Coolier - 新生・東方創想話

冗談に食べる

2021/03/21 00:16:28
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 私は「楽園の大罪」なんぞというものは自分に無縁の物だと考えていた。人里では有名な道具店の娘でありながら魔法の森に移り住んで、あくまで人間に実用的な、現実的な魔法道具ばかりを取り扱ってきた私の頭には、自分が妖怪の世界に至り、永遠の命を得る機会などなかったはずだ。
 その私に「楽園の大罪」について真剣に考えさせ、それを実行する運命に陥らせたのは、実に不思議な巡りあわせであった。すべてが自分を楽園の理から遠ざけ、人間という存在を捨てる絶好の機会を作って、私を誘惑してきたのだ。
 ある年の葉月のことだ。私は子の刻前後に博麗神社を出て、箒に乗りながら秋に向かっていく涼しい風を感じていた。そのころの私には、子の刻ころにさまざまな場所で用事を済ませ、どこかの家に忍び込み家の中を物色してから、丑三つ時に魔法の森にある自宅に帰るという習慣がついていた。私は、さて今日はどこに忍び込もう、などと邪な……いや可憐な笑みを浮かべて考えながら、風を切るのだった。
 すると飛ぶ私の前をスレスレに、一匹の黒い蝙蝠が近づいて来たと思うと、私の事を誘うように羽をばたつかせる。私は蝙蝠の正体を知っていたから、きっと何か面白いことでもあるのだろうと好奇心に駆られて誘いに乗ることにした。
 蝙蝠は私が付いてくることを確認すると、すぐさま近づいてきて、
「館に招待してあげましょうか」
 と囁いた。ドウヤラ笑っているらしい。
 私はチョット怪しんだ……が、おもむろに頷いた。相手は吸血鬼だ、何か魔法のヒントになるんじゃないか、と思ったから。すると相手もさあ付いて来いと言わんが如くスピードを出し、一気に紅魔館の方面へ向かった。
 私は胸の奥の糸が少し緊張するような心持になりながら、それに付いていく。ところが館が近くに見えてきたあたりで、蝙蝠は速度を下げて止まり、クルリと私の方を向いた。
「門番にばれないようにね、フフフ……」
 私は面喰った。
 その蝙蝠の正体は数週間前に異変を起こした、紅魔館の主の吸血鬼少女であった。その異変の時、館の不気味な内装の中を蒼白く浮かび上がった顔が今でも印象に残っている。それが「主としての生活は時折飽きる」という理由で館から離れ、こっそりと蝙蝠の姿に扮し夜の闇の中を飛び回った。そうしていると暗闇の中を不気味に飛ぶ魔法使いを偶然に見つけ、つけまわした……と彼女は悠々と語ってくるのだった。
「門から入らないで裏の窓から入るわ。門番に見えちゃ嫌よ」
 そう念を押されつつ、館の主と共にその館に忍び込むという、奇妙な侵入を開始した。



 吸血鬼の話を聞いた私は何より先に、彼女が特に私を相手に選んだアタマの作用に少なからぬ関心を持たされた。彼女がこんなに回りくどいことをしてまで、秘密のうちに私を見出した心理の奥には、何かしら公式な招待以上の意図が隠されているに違いない……その心理の正体を突き止めてみたくなった。同時に彼女の魔法にも多少の興味を引かれたので、二人の絶対安全の秘密の会合を始めるべく、館に忍び込みながら打ち合わせをしたのであった。
 その結果、私は毎晩、大して客もいない魔法店の経営が済むと、例の習慣を利用して、数刻だけ彼女の部屋に立ち寄ることになった。彼女も毎日、私を迎えた。そう、一日にタッタ数刻だけ……。
 ……すこぶる簡単明瞭であった。しかも、それだけに私達の秘密の会合は、百パーセントの安全率を保障していたのであった。
 ところがこの「百パーセントの安全率」がソックリそのまま「楽園の大罪」の誘惑となって、私に襲い掛かるようになったのは、それから間もなくの事であった。……二人の秘密の会合が始まってから一週間も経たないうちに、人間には想像も及ばぬ吸血鬼の異常さが、私の眼の前に露出し始めてからの事であった。
 その日、彼女は窓のない深紅の部屋の奥で赤みのある液体を沸かしていた。……むろん私は彼女が吸血鬼であり、人間と相容れぬ存在だと認識してはいた。しかし、それがいざ自分の眼に触れてくると、その残忍さが身に染みて伝わってくるように思えた。例え提供される紅茶に入っているそれが、彼女の吸血鬼としての残虐性を裏付けるようなモノではないにしてもだ。
 私は最近の癖で部屋の真ん中に座り、いつも通り彼女と語らうつもりでいた。しかし今日はいやらしいほど用意がよく、洒落た机と椅子の準備に加えて、紅茶まで作ってくれているらしい。
 これが普通の机と椅子ならば、或いは彼女の作ろうとしている紅茶に対して、私は震撼しなかったかもしれない。だが私が座るよう促され、座り込んだ机の上には、血に塗れた包丁が乗っていた。それが私を怖がらせるための演出なのか、それとも吸血鬼特有の性癖なのかは、私の知るところではなかった。妖怪が跋扈し魔法が当たり前の世界に生きる私でさえも、正視しかねる残酷な遊戯であった。
 紅茶が出来上がると、彼女は机に置いた紅茶のカップをその尖った爪で撫で、不快とも愉快とも判断が付かぬような音を立てながら、あくまで少女らしい微笑を含ませた表情で私の方にカップを差し出した。
「何を怯えているのかしら。それは普通の紅茶よ」
「普通の紅茶、ねぇ……」
 ピリリと汗が頬に伝わる音が聞こえるような気がした。目の前の彼女の相貌からは、不敵な笑みしか受け取れない。ここ数日は何もなかった、それが余計に私を怖がらせた。
 その迫力に気圧されて、私は逃げることも叶わなかった。それに吸血鬼の提供を無下に断るわけにもいかない。
 私は意を決し、一気に提供されたそれを容赦なく飲み干す。
 何も味はしなかった。それがこの異常な状況に対する緊張によるものなのか、紅茶に入っている中身の問題なのかは、私に察することができないものの……。
「へぇ、飲めちゃったのね。素質あるんじゃないかしら」
 素質、という言葉で嫌な予感がして思わず仰け反る。吸血鬼はそれを見越したのか、私に顔を近付け、迫る。
「そうね、もしそうなりたい、というのなら」
「…………」
「そこにある包丁で、私の身体を捌いて、その血肉をさっきみたいに飲み干しなさい」
 そう言って彼女は突然キラキラと眼を輝かせた。私に考える隙を与えず、彼女はイキナリ私の首にかじりつくと、鉄臭いキスを押しつけてくるのであった。
 私は吐きそうな気持ちになっていた。こうも混乱した状況の中で、底知れない吸血鬼の残忍さを考えさせられたので……私は嫌な顔を露骨に示しながら、力強く彼女を押しのけると、彼女はドタンと床の上に尻もちをつきながら、高らかに笑う。
「フフフフ。今にわかるわ、貴女なら屹度……フフフフ……」
 私は頭を強く左右に振った。そういう彼女の心持が、わかり過ぎる位わかったので……彼女が、こうした遊戯の刺激でもって、その吸血鬼らしい本能を高揚させているということが、この時にやっと見せつけられたので……そうして同時に彼女はこの私を、そうした吸血鬼趣味の同族として、初対面から目をつけていたに違いないと。その気持ちがアリアリとうなずかれたので……。
 しかも彼女が人間を離れた存在だという不動の事実は、彼女が尻もちをついたときにできたはずの肘の怪我が数分で完治しているのを見たことで、否応なしに叩きつけられた。
 私の反応を見たからか、彼女は思わせぶりな態度を取る。
「どうかした?」
 その時、私の中に、一つの考えが浮かんだ。
 ……彼女の血肉を喰らえば、私も彼女のように、滅多なことでは死なない存在になれるのではないか、と。
 私は、私の神経がみるみる恐ろしい方向に冴えかえって行くのに気が付いていた。
 ……この少女は吸血鬼である。
 ……この少女は地上に在りとあらゆる存在の中でドレよりも魔力が高く、強力な種族である。……と同時に、ドレよりも忌まわしい、しつっこい存在である。
 ……この少女は女という存在の恐怖を、モッと大きくして、モッと煮詰めた本能の持主である……。しかもこの少女は、そうした趣味の為にワザワザ私を呼び出して、私を人間という呪縛から解き放とうとしている。
 ……と、そのような思考をしている私の心を見透かすように、ちょうど部屋の机には昨日のように包丁が置かれている。
 私はゾ―ッとして思わず額の生汗を撫であげた。見ると彼女はいつのまにかベッドに横たわり、気持ちよさそうに目を閉じているのであった。
 私がこの吸血鬼を食わなければならぬ運命をマザマザと感じたのは実にその瞬間であった。……と同時に、その運命がみるみる不可抗力的に大きな魅力となって、ヒシヒシと私を取り囲んで、息も吐かれぬ位グングンと私を誘惑し始めたのも、実にその寝顔を見下した瞬間からであった。
 ……否。否。私はこの吸血鬼と初対面の時から、こうなるべく運命づけられていたのだ。……その証拠にこの吸血鬼はこの通り、絶対に安全な大罪を私に遂げさせるべく、自ら進んで私をここに呼び出したではないか……そうしてこの通りジッと眼を閉じて、私の手にかかるべく絶好の機会を作りつつ、待っているではないか。
 ……私は吸血鬼と成って、いつもの通りに魔法の森に帰ればいいのだ。何も知らずに眠ってしまえばいいのだ。そうして明日の晩から又、以前の通りの盗みを繰り返せばいいのだ。
 ……運命……そうだ……運命に違いない……これが私の……。
 こんな風に考えまわしているうちに私は耳の中がシイーンとなるほど冷静になってきた。そうしてその冷静な脳髄で、一切の成り行きを電光のように考え尽くすと、何の躊躇もなく包丁を手に取って、彼女の枕元にひざまずき、彼女の首筋に手を沿えながら、もう片方の手で包丁を彼女のぬくぬくとした咽喉首へあてがってみた。むろんまだ冗談のつもりで……。
 彼女はその時に、長いまつげをウッスリと動かした。それから大きな眼を一しきりパチパチさして、自分の首にあてがわれた包丁と、魔法帽を冠ったままの私の顔を見比べた。それから私の手の下で、小さな喉仏を二三度グルグルと回して、唾液を飲み込むと、ニコニコ笑いながら、いかにも楽しそうに眼をつむった。
「……食べても……いいのよ」
夢野久作の『冗談に殺す』は、森博嗣の『夏のレプリカ』で引用されていて、「運命」という言葉をこんなにも効果的に使う文章があるなんて、と感銘を受けまして、これはレミリアにやらせたい!という気持ちだけで書きました。夢野久作さんも森博嗣さんも神主も何食ったらあんなに凄い作品が書けるんですかね……
血城ごさん
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめて良かったです
2.70めそふ削除
良かったです