぶっ」
アハハハハハハハ!!
と四人は爆笑した。
橙は跳ね回って、リグルはお腹を抑えて、チルノは雪に顔を突っ込んで、ルーミアはほがらかな表情で。
なにせ、変なのだ。
その人形の顔は、とてつもなく変な顔だったのだ。
青一色だった後頭部とは違い、顔面は真っ白だった。
そして閉じた大きな目の下に、小さな赤くて丸い鼻が一つ。
そして数本のヒゲの下には、洗面器が丸ごと入りそうな巨大な口がある。
その顔も太目の胴体よりも大きく。手足も短いために不恰好だった。
ようするに、間抜けな顔をした、青いだるまさんだったのである。
「変な顔! 変な顔ー!」
チルノは喜んで、青ダルマの口を引っ張っている。
「すっごく大きい口。チルノ、食べられちゃうかもよ」
「動かないんだから、怖くないわよ!」
橙の脅かし声を聞かずに、チルノは人形の大きな口をこじ開けて、中を覗きこんでいる。
「よく出来た人形だけど、変なデザインね」
リグルは人形の赤い首輪と金色の鈴、そしてお腹に張られた、『大きな御札』を見ながら言った。
漢字だが凡字だかよくわからない、面妖な御札である。
「誰かが作って、体のバランスに失敗したから、捨てちゃったとか」
「それ、ひどいよ。山はゴミ捨て場じゃないんだよ」
「別に私が捨てたわけじゃないもん」
「じゃあ、あたい達がもらっちゃおうよ!」
チルノが人形の口の中から顔を戻して言った。
「うん、そうしよー!」
他の皆も賛成する。
隠れんぼは途中で止めることとなった。
こんな面白そうな遊び道具が見つかったのだ。放っておく手はない。
子供たちはしばらく、どんな遊びがいいか案を出し合った。
○○○
「いくよー、それ!」
急斜面をダルマ人形が転がっていく。
その道中で、昨晩降り積もったぼた雪が、人形の体を包んでいく。
下の受けに来たときは、人形は見事な雪ダルマになっていた。
やったやったー、と子供達は大はしゃぎ。
「わー、大きくできたねー」
「ちょっとアンバランスだね。頭の方が体より大きいから」
顔の無い雪だるまは、頭の重さで今にも倒れそうであった。
そこで四人はまた力を合わせて、雪だるまを逆さまにすることにした。
ついで、小枝と石を使って、目と鼻と口をつけてあげる。彼らの身の丈ほどもある、立派な雪だるまの完成だった。
だが、中の人形は逆さまなのである。
それを思って、四人は再びゲラゲラと笑った。
しかし、
「おい! そこのお前達」
笑い声が急に中断された。
橙達を呼び止めてきたのは、見知らぬ大人の河童だった。
なんだか怖い顔をして近づいてくる。
「な、なんですか?」
「昨日、山に侵入者が出た。お前達、心当たりはないか」
河童は探るような目つきで、じろじろと見てくる。
橙は首を振った。他の三人も同様である。
「お前はこの山の化け猫だな。妖精はどうでもいいとして……」
「誰がどうでもいいって?」
チルノは凄んでみせたが、河童の方はまるで相手にしていなかった。
リグルとルーミアに顔を向け、わずかに視線を鋭くする。
「お前たちは、虫に宵闇か。ここは麓に近いとはいえ、妖怪の山だ。よそ者が混じっているのは感心せんな」
「え、え~と……」
「私の友達です」
少しひるんだリグルを庇うつもりで、橙は前に立った。
「危険じゃありません。私が保証します」
「危険かどうかは問題ではない。それに、お前の判断も当てにしていない」
「どうして? 前にここで遊んでたって、文句はいわれなかったよ」
「前のことなど知らん。掟は絶対であり、守るべきである」
その大人河童は、取り付く島も無かった。
「お前たちにも教えておこう。侵入者は強力な妖術を使い、天狗様から逃走した危険な妖怪である。ただでさえそうした手を焼きそうな侵入者がいるというのに、これ以上山に厄介事を増やしたくはないのだ。だから遊ぶならここではなく麓にしろ。そして何か気づいたことがあったら、すぐに我々に報せろ。いいな」
一方的に言うだけ言ってから、最後に河童は、橙達の作品を一瞥した。
大きな『雪だるま』を。
「……ふん。遊ぶばかりでなく、たまには山の役にたってみることだな」
そう言って、河童は飛んでいった。
その姿が消えたのを合図に、
「べええええ、だ!」
と、三人は並んであっかんべーをした。
「んもー、ムカつくなー!」
「何あれ! 感じ悪いわね! 私そのへんのただの妖精だと思ったら大間違いよ!」
「うん、チルノはただの妖精じゃないもんね」
「ふーんだ。どうせ、私はよそ者ですよ」
「ご、ごめんね。リグルはいい妖怪だし、私はよそ者だなんて思ってないよ」
「橙はそう言ってくれるけど、天狗や河童は、何か感じ悪いよね」
「性格がいい河童さんもいるんだけど……」
橙は去年の秋に仲良くなった、女の河童を思い出していた。
今年に入ってから会ってないが、元気にしているだろうか。
……あれ、でも
「河童は、冬は河の下にいるんじゃなかったっけ」
「だから、山の侵入者が出て大騒ぎで出てきたんでしょ」
「あ、そっか」
「たぶん人間の魔法使いとかじゃないかな」
「でも妖術を使うって言ってたから、妖怪だと思うよ」
「ふん。どんなやつだろうと、あたいにかかれば一発で氷漬けよ」
「これのことじゃないかなー」
盛んに議論していた三人は、のん気な声がした方を見た。
一人だけ、河童を気にしていなかったルーミアが、雪だるまをぺたぺたと触っている。
確かに、その雪だるまの中身は変な存在だったが、
「ルーミア。それは人形だよ。あんなにいじっても動かなかったじゃん。顔だけは普通の妖怪以上だったけどね」
「そーなのかー」
リグルの説明で、ルーミアも納得したらしい。
それから四人は、しばらく雪だるまを放っておいて遊んだ。
空中雪合戦をしたり、かまくらに挑戦してみたり。
そうして遊び疲れたのは夕方頃だった。
冬は日が沈むのも早いため、まだ物足りないが、お別れの時間である。
「それじゃあ、また明日!」
「この雪だるまのところに集合ね」
「あれ、でも河童に怒られるんじゃあ……」
「いいのよあんなやつ! 今度会ったらあたいが文句をいってやるわ!」
「あはは、頼りにしてるわよチルノ。それじゃあ、待ち合わせ場所はここで」
「りょうかーい」
「じゃあ、またねー!」
橙は山から帰っていく友人らに手を振った。
見えなくなるまでそうしてから、日の沈む反対側、東のほうに目をやった。
――今日は藍様のところにしようかな
橙の家は、妖怪の山にある猫の里と、八雲一家の住まう屋敷と二つある。
一年を通してみると、猫の里にいる方が多いが、冬はある理由があって、ちょくちょく主の八雲藍の元に帰ることにしていた。
今日あたりが適当かもしれない。今から急いで帰れば、晩御飯に間に合う。
よし、と飛び立とうとする前に、
「……………………」
橙の視界に先ほどの雪だるまが入った。
立派な大きさだから、誰かが壊さない限り、目印として適当だろう。
といっても中身はへんてこな人形なのだけれど。その特徴的な顔を思い出して、橙はまた吹きだしそうになった。
「ふふ、藍様はどう思うかな。お仕事が少なそうだったら、今度見せてあげたいな……」
そう呟いて、橙は雪だるまを、ちょんと指で突付いた。
……う~ん
橙の指がさっと引っ込んだ。
雪だるまから、声が聞こえた気がしたから。
――そ、そんなわけないよね。さあ帰ろう
そう思いながらも、橙は背を向けることができなかった。
震える指で、もう一度突付いてみる。
う~ん
間違いない。また声がした。いや、雪だるまが、しゃべったのだ。
突付いた場所から、ぱらぱらと雪が欠片となってはがれた。
橙の尻尾の毛が、ぞぞぞと逆立った。
雪だるまが微動している。
はじめは震えるほどだった動きが、しだいに大きくなっていく。
やがて顔を振り子のように揺らして、ついにはどすんと地面に寝転んだ。
わっ、と橙は後ずさりした。
――な、なに。なんなの
橙は混乱する頭を落ち着けようと必死になった。
認めたくはない。認めたくはなかったが、これは中の人形が動いているとしか思えない。
そしてそれは、もっと思い出したくない話、さっきの河童の忠告と結びついた。
(妖怪の山に侵入者が出た。妖術を使う恐ろしいやつだ)
橙の頭に、人形の大きな口が思い浮かんだ。妖術で動けなくされて、あの口で食べられてしまったら。
雪だるまは動き続けている。だんだんと雪がはがれて、さっき見た青い表面が露になっていく。
――ど、どうしよう。誰かに知らせないと
そう思いながらも、橙は恐怖に動けずにいた。
やがて横になった人形の、その大きな口が姿を見せる。
それがだんだんと開いていって、
「ぶぇっくしょん!!」
「きゃあああああ!!」
橙は弾かれたように、泡を食って逃げ出した。
奥の林に飛び込み、太い木の裏に隠れる。
そこで、こっそりと覗いた。
立ち上がった青いダルマ人形は、短い手足でのそのそと、身体についた雪をこすって落としている。
そしてまた一つ、「ぶぇっくしょん!」とひどいくしゃみをしていた。
――う、動いてる
間違いなく動いている。つまりあれは、人形ではなかったのだ。
やはりあれは妖怪で、それも昨晩山に不法侵入した妖怪なのだろうか。
橙も山の一員である。掟に従うなら、ここで追い返さなくてはならない。
しかし危険な妖怪だとも聞いているため、ひとまず様子を見ることにした。
そいつは震えながら、キョロキョロとあたりを見回していたが、やがて橙の方を向いて止まった。
それより早く、橙はサッと、木の陰に顔を引っ込めた。
ざく
ざくざく
雪を踏みしめて、近付いてくる音がする。
全身が心臓になった気分で、橙は体を縮こませた。
口を押さえて、声がもれ出るのを防ぐ。さらに、いつでも走って逃げるよう、体勢を整えた。
どうか見つかりませんように。
「あの~」
橙の願いを砕くように、声がかけられた。
これが妖怪の声。のろのろとした、ひどいだみ声だ。
でも、どうして気付かれたんだろうか。
――にゃっ! 尻尾!
橙は気づいた。
主はおろか友人にまで笑われるのだが、橙は隠れんぼが大の苦手である。
その理由は二本の尻尾にあった。緊張すればするほど、黒い尻尾がひょこひょこと動いてしまい、捜す方からすれば丸分かりになってしまうのである。
「あの~」
また、声がかけられた。
橙は勇気を出して、木の陰から飛び出した。
膝が震えるのを我慢して、せいいっぱい怖い顔で
「こっ……ここは妖怪の山だよ! よそ者は入っちゃ…………だ……め?」
妖怪の全身像を見て、橙の裏返った声は、空気が抜けるようにしぼんでいった。
その青い妖怪の身長は、橙とほとんど変わらなかった。
爪も牙もなく、武器も持っていなかった。
全体的に丸っこい体型は、橙をいっそう怖さから遠ざけていた。
そして、それは弱っていた。
大きな目に涙を浮かべ、鼻水を垂らして震えていた。
「えーと、寒いの?」
橙はごく自然な声音で、そう聞いた。
妖怪はのっそりとうなずいた。
橙は少し考えてから、自分のマフラーを解いて渡してやった。
奪い取られるかと思ったが、妖怪はもったいない手つきでそれを受け取った。
それを巻こうとしていたが、あまりにも首が太すぎるために、うまくいかなかった。
そもそも丸っこい手には指が一本くらいしかなく、広げるだけでも、もたもたしている。
見かねた橙は後ろに回って、マフラーを軽く首に回してやった。
とても大きくて、真っ青な後頭部だった。
「ありがとう……」
だみ声でお礼を言われて、橙の恐怖は完全に消えてしまった。
その妖怪は、何だか頭が良さそうには見えなかったし、危険そうにも見えない。
「ねぇ、あなたの名前は?」
橙の質問に、妖怪は無い首を振るのみだった。
「どこから来たの?」
やはり同じ反応だった。
体の震えもおさまっていない。
ひょっとして、寒いのが苦手なんだろうか。
こんなに体が青いのも、寒さのせいかも。だとしたら、かわいそうだ。すぐに温めなくてはならない。
橙はこの近くに住む、友人の顔を思い出した。
○○○
レティ・ホワイトロックは冬になると現れる妖怪である。
特にそれは、天気が曇っているときか吹雪のときで、彼女を見かけた人間は、寒気によって大変な目に合うのだ。
じゃあ、晴れの日はどこにいるのかというと、霧の湖の近くにひっそりと建つ、木造の一軒家に住んでいるのであった。
家のつくりは、地下の氷室と地上の温室に分かれている。
寒気が好きな彼女がなぜ温室かというと、冬しか遊べない彼女に会いに、友人達がよくこの家に集まってくるからである。
「だけど、こんなお客さんは想像していなかったわね~」
レティが鍋のシチューをかきまぜながら言う。
シチューが幻想郷でもっとも似合う女性。誰が言ったか知らないが、そういう説がある。
テーブルにつく橙も、レティの料理する後ろ姿を見て、その意見を認めざるを得なかった。
冬の妖怪なのに、いや、冬の妖怪だからこそ、温かい食べ物が似合うのかもしれない。
――二番目は藍様かな
ちなみに橙の頭の中にあるランキングにおいては、一位と二位のほとんどが主の藍と紫で占められていた。
テーブルには橙、そしてもう一人、毛布にくるまった青い妖怪が座っていた。
真っ青なのは温めれば直ると思ったのだが、震えがおさまっても、妖怪の体色は変わらなかった。
質問に対する答えも全く同じである。
「名前は?」
「……わからない~」
「どこから来たの?」
「……わからない~」
わからないに次ぐわからない。つまり、彼は記憶喪失ということになる。
表情からすると、落ち込んでいるようだったが、いちいち口調がのんびりしているために、聞いてるこっちの気が抜けてしまう。
橙は、主が昔よく歌ってくれた、童謡を思い出した。
犬のおまわりさん
迷子の迷子の~♪
……子猫には見えなかった。
どちらかというと、
「タヌキかな」
「タヌキじゃない!」
急に青ダルマが目くじらを立てて大声を出したので、橙はびっくりした。
「ボクはタヌキじゃないぞ!」
「じゃ、じゃあ何だっていうのよ!」
「…………わかりません~」
負けずに言い返すと、今度は泣き出してしまった。
「喧嘩はしないで。はいお待たせ」
いいタイミングで、レティがシチューを両手に運んできてくれた。
気を取り直して、三人でテーブルを囲み、いただきますの合図でスプーンを取る。
ただし、橙は食べつつも、ジロジロと青い妖怪の様子をうかがっていた。
妖怪はシチューをふーふー冷ましながらも、とても美味しそうに食べている。
橙の口の三十倍はあろうかという、ものすごく大きな口の前では、レティの用意したスプーンが貧相に見えるのも仕方がなかった。
ところが妖怪は皿ごと平らげようとかいう気はないようで、丸っこい手で上手にシチューをよそって、お行儀よく口に運んでいる。
「美味しい?」
「おいしい」
レティに返すその笑顔は、実に幸せそうだった。こんな大きな笑顔を、橙は見たことがない。
わからないことだらけだったが、一つだけはっきりしたことがある。
それは、並の妖怪以上に表情が変わるこのダルマが、ただの人形ではあり得ないということだった。
かといって、普通の妖怪には見えなかったし、妖精でもなかった。
なぜなら彼は飛べなかったのだ。
幻想郷において、飛行能力は程度の差はあれど、ほとんどの妖怪、妖精に許されているというのに。
そのうえ造形が妙に丸っこくて、人に恐れられるような特徴が一切無い。
あの洗面器がすっぽり入りそうな大きな口にも、尖った牙とかは見当たらず、やはり、危険にも悪い妖怪にも見えなかった。
「でも山の侵入者って、たぶんこの子のことだったと思うんだけどなー」
「そうね。でも私には、悪い妖怪には見えないわよ」
「やっぱり、レティもそう思う?」
「ええ。思うわ」
大きな丸パンを一口で次々に食べてしまう妖怪に、レティは笑いをこらえている。
胴体を超える頭部に、まん丸の目に巨大な口。これだけなら怪獣の一種であったが、どうも仕草に愛嬌がある。
さっきタヌキと言われて怒ったときはびっくりしたけど。じゃあ、果たしてこの妖怪の正体は何か。
「この季節にしか現れない、雪ダルマの妖怪とか。知ってる?」
「ふふ、聞いたことがないわね」
問われた冬の妖怪は、笑って首を振るだけだった。
そこで橙は、あっ、とひらめいた。
「山の妖怪でもないし、リグルたちが気付かなかったんだから、麓の妖怪でもないよね。そしてレティも知らないから、冬にしか現れない妖怪でもない。つまり、この幻想郷の妖怪じゃないってことは、外の世界から来たってことじゃないかな」
「というと?」
「幻想になって、この世界にやってきたの」
「なるほど。じゃあこの子は一人ぼっちってことになるわね」
「うわ~ん」
レティののんびりした声に、妖怪はまた、波うつだみ声で泣き出した。
「泣かないで。ほら、シチューのお代わりはどうかしら」
「ぐすん、いただきます~」
「橙も仲良くしてあげなさいな。」
「うん! 仲良くするよ。悪い妖怪には見えないし、一緒に遊んであげる」
「ありがとう~」
「ふふっ、チルノ達に見せたらびっくりすると思うな」
何せ昨日の雪だるまが、泣きながらシチューを食べているだけじゃなく、こうして動いてお礼まで言ってくれているのだから。
「じゃあ、よろしくね! え~と……」
そこで気がついた。この妖怪には名前がない。あったかもしれないが、彼は思い出せないのだった。
そこでレティが、
「名前が無いなら、橙がつけてあげればいいじゃない」
「ええ!? で、でも……いい……のかな」
「うん、おねがいします」
青い妖怪は笑顔でうなずいた。
「えーと、えーと」
橙は困った。
なるべくいい名前をつけてあげたいとは思うが、ぴんとくるものがない。
そもそも、この妖怪が何の妖怪だか分からないので、イメージが湧かなかった。
――タヌキに見えるからポンポコリン、じゃ怒られるだろうし
レティも妖怪も、期待する目で橙を見守っている。
ますます橙はうろたえて、猫語を口走った。
「にゃ~にゃ~!(あーもーわかんない、青いから青とかじゃだめかな)」
「にゃ~ご(青でいいよ)」
え……。
自分の独り言に返したのは、その妖怪だった。
レティは不思議そうに、その光景を見ている。
橙は椅子から飛び上がった。
「にゃー!?(猫の言葉が話せるの!?)」
「にゃ~(うん。わかるよ)」
「にゃ、にゃお!(じゃ、じゃあ、あんた猫ってこと!?)」
「にゃご(そうかもしれない)」
その妖怪の猫語は完璧だった。橙の鼻が、興奮でふくらむ。
「決めた! 貴方の名前は『青』! そして、今日から私の『式』だよ!」
橙は高らかに宣言した。
「式~?」
「そう! 式っていうのは、式神のことで、主の言うことを聞いて助ける、家族みたいな存在!」
「そう言えば、橙は自分の式を欲しがっていたわね~」
「うん!」
「でも、猫の里の猫達から選ぶとか、去年まで言ってなかった?」
「だって、あの子達、みんな言う事聞かないんだもの! それに比べて、『青』はいい子で、ちょっと変わってるけど猫だし、何より……」
橙は目を輝かせた。
遊んでいたのは偶然、見つけたのは自分。そして、皆が帰ったあとに、自分だけが目覚めた青と出会った。
主と式の出会いはいつも特別なものだと思っている。こんな素敵な運命で、青が自分の式にならないはずがない。
彼は自分に会うために、この幻想郷にやってきたのだ。そうに決まってる。
「私の名前は橙。幻想郷の守護者、八雲紫の式である、八雲藍の式……!」
橙はその妖怪の丸い手と握手して、名乗った。
「そして貴方は、私の式。つまり、式の式の式の『青』! よろしくね、青!」
『青』はニッコリと笑って言った。
「うん、よろしくお願いします。橙」
「違うよ! 橙じゃなくて、橙様!」
「はい、橙様~」
「う、うにに、くすぐったい。やっぱり今はまだ、橙でいいよ、青」
「うん!」
「やったー!」
大きな頭でうなずく青に、橙は大きくバンザイした。
「じゃあ、青。さっそく山に行こうよ。猫の里に、私の家があるから……」
「それはやめたほうがいいと思うわ~」
止めたのはレティだった。
「だって、妖怪の山ではこの子……青を探し回っているんでしょ。見つかったらちょっと問題じゃないかしら」
「あ、そうだね。じゃあどうしたら……」
「うちに泊まっていけばいいじゃない。一階は温室だから大丈夫」
「本当!? ありがとうレティ!」
「じゃあ、貴方達のベッドを運ぶから、手伝ってね」
「うん! あ、青も一緒に運びなさい!」
「はい、橙」
青は返事をして、素直に橙の後についてくる。
――すごい。ちゃんと言うことを聞いてくれる式なんて、はじめてだ
それだけで、橙にとっては心の高鳴る、新鮮な快感があった。
自分はこの式ができた日を一生忘れないだろう。
というか、こんな幸せな日が、今まであっただろうか。思いあたるのは、はじめて藍に式だと認めてもらえた時だ。
これからで思い当たるのは、自分が八雲の姓を受け継ぐときぐらいだろうか。
そうだ。そして、その日は間違いなく近い。
自分はついに、八雲の証となりうる、式を手に入れたのだ。
「ああ、明日が楽しみ!」
「橙。気をつけないと落っことすわよ」
「大丈夫! 青がちゃんと支えてくれてるもん! ねっ、青!」
「うん。大丈夫だよ」
橙は重いベッドを、青と一緒に、ウキウキ気分で運んだ。
○○○
ワー、ワー!
橙は青と並んで立ち、幻想郷中の妖怪たちの歓声を受けていた。
その中には、友人らや、よく知る人間も混ざっている。
彼らはみな、式を手に入れた橙を称えているのだ。
もちろん、彼女の最愛の主も、祝福してくれていた。
自分の立派な姿を見せることができ、橙は誇らしさでいっぱいだった。
「どうですか、藍様! 紫様!」
「すごいぞ橙!」
「すごいわ橙!」
主らは二人とも、大きな拍手で迎えてくれた。
「私も八雲の姓を継げますか?」
「もちろんよ。貴方は今日から八雲橙と名乗りなさい」
「わあい! やったぁ!」
橙は何度もジャンプして喜んだ。
ついに念願の八雲の姓を受け継ぐことができるのだ。
この日をどれだけ待ったことだろう。隣に立つ青も嬉しそうだ。
「藍。あれを持ってきなさい」
「かしこまりました」
藍はすぐに、色つきの綿菓子のようなものを持ってきた。
紫はふわふわしたそれを受け取り、もったいぶった手つきで、橙の前に差し出した。
「さあ、これが一家の証の『八雲』よ。受け取りなさい」
「これがそうなんですか!」
「ええ。大事にするのよ」
「わかりました! 絶対に大切にします!」
「待ってください、紫様」
口を挟んだのは、ニコニコと笑顔を浮かべた藍だった。
「紫様、橙はすごいです」
「ええ、橙はすごいわ」
「本当ですか!? 藍様、紫様!」
「ああ、橙はすごい。だから橙は八雲ではもったいない」
「そうね。橙は八雲ではもったいないわ」
「え、どういうことですか?」
「橙は『二十五雲』くらいじゃないでしょうか。すごいですから」
「に、にじゅうごくも!?」
「あら、私は『四十五雲』だとおもうのだけど。すごいもの」
「よんじゅうごくも!?」
「それなら『百二雲』はどうでしょう」
「えー!?」
「まだ足りないわね。橙はすごいから、思い切って『千二百九十三雲』にしましょう」
「にゃー!? せんにひゃくきゅうじゅうさんくも!?」
あまりの数に、橙は仰天していた。
藍が奥から、山ほどもある雲の固まりを持ってきた。
「さあ、橙。これが『千二百九十三雲』だ。今日から『千二百九十三雲橙』と名乗りなさい」
「わ、わかりました!」
「はい、それじゃあ受け取ってね」
「はいっ……て重ー! 重すぎます! つぶれちゃいますよ藍様~!」
「はははは、橙はすごいね。さすが千二百九十三雲だ」
「ふふふふ、橙はすごいわ。さすが千二百九十三雲ね」
「助けて~! 誰か~!」
「うーん、うーん、潰される~。……はっ!」
橙は目を開けた。
真っ暗闇の中、暖炉の薪の焼ける音が聞こえる。
瞳孔が開いていくなかで、橙は覚醒した。
ここはレティの家で、時刻は真夜中であった。自分がいるのは大きな洋風ベッドの上であり、そこで寝ていたのである。
つまり、さっきまでのは夢だったのだ。八雲の名を受け継いだのも、全部夢の中の話で。
体を押しつぶそうとしていた、千二百九十三雲の正体は……
「グウグウ……むにゃむにゃ」
「……………………」
ずうずうしく、隣まで転がってきて寝ている、青の手だった。
――途中までは素敵な夢だったのに。
むっとした橙は、青の重たい体を、えいっと押しのけた。
丸い胴体は、寝言を呟きながら転がって、ベッドの端から落ちていく。
どすん。
「……あいてて~」
青は寝ぼけた声を出して、頭をさすりながら、起き上った。
橙はそれに背中を向けて、再び夢の続きを見ようとした。
「……………………」
青はベッドに戻る気配が無い。
橙は横になったまま、ちらっと肩越しに、そちらを見た。
青はぼんやりと、窓の外の星空を見上げていた。
「どうしたの青」
青は答えない。
泣いているようにも見える。
「私は青の主なんだから、遠慮せずに相談しなさい」
「……夢をみたんだ」
「どんな夢?」
「誰か知らない子供たちと、遊んでいる夢」
「それは誰なの?」
橙は気になって聞いたが、青はやはり思い出せないようだった。
「青がここに来る前の世界のこと?」
「うん。とても大事なことだったはずなのに」
「それでも思い出せないの?」
「……………………」
「ごめんね、青」
橙は記憶を無くしたことはない。
けれども、主らや友人達のことを忘れてしまうなんて、考えるだけで怖くてたまらない。
青が寂しく思うのも当然だった。
反省して、ベッドの上に座りなおす。
「でも、大丈夫だよ青。ここは平和で、みんなやさしい妖怪ばかりだから、きっと楽しいよ」
青がこちらを向いた。
橙はそれに、うん、と笑顔でうなずき、元気付けてあげた。
「そうだ。明日は私の友人に紹介してあげるよ。きっとみんなびっくりすると思うけど。その後は、藍様にね」
「藍様ってだあれ?」
「私の主。とっても強くて優しいんだよ。青の主の主になるってわけ。でも、そのまた主に紫様がいて……あ、ちゃんと説明してあげるね」
橙は八雲一家について、青に教えてあげた。
「……そんな凄い一家なんだよ。だから、青も自慢できるし、きっとここで幸せに暮らせるはずだから、さびしくないよ」
「うん。ありがとう橙」
「じゃあ泣かないで、もう寝なさい。あ、さっきは押しのけたりしてごめんね」
「橙はどうしてぼくに優しいの?」
「もちろん、青が私の式だからよ。私も式になったはじめの夜に、藍様が一緒に寝て子守歌を歌って、安心させてくれたんだー」
それはまだ橙が、人間や他の妖怪に怯えていたときの頃だった。
辛い記憶に震えている橙が眠るまで、藍はずっと起きて撫でていてくれた。
あの夜に藍に対する橙の警戒は解け、後に世界で一番大切な主になったのだった。
「あっ! 今はもう藍様と一緒に寝ていたりしないよ! 本当だよ! だって、私はもうそんな子供じゃないんだからね」
「…………」
「……本当だよ?」
「うん、本当だね」
青が素直にうなずいてくれたので、橙は内心ホッとした。
と同時に、あのやわらかい温もりから、決別しなくてはならないという覚悟が、重くのしかかった。
もう自分は主なのだから、藍に甘えているだけではだめだ。
彼女が自分にしてくれたように、青に優しくしなくては。
「そうだ。青にも子守唄を歌ってあげようか」
「うん。歌って橙」
「……あのー、下手でも笑わないでね?」
「うん」
「よ、よ~し」
誰かに子守唄を歌ってあげるのは、生まれて初めてだった。
橙は緊張しながらも、青のために歌いはじめた。
「ねーんねーこー! ねーんねこ!」
子守唄とは思えないほどの、大きな声で。
「……ふふふ」
「ねーんねこ! って、あ、青! 笑わないでっていったじゃん」
「ごめんごめん」
「ねーんねーこー! ねーんねこ!」
「ふふふ」
「もー、青!」
「ごめん。でも、橙の歌は、眠くならないけど、元気になるよ」
「本当に?」
「うん、ほんとうだよ」
青のゆっくりした占い師のような口調で言われると、確かに自分にそんな力があるような気がしてくる。
橙もだんだん張り切ってきた。
「よーし、青も一緒に歌おうよ!」
「うん!」
「ねーんねーこ、ねーんねこ!」
「ね~んね~こ、ね~んねこ」
「もっと大きな声で! ねーない子ーはーだーれーだー、すーきまーがー、たべちゃうぞー!」
「ね~ない子~は~だ~れ~だ~、す~きま~が~、たべちゃうぞ~」
低音の青の声が混ざって、不思議なハーモニーが生まれる。
二人は仲良く、藍の子守唄を合唱した。
どがん!
突如、床に備え付けられた扉が跳ね上がった。
二人が唖然として歌を止める中で、冷えた空気が、部屋を白く染めていく。
「………………ね~んねーこ」
寝間着姿のレティさんが、ゆらゆらと上がってきた。
それはそれは恐ろしい笑顔で、
「二人とも、夜だというのに元気ね~」
「ごごごご、ごめんなさい、レティ」
「今度うるさくしたら、この部屋も氷漬けにしちゃうわよ?」
「うん、もう寝るから、本当にごめん」
主と式は、ぺこぺこと謝った。
レティは妖怪には珍しく、早寝早起きであった。
そして何より、怒らせると怖いのである。
○○○
次の日、橙は青を連れて、昨日の遊ぶ約束をした場所の近くにまで来ていた。
時刻はお昼前。本当はもっと早く来る予定だったのだが、
「青が飛べないことを考えてなかったね……」
「ごめんね橙。ぼくのせいで」
「んーん、気がつかなかった私も悪いし」
申し訳なさそうにする青を、橙はなぐさめた。
橙は昨日と同じ格好であったが、寒がりの青は裸んぼから、レティが用意してくれたセーターと帽子、そして橙のマフラーを巻いている。
この恰好をして、レティの家を出発したのは朝だったが、それから結構時間がかかってしまっていた。
「でも、ちゃんと覚えなくちゃね。飛び方も走り方も」
青は空を飛べないだけではなく、足も遅かった。妖怪どころか、普通の人間にも劣る移動力である。
それも原因ではあったが、この冬道で、何より問題となったのは、その体重であった。
橙は深い雪などものともせず、高所を飛んだり枝から枝へと跳んだりして、さっさと約束の場所まで向かえる。
だが、真似して後からついてくる青は、早々にずぼずぼと雪に埋まってしまった。
それを橙一人で引っ張り出すのにも、かなりの時間がかかったのだ。
「あ、いたいた」
ようやくたどりついた昨日の場所には、すでに橙の友人の三人が集まっていた。
チルノとリグルが、雪だるまのあった場所を指差しながら、何事か騒いでいる。
それを遠くに見ながら、橙はふふふ、と笑った。
「青、ここで待っていて。いきなり行ったら、チルノ達が驚いちゃうから。私が合図したら出て来るのよ」
「はい」
橙は青を木の陰に残して、三人に近づいていった。
びっくり箱を用意した気分で、そろりそろりと、
「あー来た! 遅いわよ橙!」
まあ、橙がいくら忍び足で近づこうと、彼女達には見つかってしまうのだけど。
「ごめ~ん、三人とも」
「大変なのよ!」
「大変って何が?」
「見てわかんないの!? 昨日の雪だるまが無くなってて、動いた跡があるのよ!」
「あー本当だね」
「やっぱりあれが妖怪だったのかな~」
「うん。そうかもね」
「もし遊んでいる時に動いていたら、私達も食べられちゃってたりしたかもね」
「………………」
「ひょっとしたら、もう食べられちゃってる人がいるかも」
「……ぷぷぷ」
楽しい反応に、橙はどうしても、笑いをこらえることができなかった。
ルーミアがそれに気づいた。
「橙、何がおかしいのー?」
「ふふ、実はみんなに紹介したい子がいるの」
「紹介したい子? それって妖怪?」
「うん。みんなで一緒に遊んであげると嬉しいんだけど……」
「最強のあたいが、認められるやつならいいわよ」
「どんな子なのか見せてー」
「チルノもルーミアも、きっと気にいってくれると思うよ」
そこで橙は待ちきれずに、後ろを振り向いた。
「青ー! 出てきていいよー!」
はーい、と返事がした。
「ずいぶん声がかすれているね」
「変なやつじゃないの?」
「まあまあ、見ててって」
そこで木の陰から、青が姿を現した。
リグルとチルノの顔が、硬直した。
「ほら青! 早く来て挨拶しなさーい!」
その言葉に、青が笑顔でゆっくりと走ってくる。
「紹介するよ。あの子が……」
「わあああああ!!」
三人の友人は、揃って逃げ出した。
「あ、ちょっと待って! みんな、青は怖くないよ!」
橙は慌てて説明しようとしたが、すでに三者は飛び去って、姿を隠してしまった。
青はとぼとぼとやってきて、
「…………みんないなくなっちゃった」
「あ、青。そんな顔しないで。ちゃんと私が説明するから」
「……うん」
しょんぼりと落ちた青の肩を、橙はぽんぽんと叩いた。
「というわけで、あらためまして……この子は青! 昨日から私の式になったの!」
「こんにちは。ぼく青です!」
橙の紹介で、青は両腕をバンザイさせて、スローテンポな挨拶をした。
それを受けた三者の反応は様々だった。
リグルの表情はマフラーに隠れていたが、目だけは困っているのがわかった。どういっていいかわからない様子である。
ルーミアは指を口にくわえて橙と青を見比べている。こちらは困っているといより、どちらの料理を先に食べようか迷っている顔に似ていた。
最後のチルノは、胡散臭そうな顔つきで、青をジーっと見ていた。まるで、なかなか解けない間違い探しをするように。
つまり、いずれも友好的な反応とはいえなかった。
特にチルノは、露骨に怪しむ口調で、
「あんた一体なんなの?」
「だから、私の式だってば」
「そうです。ぼくは橙の式です」
「だって橙は、猫を式にするって言ってたじゃん」
「だから、青は猫なの」
「ねこ~?」
チルノは両手を腰に当て、下からねめつけるように青を観察してから、今度はその目を橙に向けた。
「橙、あたいをバカだと思って騙そうとしてない?」
「そ、そんなことないよ」
バカというか、チルノがちょっと変わっている、というのは思ってはいたが、騙そうとしたことなど一度も無い。
「チルノはわかんないかもしれないけど、青は猫なんだよ」
「でも、私も青が猫には見えないわね」
同じように観察していたリグルも、チルノと同意見のようであった。
ルーミアだけは、猫なのかー、と青のツルツル頭を撫でている。
青は素直に撫でられるままだったが、チルノ達を少し怖がっているようでもあった。
「二人とも信用してないなら、証拠を見せてあげる。青、ニャ~」
「ニャー」
二人は猫語で会話してみせた。
「ほら、今のは『青は猫だよね~』っていうのに、『猫ですよ~』って返したんだよ」
「そんなの、あたいだって話せるわよ! にゃーにゃごにゃーにゃー!」
「チルノのは全然意味わかんない。だからチルノは猫じゃないよ」
「『ギッチョンチョンノパーイパイ』?」
「青も無理に訳さなくていいの」
橙が呆れて突っ込んだ。
ルーミアは猫なのかー、と今度は不満げなチルノの頭を撫でていた。
その間リグルは、再度青をじっくり観察していたが、
「でもさ、橙。青には耳はないし、尻尾も変な形だし。やっぱり猫の妖怪には見えないけど」
「じゃあ、リグルは青が何の妖怪だと思うの?」
「見た目からして、タヌキとか」
「タヌキじゃない!」
やはり、昨日橙に見せた反応と同様に、青は怒り出した。
「青、怒っちゃだめだよ! 青が猫だってことはわかってるから」
「……ごめんなさい橙」
「ふ~ん。ちゃんと橙の言うことを聞くのね。やっぱり式なんだ」
「じゃあ、あたいの言うことも聞きな!」
「……………………」
「残念でした。青は私の式だから、私の言うことしか聞かないの」
「生意気なやつね」
胸を張る橙と、その式の青に対して、やはりチルノは不満げだった。
しかし、やがて何か思いついたらしく、不敵な笑みを浮かべた。
「ふふん。じゃああんたが猫の妖怪だっていうなら、とりあえずどんな能力なのか見せてもらおうじゃない」
「能力?」
「そうよ。あたいは冷気を操る、最強の氷の妖精、チルノ!」
チルノは出し抜けに、青に向かって右手を向け、冷気を浴びせた。
橙はサッとよけたが、まともに正面から受けた青は、大きなくしゃみをした。
どんなもんよ、と威張るチルノに代わって、
「私はリグル。蟲を操ることができるの。もっとも今の時期は、みんな冬眠しちゃってるけどね」
厚着してみの虫状態だったリグルは、恥ずかしそうに頬をかきつつ、自己紹介した。
「私はルーミアだよー」
宵闇の妖怪は、挨拶と同時に球体の闇をまとう。闇は音も無く広がって、あたりは真っ暗になった。
「そして私は、式で化け猫!」
橙は闇を飛び出して、空中でくるんと一回転し、地上を左右に高速で移動して見せた。
さて、と自己紹介を終えた四人は、並んで同じ質問を準備する。
好奇心でいっぱいの子供の表情で、
「…………じゃあ、貴方の能力は!?」
ジャジャーン!
四人の声が唱和するも、問われた青は無反応だった。
それでも四人が見守っていると、指の無い手で顔を撫でたり、何かを探すようにお腹を触ったりしていたが、
「わかりません」
とだけ言った。
「なによ。何もないの?」
チルノが小馬鹿にした顔で聞くと、青は困った顔でもじもじしながら、うなずいた。
橙は少し焦ってきた。
「青。何かないの?」
「……ないと思う」
「で、でも私、青がすごい妖術を操るって聞いたんだけど。心当たりない?」
それは昨日の河童の話にあった情報であった。
青が噂にあった山への侵入者であるなら、天狗から逃れることもできた強力な妖怪のはずなのだ。
だが、
「ほら、ものすごい雷を起こしたりとか」
「…………」
「口からすごい炎を吹くとか」
「…………」
「えーと、姿を消したりとか」
「…………」
「……手が伸びるとか」
「…………」
橙が質問する度に、青の気力は見る間に失われていった。
同時に橙自身の気力も。
「青は、何にもないの?」
「…………はい」
「そう……なんだ」
考えてみれば、出会ってからの青は、山の侵入者の特徴である危険で強力な妖怪のイメージとはかけ離れていた。
単に同じ時間にいた人違いだったという可能性も、無いわけではないのだ。
他の三者も、なんだか同情めいた複雑な表情に変わった。
まずリグルがフォローに入る。
「えーと、天狗みたいに風を操るとか」
「…………」
「で、でも飛べないわけじゃないんでしょ?」
「それが……青は飛べないの」
「飛べません」
主とその式が絶望的な表情になる。
リグルはうっ、と言葉に詰まった。
次にルーミアが無邪気な顔で、
「お腹から美味しいものをだすとかー」
確かに青のお腹には、御札が貼ってあった。
しかし、昨夜に橙が軽く引っ掻いてみたり、「開けゴマ!」と念じてみたり、いくら剥がそうとしても剥がれなかったのだ。
そして、青自身も記憶にないという話である。
最後にチルノがあごに手を当てて考えてから、
「鼻でスパゲッティを食べるとか?」
そんな能力聞いたことが無かったし、あったとしても何の役に立つか理解不能である。
ただ能力といえば能力であり、青はそれすらも持っていないということでもあったが。
つまりここにきて、青は妖怪らしい能力がまるで無いということが、証明されたのであった。
「……………」
「ごめん、橙」
「あ、青が謝ることないよ。きっと上手くいくから」
橙は何とか元気づけようとしたが、青の表情は暗いままだった。
「ね! みんなも遊んでくれるよね!?」
そう振り向く橙の顔が必死だったので、三人は素直にコクコクとうなずいた。
「ほら、気を取り直して、遊びましょ」
「うん。今日は何して遊ぶかな」
「昨日はかくれんぼだったから、今日は鬼ごっこかな」
「じゃあ、じゃんけんしよ! じゃ~んけ~ん」
ぽん! で五人は手を出した。
「あーいこーで……」
しょ、をやる前に、五人は悲しい現実に気がついてしまった。
青の指の無い丸い手が、グーしか出せないことに。
「………………」
「………………」
「………………」
「じゃ、じゃあ、とりあえずは青が鬼ってことで」
「うん。それじゃあはじめよう!」
「でも、青は飛べないんだったよねー」
ルーミアがそういうと、本日三度目の、痛い沈黙が起こった。
彼女らの遊びは、基本的に自由に飛び回ることを前提としたものばかりである。
飛べない青は、その遊びに加わることすらできなかったのだ。
隠れん坊が下手な橙どころの話ではない。
「………………どうしよう」
「………………」
「………………」
橙は友人達の方を見た。
その友人達は、青の方を見た。
青は地面を見ていた。
「その……青が鬼ごっこできないなら、私も」
と橙が言いかけてから、冷たい声がした。
「橙が我慢することないわよ。あたい達だけで遊べばいいじゃん。青抜きで」
そう言ったのは、チルノだった。
まさかと思い、橙はびっくりした。
「ち、チルノ、青と仲良くしてっていったでしょ」
「あたいはそんな約束してないもん。だいたい、そいつのために、鬼ごっこできないなんておかしいじゃないの。
みんなもそう思うでしょ」
「そうなの、みんな!?」
思わず、リグルとルーミアを見た。
リグルは橙の顔色をうかがいつつ、ぼそぼそと言った。
「あの……私は橙が式を持ちたいって気持ちもわかるけど。少し焦ってるんじゃないかな。早く式をもって立派になりたいと思って」
「えっ」
橙の顔が赤くなった。
図星だった。昨日の夢を見られたわけでもないのに。
「だから私は……チルノの言いたいこともわかる。やっぱり、青は私たちと違う感じがするからよ。だから青が橙の式だといわれても、ぴんとこないし、それは主の藍さんもそうなんじゃないかと……」
橙はそれに言い返せなかった。
チルノはリグルの意見に満足げにうなずき、ついでルーミアに聞いた。
「ルーミアはどう思うの。青が仲間になれると思う?」
「わかんないけど、私は橙と鬼ごっこがしたいなー」
それはつまり、青抜きで遊ぼう、ということだった。
「というわけで決まったわね。そんな飛べもしないし、能力もないやつなんて、仲間に認めないってことよ!」
いよいよ青がしおれてしまうのを見て、橙はカッとなった。
「どうしてみんなそんな意地悪言うの! 青はいい子だし、私の式で、妖怪だよ! だから仲良くしてってば!」
「そんなのどうやってわかるのよ! 橙が化かされているだけかもしれないじゃん!」
「待って、二人とも落ち着いてってば!」
「ふん。また藍様藍様って、いい子ぶりたいだけじゃないの橙は」
「チルノ! それをいっちゃあおしまいだって!」
リグルがなだめるまもなく、橙の火山が噴火した。
「言ったなー! チルノのバカ!」
「ふん。今さらバカって言われても気にしないもんね」
「チルノのバカバカバカバカバカバカバ……!」
「うるさいわね! バカは橙でしょ!」
「何で私がバカなのよ!」
「そうじゃん! だってそいつにバカされているから! アハハ!」
「違うよ! 私は妖怪だからわかるの! チルノとは違うの!」
「え?」
チルノの表情が変わったことに、橙は気がつかずに、
「チルノは妖怪じゃないでしょ! 放っておいて……!」
「橙!」
リグルの悲鳴に、橙はハッとした。
チルノの顔から、完全に表情が消えていた。頬をぶたれた子供のように、呆然と橙を見ている。
しばらく、皆が黙った。
やがて、チルノの表情が、泣きそうにゆがみかけて、それより早く後ろを向いた。
「…………ふん! 橙の主馬鹿」
チルノは捨て台詞を言って、猛スピードで飛んで行く。
リグルは一瞬、それを追おうと飛びかけたが、橙を見て立ち止った。
「あの……橙」
「リグル。チルノとルーミアと、三人で遊んでいいよ」
それは、いつもの橙の、元気で明るい口調とはかけ離れていた。
「ち、橙。あの、チルノも言い過ぎたと思うし、ちょっと頭を冷やしたらきっとわかってくれると……」
「いいから!」
橙は我慢できずに怒鳴った。
リグルは悲しそうな顔で口をつぐみ、チルノの後を追った。
ルーミアもそれについていく。
あとには橙と青だけが残った。
「行っちゃった……」
「……………………」
「橙。追いかけなくていいの?」
「いいの。最初に青を悪く言ったのはチルノなんだから」
それを追いかけた様子を見る限り、リグルもルーミアも、チルノに同情していたようであった。
橙はしばらく彼女らが去っていった方を見ていたが、やがて、青の方を振り向いた。
「青、よく聞いて。私、早めに藍様のところに、青を連れて行こうと思ってたの。でもまだ駄目だってことに気づいた」
青がぎくりと身じろぎした。
橙は苦笑した。
「違うよ。青を式にしないわけじゃなくて、飛べないんじゃ、紫様のお屋敷にも連れて行けないし、これからも不便だからね」
うん、と自分を納得させる。胸を張って式を見下ろし、
「私が青を鍛える! 青がちゃんとした妖怪として、藍様に認めてもらえるように! いいわね!」
「は~い!」
ちくりと痛んだのを無視して、橙はそれに再度うなずいた。
○○○
八雲の特訓 その1 はじめての飛び方
橙は青を連れて、先ほどの場所から離れた林の奥に来ていた。
山の南側に位置するここは、雪が比較的少なく、針葉樹が密集しているために、見つかりにくい。
ここは橙の秘密の練習場なのだ。ここを選んだのは、知り合いの誰にも、青が特訓している現場を見せたくなかったからだった。……特にチルノには。
「じゃあ、まず飛び方から教えてあげる。飛べなきゃ藍様のところにも帰れないし、格好もつかないからね。わかった?」
「はい。よろしくお願いします」
「よし。じゃあまずは……」
橙は適当な『台』になるものを探した。
すぐに倒木と切り株が見つかった。
「ここからね。ほら、ここに立って」
「ここに?」
「うん。さあ、早く」
橙は不思議がる青を、切り株の上に立たせた。
「それじゃあ、そこから飛んでみなさい」
橙の命令で、青は素直に、よいしょっと飛び降りた。
が、橙の期待した下り方ではなかった。
「そうじゃなくて、もっとふわーっと浮く感じで」
「ふわーっ、と、浮く感じ」
青は橙の教えをゆっくり復唱しながら、もう一度飛び降りる。
しかし、何度試しても、全く浮く気配はなかった。
「……私はこれですぐに飛べるようになったんだけど」
青の場合は、それどころか、飛び降りるたびに地面が沈み、小さな穴ぼこができた。
うーん、と悩む橙に、青が思い出したような口調で、
「でも橙。ぼくは昔、よく飛んでいた気がする」
「えっ、本当に!?」
「うん。確かに飛んでいた」
「そっか、やっぱり青は妖怪なんだ! ……あれ。でもじゃあ、今は何で飛べないのかな」
「……………………」
青はなぜか、何かを探すように、お腹に手を当てたり、頭に手を当てたりした。
橙は首をかしげて、
「頭がどうかしたの?」
「う~ん……何かを……頭に乗せていたような」
「ひょっとしてそれ、葉っぱを乗せたんじゃないかな」
「葉っぱ?」
「うん。藍様から教わったんだけど、昔は、頭に葉っぱを乗せて術を使う動物もいたんだって。狐とかタヌ……」
と言いかけて、橙は慌てて口をつぐんだ。
「どうしたの橙」
「いや、なんでもないよ青。えーと……あ、もしかして」
青の図体を頭から足まで眺めてみて、橙はひとつの結論にたどりついた。
「わかった! 今の青が飛べないのは、青が太ってるからだ! きっと昔の青は痩せていたんだよ!」
「ええー!?」
「よーし。じゃあ、ダイエットから始めよう!」
解決法が見つかって意気込む橙。対照的に青は、大きなショックを受けていた。
「橙……」
「ん、何?」
「ぼく太ってる?」
「うん」
「かっこ悪い?」
「えっ? うーん」
橙はあごに手を当てて考え、正直に感想を述べた。
「かっこ悪い」
ガーン、と青は落ち込んでしまった。
「でも、青は可愛いよ」
「えっ、ほんと!?」
「うん。丸々しているのも、いいかも」
「いや~」
すぐに立ち直って照れ出す。どうも青は、お調子者のようであった。
だけど橙はあえて厳しく言う。
「それでも青はやせなきゃダメ! まずは走る練習から始めましょ。飛ぶ練習はそれが終わってから」
「はーい」
青は大きな笑顔で返事した。
八雲の特訓 その2 スリムになれる走り方
橙は足の速さが自慢である。そして、主の藍も負けず劣らず足が速い。
つまり、八雲一家はみな足が速い……と言い切れないのは、橙の主の主である八雲紫がいるからである。
橙は彼女が走っているのを見たことがなく、いつも優雅にスキマで移動している印象がある。
運動せずにあれだけ寝ていても、太る様子がないのは不思議だった。
今度、藍様に聞いてみよう、と橙は思った。
それはともかく、
「じゃあ、青。まずは私の走り方をよく見てね」
「うん」
橙はそれを合図に、倒れこむように駈け出した。
やがて二足から四足へと走法を変え、トップスピードに達すると、周囲の木々が横に伸びていく。
やがて大樹の近くで急停止すると、突風でざわめいた小枝にはねた雪がかかった。
橙はふうと息を吐いて、小さくなった青の姿に向かって大声で呼びかけた。
「青ー、次はあなたの番よ!」
はーい、と遠くから返事が聞こえた。
ところが、黙って見ていても、一向に青の姿が大きくならない。
二十まで数えて、橙はしびれを切らし、急いで駆け戻った。
「こらー青!」
「ひい、はあ、ひい」
「歩いてないで、ちゃんと走りなさい!」
「は、走ってます~」
「え、走ってるの?」
「はあ、ひい、へい」
確かに、青の表情だけは全速力で走ってるような苦しさを見せていた。
だが下を見ると、青の足はのたのたと進んでいるようにしか見えなかった。いくらなんでも遅すぎる。
横を早足で『歩き』ながら、橙はアドバイスする。
「とにかく、走るコツはいろいろあるけど、大事なのは楽しく気持ちよく走ること。
誰かからお尻を押してもらうような感じで。ほら、やってみて」
「は、はい~。ひい、はあ、ひい」
「笑顔笑顔!」
「は、は~い」
「こっちを見てないで、前を向いて!」
「はい~!」
「うん、いい表情。あとは足を速く動かして……あ」
そこで橙は、青が走るのが遅い原因に気がついた。
「青、足短いね……」
グサッ
聞こえないはずの音が、橙の耳に届いた。
「あ、ごめん! 気にしてた?」
慌てて謝ったが遅かった。青はその場でうずくまり、うくく、と泣き出してしまった。
どうやら橙の式は、お調子者なだけではなく、デリケートな心をお持ちのようである。
これは今後の特訓も苦労しそうだった。
「ほら、うじうじしないで、元気出して。そうだ! 落ち込んだ時は、ご飯を食べると元気になるよ。次の訓練が決まったね」
落ち込む青の背中を叩きながら、橙は前向きな声で言った。
八雲の特訓 その3 美味しいご飯の獲り方
「じゃあ次は、餌の捕り方を教えます」
「えさ?」
「そう。食べ物が取れなきゃ、生きていけないでしょ。あと、里の猫達にも持っていってあげなきゃ」
里とは山奥にある『猫の里』のこと。
もともと橙は、餌付けすることで、『猫の里』の猫と友好的な関係を築こうとしていた。
エサが足りなくなる冬は、特に喜ばれるので効果的である。指ごと噛んでくるのが不満だが。
「それじゃあ、私のやるのをよく見てて」
「は~い」
橙は、にょきっと爪を出した。
「あれ、青って爪あるっけ?」
「ありません」
青の丸い手には、爪どころか、指も一本しかなかった。
橙はその手を眺めて、うーむと考え、
「さすがに、これじゃあ捕まえられないかな……」
「なにを?」
「もちろん餌よ。あ、ちょっと待って」
橙はその場にしゃがんで、雪に耳を当てて、目を閉じた。
しばらくそうして、下にある土の様子を探る。
「…………いたな」
やがて獲物の存在に気がついた橙は、一跳びしてから、ざくざくと雪をかいた。
そうして出来た穴に右手を突っ込み、茶色いものを引っ張り出した。
「よいしょ。んー、ちょっと痩せてるけど、冬だからしょうがないかなぁ」
橙は捕えた獲物を、青に見せてあげた。
ネズミを。
「ぎゃああああ!」
雄叫びをあげて、青は橙の背丈ほども飛び上がる。そのまま主を残して、物凄いスピードで駆けていった。
呆気にとられて、橙は青の去った方向を見ていたが、やがてがっくりとうなだれた。
いい発見と悪い発見があった。
まず、青の足は決して遅くはなかった。
だけどやっぱり、
「青は猫じゃないかも……」
ネズミを怖がる猫なんて、まずいないのだから。
○○○
ネズミから逃げ出した青は、木に衝突したらしく、かぶった雪の下敷きになっていた。
おかげで橙も見つけるのに苦労した。
青は体から雪を払って、申し訳無さそうな顔で、
「……ごめん橙」
「う、うん。ちょっとびっくりしたけどね」
「次は、どんな特訓をするの?」
「次はね……」
そこで、橙の語尾が濁った。
先の特訓により、青が猫ではない可能性が高くなった。
つまりこれで、青が猫だから式にしようという、橙の当初の目論見は大きく外れることになってしまったのである。
さらに青が飛べないことから、ますます式としての青の立場はなくなった。
そしてもう一つ、青を妖怪として認めてもらうには、絶対に避けては通れないものが一つある。
橙は正直、それを青に試すのが怖かった。
「青、これを見て」
橙は懐から『それ』を取り出し、青に見せた。
手のひらにおさまるくらいのカード。
「これなぁに?」
「これはスペルカードっていうの。これを決められた数だけ出して、勝敗を決めるのが、ここでの決闘法。『弾幕ごっこ』っていうの」
「だんまく?」
「見てて」
橙はカードに妖力をこめた。
使用者の願いに応じて、すぐにスペルカードが発動する。
「仙符『鳳凰卵』!」
橙がそれを上にかざすと、空中に大きな赤い弾幕の渦が、次々にできあがった。
青は口を大きく開けて、それを見上げている。
「うわぁ、すごい。花火みたいだ」
「空を飛びながら、こんなふうに弾幕をかわして撃ち合いながら勝敗を決めるの」
「橙はこんなことができるんだ」
「ううん。別に凄くはないよ。弾幕はね、普通の妖怪なら誰でもできることなの。飛ぶのは簡単だし、普通の戦闘よりも使う妖力は少ないから。だから、これができなくちゃ、そもそもまともな妖怪だなんて認めてもらえないの」
「……………………」
その意味に気がついたらしく、青の顔はますます青くなった。
橙も同じくらい心配だったが、あえてそれを口にはしなかった。
「さあ、青。やってみて。まずは弾を出すことからはじめよう」
「…………うん」
「息を大きく吸って」
青は緊張した顔で、息を大きく吸った。
「両手を前にそろえて」
青はまん丸の手を、前方につき出した。
「妖力をためて!」
ぐぬぬ、と青は全身に力をこめ、顔は苦悶の表情に変わった。
「一息で吐く!」
ぶはあ。
青が出したのは、ため息だけだった。
「…………」
「…………」
「もう一回!」
「はい!」
橙と青はもう一度試した。
気合を入れたり、工夫したりして、何度も試した。
しかし、そのうち疲労と虚しさがたまっていった。青の手からは弾が出る予感もない。それどころか、妖力も全く感じられなかったのである。
「やっぱり、青は妖怪じゃないんだ……」
特訓を終えて、今度という今度は、橙も落胆を隠せなかった。これで特訓の意味がなくなってしまったのだ。
もし青が妖怪なら、いつか努力で空も飛べるし、弾幕ごっこができるようになる可能性が残されていた。そして、橙の式として、藍に認めてもらえる可能性も。
しかしそれが今日一日で、すべて消えてしまった。
今朝まであった、八雲を受け継ぐことができるという自信は、これっぽっちもなくなっていた。
橙は尻尾をぶらぶらさせていると、青の口から、意外な一言が出た。
「橙。あの人たちと仲直りして」
「え……」
あの人達というのは、今朝に喧嘩別れしたチルノ達だとわかった。
「どうして今、そんなこというの?」
「妖怪じゃないぼくのせいで、橙は喧嘩しちゃったから」
「…………」
「だけど、ぼくのために我慢しないで。ぼくは式になれそうにないし……橙?」
橙は返事をせずに、後ろを向いてしゃがみこんだ。
青の言うとおりにすることなどできない。
チルノと喧嘩したままだ、というだけではない。
リグルが指摘したとおり、橙は八雲の姓に飢えていた。
幻想郷では泣く子も黙る八雲一家。その一家の中で、橙にだけ苗字が与えられていないのだ。
それは橙にとって、相当なコンプレックスになっていた。
なぜ自分に与えられないのか。まだ若いからか。実力が不足しているからか。どちらも正しいかもしれないが、今の橙にとってどうすることもできない壁である。なぜなら、主の藍は自分よりはるかに年長であり、実力にいたってはその数十倍、あるいはもっと差がある。それに追いつくのは、空の向こうに手を伸ばすような虚しさがあった。
だから橙は、別のことで主達に認めてもらおうと考えた。それが自分の式だ。自分に、言うことを聞いてくれる優秀な式ができれば、きっと主達は認めてくれるはず、自分も八雲橙になれるはずだ、と橙は信じていた。だから橙は、自分の式としてふさわしい存在を、探し続けてきたのだ。
そして、ついに青を見つけた。あんなに偶然が重なって、青と出会うことができたのだ。それに、青は妖怪でも妖精でも人間でもない。橙の式という肩書きがなければ、この幻想郷にいられないだろう。これを考えても、青と自分の出会いは、運命的なものを感じる。間違いなく、青は自分の式になるために、やってきたはずなのだ。
自分が八雲の名を告ぐまで、あと一歩のところに来た。ここで諦めたくない。このまま終わってしまうのは、あんまりにも自分がみじめだったし、まだやるだけのことはやりたかった。
うん、と橙は決めた。
「青、もう一回やろ」
返事がなかった。
「青?」
振り向いた先に、式はいなかった。
雪の上に、丸い足跡だけが残っていた。
「うそ……」
その後を追うこともできず、橙は立ち尽くした。
まさかと思ったが、青は本当に去ってしまった。
「青ー!」
橙の呼び声に答えるのは、こだまだけだった。
ついに友人だけじゃなく、せっかくできた式にまで見捨てられてしまった。
橙は誰もいない空間に向かって強がった。
「…………いいもん。私には藍様がいるから」
自分で口にしてみて、その名前が重くのしかかった。
友達はいなくなっちゃって、式にも見放されて。考えてみれば、今日の橙は、藍の教えを何一つ守ることはできていないのだった。こんなところを見られたら、藍にまで嫌われてしまう。そしたら、本当にまた一人ぼっちだ。
「…………っ」
心に開いた穴に、涙が溜まっていく。
昨日はあんなに素敵な日だったのに、どうして今日はこんなことになっちゃったんだろう。
そんな中、思い出すのは昔の記憶だった。
家族も仲間もいない、孤独の悲しさ。
もうそんなこと長い間忘れていたはずなのに。
○○○
床の上で、目を覚ました。
いつのまにか眠ってしまっていたらしい。今日は夢を見なかった。
橙は山奥にある、猫の里に帰っていた。
廃屋では毛布にくるまり、一人ですすり泣いていたのだ。
本当は誰かに声をかけてほしかったけど、配下の猫達は橙が泣くのを見ても、誰も気にしていなかった。
それが橙の悲しみを深めた。青も彼らも、橙が式だと思った者はみな、自分を見捨ててしまうのだろうか。
一人ぼっちの部屋の中、ふと、壁にかかった、古い鈴に目が入った。
その鈴を見ると、胸の奥がまたしめつけられる。
それは橙の大事な宝物であり、いつかある目的に使うために取っておいたのである。
でもその『いつか』は、本当に来るんだろうか。
二度と来ないということも、ありうるんじゃないだろうか。
そしたら自分は、どうなるんだろう。
…………トントントン
考えにふけっていために、戸を叩く音に、しばらく気がつかなかった。
「……橙、いる?」
その声はリグルだった。
「えーと、見せたいものがあるんだけど、出てこない?」
声の調子から、リグルは自分を慰めようとしてくれているのだとわかった。
嬉しかったけれども、橙は返事をせずに、寝たふりを続けた。
「あのね、起きてるのはわかっているの。だって、家の中の『蟲』が教えてくれるもん」
「…………」
「ちぇーん、返事してよ~」
「…………」
「早く開けてくれないと、凍えちゃうよ~」
わざとらしい声にも聞こえたが、寒さの苦手なリグルだから、本当かもしれない。
だけど念のため、橙は確かめた。
「リグル」
「あ、やっぱりいた」
「……チルノはそこにいるの?」
「えっ。ああいないわよ。でもそのことでやってきたの」
それを聞いて、ますます橙は家に閉じこもろうと決意した。
今の橙が、一番会いたくないのがチルノだった。
今さらどんな顔して会えばいいかわからない。
青が妖怪じゃないことがわかったうえに、その青から逃げられてしまった。
チルノは遠慮無しに、それみたことかと橙を非難するに決まってる。
「ちぇーん、開けてくれないのー?」
とりあえず橙は、耳を塞ごうと努力した。
「すっごい知らせがあるのに」
「………………」
「実はね。今チルノ、青と一緒にいるのよ」
「?」
それは本当に意外な知らせだった。
思わず橙が、床から顔を上げるほどに。
リグルは戸の向こうで話を続けている。
「だから、橙。見に来ない?」
「……いかない」
「橙が見たらきっと喜ぶと思うよ」
「……喜ぶわけないもん」
「ううん、きっと見ないと後悔すると思うんだけど」
「…………見たくないもん」
「気にならない? あの二人が何をしているか」
リグルの話は、それで終わったらしい。
しばらくして、外の足音が遠ざかっていくのがわかった。
橙は毛布をしばらく握り締めていたが、やがて跳ね起きた。
○○○
すでに日は沈んで、空は薄暗い青色になっている。
リグルに案内されて橙がやってきたのは、レティの家の近くの林だった。
「……ほら、橙。見て」
リグルが少し盛り上がっていた雪の後ろに隠れて、向こうを指差した。
そこでは橙にとって、思いがけない光景が繰り広げられていた。
チルノとルーミア、そして青が遊んでいる。
「よーし、いいかんじよ! 最強のあたいにまかせなさい!」
「は~い!」
離れたここからでも、その会話は聞こえた。
チルノが青に命令している、ようであり、青はそんなチルノの言うことを、ちゃんと聞いているようだった。
橙は声が揺れるのを抑えつけて、リグルに聞いた。
「なにしてるの。青とチルノは」
「私達、彼に教えてほしいって頼まれたの。飛び方とか、走り方とか」
橙が一番聞きたくない答えが返ってきた。
そして向こうで繰り広げられている光景は、橙が一番見たくない光景だった。
青は自分以外の者に教えを請い、チルノは喧嘩した自分のことなど忘れている。
おまけに、知らない間に、二人とも仲良くなっていて、今も楽しそうに練習していた。
「………………うぅ」
みじめなのは取り残された自分、かつての青の主で、チルノの友人だった、橙だった。
泣き疲れていたはずの橙の目に、またじわりと涙が浮かんだ。
「…………うぅ~!」
「ちぇ、橙! 泣かないで!」
「…………ひっく、だって、だって二人とも~!」
悲しさと悔しさと情けなさが一緒くたになって、橙は消えてしまいたかった。
何もわかってくれてないリグルも、恨めしいことこのうえない。
そのリグルが、
「あのー、ひょっとして橙、何か勘違いしてない?」
「ひっく……何が?」
「あの二人、橙を忘れてるわけじゃないのよ」
「………………え?」
「二人とも、橙のために頑張ってるのよ。わからない?」
思わず橙は、ぼやけたリグルの顔を見つめた。
リグルは苦笑して、頭を下げた。
「あの……ごめんね橙。私謝らなきゃいけない。青はやっぱり橙の式よ」
まさか、リグルにそれを肯定されるとは思わなかったので、橙はますます驚いた。
「だって、二人ともそっくりだから」
「そ……そっくり?」
「うん。橙もよく、藍様に認めてもらうんだー、って頑張ってるもんね。主のために一生懸命なところがそっくりでしょ」
「で、でも、青は私からいなくなっちゃったんだよ」
「あれ。私は青に、橙に幻滅されちゃったー、って聞いたんだけど」
「ええ!?」
「だからチルノも協力してあげてるのよ。橙と仲直りがしたくて。あのあと、青に橙を取られたうえに橙に嫌われたー、ってチルノはすっごく落ち込んでいたのよ」
「ち、チルノが?」
「うん。そこに青がやってきて、私達に事情を話してくれたの。そうしたらチルノが、『あたいが協力するわ! 橙にあんたが式だって認めさせる!』って張り切って……」
すとん。
と、理解の石が、橙のお腹に落ちた。
その反響は、胸を通り抜けて、橙の頬にまで上ってきた。
「……それで今は二人とも仲良し。あとは橙を迎えに行くだけだって、話してたの。……あはは橙、顔が赤いよ」
慌てて橙は顔を撫でたが、火照りはおさまらない。
あの光景が、橙にとって一番嬉しくない光景から、一番嬉しい光景に変わっていたから。
さっきまでの橙は、自分が情けなくてたまらなかった。自分が主として本当にダメで、誰からも嫌われたと思い込んでいた。
でも今では、それこそ本当に恥ずかしいことで悩んでいたのだと気づいた。
本当は彼らが、橙に見捨てられたと思っていたのだ。そしてあの二人は、自分のためにずっと頑張ってくれていたのだ。
その間、自分は一人で落ち込んで泣いていただけだったのに。
嬉しさと恥ずかしさで、頭がパンクしそうだった。
橙はうろたえて、隣で顔をほころばせているリグルに聞いた。
「ね、ねえリグル。私どうしたらいいかな」
「ええ? それは私に聞かれても」
とそこで、遠くでチルノのかけ声がした。
「ほら青! 追加のネズミを見つけたわ! ダーッシュ!」
「ぎいゃああああ! ネズミ、ネズミ怖い~!!」
無茶な特訓をさせるチルノに追い立てられて、青は猛スピードで、橙達の元へ走ってきた。
「あっ」
そして、見事に転んだ。
橙とリグルは、白い雪布団を思いっきりかぶった。
「あ…………」
「……………」
「ちぇ、橙。ごめんなさ~い」
青が申し訳なさそうな顔になる。
橙は頭をぶるぶると振って冷たい雪を落とした。
ついでに気づかれないように、目をごしごしとこすって、
「青!」
「は、はい」
怯えている青に向かって、橙はくすっと笑い、
「すごくよくできてたよ。びっくりしちゃった」
「ほ、本当に!?」
「うん、本当だよ。それでこそ……」
橙は勇気を出して、続く言葉を言った。
「それでこそ、私の式ね」
「橙~!」
そこで青はウルウルと泣き出した。
――藍様! どうでしたか!?
――うん! よくできました。
――本当ですか!? 本当にうまくできてましたか!? 藍様!
――本当よ。それでこそ、私の式ね
橙は、藍と自分の会話を思い出していた。
そうだった。
藍は叱ることはあっても、決して未熟な自分を見離したりせずに、根気よく付き合ってくれた。
でもそれは、藍の主のためではない。いつも彼女は橙のことを考え、橙のために骨を折ってくれていたのだった。
今の自分は式じゃなくて、主なのだ。藍に認めてもらいたい自分のためにではなく、青のために何かしてあげなくてはいけなかったのに。
――ごめんね、青。教えてくれて、ありがとう。
感涙している式を、小さな主は抱きしめて、よしよしと撫でてあげた。
いつも、大好きな主がそうしてくれたように。
よく知っている光景だけど、全然違う感じなのが、妙な感触だった。
でもちょっとだけ、藍の気持ちが分かるような気がした。
「あの……橙」
そして、もう一人。
橙の親友が、そばに近寄っていた。
「チルノ……」
橙は青を置いて、立ち上がった。
その氷精は、口をへの字にして、橙を見ていた。
「チルノ……その……」
本当になんてことを言ってしまったのか。
橙はすぐに謝りたかったが、その一言がなかなか出てこなかった。
もう意地なんて残ってはいない。あるのは不安だった。
どうしよう。チルノは許してくれるだろうか。
自分はひどいこと言ってしまったから。
彼女が妖精だとか妖怪だとか、そんなこと全然関係の無いことだったのに。
もともと妖精から仲間外れされていたチルノを受け入れてから、彼女はずっと自分を頼ってきたのに。
まだあんなに怖い顔をしている。
もし仲直りできなかったら、どうしよう。
そうこう橙が悩む間に、チルノは一歩一歩近づいてくる。
一発殴られることすら覚悟して、橙は目をつぶった。
チルノは橙を抱きしめた。
「ひゃぃっ!?」
予想外の行動と、その冷たさに、橙は悲鳴をあげる。
耳元でチルノが、大きな声で叫んだ。
「心の友よー!!」
……………………。
チルノが真っ赤な顔をして、青に怒鳴った。
「ちょっと青! 本当にこれでよかったの!?」
「ふふふ、大丈夫」
「で、でも、橙は固まってるだけじゃないの!」
そのとおり。あまりのことに、橙は石化していた。
「ねえ、あれ何なの?」
「青が教えてくれた、仲直りのおまじないだよー」
「そ、そうなんだ」
リグルの質問に、ルーミアが答えてあげている。
どうやらこれは、青の案だったらしい。
「やっぱりだめじゃん! あたい帰る!」
涙目で離れようとしたチルノを、橙は逃がさなかった。
チルノに負けないくらい、力いっぱい抱きしめる。
そして叫んだ。
「心の友よ!」
今度はチルノが硬直した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「「……ごめんね」」
「…………?」
「…………?」
「……ぷっ」
「……ふふ」
間近で顔を見合わせあっていると、おかしさがこみあげてきて、
「あははははは!」
二人は笑った。そこにリグルと青、ルーミアも加わって、みんなで手をつないで大笑いした。
それはいつしか、鬼ごっこと雪合戦とプロレスが混じった、変な遊びになっていた。
だけどこれで二人は、ごく自然に仲直りできて……
「あたいの方が、『ごめんね』が早かったわよ」
「え、私の方が早かったよ!」
「あたいだってば!」
「私だよ! 絶対に私が早かった!」
「橙は耳が悪いのよ!」
「悪くないもん! チルノのバーカ!」
「なによ、橙のアーホ!」
「ちょ、ちょっと何でまた喧嘩してるの!」
「やめてやめて」
リグルはチルノを、青は橙を羽交い絞めにした。
ルーミアだけが、二人とも仲良しなのだー、と微笑している。
いや、そしてもう一人。
「みんなー、今日はチーズフォンデュよー」
そこに、西洋鍋が似合う冬の妖怪が、晩ごはんの用意を知らせに来た。
○○○
迷宮の中を、橙は走って逃げていた。
白く冷えた壁が、左右に続いている。道は上がったり下がったり、曲がりくねっていたりして、橙は何度も足止めされた。
出口のない恐怖に、橙の動悸は加速していく。
走って走って、曲がり角を回って、
「しまった!」
こっちは行き止まりだった。
引き返そうにも、後ろからは追っ手の気配がある。
橙はきょろきょろと見回して、壁に抜け穴があるのを発見した。
「とうっ!」
と、迷わずその穴に体を滑り込ませて、
「つかまえた!」
「うにゃ!」
待ち伏せしていた者にタックルをくらって、橙はすっ転んだ。
それはチルノだった。
「やったー!!」
「いてて、あー捕まっちゃった!」
「わー、橙が捕まったのって久しぶりだよねー」
曲がり角から現れたのは、橙を後ろから追っていたルーミアだった。
鬼ごっこの名手の敗北に、目を丸くして拍手している。
「ふん! あたい達の連携プレーの勝利よ!」
腕を組むチルノも得意げである。
そのお尻の下でつぶれていた橙は、顔を上げてニヤリと笑った。
「チルノ。連携プレーなら、私たちも負けてないよ」
「え?」
ドーン。
と遠くで何かが倒れる音がした。
橙が「やった!」と、寝そべった体勢でガッツポーズする。チルノとルーミアはきょとんとしている。
やがて、審判役のレティの声が、上から降ってきた。
「青が最後のフラッグを倒したわよ。つまり、チルノ・ルーミアチームの負けね」
「ええー! そんなあ!」
チルノとルーミアの、無念の叫び声があがった。
橙とチルノが仲直りしてから二日たっていた。
ただいま皆が熱中しているのは、本日初考案のお遊戯、『迷路で鬼ごっこ』だった。
使う場所はレティの家の側に建造された、雪でできた大きな迷路である。
迷路には怖い顔の入り口があり、上からのぞいてみると、行き止まりや抜け穴がたくさん設けられているのがわかる。
そこを、空を飛んじゃだめだというルールで、場内に立つ四つのフラッグを目印に、子役と鬼役に分かれて鬼ごっこをするのである。
子は鬼の追撃を逃れて、四つのフラッグのうち、二つを倒せば勝ち。鬼は子を全員捕まえたら勝ちである。
最初の対戦で、橙と青とリグルは子役であり、リグルは早々に捕まってしまっていた。 その後にエースの橙が、フラッグを一つ落としたが、ルーミアとチルノの挟み撃ちをうけて捕まってしまった。
しかし、最後に残った青は、それまでの橙の指示で、フラッグの近くにあった落とし穴の下に隠れていたのである。
橙はあえて目立った動きをして、二人を引き付けることに成功したのだった。
青はリグルと一緒に、ぺたぺたと足音を立てて戻ってきた。
「橙、どうだった?」
「うん、よくできたね青!」
橙の褒め言葉に、青は嬉しそうにうなずいた。
何のことはなかった。青が仲間になって遊べないというのは、単に工夫が足りなかっただけだということに、四人は気がついたのである。逆に、青でも参加できる遊びを考えることで、今まで想像できなかった遊びがいくつもできた。そして、その多くは青が考えてくれた。
青は遊びの天才というにふさわしかった。橙達が考えもしない奇抜な発想で、面白い遊びを考えてくれる。
特にこの『迷路鬼ごっこ』は、冬にしかできない新たな遊びであり、スリル満点であった。
そして何よりも、青自身が人気者だった。
「よーし! 青! 次はあたいと組むわよ!」
「うん。よろしくチルノちゃん」
「じゃあ今度は青が相手だね。主に勝とうなんて十年早いよ青!」
「ふふふ、お手柔らかに、橙」
青はふくみ笑いをして、橙と拳を合わせた。
橙の式はちょっと変わっていて少し臆病だったけど、実は明るくて、みんなと同じく、怒ったり笑ったりできる子だった。
でも人気の理由はそれだけじゃない。なぜか『子供』は、青に懐くのだった。
橙はもちろんのこと、最初は嫌っていたチルノも、今では大の仲良しである。ルーミアは青のつるつる頭が気に入っているようだったし、リグルは冬の自分より変な格好をした青に、いつも興味津々に質問していた。
そんな風に懐く『子供』を前にした時の青は、まるで大人妖怪、例えば藍が橙にするような、深い笑みを浮かべていた。
みんなのちょっとした癇癪も受け入れてくれて、誰かが喧嘩したら、ちゃんとなだめてくれる。
まるでそうやって、昔から子供たちを見守っていたかのように。
だから、
――私が主なんだから、私がしっかりしなくちゃいけないんだ
と思いつつも、
「ほーら青! こっちこっち!」
「わっぷ!」
鬼役であった橙が、青に体当たりして、迷路の外に押し出す。
そして雪原に落っこちる青に向かってダイブし、そのお腹にどすんとボディプレス。
こんな感じで、主の橙も、青の包容力に甘えてしまうのであった。
さらに、青の脚は遅いままだったけど、逆に青の協力無しにはできない遊びもあった。
それが、シーソージャンプである。
「青ー! いいわよー!」
「よーし、いくぞぉ」
青が高台から、氷で固められた長いシーソーに飛び降りる。
その反対側に座っていたチルノは、うぎゃああああ、と喜びの悲鳴をあげて飛んでいった。
「次は私ー!」
「は~い」
青が再び、雪造の階段を、よいしょ、よいしょと懸命に登る。
その後ろ姿もまた可愛くて、下で眺めている橙とルーミアも退屈しない。
青がシーソーに飛び降りて、今度はリグルが、きゃあああああ、とやはり悲鳴をあげて飛んでいった。
このシーソージャンプは、チルノの力で頑丈な氷に固められた木のシーソーと、青の体重があって可能な遊びだった。
自力で飛べる妖怪や妖精にとって、シーソーの力で無理やり飛ばされるというのは、ものすごいスリルと爽快感が得られるのだ。
「よーし、次は青を飛ばすよ!」
「どうやってー?」
「大丈夫、皆でやればできるよ!」
というわけで今度は、橙とチルノとリグルとルーミアが、揃って高台に上った。
青はシーソーの反対側で不安そうである。
「ねぇ橙。青は飛べないから、危ないんじゃないかな」
「あ、そっか……」
「大丈夫よ。あたいが飛んだときも、あのふかふかの雪の上に落ちたし」
チルノが指差す先には、新雪が降り積もった原っぱがあった。
その真ん中には、両腕を広げたチルノの『型』ができている。
「よーし、じゃあいくよー青!」
「うん、いいよ~!」
「せーの!!」
四人は一斉にシーソーに飛び降り、青はその反動で見事に飛び上がった。
だが、
「あれ? ちょっと飛距離が……ってああああ!」
四人が悲鳴をあげる中で、青が逆さまに落ちていく。
なんと、飛距離が足りていなかったために、その体は原っぱの手前にあった『かまくら』に向かっていた。
そして、そのかまくらの中では、レティが鍋の準備をしていて……。
ごっしゃん
突如飛んできた青い砲弾によって、白いドームは粉々に破壊された。
○○○
とりあえず五人は、本気で怖かったレティさんに全力で謝り、かまくらを作り直した。
そしてアクシデントにもめげず、少し遅めのお昼ご飯が始まった。
本日の献立は、趣向を変えて、きりたんぽ鍋。
かまくらの中で熱々のを食べるのが美味しい……はずなのだが、チルノはわざわざ凍らせてシャーベットにして食べていた。
蛍のリグルは、汁を少し味見するのみ。
その分、食いしん坊のルーミアと青は、次から次へと競争するように食べている。
橙は苦笑して、
「青、もっと落ち着いて食べなよ」
「もぐもぐ、ごめんごめん……アチチ!」
「ほらもー、急いで食べるからでしょ」
橙としては、青が自分と同じ、『猫』舌だということも、大発見であった。
もちろん低温のスペシャリストが二人もいるので、橙も青も適度に冷めたきりたんぽを食べることができる。
「ってチルノ! これ冷やしすぎだよ!」
「あれ、ちょっと強すぎたかな。じゃあそれ、あたいにちょうだい」
「ええ!? ずるいよそれ!」
「まだまだあるから、心配しなさんな」
レティは、きりたんぽを奪い合う橙とチルノを、笑っていさめた。
食べ終わってからは、かまくらの中で楽しいおしゃべりだ。
話題はなんといっても、新たな仲間の青についてだった。
「……じゃあさー、青の能力ってなんなのかなー」
「うん、私も気になる。きっと何かあると思うんだけど」
「待って、あたいが当ててやるわ。きっと、頭が固い程度の能力よ!」
「……それって慧音さんだよね」
リグルの突っ込みに、どっと笑いが起こった。
「笑顔が素敵な能力とかじゃないかしら~」
「いやあ、それほどでも」
「頭を撫でるのが気持ちいい程度の能力とかー」
「あはは、それはルーミアだけじゃん」
「わかった! きっと、お腹から怪獣が出てくるのよ! ほら、このおふだ!」
「ギィャハハハハ!!」
札をはがそうとするチルノにお腹をくすぐられ、青は豪快に笑った。
実は橙も、青のお腹の『御札』が気になっているのだった。果たしてその下には、一体何があるのか。
自分達の力では無理だったが、主の藍に頼めば外してもらえるかもしれない。
ルーミア達の言うとおり、青にはまだ秘密がありそうだった。
「ねー、橙は何だと思うー?」
「もう、そんなのいいの。青は青だもん。そして私の式で、もうこれは変わんないよ」
それは橙の本心だった。たとえどんなに駄目でも、正体が妖怪じゃなくても、橙は優しくて面白い青のことが心底気に入っていた。きっと青となら上手くやっていける、自分を主としても成長させてくれると、今では確信している。これからは何があっても二人で、いや主の藍や紫も、友人達も含めて、ずーっと一緒だ。
「だから、藍様に会わせた時も、胸を張って言えるよ。『藍様、彼が私の式の青です!』って」
「藍さんが許してくれるといいね」
「うん!」
気分良く返事をしながら、橙は飛べない青を、どうやって八雲の家に連れて帰ろうか考えていた。
「あれ? 誰か飛んでくるよ」
リグルが、かまくらから顔を出して言った。
「ミスチーだ」
「そうだった。ミスチーにも、青を紹介しなくっちゃ」
ミスチーとは、橙達の遊び仲間の一人で夜雀の妖怪でもある、ミスティア・ローレライのあだ名である。
六人はぞろぞろと、かまくらの外に出た。
遠くの空に見えるミスティアに向かって、やっほー、と手を振る。
「あれ? でも何か様子が変だよ」
「本当だ、何かふらふらしている」
いつものミスティアと違って、飛び方がおぼつかない。
まるで酔っ払っているようであった。
「…………何かあったようね」
レティがそれを見て家の中に戻る。
残った五人はよくわかっていなかったが、その姿が近づくにつれて、状況がわかった。
「……たいへん! ミスチーが!」
近づいてくるその夜雀の片腕は、妙な方向に曲がっていた。
○○○
よたよたと倒れこむようにして下りてきたミスティアに、みんなは慌て泣きしている中、レティの行動は迅速であった。
すぐに家の中には寝かせるベッドが用意され、五人はミスティアの躯を素早く、かつ慎重に運んだ。
ベッドで寝ているミスティアは、全身に傷を負っていたが、意識はあった。
話かけたがる橙達を、疲れさせてはいけない、とレティに部屋から追い出した。
やがてしばらく待ってから、レティが部屋から出てきた。
「レティ……ミスティアは」
「大丈夫。腕は折れているけど、ミスティアは強い子だから」
まず心配そうに聞いたリグルに、レティは答えた。
部屋に安堵のため息がもれた。
「でもどうして、ミスティアはあんなに怪我してたのー?」
ルーミアは首をかしげて聞いた。
妖怪の回復力はすさまじい。よほど致命傷でない限り、たとえ足が一本吹き飛んでも、十分な時間をかければ回復する。
だけど問題は、ミスティアが多くの傷を負っていたということであった。弾幕ごっこならば、あそこまで傷つくということはない。ミスティアは明らかに、多勢によって攻撃されのである。
「ミスティアの意識は回復しているわ。でもまだ安静にしていなきゃだめ。その前に、私が本人から聞いた状況の説明をするから」
レティはいつにない真面目な顔で説明を始めた。
「ミスティアは今朝、『妖怪の山』に行ったの」
「山に?」
「ええ、川の八目鰻の様子を見にね。山の少し深いところだったらしいけど……」
○○○
その日、ミスティアは早朝の山を飛んでいた。
夜雀には似合わない時間帯であったので、自然と歌の内容も変わっている。
「朝の鳥ぃ♪ 朝の歌ぁ♪」
「そこのお前―!」
「人は朝日に……って何?」
ミスティアは歌を止めた。
大風が吹いて現れたのは、天狗の集団だった。鴉天狗と白狼天狗二人。
どれもミスティアの記憶にない天狗だ。
「こんなところで何をしている」
「何って、八目鰻を見に来たんだけど」
「なら下流で捕れ」
「今の時期はみんな上流で冬眠しちゃってるのよ。でも冬の八目鰻も格別だから」
ミスティアは調子の良い笑みを見せて、手を合わせた。
「というわけで、捕らせてちょうだいな。屋台に来てくれるなら、お安くしとくよ」
「どうしますか」
「かまわん、やるぞ。アレを見つけ出すまでは、邪魔でしかない」
「あ、やる気なのね」
ミスティアが不敵に笑って、スペルカードを取り出す。
しかし、男の白狼天狗が取り出したのは、棍棒であった。
「は? なにそれ」
ミスティアが呆気にとられていると、いきなり天狗はミスティアに殴りかかってきた。
「え、ちょちょっと待って……ってきゃあ!」
棍棒をかわしたミスティアは、次に飛んできた鞭を、腕でガードする。骨が折れる鈍い音がした。
尋常ではない空気に、痛みをこらえて慌てて逃げ出すも、他の二人の天狗に素早くとり囲まれる。
彼らは宣言もせず、ミスティアに弾幕を、至近距離で両側から叩き込んだ。
「うっ……!」
とてもかわせるようなものではなかった。
全身を打つ痛みに、ミスティアの意識が遠くなっていく。
「……あの足でも…」
「……下りられるはずはない。必ず山に……」
「……様がしびれを切らす。なんとしても見つけ……」
ふらふらと飛んで逃げ帰るミスティアに、その会話の断片が聞こえた。
○○○
レティの話を聞いて、橙達は唖然としていた。
あまりにも酷い話だった。今の幻想郷で、そんな一方的な暴力が許されるなんてことがあるんだろうか。
「まあいずれにせよ、ミスティアが攻撃されたのは、邪魔な侵入者だから。どうやら貴方達がこの前に山で受けた警告が、エスカレートしているみたいね」
次の瞬間、部屋中で憤慨が爆発した。
「落ち着いてみんな」
「落ち着いてなんていられないよ! いくらなんでも横暴すぎるでしょ!」
「そーだそーだ! 無茶苦茶だー!」
「天狗めー! 今度こそ、あたいがギッタギタにしてやる!」
「落ち着いてみんな」
「ミスチーの敵を討とう!」
「そーだー、天狗をやっつけろー!」
「おー!」
とそこで、部屋の温度が、『物理的に』一気に下がった。
家具がパキパキと凍りつくにつれて、喧騒が急速にしぼんでいく。
正体はレティの寒気だった。
「落ち着いてちょうだい。怒ってるのは私も同じなんだから」
「でもレティ……」
「まず状況を確認しなきゃ。つまり、山の天狗達は、いまだにその本命の侵入者とやらを、見つけ出そうとしているということよ。彼らにとってよほど重大なものみたいね」
レティはそこで一拍置いた。
部屋中の視線が、奥で座る一人に集中した。
二日前に突然山に現れた、正体不明の存在……
青だった。
橙は蒼白になって、その視線から守るように立ちはだかった。
「だめだよ! 青は渡さない!」
橙は断言した。
それにリグルが不安げな声で、
「でも橙。天狗が探しているのが青だとしたら、ミスティアは……」
「違うよ! 青はそんなおっかない妖怪じゃないもの! きっと人違いだよ! それにたとえそうだとしても、青は天狗になんて渡さない!」
「そうよ! なんだかよくわかんないけど、あたいも青を天狗達に渡すなんて全然納得できないわ」
「チルノ!?」
氷精は腕を組んで、堂々と橙の意見に賛成している。
思わぬ味方の声に、橙は嬉しくなった。
そこでリグルが慌てて、
「ちぇ、橙、誤解しないでよ。私だって、ミスティアがやられて怒ってるけど、でもそれは天狗達に怒っているんだから。だって、青はとっても性格がいいし、遊んでいて面白いし」
「私はミスティアの味方だしー、青がいなくなったらつまんなーい」
「リグルもルーミアもありがとう!」
最後にレティに視線が集まった。
彼女はふふふ、と笑って、
「どうやら皆の意見は一致したようね。私も同じよ。青がその侵入者だったとしても、天狗に引き渡すのは納得できないわ。橙の言うとおり、もうすでに私たちの仲間だしね」
「うんレティ!」
橙は力強くうなずいて、立ち上がった。
「天狗や河童の人達なんかに、青は渡さないよ! 山にだって連れていかない! 青は私の式で、皆の仲間だから! すぐにでも藍様のところに連れて行って、守ってもらう! 反対する人はいる!?」
橙が見渡した。
もちろん、誰も手を上げるものは……
え?
大きなお団子のような手が上がるのを見て、橙は当惑した。
「あ、青?」
唯一部屋の中で手を上げていたのは、当事者である青だった。
それを見つめる誰もが、呆気に取られている。
「青? 青は反対なの?」
青はうなずいた。
「あたい達が仲間だと、青は思ってくれないの?」
「天狗の方に賛成なの?」
「藍様に会いたくないの?」
いずれの問いにも、青は首を振った。
蚊のなくようなか細い声で、
「……天狗の人達が探しているのは、間違いなくぼくだと思う」
「どうして?」
「……天狗から逃げ出したことを、なんとなく覚えてるから」
皆が言葉を失う中で、橙だけはホッとした。なんだそんなことか、と。
「青。私たちは青を売る気なんてないし、青も気に病む必要はないよ」
静かに、安心させるように、聞かせる。
それでも、青の沈んだ顔は変わらなかった。
「ぼくは……別の世界から、この世界にやってきたんだと思う」
「うん、それはわかるよ」
「ぼくは帰らなくちゃいけない」
「え?」
何かの聞き間違いだと思った。
「青、今なんて言ったの?」
「僕は元の世界に帰らなくちゃいけない」
足元が失われたような感覚が、橙を襲った。
「呼んでるんだ」
「呼んでるって……誰が?」
「僕の……本当の主が」
本当の……主?
あ、青、何を言ってるの?
それは言葉にならずに、橙の喉の奥で詰まった。
青は橙を見ながら、言いにくそうに続ける。
橙にとってはあまりに残酷な、思いつめた口調で、
「橙。ぼくは、向こうの世界でも『式』だったんだ」
誰もが見つめる中、青はのろのろしただみ声で、その秘密を明かした。
「そして、僕の主が呼んでいる。ぼくは、主のもとに帰らなくちゃいけないんだ」
○○○
最初に口を開いたのは、レティだった。
「青。それは、貴方の記憶が戻ったっていうこと?」
「……ううん。まだ少ししか……思い出せない」
「ひょっとして、さっきかまくらで頭を打ってから」
「……かもしれない」
青は頭を押さえながら、うめいている。
次に質問したのは、リグルだった。
「呼んでるって、青にしか聞こえていないってこと?」
「うん……。でもそれは、ここに来た時から、ずっと聞こえていて」
「それが、外の世界の主さんってこと?」
「うん……」
「でも、どうやって帰るの?」
「あの山に登りたい。あの山にある……大きな穴みたいなところから、僕はここに来たから」
「じゃあ、青は天狗のところに行くのー?」
そう聞いたのは、ルーミアだった。
だが、天狗と聞いて、青は少し身震いした。
「……天狗には会いたくない」
「どうしてー?」
「……怖いから」
「どうして怖いのー?」
「……思い出せない」
橙の思考が止まっている中で、勝手に話が進んでいく。
次はチルノの番だった。
「よくわからないけど、天狗には会いたくないけど、青は山に戻って、そこから外に帰りたい、ってこと?」
「……………………うん」
その一言が、橙の胸に突き刺さった。
そして、彼女の式は、絶対に言ってはいけないことを、言ってしまった。
「だから、ぼくは橙と一緒には行けない。橙の式にもなれないんだ。ごめん……」
罪を告白するような口調だった。
そして、それは橙にとって、まぎれもない大罪だった。
「駄目だよ!」
橙は悲鳴に似た声で、猛反対した。
「そんなこと絶対に許さないよ! 青は私の式でしょ!」
噛み付くような声で、青を責める。
「でも橙、青は元の主が呼んでいるって……」
「そんなの、嘘に決まってる! 青は私の式だもん!」
「だから橙、青が言うには、もっと前の主なんだってば」
リグルの指摘を聞いて、橙は歯軋りした。
そして、青が傷つくこともお構い無しに、ある事実を突きつけた。
「青、何で青がこの世界に来たんだと思うの? 青が『幻想入り』したからだよ。だからきっと、向こうにいる主も、青のことなんて忘れちゃってるよ!」
「うぅ……」
青はついに泣きだした。それがまた、橙の焦りと悲しみを、大きくした。
「どうして泣くの、青。私と別れるのが辛くないの?」
「…………ぐすっ、橙と別れたくない」
「じゃあどうしてなの! 本当の主が、外の世界にいるから? でも私だって、青の主なんだよ!」
橙もいつしか、しゃくりあげていた。
「せっかく……私の本当の式に会えたと思ったのに……青となら絶対……仲良くできるって」
「……………………」
「主としてやっていけるって……頑張れるって思えたのに……青がいなくなっちゃったら……私……」
すがるように、もう一度だけ、橙は声を待つ。
だが、青の返事は、橙の期待からはほど遠かった。
「…………ごめん。橙」
その一言に耐えきれず、反射的に、橙の体は家を飛び出そうとした。
「橙、許してあげたらどうかしら」
タイミングよく言葉が滑りこみ、足が引きとめられた。
言ったのは冬の妖怪だった。
橙は涙に濡れる目で、彼女を睨みつけた。
「レティまでそんなこと言うの!? ひどいよ!」
「でもよく聞いて」
「聞きたくない!」
橙は感情の赴くままに、泣き喚いた。
「レティにだって、他のみんなにだって、わからないよ! 式と離れちゃうことが、どれだけさびしいことか! だからそんなひどいことが言えるのよ!」
「橙、聞いてちょうだい」
「嫌だって言ってるでしょ!」
「そうね。貴方の言うとおり、私にはわからないわ」
「そうだよ……! 私にしか……わかんないよ!」
「うん、その通りよ。主であり式でもある、橙にしか分からないことだものね」
「…………?」
不思議な言い回しだった。
レティが何を伝えたいのかが、よくわからない。
「この子は、橙と別れたいわけじゃないわ。元の主に会いたい。そして、それ以上に元の主を寂しがらせたくないのよ。そうなのよね、青」
大粒の涙を流しながら、青はこくり、とうなずいた。
「私にはその気持ちはすべて理解できないわ。でも、橙なら分かってくれるはず。式が別の世界に行ってしまった時、誰が一番悲しむかを知っているから」
「だからそれは、わた……!」
し。
と叫びかけて、橙は止まった。
ある光景が大波のように橙をさらっていき、取り乱した心を落ち着かせていく。
見てしまったのだ。
式がいなくなり、一番悲しんでいる、その誰かを。
「……それは……私……」
違う。その光景にいるのは私じゃない。
私じゃなくって、それは
金の尻尾が、寂しげに揺れている。
自分を呼ぶ声が、響き渡っている。
泣きながら、声を嗄らしながら。
自分の名を何度も何度も、諦めずに呼び続けて。
…………藍様。
それは、橙にとって一番大切な、主だった。
妖怪の山から八雲の実家に帰ると、藍はいつも喜んで出迎えてくれる。特に、冬の季節はそうだった。
藍は黙っていたが、橙はその理由を知っていた。
紫が冬眠している間、独りでいるのが寂しいのだ。
だから橙は冬の間、よく藍の元に帰ることにしている。
そんなささやかなことで、主が驚き、嬉しそうな顔になるのが好きだから。
自分がいない間、主がどんな顔をしているだろうと思うと、心配でたまらなくなるから。
……青が……私だったなら。
自分がもし、青のような状況に陥ったとしたら、どうなるか。
知らない世界に、一人ぼっちで迷い込み、記憶を失って、ただ主の呼び声だけが聞こえて。
彼女の元から、永遠に自分が消えてしまったら、藍はどう思うだろうか。
そんなことは分かりきっている。
藍は自分を呼び続ける。泣きながら呼び続ける。
たとえ声が届かなくても、いや、届かないはずがないのだ。
だって式と主なのだから。どんなときも一緒なのだから。
そこに、かけがえの無い絆があるのだから。
そして橙だって、決して藍の声を忘れたり、聞き逃したりするはずがない。
どんな世界に飛ばされたって、どんな目にあったって。
藍の元に、帰ることを諦めたりするはずがない。
絶対に。
「青……」
みなが黙って見守る前で、橙は青に聞いていた。
自分でも驚くほどの、穏やかな声で、
「主に……青の本当の主さんに、会いたいの?」
「………………うん」
「あの山からじゃないと帰れないの?」
「………………うん」
「呼んでるのが、聞こえるの?」
「………………うん」
青はまだ後ろめたそうにしていたが、橙の質問から逃げたりはしなかった。
「…………そっか」
涙を袖でぬぐって、橙は微笑した。
自分の腹は決まった。
「決めたよ。ありがとうレティ。私、青を許してあげる」
青は勇気を出して、言ってくれた。
今度は主の私が、勇気を出す番だ。
「それだけじゃないよ! 私、青を助ける! 外の世界に帰してあげるからね!」
それが、橙の出した答えだった。
青が驚いて、橙の顔を穴の開くほど見つめた。
「ほ、本当!? 橙!」
「もちろん本当だよ! だって、青一人で行かせるわけにはいかないでしょ!」
「でも、ぼくは橙に……」
「つべこべ言わないの! こっちにいる間は、青は私の式! そして、式の面倒を見るのは主の役目でもあるんだから!」
「橙……!」
「返事は『はい』でしょ! 一緒に行くよ、青!」
「ありがとう~橙!」
青は橙にしがみつくようにして、涙を流して喜んだ。
それは橙に、当たり前の真実を気づかせてくれる。
――青は、外の世界の主さんの式かもしれないけど、私の式でもあるんだよね
この気持ちに嘘はない。そしてそれは、きっと青も一緒だった。
「橙。それって、天狗達に青を引き渡すってこと?」
「そんなことしないよ! 青が天狗を嫌がってるんだもん。見つからないように、こっそり帰してあげるの。大体天狗達は、何たくらんでるんだか、わからないし!」
「でも、橙はかくれんぼじゃすぐに見つかっちゃうよ。それに、青の足じゃ逃げてもすぐに捕まっちゃうんじゃない?」
「うっ」
リグルの鋭い指摘は、まさに正論だった。
橙は意気をそがれて、何か方法が無いか考え込む。
「じゃあいい案があるよー。私が青の頭に乗っかるのー」
その声は、ルーミアのものだった。
橙も青も、驚いて振り向いた。
「私が青の大きさだけ真っ暗にしていれば、ばれないと思うよー」
「ルーミア、ついて来てくれるの?」
「うん。いいよー」
ルーミアはいつもののん気な笑顔で、快諾してくれた。
そこでチルノも、椅子を蹴倒して立ち上がった。
「あたいも行く! ただの妖精じゃないってことを、山の天狗に思い知らせてやるわ!」
「本当に!? チルノ!」
「チルノちゃん~」
そこでリグルが、軽く咳払いした。
「今は冬だから、あんまり役にたてないかもしれないけど、私も手伝うよ橙」
「リグルも…………」
「ミスティアの敵も討たなきゃいけないし、山の人達に悪戯するのは楽しそうだからね」
口調は軽かったが、リグルの目は真っ直ぐに橙を見ていた。
「今日の天気は曇りね。雪がないから姿は隠しにくいけど、ここのところ晴れ続きだったし、青が歩くにはちょうどいいはずよ。
私はミスティアの看病がてら、みんなのご飯を用意して、待ってるわ」
最後にレティが、帰る場所を約束してくれる。
これで目的が、再度一致したのであった。
橙の意気が、皆のエネルギーに乗って、ぐんぐん上昇していった。
式だけじゃない。自分にはこんなに誇れる仲間がいる。これならどんなことだって、やり遂げることができるはずだ。
その思いを胸に、精一杯大きな声で、橙は感謝の言葉を述べた。
「みんな、ありがとう!!」
「ありがと~!!」
その式のかすれ声も、主の声に負けていなかった。
幻想郷のパワーバランスを、大きく揺るがしかねなかった大事件。
それに立ち向かったのは、八雲の式の式と、式の式の式、そして仲間達であった。
(つづく)
紫狸説は他で見たことあったが、
身長129.3cm体重129.3KgBWH129.3cm生年月日西暦2112年9月3日の奴が出てくるとは想定外にも程がある。
前編の時点で涙がポロポロしてきた。
この部分で思い切り吹きました w
主人はN・Nの超劣等生
俺たちの知ってるあのだみ声のDはもう幻想入りしちゃってるかもね、、、、
出てきたのは青ダルマ。驚愕しましたww
そして最後の方は完全に馴染んでいるのがなんともww後編に行ってきます
やっぱりあいつだったかw
どちらも好きな作品なので嬉しいですw
一見すると色物企画っぽいのに、読んでいくうちに不覚にも涙腺が緩みそうになるあたり、さすがとしか言えませんね。
早速後編を読んでこようと思います!
しかしDが出てくるまでに、Dネタを散りばめて伏線としているのは素晴らしい
ドラえもんは、デフォルトで数ミリ浮いてるから、足はそこまで遅くないはず
◯◯◯◯ーーーーーーん!!!
素晴らしき道具の数々で空を自由に飛べるし透明になれたり空間移動できたり壁抜け出来たり弾を跳ね返したり小さくしたり…むしろバリヤーポイントで充分じゃないかなw歴史も無かったことに出来るし最強に近いんじゃないかw
あ、でもナズーリンに問答無用で負けるかw
お腹痛いwww
橙が大好きなので、彼女の仕草や成長を文章を通して見つめることが出来て至福です。
バカルテットもレティも八雲一家も、悪役の妖怪たちもいい味出している。
絵心の無い自分でも、漫画にしたいなあと思ってしまうぐらい素敵です。
ミスティアをボコッた天狗たちの行動には、同じ天狗社会でも批判の声が上がっているといいな。
心の友よでようやく気づいたんですが、続きを読む前に最初から読み直しました。
自分も旧Dの声が好きです。
彼、チョキもパーも出せますよ
そこだけマイナスで。
ありえんな
あいったら後編へ行くわ