非常に唐突な話ではあるが、我が姉、幻月は非常に自堕落な性格である。
妹の私がいなけりゃ料理も出来ないし、掃除も出来ないし、紅茶だって入れられない。
言ってしまっては何だが、はっきり言って駄目人間だ。
いや、困ったことにこの姉は思いっきり天使のような翼を持っているくせに、種族は悪魔だという詐欺の塊のような生き物だから、駄目悪魔が正解なのか。
まぁ、どちらにしても姉さんが駄目女であることには間違いあるまい。
自分の欲求に素直で、まるで心が子供のまま成長したような振る舞い、それでいて戦闘能力ばかりが呆れるほど高いのだからなおのことたちが悪い。
「夢月、キスしよ?」
「断る」
ついでに、うちの姉さんは極度のキス魔でもあった。
実は私にとって一番きついのは、姉さんのこの性癖である。
とにかく、親しい間柄の相手には挨拶と称して口付けをしたがるのだ、このろくでなしは。
この夢幻館で門番をこなすエリーやくるみにだって、一日の最初に見かければ頬に口付けをしては反応を見てからかったりと本人は軽い悪戯心なのだろう。
実際、外の世界のどこぞの外国ではキスは挨拶みたいなものだという話を聞いたこともある。
情報源があのスキマ妖怪だから、正直あんまりアテにならないが、それはこの際おいておくとしよう。
問題は、妹の私や姉さんの親友でこの館の主である幽香に対してのキスである。
この姉は一体どこで覚えてきたのやら、親しさの度合いでキスする場所を変えてきやがるのだ。
まぁ、具体的に言うと口。しかも舌ももれなくダイビングしてくるのだから、頭を抱えるほかない。
「ちゅっちゅしたいなー」
「言い方変えても駄目よ」
「わかった、舌と舌とでレスリングよ。それなら文句ないでしょ!?」
「庭に行けば? 近頃住み着いた犬がいるわ」
そこでちゅっちゅでもレスリングでもしてなさいと冷たく言い切ると、姉さんは「え~」と心底残念そうにソファーに横になった。
いい加減、この姉はその性癖をどうにかできないのだろうかと、彼女の部屋を掃除しながら本気で思う。
以前、複数のさくらんぼを丸ごと頬張り、蔕で亀甲縛りを作り出したときは呆れるを通り越してドン引きしたのを覚えている。
はたして、この人はどうしてそんな斜め45度をぶち抜いて成層圏を飛びこえるような絶技を身につけたというのか。正直、妹としては姉さんの将来が心配だわ。
……もう手遅れな気がしないでもないけど。
「大体さ、そんなにキスがしたいなら彼氏でも作って、遠慮なくキャッキャウフフしてればいいじゃない」
「んー、そうしたいのは山々なんだけどさぁ。私、あんまりもてないのよね」
「あっそ」
私が皮肉たっぷりにそう発言をすると、我が姉から帰ってきた反応は驚くべきものだった。
驚いた。まさか、この姉に男が欲しいなんていう欲求があるとは思いもよらなんだ。
そんな思いを表に出さないようにため息を一つつくと、私は再び掃除に専念する。
大体、どうしてこの人はこんなキス魔になってしまったのだろうか。正直、不思議でたまらない。
「ねぇねぇ、もしも私に彼氏が出来てイチャイチャしだしたらさ、夢月は嫌?」
「そうね、目の前でイチャイチャされたら殺意が沸くわね」
「じゃ、夢月も混ざれば文句なしね」
「なんでそうなる」
一度、この人はどういった脳みその構造をしているのか心底のぞいてみたい。
この不思議思考回路を理解できる日が来れば、この苦労から開放されるのかもしれないと思うと、ちょっと魅力的な案に聞こえなくもない。
……駄目だ、私疲れてる。
何気なく、私は掃除する手を止めて姉さんのほうに視線を向けてみれば、彼女はソファーで寛ぎながら書物の字体を視線で追っているところだった。
題名は……こっからじゃわかんないか。
「大体さ、なんでそんなにキスしたがるのよ、姉さんは」
このままだんまりと言うのも居心地が悪いので、私はそんな疑問をぶつけながら作業を再開する。
するとだ、姉さんはむーっと不機嫌そうに頬を膨らませると、上目遣いに私のことを睨み付けてきやがったのだ。
なんでだよ。私の方が頬を膨らませたいわ。
「私達は双子、二人で一人前よ」
その言葉に、私は引っ掛かりを覚えて箒を履いていた腕を止める。
それは、姉さんがよく私に向かっていう言葉。それがどうしたのだろうと、私は怪訝に思いながら姉に視線を向けた。
すると姉さんにしては珍しく、深いため息をついて読んでいた書物を閉じた。
「あなたが、私に言ってくれた言葉よ。夢月」
「え、そうだったっけ?」
「うん、随分と昔だけどね。やっぱり忘れてたか」
姉はそういうのだが、私にはトンと記憶に無かった。
それにしても珍しい。私が覚えていて姉が忘れているという事はよくあるのだけれど、まさか立場が逆になるとは。
そんな失礼なことを考えながら、記憶を思い起こしてみるのだけど、やはりそんな記憶には遭遇しない。
随分と昔と言うくらいだから、そうとう昔のことなのだろう。記憶力には自信があったんだけどなァ、まさか姉さんに負けるとは、ちょっと悔しい。
「ほら、子供の頃。私が一時期、塞ぎこんでたことがあったでしょ」
「あ……あぁ、思い出した!」
姉さんのその言葉で、私はようやく記憶の底からその事実を思い出し、思わず声を上げることとなった。
そうだ、確かに私はあの時、姉さんにその言葉を告げたはずだ。どうして今の今まで忘れていたんだろうか。
さて、ここで少し昔話をするとだ、子供の頃の姉さんと言うのは今の姉さんとは違って、そりゃもう大人しい子だった。
今の姉さんを知る人物は、この事実にもれなく驚く。あの幽香でさえ驚きを隠さなかったぐらいだ。
というのも、当時の姉さんは私と違って両親にあまりかまってもらえなかったし、迫害に近いものを受けていたと思う。
原因は、悪魔にあるまじきその純白の翼と、それに反して備わっていた強大すぎる力のせい。
姉さんを遠ざけた両親の気持ちも、まぁわからなくはない。
双子の片割れが悪魔の常識を丸ごと腹の中に忘れてきたんじゃないかって言う姿をして、生まれながらに自分達より強い力を持っていやがったのだ。
そりゃ目の上のたんこぶのような扱いを受けたって不思議じゃないわけで。
でも、まいったことに私達は双子で、仲がよくて、そんな両親の内心を知るにはまだ子供過ぎた。
『私達は双子、二人で一人前よ。だから、私は姉さんを見捨てない。だって、私はこんなにも姉さんのことを愛してる』
今にして思えばまぁ、私も子供だったという事なんだろう。
当時の私はただ姉さんに笑ってほしくて、元気になってほしくて、そんな思いで頭が一杯だった。
私達は双子。隣り合って当たり前の存在で、共に歩んでいくのが当然だと思っていた、子供だった私。
あぁ、今にして思うと随分と恥ずかしいことを口走ったものだと頬が赤くなるが、ブンブンと頭を振ってそれを誤魔化すことにする。
……あれ、でもこれじゃ姉さんがすぐにキスしたがる理由がわからないんだけど?
「うん、思い出した。思い出したけどさ、答えになってなくない?」
「もう、夢月ってば本当に忘れんぼうさんね」
いや、アンタに言われたくはない。という至極まっとうな意見は辛うじて飲み込んだ。
わざわざ話の腰を折る必要はないだろう。何か『にまぁ』と表現できそうなあのいやな笑顔が気になるが、それはひとまず置いて話を促す。
すると、姉さんはクスクスと笑みを零しながら再び口を開く。
「『じゃあ、証明してよ夢月。あなたが、私のことを愛してくれてる証拠がほしいわ』ってね。いや、私もまぁ恥ずかしいこと言ったもんだわ。
あれぇ、夢月どうしたのぉ? 顔が真っ赤よぉ?」
姉さんが小悪魔のような笑みを浮かべながら覗き込んでくる。
が、対して私の方はと言うとそれどころじゃない。あの台詞の後のことを思い出して、顔を真っ赤にして思考がショートしそうだった。
あぁ、畜生。完璧に思い出したわよ。確信犯か、アンタは。いや、間違いなく確信犯だ、この姉は。
あの後、姉さんは確かにそう言った。私が、姉さんのことを愛しているという証拠がほしいって、涙目で、上目遣いにそう言葉にした記憶が確かに残ってる。
その時の私の対応が、大いに問題だった。
有体に言ってしまえば、キスをしたのだ。自分から姉さんに、しかも口に。
今思い出しただけでも恥ずかしさで死ねそう。それもこれも、全部子供の私の前で毎日のようにキスをしてた両親が悪い。
当時の私には、それ以外に愛情表現の方法がわからなかったのだ。
そうか、そうだったのか。姉さんがすぐにキスをしたがる理由は、あの時のことが原因なのか。
要するに、姉さんは甘えてるわけか。キスが愛情表現の方法だと理解してるから、そうやってキスをねだって甘えてきてる。
……あれ、つまり何か。姉さんがキス魔になった原因って、もしかしなくても私のせい!?
何てことだ。まさか私の一番やめてほしいと思ってる姉さんの性癖の原因が、よもや私とは。
……どないせーっちゅうねん。
「ねー、しよ?」
何を、とは聞かない。どうせキスのことなんだとわかってるし、それ以上問いかけたってきっと無駄だ。
上目遣いで微笑んでる姉の姿を見て、それがほしいものねだる子供のようで呆れてため息が出てしまう。
「そういうのは、愛しいと思った男性とするべきだわ」
「でも、愛しいと思う家族ともするべきだと思わない?」
あー言えばこういう。もうちょっとマシな甘え方は出来ないのだろうか、この人は。
はぁっと、もう一度深いため息。思えば自分のあれが原因でこうなってしまったのだ。責任を取らなくちゃいけないのだろうか?
よくみれば、姉さんの純白の羽がぱたぱたと嬉しそうに動いていて、姉さんの表情もどこか期待に満ちたものだった。
……犬かアンタは。
あーもう、仕方ないわね。
「目、閉じててくれる?」
「うん」
私の言葉に応えて、姉さんは静かに目を閉じる。
こういうときだけ私の言葉に素直になるのはどうなんだろうか。普段からそれぐらい素直なら私も毎日が楽でいいのに。
姉さん頬に触れて、その拍子に姉さんの砂金のような髪が指に触れて、どこか心地よい。
それで、ついつい緊張してしまって胸がドキドキと緊張で高まる。
だって言うのに、姉さんの表情は、こんな状況でもニコニコと満面の笑顔。恥ずかしげに頬を赤らめてもいないし、これは彼女にとっては正真正銘の子供のおねだりなんだろう。
あー、駄目。この人の表情を見てると気負ってる私が馬鹿みたいだ。
だから、私の妙な緊張もほぐれてくれた。馬鹿みたいに鳴っていた心音もすっかりといつもどおり。
なら、ちょっとぐらい仕返しをしたって罰は当たるまい。そう思ってしまえば行動は早かった。
ちゅっと、私は気負うこともなく口付ける。
短い口付けを追えて顔を離し、すまし顔で姉さんを見やれば案の定、姉さんは膨れっ面で私を睨みつけてくる。
「意地悪。なんでおでこ?」
「家族間とのキスなんておでこか頬で十分よ」
「私は口がいい」
「それは、いずれ出来たステキな恋人との生活にとっておきなさい」
ぴしゃりと言ってやると、姉さんは本格的に拗ねてしまったのか「うーうー」唸りながらごろんとソファーに横になった。
まったく、これでしばらくは大人しくなるでしょう。落ち着いて掃除が再開できるというものだ。
それにしても、この分だとまたしばらくしてねだって来るんだろうなァ。
姉さんをこんな風にした手前、やっぱり私が責任を持たなければならないのだろうか?
ため息を零すと幸せが逃げるとはいったい誰の言葉だったか、それでも深いため息をつくことを止められないのだから仕方がない。
あぁ、まったく。これは私の憂鬱ももうしばらく続きそうだと、そんなことを思いながらも私は苦笑をこぼしていたのだった。
妹の私がいなけりゃ料理も出来ないし、掃除も出来ないし、紅茶だって入れられない。
言ってしまっては何だが、はっきり言って駄目人間だ。
いや、困ったことにこの姉は思いっきり天使のような翼を持っているくせに、種族は悪魔だという詐欺の塊のような生き物だから、駄目悪魔が正解なのか。
まぁ、どちらにしても姉さんが駄目女であることには間違いあるまい。
自分の欲求に素直で、まるで心が子供のまま成長したような振る舞い、それでいて戦闘能力ばかりが呆れるほど高いのだからなおのことたちが悪い。
「夢月、キスしよ?」
「断る」
ついでに、うちの姉さんは極度のキス魔でもあった。
実は私にとって一番きついのは、姉さんのこの性癖である。
とにかく、親しい間柄の相手には挨拶と称して口付けをしたがるのだ、このろくでなしは。
この夢幻館で門番をこなすエリーやくるみにだって、一日の最初に見かければ頬に口付けをしては反応を見てからかったりと本人は軽い悪戯心なのだろう。
実際、外の世界のどこぞの外国ではキスは挨拶みたいなものだという話を聞いたこともある。
情報源があのスキマ妖怪だから、正直あんまりアテにならないが、それはこの際おいておくとしよう。
問題は、妹の私や姉さんの親友でこの館の主である幽香に対してのキスである。
この姉は一体どこで覚えてきたのやら、親しさの度合いでキスする場所を変えてきやがるのだ。
まぁ、具体的に言うと口。しかも舌ももれなくダイビングしてくるのだから、頭を抱えるほかない。
「ちゅっちゅしたいなー」
「言い方変えても駄目よ」
「わかった、舌と舌とでレスリングよ。それなら文句ないでしょ!?」
「庭に行けば? 近頃住み着いた犬がいるわ」
そこでちゅっちゅでもレスリングでもしてなさいと冷たく言い切ると、姉さんは「え~」と心底残念そうにソファーに横になった。
いい加減、この姉はその性癖をどうにかできないのだろうかと、彼女の部屋を掃除しながら本気で思う。
以前、複数のさくらんぼを丸ごと頬張り、蔕で亀甲縛りを作り出したときは呆れるを通り越してドン引きしたのを覚えている。
はたして、この人はどうしてそんな斜め45度をぶち抜いて成層圏を飛びこえるような絶技を身につけたというのか。正直、妹としては姉さんの将来が心配だわ。
……もう手遅れな気がしないでもないけど。
「大体さ、そんなにキスがしたいなら彼氏でも作って、遠慮なくキャッキャウフフしてればいいじゃない」
「んー、そうしたいのは山々なんだけどさぁ。私、あんまりもてないのよね」
「あっそ」
私が皮肉たっぷりにそう発言をすると、我が姉から帰ってきた反応は驚くべきものだった。
驚いた。まさか、この姉に男が欲しいなんていう欲求があるとは思いもよらなんだ。
そんな思いを表に出さないようにため息を一つつくと、私は再び掃除に専念する。
大体、どうしてこの人はこんなキス魔になってしまったのだろうか。正直、不思議でたまらない。
「ねぇねぇ、もしも私に彼氏が出来てイチャイチャしだしたらさ、夢月は嫌?」
「そうね、目の前でイチャイチャされたら殺意が沸くわね」
「じゃ、夢月も混ざれば文句なしね」
「なんでそうなる」
一度、この人はどういった脳みその構造をしているのか心底のぞいてみたい。
この不思議思考回路を理解できる日が来れば、この苦労から開放されるのかもしれないと思うと、ちょっと魅力的な案に聞こえなくもない。
……駄目だ、私疲れてる。
何気なく、私は掃除する手を止めて姉さんのほうに視線を向けてみれば、彼女はソファーで寛ぎながら書物の字体を視線で追っているところだった。
題名は……こっからじゃわかんないか。
「大体さ、なんでそんなにキスしたがるのよ、姉さんは」
このままだんまりと言うのも居心地が悪いので、私はそんな疑問をぶつけながら作業を再開する。
するとだ、姉さんはむーっと不機嫌そうに頬を膨らませると、上目遣いに私のことを睨み付けてきやがったのだ。
なんでだよ。私の方が頬を膨らませたいわ。
「私達は双子、二人で一人前よ」
その言葉に、私は引っ掛かりを覚えて箒を履いていた腕を止める。
それは、姉さんがよく私に向かっていう言葉。それがどうしたのだろうと、私は怪訝に思いながら姉に視線を向けた。
すると姉さんにしては珍しく、深いため息をついて読んでいた書物を閉じた。
「あなたが、私に言ってくれた言葉よ。夢月」
「え、そうだったっけ?」
「うん、随分と昔だけどね。やっぱり忘れてたか」
姉はそういうのだが、私にはトンと記憶に無かった。
それにしても珍しい。私が覚えていて姉が忘れているという事はよくあるのだけれど、まさか立場が逆になるとは。
そんな失礼なことを考えながら、記憶を思い起こしてみるのだけど、やはりそんな記憶には遭遇しない。
随分と昔と言うくらいだから、そうとう昔のことなのだろう。記憶力には自信があったんだけどなァ、まさか姉さんに負けるとは、ちょっと悔しい。
「ほら、子供の頃。私が一時期、塞ぎこんでたことがあったでしょ」
「あ……あぁ、思い出した!」
姉さんのその言葉で、私はようやく記憶の底からその事実を思い出し、思わず声を上げることとなった。
そうだ、確かに私はあの時、姉さんにその言葉を告げたはずだ。どうして今の今まで忘れていたんだろうか。
さて、ここで少し昔話をするとだ、子供の頃の姉さんと言うのは今の姉さんとは違って、そりゃもう大人しい子だった。
今の姉さんを知る人物は、この事実にもれなく驚く。あの幽香でさえ驚きを隠さなかったぐらいだ。
というのも、当時の姉さんは私と違って両親にあまりかまってもらえなかったし、迫害に近いものを受けていたと思う。
原因は、悪魔にあるまじきその純白の翼と、それに反して備わっていた強大すぎる力のせい。
姉さんを遠ざけた両親の気持ちも、まぁわからなくはない。
双子の片割れが悪魔の常識を丸ごと腹の中に忘れてきたんじゃないかって言う姿をして、生まれながらに自分達より強い力を持っていやがったのだ。
そりゃ目の上のたんこぶのような扱いを受けたって不思議じゃないわけで。
でも、まいったことに私達は双子で、仲がよくて、そんな両親の内心を知るにはまだ子供過ぎた。
『私達は双子、二人で一人前よ。だから、私は姉さんを見捨てない。だって、私はこんなにも姉さんのことを愛してる』
今にして思えばまぁ、私も子供だったという事なんだろう。
当時の私はただ姉さんに笑ってほしくて、元気になってほしくて、そんな思いで頭が一杯だった。
私達は双子。隣り合って当たり前の存在で、共に歩んでいくのが当然だと思っていた、子供だった私。
あぁ、今にして思うと随分と恥ずかしいことを口走ったものだと頬が赤くなるが、ブンブンと頭を振ってそれを誤魔化すことにする。
……あれ、でもこれじゃ姉さんがすぐにキスしたがる理由がわからないんだけど?
「うん、思い出した。思い出したけどさ、答えになってなくない?」
「もう、夢月ってば本当に忘れんぼうさんね」
いや、アンタに言われたくはない。という至極まっとうな意見は辛うじて飲み込んだ。
わざわざ話の腰を折る必要はないだろう。何か『にまぁ』と表現できそうなあのいやな笑顔が気になるが、それはひとまず置いて話を促す。
すると、姉さんはクスクスと笑みを零しながら再び口を開く。
「『じゃあ、証明してよ夢月。あなたが、私のことを愛してくれてる証拠がほしいわ』ってね。いや、私もまぁ恥ずかしいこと言ったもんだわ。
あれぇ、夢月どうしたのぉ? 顔が真っ赤よぉ?」
姉さんが小悪魔のような笑みを浮かべながら覗き込んでくる。
が、対して私の方はと言うとそれどころじゃない。あの台詞の後のことを思い出して、顔を真っ赤にして思考がショートしそうだった。
あぁ、畜生。完璧に思い出したわよ。確信犯か、アンタは。いや、間違いなく確信犯だ、この姉は。
あの後、姉さんは確かにそう言った。私が、姉さんのことを愛しているという証拠がほしいって、涙目で、上目遣いにそう言葉にした記憶が確かに残ってる。
その時の私の対応が、大いに問題だった。
有体に言ってしまえば、キスをしたのだ。自分から姉さんに、しかも口に。
今思い出しただけでも恥ずかしさで死ねそう。それもこれも、全部子供の私の前で毎日のようにキスをしてた両親が悪い。
当時の私には、それ以外に愛情表現の方法がわからなかったのだ。
そうか、そうだったのか。姉さんがすぐにキスをしたがる理由は、あの時のことが原因なのか。
要するに、姉さんは甘えてるわけか。キスが愛情表現の方法だと理解してるから、そうやってキスをねだって甘えてきてる。
……あれ、つまり何か。姉さんがキス魔になった原因って、もしかしなくても私のせい!?
何てことだ。まさか私の一番やめてほしいと思ってる姉さんの性癖の原因が、よもや私とは。
……どないせーっちゅうねん。
「ねー、しよ?」
何を、とは聞かない。どうせキスのことなんだとわかってるし、それ以上問いかけたってきっと無駄だ。
上目遣いで微笑んでる姉の姿を見て、それがほしいものねだる子供のようで呆れてため息が出てしまう。
「そういうのは、愛しいと思った男性とするべきだわ」
「でも、愛しいと思う家族ともするべきだと思わない?」
あー言えばこういう。もうちょっとマシな甘え方は出来ないのだろうか、この人は。
はぁっと、もう一度深いため息。思えば自分のあれが原因でこうなってしまったのだ。責任を取らなくちゃいけないのだろうか?
よくみれば、姉さんの純白の羽がぱたぱたと嬉しそうに動いていて、姉さんの表情もどこか期待に満ちたものだった。
……犬かアンタは。
あーもう、仕方ないわね。
「目、閉じててくれる?」
「うん」
私の言葉に応えて、姉さんは静かに目を閉じる。
こういうときだけ私の言葉に素直になるのはどうなんだろうか。普段からそれぐらい素直なら私も毎日が楽でいいのに。
姉さん頬に触れて、その拍子に姉さんの砂金のような髪が指に触れて、どこか心地よい。
それで、ついつい緊張してしまって胸がドキドキと緊張で高まる。
だって言うのに、姉さんの表情は、こんな状況でもニコニコと満面の笑顔。恥ずかしげに頬を赤らめてもいないし、これは彼女にとっては正真正銘の子供のおねだりなんだろう。
あー、駄目。この人の表情を見てると気負ってる私が馬鹿みたいだ。
だから、私の妙な緊張もほぐれてくれた。馬鹿みたいに鳴っていた心音もすっかりといつもどおり。
なら、ちょっとぐらい仕返しをしたって罰は当たるまい。そう思ってしまえば行動は早かった。
ちゅっと、私は気負うこともなく口付ける。
短い口付けを追えて顔を離し、すまし顔で姉さんを見やれば案の定、姉さんは膨れっ面で私を睨みつけてくる。
「意地悪。なんでおでこ?」
「家族間とのキスなんておでこか頬で十分よ」
「私は口がいい」
「それは、いずれ出来たステキな恋人との生活にとっておきなさい」
ぴしゃりと言ってやると、姉さんは本格的に拗ねてしまったのか「うーうー」唸りながらごろんとソファーに横になった。
まったく、これでしばらくは大人しくなるでしょう。落ち着いて掃除が再開できるというものだ。
それにしても、この分だとまたしばらくしてねだって来るんだろうなァ。
姉さんをこんな風にした手前、やっぱり私が責任を持たなければならないのだろうか?
ため息を零すと幸せが逃げるとはいったい誰の言葉だったか、それでも深いため息をつくことを止められないのだから仕方がない。
あぁ、まったく。これは私の憂鬱ももうしばらく続きそうだと、そんなことを思いながらも私は苦笑をこぼしていたのだった。
この組み合わせは貴重
見なかった子もしまっちゃおうね~
これはいいものだ…
夢幻姉妹が好きなのですが、作品が少なくて残念がっていたのでうれしいです。
できれば、またこの姉妹の作品を見たいです。